●仮面の男 暗がりの中に、一人の男がいる。 男はシンプルな仮面で顔の半分を隠している。これはいつものことだ。スーツ姿なのもいつものことである。 ただ今回はその上に所帯じみたエプロンを付け、はたきを手にしていそいそと働いていた。 ぱたぱたぱた。 ぱたぱたぱたぱた……。 場所は、どうやら物置である。大小雑多な木箱やらモデルが分からぬ胸像やらと様々なものがちょっとした家くらいの空間にぎっしり詰まっている。 「ふむ……参ったな。自分で思っていた以上にガラクタを溜め込んでいたようだよ、私は」 その始末に、どうしたものかと腕組みをする。 「六道に売り払ってもいいのだが……値が付かない代物はどうするかな……」 そのとき、ちゅう、とネズミが鳴いた。 積み重なった荷物の上にちょこんと乗った、真っ白なハツカネズミである。 「ん?」 ちゅうちゅう、ちちち、とネズミが鳴く。 「ああ、なるほど……」 ふふ、と仮面の男が笑んだ。 「それはいい。楽しい催しものになりそうだ……」 ●色々と込み入った土鍋 「今回は事情が独特ですので順を追ってご説明します」 『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)はいつものように手早く資料を配った。 「まずは資料の一番上の写真をご覧ください。それが今回の『敵』です」 見た。 今ではもうほとんどないような古い民家の居間の写真である。板の間にむしろが敷かれており、中央にはいろりがあって土鍋がかかっている。 ……敵らしき姿は全く見当たらない。なにかの間違いか、敵は透明人間だとでもいうのか……。 「いえ、その写真の中央に映っているのが、今回の、『敵』です」 ……中央に映っているのは土鍋である。そういえば普通の鍋に比べて二回りくらい大きい気がするが、とにかく、土鍋。 「そうです。土鍋が今回の敵なんです」 ……。 …………。 …………もしもし、和泉さん? 「困惑はもっともですけど……まあ、正直私もなんだかな、と思わなくもないんですけど、とりあえず話を聞いてください」 んん、とかわいく咳払いした。 「D/Cと呼ばれるフィクサードがいます。御存じの方もいらっしゃるかもしれません」 話がかなり飛んだ。 「情報は極めて限られていますが、今分かっている限りではどうやら他者や器物を革醒させる能力があるようです。過去に何度か彼の『作品』とアークとは衝突しています。ホブゴブリン、アークゴブリンの事件、クリスマスの後始末の事件などです。それから毛色がまったく違いますが最近分かったところでは、過去に二度N市で石像が革醒した事件にも彼が関わっていました。石像のかけらにD/Cの刻印があったんです」 ……手広いやつである。 「愉快犯、というのが印象ですね。もちろん予断は禁物ですが。……そのD/Cからアークに手紙が届きました」 え? 『寒さますます厳しく、鉛色の空を眺めることも多いこの冬の日、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。 御挨拶するのは初めてです。私、D/Cと申します一好事家でございます。 さて、私には珍品収集の趣味があるのですが、先日物置を整理しておりましたところ多量の不用品が出てしまいました。そのまま捨てるには忍びなく、なにか愉快な使い道はないものかと思案しておりましたところで、皆様のことを思い出しました次第です。 つきましてはN市立郷土史博物館の展示物『旧居の囲炉裏端』の土鍋を破界器(アーティファクト)と致しまして、そこに不要の品を全て放り込み、水煮にて炊き上げることにいたしました。』 ……いや、頭おかしいだろこいつ。 『炊きあがりました暁には、大変に興味深い品がこの世に誕生するのではないかと大変楽しみにしております。アークの皆様も是非お越しになりまして、前代未聞の破界器のごった煮の完成をご覧くださいませ。 草々』 「万華鏡(カレイドシステム)で確認しましたが、ここに書かれていることは本当です。現在、N市立郷土史博物館の土鍋の中には小規模の次元の狭間が作られ、中に多種多量雑多な破界器が詰め込まれています。これが点火し加熱されると、不可思議な作用によって破界器の活性化と融合が進み、最終的に『なにかとんでもないもの』が完成してしまいます。それが強力な破界器なのかエリューションゴーレムなのかはわかりませんが、とにかくこの世に誕生を許してはならない『なにかとんでもないもの』です」 ……もしかして結構重大な事態だったりするのか、これ。 