● おなかすいた。 ● 「今日集まってもらったのは、この事件」 そう言って『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が机に広げたのは、数日前の新聞である。 それを目にして、数人のリベリスタの顔が曇った。 ――世の中には、時として、能力の有無にかかわらず酷い事件がある。 その一面に踊っているのも、そういった事件の一つだった。 「……誘拐された女子大学生が、死体で見つかった事件か……。 もしかしてあの犯人がフィクサードだった、とか?」 制裁への期待を抱いて意気込んだリベリスタに、しかしイヴは首を左右に振る。 「――それはわからない。少なくとも、今回はそっちじゃない」 イヴの、いつにもまして無表情な瞳から事情を察した数人が、沈痛な面持ちで椅子に掛けなおす。 「この女子大生。……みちる、という名前の彼女。 ……新聞では詳しいことは言ってないけど、彼女の死体には、四肢がなかった。 生きながら切られたことまでは、警察でもわかってるらしいけど。 ただし、そういった暴行による失血が直接の死因ではないことは――新聞では言ってないはず」 そこまで言って、イヴはようやくリベリスタたちを見回す。 「――餓死。それが直接の死因。 この思念がエリューションになって、彼女の行っていた大学の食堂に現れるのを感知した。 食べられるもの、食べられないもの、すべて区別なしに口に入れようとする。 生きてるもの、死んでるもの、かつての友人。なんでも」 イヴが静かに目を閉じ、それからゆっくりと開く。 「彼女が現れるのは――人がこれから増える、昼食時直前のころ。 閉鎖してしまうとご飯を作るにおいがしなくなるからか、彼女が現れない。 確実に倒すことを優先したいから、残念だけど、完全に封鎖はできないと考えて。 その代り――」 彼女は地図を示し、学生が入ってくるだろう食堂の扉から、一番離れた場所まで指をスライドする。 「ここ。非常扉が設置されているけれど、この先は建物から見て裏側。 人通りもほとんどない。 どうにかしてここから誘導できれば、人の目にはあまり触れないですませられるかも」 そして、再びゆっくりと目を閉じる。 今度は、すぐには開こうとしなかった。 「――ただ、実際にどうするのかはみんなに任せる。 私たちには、起きてしまった悲劇を変えることはできないけど――これから起きる悲劇を防ぐことなら、きっとできるはず。 どうか、お願い。彼女を――解放してあげて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月06日(月)23:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「え? ボヤ……?」 誰かの漏らした声に、食堂がにわかにざわめく。 ――その空気が若干異様だったことに気がつくほど、勘の鋭い者はどれだけいただろうか。 大声で笑っていた学生の一団に声をかけてきた、場違いなほど幼い少年。その姿に困惑した一人が少年の目線に合わせてかがみ――その次の瞬間に、かがんだ青年はそうつぶやいたのだ。 「その通りなのじゃ。すまないが……」 「はいはい一旦外に出て~♪ お片づけが終ったら、色々サービスしちゃうから……ね?」 その少年の後ろから、柔和な雰囲気の女性が声をかける。 ――それは『嘘つきピーターパン』冷泉・咲夜(BNE003164)と『サイバー団地妻』深町・由利子(BNE000103)の二人だった。 「おう!」 「わかった、任せとけ!」 由利子の言葉にやたら強く請け合いながら、鼻の下を伸ばした男たちが一斉に立ち上がる。 「待ってよ、ボヤなんてどこにも……」 先の青年の指示に従って避難や誘導を始めた男たちをかき分け、気の強そうな少女が二人の前に出てきながら抗議の声を上げたが、 「…………」 僅かな間の後、咲夜を見つめながら男たちと同じような表情を浮かべた。 ――頬ずりしたいとか、持って帰りたいとか、食べちゃいたいとか、そういった類の表情。 「小火が起きたのを、教えてくれたの? 嬉しいー! ねえボク、後でおねーちゃんと――」 「あの、とにかく避難をじゃな?」 連れ帰られては困ると、少女からじり、と後退する咲夜。 「……食堂のスタッフには奥で探し物をしてもらってるぜ」 そこに現れ、由利子たちに小声でそう報告した『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)の服はよくある洋服(+帽子)に身を包んだもので、今ばかりは17という歳相応。 その報告に二人は頷きを返す。 人気の少なくなった食堂に入れ替わるように入ってきた数人のうち一人が、小さく印を切るような仕草をとった。 「一般人が居るとこっつーのはめんどくせぇなぁ……」 ぶつくさとそう文句を言いながら『業炎撃』宮部乃宮 火車(BNE001845)の張った強結界は確実にその効力を発揮し始めた。文句は言えどもエリューションが場所を問わないものだとは彼自身も理解しており、人払いの結界は片が付くまで切らせるつもりはない。 「誰が望んだ展開か知らないが、酷い話もあったもんだ。 ここで犠牲を出させたら『みちる』を殺したクソ野郎の犠牲者が余計に増えるって事だ。 ――被害を出させず、確実に仕留めてみせる」 その意思を言葉にした『影たる力』斜堂・影継(BNE000955)の服装は、いつものちょっと尖った厨二テイスト、の上から割烹着。 するりと食堂の調理場に入り込み、カレー鍋を焦げ付かないように混ぜている。 「こんだけの料理を作る事なんざ、普段滅多にないよなぁ」 少量作るのも大量に作るのも同じ、という人をたまに見かけるが――学生の食堂ともなれば、その量はちょっとやそっとなわけがなく。一人では抱えるのも難しそうなサイズの大鍋である。 「ししせつだんなのに餓死、何とも謎な事件だねー。 でも今は謎よりもE・フォースを止めないとねー」 机や椅子をよいせ、と動かしながら『吶喊ハルバーダー』小崎・岬(BNE002119)が影継の強い言葉を受けて口にする。反対側の机は火車が押しのけ始めていた。 ――入り口から非常口までの、動線を確保するのが目的だ。 さすがに大きな鍋を非常口から運び出すのは困難だと判断した影継も、椅子をどかす手伝いに駆り出される。 良い匂いのするカレー鍋を見て、由利子が少し考え込んだ。 「私もお弁当を持ってきたのだけれど……無駄になっちゃったわねぇ」 今、きゅぴーん☆って顔しませんでしたか。 「折角だし混ぜちゃいましょう。名づけて由利子の特製☆滅殺カレー!」 ……うわあ。 青い目を伏せて離宮院 三郎太(BNE003381)は呟いた。 「おなかがすいて、食べたくて、食べたくて、でも何も食べれなくて、動けなくなって意識が途切れる」 軽く首を振れば、金色の猫っ毛がわずかに揺れる。 「それがどれほどの苦痛を伴うのかボクにはわからない。 だけど……当たり前と思っていた生活が一瞬で奪われることの苦しみならボクも知っている」 その声に、数人が三郎太の方を見て。 「……みちるさんの思念から生まれたからといって、E・フォースがなにか食べたから亡くなったみちるさんのお腹が膨れるわけじゃないしー」 岬が、どかせて作った誘導路から退避しつつ、そう口にする。 影継とフツが、非常口を開け放ち、外に出た。 金髪を、手袋に包まれた手でくしゃりとかき混ぜながら『獣の咆哮』ジェラルド G ヴェラルディ(BNE003288)が唸った。 「好物もよくわからなかったし……食いたいってんなら食べ物ならば、食わせてやりたいと思っちまうが、思念体相手じゃそれも無意味かね。」 そのジェラルドに、火車が自分の準備してきたカレーを突きつけた。 「こいつを使え」 「? あっちのカレーはどうするんだ?」 「たぶん、使えねえ」 火車は首を大きく横に振る。 団地妻のお弁当の破壊力、同じ団地の住人には織り込み済みである。 