●その女、鬼につき 「……ははっ、まさかまた……暴れられる日が来るたぁねぇ」 女は、艶めいた嗤いを浮かべていた。それは狂喜を含んでいながらも、美しい。この林道の中、肩で切り揃えた黒髪を風に靡かせ、真っ赤な楓の小袖を纏うその姿は、一切の文句無く美麗の部類に入るだろう。 が、今、彼女の双眸に映る、腰を抜かした青年にとっては、それどころではなかった。その顔面は蒼白、しかしそれは寒さから来るものでは、断じてない。判るのだ、一般人である彼にさえも、女の放つ禍々しいまでの、暴力的な雰囲気が。そして何より、彼女の手に握られている、大振りの木の棍棒が、この女が美しいだけの女でない事を、明白に、青年に教えていた。 殺される――青年はそう直感する。直感してはいても、どうする事も、叶わない。 「た……助け……」 惨めだと、情けないと、自分でも理解している。それでも青年は、震え、掠れた声で懸命に言葉を絞り出す。逃げることにすら最早希望が無い青年は、そうするしか、既に道は無かったのである。 だが――その女は鬼が如く、非情なまでに冷たい声で、しかし矢張り嗤ったままで、言い放った。 「助ける?それはアンタを生かせってことかい。悪いけど、お断りさね」 同時に、ぐしゃり、と鈍い音。宙に紅が舞い散り、棍棒に季節外れの紅葉が宿る。その時には、青年の頭であったものは、真っ赤になって、潰れていた。 「……これからは、アタシの好きなように、アタシの気の向くままに……生きていくんだからね」 女は嗤いを崩す事無く、ゆるりと、踵を返した。顔を真っ赤な紅葉へと変えた物言わぬ青年を残して。 ●その依頼、頻発につき 「……最近、この手の仕事が多くなってるけど」 ふぅ、と緩く溜息を吐きつつ、召集を受けたリべリスタ達に向き直るのは、白の少女。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)。 「万華鏡に、また岡山と……『鬼』が」 イヴによると、岡山県のある林道において、鬼のアザーバイドが出現したとの事。その鬼は女で、美しくも強く、配下の鬼を引き連れて、林道を通る人間に『心の向くまま』襲い掛かっては、その命を奪い取る。 とは言え、実際に襲撃はまだ行われておらず、迅速に処理出来れば被害は未然に防げるだろうと言う。 「首領格の鬼女は、お千と言うの。怪力無双の快速、とかなりの戦闘力の持ち主。態度も余裕綽綽といったところだけど……此処の方は、割と単純みたい」 そう言ってイヴは、自らのこめかみを指差した。 「加えて、典型的な『熱しやすく冷めやすい』タイプみたいだから、其処を突ければ怖い相手じゃない、と思う。因みに部下も大体、同じ性格と思考パターン」 だが、それでも当たればその一撃は大きい。其処は用心せねばならないだろう。 「何でこんな感じの事件が続いてるのか。それは今のところ判ってない。けど、放っておけない一件である事に変わりはないから。じゃあ、宜しくね」 頷き、ブリーフィングルームを出ていくリべリスタ達を、イヴは静かに見送った。 ●その気魄、本物につき 「どうしたんだい、お千の姉御」 「いやに嬉しそうな顔してるねぇ」 「判んないのかい、アンタ達」 部下の鬼女達の問い掛けに、お千はぶっきらぼうに、しかし何処か楽しそうに、答える。 「……近い内に、暴れ甲斐のある獲物が来るよ。アタシには判るんだ。さぁ……来なよ。アンタ達がどれだけアタシ達を楽しませてくれるか、期待して待ってるからね……!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:西条智沙 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月02日(木)23:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●その邂逅、必然につき 「……来たね」 鬼が、其処には待っていた。 一見すると、性別の割に精悍な身体つきの美女が四人、立っているだけだ。だが、彼女達の放つ殺気が。何より、彼女達が“敵”である事を、言葉よりも雄弁に物語っている。 