●宵闇ナイトメア 車中の男女は付き合い始めて三年になる。 「そう」 女はどこまでも冷たい態度で、おざなりに返答した。 「喉かわいたんだけど」 抑揚の薄い言葉が続く。 冬の宵時、幾つもの自動販売機が並んだ駐車スペースで、男は車のエンジンを止めて運転席のドアを開けた。 男は女の浮気を疑いもしたが、そんな様子もない。 「どれがいい?」 「別に」 男は、女がたびたび飲んでいる商品を選択した。 この半年間、男女はずっとそんな調子だった。 機械の中を落ちてくる缶が、無機質なリズムを刻む。 「今日は温泉かどこかでのんびりしようよ」 男は自分も彼女も、ここしばらく働きづめだったことを考える。 ついでに二人は休みの間隔も、まるでバラバラだった。 互いの仕事上、仕方のないことだとは分かっている。 そして、ようやく時間を作ることが出来て、四ヶ月ぶりのデートに付き合ってくれたのだ。それだけでも随分ありがたい話だと思いなおす。 第一こんなことだろうと思って、今日は旅館に予約をいれておいたのだ。 「だからね」 手にした携帯を弄んだまま、諭すような、どこか呆れたような声音で、女は吐き捨てる。 自動販売機のライトが、冷たい光で携帯電話のストラップを照らす。 赤いクリスタルガラスのクローバーが揺れていた。 「単に疲れとるだけなら、一人のほうがいいし」 二週間ほど前に、女に向かってどこかに行こうと誘ったのは、男の方だった。休みの予定は聞いていたから。 男は女に飲み物を手渡すと、もう一度車に乗り込んだ。 この前のデートの態度も酷かったが、ここまでじゃなかった等と思いながら、男は運転席の座席に大きく仰け反った。 「ゆっくり飲みなよ」 今すぐアクセルを踏み出す気分ではなかった。 エンジンだってかけていない。シートベルトもしめていない。 こうなってしまったのは、いつ頃からだろう。 彼は、最近まるで乗り気でない彼女のことが、いつの間にか分からなくなっていた。 瞳を怪訝の色を灯して女が問いかける。 「私、コンビニ行きたいって言ったんだけど?」 どうということはない一言の、何が差し障ったのだろう。 男は突如身を跳ね起こし、いつの間にか手にしたナイフを女の胸に突き立てた。 何度も、何度も、何度も。 噴き出した赤い血が、フロントガラスを染め上げる。 「えっ、あ……」 頭が痛かった。 どうやら突然ハンドルに頭を打ってしまったらしい。 飲み物を手にした助手席の彼女を尻目に、座席を倒してそのまま寝てしまったのだろう。 僅かな間ハンドルにうずくまりながら、男はたった今見た酷い夢のことを考えた。 愛する彼女を、手にかけてしまうという、そんな夢だ。 ここ数ヶ月のつれない態度に、隣でほんの一瞬だけ、心底頭に来たのは事実だ。 申し訳ないと思いつつ、男は助手席に視線を移す。 男の瞳に写ったのは、夢の中同様に変わり果てた女の姿だった。 ●採点 「なってないね」 「何が?」 唐突に呟いた『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の言葉に、リベリスタが質問を返す。 「エスコートのスタイルさ。あの子、結構可愛かったろ?」 ああそうだ。伸暁の返答だ。こうなるに決まっている。こんな質問しなきゃよかったと、リベリスタが頬杖を着く。 「そんな顔しないでよ、情報だろ?」 分かっているなら、さっさと寄越して欲しい。どうせ何らかの事件なのだから。 「女の携帯についていたストラップはウィッシュ・テイカーっていうアーティファクトさ」 「ほほー」 「ウィッシュ・テイカーは、近くの人の願いを叶えてくれるんだ。 ……すごく皮肉なタイミングでね」 リベリスタが問い返す。 「あの男が殺したってこと?」 「いや、ウィッシュ・テイカーから発生したEフォースの仕業だね」 なるほど。 一見ややこしいような気もするが、それほど複雑な話でもなさそうだ。 「詳しい資料はこれさ」 伸暁がポケットからくしゃくしゃの資料を放った。 リベリスタ達が視線を落とす。 「男は彼女とドライブ中で、お前等が現場に到着する頃には、ちょっとした駐車場に停車してる」 そう。他に注意点はないのだろうか? 「ウィッシュ・テイカーはね、願いを叶えると、しばらく力を弱めるんだよ」 しばしの反芻。それって。 「事後なら、事前よりは多少マシな強さになるってことさ」 ブリーフィングルームに静寂が訪れた。 