● 「……ぃ、起き……きろ………て!」 ――ごおごおと鳴る音の中で、声が聞こえる。 「おい、起きろ! こんなとこで気を失ったら死ぬぞ! 起きろ!!」 体を激しく揺さぶられて、意識が覚醒していくのがわかる。 ――さむ、い……。 「っ、目を開けた……! おい、大丈夫か! 動けるかっ!?」 誰かの叫び声が聞こえて、体を分厚い防寒具の上から何度も何度も擦られる。 「あぁ……俺、寒さで寝てたのか……?」 「起きたかっ!? もう少し行けば小屋だ、そこまで頑張れ……!」 吹き荒ぶ雪の音がうるさくて聞き取りにくいが、これは仲間の声だ。周りを見渡せば4人の仲間の顔が心配そうにこちらを覗き込んでいる。 「あぁ、すまん……少し、疲れてたみたいだ」 全身を震わせてなんとか立ち上がる。 「無理ないさ、ずっと先頭で歩き続けたんだ。むしろ気づいてやれなくて悪かったな……」 仕方ない、むしろすまなかったと口々に仲間は言うが、それこそ仕方がないことだ。 この豪雪の雪山の中、他の人のことまで気を回せるほどの余裕はなかなか持てない。だからこそ、少しでも体力のある俺が前に出たのだ。 ……もっとも、それで倒れてちゃあ世話ない話だが。 「ちっ。本当に緊急避難用の小屋か」 仲間の好意に甘え、列の真ん中を歩きながらようやくたどり着いた小屋の中には何もなかった。 ……そんな、風雪は防げても寒さは凌げない小さな空間の中で生き残る為には。 「――なぁ、皆。スクウェアって知ってるか?」 ● ――四隅に陣取り、仲間からバトンを預かり次の仲間へと継ぐ作業をどれだけ繰り返しただろうか。 暗い空間。ごうごうと壁を叩きつける豪雪。外の景色も音も遮断された小屋で、ふと気がつく。 「誰かに、見られてる……」 それは仲間以外の視線。もしかしたら視線じゃないかもしれないもの。 嫌な予感が、俺をせき立てる。 まるで、飢餓状態の人間の前に食べ物が置かれた状態、というか。そんな極限の視線。 だから俺は、受け取ったバトンを手に持ったまま、こっそりと外に出る。 皆には気づかれないように。すぐに戻ってくるからと、心の中で謝りながら。 ――そして、俺は出逢った。 「ーーーーー!」 俺よりも一回り、二回りとでかい、毛深い姿をした、鬼のような姿をしたナニかに。 「ジユウ。オレ。ハラヘッタ」 その手が、俺に触れようとするのを、とっさに振り払う。 わかる。理由はよくわからないが、これだけはわかる。 こいつは敵だ。俺を、俺の仲間を喰らおうとする敵だ。 敵は倒さないと。仲間が、殺される。俺を助けてくれた大事な仲間が、殺される。それだけは絶対に許せない。 だから、やっつける。 手にしていたバトンは、いつの間にか長くなっていた。 できる、と自らを奮い立たせる。 早く終わらせて小屋の中へと戻って、バトンを次へ繋げるんだ……! ● 「今回の現場は、雪の吹き荒ぶ中国山地」 はい、と人数分の防寒道具を用意しながらそう言うのは『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)だ。 彼女は用意漏れがないかをチェックしながらリベリスタ達に資料を渡す。 「中国山地で遭難した5人組。だけど不幸中の幸いというか、あわやというところで小屋を発見して、そこに避難しているわ」 だけどそこはろくに整備もされておらず、暖房器具の壊れた何もない空間だった。 そこで彼らはとある都市伝説を思い出し、それを実行することにする。 ――すなわち、スクウェアを。 それは四隅を陣取り、一人が壁沿いに進み次の隅に座る人間の肩を叩き、叩かれた人間は次の隅まで歩いていき次の人間の肩を叩くという単純なゲームだ。 