「どんな存在にせよ、眼前に突き進むまでだ」 『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)の言葉に、リベリスタ達は皆、一様に頷く。鬼女達と改めて向き合ったとて、意志に変わりは無い。 「災いを呼び込む輩とあらば、ただ滅するのみじゃ。全て残らず地獄へ送り返してくれようぞ」 紅蓮の文様を宿す愛刀『羅生丸』を鬼女達に向けた『煉獄夜叉』神狩・陣兵衛(BNE002153)が艶笑を浮かべる。応えるかのように、紅葉の小袖の女が嗤った。彼女が今回の騒動の首領――お千であろう。小袖の色、意匠。他の鬼女達よりも圧倒的な威圧感。 それでも向き合う彼等が怯む事は無い。『作曲者ヴィルの寵愛』ポルカ・ポレチュカ(BNE003296)もまた、微かな笑みを鬼女達に向けた。 「自由気儘。すてき。ぼくもだいすきよ。でも残念」 ――季節外れの紅葉狩りをはじめましょう。 彼女の言葉を合図にして、全てが、動き出す。 ●その戦、熾烈につき 「古式に則るならば犬、雉、猿を従者にせねばならぬが生憎と用意出来ぬ。故にこのまま討ちに行こうぞ」 ヒルデガルド・クレセント・アークセント(BNE003356)の言葉と共に、リベリスタ達は散開、それぞれの配置につく。展開されるは三層の陣。 前衛で、陣兵衛が肉厚の剣を振るうお香の抑えにかかる間、義弘にポルカ、ヒルデガルドが回復役のお篠へと駆ける。そのやや後ろ、『水龍』水上 流(BNE003277)は流水の如き刃味を持つ愛刀『瀧丸』を手に、ぐっと前を見据える。 「我が名は水上流。汝等が御首級、頂戴仕る」 紅葉に美々しき鬼女。酌み交わすのも粋であろうが此処は生憎と戦場だ。ならば、相応に振舞うまで。故にただ、真っ直ぐに、前を見る。仕掛ける隙を、その双眸で見極める為に。 更に後ろ、『突撃だぜ子ちゃん』ラヴィアン・リファール(BNE002787)は考える。ただの戦闘狂なら通じるものはあったかも知れないと。しかし彼女達は人を殺める存在だから。 「鬼退治の始まりだ! さぁ、俺のターン! 全力の魔曲・四重奏!」 四の色を重ねた魔曲を奏でる。色を伴った音の波は竹の小袖――お篠に向かう。 「お前ら鬼の時代から数えてもう何百年もたってるんだぜ?今は鬼より人間のほうが強い時代なんだ!」 ラヴィアンの言葉に言い返せぬまま、お篠が四色の波に呑まれてゆく。どうやら見事に直撃を喰らったようで、苦しげに頭を押さえつつも夥しい血を流し、満足に動く事すら叶わなくなっている様子。 すかさず、ポルカが追撃をかける。高速の剣戟によって生み出される残像からの、目にも留らぬ攻撃。しかしお篠も鬼女。痺れで上手く動かない筈のその身体に鞭打って、その切っ先を逃れた。 「篠ぉっ! ええい、邪魔だよ! 退きな!」 お香がその大剣を振るい、立ち塞がる陣兵衛を叩き伏せんと突撃する。しかし陣兵衛は怯まない。それどころか余裕の笑みすら浮かべている。しかもその最中、お千に言葉まで投げかけている。 「手下に任せて己は高みの見物とは悠長じゃのう。じゃが、儂等も斯様な小者程度では満足出来ぬぞ」 三人の配下の奥、高みの見物を決め込んでいたお千の眉がぴくりと動く。ややあって、凶悪な笑みと共に言葉が返ってきた。 「なかなか言うじゃないさ。アンタ達がそんな戯言を吐くに相応しいかどうか……ますます興味が湧いたよ!」 お千が嗤った――その時、お香の剣が纏った気魄が、弾けた。 「姉御を侮辱する奴は許さないよっ!」 その一撃は、重かった。その気魄は、斬馬刀さえも容易く弾き、陣兵衛の身に激しい痛みを与えた。その上、傷口には黒の気魄が纏わりつき、傷の塞がりを許さない。厄介な事になったものだと、内心で陣兵衛は苦笑した。幸いにして体力にはまだ余裕がある。が、回復が叶わないのは面倒極まりない。 だが、そう容易く揺らぐ彼女ではない。潜り抜けてきた死線の数々に比べれば、まだまだ生温いというもの! その間、義弘はお篠へと向かっていた。聖なる力をそのメイスに籠めて、渾身の一撃をお篠に見舞う。お篠も、今度は完全には回避し切れず、その一撃の前に身体を打ち付けられ、痛みに顔を顰めた。 時を同じくして、回復のタイミングを見極めるべく状況注視に回っていた『テクノパティシエ』如月・達哉(BNE001662)は、ある事に気が付き――声を上げた。 