「何があったのかは想像し難いが、こうなった以上きちんと終わらせてあげるのがせめてもの優しさじゃろうて。……すまないの、お嬢さん」 咲夜がどこか申し訳なさそうな言葉をかけた。 いつの間にかそこに佇んでいた、少女にも似た影に向けて。 ● 「よーしいい子だ。こっちに来たら食わせてやろう」 ジェラルドが、預かったカレーをその影――みちるに向けて突き出す。 室内にはとてもスパイシーないい匂いが漂っており、彼女はふらり、と足を進めた。 ――厨房の方へと。 「 ! 」 岬が厨房の奥へと走りこむ。 その奥には、捜し物をしなきゃいけないという記憶を植え付けられた職員がいるはずなのだ。 自分を追い抜いた岬に、しかしみちるは興味を持たず、一直線にある鍋に向かう。 ――内容物がなぜか虹色のような気がする、特製☆滅殺カレーである。 みちるはその鍋の前でぐわりと口を大きく開き、鍋ごとかぶりつき、丸呑みにした。 それからこてり、と首をかしげる。やはりと言うか何と言うか、思った味と違ったらしい。 傾げた首の先に、ジェラルドが軽く投げたモノがべしゃりと当たった。 彼女が手で拭い、口元に運んだそれは普通のカレーをつけた簡易握り飯。 「くちゃくちゃくちゃ」 みちるは早い咀嚼音を漏らし、口元から涎まで零している。体勢も前のめりで、背後を付いて来る火車を微塵も気にせず、もうそのカレーに夢中な事がありありと分かった。 ことりとカレー皿が置かれ、みちるはびくりと、丸で怯えるように一度止まってカレー皿とその傍らのジェラルドを交互に見る。『良いの? 良いの?』と確認するように。相手が破壊的な闘気を漲らせ構えを取りつつある事など、見えていないかのように。 ジェラルドが大きく頷く。 みちるがカレーに向かって駆け出し、開け放たれた裏口の扉をくぐった。 その瞬間。 「あぁ~めんどくさかった!」 燃え盛る炎が、それを纏う拳が、『業炎撃』がみちるの背を強かに打ち抜いた。 「……くちゃ!?」 深く練られたその威力と、類火しその身を焼く焔に戸惑うようにみちるが立ち止まり、混乱した様に立ち尽くす。 ――不意打ちは完全に嵌り込み。 どこか緩やかだった食堂の空気はこの瞬間、鉄血と戦火のそれに急変した。 ● 食堂の裏手は災害時の避難経路でもあるためか、少し開けたスペースだった。 みちるは身を捩って炎を振り払うと唇をむにと動かした。 「……くちゃ」 火車から顔を逸らし、みちるが周囲を見渡すような仕草を見せる。 周囲を覆う僅かな違和感の正体は、フツの敷いた守護結界だ。 「くちゃ」 空っぽの咀嚼音を響かせてから――みちるはその違和感への興味をなくす。 ぐるりと頭(?)を巡らせた彼女の、新たな意識の矛先は自分に相対するリベリスタ達。 ――美味しいかな? 考えるような素振りを見せたみちるの、正面に真っ向から肉薄する黒い影。 「さあ、食えるもんなら食ってみな。生憎、俺達は胃腸に悪いがな!」 エリューションの唇を警戒して牽制するように武器を振るい――しかし影継の本命は雷を纏った銃弾。至近からの一発に、みちるの身体の表面がゆがむように揺れた。 「思念体、か……」 その反応に、ジェラルドは改めてそう呟き――しかし攻撃の手を止めることなく、輝くオーラを纏った二本の小槍を続けざまに突き込む。食堂に押し戻すことは避けながら。 「おい、こっち向けよ」 火車が再び燃え盛る拳を叩き込む。 その痛みにか言葉にか、みちるは再び火車の居る背後を向き、 「おわっ!?」 火車が半歩飛び退く。 すがん! 「くちゃ!?」 非常口の壁と扉の際を半ば砕くように貫きながら、中央に巨大な眼を備えた邪悪な形状のハルバードが突き込まれ、振り返りかけた横腹にその直撃を受けたみちるの体が宙を待った。 「この一撃はアンタレスのおごりなんで受け取って欲しー」 愛嬌と覇気を兼ね揃えた声を上げたのは岬。 火車の背越しに見えたエリューションを、メガクラッシュで押し出したのだ。 さらにその背後から、多少の余裕のできた射線を通して咲夜が束縛の呪印を放つ。 