「都市伝説の方では4人と、死んでしまった1人が登場するわけだけど……今回は5人、全員生きているから実行可能と踏んだんでしょうね」 だけど、それは大きな間違いだった。 「この中の一人は、既に死んでいるわ。遭難中に凍死して……E・アンデッドとして、蘇った仮初めの命」 その人物は5人の中のリーダー格的な存在だったらしく、一際強い責任感と使命感をもって……蘇った。 「彼の願いは、仲間を無事に下山させること。そのための危険因子を全て取り除くこと」 その願いが、フェーズとしては未熟な彼に鋭敏な危険察知能力を与えた。 「現在、彼は小屋の外で交戦中よ。相手は正体不明のアザーバイド。形状は巨大な体躯と角を持った――鬼」 この鬼がどこから出現したかは不明。ただ、鬼は飢餓状態であるらしく、彼らを餌として見ている。だからその状態で逃げ出すことはあり得ないだろうと、イヴは言う。 「今の鬼にとって、逃亡はそのまま死を意味するから」 だから彼を手助けしてあげて、と。 「……それから。鬼をやっつけたとしても、それだけで彼らの受難は終わらない。まともな暖房設備が小屋にはないから……このままだと、夜が明ける前に全員凍死するわ。ゾンビになってしまった彼はそのあたりの感覚が鈍くなってるみたいで、失念してるみたいだけど……」 追加で4人分の防寒道具や非常食を用意して、それから言いにくそうに告げる。 「ここに、4人分の、生き残るのに必要なものを揃えたわ。……5人目の分は、ない」 彼は、もう死んでいるのだから。 「皆にやってもらいたいのは、鬼退治、人命救助、そして彼の討伐。……実力的に一番厄介なのは鬼退治だけど、心情的には彼の討伐が一番辛いと思う」 彼は自身の置かれた境遇に気づいてはいないから。 「彼をどのタイミングで殺すか、事情を説明するかどうかは皆の判断に任せるわ」 彼は仲間を助けたいと願い、偽りの生を手に入れたけど……その尊い願いと無念は、既にこの雪山に無数と眠っている。 だから皆が気にすることではないと慰めて、イヴがそれじゃあと言う。 「行ってらっしゃい。帰ってきたら、皆であったかいスープでも飲もう」 いつも通りの口調にほんの少しだけやわらかな声音を含ませて、リベリスタ達を見送るイヴ。 「――私も、もう少しだけ頑張らないと。万華鏡、貴方の世界をもう一度私に視せて」 呟いて振り返ると、そこには呟きに応じるように反応を返す万華鏡の姿があり、イヴは満足するように頷き、再びその棺の中へと身を沈ませていった――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:葉月 司 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月02日(木)00:36 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●雪に埋もれたもの 「すっごい嵐なの。目の前が見えないぐらい吹雪いてるの! きゃー!」 ――その行軍は、まさしく強行軍だった。 体格の問題、また戦闘時のポジションの関係で後方を歩く『Unlucky Seven』七斜・菜々那(BNE003412)でさえ、叩きつけられる雪と強風にともすれば体を持っていかれそうになる。 「この雪中行軍で凍死か……」 先頭を浅倉・貴志(BNE002656)と共に交互に交代しながら進む『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)が時折後ろ――特に菜々那や『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)ら、体格の小さな者達がしっかりとついてきていることを確認しながら呟く。 