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Love and envy make a man pine. (恋と嫉妬は人をやつれさせる)

●Love and envy make a man pine.
 (恋と嫉妬は人をやつれさせる)
 ――アメリカのことわざ

●ア・ガール・イグナイツ・トゥ・イレイズ・オウン・エンヴィ

 2012年 1月某日 神奈川県 横浜市
 
 まだ昼前の静かな住宅街。その奥まった所に位置する公園のベンチに一人の女性が座っていた。
 緩く三つ編みにした髪とフレームレスの丸メガネが印象的な容姿は、あどけない十代の少女のようだ。
 ダッフルコートにフレアスカート、そしてショートブーツという服装も、少女特有のあどけなさという魅力を良く引き立てていた
 少女は思いつめた表情でしばらくベンチに座り続けていたが、やがて意を決したようにダッフルコートのポケットに手をそっと差し入れる。
 ややあってポケットから取り出されたのは、真っ黒い金属製のオイルライターだった。つや消し加工された表面は光を反射せず、まるで暗闇を四角く切り取ったようにすら思える。
 とても、あどけない少女が持つ物とは思えない。現に、何から何まで少女の持つイメージと相反するこの物品が彼女の手に握られている光景は、それだけであからさまな違和感を放っていた。
 彼女はじっと手の中のライター――数日前、道路に落ちているのを交番に届けようと思って拾ったのを見つめながら、やはり思いつめた表情で静かに呟く。
「これさえあれば……私は、私でいられる――」
 そう呟いた矢先、彼女の脳裏を、仲むつまじい少年と少女の姿がよぎる。それを自覚した彼女は、脳裏をよぎった二人の姿を振り払おうとするあまり、我知らずのうちに手の中のライターを握りつぶさんばかりに握りしめていた。
 自分が恋心を抱く少年と自分の親友である少女――二人への抑えがたき嫉妬は、いくら自分で自分に言い聞かせても、まるで自分の心ではないかのように、何度も湧き起こってくる。そればかりか、抑えたものがそれ以上の力で湧き起こってくる度、その嫉妬は深く強くなっていくのが自分でも感じられた。
 憧れの相手も、大切な親友も、どちらもともに大好きな人の筈なのに、そう意識すればするほど二人への嫉妬は湧き起こり、気がつけば自分の意志とは正反対に二人を憎んですらいる自分がいる。
 そして、自分で意図的に抱いた憎しみでこそないが、憎しみそのものは紛れもなく自分の心から湧き起こったものであることを自覚し、彼女はまたも自己嫌悪に陥っていた。
 少女が自己嫌悪で俯いていたその時、突如として大声が響き渡り、それにはっとなった彼女は驚いた様子で顔をあげる。だが、その声は彼女以外には聞こえていないのか、さっきからベンチに座ったまま動こうとしない彼女の足元を周回していたハトの群れは何事もなかったかのように、彼女が先程食べていたクッキーの欠片をついばんでいる。
「オマエノ嫉妬ヲ早ク寄越セ! 俺ニ甘美ナル味ヲ――ソレヲ早ク喰ワセロ!」
