●不確定観測装置 不確定な条件付けによって発生する仕掛けが施された箱の中で、仕掛けが発生したかどうか、というのは箱の外からでは観測することが出来ない。なぜなら、「発生している」と「発生していない」との二つの可能性が同時に箱の中に存在しているからであり、中身を確認するまでは断定することができないからだ。 この状態は量子力学では「重ねあわせ」、と呼ばれるそうだが……それは些末な話である。 実際の問題は、箱が持つ仕掛けが「条件が揃えば革醒するかもしれない」という代物であり、所有者がフィクサードである、ということである。 「……やっと、成功か」 分厚い眼鏡をかけた男――咲井 史明(さかい ふみあき)は箱を持ち上げた。中で蠢く虫が既に既存の生物の枠をはみ出していることを見て、『条件の仮定』と『その帰結』を見出したところである。だが、その生物――E・ビーストと成り果てたそれは、世を乱すにはあまりにも矮小だった。そして彼は、普通の虫を潰すように、気糸でそれを貫いた。 だが、次はもっとうまくやれる。次は、「もしかしたら」もっと強いものを生み出せる、かもしれない。 不確定要素が強すぎるのも考えすぎだと呆れつつ、史明は次のステップを踏むことを決意した。 ●「かもしれない」パラドックス 「革醒の可能性があるかぎり、私達はそれを防ぐ義務がある」 集まったリベリスタ達を前に、深刻な表情をして『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は話を切り出した。続いて、万華鏡と接続された端末が映しだしたのは、なんてことない普通の箱だ。蓋に当たる部分がなく、それで何かを保存しようとするのなら、放り込むか被せるか、そんな形状だ。サイズとしては成人男性が一抱えする程度であり、小型犬であればすっぽり収まる程度だと思っていい。 「このアーティファクトは、『エシュレイド』といって、エリューションを生み出す『かもしれない』代物なの」 「『かもしれない』……? アーティファクトなのに、そんなに不確定なのか?」 「革醒して間もないから、性能が安定していないのか、元々そういう性質なのかは分からない……けど、この箱を生存欲求が強い、例えば強固な本能を持った個体をこの中に入れた場合、革醒する確立はさらに高くなる」 要するに、死にかけの野良猫や壊れかけの機械でも放りこんでしまえば、かなりの高確率でエリューション化するということなのだろう。無論、今のイヴの口調からすれば、「そうならない」可能性も秘めているが。 続いて映しだされるのは、一見して弱々しく見える男性の姿だ。分厚い眼鏡の向こうからは、偏執的な眼差しが見て取れた。 「所有者は、咲井 史明(さかい ふみあき)。フィクサードとしての経験や実力は貴方達よりは高い。彼は、エシュレイドに『何か』を入れることで解き放ち、混乱を招こうとしている。行動原理は単に研究のつもりなのだろうけれど、放っておくわけにも行かない」 仮に一度成功すれば、彼は更に有用な使い方を見出すかもしれない。そうならなかったのは、万華鏡あっての成果だったと言える。 「世界に悪影響を与えるだけのアーティファクトに、存在意義はない。早急に破壊して」 何時になく強い断定に、リベリスタ達は気を引き締めた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月04日(水)21:51 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●理想と落胆の『重ね合わせ』 理想は結実するかもしれない。そして、同じくらいの確率で崩壊するかも知れない。その思考を何度も繰り返し、擦り切れそうな感覚で咲井史明は考える。 知性に乏しいエリューションが運命に愛されることはない。エリューションが生まれなくとも、素体になった存在が世界に愛されることはない。――或いはその前に命を落としてしまう。 だったら、どちらに転んだとしても不幸なだけだ。どちらの不幸がよりよい不幸かと問われれば、もう一度その行動原理を果たさせてやることのほうが幸せではないか。殺したいのではなく、追い詰めたいのではなく。 彼はただきっと、不器用な救いを果たしたかっただけなのだ。 ●探求者の矜持 「わたしの眼をよくご覧ください。……思い出せましたか?」 『魔眼』門真 螢衣(BNE001036)は、その名に恥じぬ瞳の魔力を向け、ビルの関係者を催眠状態に陥れていた。夢遊病者のように虚ろに頷く男性へ言葉を重ね、自分がビルの責任者であることや、人払いを要請する旨を続けていく。「交渉」というよりは「指示」と化したその後方では、『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)、『Dr.Physics』オーウェン・ロザイク(BNE000638)らがノートパソコンを介し、目的であるビルの空きフロアの見取り図を検分していた。複雑というほどではないが、最奥のやや拓けたスペースへ到達するまでには、それなりに入り組んだ通路構造になっているらしく、罠を仕掛けるタイミングなど幾らでも存在する。それを把握した上で、オーウェンは片目を瞑ったまま、幾つかの場所を指し、罠が仕掛けられている可能性を示唆した。 「階層は低いし、到達には時間はかからないと思うが……警戒だけは怠るべきではないな」 「逃げ道は階段に限った話ではないからナ。ただ、箱を持って逃げるには通気口は狭いとおもうガ」 『精霊に導かれし者』ホワン・リン(BNE001978)も、オーウェンの言葉に添える形で構造の把握に努めていた。余談だが、ノートパソコンによるフロア配置の把握を進言したのは彼女である。 「いやぁ、興味は尽きないのだよ。箱の破壊が依頼達成条件なのは実に惜しいのだね」 「シカーシ、好奇心を理由に世界に迷惑をかけて良い訳がありまセーン!」 不確定確率でエリューションを発生させる箱『エシュレイド』。研究者という立場で在る以上、『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)と『奇人変人…でも善人』ウルフ・フォン・ハスラー(BNE001877)がそんな奇異なアーティファクトに興味を惹かれぬ筈が無い。場合によっては持ち帰れれば……などと思うのは致し方ないが、それでも、世界の安定と秤にかけて、道を誤らないよう全力を尽くすのが彼らリベリスタがそう名乗る意味であり、意義なのだ。 「何の罪も無い存在をエリューションに変えようだなんて……」 「そうね、気分の良いものではないわ。キツいお仕置きが必要そうね」 ノートパソコンを閉じ、幻想纏いへと戻すアンジェリカの独白を引き受ける形で、『ぐーたらダメ教師』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)は呟いた。仮にも教師である彼女としては、学徒である少女たちがそんな形で心を痛めるのは、余り気分のいいものではないのかも知れない。或いは、彼女自身にとっても気分が好くないと捉えるべきか。 讀鳴・凛麗(BNE002155)にとってもそれは同感のようで、アンジェリカを介してフロアの情報を把握しつつも、しきりに頷く様子が見て取れた。 「一般の方々の緊急避難は概ね終わったようです。では、行きましょうか」 螢衣の言葉に応じる形で、リベリスタ達はビルへと足を踏み出した。 ゆっくりと、だが確実に西の地平に沈む斜陽だけが、彼らの行く末を見守っている。 上階へと駆け上がるさなか、ヴァルテッラとオーウェンは自らの集中力を高め、一瞬先の不測の事態を看破せんと動き出す。ソラとウルフも超直観を働かせんと後に続き、後方へ続くメンバーとの仲介役を買ってでた凛麗は、彼らが看破していった罠を声なき声で伝え、着実に歩を進めていく。階段の途中途中にワイヤを張り巡らせるなど、先を急ごうとする彼らを見越したかのような罠も散見されたが、罠を看破する能力が高い者が多かったことが幸いしてか、彼らがそれらに時間をとられることは無く、到達に成功したのは大きな功績だったといえる。 「生と死の重ね合わせ、この世界の理を外れる故に矛盾とよばれる存在……まるでエリューションのようでございます」 ぽつりと、思い出したように凛麗は呟く。エシュレイドの特性を知った上で、それが通じる事象について思いを巡らせた彼女ならではの考えだったのだろう。 「瀕死の覚醒体を入れるとどうなるのだろうね? 箱の破壊が依頼達成条件なのは実に惜しいのだね……確保の可能性も進言すべきだったかな?」 