「彼らの準備が悪かったのでしょうか、とも思ったのですが……」 そんな彼の呟きに答える『LawfulChaticAge』黒乃・エンルーレ・紗理(BNE003329)の声はどこか諦観混じりで。 「運命のいたずらなのでしょうか……」 そうなのだとしたら、この現状はまさに、 「世話ないな」 その一言に尽きる。 「でも、死んでもまだ、仲間を助けようとするのはすごい意志力ッスね」 その使命感は尊敬できる、と。 「間違いなく、彼は英雄ッスよ」 『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)がそう断言して、 「そう、だな……」 バゼット・モーズ(BNE003431)が頷く。 時として人に与えられる苦難。五人へと与えられたそれは、一人の犠牲を代償にしてなおぎりぎりの綱渡りを強いている。 せめて、彼が守ろうとした人々の命は繋がねばならない。 「ま、なんちゅうか……不運なやつらですなぁ」 さりげなく暴風の和らぐ位置取りをキープしながら、『√3』一条・玄弥(BNE003422)がくけけ、と奇っ怪に笑う。 「……強い感情。護りたいという気持ち。発見しました、こっちです……!」 一寸先も闇と吹雪で閉ざされた先を指さし、貴志が歩を早める。 そして彼がまだ無事であるということに安堵と、それ以外の複雑な感情を抱えながら―― 「生存者を救護しにきた助勢する!」 リベリスタ達は、彼との合流を果たした。 ●彼 この鬼と睨み合い、どれだけバトンと棍棒を交わしあったか。 互いに致命打にならない攻撃を繰り返しながらも、俺の内心には焦りが生じていた。 ――勝てない、な。 敵の力量と自身とを見比べて、そう考えてしまう。 その考え方自体が、負けを引き寄せてしまう原因だとわかっていても、そう考えざるを得ない絶対的な実力差。 バトンを振りながら、ならばと考えを進める。 もしも勝てないと前提するならば。俺はどのように負けるべきか。どこで負けるべきか。仲間を助けるために、精一杯足掻くにはどうすればいいか。 少なくとも、ここで負けることは最悪だ。せめて、こいつと小屋とを引き離さなければいけない。 俺がそう判断し、動こうとした瞬間に、 「――助勢する!」 吹雪の向こうから声が響き、目の前にいた鬼に何者かがぶつかり弾き飛ばすのが見えた。 鬼にぶつかったのは一人の男。防寒具の上からでもわかるほど、その体から熱を放出させて大きな剣を構えて鬼と対峙する。 「大丈夫か?」 いつの間にか俺の横に並んでいた、がたいの大きな白人が気遣うように俺に声を掛けてくる。その、必要以上にかさばった荷物に目を奪われていると、白人は苦笑ともつかない笑みを浮かべながら、 「助けにきた、と言ったろう?」 と言って、自身らの名前と身分を明かしてくれた。 その間にも白人の男――バゼットという男から聞いた名前、貴志や黒乃といった面々が鬼の前に立ちふさがり、独自の構えから戦意を高揚させていくのがわかる。 「これだけで納得してくれっていうのも酷な話かもッスけど、今は時間がないッス。少なくとも、あの四人を助けたいっていう気持ちに嘘はない……それだけは信じてもらいたいッス」 ちらりと小屋の方へ視線を向けるリルの姿に、鬼の危険を予知した時と同じような直感が走るのがわかる。 あぁ……この人達のその気持ちに、嘘偽りはないのだ、と。 そんな俺の態度を見てどう感じたのか、リルは何も言わずに鬼へと向きなおり、神経を集中させたかと思えば不意に走り出し、その見えるか見えないかという細い糸のようなもので鬼を絡め取るように縛り付ける。 その動きに連動して、休みなく動き回るのは貴志、宗一、黒乃の三人だ。 まず分厚い防寒具に動きを阻害されながらも、それでも常人では為し得ないだろう速度で黒乃が鬼の視界を引きつけ、貴志がその視界の隅を狙って鋭く蹴りあげる。 