●Constant dripping wears away a stone. (雨垂れ石を穿つ) ――アメリカのことわざ ●スクールガール・グリンス・イン・フロント・オブ・ザ・ウィンドウ 2012年 1月某日 神奈川県 川崎市 駅のすぐ近くに建造されたアーケード。多数の商店が所狭しと立ち並ぶその通りも、深夜とあっては閑散としていた。 当然ながら店の灯りは消え、あるのは等間隔に設置された街灯の明かりだけだ。そうした光に薄ぼんやりと照らされた通りを一人の少女が歩いている。 紺のカーディガンに白のブラウス、カーディガンと同色のミニスカートとハイソックス、そしてローファーという格好は典型的な女子高生のそれだ。しかしながら、こんな時間に一人歩きしている女子高生ながらも、その格好はいささか地味に感じられた。 服装も活動的でありこそすれ、過剰に肌を露出するものではないし、顎下の長さで切ったセミロングの髪の毛はあまり染色の目立たない焦げ茶色で、化粧もしていないようだった。 端的に言えば、それほど不真面目そうに見えない少女が夜中の繁華街に一人佇んでいるのだ。警察官が通れば補導されるのは勿論、不逞の輩に見つかれば絡まれかねない。 だが、その少女はそうしたものを何ら怖れた様子も無く、閉店中のブティックに歩み寄ると、街灯の光を受けて通りの風景を反射するショーウィンドーの前に立ち、覗きこむようにして顔を近付ける。 彼女はショーウィンドーの表面を鏡代わりにして素肌の具合をチェックし終えると、満足したのかガラス面に向けてにっと笑う。健康的なピンク色の唇の合間から白い八重歯を覗かせて彼女が笑顔を浮かべていると、不意に足音が響く。 静かなアーケード内に響き渡る足音は少しずつ大きくなっていき、やがて彼女のいる辺りへと近付いてくる。だが、何者かの接近にも特に反応を示さず、彼女は笑顔のチェックを続けていた。 それと時を同じくして、彼女のスカートのポケットで携帯電話が振動する。彼女はそれに気付くと、左腕を軽く翻して上品な腕時計――女子高生が所持しているのが不思議なくらいの超高級ブランド腕時計の文字盤に目を落とした。 時刻を確認し、満足そうな表情になると、やっと彼女は振え続けていた携帯電話を右手で取った。 「もしもし、令児ぃ? キョーコだよぉ。すっごおぃ、約束の電話、時間ぴったりだしぃ」 件の少女――キョーコは携帯電話のディスプレイに表示された番号を見るや否や、上機嫌で携帯電話に語りかけた。電話の向こうでそれに反応する令児の声も、微かに電話のスピーカーから漏れたものが無人のアーケードの静けさの中でははっきりと聞きとれた。 『お褒めにあずかり光栄だ。でも、お前は時間に拘るようなヤツだったか?』 微笑と共に返ってきた令児の問いかけに、キョーコは八重歯を出してにっと笑いながら電話に語りかける。 「この間のオシゴトのホウシューで買ったばかりのスイスの腕時計で図ってたんだよぉ、そしたら時計も令児も時間ぴったりだしぃ」 電話に向けてまくし立てながらキョーコは左腕を軽く持ち上げて、女性向けの小振りな高級腕時計を傾け、街灯の光を反射させて満足そうに破顔する。 『まァ、気に入ったんなら良かったじゃねェか。で、今日はなんで電話したか解ってるよなァ?』 再び問いかけられたキョーコはまたも八重歯を覗かせてにっと笑うと、相手に見えていないのを解っていて、何度も大きく頷いてから答えた。 「もっちろんだしぃ。またオシゴトでしょ? キュレーターってヒトからのオシゴトはいっぱいホウシューが貰えるから大歓迎だしぃ」 上機嫌で彼女が電話口に言っていると、先程響いてきた足音がより大きく、より近付いてくる。 「でさでさ! ホウシューがいっぱいだから、学費もバッチリ払えるしぃ」 だが、キョーコは近付いてくる足音を特に気にした風もなく、電話口に話し続けた。 