●まるで冗談のように 岡山の某山中。登山を趣味とする者にそれなりに支持されている山だ。女性でも気軽に登れる程度の山道で、今も若いカップルが登山中だ。 登山を趣味とする青年と、彼に誘われて今日が初めての登山というその彼女。二人は談笑しながらのんびりと山道を登っていた。 「あっ――」 ふいに彼女は声を上げる。電波は届かなくともつい日頃の癖で手で弄んでいた携帯電話を取り落としてしまったのだ。携帯は地面で弾み、山道を外れ緩やかな崖を滑り落ちてしまった。 「ど、どうしよ……」 現代人にとって携帯の存在は重要だ。特にこの年頃の女性にとって携帯の中は誰にも見られたくないものでもある。買い直せばいいというものでもない。 しばらくの間落ちていった携帯を眺めていた青年は、荷物を降ろし足場を確かめる。 「これくらいなら降りれるからさ、拾ってくるから待ってろよ」 「ホント? ありがと!」 山に慣れている彼は言うが早いかすぐに崖を駆け下りていく。女性の見える範囲からはすぐに消え、平常人が足を踏み入れない場所へと消えていった…… 崖下に到着すると、青年はにやけながら携帯を探し始めた。付き合ってまだ間もないとはいえ、いい加減仲を進展したいのだ。こういうチャンスは良いきっかけになるのだ。 茂みを掻き分ければ携帯はそこにあった。たしかにあった、が―― 携帯はバラバラに分解されて地面に投げ出されている。緩やかな坂を滑り落ちたくらいでこんなことになるものなのか? いやそうじゃない。本当に異常なのはその周囲。ガリッガリッと奇異な音が響き、青年の心を不安にさせた。 何かがいる。青年は息を殺し物音を立てないようにして周囲を警戒する。恐らく野犬か何かが携帯を噛み砕き戯れているのだろう―― 果たしてそれは見つかった。見つかったが――結果は青年の心を余計にかき乱しただけだ。 そこには一抱え程のサイズの緑色の塊が、携帯であろう残骸を噛み砕き咀嚼し飲み込んでいる。なんだこれ――なんだ、これ? 青年は唾を飲み込み、静かに後ずさる。これは危険だ。それは本能でわかること。 ある程度距離を取り、そして振り返ると一気に走り出す。早く、早く逃げなくては―― 茂みを抜け先ほどの坂に戻る。そして……何かを見つけ足を止めた。 石だ。大きな石。それは顔のように彫刻が施されており、その様はまるで鬼瓦。 もちろん異常だ。一番の異常は宙に浮いていること。ああ、石の口が大きく開かれたことも、それがすごい速度で目の前に迫ってきていることも……異常だ。 そして――ぶつりと嫌な音が残る。何かが千切れる音。 それは青年の首が無くなった音でもあった。 「……遅いし」 すぐに戻ってくるだろうと思っていたが、一向にその姿は見えない。普段は時間は携帯で見てるので時計は持っていなかったが、もう十数分では済まないだろう。 彼女の心を占めているのは心配よりもむしろ待たされる苛立ちであったが、一人で先に行く気も降りる気も起こらず待ち続けていた。 その時近くで物音がした。ようやく戻ってきたと声をかけようとし――絶句する。 目の前にいるのは確かに彼だろう。首より下の服装でわかる。だが顔は……顔のあった場所には人の顔の二倍はある、顔の彫られた石が代わりに存在していた。 腕の良い彫刻家が彫ったようなその石の顔は鬼瓦のようで、けれどその質量、質感で仮面でないのはすぐにわかる。なにより、人の身体にその大きな頭はアンバランスで異様。出来の悪すぎる冗談のようだ。 「な……に、してんの」 彼女はかすれた声でそれだけ言った。異常に対して頭が早く逃げろとせっついている。だが、身体はそれに従ってはくれない。 それが、彼女に彼の後を追わせる結果となったのだけれど。 鬼瓦が――その巨大な鬼の口がカパリと開く。口の端には未だ乾いていない血とこびり付いた肉片。 そして……まるで冗談のように、鬼瓦は彼女の首を一齧りにしてしまった。 どさりと、首のない女性の身体が横たわる。鬼頭は満足げに口元を舐めヵヵカと奇怪な音……笑いを発する。 「やはり生きた人間の脳が一番だわいのぅ――ヵヵカヵカ!」 笑いながら女性の身体を肩で担ぎ、崖から転げ落とす。 「しかし、使うのはやはりおのこの身体だわいのぅ」 滑り落ちていく身体。