 その大声は、もはや声というより物音と言った方が近かった。たとえば、ガラスや金属の板を尖ったもので引っ掻いた音をサンプリングし、それを切り貼りして発声のようにさせれば、ちょうどこのような声になるだろう。
 しかし、少女の周囲には人影は勿論、足元のハト以外は動物もいない。声の主はどこにも見当たらなかった。それでも、当の彼女はその声が誰のものであるのかわかるのか、特に困惑した様子もない。
 むしろ、その声を待っていたようにライターの蓋を開く。その光景は、まるで禁断症状の出たスモーカーが煙草に飛び付くようだ。 件の少女はライターの蓋を開けると、一瞬の躊躇も無くフリントを擦って点火にかかる。澄んだ乾いた音を立ててフリントが擦れて火花が散った次の瞬間、異変は唐突に訪れた。
 オイルライターの芯を中心に擁するバーナー部分、即ち着火する部分から噴き上がったのは赤い炎ではなく、どす黒い炎だった。しかも、その炎はみるみるうちに火力を増し、気付けば少女の身の丈を軽く超える程の長大な火柱となっていた。
 だが、少女はそれに憶することなくライターを持ち続けた。すると、黒炎の柱は次第に横に伸びると、枝分かれした火柱を三条ほどまた新たに伸ばし始める。
 そうこうしているうちに、伸びきった三条の火柱はあたかも両腕と頭を思わせる形に落ち着き、黒炎の柱はどこか人型を思わせる姿を取っていた。
 ライターから黒炎の巨人が上半身だけを出している――この不可思議な状況を言い表すには、そう形容するのが妥当に思える。
 黒炎の巨人は大木のような剛腕で少女のか細い首を掴むと、締め上げるような勢いで上を向かせる。不思議なことに、少女の首へと触れているにも関わらず、彼女自身には勿論、彼女の着衣にすら全く炎上する気配はない。
 その暴挙に少女は何の抵抗も見せずにされるがままにすると、ゆっくり口を開いた。
「ソウダ! ソレデイイ! 梢、オマエハ物解リノ良イ人間デ結構ナコトダ!」
 心なしか巨人の声が歓声じみている。黒炎の塊だけの顔からは巨人の表情は伺えないが、もし人間にあてはめて考えるなら、上機嫌で笑ったような表情をしていることだろう。
 少女――梢がぼうっと黒炎の巨人を見つめていると、開いた彼女の口から巨人の身体と同じく黒い炎が湧き起こる。その黒炎は彼女の口を発すると、まるで道を描くように巨人の頭部にあたる部分へと吸い込まれていく。
 口にあたる器官は見当たらないが、きっと黒炎の巨人は梢の口から出る黒炎を吸い込んでいるのだ。やがて梢の口から黒炎が途切れると、巨人は梢の首にかけていた手を離す。
 見れば、先程のように思いつめた表情でもなければ、自己嫌悪で俯いていた時の表情でもなく、梢の表情はどこか晴れやかになっていた。
 それを見たのかどうかは定かではないが、巨人は短く笑い声を上げると、梢に語りかける。
「俺ハ糧ヲ得、オ前ハ御シキレナイ感情ノ苦シミカラ救ワレル。利害ノ一致カラクル共生関係トイウヤツダ。忘レルナ」
 満足そうに、もう一度短い笑い声を立てると、巨人は現れた時とは逆にライターのバーナー部分へと戻っていく。やがて完全に黒炎の巨人の姿が見えなくなると、梢はそっとライターの蓋を閉じ、立ち上がった。
 
