●慈悲深き神は嘆きの涙を流す 「なんということでしょう……。なんと……悲しい世界なのでしょう……」 異界からやって来たアザーバイトは、その地質学的な意味で黒曜石の如く美しい頬を青銅の涙で濡らす。 これ程までに悲しい世界があったなんて。 いや、それ以上に、こんな悲しい世界を自分が知らずに過ごしていたことこそ、赦すわけには行かない。 「救いましょう、この世界を……」 幸いなことに、この場は美しさを求める者達が集まる場所のようだ。であれば、程無くして効果は現れようというもの。アザーバイトが決めると、大木の幹のように節くれだった美しい御手から、神々しいまでにどす黒いオーラが零れ出す。零れたオーラはアザーバイトの目の前にあった温泉に吸い込まれていく。 その様子を見て、アザーバイトは、にっこりと慈愛に満ちた笑顔で、修羅のように微笑んだ。 ●アークご一行様の温泉旅行 「みんな、集まってくれたわね? それでは、説明を始めるわ」 正月早々ブリーフィングルームに集められ、やさぐれた表情のリベリスタ達を前に、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は説明を始める。 「みんなには、こちらの温泉に向かってもらうわ」 イヴの操作に従って、スクリーンに温泉宿が表示される。それ程有名な所では無いが、それなりに設備の整った温泉宿だ。たしか、主な効能は美容関連を謳い文句にしていたはず。今までやさぐれていたリベリスタ達も、期待の表情を向ける。 「ここに現れたアザーバイトと戦って欲しいの」 イヴの言葉を受け、やるせなさを手近な何かにぶつけるリベリスタ達。なかには、血涙を流しながら「そんなこと分っていたぜ、ふふん」といった顔の者もいる。 「現れたのは『アフロディーテ』と名乗る、アザーバイト。本来のチャンネルでは、美の神として崇められているらしいわ」 スクリーンに現れたのは、黒曜石の肌に覆われた3m程の巨人。顔には修羅のような壮絶な表情を浮かべている。仁王像の横に置くと収まりが良いかも知れない。画面を指差し言葉を失うリベリスタ達に、イヴは言葉を続ける。 「こうした荒々しさこそが、この世界においては『美しい』と判断されているようなの。文化の相違って奴ね。でも、問題なのは『アフロディーテ』が、私達の世界にもその『美しさ』をもたらそうとしていること」 決して悪意があるわけではない。しかし、迷惑な話だ。 「そこで、『アフロディーテ』はこの温泉宿の温泉に、神の奇跡を行使した。この温泉に浸かると、『アフロディーテ』のような姿になってしまう。しかも、これが異界の存在である以上、放っておけばエリューション化も促してしまうの」 たしかに放置しておくには、危険な事態だ。そろそろ諦めのついたリベリスタ達は、戦いの覚悟を決める。その表情を見て、イヴも頷く。 「『アフロディーテ』は止めろと言っても、止める性格じゃない。本人は悪事の自覚が無いし。ただ、温泉を元に戻せるのは、『アフロディーテ』だけ。だから、正々堂々と真正面から戦いに行って」 『アフロディーテ』は力比べを好む。それに負けた結果であれば、ある程度の要求は飲んでくれるだろう。そこで退去をお願いすれば、ことは丸く収まる。もちろん、何で退去して欲しいのか、納得出来る理由も必要だろうが。 「戦いに持ち込んだのなら、直接戦闘力はフェイズ2のエリューションと同等ね。十分に勝てる相手よ」 近接戦闘で十分に高い実力を持っている上に、美の神にふさわしく魅了の力を持っている。やや理不尽を感じないでは無いが。また、切り札として聖なる意志で敵を焼き尽くすスキルも扱うらしい。神を名乗ってはいるが、そこまで強大な存在では無いのは救いか。 「他にも、部下として美の天使を召喚出来るの。外見は翼の生えた蜥蜴のようなグロテスクな生き物よ。ガーゴイル、って言い方も出来るかな」 こちらはそれ程強いわけでは無く、近接戦闘のみを行うらしい。普通なら相対する敵の半数を召喚するだろうが、相手の交渉態度如何によって増減するだろう。 「温泉宿の方には話を通しておくので、気兼ね無しに戦えるわ。おそらく、宿の中庭で戦うことになると思うけど、特に障害になるようなものは無いから」 説明は以上だ、と終わらせるイヴ。いくつか確認したリベリスタ達は、部屋を出ようとする。 「そうそう、ちょっと待って」 イヴの声に足を止めるリベリスタ。 「戦いを終えて、『アフロディーテ』に温泉を戻してもらったら、温泉でのんびりしてきてもいいんじゃないかな」 リベリスタ達は一斉にガッツポーズを取った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月23日(月)00:18 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