異常は崖の途中で起こる。複数の影が身体に飛び掛り散々に食い荒らす。肉は瞬く間にこそぎ落とされ服と骨だけが落下していった。 「ヵカカ! お前達も満足か……よきかなよきかな」 崖を飛び上がってきたのは八つの奇怪な影。緑の肌の、身体は小さいが羽を持つ醜い姿の子鬼。それは西洋の伝承グレムリンに酷似していた。もっともこれは機械だけでなく肉も喰らうが。 「実に満足! 忌々しきかの封印ももはや我を押さえ込むものではないわ! カヵヵカカ!」 鬼頭は愉快げに高笑いを響かせ、ついで子鬼たちがキキキと耳障りな音で共鳴する。 「先に復活したであろう兄者を探さねばならんが……なに、久々の食事を堪能する暇くらい許されようて」 ひとしきり笑った後鬼達は歩き出す。山を降り、人里へと。 「長い長い時を待った、フルコースではもはや満足できぬ。人の頭で満漢全席といくわいのぅ……ヵカカヵヵ!」 ペロリと舌なめずりをし、鬼頭は歯をかき鳴らした。 ●首替鬼 「……以上が岡山の山中で起こったことです。この鬼は現在人里で……腹を満たしているところです」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は声を震わせぬよう意識して説明した。途中幾度となく目を逸らしたくなる映像に耐えながら。 「……最近鬼が関連した事件が岡山県で頻発しているのは知っていると思いますが、事件に進展がありました。鬼達は『禍鬼』と呼ばれる鬼を筆頭に共通の目的を持って動き出そうとしているようです」 瞳を閉じ深呼吸――これから伝える大切なことの為に。 「鬼の王『温羅』の復活。それが彼らの悲願です」 彼らは古い時代にやってきたアザーバイド。この地に封印されていたが、日本の崩界が進んだ事で封印が緩み復活してしまったようだ。 だが『温羅』はじめ、鬼の多くは未だ封印状態にある。それは岡山県内に数多く存在する霊場が封印をより強固なものへとしているからである。 「もうお分かりですね? 『禍鬼』は県内各所の施設を蹂躙し、王の復活を目論んでいるのです」 「鬼はそれぞれが強力なアザーバイド。それらが王と崇める存在『温羅』……そんなものの復活をさせるわけにはいきません、が」 一呼吸。 「彼らの動きを万華鏡が感知しました。白昼の街中、そこに鬼が現れ大惨事を引き起こします」 それが先ほどの鬼ですと和泉。 「鬼……オーガヘッドと呼称します。オーガヘッドはかなり強力なアザーバイド、かなりの苦戦を強いられるでしょう。部下の子鬼達も羽が生えており油断なりません」 人の頭を喰らいその死体に取り付く鬼。首替鬼というらしいが――食事をたくさん取るために身体が必要なのだという。取り付くのにおのこ……男性の身体を好むのは量を食べれるからか。 では人の身体を倒せばいいのか。問うたリベリスタに和泉は首を横に振った。 「食事をする楽しみは減るでしょうが、戦闘に関しては身体を残しておいた方が得策でしょう。想像して下さい。人の姿で噛み付いてくる鬼か、首だけとなり宙を自在に飛び食らいついてくる鬼頭。どちらが相手をしづらいですか?」 なるほど。首だけになった方が攻撃は当てづらく、しかも前衛後衛関係なしに飛び回って襲ってくるという。非常に戦いづらくなるだろう。 敵の目的は明白、各所の施設の破壊だ。である以上今回の鬼の行動は陽動ということになる。それでも―― そこまで言って、和泉は表情を引き締める。 「人間に害意を持つ危険なアザーバイド達を見逃すわけにはいきません。陽動と分かっていても一般人の命を守らなくては。どうか岡山へ行きオーガヘッドを討伐して下さい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月03日(土)00:37 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●瓦礫。屑鉄。ないこうべ。 山の麓の小さい町だった。 人の少ない町だった。 電線をめぐらせた大きな鉄塔が町のシンボルだった。 ――今はもう形もない。 夕焼け空の下、学校帰りの子供達が大きな消防車を見てはしゃいでいた。 ――今はタイヤのゴムだけが無様に残り。 