●『燃やす妬みのインヴィディア』

 2012年 1月某日 アーク ブリーフィングルーム

「集まってくれてありがとう」
 アーク本部にあるブリーフィングルーム。
 その場所に集まったリベリスタ達を前にしてフォーチュナの少女真白イヴは口を開いた。いつもの彼女らしい淡々とした声音だが、心なしか今日の彼女は改まっているように感じられる。
「先日の決戦の際、ジャックによって開かれた『閉じない穴』、そして高まった『崩壊度』……その影響が早くも出始めたわ」
 集まったリベリスタたちを戦慄させるにはその言葉だけで十分だった。当のイヴでさえ、淡々とした様子の中に隠しきれない戦慄を話しながら垣間見せている。
「今回の任務は『閉じない穴』を通って新たにこの世界へと現れたアザーバイド――『燃やす妬みのインヴィディア』。フェーズ3のエリューションに比肩しうる力を持ったアザーバイドよ」
 その事実を口にするだけでも戦慄を禁じ得ないのか、イヴは小さく身体を揺らして身震いする。
「『インヴィディア』は様々なチャンネルの世界を巡り、行く先々で炎に関する道具に棲みつくの。そして、それを拾った知的生命体をそそのかして、その知的生命体が抱いている嫉妬の感情を吸収し、自らの糧とする存在」
 彼女は端末を操作してブリーフィングルームのモニターに画像を映し出す。まず映し出されたのは、真っ黒いオイルライターだ。
「これがヤツがこの世界で棲みかに選んだアーティファクト。このライター自体には取りたてて危険な効果はないけど、念の為に破壊するか、回収してアークまで持ってきて」
 淡々とした調子を取り戻しながら、イヴは続けて端末を操作し、別の画像を映し出す。次に映ったのは、緩く編んだ三つ編みの髪にフレームレスの丸メガネが特徴の、真面目そうな印象を感じさせる少女だった。
「そしてこれが、ヤツがこの世界で選んだ『餌』。氷上梢(ひかみ・こずえ)――どこにでもいる、ごく普通の少女。ヤツは言葉巧みに彼女をそそのかして、自分へと精神的に依存させているのよ」
 梢の画像を表示させたまま、イヴは続けた。
「彼女は自分と親友が同じ相手に恋心を抱いていることを知ってしまったの。そして、まじめで優しい性格ゆえに、自分もその相手を好きなことを親友に言い出せず、一人で抱え込んだ末に、心に嫉妬の感情を溜め込んでいったの」
 そこまで言うと、イヴは再び端末を操作する。すると今度映し出されたのは、黒炎の巨人――『インヴィディア』の姿だった。
「梢が自分でもどうにもできない嫉妬の感情を吸ってやることで、彼女をその悩みから解放してやる――ヤツは彼女にそう思わせているわ。でも、もうじきその嫉妬も枯渇する。そうなれば――」
 ここで一旦言葉を切って呼吸を整えると、イヴはつとめて冷静に告げた。
「ヤツは『餌』の嫉妬を喰いつくすと、『餌』そのものを喰いにかかるわ。『餌』となった知的生命体は灼熱の獄炎に焼かれながらヤツに取り込まれた挙句、ヤツの体内で完全に焼き尽くされ、何もかもを吸いつくされるというわ」
 イヴの口と同時に、彼女の手元で指が動くと、今度はモニターに映像が表示される。粗い映像――フォーチュナが見た予知の中では、梢が黒炎の巨人に抱かれるようにして体内へと取り込まれていく。
「このまま放置すれば、ヤツは第二第三の梢を見つけて同じことを繰り返す。だから、その前にヤツを滅ぼして」
 決意のこもった目でリベリスタたちを見つめながら、イヴはもう一度、オイルライターの画像と『インヴィディア』の画像を順繰りに表示させる。
「厄介なのは、梢がヤツに精神的な依存状態にあること。そのせいで、嫉妬が完全に枯渇するまで彼女はヤツにエネルギーを供給するタンクも同じ。滅ぼされそうになっても、ヤツは彼女から嫉妬の感情を吸収して自らのエネルギーとするわ」
 そしてイヴは梢の画像を表示させると、もう一度リベリスタたち一人一人の目を見据えて言う。
「まずは梢がヤツに依存している状態を何とかして。そうしない限り、ヤツは弱らせても彼女から吸収した嫉妬のエネルギーで蘇ってくるわ」
 リベリスタたちが事情を理解したのを見て取ると、イヴは更に付け加えた。
「ヤツの身体を構成する炎は通常の炎――物理的な炎ではないわ。ヤツの炎は誰もが大なり小なり持っている嫉妬の感情に着火し、それを燃料として標的を焼き尽くすの。もし身体にあの火が着いたら水をかけたり転がったりするような物理的な方法では消えないから注意して」
 そこまで言い終えると、イヴは静かな声で淡々と、しかしその声の中に痛みや感情を垣間見せながら、リベリスタたちに告げた。
「強大な敵が相手だけど、この世界を……そして、梢を守る為に、力を貸して――お願い」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:常盤イツキ  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 4人 ■シナリオ終了日時
 2012年01月26日(木)23:43
 明けましておめでとうございます。STの常盤イツキです。昨年はご愛顧いただき、誠にありがとうございました。
 今年も皆様に楽しんでいただけますよう、力一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

●情報まとめ
 舞台は神奈川県横浜市某所にある公園。
 敵は『インヴィディア』が一体。
 
 敵のスペックとスキルは以下の通り。

・スペック

『燃やす妬みのインヴィディア』
 フェーズ3のエリューションに比肩しうる力を有するアザーバイドです。嫉妬の黒い炎で構成された身体を持ち、普段は梢が所持するアーティファクト化したオイルライターに潜んでいます。
 
『氷上梢』
 高校一年生の少女で一般人。勿論、戦闘能力はありません。『インヴィディア』が潜むオイルライターを携帯しています。
 スキルは戦闘用・非戦用ともに有していません。

・スキル
 
『黒炎剛腕』
 神近単
 嫉妬の黒い炎で構成された剛腕で対象一体を殴る攻撃です。狙いを対象一体だけに絞る分、命中率は高めです。
 バッドステータスの『獄炎』が付与される場合があります。
 
『黒炎暴腕』
 神近範
 嫉妬の黒い炎で構成された剛腕で近距離を薙ぎ払う攻撃です。範囲一帯をを対象にする分、命中率はやや低めです。
 バッドステータスの『獄炎』が付与される場合があります。
 
