●空を泳ぐ鯨 晴れた日曜日の午後。 緑色に染まった空、木々、家々の屋根。 小さな屋根裏部屋で、小さな男の子がステンドグラスから外の世界を観察していた。 見る場所を変えれば赤に、黄に、世界が移ろってゆく。 いつもは幼稚園にでも通っている年齢だろうか。 この日、小さな男の子は秘密の遊び場でゆっくりと時を刻んでいた。 小さな屋根裏部屋は、彼のお気に入りの場所だった。 (あ……ッ!) 少年は青に染まる大空の中に、何かを見つけた。 それは大きな鯨? それとも雲だろうか? ゆっくりと空を泳ぐ雄大な姿に、少年は心を躍らせて、ステンドグラスの向こう側を食い入るように眺め続けた。 鯨雲がゆっくりと近づいてくる。 少年は息を呑んだ。 鯨雲は小さな視界を覆わんばかりに、どんどん近づいてくる。 それでも少年は見つめ続けた。 ――その時。 屋根が軋んだ。 ガラスが爆ぜ、軒先が歪む。 圧倒的な存在が、少年の小さな世界を一気に飲み込んだ。 彼はもう、大好きな空を二度と見ることが出来ない。 ●空への旅 「空は好きか?」 『駆ける黒猫』将門伸暁(ID:nBNE000006)の唐突な問いに、リベリスタは怪訝そうな表情を向けた。 「空に浮かぶでっかい雲が、フェーズ2のE・エレメントとなった。 地上に突っ込んで被害をもたらすのは数週間後だ。 お前達にはそれを食い止めてもらう」 突拍子もない敵の知らせに、リベリスタ達がどよめく。 「でも、どうやって?」 素朴な疑問が沸きあがるのは当然のことだ。 「スカイダイビングだ」 伸暁の提案は驚くべきものだった。 地上数千メートルから落下する短時間の内に敵を撃破し、パラシュートで帰還しろというのだ。 リベリスタ達に走る動揺を察してか、伸暁が付け加える。 「安心するといい。今回は特別にインストラクターがついてくる」 伸暁が前髪をかきあげた。 「神秘を知るアークの関係者だが、エリューション能力は持たない。十分に注意してやってくれ」 伸暁が気楽に手を振る。 「いい季節じゃないか。思う存分、青い空に抱きしめられてきなよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月12日(木)01:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●11:47:52 Am 目の前に広がるクリアブルーの大空に抱かれ、セスナ機が静かに振動している。 機内では『テクノパティシエ』如月・達哉(BNE001662)が眼前の青を見つめていた。 作戦は上々、ランチの準備も万端にしてある。 その後ろで、インストラクターの増本にもじもじと質問をするのは『対人恐怖症』四鏡 ケイ(BNE000068)と『眠れるラプラー』蘭・羽音(BNE001477)だ。 「あの……ボク、その、初めてで」 増本がケイの背中を掌で叩いて笑う。 「心配しないでいいよ。大丈夫、目でも閉じてぱーっと飛んじゃいな」 「だ……だめ、そんなの無理です……出来ません……」 「大丈夫だって、ほら、深呼吸して。怖い?」 「いえ、特には……」 「ははッ、なら大丈夫!」 未体験の領域への不安は拭いきれないとはいえ、既に地上での講習は終えている。 むしろ、文字通り手取り足取りのレクチャーによる恥ずかしさのほうが先に立っているのだろう。 まんざらでもなさそうな増本は、きっと気づいていない。可憐な容姿と衣服のゆえか。 「あたしの、大剣……結構、空気の抵抗、受けるかな?」 大きな得物故か、羽音は剣の角度を気にしていた。 そう。彼等はただ飛ぶのではない。大空で戦う必要がある。 もちろん、アーク本部で行った綿密な計算と作戦を、増本もパーティも十分に理解している。 彼等と一緒に飛ぶ増本自身も、ある意味では保険のようなものだ。 