「D/Cはすでに仕掛けを終えて姿を消していますので、残念ながら今回捕えることはできないと思われます。……私も遊ばれているようでちょっと腹が立っているので、今後なんとしても尻尾を掴むことにします。今回は、『鍋の撃破』をみなさんにお願いします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:juto | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月31日(火)22:51 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●土鍋と戦うメンバー 空全体に薄い雲が広がっていてどんよりと重い。冷たい風が吹いている。 目標の市立郷土資料館は殺風景なコンクリートの、いわゆる『ハコモノ』であった。 「……寒々しいですわね……」 『Knight of Dawn』ブリジット・プレオベール(BNE003434)は見たまんまの感想を口にした。アークに来て最初のミッションがこれである。しかも。 「標的が土鍋なんて……」 「なんであろうと早急にせん滅するまででしょう」 『LawfulChaticAge』黒乃・エンルーレ・紗理(BNE003329)はそう言いながら人払いの結界を展開している。 「とはいえ土鍋とはな……愉快犯という天原さんの言は適切なようだ」 とハイディ・アレンス(BNE000603)が言えば、 「世に言う変態にございますな」 と「ごく普通のリザードマン」である風音 桜(BNE003419)が返した。 「とにかく変なのが生まれる前にがつんと壊さなきゃねー」 神代 凪(BNE001401)は入念に屈伸をしている。 「そうね。壊れるまで撃ち続けましょう……うふふ」 『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)はフィンガーバレットに弾丸を込めながらもう一度、うふふ、と笑った。 「ところで……」 ブリジットにはさっきから気になっていることがあった。 「その格好はなんですの? 日本独特の戦闘服なのかしら」 『猛る熱風』土器 朋彦(BNE002029)が身に纏っているのは黒い学ランである。 「戦闘服……そうだな。人には挑まねばならぬ勝負がある。そういうことだ」 ……どういうことだろう。 最後の一人、『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)はマントを風になびかせて、じっと施設を睨みつけている。その瞳には激しい怒りが宿っていた。なんに対する怒りであるか。それはまだわからない。 その行く手には……土鍋。 ●点火! 古地図やらツボやら遺跡の模型やら農具やらの幾つかのコーナーを抜けて、一番奥が問題の『古民家実物大模型』であった。合掌造りの古い民家の内側を完全に再現しており、天井は高い。 中央の囲炉裏に、問題の土鍋。 しゅぼ! と点火した。土鍋の下から凄まじい勢いで炎が噴き上がった。 カタ……カタカタカタカタ……と蓋が振動し、ふしゅっふしゅっと威嚇するように蒸気が噴き上がる。 リベリスタVS土鍋、戦闘開始である。 初手を取ったのは紗理だ。鍛え上げた技の上にさらに反射神経の賦活まで行った彼女の速度はもはや別次元の域に達している。軽くジャンプしたかと思うと直後には一足で鍋の眼前だ。目の前のなんとも『平和』な敵の姿に一瞬気がなえるが、 「成敗するだけの話だ」 剣閃。一瞬に3つ4つが同時に疾る、その全てが実体を持っている。 カカカカッ! と鍋が揺れ、表面に傷がついて行く。 「ちぇすとぉーっ!」 掛け声とともに木刀を叩きつけたのは土器である。がごん! と蓋の真上から全力で叩きこむ。土器VS土鍋。長い戦いになりそうだ。 「燃えちゃえー!」 と凪も前衛に参戦。炎を纏った拳で土鍋を横殴りに殴りつけた。クリーンヒット! ごう、と炎が土鍋を包み込み、湯気がぷし、ぷし、と間歇的に、苦しんでいるかのごとくなる。 「次はボクの番だ」 ボク、と言っても金髪の美女、ハイディが空中に叩きつけた札から撃ちだされるのは黒い翼の式である。式は鮮やかな弧を描き、鍋に撃ちこまれる。 「それとわたし~」 アハハハハハッ! と高らかに笑いながら烏頭森が展示室に飛び込み、立て続けに引き金を引く。