『黒炎発散』
 神遠単
 嫉妬の黒い炎で構成された身体の一部を対象一体に向けて飛ばす攻撃です。命中率は普通です。
 バッドステータスの『獄炎』が付与される場合があります。
 
『黒炎爆散』
 神遠範
 嫉妬の黒い炎で構成された身体の一部を範囲一帯に向けて飛ばす攻撃です。命中率は低めです。
 バッドステータスの『獄炎』が付与される場合があります。
 
『嫉妬エネルギー補給』
 任意発動(A)自
 梢から嫉妬の感情をエネルギーとして吸収し、HPとEPを大回復します。使用限度回数3回。
 発動時に梢との距離が離れていても使用可能です。
 梢が『インヴィディア』への精神的依存を脱すると、このスキルは使用できなくなります。
 
●シナリオ解説
 今回の任務は『インヴィディア』を倒すことです。
 ヤツはフェーズ3のエリューションと同等の力を持つアザーバイドです。
 今回のシナリオも、クリア条件を満たす方法は一つではありません。
 リプレイを面白くしてくれるアイディアは大歓迎ですので、積極的に採用する方針ですから、ここで提示した方法以外にも何か良いアイディアがあれば、積極的に出してください。一緒にリプレイを面白くしましょう!
 今回は今までの常盤シナリオよりも強大な相手が出てくる依頼ですが、ガンバってみてください。
 皆様に楽しんでいただけるよう、私も力一杯頑張ります。
 それでは、プレイングにてお会いしましょう。
 
 常盤イツキ
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ソードミラージュ
ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
覇界闘士
鈴宮・慧架(BNE000666)
ナイトクリーク
★MVP
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
ソードミラージュ
富永・喜平(BNE000939)
スターサジタリー
百舌鳥 九十九(BNE001407)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
クロスイージス
村上 真琴(BNE002654)
■サポート参加者 4人■
ホーリーメイガス
カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)
スターサジタリー
劉・星龍(BNE002481)
スターサジタリー
白雪 陽菜(BNE002652)
クロスイージス
高藤 奈々子(BNE003304)