『お前の学校は公立だろ? 別に報酬を待たなくても払えるだろうョ?』 令児の問いかけにキョーコは頬を膨らませ、唇を尖らせる。 「学費以外にもお金は必要だしぃ。女のコはお金がいっぱいかかるんだしぃ」 唇を尖らせつつ、キョーコがそう返した時だった。彼女がいる無人の商店街に数人の若い男が踏み込んでくる。その男たちのいでたちは一目で堅気ではないとわかる者のそれだ。 しかも、下卑た笑みを浮かべながらキョーコの姿を舐め回すように見ている。彼等がどんな意図でキョーコに近付いてきたのかは一目瞭然だった。 だが、それでも何事も無かったかのように通話を続けるキョーコに意表を突かれたのか、男たちは一瞬だけ怪訝そうな顔をするも、すぐに気を取り直すと、キョーコの背に向けて卑語猥語を口々に浴びせ始める。 しかしながら、そこまでしてもキョーコは男たちを気にも留めずに通話を続けた。それに業を煮やしたのか、男たちの中から一人――とりわけ危険そうな男が歩み出ると、自分たち無視している事を責めるように罵倒しながら、彼女へと近寄る。 流石に電話口から聞こえてくる声で事情を察したのか、令児は些か慌てた様子でキョーコに釘を刺した。 『キョーコ……いつも言ってるがよォ、くれぐれも立ち向かおうなんて思うんじゃねェぞ』 するとキョーコは八重歯を覗かせる独特の笑顔を浮かべると、電話口に言う。 「大丈夫だしぃ。ってか、キョーコ、それぐらいわかってるしぃ」 そう応えると、キョーコはカーディガンのポケットから手の平に収まるほどの大きさをした丸型の容器を取り出した。彼女が丸型の容器の淵を親指で軽く押すと上半分が蓋として持ち上がる。どうやら化粧用のコンパクトミラーのようだ。 化粧をしていない彼女の持ち物としては些か違和感がある。だが、今まさに彼女に乱暴しようとしている男たちがそれに気付くことはなかった。 男たちが一斉にキョーコに掴みかかろうとした瞬間、キョーコがコンパクトをかざす。すると次の瞬間、周囲のショーウインドーに映っていたキョーコの姿――彼女の鏡像の数々が一斉に鏡の中から飛び出してきたのだ。 その鏡像には実体があるのか、鏡から現れた数人のキョーコたちは男たちの首に後ろから腕を絡めると、次々と首を締め上げる。更にはそれだけに留まらず、数人のキョーコたちはスカートのポケットから尖った鏡の破片を取り出すと、次々に男たちのアキレス腱を切っていった。 堪らず男たちは脚を押さえてその場にのたうちまわる。そして、驚く程早く、戦いは終結したのだった。 電話口から聞こえてくる男たちの呻き声を聞いたのだろう。溜息とも苦笑ともつかない、令児の息づかいが電話から聞こえてくる。 『だから、くれぐれも立ち向かおうなんて思うんじゃねェぞって言ったろうがよォ……お前が抵抗したら、相手を殺しちまいかねねェからなァ』 するとキョーコは得意そうに破顔すると共に電話口にまくし立てた。 「だからわかってるって言ったしぃ。キョーコ、ちゃんと殺さずに倒したしぃ」 その言葉に電話の向こうで令児はもう一度苦笑すると、キョーコに用件を告げて通話を終えた。その数秒後、令児から送られてきたメールに添付された画像――古風な望遠鏡の写真を見て、彼女は特徴的な笑みを浮かべる。 それに合わせてキョーコがコンパクトを閉じると、彼女の鏡像たちは一斉にショーウインドーの鏡面の中へと帰って行った。 ●ヴァイタル・ヴァーチャル 2012年 1月某日 アーク ブリーフィングルーム 「新年早々、新しい任務よ」 アークのブリーフィングルームにて、真白イヴはリベリスタたちに告げた。 「首都圏に住むとある資産家が購入した古物がアーティファクトだったことが判明したの。