■サポート参加者 2人■ | |||||
|
|
● ごぽごぽっと怪しい音が聞こえてくる。 元は真っ当な露天風呂だったろうに、不気味に緑の光を発する温泉からは、気泡が立ち上り魔女の鍋を連想させる。実の所、放っておいても誰も入らなかったんじゃないのか、という疑念がリベリスタの胸に浮かんだ。 (畜生、美の神って響きに騙された……!) 『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は、心の中で絶望の声を上げる。いつものうさぎのぬいぐるみを持った少女に、怒りの念もこみ上げてくるというもの。それも仕方ないだろう。「美の女神がいる」と聞いて行ってみれば、目の前にいるのは凶悪な敵性アザーバイトとしか思えない怪物。さらに、魔界のような光景である。これで怒らなかったら、よほどのお人よしだ。 (正直な感想は……言わない方が良さそうだな) 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は、温泉の様子を一瞥すると心の中で呟く。普段のユーヌであれば、語彙の限りを尽くして罵倒していただろう。だが、相手は曲がりなりにもそれなりの格を持った存在。不要な喧嘩を売ることもあるまい。 (竜一もいることだし、さっさと片付けて湯を楽しむとするか) ユーヌは横にいる『合縁奇縁』結城・竜一(BNE000210)の顔を見て、100以上の浮かんだ皮肉を、そっと心の棚に仕舞い込んだ。 (ゴツゴツってのはなるべく勘弁かなぁ……。抱きつき心地が柔らかい方がいいやん? それと、温泉に入る時は他の野郎共の目からユーヌたんを守らないとなぁ……) 当の竜一の心は既に温泉の中に飛んでいるようだが。 2人の葛藤を他所に、リベリスタと異界の女神『アフロディーテ』の対話は始まった。 「初めまして、俺の名は新城拓真。貴女に話があって此処に来た」 『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)は、『アフロディーテ』に対して話しかける。彼の心の中には異界の女神に対する敬意はあっても、必要以上の恐れは無い。堂々とした態度に、女神も感心したような声と思われるものを向ける。肉食獣の唸り声、とも言う。 「この世界の者達でしょうか? 何用でしょう?」 「異世界の美の神よ、貴女に頼みがある。この場を退去して欲しい」 真っ向からの強い意志を秘めた瞳に、『アフロディーテ』は興味を示す。すると、拓真の横にいた『星の銀輪』風宮・悠月(BNE001450)も進み出る。 「女神よ、異なる世界には異なる世界を統べる理が御座います。この世界の理は、御身の存在も、その力強き祝福をも受け止め続ける事は出来ず崩れてしまうのです」 悠月は礼儀正しく、理を持って会話を始めた。感性の異なる異界の存在であろうとも、礼を持って接すれば理解は可能であると信じて。 「貴女がこの世界を想ってくれた、その気持ちは嬉しいんだけどさ。それでも、これだけは譲れないんだ」 ようやく回復したエルヴィンも、真摯な態度で頭を下げる。相手の気持ちは分かるが、それ以上に守りたいものが、彼にはある。 「なるほど……。ですが、私の役目として、ただ去るというのも、難しいことではありますね」 「神意は神意。ただ退け給えとは申せませぬな。その御心、感謝いたしますぞ」 風音・桜(BNE003419)もその言葉には納得する。まだ、交渉というには互いの前提がかけ離れ過ぎている。単純な彼にしてみれば、協力的な態度を取ってもらえただけで十分感謝に値するわけなのだが。 ● 考え込む『アフロディーテ』。外見に似合わず心根は優しいのだろう。怒りのオーラを蓄えているとしか思えない姿だが、ちゃんと悩んでくれているのだ、多分。 その時だった。『てるてる坊主』焦燥院・フツ(BNE001054)がずずいと前に進み出る。その手に握られているのは小ぶりな仁王像。金剛力士とも呼ばれ、寺院を守る守護神として知られるものだ。