●歓びの調べ 「早速だが、内容に入らせて貰うぜ。誰にだって時間って奴は有限で貴重だからな」 『駆ける黒猫』将門伸暁(ID:nBNE000006)はブリーフィングルームに集まってきたリベリスタ達に話し始めた。 「ある無銘のヴァイオリン……楽器店で5万ぐらい出せば手に入るような廉価版だ。音楽教室に通い始めたばかりの初心者でもうっかり買っちまうぐらいのランクなんだが、その一つにとんでもないアーティファクトが紛れていやがった。こいつは早々に回収しておかないと後々ヤバイことになる」 伸暁は飄々と言うが目には真剣な光が讃えられている。 「そいつは見た目も使い心地も普通の量産品と全く変わらない。だが、その音色は弾き手も弓も手入れも関係なく桁外れに……イイ」 奏でる曲はまさに歓喜の調べとなり、聞いた者を陶然とさせる。ずっとずっと何時までも聞いていたいと思わせる。だが、それこそが楽器の魔力だった。ヴァイオリンは音色を耳にした者達を引き寄せ、魅了し、生命力を奪う。ゆっくりと時間をかけて命を奪われ眠るように死んでゆく。楽器を手にしていた者だけがかろうじて死を免れるが、次第に意思を抑えられ楽器の従者と成り果てる。 「今の持ち主は24歳の独身サラリーマン2年目、坂上紫苑。音楽で飯を食う夢は諦めたけど、やっぱり未練タラタラで実家に置いてきた楽器の代わりについ買っちまったみたいだな」 気持ちは判るが……と、伸暁は口元に苦い笑みを浮かべる。だが、放置すれば紫苑も紫苑の近しい者達もヴァイオリンに破滅させられる。そればかりではない。人の命で力を増したアーティファクトはいずれ更なる破滅を引き起こす。 「坂上はもうどっぷりこのヴァイオリンの下僕成り下がり寝食を忘れて奉仕してるぜ。無断欠勤で仕事もクビだ。こいつを殺すつもりなら話は早いが、助けたいってなら色々工夫が必要になるだろう」 その辺りは実行者の裁量でどうとでもしていいと伸暁は告げる。とにかく、ヴァイオリンの処置がメインなのだ。 「音楽って奴はマジ魔物だからな。色々条件さえ整えばとんでもない影響力を行使することが出来る。まぁ俺だってその魔力に今も取り憑かれてるみたいなもんだが、とにかくこいつはマジやばい。大急ぎで回収しちまうかぶっ壊した方が身のためだぜ」 伸暁は小さく肩をすくめて言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年04月17日(日)02:27 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●黄昏 まだもう少し太陽が空高くで輝いていた頃、『風のように』雁行 風香(BNE000451)は既に公園の中にいた。 「いつもかわからないけど、この前は来てたよ。あっちの噴水がある方だったかな」 「そうそう。水が楽器にかからないか心配しちゃったから確かだよ」 中学生ぐらいの女の子達は風香に答える。確かにヴァイオリンを弾く者が目撃されている事、そしてその場所が駐輪場から近いことを確認した風香は笑顔を浮かべて礼を言う。 「ありがとう。探してみるわ」 「おねーさん、あーゆーのファンなんだ」 「会えるといいね」 屈託無く笑うと中学生達は足早に公園を出ていく。 「……本当に。会いたいわ、すぐにでもね」 風香は駐輪場がある方へと足を向けた。まだ陽があるうちに丁度良い待機場所を探しておかなくてはならなかった。 いつもと変わらない公園だった。少しだけ違和感を感じるとすれば、時間の割に人が極端に少ないことだったが、誰もいないわけではなく、異変というほどの事ではない。 「神秘は秘匿すべし……ですね」 雅やかな和装姿の『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)は穏やかな笑みを浮かべてつぶやく。この場から力を持たない者達を遠ざけようとする淡い力と同時に、シエルの翼を不可視とする見えない力が効いていた。 