●魔剣ソード・オブ・ニート 裏路地を突っ走る一人の少女。 剣道着に古びた籠手。竹刀袋を肩にかけ、ビール瓶のケースを蹴っ飛ばしてゆく。道行く野良猫が驚きに飛び退いた。 「あっ、ごめーん!」 猫に軽く手を振るのも一瞬。少女はがぜん突っ走る。 その後ろを白服の姿の男達が追いかけていた。 各々恰好はバラバラだったが、どうやら白いジャケットだけは統一しているようで、ある程度組織だって少女を追っている様子である。 「裏から回り込め! 女子供だと思って見くびるなよ、相手はアーティファクト持ちだ!」 どたどたと走る男達。 けたたましい靴音が……マンホールの上を通過した。 「……ふう、行ったか」 マンホールの蓋が空き、下から少女が現れた。 穴からのそのそ這い出ると、その辺の壁に背中をもたれさせる。 そしてため息をもう一度。 するとどうだろう。 『フ、我を襲おうなどと百万年早いわ。何度でも逃げおおせてみせよう』 どこからか渋い侍じみた声が聞こえてきた。 少女が言ったワケではない。つーか少女がこんな声でしゃべってたら嫌過ぎる。声優交代のクレームがひっきりなしに来るだろう。 「逃げてるの、私なんだけどね」 こつんと竹刀袋を叩く少女。 すると竹刀袋がひとりでに解け、中から一本の刀が顔を出した。 そう、顔を出したのである。柄頭にデザインされた妙な顔である。 驚くなかれ! 喋っていたのはなんとこの刀そのものだったのである! 「あんたがもっと使い物になる武器だったなら、逃げる必要もなかったの。わかる?」 『分からんな。我は魔剣……つまり働かなくても良い剣である』 「何が『つまり』か」 鞘ごと蹴っ飛ばす少女。剣はスイマセンスイマセンと言って平謝りした。 『や、やめるのだ。分からんのか今から始まる我らの伝説が!』 「伝説……?」 柄の部分をつまんで釣り上げる少女。 『魔剣伝説第一章。魔剣、ハローワークに行く』 「いきなり後ろ向きな……」 『第二章。魔剣に求人は無かった』 「なら何故行った!」 『第三章。マッキュのポテトうめえ』 「諦めてマッキュ行くな!」 今度こそ鞘を蹴っ飛ばす。 剣はゴメンナサーイと言いながら狭い路地を転がって行った。 「とにかく、あんたが居る限りアタシは追われる身なんだから……ちょっとは仕事してよね!」 『お断りだ!』 無駄に鍔を鳴らして叫ぶ剣。 『何故なら我は働かなき魔剣……ソード・オブ・ニート!』 ●アーク・ブリーフィングルーム 所変わってアークのお部屋。 「皆さん、アーティファクト事件をひとつ……お願いしたいのですが」 和泉は眼鏡を直しつつそんなことを言い始めた。 アーティファクト。 外界の影響を受け覚醒したアイテムである。常識はずれの能力を持つ反面、その反動もまた常識を超えていると言われる……非常に危険なファクターである。 リベリスタ達にも自然と緊張が走った。 資料をボードに張り付けていく和泉。 「ベースは模造刀。チタン製の重量と外観だけは本物らしく作られた品で、何某か名刀のコピーというわけではないようです。それで……」 「あの、すみません」 さっきからベースの説明ばかりで本題に触れようとしない和泉に、リベリスタの一人が突っ込みを入れた。 そろそろ本題話してよと。 「……はい。名前は『魔剣ソード・オブ・ニート』」 「…………」 の、能力は? と尋ねる一同に、和泉は目を逸らしながら言った。 「働きもせず寝て起きてネット見てを繰り返す毎日を実家に寄生することで可能になるでしょう。しかし老後や社会保障は約束されず、悲惨な将来が確実に待っているものです。しかし不安と絶望感、そして無力感からずるずると……」 「いやそうじゃなくて」 ニート問題の話じゃなくて。 「は、はい……すみません。あまりに荒唐無稽なアイテムだったもので、つい」 眼鏡を直すガハラさん。 彼女は気を取り直して説明を再開した。 「剣を所有していることで得られる効果は二つ。自分の怠惰な第二人格が剣に乗り移り、勝手にしゃべってくれる(ので友達がいなくても平気)ことと、何もしなくても周囲の人間が施しをしてくれるようになる(ので働かなくても平気)ことです」 「…………」 「勿論、その所為で周囲の経済バランスは破壊されます。持ち主の怠惰が大きければ大きい程、周囲は無償の施しを続け泥沼のような消費体勢が生まれるのですから!」 「……う、うん」 ちょっと反応に困る能力だった。 が、ここからが問題である。 