● 気がつけば、そこにいた。覚えているのは黒い穴の姿。 まるで掴んで引きずり込まれるかのように、その穴に落ちた事だけを彼女は覚えていた。 「……ェクア……ダコゥ?」 周囲を見回す。 透明ではない茶色や緑色の柱、すなわち木々が立ち連なる光景は彼女の瞳には奇妙に映った。何故なら、彼女はそれを今まで見た事が無かったから。 上を見上げても広がるのは今まで見た事がある青よりもどこかどんよりとした青。穴の姿は何処にもない。 今まで自分が居た場所と明らかに異なる場所に自分がいる事を、キュリーは理解せざるをえなかった。 だがそれよりも危険なのは、あまりにもここが暑い事。このままでは死んでしまう。こんな所で死ぬのは嫌だ。 ここがどこかは分からない。帰る道もわからない。ならばまず取るべき行動は……。 そっと彼女は手をかざす。己の精を込めて 大地から柱が生まれる。それはキュリーにとって見慣れた涼しき透明の柱。 冷やさなきゃ、戻さなきゃ。こんなおかしな場所で生きてなんていけるわけがない。 生きられる環境を……まずは作らなきゃ。 ● 「放置すれば、大勢の人が犠牲になる。手伝って」 淡々とリベリスタへと告げる『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)、その後ろのモニタに映し出されているのは、言うなれば巨人であった。 身の丈は5メートルほどはあるだろうか。一糸まとわぬ女性のような形の巨人の体の表面は、人間の肉と氷の塊がまざりあったモザイクのような構成をしている。 「存在としては、E・エレメントに近いんだと思う。氷の精とも言うべきアザーバイドが熊本県郊外の小さな山の中に出現した。固体名称はキュリー。暑さにめっぽう弱くて、放置すれば常温でも死んじゃうみたい」 その周囲に立つのは巨大な氷の柱達。それは周囲に凄まじい冷気を撒き散らしている。 「キュリーは周囲に冷気を放出する氷柱を作る能力を持っている。氷柱を作ることでキュリーは自分の周囲を超低温に保って自分の身を守ってるのだけれど……この温度は彼女にちょうどよくても、周辺住民には耐えられない」 冷気が市街地まで到達すれば、出来あがるのは凍死体の山。その事態を避けるためには氷柱を破壊する必要がある。 しかし、氷柱を破壊すれば、キュリーは確実に死に至る。 「既にキュリーの出現したディメンジョンホールは閉じてしまっているみたい。彼女を元の世界に返す方法は無いよ」 もし、彼女を収められくらいの大きな冷凍室が用意できれば丸く収まったかもしれないが、冷気が市街地に達するまでに、あるいは氷柱を破壊してから彼女が死に至るまでにそれを用意するのは不可能である。 無数の市民とアザーバイドの命。どちらが大事かと問われれば、アークは前者を選び、アザーバイド自身は後者を選ぶであろう。衝突は避けられない。 「だから、心を鬼にしてキュリーと、氷柱を破壊してほしい。迷いがあって勝てる敵じゃないから」 そう言うと、イヴはモニタの視点を上空からの物に切り替える。 特に障害物もない山の上、中央に立つキュリーの周囲には四本の氷の柱がそれぞれ東西南北にそびえたっているのが見て取れた。 「ターゲットとなるのは、キュリーの他に氷の柱が四本。範囲攻撃じゃキュリーと柱一本が限界だけど、全体攻撃ならギリギリ全部の柱に攻撃できるくらいの範囲内に立ってるよ」 キュリーとそれぞれの柱の間の距離は10m弱と言ったところであろうか。柱同士の間隔は15m程度になるであろう。 「中央のキュリーは基本的に動かない。でも木偶の棒じゃない。その能力は圧倒的だよ。体力も高いし、割と素早いし、バッドステータスへの耐性もある。凄い吹雪を巻き起こして、視界内の人間を纏めて氷漬けにしたり、石化させたり出来る。おまけにこの攻撃はかばえないし、かするだけで動けなくなる」 その異常と言ってもいい能力に、リベリスタ達は息を呑む。そんな存在に勝てるのか、と。だが、話はそれだけでは終わらない。 「おまけに、この戦場は氷柱とキュリーの放つ冷気のせいでリベリスタでも耐えられないくらいにすっごく寒い。