●地下の革醒 冷え切った地下に汚れた水が流れている。 下水道である。 蠢いているのはたくさんのドブネズミだ。一匹一匹がまるで猫のように大きく、まるまると太っている。 その中に、冷たい水の流れの中に、うつ伏せに倒れている人影があった。 背広を着た男であるようだ。いや、あったようだ。今は白骨死体となっている。ネズミたちが骸を喰らいつくしたのであった。 カツ、カツ、とこの地下に足音が響いた。ねずみたちがわっと散る。 現れたのは、仮面を付けた男であった。地下水路の乏しい照明の中で、黒々と濃い影を落としている。 「ふむ、ここにいたかね」 仮面の男は、骸に声をかけた。 「ああ。ああ。そうだろうとも。その未練は君にあって当然のものだ……。だから」 きちきちちちち、と影が鳴る。影の中でなにかが蠢いている。仮面の男の手がその『なにか』を掬いとり、骸に注ぐ。 「だから、行くといい。君の思うままに」 ●パパ 「パパ?」 なんとなく呼ばれたような気がしてカズミは立ちあがった。 父親のことは決して好きではない。 中二にもなってパパ大好きって言うのもどうかと思うし、なにかと干渉して来てうざいし。 それでも、もう何日も帰って来ず行方もしれないとあれば、それは『気がした』だけでも立ちあがる。 上着を着て家から出た。呼ばれている、という確信はますます強まる。 そして角を曲がった時…… 「か、ずぅ……みぃ……」 パパがいた。 カズミは、絶叫した。 ●聖夜の残滓 「先日、偽物のサンタクロースのアザーバイドが人々を襲いプレゼントを強奪するという事件がありました」 『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)はいつものように手早く資料を配った。 「それ自体はすでに解決し、件のアザーバイドは滅んだのですが……今回のエリューションは、その時の被害者がアンデッド化したものです。被害者は娘にプレゼントを買って帰る途中アザーバイドに殺され、下水に捨てられていました。今も、娘に会って抱きしめるつもりでいるようです。けれどもちろん、そうさせるわけにはいきません」 速やかな撃破をお願いします、とフォーチュナは告げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:juto | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月11日(水)22:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●傍観者 暗がりの中で、男がネズミの腹を撫でている。 闇に目立つ、真っ白なハツカネズミである。 「さて、『彼』はどの程度頑張れるのだろうね。楽しみだ……」 ちゅう、ち、ち、ち、とネズミが鳴いた。 「ああ、確かに。彼が勝つのはとても難しいだろう。けれどだ」 仮面の男は、ネズミののど元をくすぐる。 「その情念を伝えることが出来たのなら、それは敗北とは呼ばれない。私はそうも思っているのだよ?」 ●移動中 「人の情念を弄ぶこのやり口、どうにも気に入りませんね」 『畝の後ろを歩くもの』セルマ・グリーン(BNE002556)が呟いた。金色の瞳が街灯を照らし返している。 「情念……そうですね。けれど死んでもなお会いたいと思う心情そのものは美しいと、そう思います」 出来ればかなえさせてあげたいけれど、と雪待 辜月(BNE003382)は言う。けれど、もうどうすることもできない。 「あは。可哀想なお父さん。骨になってまで帰って来たのに娘に悲鳴をあげられて。でも思う気持ちは、うふふ。素敵だと思いますよ?」 『残念な』山田・珍粘(BNE002078)――自称は那由他――は哀れんでいるのか楽しんでいるのか分からない。 「……なんだか、やりにくい相手……」 山川 夏海(BNE002852)はさっきからうつむいている。