「そうそう、そんな風に持つのがいいんじゃないかな。お嬢ちゃんセンスあるよ」 とはいえ、実戦経験あるリベリスタ達の発想による作戦へのフィードバックも大きく、また『飛んでみないと分からない』ということも、やはりあるのだった。 (いつかはこの高度を自分の翼で飛んでみたいものだ) きっと気持ちがいいだろう―― 静かに外を眺める『影使い』クリス・ハーシェル(BNE001882)の赤い瞳が窓ガラスに映りこむ。 不安がちだったリベリスタ達も、増本とのやり取りからか、それとも戦いへの高揚か、普段の自信を取り戻してきている。 和気藹々とした旅だった。 だが、先ほどまでは酒に酔ったように絡んでいた『鷹の眼光』ウルザ・イース(BNE002218)は、高度が上がるにつれて口数が少なくなってきている。 どことなく顔も青い。いや、黒いのだが。 ウルザの不安げな表情を察してか、増本が声をかけた。 「お前さん。羽があるんだろ? 変わりゃしないって」 「オレにとって、こんなとこはもう宇宙だよ」 ウルザが叫ぶ。 「俺にとっては、ここは――」 増本が口を開く。先ほどまでとはうって変わった真剣な眼差しだ。 ぽつぽつと零れるのは今なき妻の話。同じく亡くなった二歳の娘の話。 「そんとき持ってた幸せは、何もかも消えちまったんだ」 増本が静かにぼやく。 かつて増本は神秘などとは程遠い世界で生きてきた。 そんな彼を襲ったエリューション事件は、その人生を大きく揺さぶったのだ。 妻と子の死は、そうそう忘れられるものではない。 復讐したかったのだろう。 しかし彼はフェイトはおろか、エリューションとしての力すら手に入れることは出来なかったのだった。 増本の異変を察して達哉が口を開く。 「飲食店というのはシェフ一人では運営できない――」 唐突に零れる達哉の言葉に、増本が振り返る。 「――ウエイターを始め大勢の人によって成り立っている」 考え込む増本をの視線を受け止め、達哉はさらに言葉を続ける。 「あなたの協力がなければ我々はここまで来れなかった」 彼は言う。アークの活動を成し遂げ続けているのは、前線で戦うリベリスタ達だけではないのだと。 「そうだな、今の俺にはお前さん達が居る」 増本が笑う。 「もう、何も怖かねぇ」 吹っ切れたような、爽やかな笑顔だった。 ●11:48:07 Am リベリスタ達が降下を開始した。 ウルザの鷹の目が見通した絶好のポイントだ。 「うわぎゃあああああぁぁぁぁ――ッ!」 蒼穹を背に絶叫を放つ『臆病強靭』設楽 悠里(BNE001610)だが、すでにその身は流れる水の如く挙動する為の準備を終えている。 「怖! 怖いけど怖がってる場合じゃないよね!」 背を押されるように飛び出した彼だったが、誰かを助けるためのこと。最早腹は決まっている。 短い間に積み上げた実戦経験も確実に生きていた。 「わぁ……やっぱり大きいなぁ~……」 リベリスタ達の真下には、狙うべき鯨雲がゆっくりとゆっくりと空を泳いでいる。 「不安だけど……頑張らなきゃ」 その下で大剣を構えた羽音の身体が、鯨雲を真下に捉えて時速200キロで小さな雲を突き抜ける。 そして鯨の真正面を狙うのは 影を追走させ、大型のマスケット銃を構える『ナーサリィ・テイル』斬風 糾華(BNE000390)だ。 蒼穹を切り裂く紅の瞳が、眼下にうごめく巨大な雲の顎を静かに射抜く。 実在する鯨の十倍を優に超えようという、全長数百メートルの鯨がぐんぐん近づいてきた。 あと四秒程で射程距離に到達するだろう。 あの雲はリベリスタ達に気づいているのだろうか? 鯨雲が大口を開けて彼女を見上げる。 「もっとおいしい物を食べさせてあげるわ」 銃口が鯨の口腔を狙う。 「喰らいなさいっ!」 糾華のクラシカルな長銃が火を噴いた。 極限の集中に裏打ちされた銃撃が、巨大な雲の口内にライフリングを模り、竜巻のようにめり込んでいく。 