「このアーティファクトを狙っている組織があるというのが、今回の大きな問題点です」 「狙っている、組織?」 素早く資料を広げる和泉。 そこには主流七派と呼ばれるフィクサード組織の概要と、その一つである『六道』についての記述があった。 「フィクサード組織『六道』。アーティファクトの研究や技の鍛錬に特化した個人主義の組織です。今回このアーティファクトを狙っているのが超常道具研究主任『ホワイトマン』です」 研究主任と名乗っているが、この組織には主任クラスは数多くいるらしく、その中のほんの一握りということらしい……が。 彼が目的としているのは、『六道』でこのアーティファクト能力を利用し、運営資金を荒稼ぎしようという魂胆があるようなのだ。 「自制心のある個人が所有するならまだしも、悪用しようとする組織が生まれた以上これは社会の危機……『ホワイトマン』の部下達を退治し、アーティファクトと所有者を守って下さい!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月02日(木)00:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●怠惰に生きたい人の情 とある竹林でのことである。 『守護者の剣』イーシェ・ルーは長い金髪を指でくるくるとやりながら、今回の事件を思い返していた。 働かなくても良い剣――魔剣ソードオブニート。 「はた迷惑かつ、若干羨ましい剣ッスね」 迷惑なのが剣だけであって、所有者は安全そうだというのが話のミソである。乱暴な言い方をするなら、所有者を変える事自体が大きな危険なのだ。 貪欲な実業家や政治家、大きな組織の人間などが持ってしまえば常識社会を実質破滅させることだって夢ではない。 ……名前の所為でそんな発想に至らないのが救いですらある。 「それはそうと、六道はそんなオモシロソードで何をするつもりなんだ。リベリスタをニートにでもするつもりか?」 アークのリベリスタを舐めるなよ六道め、と拳を握……ろうとした『百の獣』朱鷺島・雷音だったが。 彼女の後ろで『おこたから出ると死んじゃう』ティセ・パルミエ(BNE000151) と『第14話:夢のカレー生活』宮部・香夏子(BNE003035) がひそひそと何か話していた。 「働かなくてもいいなんて羨ましいなー。あたしもおこたから出ない生活したいです」 「香夏子としては一生働きたくないので……そんな夢のようなお宝を悪党に渡すわけには」 うんうんと頷く天照・砌(BNE003441) 。 「ちゃんばら商売にとってはなおの事でござんすなあ……」 三人は声をそろえて頷き合った。 真顔で停止する雷音。 「……良い作戦だな」 「感心してどうするのよ」 『黒姫』レイチェル・ブラッドストーン(BNE003442) がちょいちょいと指でつつく。 余談だが、レイチェルの出番は都合によりここまでである。描写されないだけで一応ちゃんといるので、その辺りお察し頂きたい。 『重金属姫』雲野 杏がこきりと首を鳴らす。 「バイトせずに音楽活動できそうだけど……怠惰になったら活動も何も無くなるんでしょうしね」 怠惰さがアーティファクト効果ではなく、ただの人情だというのが如何ともし難かった。いくら一般人を百人殴れるリベリスタと言えど、解決できない問題や抵抗できない誘惑はあるものだ。 そうした事情はやっぱりティセ達も解っていて、羨ましいと言いつつもタナボタに頼るつもりはない様子だった。香夏子はともかく。 「…………」 沈黙する『霧の人』霧里 まがや(BNE002983) 。 内心、働かない魔剣とか鉄くずじゃんと思っていたが、態々言って反感を買うことも無いな……と言うより面倒だなと考えて、とりあえず目を逸らした。 そうして動かした視線の先に、一人の少女を見かけるのである。 雑草を踏んで歩く、背筋の伸びた竹刀袋の女。 魔剣ソードオブニートの所有者である。 ●魔剣ソードオブニート 道行く先に少女がいたので立ち止まった。 ……というには些か妙なつんのめり方で、魔剣の少女は歩みをやめた。 「悪い奴から、逃げているんだろう?」 分厚い本と羽をもった少女である。なんかマイナスイオン出ていたので警戒はほぐれたりなんだりしたが……こう、何と言うのだろう? 