その攻撃に乗せられ、二人を薙ぎ払うように乱暴に棍棒を振る鬼。大振りの一撃は、この吹雪の中でさえ素振り音が聞こえそうなほどで、それ故に振り切ってしまえば大きな隙が生まれる。 もしも大打撃を与えうる者がいるならば、狙うのは今この瞬間だろう。俺が直感した直後に動いたのは宗一だった。 「あまり時間はねぇ。最初から全力でいくぜ!」 鬼の一撃に勝るとも劣らぬ気迫を生み出しながらの、上段から振り降ろされる裂帛の一撃。 それは堅く、俺のバトンなんかではダメージを与えられなかった鬼の皮膚を深く抉り、その奥からどす黒い血を噴出させるに至った。 だが会心の一撃に見えたその攻撃でさえ鬼は笑い、異様に発達した筋肉でもって止血をしてしまう。 「――人も命も、この世界に帰属しない者にくれてやる義理は無い」 その鬼の姿に何を思ったか。一番最初にこちらに声を掛けてきたアラストールが、この極寒の地での生命線、防寒具を脱ぎ捨てた姿で立っていた。 自身を蝕む寒さなど歯牙にもかけず、祈るように、その研ぎ澄まされた動きで、十字に交わった光を解き放つ。 そして、静は動へと移行する。 生命線でもあり、同時に足枷でもある防寒具を脱ぎ捨てたアラストールの動きは、素人の俺から見ても一線を画していた。 「鬼は退治されて久しかろう、何をしに迷い出た」 否。この動きが本来、この八人の持ちうるパフォーマンスなのだろう。現にその動きを見ても驚きを見せる者は誰一人としていない。 極寒と、鬼の怒りを一身に受け、それでも凛とした表情を崩さないアラストールが鬼の一撃を受け流し、 「さみぃなこんちくしょー!」 俺のすぐ側で悪態をつく玄弥が、不可思議なオーラのようなものを収束させながら鬼へとなげうつ。 そして玄弥はくけけと笑いながら俺を見て、 「やれ鬼や、やれアンデッドやと……この程度の不幸は日常茶飯事でやすな」 「アンデッ、ド……?」 その視線は確かに、俺を見て「アンデッド」と言い放った。 どういうことだと目で問いつめるが、玄弥はくけけと笑ったまま、それ以上多くを語らない。 「……遅かれ早かれ、それは知る定め、か」 代わりにやれやれと答えたのは、バゼットだった。 彼は同情にも似た表情で一度口をつぐみ、意を決するように告げる。 「酷な事を述べるが、君は既に死んでいる」 仲間に呼び覚まされたあの時、既に俺は死んでいたのだと。 「ゾンビさんはもう死んでるからゾンビさんなの」 無邪気な、それ故に他意の無い菜々那の言葉が胸に突き刺さる。 急に息が苦しくなり胸を押さえつければ、その奥に宿るはずの鼓動は、確かに――聞こえてこない。 「君は本来、そこで途絶えるはずの存在で……その強い意志が、心残りが、僅かばかりの猶予を君に与えたにすぎない」 ああ、あぁ、嗚呼。理解する。理解してしまえば、俺は呼吸のいらない存在なのだと理解してしまう。あの鬼の攻撃を凌げてしまう、この不可解さを理解してしまう。この豪雪の中で、鬼によって擦り切れた服でも寒さを感じない不思議を理解してしまう。 ――この人達から伝わる『あの四人を助けたいっていう気持ちに嘘はない』という感情に、俺自身が含まれていないことを理解してしまう。できてしまった。 「なぁ、」 だから、俺は尋ねる。 「もう一度だけ、聞いてもいいか?」 理解してしまった、今の俺の原点。 「あいつらは、生きて帰れるのか?」 その唯一、大切なこと。 「――貴方の仲間は必ず無事に生還させる。それは誇りにかけて約束する」 誓ったのは、ただ一人防寒具を着用せず、果敢に鬼へと立ち向かっていた少女だった。 