●ラヴ・アンド・エンヴィ・メイク・ア・マン・パイン
「氷上……梢さん、だよね? ボクはアンジェリカ」
 平日の午前中。公園のベンチに座る梢に『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は話しかけた。彼女に同行する形で『自堕落教師』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)と『初代大雪崩落』鈴宮・慧架(BNE000666)も一緒にいる。
「はい……そう……です、けど……?」
 見知らぬ少女から急に話しかけられて梢は驚くと同時に戸惑っているようだった。
「いきなり驚かせてごめんね。でも、大事な話があるから」
 そう前置きしてからアンジェリカは一息に言う。
「梢さんが持ってる黒いライター……あれに頼るのはもうやめてほしいんだ」
 アンジェリカがそう切り出した時、梢の表情に驚きが露わになる。瞳を皿のように丸くし、開いた口を手の平で塞ぎながら梢はやっとのことで声を絞り出した。
「どうして……知ってるんですか……?」
 その問いかけに対し、アンジェリカよりも先に反応したのは慧架だ。
「ごめんなさい。あなたの気持ちを勝手に知ってしまって。簡単に説明すると、あなたが持っている黒いライターのように、世界には神秘に満ちた不可思議なことやものが一杯あるんです。私たちがあなたの気持ちを知ることができたのも、神秘の世界に関係したもののおかげなんです」
 一息にそこまで説明すると、慧架は穏やかな瞳で梢の瞳をじっと見つめながら、柔らかな声音で口を開いた。
「私は色々な人を見ましたが、貴方の恋も、辛くて悲しくて切ない想いも……全部正しいと思います」
 語り出した慧架の声音や表情が真に迫っていたせいか、梢は疑問を投げかけて口を挟むことはせずに、ただ静かに聞き入っていた。
「愛する人の為に自分の命を賭して復讐しようとした人もいます……ですが、誰かを傷つけたり後悔してしまうような事をするのはやっちゃいけないしてはいけないんです――それはとっても悲しい事ですから。あなたにそんな道を歩んで欲しくありません」
 そこで一息の間を置くと、慧架は優しく微笑んで語りかけた。
「確かに、いきなりこんなこと言われても困る思います……もし、私が梢さんの立場だったとしてもそう。だから、ゆっくりで良いんです。嫉妬してしまう気持ちやそんな気持ちを持ってしまう自分を少しずつ、許せるようになってください」
 神秘の世界の事情に関してはまだよく知らない梢は驚き思考が麻痺しかけてはいたが、少なくとも、慧架は自分のことを心から真剣に想ってくれているのを感じ取ったのか、梢はいくらか表情を和らげる。
「私と友達になっていただけませんか?」
 そして、梢の表情が和らいだのを見て嬉しそうに微笑んだ慧架がそう問いかけると、梢もまだ少し躊躇いがちながらも、柔らかい微笑みを返そうとする。
 だが、それを遮るようにして、梢のダッフルコートのポケットから声が響いた。到底、人間のものとは思えない――否、文字通りの意味でこの世のものとは思えない声はアンジェリカや慧架の説得を唾棄するように苛立たしげな語気をもって響き渡る。
「梢! ソンナ連中ニ惑ワサレルナ! オ前ガ抱ク悪心ヲ喰イ、オ前ノ心ヲ救ッテヤレルノハ、俺ダケダ!」
 その声に反応して梢はダッフルコートのポケットからすぐさま漆黒のオイルライターを取り出すと、それを握りつぶさんばかりに握り締める。ミトンに包まれた手で強くライターを掴む様は、必死にすがるようだ。
「嫉妬心も彼女を構成する大事な要素。感情なんてものは別の感情の一部だったり連動してたり表裏一体だったり。失われて良い感情なんて存在しないわ」
 梢がインヴィディアの言葉に傾聴しかけた矢先、ソラはぴしゃりと言い放った。その声にはっとなって梢は、手に握った漆黒のオイルライターから顔を上げ、思わずソラの顔をまじまじと見つめる。
「妬ましい。羨ましい。苦しいからこんな感情いらない。ってところかしら。嫉妬心と向き合ってみなさい。何故あなたは嫉妬するのか」
 ソラの問いかけに梢は返答に窮してしまう。まるで喉が詰まったように、苦しげな表情で何かを言いかけては口ごもり、呟きかけては口をつぐむのを幾度か繰り返す。
「私は……私は……」
 もとより梢がすぐには答えを導き出せないのを理解しているのだろう。構わずにソラは語りかけるのを続ける。
「思い人への想い。親友との絆。言い出せないから嫉妬心が積もる。彼のことが好きだから。親友を大切に思うから」