人の少ない町だった。 けれど、人の暮らす町だった。 ――今は面影も無いけれど。 「……酷い。なんて惨たらしいの」 建物、車……人。目に付くもので無事な形が保たれたものは何一つない、凄惨な町並みで『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)は唇を噛み締めた。 瓦礫に混じって地に転がる人の亡骸。肉は削げ落ち白骨となったそれには頭部がない。残された首の骨が無残に噛み切られた跡を残していた。 愛用のマスケットを握る手に力が入る。目に映る現実のあまりの凄惨さに、ミュゼーヌは鬼への怒りを滾らせた。 (良いわ。これが貴方達のやり方なら……) 浅葱色の瞳に映る風景を胸に焼付け、漲る怒りを闘志へと変え――ミュゼーヌは決意の言葉を口にする。 ――一匹残らず、地獄の底に叩き落としてあげる。 「……派手に、やってくれたな」 食い荒らされた人を見やり『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)は抑揚なく呟く。 老成されたその態度は人から見て感情が掴みにくい。そのキリエの心を占めているのは果たすべき約束。 弱い命を守るという約束。その守るべき命が今、無残に踏みにじられている。それはキリエにとって『気持ち悪い』ことだった。 「人食い鬼、怖いねぇ」 お伽噺の中の存在かと思ってたけど――誰にとでもなく、『偽りの天使』兎登 都斗(BNE001673)は言葉を紡ぐ。 「ボク達には対抗しうる力がある。ならボク達がすべきことは一つ、鬼退治だ」 「――いました!」 壁が壊され、中の鉄骨が根こそぎ食い荒らされた建物。その中で身を隠し双眼鏡で周囲を確認していた『のんびりや』イスタルテ・セイジ(BNE002937)が周囲の仲間に呼びかけた。 「オーガヘッドです、子鬼達は見当たりませんけど」 人の身体と巨大な岩の顔のアンバランス。確かにオーガヘッドだ。 仲間達がすぐに集まり視線の先を確認する。その光景を見た瞬間、『覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)は激昂した。 折り重なるように倒れた男女の遺体。かばった男性ごと同時に二人の頭を喰い千切ったのだろう、満足げに高笑いを響かせる鬼瓦。 「ヵヵカヵカ! 脳は混ぜるとかように美味いか! 長い封印の果てに新たな発見であったわ、カヵヵカカ!」 石の歯をかち鳴らす不快な音が廃墟にこだました。トンファーを掴み飛び出そうとした夏栖斗を『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)が抑える。 「動く前に出た被害の事まで考えるな。今やるべきはこれ以上の被害を防ぐ事、そうだろう」 怒りに身を任せるのは簡単だ。だが考えなしに突っ込んで敗北すれば、被害は次の町へと移り何倍にも膨れ上がる。 潰すべき敵。だからこそ最善を考え入念な準備をしなくてはならない。これ以上の犠牲を出させない為にも、万が一にも負けは許されないのだから。 鉅にうなづき、夏栖斗達はその場を離れる……最後に振り返り、夏栖斗は折り重なる遺体に目を向けた。 「ごめんな、助けれなくて……絶対に倒すから」 死の匂いが充満する。遺体の数は膨大。取り付いた身体の胃袋を考えれば十分すぎる量の食事を取ったはずだが、けれど鬼は未だ食料を求め彷徨う。 それもそのはず、すでに肉体は最初に取り付いたものではなかった。首だけの方が上手く戦えるにも関わらず人の肉体を使っているのは、より多く食べるからに他ならない。身体は代替の効くパーツでしかないのだ。 「満漢全席にはまだ遠い。食卓を移るとするかいのぅ」 石を打ち鳴らす笑い声。それがふいに掻き消えたのは衝撃を伴う破砕音の為だ。頭部への衝撃に耐えそちらを見やった時、目に入ったのは神秘の翼を広げた色黒の少年。 「トンファーキックってな!」 ●歯車のように。きしり。きしり。 「人の頭で満漢全席だ? 一体何人殺すつもりだ!」 怒気を隠さず鬼瓦に正面から挑みかかった夏栖斗に、オーガヘッドは耳障りな音を響かせ奇怪に笑う。 