魔を払う役割を課せられているが故に、猛々しい姿をしている。 「これを見てくれ! この作り。素晴らしいと思わねえか。この世界の人たちは、既にお前さんのような存在を、『美の象徴』として崇めている!」 実際にこの世界にあっても、「強さ」の表現を「美」とする価値観はある。そこで、フツは互いの距離を縮めるためにそれを見せたのだ。 「オレの体も見てくれ! そこの新城や結城、エルヴィン、風音の肉体も相当なもんだぜ! 全員、戦いを通じて鍛えあげられている!」 その言葉と共に仁王像と同じポーズを取るフツ。タイミングを合わせて、身体を輝かせる。 なんか方向性がおかしくなってきたが、女神は「おお」と感嘆の声を上げる。 「ほら、お前達も一緒に」 フツが周りの男達を促すと、流れに乗せられて、彼らも戸惑いながらポーズを取る。「素晴らしい」、と女神は声を漏らす。 「だから、今すぐ手を下さず、もう少し見守っていてくれ。オレ達が全員、お前さんの美しさに辿り着くその時まで」 力強く語るフツ。悠月は突然の流れに戸惑いを隠せず、ユーヌはそろそろ我慢の限界という表情をしている。そんな中、この不思議空間を打ち砕いたのは、意外にもあがり症の『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)だった。 「美を求める人達がここを訪れるように、別の場所でも、皆美しくなる為の努力を重ねています」 かつて人の幸せなど自分に手に入らないと思っていた少女が、大きな声を上げる。あがり症の彼女にしてみれば、まずあり得ない。だが、女神の持つ、まっすぐに自分を信じられる強さは彼女にとっては眩しいものだ。だから、精一杯歩み寄りたいと、勇気を振り絞る。 「神の力に縋って結果のみを手に入れる事は、彼らの努力に対する侮辱、です。どうか、皆の精進を、見守って、下さい……」 フィネが話を終える時には、すっかり声は萎んでしまった。勇気は出尽くした。だが、女神はそんな彼女の手を取って、「美しい」と感極まった様子で呟く。 「なるほど、アフロディーテ殿が「美の女神」でありながら、「力比べ」を好む理由、拙者ははっきりとわかり申した」 牛頭天王のポーズを取りながら、桜はうんうんと頷く。 「健全な肉体に健全な心が宿り、そこで初めて美しい容姿が輝くものでござるな」 言っていることは悪くないのだが、色々と台無しである。 「見た目の美しさも重要かもしれない。が、心の美しさも大事。美しい心とは愛! ユーヌたんぺろぺろ。この愛を、外見的な美しさで貶めるようなことはしないで欲しいんだよね」 スタイリッシュにポージングを解く竜一。やっぱり、台無しなフレーズが入っている。もっとも、女神は女神でフィネの「美しさ」に夢中で、気にしていないようだが。 「あー、コホン。まぁ、そういうことだ」 ちょっと顔を赤くしながら、拓真はわざとらしく咳払いをする。彼も既にポーズは解いた。 「勿論、ただ退去しろとは言わない。神とは人に試練を与える物だろう? 正面から正々堂々、挑ませて貰う……貴女に」 拓真の言葉に、『アフロディーテ』は立ち上がる。その瞬間、リベリスタ達は美しい女神が凛々しい戦装束に身を包んだ姿を幻視する。外見に囚われない「美しさ」を直で感じたのだ。間違いなく、彼女は美の女神なのだと心で理解する。 「それでは、あなた方の力。もう1つの方法で確かめさせていただきましょうか」 女神の声に応じて蜥蜴のような生き物が3匹現れると、彼女はそれを引き連れて飛び立つ。 「ここでは狭いでしょう。さぁ、広い戦場へ」 その様子を見て、リベリスタ達はここが露天風呂で無かったら、ムチャクチャに壊されていたんだろうな、と思った。 そして結局、ユーヌは最後まで黙り通した。 ● 『アフロディーテ』との戦いは、リベリスタ達が押す形で展開された。元々、アークの中でも精鋭と言えるクラスのメンバーが少なからぬ混じっているのだ。 『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)の蹴りが天使を砕き、多少の怪我も『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)が癒してしまう。 加えて、女神が召喚した天使の数も少なかった。これは女神がリベリスタ達を侮ったからではない。既に女神もこの世界に理解を示しているのだ。瞬く間に天使たちは倒されていった。 「さすがに、向こうも神様を名乗っているだけのことはある。