 ずっと心の奥底にひた隠してきた本心を正鵠を射た言葉で次々と言い当てられて梢は更に苦しそうな表情をする。梢にしてみれば、誰にも見せたくないものを強引に引きずり出され、それを晒されているようなものなのだろう。相当に辛いのか、目じりには微かに涙の種が生まれている。
「これ以上吸収され続けて嫉妬心がなくなれば、そんな想いも失うことになるかもしれないのよ。本当にそれでいいの?」
 強く言い聞かせるようなソラの言葉。必死の思いで梢が反論しようと口を開きかけた瞬間、まるで梢を庇うようにインヴィディアが口を挟む。
「イイカ、梢! コンナ詭弁ニ騙サレルナ! 悪心トハ害ナルモノ。ソレヲ持チ続ケル事ノドコニ是ガアル?」
 インヴィディアの横槍を受けて、梢はミトンに包まれた手で握り締める漆黒のライターに目を落とす。
「ソウダ! 悪心トハ膿ノヨウナモノ。ソシテ、膿ハ切ッテ出サネバナラヌモノダ。オ前ノ心ニ溜マッタ膿ヲ取リ除ク――俺ニハ、ソレガ出来ル!」 
 ソラは涙を必死に堪えるに梢に歩み寄ると、ミトンに包まれた梢の手を優しく握った。
「無理やり押さえ込もうとするからいけないのよ。嫉妬心はああなりたいという願望。立派な原動力よ」
 息がかかるほどの距離で梢と向き合いながら、ソラは梢の瞳をしっかりと見つめる。
「原動……力……」
 微かに涙の膜が張った瞳でソラの瞳を見つめ返しながら、梢は戸惑いがちにソラの言葉を反芻する。ソラはそれに大きく頷くと、梢の手を一度ぎゅっと握りしめてから、二の句を継いだ。
「原動力を勇気に変換して親友に告げる。女を磨いて振り向かせる。その原動力を持って別の何かに打ち込む。アプローチはいろいろ。嫉妬心を上手いこと飼いならして利用しなさい」
 やはりソラは教育者に向いているのだろう。心に自然と浸み入るような彼女のアドバイスは梢の表情をじょじょに変化させていく。 先程から涙ぐんでいた梢はいくらか落ち着きを取り戻した目になったのを見逃さずにソラが握った梢の手を離すと、おずおずとした様子で梢はミトンの手を開き、手の平に乗った漆黒のオイルライターを差し出す。
「ありがとう、梢」
 微笑んでソラがそれを受け取った直後、小気味の良い金属音を立ててライターの蓋がひとりでに開く。そして、間髪入れずにインヴィディアの声が響き渡った。
「コレ以上、邪魔ナドサセン!」
 まるでソラの手を払うかのように、点火部から凄まじい黒炎が噴出した。慌ててライターを放り投げると同時に身をかわしたおかげでソラ自身は無傷で済んだものの、転がったライターの近くにあった別のベンチが吹き出した黒炎を浴び、一撃で消し炭になる。
 吹き出した黒炎はすぐにディティールを変化させると、たちまち人間の上半身を思わせる形になる。ものの数秒のうちに梢の手の平に黒炎の巨人――インヴィディアが出現した。
「出ましたね――貴方の相手はボクたちです」
 身を隠して見守っていた仲間たちの中からまず『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)がインヴィディアの前に飛び出す。
「友達に嫉妬して憎んでしまう事が嫌で、なんてすごく優しい子だね。そんないい子をアザーバイドの餌になんてさせてたまるもんか! 必ず救いだしてみせる! 僕の『誓い』に賭けて!」
 続いて勢い良く飛び出したのは『臆病強靭』設楽 悠里(BNE001610)だ。敵に威勢の良い啖呵を切ると、彼は愛用の手甲をはめた両拳を気合いたっぷりに胸の前で打ち合わせる。
「例え親友相手だろうと、嫉妬なんて誰でもする物ですけど。それで自己嫌悪に陥るとは、真面目な子なんですのう。そんな子を食い物にするアザーバイドの方には、是非お帰り頂けると良いのですが」
 悠里に続いて歩み出た『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)も悠里に同調するように、しみじみと呟いた。
「この機会に炎らしくパっと消えてもらおう、永遠にね」
 落ち着き払った声音で呟きながら、『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)も三人に続く。
「邪魔ダ!」
 歩み出てきた四人に対し、すかさずインヴィディアは腕の先端を構成する黒炎を砲弾のように飛ばす。黒炎の砲弾は着弾と同時に大爆発を起こし、凄まじい爆風と大量の黒炎を爆心地周辺に撒き散らす。
 だが、爆煙が晴れた後に現れたのは無傷の三人と、身を挺して彼等を庇った『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)だ。
「そんな暗い炎で、俺の心の火は消せない!」