「紫苑様をお待ち申し上げるにはここが最適の場所です」 駐輪場にほど近い芝生の上で植え込みの影に身を潜めながら、シエルはその時を待つ。 「照明はここと……それからここ。それから、っと」 公園内の地形と物の配置、特に駐輪場近くと坂上紫苑が目撃された噴水のある場所を『断罪の神翼』東雲 聖(BNE000826)は重点的に調べていく。更に紫苑との接触が夕方以降であることを想定し、公園内外の照明についても調べておきたいし、待機する場所も出来ればベストポジションが欲しい。少し早めに出向いてきたのだが、時間はあっと言う間に過ぎていく。 「急がなくちゃね」 普通の人達の目から翼を隠しながら聖は足早に移動していく。 幾つかある公園の入り口付近を渡り歩きながら、『ライアーディーヴァ』襲 ティト(BNE001913)は小さな声で歌を口ずさんでいた。翼は一般人からは見えないようにしているから、ティトの背に翼があることは知られる事はない。 「ももんが、ももんが、もっもんがー♪ もも、もも、もも、もも、もっもんがー♪」 「ママー! あのお姉ちゃん、変な歌、唄ってるよ~」 「しっ……見ちゃいけませんまりちゃん。早く帰りますよ」 ただ、歌っているモモンガの歌の歌詞はかなり斬新で単調なリフレインが多用されていて、その奇妙な歌に帰りがけの親子が振り返るぐらいだ。それも人がほとんどいないので騒ぎになるほどではない。 公園のベンチは沢山あったが、灰皿が完備されているところは1つもない。昨今の嫌煙的な動きが加速する世の中では、愛煙家の肩身は狭い。特に公園は小さな子供達も利用する事から、特に風当たりが強い場所の1つだ。 「……しょうがないな」 火をつけないままの煙草をくわえたまま『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)はベンチに座る。今回の事件はアーティファクトの危険性を再認識することになった。けれど楽器に、ヴァイオリンに罪はない。運が悪く人の手に渡ってしまっただけなのだ。ぼんやり考え事をしている様でいて、その視線は絶えず駐輪場へと向けられていた。 「アタシが救わなきゃ……」 何かあれば即座に移動するつもりだ。 「ここかな」 駐輪場を見通せる木々の影に立ち『―NoTitle―』セイ・ヤマシロ(BNE001793)はつぶやいた。駐輪場からの距離は短く、外の道路まで見通せる場所だが、枝を伸ばした木々のおかげで周囲から見えにくい。標的の背後をつくにはほぼ最高の場所に思える。 「あとは何時彼が現れるか……だね」 例えどれほど素晴らしい演奏と音色だとしても、命を奪うという代価はあまりに法外だ。なんとしてもこの演奏を止めさせなければならないとセイは思う。 夕日のオレンジはドンドン濃くなり、やがて紺青が少しずつにじむようにひろがっていく。 「来たみたいだね」 穏やかなそうなセイの表情に緊張が走る。 まだ陽が高いうちから『ガンナーアイドル』襲・ハル(BNE001977)は行動を始めていた。手始めに行ったのは、坂上紫苑の家の周囲を調べることだ。公園以外に観客を集められそうな場所の有無を確認する。直前で行き先が変わっては大変だからだ。 「気まぐれに他の場所で演奏会をする……なんて事はなさそうね」 幸いにも代替えの場所はなさそうで、ようやくハルは公園の駐輪場近くで待機をする。全員の居場所をハッキリと把握したわけではないが、仲間達も近くで待機してくれている筈だ。 「来たわ」 ハルは人を寄せ付けない弱い場を発生させる。 少し早めに公園に到着した『通りすがりの女子大生』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)であったが、他のメンバー達は全員が到着していた。 「私が一番最後? みんな凄いね、気合い入りまくってるみたい」 感心したようにレナーテは目を見張る。感心はするが感情を激しく動かされた様ではない。勿論、引き受けたからには事態を収拾するつもりだし、放置するつもりはない。けれど、どこかクールで醒めた様な部分が心の奥底にあるのかもしれない。 