● ガチャリ、ガチャリ。機械的な金属質の音が響き渡る。 子供達の遊んでいる公園の中、異質な『ソレ』は誰にも気付かれる事なく、ゆっくりと歩みを進めていく。 フォルムは人間。しかし、本来なら脳が収められているべき頭部からは鉄の箱のような物が肉からはみ出している。 その全身を覆う学生服はズタズタに切り裂かれている。それは外から裂かれたのではない。全てを拒絶するかのようにその体の内から服を突き破って刃が生えているのだ。胸にも、腕にも、足の裏にさえ。 「きゃはは、こっちだよケンちゃ……ぁ……」 その時、友人と追いかけっこをしていた少年が、意識せずにその体に己の体をぶつけてしまう。 無論、ただで済むはずがない。少年は異形の体から生えた無数の刃に体を貫かれ、あっさりと絶命する。 「きゃぁぁぁっ!?」 「アァ……ァ……」 突然大量の出血と共に倒れた少年の姿に、周囲の親達が悲鳴を上げる。しかし、それと同時に『ソレ』もまた、悲鳴を上げていた。 「近寄ルナ、来ルナ、触ラナイデ!」 明確な意味を持った言葉。しかし、そこから意思は感じられない。まるで条件反射に近い言葉の羅列。 「トモ君! トモく」 「拒絶……スル……」 次の瞬間、『ソレ』の周りにまるで壁のようなものが生み出される。 咄嗟に倒れた少年に駆け寄った少年の母親は、まるでその壁に吹き飛ばされるように空を舞い……木に叩きつけられて絶命した。 ● 「人がいない場所であれば……きっとこんな大惨事にはならなかったはず」 そう切り出した『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の後ろ、ブリーフィングルームのモニターに映し出されているのは、全身から刃が突き出し、頭から鉄の箱のような物が覗く怪物であった。 ゆっくりと公園を歩むその怪物。しかし、周囲の人間は誰一人として気付く様子は無い。 「フェイズ2のノーフェイス。個体名『リジェクト』。彼の行動原理は『周囲の全てを拒絶し、触れようとする生物を破壊する』事。元は学生だったみたいだけれど、人間らしい思考はほとんど残っていない」 頭の鉄の箱は『脳を周囲から隔絶するため』の物、体中の刃は『誰からも触れられぬため』の物。 その全ては周囲を『拒絶』するために作られている……その体のつくりを説明しながら、イヴは物悲しげな視線をモニタの中の彼へと向ける。 「彼には目的は一切ない。ただ、無軌道に歩いているだけ。周囲の一般人は彼を認識することすらできない」 運悪く誰かが『リジェクト』に触れてしまえば……そこで悲劇が起こる。 彼は触れるもの全てを傷つけ、近寄るもの全てを拒絶し、破壊してしまうのだから。 「彼が今居る場所は公園。事件の前日の夜からいる事が確認されてるから、夜が明けるまでに倒せば被害は出ないはず。場所のおかげで、障害物とかもほとんど無いから安心して戦える」 幸い、『リジェクト』の思考は周囲の敵を『破壊する』事に重点が置かれているため、リベリスタ達が倒れるまで逃げる心配は無い。 敵の攻撃は周囲を拒絶する事による近くの敵を吹き飛ばす攻撃や、敵の存在を拒絶する事によって呪い、動きを封じる攻撃が中心となる。共に威力は高く、注意が必要だ。 さらに、『自分を意識しつつも距離を取ろうとする』人間には特に敵意を抱くらしく、十分にブロックを行わなければ後衛陣へと強烈な攻撃を行う可能性もあるのだという。 「それと、一つ気をつけてほしい。彼は残りの体力が半分になると、自分の周囲に攻撃を拒絶するためのシールドを張るの。心を守るための拒絶の壁と、体を守るための拒絶の壁。同時に両方は張れないみたいだけれど……それぞれ、神秘攻撃と物理攻撃を完全に反射する」 対応する攻撃を行えば逆に攻撃者がそのダメージやバッドステータスを受けてしまう。二つのシールドには見た目や発動方法にほとんど差異は無いとイヴは告げる。 「色々思う所もある敵かもしれない。だけど、決して侮っていい相手じゃない。色んな意味で気をつけてね」 イヴはそう言ってリベリスタ達を送り出すのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:商館獣 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月17日(火)23:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 夜の公園に吹く風は凍えるような冷気を伴う。 