大きな口をさらに広げて、鯨が音なき咆哮をあげた。 巨大な鯨と、そして短い時間との戦いが始った。 瞳無き目で鯨が見据える先は彼女と、その背後にいるクリスとケイ、そして増本だ。 だが、口腔を無残に引き裂かれた鯨の反撃よりも速く、細い――鯨と比較すればあまりに細い――気糸が鯨の背を射抜く。 見た目通りの一撃ではない。 その背に大穴をあけた鯨雲が怒りに戦慄く。 圧倒的な存在を前にして、それでもリベリスタ達の攻撃は止まらない。 達哉のキーボードから放たれる極上のテクノポップが鯨のヒレに絡みつき、大きく飛散させた。 図体の違いが戦力の決定的差でない。 二人の追撃に鯨は怒りに打ち震えた。その巨大な霞の背がぞわぞわと蠢くようにウルザに向けられる。 全てを押しつぶす強大な水の力がそこに集い始めた。 しかし、そこにさらなるチャンスが生まれた。 鯨による怒りの矛先が後方のリベリスタを捉えるならば、増本をかばう必要もない。 「よし……行きます!」 鯨が見せた隙にケイとクリスが追い討ちをかける。 「残念だが、倒す他ない――な!」 ケイが放つ大きな刃とクリスの影の刃が、巨大な雲に不吉の轍を走らせた。 全く予測していなかったろうリベリスタ達の奇襲に、鯨がもがく。 リベリスタ達の一撃一撃は重く、持ちうる最大の威力をもって鯨に叩き付けられ続けていた。 大きな剣を使い、空気抵抗を絶妙に利用して攻撃のタイミングを調整する羽音。 「いくよッ!」 彼女を頭上に追い抜いて、風を断ち切る悠里の蹴りが雲を斬り裂いた。 手加減抜き。 鯨が大粒の雨を血のように滴らせ、のたうつ。 さらに真空を巻き起こす強烈な蹴撃を『まごころ暴走便』安西 郷(BNE002360)が炸裂させた。 そして―― 「思いっきり、飛んでいっちゃえッ!」 羽音の剣が大気を切り裂き、刃が雲に叩き付けられた。 視界を塞ぐ巨体が揺らぎ、地上に吹き飛ばされるように高度が大きく下がる。 糾華が手袋に覆われた華奢な親指を立てた。 リベリスタ達の作戦が功を奏した瞬間だった。 その刹那。 鯨が放つ膨大な水柱が猛烈な勢いでウルザに迫る。 ●11:48:29 Am 強烈な濁流の力がウルザの小さな身体を跳ね飛ばし、その姿が見る間に小さくなってゆく。 最早互いの攻撃は届かない。 それは限られた手数が一つ少なくなったことを意味していた。 「まだだ、まだ終わらんよ!!」 とはいえ作戦の鍵は一人ではない。 達哉の鍵盤が大空に奏でる御機嫌なクラブミュージックが鯨を串刺してゆく。 短い勝負の中で勝ち取った一瞬の隙は、パーティに大きなアドバンテージを与えていた。 その演奏に合わせて、瞬時にリロードをおえた糾華の銃撃が天空に踊る。 切り裂かれ、打ち砕かれ、押しつぶされ。 あまりに巨大な鯨の相貌が、ゆっくりとひしゃげていく。 「絶対に倒しきる! 行くよッ!」 そこに悠里がさらなる蹴撃を叩き込み、巨大な背が千切れとんだ。 横殴りの五月雨が晴れ渡った天空に溶けていく。 「やるもんだ……」 リベリスタ達の絶妙なチームワークを見せ付けられ、増本が目を見開いた。 その中に己も居るのだと、彼はその意味を噛み締めた。 軽率だった。失礼だった。 リベリスタ達は、エリューションを撃破し、彼を守り抜く決意をしたのだ。 蔑ろになど、出来るはずがない。 「ただの雲に戻るがいい!」 空の果てまでも忠実に付き従う影を刃に変えて、クリスが再び闇を放った。 小さな小さな不吉なる黒の牙が、しかし雲を縦横無尽に引き裂いてゆく。 彼女の一撃が破滅の予言となり、鯨雲にさらなる不幸を呼ぶ。 ケイの放つ巨大な刃が、小雲を切り裂き鯨雲に飛び込む。 その巨体に真一文字の亀裂が生じた。 傾いた流れに不幸の連鎖は紡がれ続ける。 鯨は尖塔のような尾を振り上げた。その先にはショルキーを奏で続ける達哉の姿。 