ヴァルテッラに至っては、一歩踏み込んでエシュレイドの更なる可能性をも模索している。表向き良識ある彼であるだけに、知的好奇心をそそられるのは必然だろう。ウルフが口にしたように、それがどれほど残酷なことなのかも理解した上であろうその語り口には、研究者特有の狂気も、一片ながら垣間見える。 「細かいことはどうでもいい。とにかく、いけ好かないフィクサードは逃がさないし、ぶちのめすだけだ」 彼らの後に続く『不良?女子高生』早瀬 莉那(BNE000598)は、憮然とした様子で言葉を漏らす。動きの激しさとは関係なしに忙しなく揺れる尻尾こそが、その苛立ちを如実に表現しているといっていい。 その言葉が聞こえたのか、オーウェンは小さく笑みを浮かべる。友人として、他方子供扱いしていたとして、その意思に共感すべきところは、彼とてあるということだ。 「咲井氏が何も出来なければ、アーティファクトは何も出来ないし、エリューションも増えることはない。……そういう事だ」 それ以上は何も語らなかった。しかし、それだけで莉那にはその言葉の真意が掴めた、気がした。 ●求めよ、さもなくば諦めよ 一行が問題のフロアへと到達してからも、小刻みに配置された罠が配されていた……とはいえ、もとより看破するに足るメンバーが揃っている以上、大した障害には成り得ない。数度、廊下を直進した先。若干拓けたスペースの先に、黒い箱――エシュレイドの影を背負い、白衣の男が佇んでいた。 「何がしかの邪魔は予測していた。思いの外早かったが、邪魔は――」 「アンタの相手は――」 咲井が、さも余裕あり気に口を開くが、それよりも早く駆け出したのは、莉那だ。フィクサードに対する強い感情、そして自分の役割を果たす義務感に背を押されたか、その姿は霞んで見えた。しかし、相手とて座して待つ木偶ではない。相手を絡めんと張り巡らせた気糸を一斉に向ける。 「――させんよ!」 「――アタシ達だ!」 だが、更に加速した彼女相手には、気糸の強度が些か足りない。引きちぎられたそれを引き、莉那のナイフは咲井の腕を裂き、二度めの勢いを得てひらめく。 「痛い思いを、してもらわなければなりませんね」 二度目の剣閃をすんでのところで避けきった咲井を狙うのは、凛麗の放つ気糸だ。彼の足をかするに留まったものの、戦場においてエシュレイドを守るだけには動けない、という不利を理解させるには十分過ぎた。 「く、無駄に数を揃えたか……!?」 「本当、馬鹿につける薬はないわね……」 焦りを隠そうともしないその声を聞き、ソラは呆れたようにつぶやきつつ、自らを加速させる。不利を理解し、咲井が逃走に転じるのを防ぐ為、口調とは裏腹に、気配は張り詰めている。 「レディ・アンジェリカ、ミス・リン! 今のうちに箱の中身を確保しマース!」 「はい……行きます……!」 「わかっタ! 悪の箱、壊ス!」 ウルフ、アンジェリカ、ホワンの3名は、その戦闘の脇を抜ける形で、箱の確保へと動き出す。言葉通りに箱へと斧を振り下ろすホワンだったが、目測を誤ったか、箱の角を削るような一撃を与えるに留まった……が、逆に言えば、これが光明だった。脇を抜けた一撃は、箱を僅かにゆるがせ……それの質量が並のものであることを証明してみせたのだ。そして、それが被せる形で中身を囲っていたことも。 「シュレーディンガーのにゃんこ箱、破壊しマース!」 続くウルフも、上辺を狙う形で重機関銃を横薙ぎに撃つことでエシュレイドを宙に浮かせた。咲井が悲鳴に似た声を上げるか否かのタイミングで――浅い呼吸を繰り返す成猫は、アンジェリカの腕の中へ収まったのだった。 ●君は救う価値があるか 「貴様らっ、私がどんな苦労を……!」 「聞くまでもないな。さて、制圧戦略を執行させてもらうとしよう」 「実験は諦めてください、あなたを拘束します。……おん・となとな・またまた・かたかた・かやきりば・うんうんばった・そわか……」 「君の心理は興味深いが……まずは倒れて貰おうか」 オーウェン、螢衣の呪印の祝詞が朗々と流れるのに重ね、『自称アカシャ年代記』アーゼルハイド・R・ウラジミア(BNE002018)の魔曲が流れだす。二人の呪印で縛られた上に、ダメ押しの不協和音――避けられようはずがない。 「……やれやれ。