その寒さの中でも破れた衣服を気にする事なくそれは歩を進めていた。 ガチャリ、ガチャリと音が響く。全てから拒絶された男の足音が。 「他者に否定されるだけの人生か」 感傷を含んだ呟きを漏らすのは公園の端にたたずむ『赤光の暴風』楠神風斗(BNE001434)、その言葉に繋げるかのように、その後ろに立つ『蛇巫の血統』三輪大和(BNE002273)は言葉を返す。 「一歩間違えれば、私達もこのようになりえたのでしょうね」 ナイトメアダウンで家族を失った二人。その生い立ちは世界から拒絶されたに等しい物であった。『運命』に愛されていなければ……そんな思いが二人の胸によぎる。 「二人があないなるわけないと思うけど……エリューション化する前はどんな学生さんやったんやろな?」 イヴから聞いた『リジェクト』の情報を反芻しながら、『レッドシグナル』依代椿(BNE000728)は大和の言葉を否定する。 周りの環境から拒絶され続け、エリューション化した後も運命から拒絶され。その不幸な男を倒すのは椿には心苦しく思えた。もっとアホみたいな理由なら、怪奇! 棘だらけ男! ってバ怪談にできんのになぁ、と思わずぼやく。 「でも、元が学生なら想像はつきそうッスね。否定されて閉じこもって八つ当たり……分からないでもないッスけれど、アホみたいな理由と思うッス」 「……っ」 その感傷を切り捨てたのは『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)である。ノーフェイスとはいえ、元は人間。リジェクトに同情していた『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)はその冷淡な思わず否定の声をあげそうになる。が、その言葉は口から出る事なく止まる。 紡がれる言葉は冷ややかであれど、リルの口ひげは小刻みに震えていて……彼女は理解する、彼の本心が別にあると。本当は心優しい彼が、『絶対に倒さねばならぬ敵』に情けをかけぬために紡いだ言葉であると。 「なんであれ、眠らせてあげよう」 だから返したのは、肯定の言葉。それに風斗は頷く。 「あぁ。どれだけ拒絶されようと全力で行くぞ。反射攻撃なんて喰らわないようにしろよ」 「もちろんだ。安心しろ」 そう言って微笑むのは『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)だ。 「保温容器に入れたスパゲッティならキチンと用意してある」 「そっちかよ!?」 思わず突っ込む風斗。その様子に、周りから笑いがこぼれる。 今から戦うノーフェイスは『自分への攻撃を反射する』能力を持っている。 その能力を突破するための算段を事前に立てている時に彼は思わず言ってしまったのだ、もし無謀にも突っ込んで反射ダメージを受けるような馬鹿な人がいるなら……。 「風斗さんの鼻スパ、期待しとるからな!」 鼻からスパゲッティを食べる、と。 「安心しろ、味は保証する。ミートソースも自作だ。心して味わえ」 「ソースまでつけるなよ!」 「何を言っている? スパゲッティにはソースをつけるのが『普通』だろう……と、話の途中だが、頃合いだ」 一段とトーンを落とした最後の言葉にリベリスタ達は表情を引き締める。 周囲の音を広く拾える彼女のその宣言、それは周りに一般人が誰もいなくなった事を示していた。 数人のリベリスタ達が異形の元へと歩みよっていく。 「拒絶したのか、それともされたのかは知りませんが……ま、見つけたからにはここで終わらせます」 巨大な槌を手に、『消失者』阿野弐升(BNE001158)は宣言する。自分が認識された事を知り、うろたえるリジェクト。 「喋リカケナイデ、見ナイデ!」 生み出される不可視の壁。それはノーフェイスの周囲に立った弐升達を吹き飛ばさんと襲いかかる。 「いいえ、拒絶されようとも……最後まで構い倒して見せますよ!」 だが、仲間からの加護を受けて背より翼を生やした弐升はそれをかわすとブン、とその鉄塊を振るう。 吹きだした血が、公園の中に舞った。 ● 戦場の中に響くのは洗練された歌声。音階通りに紡がれる癒しの歌。 (己を認めた者に仇を成す、か。