ノズルフラッシュがまき散らされ大量の銃弾が鍋を弾く。 と、ここで鍋の反撃。一瞬蓋が持ち上がると、紫色の霧がふしゅう! と吹き出されてすでに踏み込んだ紗理、土器、凪を襲う。 「――かはっ?」 三人が膝をつき血を吐いた。敢えてゲーム的に表現するならバッドステータスは『虚弱・出血・呪縛』である。さながら細菌兵器だ。呪縛するのなら虚弱意味ないじゃんとか言っちゃいけないランダムなんだから。 「む? いかんな……。光よ、溢れ出て呪いを消し飛ばせ!」 アラストールが苛烈な光を放ち、呪縛を吹き飛ばす。威風堂々たるものには運も味方するのか、これが見事に三人とも戦線に復帰させる。 「とりあえず間違いなく邪悪な敵ですわね!」 バイオテロを目の当たりにして逆に闘志が湧いたか、ブリジットは弓を引き絞るように突き出したその手に、黒々とした瘴気の塊を凝集させる。すぐに放ちはしない。必中を期して狙いを定める。 「拙者も同感で御座るよ。変態鍋、覚悟ぉ!」 桜もブリジットに並び、やはり暗黒の気を手に引き絞る。 どうでもいいが、ゴリマッチョのリザードマンが可憐な少女と並んで闇を練り練りしている図は、敵のことを言えない程度には不思議な絵面である。 そこからはリベリスタの一気呵成。打撃を叩きこみ式を銃弾を撃ち込み暗黒の気が迸る。鍋から噴きだす状態異常はアラストールとハイディがそれぞれに危険性を判断し打ち払っていく。鍋なんかにやられてなるものかと思うのか、リベリスタ達の意志の力も際立って発揮された。 とはいえ鍋も防戦一方ではいられない。新しい手に打って出る。 つまり――。 ●吹きこぼれる 突然鍋がひゅいぃぃんと激しく回転したかと思うと、ばか! と蓋が開いた。どどどどどっ! と『なにか』が大量に撃ち出される。複雑に絡み合う曲線を描き資料館中を飛び回るそれは。 ――熱っ! あちちっ! 熱いって! ―― あっつあっつのおでんであった。 大根がはんぺんがこんにゃくが玉子がモツが、熱いしぶきを散らしながら空中を駆け廻り次々にリベリスタに『着弾』するのである。 ダメージはないとはいえ、100度近い温度のものをひっきりなしにぶつけられれば自然集中は乱れ攻撃も甘くなる。しかもこのおでん、さすがアーティファクトなのかまったく冷める様子がない。 かといって、緊急に鍋を破壊しなければならない状況で、自在に飛び回るおでんどもを相手にしているわけにもいかない。 このおでん、実に厄介であった。 これで調子に乗ったのか、鍋は連続して吹きこぼれた。 飛び出したものたち。 『阿呆ー阿呆ー』と鳴きながら空中を飛びまわる案山子たち。意味がわからんと思っていたら、ばり! と天井を突き破って飛び去って行った。あああ。鍋倒したらあれを追っかけなきゃいけないじゃないか面倒な! ホルマリン漬けになった解剖ガエル五匹。瓶から手足が飛び出していて、『リーリーリー、リーリーリー』とうざったく鍋の周りを跳ねまわってガードしている。これは明確に邪魔なので即対処が取られた。 「ハードローストと行こうか。呼気、火炎の法!」 「気味の悪い。まとめて消し飛ぶがいいですわ!」 土器の炎とブリジットの気がカエルどもをなぎ払った。焼きガエルは多分鳥の味だ。食えないけど。 『おにいちゃんおねえちゃんごめんなさいごめんなさい!』とロリロリずっきゅーんな萌えボイスで謝りながら全力で殴打してくる釘バット。これはリアルに危険が危ない。ていうかダメージでかい。 ただ、大きなダメージを受けたことで逆にリベリスタの攻撃は鋭くなった。 「この痛み、一滴残らずお返し申す!」 「私の痛みよ。愚鈍な鍋をぶっ壊せ!」 桜が抜き放った長大な斬馬刀から『痛み』そのものが鋭い闇となって放たれる。烏頭森が放つ銃弾も一発一発が痛みを背負った螺旋を描き暴れる。ごん! ごん! と鍋が大きく揺れて欠けた。 『オンドラァドゥルルギッテンディスカー!』となに言ってんだかわからないが勢いだけは凄まじくリベリスタに襲い掛かるのは便所スリッパ。これがよりによって、スパコーン! 「――ぶっ?!」 凪の顔面にクリーンヒット! ちょ。おま。アイドルのお顔になんということを。 「うわー! 許さない許さない許さない~」 べし! と地面に叩きつけて全力で踏みつける踏みにじる。5秒でスリッパは残骸になった。 治癒の手が空いたアラストールとハイディは攻撃に回る。 「つくづく腹の立つ鍋だ!」 なにに怒っているのかアラストールはブロードソードの横殴りの重打撃を鍋底に叩きこむ。 