「マシっていっても、あくまでフェーズ2のエリューションだけどね」 つまり強力ではあるのだろう。だが、それは兎も角。 「見殺しにしろ、と?」 「そうは言ってないよ。だけどリベリスタとして命を張るのはお前等だ。 選んだ答えがどんな選択でも、誰も責めやしないさ」 リベリスタが二本の指で己の眉間を挟み込む。 「ところであんなもの、どこで手に入れたんだろうね」 伸暁は、どこかで聞いたような台詞を呟いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月16日(月)23:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●触 「おっと、動くなよ?」 どこか獅子を想わせる鋭い視線が、一組の恋人達を射抜く。 「面白いストラップを持ってるな」 車に腕をかけたのは外国人だ。それもかなりの美形だが、射抜かれたカノジョに鑑賞の余裕はなかった。 「金になりそうだな」 「どこで手に入れた?」 取り囲むのは体格の良い数人の男達。外国人が混ざっている。物取りか。 事態の理解には、最初の言葉が放たれてから数秒を要した。カノジョはこの数年、誰かに絡まれたことなどなかった。 学生時代にしつこいナンパの相談をしていた時には、あの人とはまだ友達だったんだっけ。なぜこんなことになったのだろうと、女は考える。 カレシが飲み物を買うために、車を降りた矢先の出来事だった。 めまぐるしく跳ね回る思考は、『獣の咆哮』ジェラルド G ヴェラルディ(BNE003288)の広い手の平に制圧された。 「可愛い女連れてるじゃねーか」 微かな化粧に彩られた瞳が恐怖に震えている。 優しく顎をつまみあげる指先は、口付けのサインだ。カノジョはカレシに救済を求める視線を送る。言葉が出ない。 それまで四人の男達に囲まれ、様子を伺うように立ち尽くしていたカレシは、意を決したようにジェラルドに詰め寄ろうと試みる。 だがジェラルドは左腕一本で男を振り払った。カレシはそれだけで大きくよろめく。 神秘の力を持つ者と、そうでない者とでは、ごく単純に格が違いすぎる。突然の乱入者達がリベリスタであることなど、男女には理解しようもない。 「その勇気に免じて、女に手を出すのは止めておいてやろうかね」 ジェラルドが軽く手を振った。 男はスポーツでもやっていたのだろうか。精悍な体格ではある。背丈もそれなりだ。 だがそんな男の腕を、赤髪の男――『悪夢と歩む者』ランディ・益母(BNE001403)がいともたやすく捻りあげる。両者の背丈は頭一つ分も違っていた。 ランディが本気であるはずもないが、それでも子供のようにあしらうことが出来る。その事実だけでカレシは一気に戦意喪失してしまった。 だがリベリスタ達にも不本意な悪役を買う理由がある。 「出すもん出しなよ」 男が財布を落とし、女は震える手つきでエナメルのバッグから財布を差し出し、取り落とす。 銅貨二枚に、真鍮貨一枚が転げ落ちた。 「へぇ、そのストラップは金になりそうだな」 助手席のドアを開けたツァイン・ウォーレス(BNE001520)が女の腕を引く。右手から携帯電話が滑り落ち、乾いた音を立てる。 本心等おくびにも出さず、ツァインは携帯を指差した。 本命はそれだ。物取り達は金を取ろうなどとは毛頭思っていない。ツァインは僅かな貨幣を拾い上げると、財布ごとバッグに投げ込んだ。 女はわけもわからず、指し示されたゴミ袋に転げた携帯を放り込み、路肩に投げ捨てる。 リチウムイオンの電池が外れた。 携帯に結ばれたストラップの、赤いクローバーが透けて輝いている。 これこそ、運命を最も皮肉な形で叶えるアーティファクト『ウィッシュ・テイカー』である。 「こいつぁレアモンでな」 ランディが女に語りかける。聞きたいこともあった。 「何処で手に入れたよ?」 「し、新宿」 唇が震えている。女の恐怖は、ただ男達に囲まれたことだけではなかった。 なぜそれ以上を思い出すことが出来ないのか。ひどく頭が混乱している。 ともあれ、これ以上は聞き出せそうにない。 「来るぜッ!」 突如。これまで威圧の気配を漲らせたまま、押し黙っていた巨漢が吼えた。 「逃げなッ!」 ジェラルドが女の背を押す。 「その女はアンタじゃないとダメだ」 ツァインが男の背を叩き、耳元で囁く。 