●とざされていた <そこ>は閉ざされていた。 深く、浅く、たゆたいながら、<彼ら>はそこにあり続けていた。 弱い者の声が消えていった。 か細い者の輪郭が消えていった。 消えていき、重なり合い、 絡まり合い、 『開いた』時には、それはもう、そういうものであった。 ●ぼくらのひみつきち 秘密基地。 岡山県のとある地方都市を麓に持つ山の中に、それはあった。 木々の間に古いネットを張り、落ち葉や枯れ枝を挟んでそれなりに偽装してある。 中の空間には小さなちゃぶ台――どこかに捨てられていたのを持ちこんだのだろう。ひどく古びている――が置かれ、子供にはちょっと早いかと思われる雑誌がこっそり乗っている。 「ねえ、ケンタ君……」 シンイチはもじもじとうつむきがちに、日焼けした友達に問いかけた。 「本当にするの? その……」 「するって!」 ケンタははっきりきっぱりと頷いた。 「オレは今日、マサコにコクハクする!」 「そっか……」 「なんだよ」 「いや、えっと……その、なんて言うつもり?」 「え? あー……」 ケンタはそっぽを向いてほおをぽりぽりと書き、やがて言った。 「『嫁になれ』とか」 「早いよ! ぼ、ぼくら小学生だよ?」 「うるさい。来年には六年生じゃ! もう大人じゃ!」 そんな話をしていた時に、ふと、その気配はやってきた。 ガサガサと樹が揺れる音。見やると鳥が一斉に飛び立っていた。 「なんだろう……?」 「わからんけど行ってみよう」 そっちはマサコがちゃぶ台に飾る花を取りに行った方向だった。 まばらな雑木林にはひどく濃い下草が生えていて、それをいちいち払いながら進むのは結構な苦労だ。けれどそれには田舎の子のシンイチもケンタも慣れていて、二人とも鉈を振りながらどんどん進んで行った。 そして見た。 <それ>を。 とても大きかった。 うひゃあ! とケンタが叫んだ。なんだこれ! と言われてもシンイチにだってなんだか分からない。怖くて声も出せない。 「あ……な……あ……」 とにかく逃げなきゃと思った。 逃げよう。逃げるってどうするんだっけ? 今自分は立ってる座ってる? 頭の中がぐちゃぐちゃで肺の中がカラカラだ。 怖い怖い怖い。 そのとき。 「……助けて……」 声が聞こえた。 マサコの声だった。 <それ>の中から聞こえた。 聞き間違いかもしれない。 でも、マサコの声だった。 「う……うわあああああ!」 右足と左足を叩いてから、シンイチは走り出した。鉈を振りあげて、<それ>に向かって行った……。 ●新米フォーチュナと「なんだかわからないもの」 呼び出されて顔を出したアークのブリーフィングルームには、見知らぬ少女が先に来ていた。年のころは10歳は越えているだろうか、背は低い。馬鹿でかいハンマー(白地にきらきらのラインストーン)を担いでいるからリベリスタなのだろうか。それならまあ、何歳でも能力さえあればおかしくない。 一言で言えば『魔法少女』を連想させられるショッキングピンクと白のきらきらふりふりの服に飾りがたくさんついていて、髪も同じピンクのツインテールである。 「はいっ! ごとうちゃくっ!」 座っていた机からポンと飛び降りて、その子は片手を高く上げた。 「ハジメマシテ! 型鳥ふぃぎゅあ(nBNE000220)っていーます! 新しいフォーチュナなんだよ!」 おお、フォーチュナの新人か……。そう言えば御丁寧に、胸に若葉マークのワッペンがついている。 「じゃあ早速情報行くね。今回出かけてもらうのは岡山県! お土産はきびだんごかイヌかサルかキジ希望! で、敵がこれ!」 これ、とふぃぎゅあが出して来たのは手描きのイラストだった。蛍光サインペンで書いたらしい眼に痛い代物だ。 で、描いてあるものが…… ものが……判別不能。 強いて言語で表現するなら、それは赤や青や緑や黒などのごちゃごちゃした線が複雑に絡み合った大きな丸い塊から、大雑把なディティールの無数の手足があさってしあさってばらばらな方向に生えているなにかである。手の一部には黒い釘バットみたいなのが掴まれている。