身体的にこそ成人だが、精神はまだ11歳だ。 「ネズミの相手に専念するという手もありますよ」 辜月がそう提案すると、けれど夏海はかぶりを振った。 「割り切るよ。いつもと同じ。排除するだけ」 「気になるのはむすめごのことよな。……理不尽じゃのお……」 『嘘つきピーターパン』冷泉・咲夜(BNE003164)がそう心を寄せるのは、これは真情だろう。夏海とは逆に、彼は外見の方が10歳程度である。 「そうだな。……出来ることをやるしかない」 ハイディ・アレンス(BNE000603)が凛として告げる。 「これ以上犠牲者を出さないためにも偽サンタのやらかしたことの後始末だ」 「全く…酷い後片付けになりそうね」 そう呟いた片桐 水奈(BNE003244)が、ついでに「結界は今張ったわ」と一行に告げた。 もう一人、赤いコートを羽織った男――『赤備え』山県 昌斗(BNE003333)――は終始黙っていた。彼にとってこれがリベリスタとしては初めての戦いだが、緊張しているわけではない。彼はただ、戦いを楽しみにしていた。そこのところで、感傷的な述懐にかかわる縁がなかっただけだ。 ●山崎カズミ パパの声を聞いたと、そう思った。だから外に出た。 パパはなんとなくそこにいるような気がしたから角を曲がった。 パパがいた。変わり果てた姿だった。なのにパパだと分かってしまった。 カズミは悲鳴を上げた。 そこにいたのは、ぼろぼろの背広を着た白骨死体だった。闇の眼窩に片側だけ赤い光が炯々と灯っている。虚ろな肋骨の中にはたくさんの小さな光がひしめいている。それはネズミの眼。そう、ネズミだ。まるまると大きなネズミが無数に群れて続々と側溝から上がってきて路地を埋め尽くす。 「ひ……や……」 「かぁ……ずぅ……みぃ……」 ひどくのろのろと『パパ』が近づいてくる。 怖い。怖い。怖い。膝の力が抜けて動けない。 パパは自分を抱きしめたいのだろうと、そう思った。もうずっと、そんなことはなかったけれど、今は。そして抱きしめられた時自分は死ぬのだろうと思った。 そこに。 「させられません。ふふふ」 恐ろしい場面に、突然場違いなものが飛び込んできた。少女――那由他だ。ひらひらのドレスを着ている。ドレスがかさばるからでもないだろうが、見事にパパ/山崎カズヒロの行く手を封じていた。 「……え?」 カズミにはなにが起きたのかまったくわからない。さらに。 足元に迫っていたネズミの姿がはじけ飛んだ。褐色の肌の女性――セルマがカズミに迫るネズミを次々に切り飛ばして行く。 もう一人、緑の髪の女性――夏海がこれは『パパ』に真っ向から向き合う。 「排除する。それが私のたった一つの掟…消えて」 「……え? ……ええ?」 次々に登場人物が増えていく状況に、カズミの思考はとても追いつかない。 「風よ。吹き抜ける風よ。しばしとどまりて我らが翼となれ」 今度は呪文だ。唱えたのは長髪の落ち着いた女性――水奈。と、ともに、 「きゃあ!」 体が浮き上がった! まだ怖くて力が入らないままで、ふわふわと浮遊する。 「いや! なに?」 「大丈夫じゃ。なにも案じることはない」 その声はすぐ耳元で聞こえた。言ったのは十歳程度の少年――咲夜だ。その金色の両目に捉えられた時、ふわりと、意識が浮いた。恐怖を手放した。 「……これは夢じゃ。大丈夫、目が覚める頃には全て終わっておる。ほんに哀しくて……優しい夢じゃよ」 「夢……」 その夢の中で、ネズミどもが飛びあがってカズミに襲いかかる。それを防いだのはよりによって天使のごとく大きく翼を広げた金髪の女性――ハイディだ。確かにこれは夢であるようだった。 けれど夢の中でも傷つきはするようだ。ネズミの牙が、小さいが鋭い爪が、ハイディの肌を切り裂く。 「御使いの息吹よ。その使徒に癒しと祝福を」 大きな本を手にした黒髪の少年――辜月がそう唱えると、その傷が光を帯びて消えていった。