そのせいで意志の力がどんどん削れちゃうみたい。長く戦場に居るほどに、氷漬けとか石化から復帰するのは難しくなって……最後には戻れなくなっちゃう」 寝たら死ぬぞ、なんて冬山のドラマであるよね。そんな感じで二度と動けなくなるの、と告げるイヴ。 さらにキュリーは己の体力が残り少なくなった時に、意思力が低下した人間が多くいるならば、眠気を誘うような冷気を周囲に振りまくのだという。意思の力が残っていなければそれを耐えきる事は難しいだろう。 今までの言葉の内容を総合すれば、敵を打ち倒す事はまず不可能、絶望的だ。 しかし、リベリスタ達は気付いている。彼女の瞳に諦めなどは一切浮かんではいない事に。彼らは、イヴの続きの言葉を待つ。即ち、この強敵に対抗するための突破口を。 「でも、キュリーの能力は柱が周囲を冷やしてくれてるからこそのもの。柱を壊せば壊すほど、放たれる冷気の量も、キュリーの能力も減っていくから、有る程度有利に立ちまわれるはず」 東の柱を破壊すれば『石化を伴う冷気を使えない』ようにすることが出来、西の柱を破壊すれば『キュリーは暑さに耐えきれずに常にダメージを受ける』ようになり、南の柱を破壊すれば、『キュリーの冷気から仲間を庇える』ようになる他、北の柱を壊せば『キュリー自身の放つ意思力を奪う冷気を抑えられる』と、イヴは告げる。 「それと、この柱はただの氷というより、生き物の一種に近いみたい。毒や出血も効くし、麻痺とかをさせると放つ冷気を抑えられるよ」 氷柱を倒せば敵は弱体化する。とはいえ立ちまわりを一歩誤れば、氷柱を一本破壊する事も出来ぬままに仲間全員が凍りついてそのまま敗北する事すらあり得るだろう。 戦術はキチンと考える必要があるとイブは告げる。 「一点、覚えておいてほしい事があるの。キュリーにはある程度知恵はある。でも、その思考は短絡的な上にリベリスタにとっての常識的な知識や戦術は持っていないの……だから有る程度はその動きを予測する事が出来るみたい」 キュリーは自分の攻撃を効率的に使うように心がける。そのため、彼女は『一番多くの動ける人間がいる所に向けて攻撃を放ってくる』とイヴは告げる。 攻撃の基準はほぼそれだけ。ゆえに仲間の連携を上手くとれば自分達の望む場所へ攻撃を誘導する事が出来るであろう。 「それと、最初に言った通りキュリーには氷の柱を生み出す能力がある。動ける人が射程圏内に二人以上いる限り彼女はその能力を使わないけれど……使われれば、成功は絶望的になるよ」 突破口は存在する。しかしキュリーの持つ圧倒的な能力がそれを阻む事は想像に難くない。 それでも、リベリスタ達は倒さねばならぬのだ。例え、敵に罪が無くとも。何も知らぬ人々を守るために。 「とても厄介な事件だと思う。でも、負けないで」 イヴの言葉に、その場に集った8人はしっかりと頷きを返すのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:商館獣 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月25日(水)23:36 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 吹雪く山道を、8人のリベリスタが行く。 一月も半ばとはいえ、そこは異常な寒さに満ちていた。 着こんでカイロも持っていたにも関わらず、その冷気に『駆け出し冒険者』桜小路・静(BNE000915)は体を震わせる。 雪と言えば犬は走り回るものと相場が決まっているものだが、犬の因子を持つ二人、『臆病ワンコ』金原・文(BNE000833)も静も、そんな気分にはまるでなれなかった。 (ゴメンね、ゴメンね……) 心の中で繰り返す文。二人の心を占めるのは、雪への戯れの気持ちではなく、これより彼女達が手にかける存在への思い。 冬山の木々の隙間から覗くのは氷と人の混ざり合ったような巨躯と氷の柱達。 彼女こそが、キュリー。 異界よりこの地に現れたアザーバイドであり、討伐せねばならぬ相手であった。 