「喰った米粒なぞ数えるか? 人は難儀なことよ」 「――っぁ!」 言葉にならない叫びを抱え殴りかかる。だが頭に血を上らせた攻撃は精度を犠牲にし、同時に回避をおろそかにさせた。 攻撃を避けられ眼前に迫る鬼の口。しまったという叫びは大口に飲み込まれ―― 寸での所で止まったのは、オーガヘッドを縛る練り上げられた気糸の力。事前に集中を重ねた鉅の気糸が見事オーガヘッドの動きを封じていた。 「ごめんっ」 「焦るな。全員で挑み、倒せばいい」 オーガヘッドの抑えとして夏栖斗と共に立った鉅が、己が影と連携して気糸を操る。ギロリと睨む鬼瓦に、肩をすくめて見せた。 「冗談にしては笑えん姿だな。料理の準備が整うまでは、こちらと遊んでもらうぞ」 (過去の因縁……一度すれ違うとなかなか分かり合えぬな) 遥か過去に起こった人と鬼の争い。現代に蘇ったのはその身だけではない。遺恨という負の財産を、残った者はいつまで背負えばいいのか。 「だがこちらも護るべき者がいる……倒すぞ」 『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680) は機械化部分である胸部を露わにし中央に立つ。どこから来るかはわからないが、確実に潜む敵を目掛けて。 「出て来い子鬼ども! 鬼の名はただの飾りか」 ウラジミールの叫びが廃墟の壁に染み渡り、瓦礫が小さく音を立てた。 「――来ます!」 周囲に気を配っていたイスタルテの声とほぼ同時に、無数の羽音が響き渡った。 「キキキキキ!」 緑の肌の小さな子鬼、総計八匹が尖った爪を向け飛び掛る。子鬼は瞬時に無防備な鉅の背中に狙いをつけるが…… 突如投げられた懐中電灯に一匹が反応しそのまま両手で抱きかかえ齧りだした。 「ほ。やはり機械に食いつくようですな」 実に珍味を好むようで――『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)はしげしげと観察しながらもショットガンを構える。 「さて、お食事の時間はおしまいですぞ。どうぞお帰り下さい」 ――地獄へ。銃声が響き子鬼の身体が吹き飛ぶ。怒りの唸りを上げ立ち上がろうとした子鬼だが…… 「まずは一匹――ご案内よ」 ミュゼーヌの機械の足にその頭部を踏み抜かれ絶命した。 「かかってきなさい。畜生共になど負けないわ」 ミュゼーヌは子鬼を踏みつけた体勢のままその長い足を見せ付ける。スカートから覗かせた機械の輝きに子鬼達が歓喜の声を上げた。 「どうやら有効のようだね。ならばこれはどうかな」 キリエがAFを操作し取り出したのは四輪駆動車。突然目の前に現れた機械の塊に、七匹の子鬼が我先にと群がり齧りだす。 愚直に、貪欲に、食事を楽しむ子鬼達を無感動に見やり気糸を振り回す。 「倒すよ。君達を」 鬼に食われ、すでに町の住民は無となった。それでも――弱い命を踏みにじる、鬼達を見逃すのは気持ちが悪いから。 「私、やる時はやりますよぉ!」 キリエの攻撃に続きイスタルテが閃光を放つと、傷を受け怒り狂った子鬼達が牙を剥き飛び掛る。それぞれが鼻をひくつかせ思い思いの対象目掛けて。 「っと、私にも来るのか」 機械の身体を見せ付けたウラジミールとミュゼーヌ。だが二匹の子鬼が体内に機械化部分を持つキリエにも襲い掛かった。 「匂いでもするのですかのぅ?」 言いながら九十九が一匹を撃ち落し絶命させる。 「そうかい?」 匂いを少し気にしながらキリエは気糸で子鬼の攻撃を牽制した。 ミュゼーヌと背中を合わせ、三匹の攻撃を引き受けてウラジミールは特に気にした風もなく仲間の支援に回る。 仲間を死角から守る為の動きであり、自分自身はバックラーで牙を軽々と受け流していた。 ミュゼーヌやキリエには子鬼の牙は多少痛手であるようだが、彼自身は傷らしい傷を受けてはいない。元より戦線を支えるのが彼の特化であるならば。 仲間が受けるわずかな傷も、後に控えた都斗が歌を紡ぎたちまち癒してしまう。戦場は安定し、前線が崩れる様子はない。 (今のところは、ね) 都斗は未だ動きを見せないオーガヘッドに視線を向けた。 オーガヘッドは数十秒が経過した今も、未だ鉅の気糸に捕われていた。 (異常への耐性能力に乏しいらしい。