俺のようにただ受け流すのではなく、より大きな隙を生じさせるように動き、そして自らも確実にダメージを与え与えられ――ぼろぼろになった身体で、一時後退を余儀なくされたアラストールの姿に、俺は目には見えない「何か」を見た。 多分、それが俺とこの八人との……似ているのに、どうしようもなく違う、決定的な差なのだろう。 「フェイト、と。俺達はそう呼んでいる」 アラストールの肩に厚手の防寒着を被せながら、宗一がその「何か」の正体を教えてくれる。 「無理すんな、着とけ」 そしてアラストールにそれだけ告げると、宗一は再び鬼と激しく打ち合う前線へと戻っていく。 「そう、か……」 「ついでに言うと、あの鬼さんはゾンビさんの成れの果て、みたいな奴なの」 理性も自我も、ほとんどかなぐり捨てたようなあれが、自分の末路。 「なんでわしらの仕事にはあんたの抹消も含まれてるんでさぁ」 あぁ、それはなんて。 なんて救済をもたらす不吉の象徴か。 「そうか」 ならば俺のやることは決まっている。 あいつらが助かって、でも俺が助からないことが運命なのだとしたら。この残り僅かな灯火を、後悔無く使いきろう。 「待て、どこへ行こうとしている!」 防寒具を羽織りながら、僅かな光に包まれたアラストールの鋭い問いに、笑いながら答えてやる。 「あんたが抜けた穴を埋めに行ってくる。まぁ、多少の加勢にはなるだろうさ」 答えて、擦り切れた防寒具の邪魔な部分を破り捨てて駆ける。 この現状についての説明を受けながら、八人の攻撃パターンは見ていた。まずは前衛が鬼の視界を攪乱させ、狙いを定めた後衛からの攻撃が鬼を穿ち、中衛のリルが鬼の体勢を崩す。そしてそこを前衛が改めて集中攻撃を加える。 主に攪乱役を担っていたアラストールが抜けた分を、今は他三人がローテーションを組んで行っているが、やはり動きが若干ぎこちなく、鬼の攻撃を受け流しきれていない。 そんな三人をあざ笑うように振るわれる棍棒を、だから俺が受け止める――! 「ぐっ……!」 バトンを縦に構え、身体で支えるように持ちながら、鬼の薙ぎ払いを受け止めきる。 足が雪に深く埋まるがかまわない。今は俺一人が立ち向かっているわけじゃない。 「行けーー!」 俺の突然の乱入に一瞬驚きの表情を見せていた三人を促して、勢いを削がれた鬼へとけしかける。 真っ先に反応した貴志が生み出す斬風が棍棒を握る腕を傷つけ、鬼を後ずさらせる。 「前に出ては危険ですよ!」 その表情は、怒りとも心配ともつかない色を浮かべており、だからこそと強く思う。 ここで終わるべき自分は、彼らの手で終わるべきではないと。そのことで彼らの心を痛めることのないように、ここで終わるべきだと。その為に―― 鬼の目が光り、射竦められる身体に渇を入れて突撃する。この鬼にとって致命的な隙を、この身を賭して作り出す! 棍棒を振り回すその内側へと入り込み、その勢いと自らの力を振り絞り、鬼の甲を強く打ち据える! 肉の薄い部分への強打は力のない俺の一撃でも十分に効いたようで、その握りが甘くなるのが見える。 「おぉりゃああ!!」 死に物狂いで鬼の棍棒を奪い取り、全身を使って棍棒を遠くへと投げ飛ばす。 遠心力をフルに使ったそれは、火事場の馬鹿力と言わんばかりに遠くへ飛び―― 「ぐぱ……!」 鬼に背を向けた俺の腹から、鬼の腕が生える。 あぁ、これは致命傷だなと悟りながら。 「ーーーー!」 彼らの叫びをどこか遠くで聞きながら、俺の身体からは力が抜けていった。 ●我が人生に悔い無し ――彼が作った隙は、リベリスタ達にとって大きな意味を為した。 まず、彼自身によって大きく動きを制限された鬼の腕を宗一が肩から一刀両断に切り捨て、菜々那と玄弥の不吉をもたらす一撃が鬼の視界を奪い、 「消えて、ください……!」 黒乃が放った高速の剣閃が鬼にとどめを刺す。 「大丈夫ッスか!?」 