私が手を出すまでもなく詰んでしまったのかね? アークに恭順すれば、君だって実験を続けられるだろう。それでは意味はないのかな?」 「ふざけるな! 誰がそんな見え透いた選択肢に乗ると思っている!」 ヴァルテッラの気糸が、咲井の頬を裂いて抜ける。彼は牙を狙ったつもりだったが、咲井の決死の回避をして、狙いが僅かに外れてしまう。血を垂れ流し、不吉を背負い、更にまともな戦闘もままならぬままに、だがまだ諦めようとしない。プロアデプトらしからぬ、計算を度外視した言動には、周囲も驚きを隠せない。 だが、行動の殆どを封じられた彼を前にして、猫の治療にあたるアンジェリカと凛麗を除く8名が、五体満足にさせておく道理はない。抵抗も虚しく縛り上げられた咲井は、苛立たしげに声を上げ続ける。 「あなた、自分がやってる事に反省・後悔してるのかしら?」 「反省? 後悔だと? 今に死ぬような命に新しい可能性を吹き込む行為の何を反省する必要がある!」 「なぜ、アークに参加する形で装置の理論を持ち込んでくれなかったのです?」 「多勢に呑まれて、少数を救えなくなる選択肢などに興味はない! 違うとは言わせない……!」 「どのような欲望を以て、こんなことを行ったんだい? 箱には何ら興味がないが、それだけは聞かせてもらいたいね」 「言っただろう……! 人間の勝手で死ぬ運命にある命を、新しい形で救うことの何処に悪意があるというんだ!」 ソラ、螢衣、アーゼルハイドの問いに、喉を嗄らさんばかりの怒声で反論する。だが、怒りに任せた言動に論理的な構築などまるでなく、これでは子供の感情論と何ら変わるところがない。 「救いようの無いバカね……説教をする気も起きないわ」 「ユーがにゃんこを助けたかったのは分かりましたが、エリューションになってまで生きる選択肢は幸せだと思いマセン。ユーのその理屈が通用するなら、虫の一匹殺せないはずデース!」 「つまりは、そういうことだ。俺達も咲井氏も、所詮は自分の価値観でしか善悪を測っていないということだ。だが、結果として猫は猫のまま命を救われた。エリューションとして世を乱すのは、不幸ではなかったか?」 「……そんなもの、集団の理屈だろう! 救いきれない命にどう申し開きをするつもりだ!」 オーウェンのダメ押しの説得すら、咲井は拒絶しようとする。彼とて、理屈では過ちに気づいているはずなのだ。しかし、道路にボロ雑巾のように転がった猫や、捨てられて寒空の中凍え死んだ犬や、その他の無碍に散る命を否定するくらいなら、そんな人間を呪うエリューションが闊歩しても許される……そんな歪んだ考えが、彼の中には根づいている。 「綺麗事だ、そんなの」 言葉を重ね、抵抗を続けようとする咲井に、莉那は冷たく言い放つ。どのような経緯があれ、どのような思想があれ、結果としてエリューションになることがそれらの幸せになるわけがないことを、彼女自身が知っている。 「どちらに転んでも死んでしまう命だったら、なぜ普通に手当てしてあげようと思わなかったのですか? 実験の犠牲になるような結果しかなかったのですか?」 応急処置を終え、なんとか命拾いをした猫を抱え、凛麗は咲井に問いかける。その後続いた一分以上の沈黙が、何よりの回答だったのは口にするまでもない。 「しかし、惜しいのだね。箱の破壊が依頼達成条件でなかったなら、調べさせて欲しかったのだが……」 「何の利益にもなりそうもないもの、仕方ないと思うわ」 エシュレイドを前にして、改めて未練を口にするヴァルテッラだったが、冷たい目で言い放つソラにそう断言されてしまった以上、次の言葉が出てこない。渋々と重機関銃を持ち上げると、ウルフなどは既に構えており、壊す気満々のように見えた。 「この際、出し惜しみは無しデース!」 ウルフの言葉に押し出されるようにして吐き出された弾丸はエシュレイドへと吸い込まれ、次々とその形を歪めていく。ヴァルテッラが引き金から指を離した時にはその黒い影は跡形もなく――、エリューションを生み出す破界器『エシュレイド』は、正しく世界から消失したのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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