「……拙い、離れ……」 同じく後衛に回っていたラヴィアン、そして『黄金の血族』災原・有須(BNE003457)に注意を促したその声は、しかし一瞬、遅かった。 注意喚起と同時に更に後方へと飛んだ達哉は直撃を免れたが、ラヴィアンと有須は、お蕗が放った群蜂が如き怒涛の気矢の弾丸に身体中を貫かれ、呻く。 「無事か!?」 「な、何とか!」 ラヴィアンはひらりと手を振って返す。それでも、その笑顔は苦痛を伴っていた。その傍らで、有須は。 「……愛が一番深そうな、お篠さんから真っ先に潰す……ですが……ふふ、手順が少し、狂いましたね……」 不敵な笑みを浮かべる有須。その理由はすぐに明らかとなる。 「っ、ぐ!」 「蕗!」 お蕗が、突然苦しみ始めたのだ。見ればお蕗に、先程陣兵衛が受けたような黒の気が纏わりついている。但し、全身に。痛みを呪いに変え、苦しみを味わわせようと。 「愛……お返ししますね……?」 にこり、と微笑む有須。其処に浮かぶのは慈愛か狂気か。だが、それを図っている余裕があるとすれば、お千だけであろう。 「集団対集団の戦いならば弱き者から削るが必定、お主のように大した攻撃を持たぬ癒し手ならばなおの事」 淡々と挑発の言葉を並べ、ヒルデガルドは気糸をお篠に放ち更なる追撃をかける。腹部を撃ち抜かれては、お篠の深緑の小袖が緋色に染まる。 だが、休む暇も無く攻撃は繰り出される。続いたのは、流。 「いざ、参ります!」 鋭く抜き放たれた瀧丸は、真空の刃を生み出しお篠に斬りかかった。だが、ギリギリのところで躱されてしまう。それでも、お篠が完全に押されているのは明白だった。 「篠……!」 「余所見は禁物ぞ」 思わず注意がお篠に向かったお香、その隙を、陣兵衛は見逃さない。先程のお返しと言わんばかりに、輝くオーラを纏った斬馬刀の連撃が決まる。それはお香の身を派手に斬りつけた。 鬼女達が劣勢の現状。それを見て、お千は――嗤っていた。 悦びと怒りが、綯交ぜになったような嗤いだった。 ●その力、強大につき リベリスタ達の誤算は、お篠の体力と防御力が、想像を上回っていた事。 「まだ……私の愛は尽きてませんから……」 その身に宿るフェイトを燃やし、ゆるりと立ち上がった有須。まだ彼女は戦える。だがしかし、それはつまり此処までで、彼女は一度倒れたという事だ。 達哉によって齎される癒しの歌を受けているとは言え、リベリスタ側のダメージも少なくない。後衛にまで被害が広がっている理由は単純明快。未だ遠距離攻撃の使い手であるお蕗が健在だという事。それはつまり、お篠が今なお戦場に健在である事を意味していた。 ヒルデガルドの言う通り、お篠は攻撃手段を持たない、回復一辺倒だ。敵と対峙した時、真っ先に自分が狙われるのは、彼女自身が一番よく理解していた。だからこそ、彼女は耐久力に、対抗の術を求めたのだ。 幸いにしてお香に麻痺がかかったので、陣兵衛は義弘による浄化も受けて、戦況を有利に進めていたが。 次の瞬間――お篠が嗤う。 「奴の麻痺が、解けた」 達哉の言葉に舌打ちし、再びお篠に四重奏を奏でるラヴィアン。だが、今度は直撃せず、お篠は眉を顰めたものの、その動きは止まらない。 反撃に備え、達哉は福音を響かせた。皆に癒しの祝福を与える旋律は優しく広がり、リベリスタ達を癒す。だが――間に合わなかった。 今度は、ラヴィアンが群蜂の気矢の前に、倒れ込んだ。 「ラヴィアンさん……っ?」 自身は回避に成功した有須が、ラヴィアンを助け起こそうと近寄る。だが、彼女は自力で立ち上がった。 「まだ……やれるさ。大丈夫!」 にっと笑って、答える。 「気を抜いたら、食べられちゃうかしら? でも、西洋の鬼は、暴れるだけじゃないの」 言うや否や、ポルカはお篠に接近し、その首筋に噛み付いた。 「ッ、ああ゛あ゛ああ゛!?」 本当に美味しくない、なんて思いながら。けれど、倒れるわけにはいかないから。その血を啜る。彼女達鬼女を殲滅するまでは。 しかしお篠は最後の気力を振り絞り、お香に癒しの微風を届けた――と同時に力尽き、その場に倒れ込む。 「次は……お蕗さん……そしてお香さんですね……」 有須が笑みを深める。流が頷く。 「此処からが、正念場となりましょう」 真空の刃がお蕗に向かう。