一時期扇風機にすらマイナスイオンが搭載されていた時代に、犯罪者の警戒を解くために警察用の拳銃にマイナスイオン発生装置をオプションする話があったりなかったりしたらしいが、大体そういうイメージだと思って頂きたい。 「え、何、これ和んでいい所なの?」 と言う感じである。 雷音自身、別にスキル効果にばかり頼っていた訳でもないので、平静に話を進めてみる。 「ボク達は、貴女を助けに来たんだ」 『おい、助けてくれるらしいぞ。やったな!』 急に喋り始める竹刀袋。少女は刀に軽くバックブリーカーをかけると小声で黙ってろと呟いた。 「女の子相手に冷たくしたくないから言うんだけど、見ず知らずの人にいきなり『話しは聞かせてもらったぜ、後は任せな』みたいなことを言うと警戒されちゃうよ?」 「……そうか」 でも教えてくれたってことは警戒しないでくれたってことだろう? と雷音は言った。 借金取りには見えないからねと少女。 そこへ、頃合いと見てかティセ達が顔を出した。 「始めまして、ティセっていうの。お名前なんていうの?」 「……っ!?」 いきなり名前を聞きに来るのかい、という顔をする少女。 とはいえ、名乗られた手前無視するわけにもいかない。 「あらしの・れい。漢字は聞かないでくれると嬉しいな」 「レイさんね?」 やや割り込み気味に、砌とイーシェが咳払いをする。 「拙者らは追手を倒したい。貴女は奴等から逃げたい。ここはひとつ協力しやせんか」 「つまりアンタを、魔剣を狙ってるワルモノから助けに来たッスよ」 若干の身振りを交えつつ、自分たちがアーク組織の者だと言う話から、敵が悪い組織だという話、ついでにアークに来ちゃくれんかねという事情も含めてイーシェは包み隠さず説明した。 「組織なの……大きい?」 「すっごく」 「ふうん」 どうともとれる反応だった。 ふうん、である。 「……お」 そうこうしていると、香夏子が何者かの気配に気が付いた。 ギターを担いで振り返る杏。 「どうやら、来たみたいね」 竹林を割るように、気色を抉るように現れる白服の集団。 彼らは手袋やら短機関銃やらを取り出して、やけに低い声で言った。 「手短に済ませたい。剣を置いてどこかへ行ってくれないか」 『フン、お断りだァ!』 「お前が言うな!」 近くの竹に鞘を叩きつけるレイ。 そんな彼女を背にしたまま、まがやはどこかつまらなそうにファンタズムを取り出した。 「まあ、暇つぶしにはなるかしらね」 ●『ホワイトマン』の部下達 暫し事情を抱えた者同士の睨み合いが続くかと思われたが、思いの他殴り合いへの発展は早かった。 何と言っても一番乗りがティセである。 「寒い中御苦労さまなのです」 なんて言いつつ、魔氷拳で殴りかかる。 対して白服の男は手袋(これもまた白い)を嵌め、ティセの拳をガードした。 大きな回し蹴りが来る。ティセは軽く頭をひっこめてかわすと、更にパンチを叩き込む。 「そんなスピードじゃ誰も捕まえられないよーだ!」 強く歯噛みする白服。 そこへ刀を持った男が加勢に加わろうと、横合いから刀を振り込んだが、しかし。 「そうはさせないッス!」 剣を水平に構えたイーシェによって刀が阻まれ、力による押し合いに縺れ込まされた。 二対二での拮抗状態。 香夏子はそれを切り崩さんとして……と言うかぶち壊そうとして、氷結した相手にバッドムーンフォークロアを叩き込んだのだった。 「今日の香夏子は少し本気です。手加減無しで行きますよ」 別に今まで手加減してたわけじゃあないのだが、香夏子はいつにないやる気を見せつつバッドムーンフォークロアを連射した。 後ろの方で煙草を加えていた白服が、忌々しそうに煙草を噛みちぎる。 「クッソ、誰だよ子供だらけだから余裕つったの。お前ら死ぬ気でかかれ、負けたら死刑な!」 銀色の受動拳銃を取り出す煙草の白服。彼に合わせて五人の白服達が短機関銃を取り出した。ドラム弾倉のちんまりとしたフォルムで、シカゴタイプライターなんて俗称で呼ばれている銃だった。 狙いバラバラの一斉射撃。 対して砌は魔閃光を連射して相手の数を減らしにかかっていた。 軽く振り返ってみる。レイは刀の柄頭を手で抑えつつ、ひたすら防御態勢を整えていた。 「いざとなれば逃げちゃってください」 「言われなくとも。今すぐにでも逃げようかと思ってた」 「それはチョット」 この人やりかねないなあと思いつつ、砌は立ち位置を調節する。 その一方、まがやははやり思考停止気味のぼうっとした表情でいた。 頭上に指を掲げて、パチンと鳴らす。 