「運が無かった、と言うしかないのでしょうね」 ポツリと漏らすのは『星の銀輪』風宮悠月(BNE001450)、この世の神秘に触れ続けていた彼女はよく知っている。運命というものがいかに理不尽であるかを。 望まぬ世界に放りだされ、帰路を失った異形を見、女は目を細める。 「ま、運が無い相手なんならわっしに負ける目は無いぜよ」 そう微笑むのは『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)である。顔を覆う自前の毛皮も寒さの前にはさほど意味が無いのだろうか、体中を震えさせながら、博打を愛する男は鼻息を荒くする。 「だいたい、寒いんは貧困者の敵ぜよ、即ちわっしの敵! さっさとしばき倒……すぜぜよよよよよ」 その時、木々が途切れる。辿り着いた場所は山頂の大きな広場。 今まで以上の強烈な冷気に、薄着な仁太の顎はガクガクと震える。『おじさま好きな少女』アリステア・ショーゼット(BNE000313)も思わず叫ぶ。 「さむいーっ!」 「夏場であればありがたい、とも言えない寒さですねさすがに。これが市街地に着いたら……」 その気温は、リベリスタでなければ耐えられまい。最悪の事態を想定し、『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)は表情を曇らせる。 「レア、ド?」 近づいてきた者達に気付いたキュリーは彼らの方へとその透明な瞳を向ける。 その瞳に込められたその想いは読み取れない。だが、それでも『自称・雷音の夫』鬼蔭虎鐵(BNE000034)にはわかる。その瞳に込められていない感情がある事に。 「悪意はないアザーバイドでござるか」 わずかな逡巡。それでも、仕方のない事なのだ。 ボトムチャンネルに落ちてきた彼女の存在は、崩界の引き金となる。 超低温でしか生きられない彼女の冷気は多くの人々を犠牲にする。 だから、その場に集ったリベリスタ達は選びとる。罪なき異形を手にかけるという選択を。 キュリーを取り囲むようにリベリスタ達は散開する。『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)は力強く叫ぶ。 「罪は背負い、罰はいずれ受けよう」 言葉の通じぬ相手に意図は伝わるまい。 それでも、『正義』の位を示すアクセスファンタズムを手に、男は言葉を紡ぐ。 アザーバイドであろうとも共に暮らせるならばそれが理想であろう。だが、それは叶わぬ現実。 運命は気まぐれで意地悪で、常に正義の『理想』と『現実』の天秤は傾き、釣りあわない。それどころか、その小さな皿からはボロボロと色んな物がこぼれおちてしまう。 ならば、彼がなすべき事は一つ。 「勝たせてもらう。行くぞ!」 天秤の中に望む未来を残すために、要らぬものを切り捨てるほか、無い。 己の正義の為に、彼は二振りの刃を握りしめ、『敵』へと殺意を放つ。 彼の叫びにあわせ、全員が己の武器を構える。 「デン、ナァト!」 キュリーは理解する。彼らが何のために自分の傍らに近付いてきたかという事に。 そして己の冷気を解放する。圧倒的な素早さで放たれたそれは拓真達のいる西側の人々の体を一瞬にして石のように硬直させる。しかし。 「ごめんね、ここにあなたの居場所はないの」 謝罪と共にアリステアの放った光が仲間の体を浄化していく。 「ごめんね、この世界を守るために君を倒す」 静もまた謝罪の言葉を零す。 救い無き運命は既に定められてしまった。生のためには、相手を排除するほかない。 覚悟を決めた静の槌が北の柱へと突き刺さる。 轟音が、響き渡った。 ● 放たれる冷気はまるで白く巨大な腕のよう。 背に生えた黒き羽を使い回避を試みるヴィンセント。彼はその一撃の威力を極限まで減らす事に成功する。だが……。 「くぅっ……」 ほんのわずかにかすっただけで、巨大な掌で握りしめられたかのようにその体を動かす事が叶わなくなる。 相手は異界の住人なのだ、と彼は身をもって思い知り、ヴィンセントは歯噛みする。 だが、その冷気で全てが止まるわけではない。囮に立候補した三人は、全員十分な回避能力を誇る精鋭なのだから。 