よし、これで大丈夫だな」 フツがユーヌに癒しの符を貼り付け、軽く祈りを捧げると、『アフロディーテ』の拳によって受けた傷がみるみる癒えていく。それを確認すると、ユーヌはさっきまで黙っていた分を取り戻すかのように、女神へいつものような辛らつな言葉を飛ばす。 「無理矢理美しく見せるとは、自信がないのか? 自信があってそれなら、とんだ手落ちだな」 「魅了の力は持って生まれた性ですので、私には如何ともし難いのですよ。もっとも、あなたには効きが悪いように思いますが」 女神が拳を振り下ろすと、ユーヌはそれを素早くかわし、呪印を展開させる。 「当たり前だ。私を魅了して良いのは竜一だけだぞ?」 ユーヌは強力な愛の言葉と共に印を結ぶと、呪印は女神を束縛していく。すると、そこに鋭く間合いを詰めて、拓真が切り込んでくる。 「その間合い、潰させて貰うッ!」 吐いた気合と共に、2振りの剣を叩き付ける。その衝撃にはさすがの女神も動きを鈍らす。 「俺は俺の全力を出させてもらうぞ」 「そう、それでこそ。そうこなくては」 劣勢にあっても全く怯まない女神。言われて見れば、当初は怪物にしか見えなかった女神の姿も、戦いの場にあってはその名にふさわしく、輝いて見える。 (偶然の一致……なのか、はたまた。しかも、属する世界の、美の女神? 符合の数々、非常に興味深い話です。ですが、今は拓真さんと共に……力を!) 悠月が天に手を掲げると、そこには黒い魔力の大鎌が現れる。それは彼女の号令一下、女神の身体を切り裂く。 逆境にあって真価を発揮する人間というのはいる。だが、フィネは『アフロディーテ』はそうしたものとは違うと見た。あの女神は自分のありたい理想の姿にまっすぐなのだ。その在り方にこそ、フィネは美しさを感じる。 「フィネも、アフロディーテ様みたいになりたい、から。その強さを、知っておきたい」 先ほどとは打って変わってか細い声と共に、フィネは手元のカードを投げつける。そんな彼女へ、女神は微笑を浮かべる。何か知らないけど、喜んでいるのだ、と感じる。 「いざ! 尋常にご勝負お願い申し上げまする! キェェェェェェェェェッ!!」 桜の持つ巨大な刀から、暗黒のオーラが溢れ出す。それは自らを傷付け、仲間すらも襲おうとするが、敵も味方も慌ててそれを避けてしまう。傷ついたのは桜一人。一見すると、道化の振る舞いだ。 「ぜぇっ……はぁっ……おっと、今ので終わりと思われては困りますぞ。この世界の「強さ」を照覧頂かねば、拙者がここに来た意味はありませぬ。然らば、御免!」 再び桜は己の身を傷付けながら刀を振るう。そこに女神が向けるのは嘲りの表情では無い。己の弱さに屈さず抗う姿。それは間違いなく、「強い」のだから。 前のめりな戦いをするのは竜一も同様だ。本来なら、彼はもっと鮮やかに戦える男だ。だが、あえて自分を顧みない戦い方を選んだ。これで互いに理解できれば、それが最良の結末なのだ。であれば、この程度の傷など、物の数では無い。 「愛の力を見せてやる! 俺こそが愛戦士!」 ここで口を開かなければ、完璧に決まっているのに。 「おいおい、やりたいことは分かるが、無理し過ぎだろ。まったく……」 言葉は悪いが、エルヴィンの口調からは悪意は感じられない。感じられるのは、仲間への信頼と心配。そしてちょっぴり、殴り合いの輪に混ざれないことへの無念さだ。それでも、自分の仕事は護ること。前にいる連中がちゃんと戦うためにも、自分が仕事をこなさなくてはいけない。 「風宮、向こうさんもそろそろ限界が近そうだ、終わらせてやれ!」 「えぇ、分かっています」 再び悠月の手元に現れる魔力の大鎌。 悠月は女神に向けて狙いを定める。 女神は受けて立つと言わんばかりに胸を張る。 「この脆い世界にあっても、その住人は力強く在る。これがその証明です」 大鎌は女神に向けて放たれた。 ● 「この世界は、まだまだ心を鍛える余地がある。故にその美を得るにはまだ早すぎるのさ」 「絶世の美とはありふれた物ではなく唯一であるからこそ尊いのではないだろうか。少なくとも、俺はそう思う」 戦いを終え、軽く女神と話す竜一と拓真。その言葉に女神は頷く。 「中々に良い経験でした。あなた方には迷惑をかけてしまったようで申し訳ありません」 戦いが終わった後で、女神は温泉を元通りに戻すと、頭を下げる。彼女なりに思う所もあるのだろう。 「この温泉くらいがちょうど良いんだよ、この世界の俺たちにはさ」 せっかくだから一緒に温泉に入らないかと誘ったエルヴィンだったが、女神はそれを断る。