そして、それを嗅ぎつけたフィクサードが狙ってくるのを撃退する――それが内容よ」 淡々とした調子で語りながら、イヴは端末を操作してモニターに画像を表示する。モニターに映し出されたのは、外層が木製という古風な望遠鏡だ。 「これがそのアーティファクト、『岩穿つ光条レイヴァージュ』。元は大航海時代に作られた望遠鏡で、筒自体に特殊な効果はないわ」 意味ありげな前置きにリベリスタたちの何人かが興味を惹かれたのを見て取ったイヴは更に続けた。 「肝心なのは中にあるレンズ。レンズ自体がアーティファクトで、受けた光を少しずつ溜め込んで収束した後、それを一気に放出する能力を持っているわ。この能力を応用することで、危険な破壊兵器として使うこともできるの」 内容とは裏腹に、やはりいつも通りの淡々とした調子でイヴは語り続ける。そして、彼女が淡々とした口調で語り続けながら端末を再び操作すると、今度は粗い映像が映し出される。 粗い画像――フォーチュナが見た予知の映像に記録されていたのは、建物や木々といった街並みが極太のビームによって薙ぎ払われていく光景だった。極太のビームが通り過ぎた後には凄まじい破壊の跡が広がっている。 「たとえ豆電球ほどの光でも、ずっと溜め続ければ、破壊兵器として使えるほどの威力が出るわ」 イヴは一拍置いて、リベリスタたちが事情を理解するのを待ってから話を再開した。 「今までは暗い海底で眠っていたから問題なかった。でも、トレジャーハンターが難破船を引き揚げた時、その中にあったのを好事家が気に入って買い取ったから今回の騒動に発展したの」 するとイヴは三度端末を操作して画面を切り替える。今度は、調整された照明がスポットライトとして望遠鏡に当たっている画像だ。どうやら、展示されている様子を写したもののようだ。 「その好事家、つまりはさっき説明した資産家はこれがどんな物か知らずに私邸のコレクションルームに展示したの……スポットライトを一日中、当て続けてね。もうわかると思うけど、既にレンズには十分な量の光が溜まっているわ」 そこまで聞いて、リベリスタの何人かが息を呑む気配が伝わってきたのを感じながら、イヴは更に説明を続けた。 「これを狙ってくるのがこのフィクサード――金意キョーコ(かない・きょーこ)。彼女は鏡のアーティファクトである『虚像ならぬ鏡像(ヴァイタル・ヴァーチャル)』を使いこなすから気をつけて」 するとイヴはコンパクトを持った女子高生の画像をリベリスタたちに見せながら二の句を継いだ。 「彼女はこのアーティファクトを使って作り出した鏡像エリューションを従えていて、戦闘になれば呼び出してくるでしょうね。たとえ相手が一人に見えても油断しないで。彼女を倒せば、鏡像エリューションは消えるわ」 そこまで説明すると、イヴはリベリスタたち一人一人の目をしっかりと見据えて告げた。 「『レイヴァージュ』を悪用されたら、何の罪も無い人がたくさん悲しむことになる。だから、協力――してほしいの」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常盤イツキ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月23日(月)00:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●コンスタント・ドロッピング・ウェアーズ・アウェイ・ア・ストーン 「まーこれで相手のアーティファクトが防げるともおもえねーんだけどなー」 コレクションルームにて仲間と一緒に待機して待つ間に『星守』神音・武雷(BNE002221)は、入り口に立った時に自分が写る鏡やガラスにもってきた布を被せていく。それを終えると、今度はその他の鏡やガラスなど人間が写るものにもかぶせていった。 