「大丈夫かのぅ?」 確認の言葉を向けられ、火車は手を振る。彼の怪我はまだ深手には遠い。 「くっちゃくっちゃ」 「……胃腸、強いな」 たちの悪い冗談の様な光景に影継が思わず、少し呆れた呟きを零す。 形の無い存在を無理やり噛み千切ったみちるは、首から順に、体ごと傾くように上半身を大きく反らし、金槌を打ち付けるかのように勢いをつけ頭を振り回した。 「ぐっ……」 迫る唇に、影継は牽制としてチェーンソウ剣を向ける。 みちるは恐怖を感じないのか――それとも、元となった思念にその手の刃物への恐怖が飽和していたのか――高速回転する刃に躊躇することなく影継の脇腹を抉った。 その唇は異様に鋭く堅く、激痛は麻痺に転化しその四肢の動きを縛り、『切り落された』かのような錯覚を伴う痺れに影継は精悍な顔を歪める。 だが反面、ろくな知能を残していないみちるが短絡的に影継を狙った事は、リベリスタ達にとっては良い方向に働いた。 半ば拡張された非常口から顔を出した由利子が、仲間達に十字の加護を与える。 続いて扉を抜けて来た三郎太がガードロッドを構え、みちるに一撃を見舞う。 「キミの相手はボクだよ!」 一般人の誘導が無事完了し、気力の切れそうな仲間も居ない。 ならばと彼は、理不尽の死から生まれたこのE・フォースに真正面から対峙する事を選んだ。 (この子に美味しいよって、一緒に食べよって言ってあげたかった……) そんな本音を心の中にそっと仕舞って。 ● 「どうだ身体、動くか?」 フツが放った神々しい光が仲間の邪気を放ち、四肢の痺れを癒す。 麻痺の解けた影継が再び肉薄し、その腹部に雷と銃弾の至近射撃を見舞う。 ダンシングリップの被害を嫌ったジェラルドは数歩離れた位置で2本の槍を疾く速く振るい、生まれた真空刃がみちるを切り刻む。 「オレは性質悪ぃぞオラァ!」 火車の拳は炎と唸りを上げ、岬のアンタレスは焦げたその身を豪快に抉る。 「しっかりするのじゃよ」 仲間の傷は咲夜の呪符と由利子の団地妻天使ソングが癒す。 みちるが外に出た事で、リベリスタ達の陣形と連携は完成していた。 「そっち、距離を取って下さい!」 三郎太の的確な戦闘指揮が全員の動きを底上げする。 だが、それでも戦いは決して楽ではなく、前に立つ者から少しずつ傷は累積していく。 「初めて見る動きだ! ハニーリップを警戒しろ!」 突然自らの身体をねじり始めたみちるの奇行に、影継の警告が全員に飛ぶ。 警戒の視線の中、みちるの身体はぎりぎりぎりと、雑巾を絞るように何周も捻られ――開放。 ぎゅるると回転を始めたみちるの全身から放たれたのは、みちるの口――否、口だけしかない顔だ。その数は何十個、あるいは数百にも届いているかも知れない。まるでミツバチの群の様に。 口の群が霧散し消え去った後、中心に立っていたのは身体のほとんどを顔に変え飛ばし、殆ど枯れ木のような細い残骸と化した、 「くちゃ」 ――いや、まるで逆再生の様にその身を再形成させていく、みちる。 みちるの外見が修正されていく中、ごとり、倒れ伏す音が三つ響く。 「この世の中にあふれる理不尽な死……無くすためならボクは……」 起き上がろうとし、しかし起き上がれず、三郎太は無念の呟きを残す。 「この『槍』は簡単には折れないぜ……いくらでも弾にも壁にもなってやる」 己の名が意味する物を拾いながらジェラルドは立ち上がり、膝の汚れを払う。 「おかわりぐらいして行ってもいいんじゃないかなー」 おなかすいてんでしょーと、何時も通りの子供っぽい口調で、岬も起き上がる。 2人とも、運命を炎上させてその身を起こしたのだ。 「……くちゃ」 みちるは少しだけカレーの方を向いてから、岬の方に顔を向け、どうも頷いたように見え。 ――そうして再び身体を捻り出した。 「おい、冗談じゃないぞ」 直撃を避けいていたフツが、癒しの符を取り出しながら鼻じろんだ。 影継が銃口を直接ねじ込むべく踏み込み、ジェラルドが傷付いた身体に鞭打ち二本の槍を舞わせる。