 啖呵を切る快。それを見てインヴィディアが驚きの声を漏らす。
「俺ノ炎ヲ受ケタノニ、燃エナイ……ダト!?」
 攻撃に平然と耐えられたことに怒りを覚えたのか、インヴィディアは黒炎の手を快に向けると、先程よりも更に大きな黒炎を乱射する。自分の身体を構成する炎を全て放出し尽くさんばかりの勢いだ。
 無数に迫る黒炎弾に対し、快は両手をクロスさせた防御姿勢で立ち向かう。
「か……は……っ!」
 無数の黒炎弾を受け、爆煙の中で快は血を吐き出した。
「タトエ、オ前の身体ハ燃エズトモ、オ前ノスグ前ノ空気ハソウハイクマイ」
 口の端から血を流し、立っているのがやっとの快にインヴィディアが言う。彼の声は心底楽しそうな笑い声が混じっている。快の身体に直接黒炎を射ち込むのではなく、彼の至近距離にある空気を黒炎で爆破し、その爆風によって生じる運動エネルギーで快の身体に衝撃を叩き込む――手榴弾と似た原理の攻撃を咄嗟に思いつき、それが功を奏したのがよほど愉快なのだろう。
 何発もの鉄球に打ち据えられたようなダメージに、流石の快もくずおれて膝をつく。
「快!」
 悠里が焦って声をかけた瞬間、怒声とともにインヴィディアの剛腕が振るわれる。
「邪魔ダト言ッテイル!」
 壁役である快が倒れたのに即応し、真琴がその役目を引き継ぐように仲間たちを庇う。
「ここはボクが!」
 だが、やはり剛腕の威力は凄まじく、彼女も叩き伏せられてしまう。
 更に、特大の黒炎弾が放たれ、悠里たち三人や説得にあたっていた三人、そして待機していた『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)、『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)、『超絶悪戯っ娘』白雪 陽菜(BNE002652)、『似非侠客』高藤 奈々子(BNE003304)の四人を纏めて燃やす。
 凄まじい威力で叩き伏せられた仲間たちを見せつけられながら快は顔を上げ、あえて勝ち誇った顔を見せつけるように言った。
「凄い攻撃だな。けど……よ、これでもうお前には炎も力も残ってない……だろ」
 だが、インヴィディアはそれを鼻で笑うと、梢の方に向き直った。
「梢、思イ出セ」
 その言葉に梢はゆっくりと振り返る。
「オ前ノ親友デアルアノ娘ガ、オ前ト同ジ男ヲ好キダト知ッタ時、オ前ハ思ッタノダッタナ――アノ娘ガ事故ニ遭ッテ死ネバ良イト。ソシテ、オ前ハ一瞬デモソンナ思イガ心ヲ過ッタ自分ヲ、ホンノ一瞬トハイエ、親友ヲ憎ンダ自分ヲ同ジダケ憎ンダノダロウガ」
 その言葉を受けた梢は呆然としながら、まるでうわ言のように呟いた。
「あの子は親友なのに死じゃえばいいなんて思った……だから私はひどい女……」
 自分の言葉が梢の心に浸み入っていくのを見て取りながら、インヴィディアは更に続けた。
「ダガ、案ズルコトハ無イ。俺ガソノ悪心ヲ喰ッテヤロウ。ダカラ、再ビ俺ト共存シヨウデハナイカ」
 小さく頷くと、梢はふらふらとした足取りでインヴィディアへと近付いていく。
「行っちゃダメだ! 梢ちゃん!」
 倒れた状態で必死に顔だけを上げながら悠里が叫ぶ。
「君は優しい子だよ。でも、そんなものに頼るのは間違ってるよ! 誰だって後ろ暗い感情を抱く事ぐらいある。でもみんな負けないように戦ってるんだ!」
 しかし、悠里の言葉も、梢はゆっくり首を振って否定する。
「違うの。私はひどい女で弱い女。だから、戦うこともできないの……」
 それでも悠里は諦めない。
「梢ちゃんは優しい子だ。だから大丈夫。そんなものに頼る必要なんてないんだ! 君なら自分で正しい道を歩けるから!」
 九十九も倒れたまま声をかける。
「可愛さ余って憎さ百倍とも言いますしのう。好きな分だけ、相反する気持ちも強くなるというもの。むしろ、それだけ強い気持ちを他人に持てるというのは凄いことでもあるんですよな」
 安心させるような声で真琴も言う。
「恋煩いは昔からよくあるもの。お医者様でも草津の湯でも……と言いますからね」
 彼等の言葉で梢が足を止めたのを逃すまいと、アンジェリカは必死の思いで這いつくばりながら言葉を絞り出した。
「ボクにも好きな人がいるんだ。ボクよりずっと年上だけど、ボクはその人を愛してる。だからその人が他の女性と楽しそうにしてると胸がきゅっとして、とても辛いし、その女性が憎らしくなる」
 梢が僅かだが、自分の方に目を動かしたのを励みに、アンジェリカは更に言葉を絞り出す。
「でもね、ボクは同時に嬉しいんだ。そんな感情を抱くのは、ボクがその人を愛してる証だから。だからボクは嫉妬も、憎しみも、失いたくない」