あと、ぐしゃぐしゃのところどころに黒と黄色の布切れみたいなのが引っかかっている。それから全体的にとげとげといばらみたいに刺が生えている。 え~と、なんだこれ。 「わかんない。なんかそういうもの」 ……フォーチュナの交代って要求できるのだろうか。 「ぶぅー! だって本当にそういうものなんだもん! アタシ絵は上手なんだよ美術は5なんだよ! ハンマーで殴るよ!」 待て、殴るな。 「とにかく! こういううじゃうじゃしたなにか……えっと、直径5mくらいね……が山の中から人里に下りていってるのは確かだから止めなきゃなの」 そうか……。それはまあ、なんだろうが止めなきゃまずいのは確かだな。で、これ、エリューション? アザーバイド? 「それもわかんない。どっから来たのかさっぱり不明。ていうかいきなりわいて出たの」 やはりフォーチュナの交代を……。 「う~、わんわんわん! だから本当なんだってば! この『夢』見たときイヴちゃんもいたもん! やっぱりどこから来たのかわからないっていってたもん! だから本当だもん!」 アーク最高のフォーチュナの名前を出されてしまうと、リベリスタも納得するしかない。 なるほど、このなにがなんだかわからない代物は、どこから来たのかもわからない代物なのだ。 「そうなのだ! あとね、わかってることっていうと~、中に子供が入ってる!」 え。 「小学五年生で二人だよ。山本シンイチ君と木口マサコちゃん。この二人がなんだかわからないものの中に取り込まれちゃってる!」 ええ。 「あと、すぐそばで岡田ケンタ君が腰を抜かしているから、これも助けてあげないとすぐ取り込まれちゃう!」 えええ。 「それでねそれでね聞いて! ケンタ君はマサコちゃんに告白するつもりだったんだよ。ところが! ケンタ君からマサコちゃんに告白するってことを聞かされる前から、シンイチ君もマサコちゃんのことが好きだったんだよ! 幼馴染属性の三角関係だよ!」 いやそれはどうでもいいから。 「大事だよ!」 なぜかふぃぎゅあは力説し、どん、とハンマーを振りおろしてから無い胸を張った。 「お兄ちゃんお姉ちゃんたちがこれから助けに行くのは、えっと、なんていうのかな、んー、『一般人』っていう記号じゃなくてシンイチ君とケンタ君とマサコちゃんなの! でもって、三人には三人のお話があるの! お兄ちゃんお姉ちゃんたちが助けてあげれば、そのお話は続いて行くの! ふぃぎゅあね、アークの人たちはそのこと忘れちゃいけないと思うの!」 言う間息継ぎしていなかったから、言い終えてからぱくぱくと空気を食べた。 「はあ、はあ……だから、ね。目撃者はいないけど、絶対に助けてね!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:juto | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月27日(金)21:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●士気軒昂 現場までは輸送ヘリで向かった。 ローター音の下、リベリスタ達はヘッドセットを付けて会話を交わす。 岡山市街から飛行すること二時間余り。戦闘に関する細かな打ち合わせが終わると、自然、リベリスタ達は互いの思いを交わし始めた。 「……あれがイタイ人というやつなのデスね……」 ぽそっと『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)が呟いたのは風変わりなフォーチュナについてである。 如月・真人(BNE003358)がそれに答えた。 「けれど型鳥さんの言いたい事はなんとか理解しました。僕自身は攻撃に回りませんが、救出に全力を尽くします」 はい! と心は片手をまっすぐ上げた。 「小さな恋の物語おおいに結構! その物語の続き、必ず守ってみせるのデス!!」 「う~~~~~~」 たんたんたん、と足をふみならしたのは『突撃だぜ子ちゃん』ラヴィアン・リファール(BNE002787)だ。 