やはりまさに夢の中の出来事である。 「なにが夢だかな……。付き合えよオッサン。デスマッチだ」 赤いコートを羽織った男――昌斗が、『パパ』に銃を向けた――。 ●父とネズミとリベリスタ(と傍観者) 戦端が開かれてから数分は、戦いの焦点はただ一つ、いかにカズミを守り通すかにあった。翼の加護で高度を得るとは言っても、鼠どもの跳躍が届かないところまで飛び上がるにはそれなりの時間がかかったのである。 その間、咲夜はさながらウェンディを守るピーターパンのごとく、カズミをぎゅっと抱きしめて守り通した。 「かぁずぅみぃ……」 カズヒロが娘に向けて手を伸ばすと、その手を何十倍にも拡大した形にネズミの群れが動き、カズミに向かって行く。ネズミがネズミに駆け昇りまた噛みついて支え、群れが鎌首をもたげる。ただその動きはひどくゆっくりとしていた。だから、 「斬影のブレイクダウン! ……なんちて」 自らはなった残影剣とともにセルマが群れに飛び込みその大部分を蹴散らす。 「害獣どもは滅殺!」 害獣……セルマの趣味、というかもはや本業、は農業である。 そのセルマの視野にちらりと映ったのは、離れた屋根に腰かけている仮面の男である。 (あんにゃろう見てたのか!) 顔を見てやりたいとは思っていたがこんな時に顔を出されても対処のしようがない。いちいち腹が立つやつである。 (いつか叩きつぶす!) 心中に誓っておく。 「ネズミさんネズミさん、貴方達の血で私の道を真っ赤に彩って下さいな」 まずはドレスを血に染めてチンネン……おっと那由他の剣舞。次々とネズミどもを屠って行く。 「険呑になって来たのぉ。カズミ嬢、しばし目を瞑っておるのじゃ」 咲夜がカズミのまぶたに軽く触れ、目を閉じさせる。 バキ! と凄まじい音を立ててカズヒロの膝が砕けた。すぐさまネズミどもが集まって脚の代わりになるが、動きは鈍る。撃ち抜いたのは夏海だ。 「近寄らせてやらないよー。病気にでもなったら困るからね」 いざ戦いとなれば、『必要な冷酷さ』を発揮して見せることができる。それは素晴らしいことなのか悲しいことなのか。 「うぉぉおおおお。かずみっ! かぁずぅみぃぃぃぃぃ!」 「なぁ、オッサン。そんなに娘のことが好きか?」 話しかけながら昌斗は立て続けのライフル弾をカズヒロに撃ち込んで行く。連射の技術こそ彼の真骨頂である。 「俺はオッサンのこと邪魔するぜ。娘に近寄りたかったら俺を殺してからにするんだな!」 「がぁあああ!」 それに応じたのか、カズヒロの骨だけの手が昌斗にかかり、肉をはぎ取った。 「ぐぅっ……こうじゃなきゃいけねえ!」 傷を負ってなおバトルジャンキーは嬉しげである。 「無理はするなよ。治癒にも限界はある」 ハイディがそのそばに舞い寄って治癒の術を駆使する。もともと飛行のすべを持つ彼女は機動力を生かして前衛後衛自在に動き回り治癒を行っていた。もうひとつ、守護結界の維持も彼女の役回りである。 「ちゅぅちゅぅちゅぅ……チチチヂヂヂヂ!」 ざわざわ、ぼこぼこぼこっとネズミの群れがざわめき湧きたちリベリスタ達に一斉に襲い掛かる。規模が非常に大きいその攻撃をかわすのはほとんど不可能である。高度を取ったカズミと咲夜以外はみな一様に傷を負うことになる。 「御使いよ昇り昇りて高らかに歌いたまえ!」 水奈の詠唱とともに高空から妙なる響きが光の粒とともに降り注ぎ仲間を癒す。 「傷が深い子はよろしく」 「はい!」 治癒役同士連携を取って辜月は個別の回復に回る。それもまずは治癒役、次にカズヒロに正面から当たっているもの、と明確に順位づけをしてチームの継戦能力を常に維持しているのである。 リベリスタ達の戦術は高度に的確であった。まずはネズミどもの数が着実に減らされていく。それにつれてカズヒロがネズミを駆使して攻撃する機会も減り、単純な殴る蹴るに対応すれば済む状況になって行った。 とはいえ、『事故』は起こる。 ――どすん――と。 