「たしかに腹の立つ愉快犯だ。この狂気の図を一刻も早く終わらせる!」 ハイディが放つ鴉の式がおでんの合間を縫って複雑な軌道を描いた。 一方で紗理は気力の消耗を感じていた。だが自分の未熟に腹を立てるのはあとだ。 「この剣の虚実、見極めてみろ!」 一見は先ほどまでと同じく数条の剣閃が同時に走るが、本命はそのうちの一つで残りはフェイントである。 ……鍋にフェイントって、とか、鍋が見極めるって、とか、言っちゃいけない。 ●飛び回る わけのわからないアーティファクトどもを蹴散らしたり無視したり(おでんは相変わらず飛び回っている)しながらリベリスタの猛攻が続く。そもそもが今回のメンバーは攻撃に特化した前のめりの布陣なのである。 窮地に陥った鍋は最後の手段に出た! すなわち。飛ぶ。 しゅばあああああ! と回転しながら空中に舞い上がり、ひゅん! ひゅん! と恐ろしい速度と予測不可能な軌道で未確認飛行物体のごとく空を舞い始めた! 同時に、ふああ、と謎の蒸気を建物の中全体に充満させる――と――。 ――ひっく。 あれれ? なんだか目が回るよ? 気持ちのいーぃめまいだよ? 「ひっく――おおお?」 最初にその症状を現したのは桜であった。ごう、と体全体が炎に包まれる。炎に包まれながら、 「なはははー。気持ちよう御座りますなー!」 おっとっと、とよろけた。 「これはそれがし、酔っぱらってございますな? 酔っ払い焼きトカゲにござる」 例によってゲーム的に言うなら、『酔・業炎・死毒』。なんだこの『酒は身を滅ぼす』コンボ。しかも酔って手元が狂う……かと思いきや。 「おお! 酔えば酔うほど強くなる~~ぅ!」 集中を重ねてからの強烈な攻撃が、空中の鍋を捉えるのである。業炎・死毒で体力を削られている分だけむしろペインキラーの威力はいや増している。さてはこのトカゲ、酔拳の使い手だったか。 もう一人、酔って勢いを増しているのが、 「アハハ派刃破歯葉破破破母母歯歯歯派破刃波覇覇覇ハハハハ!」 いやちょっと烏頭森のお姉さんそれ笑い声なんですか怖いですかなり怖いです。 「わたし萌えてる厚い厚い! メイドのニヤケに熱海を喰らえ!」 もう本当はなんて言ってるんだかさっぱり分からないがとにかく銃弾が炎まで纏って土鍋を捉えていくのである。 「えへへへへー……」 あ、もう一人笑っている人がいる。凪だ。 「あー、おでんだー、おいしそー……」 恐ろしいレベルの反射神経を発揮して飛来するおでんをきゃっち。あろうことかそのまま、もぐもぐ。食べた。 「……う……」 あ、ほら、変なもん食べるから……。 「おなかいっぱい……」 恐るべきは魔性のおでん。その超高カロリーは一本で人を満腹させるのである。ていうかこれ、あとで絶対太る。 「いいもーん。あたし、胸とかお尻につくタイプだもん。ぼんきゅっぼんになるもーん」 そうですか。 おでんをもう一本くわえて(だからやめなさいって!)鮮やかに回し蹴り。衝撃波が鍋にヒットした。 なんか鍋、余計にピンチに陥ってないか? 「――$◎▽Ω――」 アラストールに至ってはなんと言っているのかどころか、何語で話しているのかすらわからない。ただ確かなのは凛々しく漢前に戦の指揮を取っているらしいということだ。その指揮ぶりは王者の威風に溢れている。それに惹かれたか、おでんたちが、びし! と整列した。 「――Σν¥!!」 どどどどど! とおでんミサイルが鍋に撃ちこまれる! なんでそうなる! 飛び回って回避する鍋と敏捷に追尾するおでんとが空中に無駄に華麗にして複雑な軌跡を描き、燃え盛る銃弾や闇の剣気が彩りを添える。うっかり見間違えると恰好いいかもしれない。所詮鍋VS酔っ払いなのだが。 『阿呆ー、阿呆ー』 あ、案山子が帰って来た。なぜか大量の鴉や雀の群れと一緒に。 「うるさい! 子供って言うなあ! 阿呆って言った方が阿呆なんだぞー!」 なぜか泣きながらそれに抗議しているのが紗理。誰も子供とは言っていないのだが……それだけ気にしているし、普段大人であろうと張り詰めているのだろう。 普段気にしていることと言えば……。 「あぁ? なにがリア充だ……? へっ、くだらねえなあ……」 土器がどかっと座り込んだ。 嗚呼。畜生。 「ちぃ……くしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」 おおおおおおおお、とそのまま奥義の呼気でもって酒精を吹きだせばたちまちのうちに引火し、火炎放射のごとき激烈な炎となって鍋を包む。