「じゃあ待機しておくわね。坂上さんが現れたらすぐに行動を開始するわ」 気負うこともなくさらりと言うとレナーテは動き、駐輪所がよく見える場所へと移動す。特に隠れることもない。 春の宵であった。長く続いた寒さも和らぎ一気に開花した桜がハラハラと微風に散っている。昼は子供達の声が響き渡った公園からは彼らの小さな姿は消え、通り抜けする者達の影もなく、不思議と人の姿がない。作り物めいた欺瞞に満ちた静寂の場に小さな音が聞こえた。マウンテンバイクのブレーキと施錠の音はすぐに消え、スニーカーが舗装された地面をこする音が規則正しく続いていく。坂上紫苑だった。背にはリュックサックの様に背負われたヴァイオリンケースがある。 それこそが標的……と、見定めたリベリスタ達は行動に出た。 紫苑の横を通り抜けようとした茶髪の若い女がいきなり体当たりを仕掛けてきた。逆方向から別の黒髪の女性が……そして紫苑の背後からも男が襲いかかってきた。 「あなたって相当運がないみたいだね」 「……え?」 自転車から降りた紫苑の動きが止まる。 「あなたには恨みはないけど、ごめんなさいねっ」 「悪いけど、少し付き合って貰うよ」 「うわっ!」 最初の女が腕を、声を発した男女が背中を押さえつけ背負ったヴァイオリンケースを引きはがそうとする。レナーテとセイは作戦通り紫苑とアーティファクトであるヴァイオリンの分断を試みた。 「……紫苑様、レナーテ様、セイ様」 その誰もが心配で傷ついて欲しくないとシエルは思わず祈る様に胸の前で両手を組む。 「行っくおー!」 飛び出したティトが翼を広げ舞い上がる。 「最上級の結果を出すよう頑張るだけだよ」 待機していた聖が姿を現し武器を構える。いつでも攻撃を仕掛けられる姿勢だ。 「まだ無理ね」 ハルはショートボウ構えるがヴァイオリンも弓にも狙いを定めることが出来ず、攻撃を仕掛けられない。 「成功して!」 祈るように杏が叫ぶ。ここの成否がヴァイオリンの運命を大きく左右することは判っているからだ。 ●遭遇 「離せ! 下郎ども!」 紫苑はしわがれた老人の様な声で自分を取り押さえ、背からヴァイオリンケースを奪おうとする3人に一喝した。同時に枯れ木の様な身体の何処にそんな力があったのか、闇雲に暴れて自由を取り戻すと、スルリとケースのファスナーを開いてヴァイオリンを取り出す。続いて右手がケースから弓を取り出した。 「このヴァイオリンでの演奏はあなたにも害が……と、言っても聞いてはくれないでしょうねっ」 すり抜けた手の先に露わになったヴァイオリンがある。風香の手にした小太刀の動きが幻影を作り出し、紫苑の手の先にある弓を狙って鋭い攻撃を放つ。 「あっ」 攻撃は紫苑の手と弓の棹に命中する。 「この瞬間! 待っていたわよ」 構えていたハルの攻撃は狙い澄ましたかのように少しのブレもなく損傷したばかりの弓へと向かう。ピシっと木がはぜるような音がして棹に亀裂が走った。 「貴様等ぁ!」 折れそうな弓をあてがい紫苑が座り込んだままの姿勢でヴァイオリンを奏でる。それは不協和音ばかりで構成された不愉快極まりない雑音であった。何かをかきむしるような高音がリベリスタ達の心を……ひいては力を削いでゆく。更にハルと聖、そして風香の運気が少しだけ低下してしまう。 「あたしは歌姫! だから死を与える楽器なんか許せない!」 空中に浮かぶティトの詠唱が優しいそよ風を喚び、ハルの傷がスッと癒されていく。 「アタシ達はアナタを保護したいだけ! 敵じゃない!」 杏もやむを得ず紫苑の右手から弓を狙って攻撃を放つが、さして強い威力があるものではない。それよりは紫苑とヴァイオリンとの分断を狙っている。だが、同じ効果を狙う聖の攻撃には一切の加減はない。 「それは本当。でも手加減はしない……最上級の結果を出すよう頑張るだけだよ」 「何ぃ!」 回避も防御も許さない程の強烈な魔弾が棹を砕き木っ端に変える。 「癒しの風を……」 ごく僅かな逡巡の後、シエルは優しい癒しのそよ風を喚び風香の傷を回復させる。