義弘が聖なる光の鉄槌を合わせた。 「手を休めは……しない!」 避ける事も叶わずに、お蕗は風と光の双撃に打たれる。だが、まだ攻撃の嵐は止まない。 「この後にまだ戦いが控えているのならば……早々に片を付けさせて貰う事としよう」 「お千さん……焦らずお待ちくださいね……ふふふ」 有須の放つ漆黒のオーラを感じて、同時にヒルデガルドが撃ち出す無駄の無い鋭い一撃。完全に圧倒されたお蕗はその直撃を喰らい、体勢を崩す。 お篠の堅さに比べれば、彼女は脆かった。後方でお香とお篠に護られている余裕もあったのかも知れない。 だが、次の瞬間に倒れたのはお蕗ではなく、お香の方であった。陣兵衛の羅生丸から繰り出される重厚な連撃を受け続け、反撃も出来ずにいたのだ。そして今、完全に陣兵衛に叩きのめされた。 「残るは、お前だけだな?」 達哉の言葉に、お蕗は何も返せなかった。瞬時に前に出た流の、名の通り流れるような連撃をまともに喰らい、その場に倒れ伏したのであった。 ●その最後、壮絶につき 「成程」 ――お千が、動き出した。 真っ直ぐにリベリスタ達を見据えてくるその瞳に、先程までのような余裕の色は無い。かと言って、焦燥もしていない。それはまさに、静の境地。 「真打の登場、といったところか」 義弘が、皆が、改めて武器を構え直す。 「さぁ、戦を始めようじゃないのさ!」 刹那、お千の気魄が爆発した。立ち上る闘志のオーラが、先程までとは比べ物にならない勢いで湧き上がっている。だが、気圧されるわけにもいかない! 「来い!」 応えるように、お千が跳ねた。向かう先は――ヒルデガルド。 「壊れなぁ!」 ヒルデガルドはマントを翻す事で凌ごうとするが、お千の方が一枚上手であった。勢いよく身体の中心に向けて突き出された手は、内部へと衝撃を加える。内側から破裂するような激痛を覚え、ヒルデガルドは柳眉を顰める。 追撃を試みるお千だが、咄嗟に割り込んだ義弘によって阻まれる。 「俺は盾だ。早々簡単に抜かせるわけにはいかなくてな」 「いいね、そう来なくっちゃあ」 にぃ、と口端を吊り上げて薄く笑むお千に、ラヴィアンが更に魔曲を披露してみせる。しかし何という回避力であろうか、お千はそれを緩慢な動きで往なして見せた。 だが、その間にヒルデガルドは達哉からの癒しを受けて、お千から一度距離を取る。入れ替わるようにして、ポルカがお千に喰らいついてゆく。 「お千くん。きみ。ね、楽しみにしていたのでしょう?」 ――ねえ、お千くん。今、たのしい? ポルカの問いに、紅き鬼女は歓喜の表情を見せて。 「ああ、ああ! 随分と久しいよこの高揚感は!」 嬉々として、向かい来る。眩惑するポルカの剣技に翻弄され、身を斬られようとも、彼女は笑い続ける。その姿に、流は思う。 (目の前にあるは純粋なる暴力。小手先の技など腕の一振りで薙ぎ払う圧倒的な力……なれど) それを斬り伏せてこその、真の、武の真髄。ならば言葉は不要。必要なのは、ただひとつ。 (刀を振るうのみ) 風に乗せた刃はお千に届く。紅葉が如く紅が、迸った。それでもお千は止まらない。 そんな彼女の姿に、有須は更に、その笑みを深めて。 「ふふふ……どちらが先に愛尽きるのでしょうね……?」 黒の閃光が、飛ぶ。お千はそれを躱す。本当に、楽しげだ。だが、次のヒルデガルドの一言に、表情が変わる。 「敵が多数居れば可能な限り範囲攻撃で叩くが常識、それをせぬとは何と愚かな」 その言葉を受けたお千の表情にあったのは、紛れもない、不快感。 「お小言を言うのがそんなに好きかい? いいさ、その身で味わうがいいよ」 お千の闘志が、彼女を取り巻き渦を巻いてゆく。 それは、赤黒き焔の渦にも見えた。何に邪魔されることも無く、ただ、ひたすらに頂点を目指して遥か、高く高く、立ち上ってゆく焔。同時に奔走する風に、お千の髪が舞い上がり、額の角が露わになった。 そして――一瞬の内に焔は、拡散した。 義弘が、陣兵衛が、そしてポルカの代わりにと前に出た流れが今や蛇と化した焔に呑まれゆく。 荒れ狂う熱が、勢いをつけて三人を襲う。それでも――三人は耐える。此処さえ耐え抜けば、勝機は見える。そう、逆に言えば、被害はこの三人のみに留められたのだから。 