ある意味私と相性がいい敵だな) その歌声を紡ぐのは、『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)だ。仲間への支援に特化した調整を受けている彼女は相手を意識する事なく戦う事が出来る。 彼女の支援の元で、リベリスタ達は敵へと切り込んでいく。 とはいえ、攻め込む者達の傷は決して浅くはない。 「自分自身も拒絶しちゃうくらい辛かったんだよね……こんな痛みよりも、ずっと」 翼より生まれた魔術師の瞳、そこから血が滴り落ちる。 痛みを堪えながらウェスティアが術式を紡げば、その血は黒き奔流となって異形を呑みこんでいく。 「ヤメテ、酷イヨ!」 その時ウェスティアの体と脳裏に鈍痛が走る。 彼は攻撃する者の体と心を抉り取る力を備えている。 それ単体はわずかな痛み。されど、己の血を媒介にした魔術の消耗と合わさり、確実な負担となってゆく。 己の肉体の枷を外した風斗もまた、同じ。 「オレの名前は楠神風斗、あんたの名前を聞かせてくれないか?」 「嫌ダ、ソンナの要ラナイ!」 問いながらその刃をふるえど、返ってくるのは拒絶の言葉と反撃の裂傷、そして刃に感じる手応えのみ。 逆にリジェクトの瞳から呪いの視線が放たれる。貫かれ、ふらつく風斗。 だが、その視線で貫かれたのは彼だけ。リベリスタ達は呪いの視線を警戒し、陣形を整える事で被害を最小限にとどめていた。 「全く、薄紙程度とはいえ防御の結界を張ってるんだ。もっと耐えろ」 その背に手袋に覆われたユーヌの掌が触れる。手袋に搭載されたディスプレイが護符の形に煌めけば、即座に痛みが引いていく。 無論、彼らは無意味に反撃のダメージを受けていたわけではない。敵の体にはより深い傷が刻みこまれている。 「痛イノハ嫌ダ、否定……スル」 体を蝕む毒や出血を僅かな意志の力で強引に無力化すると、リジェクトはその体に生えた刃をメキメキと成長させていく。しかし。 「俺を拒絶しようなんて、舐めたマネはさせません」 全ての動きを予測し、弐升が動く。上段からの容赦ない鉄槌の振り下ろし。 伸びていた刃達は再び元の長さ程度まで折れて砕け散る。 さらに追い打ちをかけるように爪が次々に差し込まれる。 まるで舞踏を踊るかのように反時計周りに次々とリジェクトに突き立つ爪。それを手にしているのは無数のリル。 「ウワァッ?!」 それはただの幻影ではなく、質量をもった影。リジェクトの体から延びる防御の刃はその一撃で多くが破壊される。 『なんでそんなに拒絶するんスかね?』 ハイリーディングで見えるリジェクトの心、それは恐怖と拒絶一色に染まっている。 怖がる必要なんてないのに。そう思いをマスターテレパスに乗せてぶつけるリル。だが、『相手が望まなければ』返事は当然ない。 「あなたの抱いた拒絶の心はその程度ですか? 大した事はありませんね!」 それでも無理矢理届かせようと、大和は叫ぶ。相手の心を動かすために、わざと怒らせるような言葉を。 「このまま終わっていいんですか? わたしは……あなたの破滅を予告します。それでもいいんですか!」 「イ、ヤダ……アァァ!」 掌の中で生み出したカードはその頭からはみ出た鉄の箱へと突き刺さる。直後、大和の心へと襲いかかる反撃の衝動。 (返事を返してくれた?) よく見ればその鉄の箱には小さなヒビが生まれていた。 もしかしたら討たれる前に彼の記憶を、心を取り返せるかもしれない、と淡い希望を大和は抱く。 倒すという運命は変えられぬ。ならば、せめて手向けとして……人として最期を迎えさせてあげたい、そう考えているのは彼女だけではなかった。 「迷惑やろけど、うちらは自分に興味津々なんよ」 秩序の為には彼を討たねばならぬ。それでもエゴを満たすために女は銃を手に、口から煙と共に言葉を吐きだす。 「赤信号やから止まれいうてもどうせ拒否するやろ? なら、今回は黄色信号。焦りぃな……人間らしく」 放たれたのは呪いの魔弾。 リジェクトの体を呪いが蝕む。リルの与えた防御力の低下が、大和の与えた不吉なる暗示がその体へと纏わりつく。 椿の言葉通り、それは焦りを相手へともたらす一撃となる。 「これは葬送の歌。これで眠ってっ!」 「運にすら拒絶されたようだな?」 さらにそこへウェスティアとユーヌの魔術が重なる。毒が、不運が、リジェクトを蝕む。 それらの積み重ねは彼女の思惑通り、ノーフェイスの心を揺らす。 「怖イ、助ケテクレ、大嫌イダ!」 震えはじめるその体。