「名前と事情を知っただけだってのに、普段よりプレッシャーでかいな」 「けれどそれは普段から感じているべきプレッシャーよね」 返したのは『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877) 。 「人は慣れやすい。たやすく忘れてしまうこともあるけれど、それはきっと、大切なことだわ」 「そう。私達は数字を救いに行くのではありません」 『イージスの盾』ラインハルト・フォン・クリストフ(BNE001635)が応じる。 「私達は、人の命と心を救いに行く。それを決して忘れてはいけない」 「ええ、忘れてはいけませんね。その誰もが掛買のない命。変わりなどいない個人だという事を」 『鉄騎士』ベアトリクス・フォン・ハルトマン(BNE003433)も首肯する。 「わかってるって。ヤル気もいつも以上だぜ」 ぱん、とラヴィアンは手のひらに拳を打ちつけた。 「……子供達の未来が掛かっています、頑張りましょう。その為に、私達が居るのですし……ね」 『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)が囁く。 「心と体を賭して……先達の皆様がそうして来た様に、私も」 彼女が『先達』というとき、そこには違う魔術を学ぶ姉の姿も浮かぶ。 「よし。僕もまだ平均的な子供だけど、出来る事はやってやるさ!」 『Average』阿倍・零児(BNE003332)は実際まだ10歳の子供である。 それをいうなら、今回のチームは全体に年齢が低かった。 ラヴィアンと零児が10歳。ラインハルトと心が13歳。真人が14歳。紫月が16歳。彩歌も肉体年齢は16歳で、最年長のベアトリクスでやっと18歳である。近所の子供たちをお姉さんが引率してきた、という態だが。 しかし、全員がリベリスタだ。 守るすべがある。守る意志がある。固い決意がそこにある。 ヘリが高度を下げ、パイロットが現場への到着を告げた。 常人ならロープや落下傘を用いるところだろうがそこはリベリスタである。翼を広げ、あるいは宙返りをうって、次々に単身で降下して行った。 『救う任務』の開始である。 ●降り立つリベリスタ 「う……ああ……」 立ち上がれない。どうしよう。どうしよう。どうしよう。シンイチが駆けこんで飲み込まれた。 そして、近付いてくる。 なんだかわからない、なんだかとてもおっかないものが。 繋がってグネグネうねうね蠢いている。 ケンタを食いに来る。 「うあ……あああ、ちくしょう……」 手が無意識に地面を探った。大きめの石をつかみ取った。 「ちくしょ~う、シンイチを返せ~!」 闇雲に投げた。ぼこっと石が当たった部分が膨らみ、石を飲み込む。その反発のように、ぼっと開いた表面がケンタを飲み込もうと襲いかかった。 死ぬ。と思った。 そこに。 空から救いが訪れた。 ざんっ! と宙から目の前に飛び降りて来たお姉さん――黒いスーツに白手袋をしている――が、ケンタを抱きしめて跳躍したのである。 ぶわっと広がった『手足』は直前までケンタがいた場所に飛びちらかってもそもそと蠢いた。 「え? ええ?」 「じっとしていてください」 お姉さん――ベアトリクスが樹を盾にする位置へケンタを誘導する。 その間に次々にリベリスタ達が着地する。 制服を着た銀髪のお姉さん――彩歌は即座に、ケンタを捉えようとカタマリから分離した『バラ』に、精密に調整された気の塊を撃ち込んだ。びくん! と跳ねたバラは向かう方向を変え、彩歌に迫る。 (これ、本当にぐちゃぐちゃのカタマリです。人型だった奴が何十体も混ざっちゃってるんだ) カタマリを止めるべくその目の前に降り立ったこれも制服の少年――零児がテレパシーで仲間に敵の正体を知らせる。 (だから心臓とかそういうまとまった弱点はないです。地道に削るしか!) そして防御の姿勢を取る。「人型が何十体も混ざったカタマリ」を相手に。 ――怖く、無いの? 自分と同年代の子供がそうして恐ろしいものの前に立つ光景が、ケンタにはショックだった。 