どさりと転がる鬼の側に倒れる彼にリルが駆け寄り、その腹部から鬼の腕を抜き取る。 「気をしっかり持って……って言い方も変かもッスけど、まだ死んじゃだめッスよ!」 彼は紛れもなく英雄だ。そんな彼に対して、まだ自分達はきちんとした説明をはたしていない。彼にはこの不条理を憤り、嘆き、納得するだけの権利が、それくらいの時間は許されるはずだと、リルは懸命に呼びかける。 だが彼は首を振って、微笑む。 「あんた達、は……あいつらを救……っくれると、誓った。なら……俺の納得は、それで十分だ……」 「そう、ですか……。では、最期に……貴方の仲間に伝ええたいことは、ありますか?」 彼が現状で納得をしているというのならば、と。余計な言葉は重ねず、貴志が尋ねる。 その言葉に彼は静かに首を振り、伝えるべき言葉はないと。ただ、 「このバトンだけ……あいつらに、渡してやってくれ」 彼の最後の一撃で折れ、通常の長さかそれ以下となったバトンを、リベリスタへと託す。 「あいつらのこと、頼む……」 その彼の言葉を、 「……わかったッス。そのバトンと願いは、リル達に預けて欲しいッスよ。絶対に、四人とも助けるッスから」 リルが確かに受け取り、最後にバゼットが口を開く。 「君は間違いなく英雄だ。四名の仲間の命を救った。それは誇るべき事だ。……よければ、その名前を聞かせて貰えないだろうか。その名を、私達が決して忘れぬように」 その言葉を、途切れ途切れながらも確かに口にして、そして――彼は短い第二の人生に幕を閉じた。 ●繋がるバトン 「寒い時はやっぱ鍋やな」 イヴに持たされていた携帯食のカレースープを暖めながら、玄弥はひょうきんに声をあげてみせる。 ――あれから。 小屋の四人へは彼は外で大型の獣に襲われたのだと、説明した。 物音から、小屋の危険を察知した彼が外へ出て、その命を賭けて獣を追い払ったのだと。 寒さで朦朧としていた彼らにひとまずの暖をとらせ、その意識とその事実をゆっくりと認識させてから、こちらから開示できる情報をできる限り伝えていく。 彼の今わの際に駆け寄ることができ、事情を聞くことができたと。彼は四人のことを最後まで気にしていたと。このバトンを引き継いで欲しいと願っていたと。 「彼は最後まで責任感の強い人であった」 そのアラストールの言葉で締めると、四人からはかすかにすすり泣く声が聞こえて、 「遺体は、できればあんた達は見ない方がいい。……後で必ず、あんた達の元へ届けるから」 宗一の言葉を最後に、重い重い沈黙が流れており、玄弥の先ほどの言葉が久方ぶりの発言だった。 誰もそれに反応しないことにやれやれと肩を竦めながら、玄弥はじっと窓の外を眺めている菜々那を見る。 「あ、夜が明けてきたの」 吹雪は随分と前に収まっており、昇り始めた太陽は空に雲がほとんどかかっていないことを教えてくれる。 だからか、菜々那は無邪気にドアへと駆け寄り、外への扉を開く。 「やっほーーーーー!!!」 響く声は山彦となって遠く幾重にも連なり、吹き抜ける風が重たい沈黙を吹き飛ばす。 「あいつは、バカなやつだったけど……」 ぽつりと、四人のうちの一人がそこから差す光に目を細めながら、呟く。 「そんなバカな奴が必死で繋いだバトン……俺達も、繋いでいかなきゃ、だよな……」 無二の仲間を失ったショックからまだほんの数時間。立ち直るには、あまりにも時間が足りないけれど。 でもその意志は確かに受け継がれて―― 日はまた昇るのだと。その呟きは、リベリスタ達に確信させる、力強い響きを宿していた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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