長時間残って影響が出てしまっても困るだろうという判断だ。 元々現れたD・ホールに戻ろうとする女神。エルヴィンが送り出そうとすると、ふと足を止める。 「そう言えば……フィネと言いましたね。ちょっと……よろしいでしょうか?」 「はい……何でしょう?」 「寒い時はやっぱり温泉だよねえ」 疲れた身体を湯に沈める疾風。あの赤い夜の激戦からも、ちょくちょく戦いに駆り出されている。こうやってのんびり出来る機会など、そうそうあるものではない。 最初は効果が残ってはいないかと恐る恐るだったが、一度入ってしまったら抜けられない。これも温泉の魔力だ。戻ってきた従業員さんの働きもあって、純粋にのんびりと湯を楽しむことが出来る。 「仕事の後に温泉までとは……アークの福利厚生も大したものですなぁ」 温泉の中で一杯やりながら、感心した様子の桜。そのくつろぎっぷりからは、記憶を失っているという本来なら影があって然るべき背景など感じさせない。 「その内に家内や子供らも連れて来たい所ですね」 酒に付き合っているのは京一。家族がいないなりの温泉を味わっているわけだが、やはり彼にとって重要なのは家族、ということなのかも知れない。 「ま、これも温泉の魅力って奴だよな」 大変は大変だったが、この瞬間のためだったというのなら安いものだとエルヴィンは思う。混浴で男だけ集まっているというのも寂しくはあるが、馬に蹴られたくは無い。そんなことを考えて、別の湯船の方に軽く目をやる。 あいつらは今頃上手くやっているだろうか? ふひーっと怪しげな呼吸音。 竜一のものである。 年下の少女を抱きしめて息を荒げる姿は、最早犯罪者以外の何者でも無い。 もっとも、ユーヌはそれを嫌がっていないのだから、羨ましい話だ。 「別に向こうではしゃいできても良いんだぞ?」 「可愛いユーヌたんを他の野郎に見せたくないからさ、うひひっ」 所々残念なのはご愛嬌だ。竜一なりの愛情表現でもある。 「やり過ぎたら、首を絞めて落すぞ?」 辛らつなユーヌの言葉も、彼女なりの愛情表現だ。 そして、2人でいられる時間。それがもっと続けばいい、というのは共通の願いだ。 「こういう時間も良いな……」 ユーヌはぽつりと呟いた。 「なかなか無い機会ですし、よかった……良い湯です」 「以前の機会は逃してしまっていたし……こうしてゆっくり出来るのは有難いな、良い湯だ」 拓真と悠月の所は、他と比べて静かなものだ。言葉抜きでも通じ合えるものがあるのだろう。 ふと、何かを思いついたような顔の拓真。 そっと、悠月の指と自分の指を絡める。 「温泉も良いが、こうしてると……もっと暖かくなるな」 顔を赤らめる悠月。だが、決してその手を放そうとはしない。 それから、また何かを思いついて、だけどしばらく拓真は逡巡する。 その間が持たなくなった頃、拓真は意を決する。女神に切りかかった思い切りの良さはどこへやら、だ。 「次は、何時か、二人だけで来ようか……悠月」 悠月が答えるのは速かった。言われなくても分かっていますよ、とばかりに。 「ええ、そうですね。何時か……必ず」 その日、最高の笑顔で悠月は答えた。 「さて……土産も色々あるが、何にしたもんかな。おや、ファインベルもこっちか」 土産物コーナーで友人への土産を探していたフツは、土産物に目移りしているフィネを見かけて声を掛ける。内気な少女は顔を赤くしてこくこく頷く。やはり、まだこういう場所での買い物に慣れていないのだ。それを察したフツは助け舟を出す。 「なんなら、オレも手伝おうか。どっちみち、土産物探してた所なんだ」 その言葉に頭を下げるフィネ。 ややあって、2人は温泉饅頭を買うことにした。定番だし、フィネが糖分補給に良いかも、と言ったからだ。 「そう言えば、さっき女神と話していたようだけど何だったんだ?」 「はい、こちらをいただきました」 フィネが見せるのは1枚の羽。白鳥のものの様に見える。『アフロディーテ』からフィネへの贈り物だ。彼女の姿が異界の女神に何かを思わせたのだろう。 「そいつは良かったな」 フツが笑顔を向けると、フィネもつられて笑う。 そんな時、温泉から上がってきた竜一が2人を呼ぶ。 まだまだ休暇を楽しむ時間は残っている。2人は温泉饅頭を持って、仲間の元へと向かっていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|