白骨の貫き手が昌斗の胸に突き刺さったのだ。 「がはっ……」 大量の血を吐いて倒れる。だが。 「くく……嬉しい、ねえ……」 地面を掴み立ちあがった。 「ただの雑魚でこの強さかよ。こりゃあ長いこと楽しめそうだ…!」 歓喜の色すら見せて、血を流しながら引き金を引く――。 やがてネズミが全て滅ぼされると、リベリスタ達の攻勢一方となる。 「かぁず、みぃ……」 届かぬ手を振りまわしながら戦う白骨死体には、悲哀の色すら感じられた。 それにとどめを刺したのは。 「娘ばかり見てるんだね。後ろがガラ空きだよ」 夏海が後頭部に叩きこんだ一撃だった。 ばり、と頭蓋骨が割れた。全身の骨格の結合が解け、ばらばらに崩れ落ちた……。 ●優しい仕事の終わり方 「ふう……。痛つつ……。初戦でこれか。リベリスタって仕事は当分楽しめそうだなあ……」 深手を負いながら昌斗は上機嫌である。『赤備え』のコートをばさ、と大きくはたいた。 「それじゃ、お疲れさん」 彼にとっての仕事はとどめを刺したところで終了である。 「ああ、お疲れ様……」 とはいいつつ対象的にまだ『やるべき仕事』を残していたのがハイディだ。遺体を探り、手掛かりを探している。 「……なんだ、これは。……【D/C】?」 「え。ちょっと見せて」 セルマもその手元を覗きこむ。そこにあったのは真っ赤な歯車であった。透かし彫りで『D/C』と刻み込まれている。 「あんにゃろう……」 黒幕の、名刺の様なものか。セルマは例の屋根の上を見やったが、もうそこにはなにもいなかった。 「ねえ、これ、遺体、さ……」 夏海が仲間を見回した。 「アークに頼んで、事故に遭ってたのが遅れて見つかった、ってことに出来ないかな? さっきのが最後に見たお父さんの姿っていうのは、きついよ」 「そうね。……いい子ね」 自身も親を失っている夏海を思いやったのか、その頭を水奈がぽんぽんと撫でた。 辜月も賛成する。 「そういう経路なら遺骨も返してあげられますしね。それがいいです。ちゃんとお別れをさせてあげたいけど……今夜のことは、記憶に残さない方がいいでしょう」 そう言いながら、カズミを見やる。今は魔眼の影響下でぼうっと突っ立っている、が、それが解けたときに父親にちゃんとした別れを告げられそうだとは、残念ながら思えなかった。 「あは。まあ忘れた方が人生楽しく生きられるとは思いますけど。あはは」 と言いながら那由他が催眠状態のカズミのほっぺを引っ張った。遊んでいる。 「けれど、あんな姿になる程度にはお父さんは、貴女を思っていた事は覚えておいて下さいな」 言っていることはまともである。もっともカズミは頷きも否定もしなかった。 「さて、それでは家に帰し記憶を消して術を解く。それで……構わぬかの?」 術者の咲夜がそう問いかけると、ハイディが小さく手を上げた。 「渡すものがある。……これを、持っていってくれ」 それは戦いの中でねじくれて潰れた、小さなプレゼントの箱だった。ぼろぼろの背広のポケットにずっと入っていたのだ……。 「これからお主は日常に帰る。悪い夢は忘れるのじゃ……。じゃが、父君がそなたのことを大切に想っておった事だけは覚えておいて欲しいのじゃよ」 目を覚ました時、カズミは机に突っ伏していた。 「ん……ゆめ、みてたのか……」 伸びをし、それからまだ帰らぬ父を思う。 「ほんとどこいっちゃったんだろ、あの人……」 自然と手が胸元のペンダントに伸びた。『いつもらったのか忘れたのだが』、それは父から貰ったものなのだ。カズミがアクセサリーの類を付けるのには、いつも反対する人なのに。 「早く、帰って来てよね……」 ほろりと、涙がこぼれた。 FIN |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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