ばらばらとカタマリの表面が解け、さらに二つ、手足が絡みながら繋がった綱のようなもの――バラが出来あがった。するりひょうひょいと滑り樹を昇り飛んで、ケンタに襲いかかった。今度は逃げられない! それを、ベアトリクスが体で止めた。 ぎち、ぎちぎちっとバラがベアトリクスに絡みつく。 「ぐ……まだまだ。こんなところで倒れるものか」 ケンタは悲鳴も上げることが出来なかった。バラのとげとげがお姉さんの体に食い込み血が流れる。どうして? どうしてそこまでして守ってくれる? そこにもぞっと近づいて来ようとするものがある。カタマリそのものである。動けなくなったベアトリクスを取り込もうと迫ってくる。 「させないのデス!」 翼で空を滑って来た桃色に光るなにかが、スライディングタックルでカタマリに激突した。 そのまま体でカタマリを抑えつけているのは、鎧を着たこれも十歳ばかりの少女――心だった。 一部解けてぽっかりと口を開けたカタマリがずぶずぶと心を飲み込んで行く。しかし心に恐れの色はない。馬鹿だから恐怖心がないのか? 違う。小さくても勇敢だからだ。 そして小さな勇者の登場は続いた。 「ヒロインキーック!」 空中でとび蹴りの体勢になった少女――ラヴィアンが、ベアトリクスに絡んでいたバラの一つを蹴り飛ばした。 「俺のターン! 行け、四重のトラップカード!」 空中にカードを叩きつけると、そこから現れたモンスターの幻影がバラに叩きこまれる。幻影に食いつかれたバラは動きを封じられたようでびくびくと震えた。 「心さん、ベアトリクスさん、すぐに癒しますから待って!」 ケンタの前に降り立った――少年? 少女? 綺麗な顔立ちの子供――真人が機械化した両手を組み合わせ、天上から魔力の輪を降ろして身に纏った。 ケンタは立て続けに目の前にした神秘に目を丸くしている。 「遅くなりました!」 今度はカタマリの前に銀の鎧をまとった金髪の少女――ラインハルトが降り立った。 「我ここに境界線となる。そそりたて聖戦の十字!」 盾を天にかざし宣言すると、まばゆい光が当たり全体を包んだ。閃光が去った後にもお兄さんお姉さんたちに、そしてケンタ自身にも、輪郭に沿って淡い光の守護が残る。 同時に、ベアトリクスに絡んでいたバラの拘束が緩んだ。その隙にベアトリクスはバラを振りほどく。 「防衛線(ブロックライン)はこれで完成です。これから一歩も引きません!」 ラインハルトの宣言に、一同が頷く。 「心さんも脱出を――」 最後に降り立った巫女装束のお姉さん――紫月が札から強い光を放つと、それは心に当たり、一度吸収され、そしてまばゆく散った。心が取り込まれてた位置から脱して飛びのく。 「助かりました! さあ、勝負なのデス!」 そこからしばらくのリベリスタ達の戦略は、カタマリをブロックしつついかにバラを無力化するか。その一点にあった。 ラヴィアンは立て続けに幻獣を放ち、バラに動く隙を与えない。ずっと彼女のターンを続けていく。 彩歌は気弾でバラの注意を惹きつけつつ、バラが巻きついてくればその都度するりするりとすり抜けて見せた。とげにひっかかれることはあっても、動きを封じられることはない。トラップの要点を知り尽くす彼女に束縛は通用しないのだ。 やはり神秘攻撃を叩きこんで別のバラの注意をひきつけたラインハルトは一度はバラに絡みつかれた。刺が傷を付け、出鱈目につながった手足が血を吸い上げる。 だがラヴィアンのカードがそのバラの動きを封じ、紫月の聖光が束縛を払いのけさせた。 ベアトリクスも状況を見てケンタに攻撃が来ないのが分かると、槍から「黒い光」を放って複数のバラの生命を削って行く。 一方でカタマリのブロックも苦行であった。カタマリは全周の手足を使って樹をなぎ倒しながらよじ登り、その直径5mの図体で跳ねてリベリスタ達を押しつぶそうとする。あるいはあちこちでぼこぼこと解けてばらけてリベリスタ達に絡みつく。 特に、頑強とは言えない零児はとげに身を裂かれ力を吸い上げられて幾度となく倒れそうになった。 けれど、 「うおおお! まだだ! ここで倒れたらなんのためにリベリスタになったのか分からない!」 