 相変わらず呆然とした表情の梢に、自分の言葉が届いているのかという不安と戦いながら、アンジェリカは必死に訴え続けた。
「梢さんはいいの?嫉妬を吸われて、確かに心は落ち着くかもしれない。でも、それは梢さんが人を愛した、愛する事が出来た、その証を失う事なんだよ。それは他の誰でもない、梢さんだけの物、決して誰かに渡していい物じゃないんだ!」
 それに続いて奈々子も言う。
「こんな炎に嫉妬を食べられるのを異常とは思わなかった? 私はこんな炎、認めない!」
 悠里の方を一度見てから梢に目を移し、カルナも言う。
「梢さんの嫉妬は想いが反転したものですから、その想いを否定するような事はなさらないで」
 梢に共感するように星龍も語りかける。
「何とも厄介ですよね。負の情念というのは実に普遍的ですから」
 煤と爆風で飛散した土で汚れた顔を擦り、陽菜も声をかけた。
「嫉妬したっていいよ。でもその前に好きな人に告白だけはしてみようよ! 好きなんでしょ? 彼の事……」
 それでも梢は何かに取りつかれたようにふらふらとインヴィディアの元へと歩み寄る。そして、虚ろな目でインヴィディアの頭を見上げた。
「ソウダ! 梢、ヤハリオマエハ物解リノ良イ人間ナヨウダ! 実ニ結構!」
 満足げな声とともにインヴィディアが黒炎の手を伸ばした瞬間――。
「待て……よ!」
 凄まじいダメージで動けない筈の身体を気力だけで強引に立たせた上、全力疾走してきた喜平が梢と黒炎の手との間に割って入る。背中を黒炎に焼かれて苦悶の呻き声を上げながらも、喜平は必死に耐えながら、梢に語りかけた。
「散々悩んでる最中だ……今すぐ理解しろなんて言わないさ。でもさ歪な炎にくべてやる前に御前の意思を、御前の心を、言葉にしてみないか。大丈夫、どんだけ不恰好だろうが笑いやしないさ。全部、受けるよ」
 そこまで言うと、遂に喜平は倒れる。だが、梢は倒れた彼の横を歩いてインヴィディアへと近寄った。
「梢、実ニオ前ハ聡イ女ダ」
 上機嫌なインヴィディアの声を聞きながら、梢はその場にしゃがみこむと、インヴィディアの身体が生えているライターを拾い上げた。そして、静かに、だが、確かな声で言う。
「インヴィディア……さん。私はただの都合の良い餌だったのかもしれない――でも、あなたのおかげで気が楽になったこともあった……だから、ありがとう」
「梢、オ前……何ヲ言ッテ!?」
 困惑し取り乱すインヴィディアに対し、梢は今までの彼女が嘘のように晴れやかな顔で微笑むと、彼に言った。
「私はもう――大丈夫だから」
 そして、梢はライターの蓋に手をかける。
「ヤメロ……梢、ソンナ事ヲスレバドウナルカ――」
 あからさまにうろたえるインヴィディアの声に構わず、梢は他ならぬ彼女自身の声でライターの蓋を閉じた。そして、梢は悠里へと歩み寄ると、彼に手を貸して助け起こす。
「梢ちゃん……」
 何とか立ち上がった悠里に梢は、派手な攻撃で力を使い過ぎて独力では蓋を開けられないインヴィディアのいるライターを差し出した。
「その気持ち、無駄にはしないよ」
 そう応えてから深く大きく頷くと、悠里はライターを受け取り、それを凍て付く冷気を纏った手で強く握りしめる。インヴィディアの黒炎と同じく物理的なものではない、神秘に世界に属する性質を持つ氷塊に覆われ、インヴィディアはライターごと完全に封印された。
 晴れやかな表情になった梢に、慧架に肩を借りて歩み寄ると、アンジェリカは満面の笑みで梢に言った。
「悲しくても辛くても、全て受け入れ前へ進もう。自分が自分である為に――梢さんがそう思ってくれたから、笑顔を見せてくれたから。それがボクには最高のプレゼントだよ」

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者各位

 この度はご参加ありがとうございました。STの常盤イツキです。
 今年も始まってもうすぐ一ヶ月が経ちますが、いかがお過ごしでしょうか。
 今回のシナリオが皆様にとって、幸先の良いスタートを切るきっかけの一つとなりましたら、幸いです。
 
 今回のMVPは全員が梢を助けたいという思いで、一丸となって彼女の説得に臨んでくれた以上、本来ならば全員に差し上げたいところなのですが、そうもいかないので、「心の底からとてつもなく愛する人がいる」という自分の設定を上手に絡めることで上手く活かして説得を行ってくださったアンジェリカ・ミスティオラさんに決定致します。
 そしてご参加頂きましたリベリスタの皆様、今回も本当にお疲れ様でした。
 どうぞごゆっくりお休みください。

 それでは、次の依頼でお会いしましょう。

常盤イツキ