本当は砕けた木っ端や攻撃で傷つく紫苑を助けてやりたかった。けれど、ヴァイオリンの弓を破壊出来たとはいえ回収出来たわけではない。まだもう少し……と、怪我する者を見ていられない自分の心を戒める。 「そういう演奏はいただけないね。とにかくこれは無効にさせて貰うよ」 セイの身体から神々しくも暖かい光が放たれ、その光がリベリスタ達にのしかかる運気の低迷を一気に払拭していく。 「面倒くさい存在ね」 レナーテの身体はオーラの光に包まれて神々しいばかりに光が輝く。 「このヴァイオリンは危険なの。回収させてもらうわよ」 「わあっ」 風香の攻撃に今度こそ紫苑の左手からヴァイオリンが離れる。 「チャーンス!」 更にハルの攻撃がヴァイオリンの端を捉え、後方へとはじき飛ばし、紫苑との距離を稼ぐ。そこへティトのなんともほのぼのとしたモモンガの歌が黄昏の公園に響いた。 「くらぇ、最大ボリュームのモモンガの歌っ!」 それが直接的な攻撃とはならないことは歌うティト自身もよく判っていたが、リベリスタ達の攻撃力はヴァイオリンを大きく凌駕している。ならばすることはただひとつ、歌姫としての行動だ。 「あああっ!」 投げ出されたヴァイオリンを空中で胸に抱きかかえた杏の唇から悲鳴が漏れる。視界の端にクタリと倒れる紫苑の姿が映るが、それどころではない。 ――我に従え―― 心の奥底に、頭の内部に声が響く。背筋がゾッとする様な異様な響きが身体に広がっていく。 「苦しいの? 苦しんでいるのね? アタシ達ならアナタの力になれるわ。だから心を開いて!」 声が届いているのかどうかもわからない中、杏は必死に訴えかける。 「杏!」 念のために完全に弓を破壊した聖が駆け寄る。杏はヴァイオリンを抱いたまま地面にうずくまったままだ。 「大丈夫ですか? ……今、治療しますね」 シエルが倒れた紫苑へと向かう。気絶している様で意識はない。 「起こした方がいいかな?」 セイも近づきシエルの傍らで紫苑を抱き起こした。隠してあった風呂敷包みを解いたシエルは救急箱を取り出しあれこれと道具を選びつつ、口もとは低く詠唱をつぶやいていた。その力ある言葉が清浄なる癒しの風を紫苑へと向かって吹き渡ってゆく。 「雲野くん……」 その間もセイは杏に目を向けている。 「凄いと思うね、ホント」 見守るレナーテは感心したようにつぶやいた。これほどの情熱を音楽に傾けられるということ……ソレ事態が凄い事だとレナーテは思う。自分にはとても出来ない。絶対に途中で面倒になる自信がある。 「でも嫌いじゃないけどね」 レナーテは苦しそうに歪む杏の表情に邪気を払う神々しい光を放つ。 「杏ちゃん!」 「待って、風香君」 風香は目を開けた杏を助けようとしたが、背後からセイに留められる。 「杏さん? 返事、出来る?」 包囲するようにゆっくりと移動しながらレナーテは静かな声で言った。 「まだよ。まだ気を抜かないで」 ハルも表情を引き締めたまま武器の構えを崩さない。杏がヴァイオリンの次なる奏者となっている可能性だって残っている。 「ももんが、ももんが、もっもんがー、わかってるおー」 やや後退しつつティトは歌で妹に返事をする。本当に杏は紫苑の次なる奏者にされてしまったのか……それとも。 「……大丈夫。アタシ達の事、わかってくれたみたい、多分」 消耗しきった様な疲れた顔で杏は言い、風香にもたれかかった。 公園で人事不省となって発見された坂上紫苑は携帯電話からの通報により出動した救急車で救命センター完備の病院に搬送され、1週間IUCにて加療後順調に回復していった。だが、若干の記憶の欠落が見受けられ更に加療通院が必要だろうとされている。見舞い品の中には真新しいヴァイオリンと弓、そして『貴方様の心の中にまた美しい調べが生まれますように』というメッセージが添えられていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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