耐える。その運命にかけて耐え抜く。 「そうです。負けません!」 心が輝きを帯びたブロードソードを振るい、零児に絡みつく手足を払いのけた。自身も何度も重い攻撃を受けている。けれど泣きごと一つ言わない。 (敵が、こっちに来ませんように……) 皆がそこまで突き抜けて勇敢なわけではない。真人は内心では敵を恐れていたし、バラやカタマリが自分に向かって来ないようにも願っていた。ケンタにも向かって行かないように祈っていた。 だってそのときは、怖くても自分は体を張るのだろうから。 恐れる気持ちを乗り越えて、勇気がある。真人は自分の仕事を、立て続けの治癒の業の詠唱を続けていく。 やがて、バラが全て動かなくなった。 「よし、こっちへ」 ベアトリクスがケンタの手を引き、さらに後方の紫月の元へ連れていく。今まではバラに追われる可能性を考えてあえて一定以上の距離を取らずにいたのだ。 「頼む」 ベアトリクスから紫月へ、ケンタの保護が引き継がれる。 「……よくじっとしていてくれました。頑張りましたね」 巫女服のお姉さんは最初に、そう言った。 「う……ひっくっ」 なにもできてない。なにも頑張れていない。ただ怖くて動けないだけだ。鼻の奥から目の縁を通って涙がボロボロぼろぼろあふれた。 そしてやっと叫んだ。 「助けて! みんなを助けて!」 「ええ、大丈夫」 紫月はケンタの頭を撫でた。 「『声』は聞こえています。二人とも無事ですよ」 そしてミッションは取り込まれた二人の子供の救出へと移行する。 「子供たちを傷つけないように撃って行きましょう」 熱感知で子供の位置を把握している彩歌が先んじて攻撃を放ち、仲間が攻撃するべきポイントを示す。 魔術が、あるいは暗黒の光が、続いてカタマリに吸い込まれて行った――。 ●マサコ なにもわからなくて、ただ息苦しく、怖かった。 花を摘みに出ていたら突然目の前の木々のの空間がひび割れて無数の手足が絡みついて来て、そして取り込まれてしまったのだ。 真っ暗な中、でこぼこと『生きた壁』がひっきりなしに体に当たる。怖い。怖い。怖い。 ただ悲鳴を上げるまでにも時間がかかった。 悲鳴を上げてからしばらくして、やっと一言だけ言葉を放つことができた。 「助けて」と。 飛び込んできたのは、シンちゃんだった。 「うわあああああ!」 最初はただ叫んでいた。その声が肉の壁の向こうから聞こえていた。 それから声が近くなった。 「マサコ! マサコ! うわああ!」 「シンちゃん!」 「あ……マサコ! いるか!?」 いつもの遠慮がちなシンちゃんの声じゃなくてとても大きかった。 「おる。ここにおるよ」 「今そっちに行く!」 それからしばらく時間がかかった。 外でなにかが起き始めたらしくて、世界が目まぐるしく回ったり弾んだりした。目が回る。 (……大丈夫……) その声は突然聞こえた。けれど、柔らかい息で囁きかけるような、優しい声だった。 (安心してください。もうすぐ助けてあげますから……) 「え……うん」 暗闇の中でなぜか頷いてしまった。それからわっと涙があふれて来た。 「マサコ! マサコか?」 ふいに手を握られた。周りにたくさんあるごつごつした手足とは違った、柔らかくて熱い手で。 シンちゃんだった。 ●救出 「――見えました!」 そう叫んだのは心だった。 散々に暴れるカタマリを必死に抑えつけ、攻撃を加えていく中で、やっと女児の赤い靴が見えたのだ。 「即! 特攻です!」 取り込まれかけるのも構わずに心はカタマリによじ登り、少女を引っ張り出し抱え上げた。 「後ろへ!」 「うん、こっちへ!」 真人が一瞬前に出てマサコを受け取り、そのまま後方に下がった。 「あ……外……でも……」 救いだされたマサコは、震えながら空を見、それから周りを見回した。 「あ、あの……」 真人にすがりつく。 「あ……。もう、大丈夫だから」 (この人、震えてる……) 本当は怖がっているんだと、マサコにわかった。けれどマサコはやはりすがった。 「シンちゃんがまだ中に! シンちゃんを助けて!」 「もちろんだよ!」 