「当たらなければ――」 怒りに任せた尾びれの痛打が、達哉の眼前を撫でつけて空を斬る。 ちょっとやそっとの暴風程度、どうということはない。 さらに。 「何度でも……飛んでいっちゃえッ!」 羽音の強烈な一撃が再び鯨にめり込んだ。 旋風が巻き起こり、雲はさらに叩き落される。 作戦は成功だ。それも大をつけたっていい。 いかな巨体といえども、既にその身体は千切れ、霧散して数分の一の大きさまで縮んでしまっていた。 それでもリベリスタ達の快進撃は、とどまることを知らない。 「さよなら鯨雲。あなたが泳ぐにはこの空は狭すぎたわ」 増本の不吉なフラグをへし折り、作り出された攻撃のチャンスを最大限に生かして、リベリスタ達は天空を駆け抜けた。 糾華が、クリスが、ケイが、鯨にさらなる火力をぶつける。 「次は普通の鯨に生まれてこれたら良いわね」 そして――雲散霧消(ばびゅーん)。 こじ開けられた雲のドーナツを潜り抜け、身体を揺らす衝撃がリベリスタ達を包む。 パラシュートが次々と開いた。 ●11:50:18 Am 「ふぅ……終わりました……み、皆さん、お、お疲れ様でした」 張り詰めた空気が解けた。 つぶやくケイが、静かに上空を見上げる。 その中心に、ぽっかりと穴をあけた雨雲は、かつて巨大なエリューションだったものだ。 数分の時を経てリベリスタ達が降り立つであろう大地を祝福するように、太陽が顔を覗かせる。 もう少しだけ続く空の旅で、思い出はスケッチブックの何枚分になるだろう。 「いやあ、終わったな」 増本が両腕を伸ばす。 「ありがとな」 彼は死ぬつもりだったという。 ここでリベリスタ達の未来の糧となるつもりだったのだと。 そして最愛の妻子に会いに行くのだと。 戦いを経ても、彼女等への想いが立ち消えたわけではない。 だが彼が、この若者達をこれからもどこか遠くで見つめ続けていくように、きっと彼女等も自分を見つめていてくれるのだろう。 そう増本に気づかせてくれたのは、リベリスタ達だった。 (雲クジラと友達にでもなれたら楽しかったんだろうが……エリューションはこの世界と相容れない) これでよかったのだと、クリスが戦いに想いを馳せる。 「空を飛べるって羨ましいわね。私にも翼があればこんな景色もいつも見れるのに……」 「そうね。風も気持ちいいし……スカイダイビングって、楽しいー……♪」 すまし顔の糾華と、マイペースな羽音の頬がどことなく緩んでいるのは無理もないだろう。 「あぁ、すっごくいい景色だな」 その下にいる悠里の頬も緩んでいるのは、空への恐怖が消えたからだろうか。 もしかするとそれだけの理由ではないのかもしれないが。 「あなたは何も見なかった……そうよね?」 うん。たぶん大丈夫。きっとわざとじゃない。 「なんだ」 仲間達とは少々離れてしまったが、清涼な風と初夏の日差しに囲まれ、ウルザの服は乾いてきている。 「やっぱり空だね!」 少々肌寒いとはいえ、すでに恐怖はなかった。すかいきんぐは伊達じゃない。 これなら趣味にすら出来るかもしれない。 米粒のような町並みが、鷹の目を持つウルザ以外の目にもはっきりと形を伴ってきた。 地上が近づいてきている。 空の旅はもうすぐ終わる。 各々、しっかりと目に焼き付けて、心に刻み込んで。 取り戻した日常へ、勝ち得た今日へ帰るのだ。 暖かな草原で、テクノパティシエが腕によりをかけたランチタイムが待っている。 きっとお肉も入っている。 あ。 今の。 お腹の音は、誰の音――? 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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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