「疲れ取るなら一人でいいっつったろ?」 「せいぜい彼女を大事にしてやんな」 男女が一目散に逃げる。目の前の出来事など、理解の範疇を超えているのだろう。一心不乱に、振り返ることもなく去ってゆく。 そこで純白の光がはじけた。 ●現 リベリスタ達の行動は迅速だった。 付近に待機していた残り四名のリベリスタ達が一気に駆け寄る。目指すは光り輝くEフォースの群れだ。 どのタイミングで敵が出現するかというのは、リベリスタ達が危惧していたことでもある。 直感を張り巡らせて様子を伺っていた『星守』神音・武雷(BNE002221)がいなければ、事態は最悪の状況を迎えていたかもしれない。 「皆さん、良い方達で素敵です」 山田 茅根(BNE002977)は、底知れぬ笑顔を崩さぬまま呟いた。 敵の数は、やはり十一体。 仮に彼等があのタイミングでストラップを奪わなければ、女はEフォースによって殺害されていただろう。 『事後なら、事前よりは多少マシな強さになるってことさ』 あの時、伸暁は確かにそう言った。見捨てたほうが、楽になるということだ。 ゆえに苦戦は予測済み。それでもあえて苦難を選んだのは、多くのリベリスタ達の想い所以だった。 茅根個人にとっては、命を救うも救わないも同じ事ではあるのだが――。 「やはり勝手に発動する」 万華鏡が捉えたあり得べからざる未来で、Eフォースが殺したのは女だった。 その時アーティファクトはカノジョの持ち物であったにも関わらず、だ。 「……危険な品物ですね」 既に交戦に備えて集中を重ねていた『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)は敵の出方を伺う。 出現したウィッシュ・ナイトを相手取った壁を味方が形勢してから、厄介な回復手を一網打尽に出来るよう、絶妙なタイミングを見計らってのことだ。 結果、誰よりも先んじてウィッシュ・マスターが動く。ショック、呪い、怒りをもたらす悪夢の波動がランディをめがけて放たれた。 「将門サンはああいってたけど、これは二択じゃないよな」 複数の敵を一気に撃破するために、選抜された三名は一気に敵後衛まで突破させたい。ランディはその要の一人であるのだから、怒りで釣られてしまっては困る。 「ここでおれらが命張らなかったら」 だから武雷は、その一撃を遮った。 「何のためにリベリスタになったのかわからんぜ!」 叫ぶと共に、後頭を強かに殴られたような衝撃が武雷を襲う。マスターが放った悪夢だ。 物理的な威力こそないものの、視界は明滅し、怒りに頬が震える。 「先手必殺ッ!」 生み出された絶妙な瞬間、ランディは敵陣へと飛び込んだ。 「纏めて消し飛びな!」 唸りを上げる鋼の暴風が、従者達をずたずたに切り刻む。その強烈な威力に身動きすら覚束ない。 突如従者に突き立ったクォレルから炎が炸裂し、ランディの髪を更なる赤に彩る。 仲間を巻き込まぬよう、僅かな間隙を狙った見事な一撃である。 放ったのは純白の翼を広げる小鳥遊・茉莉(BNE002647)。美しい手に重厚なクロスボウが握られている。 それにしても、厄介なアーティファクトだ。 人は誰しも大なり小なり願望を持つ。当然である。 だが、それを敢えてまともに叶えずに行おうというのは製作者の意図が透けて見えて―― 「さてと――」 男女の姿を見送ることもなく、ジェラルドは敵のナイトを睨みつける。 「――戦と行こうかね!」 その名に相応しい騎兵槍が、敵の光輝く槍と交差する。 ジェラルドの槍はEフォースのわき腹を浅く抉り、光の粒子が飛び散った。 光の騎士達を包囲するため、吹き飛ばしてやる算段であったが、なかなか万事上手く行くというものでもない。 出来れば事前に戦気を纏っておきたかった所だが、これも致し方ないだろう。 こうして立ちふさがることが出来た以上、ひとまずは十分な戦果だ。 リベリスタ達は次々に騎士達の眼前に立ちふさがり、間隙を縫ってリセリアが従者達の群れに飛び込んだ。 刹那の攻防。霞み極限の集中に霞む剣先は青い茨のように従者達を余さず引き裂いてゆく。 従者達は体勢を崩し――だが依然一体も倒れていない! ●戦 好きな人同士は幸せになってほしいわ。 それが一番良いことだ、って昔お父様も言っていたし、私もそう思うもの。 だから…… それから二順が経過した。