集中を重ねたのが大金星といったところか) 挑む前に超直観で観察したところの鬼の動きはかなり素早く、通常の力で縛ることは難しい。故に重ねた集中であった。 ――だが。 身体を縛られ子鬼を蹴散らされながらも、オーガヘッドに焦りは一向に感じられない。夏栖斗の攻撃に少なくない傷を受けているにも関わらずだ。悠然とした態度はいっそ不気味だ。 「……夏栖斗、しばらく引き受ける。攻撃を控えてよく狙ってくれ」 「――ん、わかった」 幾度か当てて、鉅は自分の攻撃がオーガヘッドに大きな傷を負わせられないことはわかっていた。頑強な敵を倒すのに夏栖斗の大技は必要であり、それには当てることが重要だ。 (時間くらい、いくらでも稼いで見せるさ) 鉅の決意を覗いたかの如く、鬼瓦は不気味に笑っていた。 「ええい、面倒ですぞー」 隙だらけの子鬼を相手に、九十九が連続でショットガンを打ち込み二匹の子鬼を絶命させた。 仲間が撃ち落されていくことも意に介さず、子鬼がミュゼーヌの足を目掛けて飛び掛るも―― 「そんなに私の足が魅力的? そんなに欲しいかしら。だったら――遠慮なく喰らいなさい!」 高く高く振り上げられたすらりと長い足。その踵が子鬼の頭部を粉砕し地に叩き付けた。 ――来る! 「カヵカ! 散々遊んでくれたのぅ、まずはお前からじゃ」 気糸を振りほどき、オーガヘッドが大きく口を開いた。鉅は影を繰り出し防御に徹するが――想像以上に早い! ゾグリ。嫌な音を響かせ、肩深くからおびただしく流れる出血。かはっと声にならぬ悲鳴をもらし鉅の意識が飛びかける。 肩が繋がっているのが奇跡と思えるほどの痛み。まとも以上の直撃を受け、ただの一撃で鉅の体力の九割近くが吹き飛んでいた。 「――っ! 回復を!」 慌てて歌を紡ぐイスタルテ。甚大な被害、あまりの破壊力に戦慄が走る。 ――さすが鬼だね。噛みつくだけでもこの破壊力。 同じく癒しの力を練りながら、都斗は言葉を発する。 「……だけどボクがしっかり回復する。攻撃はみんなに任せる。だから頑張ってね」 「御津代殿、交代する」 「くっ、すまん」 おびただしい出血に青ざめた顔色、朦朧とした意識でなんとか下がった鉅と入れ替わり、ウラジミールは鬼の前に立つ。 オーガヘッドを見やると、先ほどまで受けていた傷のほとんどが癒えていた。なるほど、人外の破壊力は人外の回復力を伴うということか。 「簡単でない敵であるとは百も承知。お相手しよう」 ●心臓は動く。けれど。心臓はなく。 キリエの気糸が子鬼を二つに切り裂くと、残る一匹が散弾で射抜かれる。 「これで子鬼は殲滅ですな」 後はオーガヘッドだけですと、九十九がそちらを見やる。 「ヵヵカ! やりおるわ」 食事と死闘は大好物よと高らかに笑い、その口が夏栖斗の肩に喰らいつく。 「――っ……は! 頭に血が登ってたんだ、このくらいで丁度いいくらいだ」 おびただしい出血にも気迫では負けぬと強気に返す夏栖斗。 オーガヘッドを少人数で抑えていたメンバーの被害は著しい。 「むぅ、いかんですな。ですがここからは――」 「こちらの反撃の狼煙よ」 言葉を継ぎ、ミュゼーヌのマスケットがオーガヘッドの頭部に狙いをつけ撃ちこまれた。 「やれ、無駄であると言うに」 傷など一噛みで消えうせるわ――余裕の態度でウラジミールに喰らいつく……が。 「攻撃を集中させろ! 回復量が多いならば、それを上回り一気に削りとればいい!」 ウラジミールはバックラーで致命傷を避け、自身の身体を楔にするようにオーガヘッドの動きを制限する。味方の攻撃を支援する為に。 「ヵヵ! 良き覚悟よ」 リベリスタ達の攻撃がオーガヘッドの身体を削り始める。無数の銃弾、気糸を受け、それでも高笑いと共に鬼瓦の口がウラジミールの身体を締め付ける。 「例え虐げられられた過去があろうとも今を生きる者を殺す理由にはならぬ」 瞳に強い意志を称え、運命を燃やしたウラジミールが声高く叫ぶ。 「自分はただこの世界を守護するために立ち上がり貴様らを倒すのみだ!」 「回復が追いつかないなんて泣き言、今は言ってられません!」 傷つき後方に下がる味方を癒しては前線に送り――これがイスタルテの戦場だ。 安全な場所などではない。彼女の力が戦線を支える。