その作業を終えた直後、コレクションルームのドアが開き、折良く一人の少女が現れる。紺色のカーディガンが特徴的な女子高生――金意キョーコに間違いない。 「うぇ……なんかヤバそうな人がいっぱいだしぃ」 言葉とは裏腹にそれほど焦燥や狼狽を感じさせない声で些か大袈裟にこぼすキョーコに対して、武雷は言い放った。 「おれらが居る限り、お目当てのモンは手にはいらねぇぜ?」 するとキョーコは八重歯を覗かせ、にっと笑った後に、カーディガンのポケットに右手を差し入れる。 「タゼーにブゼーで邪魔してくる人がいるって少しは思ってたしぃ。だから、こっちもカズのボーリョクっていうので抵抗させてもらうしぃ」 キョーコは再び八重歯を見せて笑うと、右手でコンパクトを取り出す。 「随分可愛いコンパクトですね。ところで、見た所高校生のようですけど、わたしと歳が近かったりしますか?」 同年代の女の子同士として気取らない雰囲気で話しかけたのは『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)だ。 「ありがと~。キョーコは17だよぉ」 キョーコは存外にあっさりと会話に乗ってきた。 「本当ですか! わたしも17歳なんですよ! あ、申し遅れてごめんなさい。わたし、戦場ヶ原舞姫っていいます」 嬉しそうに舞姫が言葉を返すと、八重歯を見せる特徴的な笑顔でキョーコも言う。 「舞姫、ね。おぼえたしぃ。ねえねえ、メアド交換しよ! しよ!」 相変わらず特徴的な笑みを浮かべ、今度は左のポケットへとキョーコは手を差し入れ、携帯電話を取り出す。その物腰はここが戦場であるとは思えない。 「二人とも仲いーね。アタシも混ぜてよ! そうそう、アタシは白雪陽菜だよ! よろしくね! でさ、こんなこととっととやめて舞姫と三人でソフトクリーム食べに行こうよ!」 傍目には和やかな二人の会話に入ってきた『超絶悪戯っ娘』白雪 陽菜(BNE002652)にキョーコは舞姫から視線を移す。 「いいよぉ。陽菜もコーコーセーなの? メアド交換するぅ?」 その問いかけに可愛らしい動作で頷くと、キョーコも八重歯を見せて携帯電話を陽菜に見せた。 キョーコが仲間たちと談笑している様子を見ながら、『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)は無意識のうちに呟いていた。 「女子高生かわいい」 その一言に真っ先に反応したのは他ならぬキョーコだ。八重歯を覗かせて彼に微笑みかけると、嬉しそうに早口でまくし立てる。 「またまたぁ! でも、すっごい嬉しいしぃ! ていうか、お兄さんもカッコ良いしぃ!」 会話のタイミングを見計らい、舞姫も口を開く。 「良いですよ。でも、その代わり……ここにある危険なアーティファクト――『レイヴァージュ』からは手を引いてください」 舞姫に同調するように竜一もキョーコに声をかける。 「極太ビームとかロマンだよね! とはいえ、一介の女子高生が求めるには野蛮すぎるよね」 するとキョーコは事も無げな声で口火を切る。 「ぇ? いいよぉ」 その回答に舞姫たちが拍子抜けしかけた瞬間、キョーコは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、再び口火を切った。 「――なんて言うと思ったぁ? 悪いけど、手を引くなんてできないしぃ!」 例の特徴的な笑みを浮かべ、キョーコがコンパクトを開こうとするのに合わせ、それを遮るように少女の声が響き渡る。 「申し訳ありませんが、私たちとしても数の優位は保ちたいので」 その声にキョーコが振り返るのと、その声の主である『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)が愛用する漆黒の洋弓から矢を放つのはほぼ同時。