やはり先手の一斉攻撃が功を奏し、ここで漸く従者達を全滅させることが出来た。 武雷が抱いた悪夢の怒りも、自身の意思とにより打ち払うことが出来た。 術を行使するまでもなかったのは、ツァインが展開していたクロスジハードの加護があってことでもある。 「私に出来ることは少ないけれど、全力で頑張りましょう」 『月色の娘』ヘルガ・オルトリープ(BNE002365)が抱える分厚い魔術書から、癒しの魔力が迸る。 柔和に見える彼女とて、敵陣に飛び込みたい気持ちがないわけではない。 決して殺し合いがしたいわけではないが、己に出来る限りを尽くしたいからだ。 だが危険すぎる。敵を知る怜悧な判断は、危険を彼女に告げていた。今は癒しに徹したほうがいい。 茅根のトラップネストを、騎士はたった一度だけ避けきった。 騎士を押さえ込む武雷が、茅根と対峙する騎士へ向けて、即座に十字の光弾を打ち込む。強烈な閃光が視界を覆う。だが、浅い。 騎士の反撃は矛先を変えず、茅根の軽量な戦闘服を貫き、僅か一撃で体力のほとんどを奪い去る。 思わぬ痛打であった。リベリスタ達はナイトと対峙するジェラルド、ツァイン、武雷を中心にかなりの傷を負っていた。 そこに襲い掛かったマスターの光刃は、茅根が固める守りすら突き破り、彼はジェラルドと共に膝をつく。 誰にも聞こえぬ獅子の舌打ち。反して浮かんだのは微かな笑みだ。 彼はまだまだ強くならなければならない。二人は運命を従えた。こんな所で倒れていられるものか。 ジェラルドの槍先から放たれる真空の刃が騎士を打ち据え、開いた傷からキラキラと流れ出す光の奔流は止まらない。あれがこいつらの『血』だろうか。 他に、厳しい事態に直面することになったのは、遡ること一巡前に思わぬマスターの一撃に晒された茉莉とヘルガだった。 だが立ち並ぶ自動販売機の群れを壁として陣形を展開していた為、敵も深入りは出来ない。 ここで飛び込まれていたら一大事であったろう。ここでもリベリスタ達の堅実な作戦は順調に戦況をコントロールしていた。 その戦線は聖なる輝きを放つヘルガの、小さな背が支え続けている。 そしていよいよ従者への攻撃手が騎士の攻略に回る。 解き放たれたランディの斧とリセリアの剣は、たちまち騎士達に深い傷を負わせた。 更に茉莉が放つ強烈な火球が騎士達に炸裂する。 マスターを狙うか騎士を狙うか、難しい選択であったが、仲間を巻き込まずに騎士を焼き払うことが出来るなら、まずはそのほうがいいだろうと判断した。 それにBSに強いマスターを狙うには、相応のリスクもある。 「これで遠慮なくぶっ潰せんぜッ!」 流石に壊滅させることまでは出来ないが、ツァインはマスターを押さえることが出来る。 ツァインが敵の眼前に飛び込むと同時に、放たれた光刃は物理的圧力を伴い、盾が鋼の悲鳴をあげる。鋼靴が路面に火花を散らせた。 「終りか?」 食いしばる口元には不敵な笑み。反転、ツァインの剣が暴風の勢いでマスターに迫る。 輝く指先で剣を受け止めたマスターは、押し返そうと大きく震える。だが膂力を振り絞ったのは彼も同様。 直後、Eフォースの左腕は粉々に粉砕された。 「言ったろ」 遠慮なくぶっ潰す、と。 もう好きにはやらせない。リベリスタ達の反撃が始まった。 「さて、貴方の弱点は何処でしょうか?」 騎士は身体を捻り、回避を試みるが、その動きは予測済み。 さらけ出された一際細い腰に、茅根は自動拳銃を押し当てて引き金を引く。光が砕けた。 突き立つクォレルから、立て続けに四度の衝撃が炸裂する。 マスターの動きを止めることが出来れば、それが最善手である。強烈なBS能力を持つ茉莉としては、試さない手はない。 痛打とはいえないが、完全に決まった。通常であれば、四重の災厄が敵の身を蝕むはずである。なのに。 敵の動きが鈍る様子もなければ、毒に病んだ気配もない。ただ、光の粒子が弾けている。彼等の血だ。 完全には効果を表さないというのか。茉莉が唇を噛む。 「だけど。あの敵。完全な耐性を……持つ訳ではないみたいだわ」 ころころとしたヘルガの鈴声。おっとりしたようにも聞こえるが、真剣さはひしひしと伝わってくる。 「だから、痛打を」 どうにかこなせば、当たるには当たるというわけか。つまり『絶対者』と呼ばれる能力ほどではないということだ。 敵の動きには、何も表れていないように見える。