「ふ、どうやら熱くなり過ぎたようだな?」 「っ、まだまだ!」 「負け惜しみなど……」 だが、次の瞬間、皆、括目する事となる。前衛が散開した為に薄くなった陣の層。お千は、駆け出していた。そして難無く前後の境を突破したお千が付き出したその手は――後衛の、ラヴィアンの細い体を容易く打ちつけたのだ! 「っ、あ……!?」 為す術も無く、崩れ落ちる小さな影。 流と入れ替わったポルカによって護られていた達哉を狙うのは、前衛を突破出来たとて困難だ。ならばと、厄介な麻痺をばら撒くラヴィアンを狙ったのだ。 だが、同時に、リベリスタ達の中で弾けたものがあった。 仲間を痛めつけられた、純粋な――怒りだ。 「おおおおおおっ!!」 「はああああああ!!」 再び、義弘と流の攻撃が、重なる。お千は二人の気合をその身で感じ取り、身を翻したが、それが精一杯だった。 切り刻まれ、叩きつけられ――紅葉が如き、血を吐いた。 けれど、体勢を立て直す時間を与える程、リベリスタ達もお人好しではない。間髪入れずに、ヒルデガルドの精密な刺撃がお千を襲う。有須も昏き闇の閃光を飛来させた。 そして、最後に。 「我が一閃、餞別代わりに受け取るが良い!」 激しく奔る電撃を宿した陣兵衛の攻撃の前に――遂に、お千は叩きのめされたのであった。 ●その鬼、人情家につき お香とお篠は、先程の戦いで既に事切れていた。 気絶しているがまだ息のあるお蕗、そして抗う気力も残っていない今なお、不敵にリベリスタ達を見据えるお千。しかし彼女は、この後自らの辿る運命を判っていたようであった。 だが、お千が予想していた彼女の未来は、達哉の一言でひっくり返る事となった。 「この二人の命、預けてくれないか」 そして今、お千は脚を拘束された状態ではあったが、達哉と顔を向い合わせて座していた。未だ目覚めないお蕗は木に縛り付けられている。 「何の気紛れだい? アタシ達はアンタ達の敵だよ? 現に一人、お仲間さんを叩き伏せてるじゃあないか」 「聞きたい事があってな。それに、自分の実力が異種族相手にどこまで通じるか試そうと思って」 「へぇ?」 怪訝そうな表情のお千に、達哉は日本酒と自作の黒糖饅頭を差し出した。 「宴には酒と飯が必要不可欠だしお前に死なれると常連客が一人減る。そして飯の前に敵も味方もない」 それを受けたお千は暫し呆気に取られていたが、やがて吹き出した。 「はっは、違いない! じゃあ有難く頂くとしようじゃないのさ」 言うや否や、お千は達哉の酌で酒をくいっと口に含む。鬼の共通性質なのか、女だてらに酒好きであるらしい。更に黒糖饅頭を頬張ると、嬉しそうに笑った。 「なかなかいけるじゃないのさ。アンタが作ったのかい」 「まあな。口に合ったなら何よりだ……さて」 お千には聞いておきたい事がある。 「質問はふたつ。何故今になって行動したのか、そして鬼としての目的は何だ?」 その問いに、お千は飲食の手を止め、考える素振りを見せてから、ややあって語り始めた。 「……長い事、眠っていたんだよ。ずっと夢を見てた……けど、ある日封印が弱まって……アタシ達は自由になった」 ふと、お千が空を仰ぐ。 「だから鬼はね、自由にやりたいんだよ。アタシ達みたいな戦しか能が無い連中もいれば、他の事に楽しみを見出す連中もいて……けど皆、根本は同じさ。自由にやりたいんだよ」 「そうか」 それだけ聞くと、達哉はお千を、そしてお蕗を釈放した。 「おや、いいのかい? また人間様に仇なすかも知れないよ」 「その時はその時だ。また止めるまでさ」 「……くくっ、アンタは変わってるねぇ。ま、嫌いじゃないけどさ。いいだろう、アンタに免じて暫くは大人しくしといてやるさ。けどまたアタシ達の前に立ち塞がるなら、今度こそ負けないよ」 笑って、お千はお蕗を抱えて姿を消した。 (ふむ……崩界度が上がって封印緩んだから復活とかいうオチなんだろうとは思ってたが、強ち間違いでもなかったようだ) ともあれ、やるべき事はやった。今はお千の言葉を信じて、アークへと帰還しよう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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