「ごめんなさいっ、ここで止まるわけにはいかないからっ!」 自らの影と力を合わせ、文は無我夢中で氷の柱を垂直に駆けあがる。大地を白に染める吹雪をその動きでかわすと、彼女はその手にしたブレードを目の前の氷柱に向けて振り下ろ……。 「あわわわっ、た、高いっ!?」 振り下ろそうとして、バランスを崩しかける。それでも、彼女は心の中で燃える臆病さよりも大きな使命感を振り絞り、その刃を横薙ぎに振う。 氷の柱に刻まれるのは猛々しき毒。 ただの氷の柱ならば無意味なはずのそれは、確かにその柱へと染みわたっていく。 リベリスタ達の作戦、その狙いはキュリーの急所となる氷の柱をまず打ち倒す事にあった。文が攻撃した囮班の前にある西の柱、そして。 「砕けてもらうでござるよ」 雷を纏い、振り下ろされるは黒き大太刀。虎鐵の放った一撃は巨大な氷の柱を大きく軋ませる。さらに追い打ちをかけるように静の槌が唸りを上げる。 もう一つの狙い、それは意志の力を奪い取る北の柱。 リベリスタ達は、最も攻撃に優れたこの二人を配置し、北の柱を砕く事を作戦の最優先事項に置いていたのだ。 北の柱へと攻撃を放つのは彼らだけではない。 降り注ぐのは弾幕の嵐。キュリーや全ての柱を撃ち抜くそれはたった一つの拳銃から放たれたもの。 「一回一回弾込めて撃つなんてやってられんぜよ」 死してなお因縁途切れぬ旧敵から奪い取った武具を手に、仁太はニヤリと笑みを浮かべる。世の中全て博打事、己の美学に乗っ取るかのように強烈なその必殺の弾幕を、彼は二連続で撃ち放ってゆく。 「さぁ、わっしの力で柱なんぞあっちゅうまに……ひゃぁぁっ!?」 「クォ……ルダ」 だが、二度動く事が出来るのは彼だけではない。八人のリベリスタよりもはるかに速いキュリーはその速さを活かし、氷の吐息を二連続で放つ。 それは拓真に文、さらに南に立っていた仁太と悠月の体を一瞬にして凍てつかせる。 「この寒さの中じゃないと、キュリーさんは生きていけないんだよね。でも」 だが、彼らの体にまとわりつく氷は一瞬にして溶けていく。その暖かな光を放つのは、まだ幼いアリステア。 ヴィンセントは彼女の言葉に繋いでゆく。 「でも、この世界はあなたの世界ではないのです。あなたがいるだけで、周りが、世界が死んでしまう」 一見すれば拳銃に見えるほどに切り詰めた銃口から放たれたのは光より速き散弾。それはアザーバイドの体と、北側の柱へと突きささる。 着実に北の氷柱に入っていくひび。 敵も味方も、その消耗は激しい。 「大丈夫ですか、拓真さん」 「俺はいい、攻撃を!」 悠月は拓真の声の中に普段は見せぬ疲労を感じ取っていた。 それでも、今は氷柱を折ることが先決。ゆえに彼女は掌より雷を放つ。彼の放った真空の刃と合わせて。 「もう折れそうだ。一気に行こうぜ虎鐡さん!」 「うむ、任せるでござる!」 強烈な攻撃の数々に晒され、ひびが無数に入った北の柱へと静は全力の一撃を振り下ろす。 「えっ?」 だが、仲間からの一撃はなく、氷柱は未だ倒れない。 見れば、彼と共に一撃を放つはずであった大男は苦しげな表情で立ちつくしていた。 「ぐっ……うっ」 呻く虎鐡。その脳裏に浮かぶのは禍々しき紅に染まった愛しき娘の姿。 その場で意味もなく暴れ出しそうになる衝動を彼は必死にこらえる。 (そうではない、拙者の役目は……っ!) 彼の役目はその攻撃力を活かした攻撃手。意志の力を奪う北の柱の早期破壊は何よりも優先する必要があり、攻撃はほとんどが仲間が受け止めてくれる手はずになっていた。 耐久力を底上げしてくれるものの、正気を乱すその異界の因子の存在は今は足枷にしかなっていない。思わず、唇を噛みしめる。 「うぉーっと!?」 不運は連鎖するかのように起きる。足を滑らせた仁太の放った弾丸は何もない空へと飛んでいく。 その間にも、氷の柱は冷気を放ち、リベリスタ達の意思を弱めていく。 「くっ、もう一度いくでござる!」 再び振われた黒き刃によって、北の氷の柱はついに砕け散る。 ● 「一人ぼっちは寂しいけれど……私、頑張るよ! だから皆も頑張って!」 放たれる光は何度目であろうか。