今までにない恐怖と焦りに揺れるリジェクトは不可視の壁を生みだし、風斗を、リルを、そして弐升を吹き飛ばす。 「君モドウセ、拒絶スルンダロ?」 そのまま、彼は腕をさし伸ばす。その腕から生えた刃はそれまで以上の鋭さを持って高速で伸びようとする。 だが、その刃の伸びが鈍る。 「せぇへんわ。拒絶されたかて、そこで諦めたらもう終いやないかっ!」 そこへ立ちふさがるのは椿、大和、そして瞳。吹き飛ばされた前線を立て直すべく彼女らは前に進み出る。 元より一直線上にならぬよう気をつけていた彼らにとって、その陣形の変更は容易であった。 「ア……アァ……」 黒いオーラを動かして攻撃を仕掛ける大和。それに対してリジェクトはその手を真正面へと向ける。 「みんな、気をつけて! 来るよっ!」 ウェスティアの声。それを聞いて大和は攻撃を止める。 黒いオーラが狙ったのは、リジェクトの頭部。にも関わらず、大和の黒い髪が何かに掠ったかのように少しだけ散った。 ● 「くっ……どっち守ってるかくらい考えてほしいッス」 相手の心を覗けるリルが思わず呟く。相手の心は乱れ、揺らぎ、反射する能力に関する情報はまるで読み取れない。 しかし、状況はリベリスタ達にとって圧倒的に有利。 重ねた毒が、出血がその身を蝕み、幸運にすら見放された彼の一撃はその半分近くが大きく的を外れたものとなる。 「考える余裕もないって事やろうね……うちに任せとき!」 この機を逃してなるものかと、椿は身の素早さと非力さを生かし、相手への特攻を買って出る。 (うちが鉄砲玉になったなんて言ったら、どないな顔するんやろうな?) ふと、脳裏によぎったのはやんわり拒絶しても自分の事を見捨てず、つき従ってくれていた組の者達。 彼にも、そんな人がいれば、ノーフェイスにはならなかったのだろうか……そんな思いが脳裏をよぎる。 「痛イ、ヤメテ!」 果たして、牙は届いた。悲鳴を上げるリジェクト。 「これは拒絶の為の攻撃やない。刻んで繋ぐ、記憶の為の攻撃や!」 「イヤダイヤダ……」 「リルは否定も肯定もしないッスよ。ただ、受け入れるだけッス」 口から漏れる言葉はクールに、されどリルは己への反動を顧みることなく、熱い死の爆弾を炸裂させてリジェクトに傷を与えていく。 それに続けて放たれた大和の黒き影の一撃。上がる悲鳴はより大きくなってゆく。 「ヤメテ触ラナイデ虐メナイデ!」 「なら、これはどうだ?」 神秘の攻撃が跳ね返される事は織り込み済み。ならば、回復はどうだろうか。瞳はリジェクトを巻き込んで天使の歌を紡いでいく。 「ア……レ?」 癒されていく己の体を見て、彼はどこか嬉しそうに動きを止める。 もし、彼がそれすらも拒絶するならば、彼は気高き拒絶する者と言い切る事ができただろう。 だが、彼は癒しを受け入れた。己にとって都合のいい事だけを。それは即ち……。 「貴様は拒絶する者でもなんでもない、ただの生き汚いだけの化け物だ……全てを拒絶するなら、まず自分を拒絶しろ」 思わず瞳は拳を握りしめる。 「イヤダ怖イ助ケテ」 「ちっ、また……」 再び生み出される反射の壁。正体を確かめるべく椿は駆け寄ろうとして……。 割り込まれた。 「触らないで、と言うなら一人で足を抱えて耳を塞げばいい」 鉄槌を構え、椿と異形の間に割り込んだ弐升は力強く言葉を発する。 「なのに、自分から外をふらつくとか……中途半端なんですよ。さびしがり屋の構ってちゃんめ」 容赦ない毒舌が、体に生えた刃より深くリジェクトの心を抉る。 彼の知り合いならばよく知っている、彼特有の毒舌。 「だから、構ってあげますよ。構い尽くしてやりますよ」 だが、その後に続いた言葉と行動は、彼を知っている者を、彼自身も含めて驚かせるものであった。 振り下ろされたのは全力の一撃。 激しい雷を纏った一撃は……接触を恐れる心が生み出した壁に阻まれ、逆に弐升自身の体を深く傷つける。 「なっ……アホか!」 思わず叫ぶ椿。だが彼は割り込む暇すら与えずに、さらに二度目の槌を振るう。 反射される事など、とうに分かっているのに。 「壁って言うのはね、ぶち壊すためにあるんですよ」 anonymous、即ち『匿名性』という偽名に冠する彼にとって、この世の中の事象はどれだけシリアスであっても笑い飛ばしていい内容であるはずであった。 何故なら自分は真名を隠した部外者だから。 どんな場面でも『匿名の一人物』として、彼は世界を一歩引いた視点で見る事ができる、そう考えていた。 