震えながら、けれど真人は即答した。 それからしばらくして、シンイチも救いだされた。暗闇の中で恐怖に耐え続けたからだろう。半ば気を失った状態で引っ張りだされた。 マサコやケンタと一緒に、今度こそ敵の手の及ばない後方に子供たちが下げられる。 「ぃよっし!」 ぱん! とラヴィアンが手を打ち合わせた。 「これでもう手加減はいらねえな! 天誅!」 放った幻獣たちはこれまで以上にはつらつと獰猛にカタマリの中核に潜り込んで行く。 「もとより、子供に手を出すようなのを私たちが許すはずも無いし」 彩歌の気弾も痛烈に一つずつ組織を消し飛ばして行く。 しかしカタマリの気を引くということはその攻撃を引き受けるということだ。無数のとげが一斉に彩歌の方を向き、恐ろしい速度で解き放たれた。 「――くっ――」 かわし切れない。とげが肩に突き刺さり、あるいは制服を切り裂く。 「天上よりの息吹よ。使徒に息吹と祝福を!」 真人の祈りがすかさずその傷を治療した。そうしなければ、連続で受ければ致命傷になりかねないのだ。 子供の安全を確認したベアトリクスも攻勢に転じる。 放つのは黒き閃光。確実に、カタマリの生命力を奪って行く。 「雷の双子よ! 降りて舞え!」 ラインハルトは盾を天にかざし、連なる電光を召喚する。次々と雷の矢がカタマリを打つ。 一方で懸命にブロックを続けているリベリスタもいる。 「あと……少し……」 前に前にとせり出してくるカタマリを、零児は必死に体で抑える。無数の手足がわさわさ当たる気持ち悪さにいつしか慣れていた。ただ、なんども倒れそうになり一度は本当に死にかけて、血が足りない。頭がくらくらする。 「うん! もう少しデス!」 底抜けに明るい心の声が、すっぽ抜けかけた意識を支えた。 「零児さん! 一緒に頑張りましょう!」 赤茶の目の中に星。 (この子、かわいいかも……) 意識の端でそう思ったのは、多分吊り橋効果である。 その数分後、カタマリは滅びた。 ●続いていく物語 (やがてあなたたちは目を覚ます。そのときには、怖いことはもう終わっています……) ゆったりとそう語りかけた人の名前が紫月ということを子供たちは知らない。 (かんばってくださいなのデス。三人とも) そう声をかけてくれた女の子のことも忘れた。 一番最後に目を覚ましたのはシンイチだった。 「あ、あれ……」 周りを見る。 「そうだ、マサコ!」 「いるよ、シンちゃん」 「あ……」 身を起こした自分のそばで、マサコが木の根っこに腰かけていた。 「マサコ……ちゃん……」 そう、いつもはちゃん付けで呼んでいるのだ。なんだか呼び捨てにしてしまったけど。 「呼び捨てでいいよ」 言われて、なんでか顔が熱くなった。 「シンイチ……お前、無茶しやがって……」 ケンタがほっとしたというように座り込んだ。 二人が言うには、マサコが野犬の群れに襲われて、そこにシンイチが突進していって野犬を追い払ったのだという。 「向こうが逃げなかったら、おまえ、死んどるぞ」 「う……うん……」 そうだったけ? そうだったっけ。 そうだ。とても怖かったんだ。なのになんでか走って行っちゃったんだ。 今さら背筋がぞっとして体が震えた。 「あ……あの……」 そうだ、と思った。 「ケンタ君、あの」 「ん?」 「もう言ったの? マサコ……に……」 好きだ、嫁になれって。 「言ってねえ。言わねえ」 ぷい、とケンタが横を向いた。 「言えるわけねえ。こんなことがあってからに」 「そっか……」 ほっとした。 なんでか、怖いのがすっと抜けていった。 そうか。まだ言わないのか。だったらまた、いつも通りだ。 「空……暗くなってきた。帰ろうか」 マサコが言った。そしてシンイチの手を引っ張った。 夕暮れの山をとぼとぼと歩いて帰った。 なんでか、手はつないだままだった。 fin |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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