アリステアはその全霊を持って仲間の体に生まれる異常を解除していく。 だが、その光は全ての異常を確実に取り除けるわけではない。仲間が倒れぬように体力回復の歌も織り交ぜて行えば、動きを取れぬままになるものが何人も生まれてしまう。 キュリーの攻撃は徐々に分散し……囮役の者たち以外へも猛威を振るいはじめていた。 今まで囮であった文とヴィンセントは、囮役を離れた直後に膝をつきかねないほどに追い込まれる事になる。 「くっそ……まだ倒れるかよ!」 だが、それよりも消耗が激しいのは、唯一囮を連続でつとめる拓真。その体はほとんど限界に近い。 それでも彼は防御に徹し、敵の攻撃を捌ききろうとする。 「……信じているから」 癒しの力を彼へと放ちたい衝動を抑え、敵を早く倒すために悠月は攻撃の魔術を展開する。 手にした術書を紐解けば、拓真の眼前に立つ西の柱の真上に、大きな三日月が現れる。 否、それは三日月ではない。満ち欠けする事無きその銀輪の如き巨大な鎌はとガキリという音と共に氷柱へと食いこんでいく。 その傷口から吹き出るのは、ドロドロとした無色透明の血潮。 「うぇぇっ、気持ち悪っ」 それを間近で直視した静は、思わず身を震わせる。 「ただの水が噴き出てるだけと思うでござるよ」 「う、うん」 タイミングをあわせ、その攻撃を撃ちこんでいく静と虎鐡。西側に立つのは二人に拓真を加えた三人であった。 その時、再び西側の一帯に強烈な冷気が襲い掛かる。 ついに崩れ落ちる拓真、だがそれでも彼は運命の力を使い、必死にその意識を繋ぎとめる。倒れる者はまだ誰一人としていない。 「己の限界など知った事か……」 「この程度で倒れるかよっ!」 己の体力を削る戦法を極力排した静と、異界の因子で己を強化した虎鐡。氷の柱からの冷気で意識は若干朦朧としているものの、彼らはまだ十二分に体力を残していた。 攻撃手から囮へとシフトしたことで、二人は吹雪の猛攻に幾度となくさらされ、攻撃の手は若干鈍りつつある。 それでも彼らが耐えている間に、仲間が西の柱へと攻撃を放つ。悠月が、仁太が、そして。 「これで……終わり!」 ヴィンセントの放った光弾が、ついに西の氷柱を射抜く。 グズリ、奇妙な音を立てて崩れ落ちる氷の柱。 「ィツア!?」 それに、キュリーは悲鳴に近い声を上げる。 何故なら、西の柱こそが彼女の体が溶ける事を防ぐための冷却の機能を担っていたのだから。 「さぁ、ここからはノンストップ、一気に勝ちにいくぜよっ!」 キュリーの体を構成する氷から滴が滴り落ち始めるのを見て、仁太は笑みを口元に浮かべる。 そしてそのまま拓真と入れ替わるように、西側へと移動する。彼に代わる新たな囮となるために。 「詰めに入りましょう、拓真さん」 傍らへと走り込んできた青年へと癒しの息を吹きかけ、女は笑う。それに、傷だらけの男は頷きを返すのであった。 ● 「ウガァァッ!!」 叫ぶ、猛る。黒き刃が唸りを上げる。 体が崩れ始めたキュリー、その巨大な体へと、虎鐡は容赦なくオーラを纏った刃を振り下ろす。 きっかけは、キュリーの放った強烈な冷気。避けようのないその強烈な一撃を受けた虎鐡と仁太はその運命の力を使う事を余儀なくされた。 それと同時に彼の中で、何かのタガが壊れた。荒れ狂う心に身を任せ、彼はその刃を振るう。 「寒いのも嫌やけど、暑苦しいぜよっ!」 しかし、その行為に何ら誤りはない。後はもう小細工なし。ひたすらにキュリーを攻める他にない。 仁太の巨大な拳銃から先ほどのお返しとばかりに必殺の弾丸が放たれる。 爆ぜる肉片、降り注ぐ砕氷。 「グォ、ルィタ!」 眼前の敵を打ち滅ぼすべく、キュリーは人の体を石に変える冷気を放ち続ける。だが、その行動のロスするは最小限に留まり続ける。 「あとちょっとだけだからね!」 そう叫ぶのは、未だキュリーからの攻撃を受けた事のない少女。 時折キュリーより速く動く事があったものの、キュリーの次に行動するためだけに調整をしていた彼女の癒しのおかげで、リベリスタ達はその脅威を最大限に軽減し、立ちまわれていた。 もし彼女がもっと遅ければ、彼らの攻撃は大きく足りぬ事になっていただろう。 「残念だったな、キュリー。