だが、出来なかった。 「俺とギガクラを、舐めるなぁ!」 anonymousではなく、阿野弐升という一人の人間として、彼はその全力を持って壁へと切りかかる。 跳ね返った雷はその身に纏った服を焼き、その衝撃は眼鏡を砕く。舞い散るガラス片。 それでも、男は敵を見据える。その運命を燃やしてまで。 「あぁ、その通りだ。乗り越えられない壁は無いんだよ!」 それに合わせ、風斗もその刃を振り下ろす。 全てを粉砕するかのような強烈な一撃に吹き飛ぶ風斗、だが逆に彼の闘志は燃え上がる。 「ナンデ……」 零れるリジェクトの言葉。それは拒否でもなく、嫌悪でもなく、疑問の声。 人としての心を垣間見せた事に、大和は思わず息を呑む。 「道理を殴り飛ばして無理を通すのが信条でね」 「一度拒絶されたくらいで諦めるなんて、絶対に言ってやるもんかっ!」 二人の言葉に応じるかのように、リジェクトの頭の鉄箱に大きなヒビが入る。 「ここで折れるとは、拒絶すら半端か」 だが、それでこそ人間だな、とユーヌは目を細め、てをかざす。 敵が神秘攻撃を受けつけぬ間に集中を重ねていた後衛陣の魔術の本流はひび割れた脳の容れ物を容赦なく打ちすえ、砕き割る。 「ア……ァ……」 震える両手を振り回し、異形は後ずさる。既に力は完全に尽きていた。 そこへ後ろから一人の少女が躍り出る。 「構って欲しかったんだよね? 辛かったんだよね……でも、もう終わりにしてあげる」 慰めになるかはわからない。 それでも、ウェスティアはその手を掌から生えた刃に傷つけられる事さえ気にせず、異形の左手を己の手で握る。 普段仲間に見せぬような憂いの表情を浮かべて。 力は籠っていない。なのにその手を異形は、振り切れない。離せない。 「お名前、お聞かせ願えませんか?」 投げかけられた大和の問い、それを拒絶する事無く一言呟くと……彼は崩れ落ちた。 ● 「大丈夫か?」 「えぇ、なんとか」 瞳の治療を受けながら弐升は、我ながららしくない事をしたものです、と苦笑を零す。 「分からなくもない」 だが、意外にも瞳が紡いだのは同意の言葉。 『今の己を拒絶して』戦いに身を投じる彼女と、『過去の己を消して』今を生きる彼。二人はどこかで感じていたのかもしれない。自分達とリジェクトの間に通じるものを。 だからこそ二人は、中途半端であった彼に、怒りのような、もどかしい思いを抱いたのかもしれない。 「うおおお、やったぞー!」 その時、公園の一角から叫び声があがる。 鼻と口周りをソースで真っ赤に染めて叫ぶ楠神の傍らには、いまだ山盛りのスパゲッティがあった。 「やった言うたかて、一本やないか!」 「容赦ないな、依代さん! 一本でも無茶苦茶辛いんだぞ、これ」 本当に涙目で告げる風斗だが、外野は一切容赦はしない。 「でも、諦めるなんて言わないッスよね、風斗さんなら」 「そうそう、絶対に言わないんだよね?」 先ほどの彼の言葉を引用するリルとウェスティア。それを風斗は拒否できない。 「あぁ、もちろんだよ。くそっ! 絶対拒否なんてしない! やりきってやるさ! アイツへの手向けだ!」 半ば自棄の言葉。けれど、それは先ほど倒れた『彼』への想いも込められていて……。 「よかったですね、タカハシミノルさん」 人として最期に憶えられながら散っていった男へ、大和は呟く。 「そうか、ならこっちも食べてくれるよな?」 その時、風斗の前にもう一つの皿が置かれる。 皿の中で湯気を立てるのは、白いソースのかかったスパゲッティ。 「えっ」 「阿野だけじゃなくて、楠神も馬鹿みたいに反射されてただろう? だから、二人分だ。それが『普通』だろう? 安心しろ、腕によりをかけたカルボナーラだ」 ニヤリ、と笑む少女。 口をパクパクさせる風斗。 呆然とするギャラリー。 静まり返る公園の中に次に響き渡ったのは、その罰ゲームの元凶たる男の毒舌であった。 「これを拒絶しないなんて、さっすが楠神さん。それじゃ、二皿分お願いしますね」 楠神風斗がスパゲッティを食べて重傷を負ったという、意味不明かつ不名誉な『実話』がアークの中で広まるのは、数日後の話である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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