ここが彼女の前線だった。 「出し惜しみなしで尽力を尽くすよ。さすがボク、天使っぽい」 都斗の癒しを受け、再び鉅が前に出る。 「これだけの精密射撃、受けていられるかしら?」 「くっくっく、細かい穴だらけになると良いですぞ」 アークの誇る二人の射手、ミュゼーヌと九十九が確実にオーガヘッドの頭部を狙い打つ。 オーガヘッドの破壊力を思えば、頭を狙って確実に撃ちぬける二人の存在は貴重だった。 ――あの攻撃が全員にくると思うとぞっとしないですからな。 身体を破壊してしまえば、恐らく勝ちの目はなかっただろう。ひとたび戦ってしまえばわかってしまう事実。 (しかし、何故最初から頭だけで出て来なかったのか。好みですかのう?) 食事の為と言えばそうだろう。腹を満たす為には腹がなくては始まらない。 けれど。戦いの邪魔になる胴体を、それも代替の利くパーツである胴体をあくまで残すことにこだわったのは、人間を舐めきっているからに他ならない。 そしてそれは、リベリスタ達の力を見誤ったことだった。 「食いちぎって回復するのはこっちもお家芸なんだよ!」 全身を血に塗らせ、それでも夏栖斗は牙を突きたてトンファーを叩き込む! 頑強な身体をものともしない夏栖斗の破壊の闘気に、さしものオーガヘッドもうめき声をあげた。 「やってくれるわ! しかしな、いかにわしを追い込もうと一噛みで終わりなのよ!」 夏栖斗に向かう鬼の背に、素早く忍び寄る影。 だが、オーガヘッドは不敵に笑うと急に向きを変えその影に喰らいついた。 向けられた気糸が力を失い解ける。鉅は倒れる身体を運命を燃やし支えた。 「ヵヵカ! 囮がバレバレよ! 残念であったわいのぅ」 これでまた回復、無駄足であった――笑うオーガヘッドに、不敵に笑い返す。 「残念だったなオーガヘッド。囮は……俺だ」 疑問はすぐに。自身の傷が癒えていない事に気づき驚愕の声を上げるオーガヘッド。 「人類も、罪深さの点では鬼達とさして変わらないのかもしれない。元々、世界なんて緩やかに崩壊の道を辿っているようなもの」 鬼の戸惑いの答え。鉅のものとは違う気糸がオーガヘッドを縛り付ける。神秘の糸がその身体に癒さぬ傷をつけ―― 「けれど、私には約束があるから」 気糸を作るキリエの手が強く握り締められる。それはこの凄惨な戦いの終焉の合図。 「散々喰らってきたんだ! 最期は自分で喰らってろ!」 夏栖斗のトンファーが鬼瓦の額を貫き砕いた。 人の胴体を離れ転がる鬼瓦。倒れた胴体はもはや動かず、鬼の頭は沈黙する。 「お、終わりましたぁ」 緊張が解け、イスタルテは地面に座り込む。彼女の力は最後まで仲間に戦う力を与え続けた。 「最後は自分の脳みそを味わえて良かったですのう。私は御免ですけどな」 「これでボクらも桃太郎だねぇ」 九十九と都斗の軽口に、あははと力なく答える。 ――一噛みでよい。体力を戻し、ここから逃げ延び……次に会う時には必ず喰い殺してくれるわ! 突如地に転がった鬼瓦が跳ね動き、一直線にイスタルテへ! ふいをついたその動きが、その身に飛び掛ることに成功する。 飛び掛ったのはウラジミール。 予想はついていたとばかりに、横からタックルで鬼瓦を押さえつける。 「禍根は残さぬよ」 歯をむき出し振りほどこうと暴れるももはや力はなく。 「わしはまだ喰い足りぬ! わしは――」 銃声。 「貴方が食らっていいのは人じゃない……脳天への鉛玉よ」 ミュゼーヌの声の終わりと共に。ピシリとひびが広がり亀裂を作る。 「兄者……」 パキーンと大きな音を立て。 それが散々人を喰らったオーガヘッドの最期だった。 町に火が灯る。 待機していたアークのスタッフが総出で住民の遺体を集め埋葬する。 多くの命が失われた事件は終わり、それでも全てが終わりではなく。 「人間を食い物にしか思ってないアイツラの封印は絶対に守ってみせるから」 呟きは祈り。祈りは決意。 自らの手で埋葬した命の前で、リベリスタは鬼との決戦を誓った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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