ほんの小さな違和感は、ヘルガが見つけた微かな綻びだ。 彼女だからこその精緻な観察眼がなせる技だった。 騎士の一撃に、武雷の巨体が大きく吹き飛ぶ。自動販売機が明滅した。 生じかけた陣形の破綻は、しかし彼自身によって即座に立て直される。 たとえ速度で劣ると言えども、それを逆手に生かしきった戦い方というのもあるということだ。 そして―― ●終 幾度かの攻防が過ぎ去り、短い時の間に光り輝く騎士達は次々に消滅していった。 僅か数十秒。こうした手合いを相手にしたリベリスタの戦いとは、往々にしてこんなものである。 三度の攻撃でツァインが退く。かなりの傷を負ってしまった。割って入ったのはリセリアだ。 しかし集中に裏打ちされた茉莉の魔曲は、一度だけマスターの攻撃を封じることに成功している。 この消耗戦では、かなり大きな戦果だ。 そんな事情もあり、未だここがヘルガ達後衛の限界というわけではない。しかし敵の猛攻を凌ぐべく、未だ回復を絶やすことが出来ないままだ。 そして今、敵陣には、ほんの小さな隙が生じている。 こんな状況では、これ以上戦闘が長引けば何が起こるかわからない。 状況を察した茉莉が静かに舞い降りて目を閉じる。ヘルガの頬をすれ違う髪は甘い香りがする。 白い首筋を伝う一滴の赤はとても甘く、ちくりと胸に痛かった。 「オラ」 一刀両断。最後の騎士を切り伏せたランディが、マスターの背後を取る。 「そろそろ自分の願いをする番じゃねぇか?」 爆発的に膨れ上がった闘気が大気を焼き焦がす。 「クソみてぇな願い叶えるだけの道具が」 再び吹き荒れる鋼の暴風。 「調子ブチこいてんじゃねぇぞ! 今後はただの一点に向けて、袈裟懸けに振り下ろされるグレイヴディガーが、マスターの肩からわき腹を一気に両断した。 直後、光の刃が襲い来る。まだ動くというのか。ジェラルドが牙を剥く。 敵を取り囲むように、前衛達が足並みを揃える。これで全員が一気に狙われることはない。 流れるような無数の刺突は、その首筋を確かに捉えた。 茉莉が両腕で大きな自動弓を支える。弦の音は魔曲となり、四条の魔光が次々にマスターを刺し貫いた。 再び痛打。災厄は完全な効果を表し、哀れなEフォースを蝕む。 無機質な瞳で彼女を睨む敵は、最早光刃を放つことも出来ない。 「そろそろお開きとしたい所ですね」 未だ瞳を見せぬまま、茅根が拳銃を構える。その後ろでは、ツァインと武雷が気合十分に控えている。 「ただ暴力的に願いを叶えるだけのE・フォースなんて面白くもなんともありませんから」 それなら、まだ修羅場を眺めて居た方が楽しいというものだ。 ヘルガの祈りに、そこから誰も倒れる者はなかった。リベリスタ達の連撃は止まらない。 風のように二手が過ぎ、リセリアが妖精の足取りで軽やかに跳ぶ。蒼刃が煌いた。 呪いの痺れを打ち破ったマスターに残された一本の腕が宙を斬る。 光の刃にほつれたリボンが夜空をたゆとい、少女はそのまま敵の背後に舞い降りた。 突如はじける閃光。無数の亀裂。かすかに瞳を細めた少女の背後で、敵は光の泡沫と消えた。 ●焉 「何で俺は人の恋路世話してんだ……」 ツァインが笑う。別に構わないと思った。 「あの二人なんか好きだし。うまくいってくれるといいんだけどねぇ……」 疲労は重くのしかかっている。 「みんな元気になって帰りましょう」 ヘルガは傷が深い者達から、ふわりと癒す。リベリスタ達を月の光が優しく包み込んでいく。 次は武雷。だが、ここで癒しの魔力は途切れた。 ヘルガの小さな焦りと共に、取り出されたのは絆創膏。 武雷は擦り傷が残る大きな鼻を、そっと差し出した。 恋人達は救われた。リベリスタ達の覚悟が実を結んだのである。 最後に残ったものは。 「皮肉な形で願いを叶えるAFね。歪んでるナァ」 ジェラルドがストラップを放る。 「結局こんなモン、何処で手に入れたんだろうな」 ランディの手の平に受け止められたストラップが、かすかに震えたように感じられた。 細く白い腕から手渡される己自身の姿。そして受け取る女の笑顔。 絡みつく悪意はそれだけを伝えると、静かに崩れ消えていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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