火車は炎上し、岬が黒い風と化す。 それでも、飢える少女の思念の残滓を打ち消すには未だ足らず。 周囲を大量の唇が荒れ狂い、全てを抉った。 ● 「くちゃ……?」 何度目になるのか、身体を捻ったみちるがふと、緩やかにその捻りを解いた。 首を傾げる仕草をするエリューションを見、天使の歌声を響かせ仲間を癒した由利子がハッとした顔をする。 「もしかしたら、気力が尽きかけてるのかも……!」 リベリスタ達の顔に一様に光が射す。 何度も何度も荒れ狂ったハニーリップ、時々重ねられた土砕唇とダンシングリップ。残った彼らはそのほとんどを潤沢な回復で耐えていた。一度、倒れたと思われた火車が地面を蹴って派手に立ち上がってみせた程度だ。 対するみちるは、度重なる攻撃を受けてついに全身の再形成がされなくなり、所々に穴の開いた奇妙な姿と化していた。 ――決着は近い。 「俺のとっておきを、ご馳走してやる」 ゆらりと、正面に立つ影継。 彼はエリューションの奥の手が相手を喰おうとするものだと予想していた。 エネルギーの消費が大きいハニーリップが打ち止めになった以上、最後に一発だけ未だ撃てるとすればきっと、使うのはそれだ、とも。 故に、大口を開けたその瞬間、その口腔に裂帛の気合と全身の闘気を篭めた必殺の銃弾をカウンターで叩き込むつもりだった。 「おなかすいた」 だから、唐突に零れた綺麗な声を聞いて、思わず絶句してその顔を見返した。 これまで、咀嚼音以外に何も語らなかった筈の、『顔』を。 「おなかすいた」 その顔は、巨大な口では無くなっていた。 元となった彼女の、生前の顔。 干からびた様に落ち窪んだ目、痩けた頬、猿轡を噛ませ、太い革紐で縫い合わせられた口。 そんな口で、喋ることが、できる筈もないのに。 それは死の直前の顔。 彼女の為に用意されたカレー。ろくに食べられないまま始まった戦い。 絶望と飢餓から生まれた思念は、巡り会わせから際立たせられたより強い飢餓から、避け得ない二度目の死の足音と混ざり、より深い絶望に立ち返り。 「おなかすいた」 その懇願(ゼツボウ)は、少女の残滓(E・フォース)に、無残と凄惨極まる生前の相(シニザマ)と砂の様に乾ききった空腹を訴える声(ナキゴエ)とを束の間だけ返却し。 無造作に振り下ろされたその平手は八つ当たりの怨念と憤怒を讃え、影継の身体を縦にひしゃげて折り畳んだ。 「……!」 悲鳴を上げなかったのは強気な彼の意地だろうか。だが、全身の骨を砕かれ崩れ落ちた影継は最早起き上がる事が叶わない。 「やったなー!」 だが即座に、岬のハルバートがその身体を袈裟懸けに斬る。 破壊的な闘気の漲る一撃に、のけぞったみちるの身体がまた大きく削れる。 「火傷すんな? 腹壊すな? 今から熱々のモン手前の腹に……くれてやっからよぉ!」 口の端を上げた火車が、流れる水の如き構えから腰を低く下げ、突貫の構えを取る。 「次に生まれてきた時にゃ、幸せな人生を歩めるよう祈っとくぜ」 少し苦い物を噛み締めながら、ジェラルドは双槍を構える。 3人を後押しするように、フツと咲夜は符を構え、由利子は喉を震わせる。 みちるは、その顔は既にもう元の大口に戻っている。力無く立つだけのその姿は、彼女が最早どんなあがきも出来ないだろう事を示している。 戦いの趨勢は決していた。 「くちゃ」 みちるは最後にまたカレーを。 この戦いや寒さの中でも冷めなかった、神秘の力を纏ったカレーを見る。 ろくに食べることの出来なかったそれに、どうあっても、近寄ることなどできそうにない。 「………………」 彼女は唇の端から、粘ついていない液体を一度ぽたりと落とし――その水分は地面に消える。 それから、殲滅され消滅して果てるまで。 みちるは何故か、一度も咀嚼音を響かせなかった。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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