どこか80年代を思わせる動きでチェインライトニングを発動させた。拡散した雷に撃たれ、白服達がびくんと跳ねる。 「厄介な技使うヤツがいるな。おいアイツ狙え……違うそっちじゃない俺好みの胡乱げな奴だ!」 銃を持っていない方の腕を振ってまがやを指示す白服。 まがやは面倒くさそうに口をすぼめた。 途端、無数の弾丸が叩き込まれる。 「ワンコインでコンテニューなんて、お手軽よね」 舌打ちしつつもフェイトを使用。それこそゲームセンターでコインを入れ直すかのように再び雷を奔らせた。 「なんだこいつ、痛みが無いのか」 と言ったが最後白服の数人が別の雷に撃たれて倒れる。 何事かと振り向けば、杏がギター片手にチェインライトニングを繰り出していた。 同時に雷音も陰陽・氷雨を発動させる。 「大盤振る舞いだ、來來氷雨!!」 「ここから後ろへは行かせないわよ。行けないだろうけど」 次々と仲間が倒れるのを見て、リーダーらしき白服は咥えていた煙草を咀嚼して飲込んだ。 「畜生全滅だ……覚えてろ!」 帽子をかぶり直して踵を返すと、一目散に遁走する。 正直後ろから撃ってくれと言ってるようなものだったが、目的がレイのガードであったためか……もしくはリーダーの足が思った以上に早すぎたからか、雷音達は戦闘をやめたのだった。 ●アラシノレイ 倒れた白服約七人を念入りに殴って気絶させ、適当にふんじばる。 放っておいてもよかったが、何となく良い気味だったのでそのままどっかに突き出しておいた。 ある程度の作業を終え、雷音はぱしぱしと手を払った。 「大丈夫だったかな?」 「お陰さまで」 手の平を振って見せるレイ。 彼女の前に、杏達が集まってきた。 「さっきの戦いぶり見たでしょ。アタシ達アークが、貴女とその剣を護るわ」 「あ、あーっと……」 割と今更のことかもしれないが、神秘に触れても平然としている所からしてレイは善良な覚醒者らしい。そんな彼女の目から見ても杏達はかなりの戦力だった。 この場で『命が惜しくば剣を置いていけ』と言われたらちょっと迷うレベルである。 手を合わせる香夏子。 「さて、あとはお姉さんのうちの子になって悠々自適に暮らすだけですね!」 『よかろう! 悠々自適……素晴らしいではなゴハァ!』 刀に膝蹴りを叩き込むレイ。 「怠惰は敵! その所為でウチは大変なことになったんでしょうが。……悪いけど、この剣を使うわけにはいかないわ。こんな方法で楽をしても、お金以外の大きなツケを払わされるだけよ」 「そんなぁ……」 軽くしょげる香夏子。 ムードを変えるためか、ティセがぴこんと指を立てた。 「でもその剣を持ってる限り、怖い人達がまた来るかも。だからアークに来たらいいよ」 「もしくは、その剣をしかる場所に預けてみては如何でござんしょ?」 と言って手を出す砌。 レイは刀の柄頭をちらりと見てから、半歩後ろに下がった。 「悪いけど、そういうわけにも行かないの。私がいつ自制心を失うか分からないし、そうなった時一番被害を受けるのは所属してる組織よ。あなたの組織だって一般人はいるんでしょ? そんな人達が一気に個人の奴隷になったら、組織が壊滅しちゃうじゃない」 「流石にそれは考えすぎでしょ」 「それに警戒しすぎ、ね。それは分かってるの」 『無理からぬわ。この娘はそれはそれは酷い目にあったからな。まるでその為に名前がついたかのように――』 「せいっ!」 刀を蹴っ飛ばすレイ。 てっきりコンビ漫才でもするだろうと思っていたティセ達は小首を傾げる。 「ごめん、色々事情があって。私の身柄も剣自体も、何かの組織に託すわけにいかないの。きっと不幸になるだろうから」 「分かったッス」 イーシェがきをつけをして、軽く頭を下げた。 「そのはた迷惑な剣のお守を、宜しくお願いするッスよ」 「任せて、自己防衛は無敵だから」 街を駆けて行くレイの後ろ姿。 それまで会話に極力関わらないでいたまがやが、ぽつりと呟いた。 「これでいいの?」 「今は最善……だろうな」 顎を上げる雷音。今後何かあったとしても、彼女を知っている我々なら予知で先回りができる。大きな危険は及ばんさ、と。 ゆっくりと沈んで行く夕日を、皆は何とはなしに見上げていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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