メラメラと燃えて火の玉になった鍋がなおも空中を逃げ回る。 リベリスタ達も業炎に包まれ、酔っ払いながら燃えている。なんだこの地獄絵図。 「ぐすっ……もういやですわ……」 あ、ブリジットが泣いている。 「どうしてわたくしがこんなイロモノ相手に……オルクス・パラストの馬鹿ー!」 泣きつく先はハイディの胸元である。 そのハイディ、実は先ほどブリジットに庇われて、一人だけ無事であった。 「……ああ、よしよし」 とりあえずブリジットの頭を撫でてやりつつ、一人だけ酔っていないがゆえに客観的に戦場を眺めることになる。 トカゲとトリガーハッピーが高笑いをしアイドルがおでんを食いそのおでんを英雄が指揮し学ランが炎を吹き子供たちが泣いている。それら全てと飛び回る鍋が炎に包まれている。 うん。これはひどい。 「ともかく火を消さなければだな」 このままだと資料館が焼失する。 ハイディ、ふわりと羽ばたいて舞いあがり、上空から浄化の光を放った。 「全員、起きろ!!」 気持ち的には水ぶっかける感じである。 なお、光を浴びてもなかなか目が覚めないリベリスタもいた。 「おでんおいしー……」 こらそこ、やめなさい。 ●破れ鍋 そんなこんなで阿鼻叫喚の地獄絵図を描きつつ、最終的に鍋は割れた。 ばりん。 ていうかどんがらがっしゃん。 鍋の中に形成されていた次元のひずみ――幻想纏いと似たようなものだ――から大量のそして無用のアーティファクトが溢れだす。仏壇やタンス、ペナントに木彫りの熊、人体模型に地球儀、炊飯器と電子レンジ……これ本当に全部アーティファクトなのか? ていうかなにがしたくてこんなもん集めたんだ? 「ふむ、使えるものはござらぬかと……」 桜がこのガラクタの山を軽く漁ってみるが、なにしろそれぞれの効能が分からないことには判別のしようがない。とりあえずいったん全部アークの研究班送りということになるのだろう。 「こんなガラクタで喜ぶD/Cは相当の変態趣味ですわね」 ブリジットがそのガラクタの山に蹴りを入れた。涙を拭きながら。 涙と言えばもう一人泣いていた紗理は一人部屋の隅に行って、周りに見えないようにこっそり涙をぬぐっていた。思い返すと自分の失態が恥ずかしい。まだ子供なのか? だったら早く、大人になりたい。もどかしい。 「ふう……さて……」 使用言語が日本語に戻ったアラストールが天井を睨んだ。 「どこかで見ているのだろう、フィクサード? 一つ、言っておくぞ」 なんだろう。そう言えばずっと怒っていたっけか。 「鍋で事件を起こすのなら中身も食べ物関係で統一せんか!! ホルマリン漬けやスリッパを煮込むやつがあるか!」 え……そこですか……。 「あ、そうだ。おでんどこ行った?」 と凪が辺りを見回すと、まだ食うの? という視線が集まった。 「食べない!! ていうかうー、胃もたれがするよおー。じゃなくて! おでんとか案山子とかどっか行っちゃったみたい! 探さなきゃ!」 「そうだね。たしかにそうだ」 と言いつつ土器はこめかみを押さえている。頭痛がするらしい。 「手早く掃討して、酔いさましに珈琲……いや、水炊きでもつつきに行こうか」 にこりと爽やかに笑う。怨念と炎を吹いていた時間のことは、この人の記憶ではなかったことになっているらしい。 「鍋は良いな……ただし酒はなしだぞ」 とハイディがかぶりを振る。あんな集団のお守はもうたくさんである。話しながらついでに割れた土鍋を調べていると、D/Cと刻印されている赤い歯車が出て来た。これはラボに提出だ。 「えー、いいじゃないですか。楽しかったし。今度はハイディさんも飲みましょうよ」 そう誘うのは烏頭森。混沌が服を着て歩いているような彼女にとっては今回の事件は「楽しかった」で片づけられてしまうらしい……。 ●その頃の傍観者 「くっ……ふふふ……いやいや見事見事……」 薄暗い邸宅の中で仮面の男は笑いながら拍手をした。例の白いネズミは今は手元にいない。彼の目としてリベリスタ達を観察しているところである。 ぐつぐつぐつ……火にかかった大鍋の蓋が揺れた。 男は蓋を上げるとおたまで中の汁を掬い、そっと口に含む。 「ふむ、なるほど。やはり……」 満足げにうなずいた。 「鍋には食べ物を入れるに限るようだね」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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