そんな程度の冷気じゃ俺は止められない。僅かでも手が、足が動くのであればっ!」 その光によって、凍りついていた拓真の足に亀裂が入る。悠月の癒しを受けてなお、満身創痍のその体。されど、祖父より受け継ぎし義の心は今なお熱く燃えている。両足に纏わりつく氷を無理やりに振りほどき、彼はその両の手の刃を振り下ろす。 燃えるような彼の瞳、それはキュリーを正面からとらえる。 見つめ返すキュリーの瞳は、氷の部分が溶けだしまるで泣いているかのよう。 「己の障害を切り拓……くぅっ……」 その時、敵の瞳の中に彼は確かに感じ取った。己と同じ、諦めぬ意志を。 突如として抜けていく力。相手の攻撃の瞬間を感知できたからか、拓真はギリギリでそれを回避する。 周囲に襲い掛かったのは、眠気を誘う様な心を凍てつかせる冷気。 「くっ、寝たらあかん! 寝たら豚にっ……」 叫ぶ仁太、だがその忠告をした本人は虎鐡と共にその場に崩れ落ちる。意志の力は十分にあった、足りなかったのは純粋な体力。 一方で、寒さで意思の弱まっていた静と悠月もまた膝をつく。 「え、なんで……」 驚きの表情を浮かべるアリステア。 彼女は気付いていなかったのだ。氷の柱がキュリーや彼女に比べてはるかに遅く、冷気の呪いを撃ち払うタイミングを逃していた事に。 だが。 「眠れるかよ、眠ってられるかよ」 それでも、運命の力を振り絞り、少年は立ち上がる。 「オレはこの世界を守るために運命の加護を受け力を蓄えた……『この世界』の物じゃない君に負けるわけにはいかないんだ!」 見習いを自称していた少年、だが彼は既に見習いなどではない。研鑽に研鑽を重ねた戦士の目で、彼は敵を見据える。 「全くでござるな」 既に体力は尽きていた。だが、男は太刀を杖代わりに震える体を無理矢理に起こす。 脳裏に浮かんだ狂おしい幻影はいまだ消えない。されどその苦しみが、危険なアザーバイドを放置できぬという思いが、彼を再び立ちあがらせる。 「自分の為に、強い意志をもってこの世界を切り拓く……もしかしたら、分かりあえたのではないでしょうか」 拓真さんとどこか似ていますし、と少しだけ笑んで、聡明さを意味する『女教皇』の位を抱く女も立ち上がる。 「でも、私達は相いれない。どちらかは消える定め、だから……神秘たるそのあり方を、私は記憶し、記録しましょう。あなたが存在した証を」 それは、裏を返せば『貴方はここで消える定めだ』という彼女なりの破壊の意思表示であったのかもしれない。 リベリスタ達は、全力をもって、溶け行くアザーバイドへと猛攻を仕掛けていく。 振るわれた鉄槌が、振り下ろされた大太刀が、切り裂く大鎌が、二ふりの刃がその身を削っていく。 「クォルッ!」 それでも、キュリーは諦めず、その体から再び冷気を吹き出そうとする……だが。 「ごめんねっ……わたしたちは、この世界はまけられないからっ!」 その巨大な体を無数の気糸が縛りつける。冷気の白き靄の中に紛れて縦横無尽に張り巡らされたそれは、集中の末に文が放ったもの。 それは本来ならばまともな状態異常を受け付けないはずのキュリーの体を完全に絡め取る。 「ァカブ……」 文とキュリーの視線が交錯する。文の瞳もまた、キュリーと同じように滴が滴っていた。 零れる涙は、止まらない。溢れ続ける……そして、凍らない。既に周囲に漂う冷気はほとんど消えうせていた。 キュリーの体は気糸の中で動けない。下手に動けばその体が崩れかねないから。 その均衡を破ったのは、一発の散弾。 「あなたが生きようとする気持ちはわかる。でも、誰かを助けたいという僕達の気持ちはそれに負けられない」 ぶっきらぼうに、けれども普段はみせられぬほど素直に、ヴィンセントは己が銃を持つ理由を告げていた。 それは、その場に集った者達の共通の思い。 「さようなら」 放たれた二度目の弾丸、それが引き金となり……。 その巨大な体はついに、崩れた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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