高速で飛来する矢は狙い過たず、キョーコの手の上でコンパクトが開いた瞬間にそれを撃ち落とした。 「えっ!? マジありえないしぃ!」 割れはしなかったものの、床に転がったコンパクトを見ながら、キョーコがあからさまにうろたえた声を上げる。だが、露骨に焦っているのを装い、さりげなくスカートのポケットに彼女は右手を差し入れ、何かを取り出す。 「そうはいきません……!」 しかし、キョーコがスカートから『何か』を取り出したその瞬間、狙い澄ましたように飛んできた真空の刃が彼女の手から『何か』を叩き落とされ、光を反射しながら空中を舞う キョーコの手から叩き落とされたのは鏡の破片だった。宙を舞った破片はナイフを思わせる形状に違わず、絨毯が敷かれた床に深々と突き立つ。そして、それを見逃さず、武雷が余っていた布を投げて被せる。 「貴女が戦力たる『鏡像』を作るには鏡面が不可欠。だから……ガラスの類は窓にまで布がかけられたこの部屋で戦う以上は、何らかの形で鏡面を出してくる筈。でもこれで、この部屋にある鏡面は封じられました。先程の貴女の言葉通り、多勢に無勢です」 真空の刃を放ち、凛とした口調でキョーコに言い放つのは『鉄拳令嬢』大御堂 彩花(BNE000609)。 「リベリスタと学業と部活と……、ってやってると身体が幾つあっても足りなくなるのよね。話を聞く限りそこまで便利でもなさそうだけど」 口を尖らせているキョーコと床に転がったコンパクトを交互に見ながら、『定めず黙さず』有馬 守羅(BNE002974)も淡々とした声で言う。 「なんかすっごいナマイキなコたちだしぃ! ていうか、超カンジ悪いしぃ!」 「生意気で結構。ちなみに、わたくしも貴女と同じ17歳です」 「もう少し使い勝手が良かったら、そのコンパクト貰おうと思ったんだけど、そうでもないみたい」 「フィクサードが破界器の悪用を企む……典型の中の典型のような任務ですわね。我々に阻止されるところも典型といきましょう」 あからさまな言い方にむっとするキョーコに対し、あくまで彩花はまるで諭すようにゆっくりと語りかけていく。 「だからって必要以上に追い回すつもりもありませんわ。目的は破界器の回収であって捕縛が目的じゃありませんし――そう必死に逃げ遂せる算段など必要ありません」 彩花はそこで意味ありげに一旦言葉を切ると、冷たいとすら言えるほどの落ち着いた目でキョーコの瞳を真っ直ぐに見据えながら、静かに告げた。 「どうせ貴女は、ここで終わりですから。申し上げておきますけど、わたくし、敵に手心を与えるほど優しくはありませんわよ?」 冷然と言い放ち、彩花は大型のガントレットに覆われた指先から肘先を鳴らし、自らが心身ともに攻撃態勢に入ったことをキョーコへと言外に示す。それがより一層キョーコの不利を強調することになったのか、キョーコは口を尖らせたまま両手を挙げてホールドアップの姿勢を取った。 (いくらなんでも、簡単に行き過ぎているよね) そう『』四条・理央(BNE000319)は自らの胸中だけで呟いた。 アーティファクトを封殺することができたこともあって、仲間たちはこのまま彼女を捕縛する流れに入ろうとしている。それを横目に見ながら、理央は先程から何が原因かは定かではないが、違和感を感じていたのだ。 鏡は勿論、ガラス製品や窓といった鏡面を封じられたにも関わらず、ふと気付けばいつの間にかキョーコは余裕を取り戻していた。あまつさえ、あの八重歯を見せる特徴的な笑みを浮かべてすらいる。 「あ~あ、舞姫や陽菜、そこの黒服のお兄さんとはトモダチになれそうだったのにぃ。ま、しょうがないしぃ」 「ええ。仕方ありません。貴方はフィクサード。そして、ここで終わりなのですから」 相変わらず冷然とした敵意を放っている彩花に向き直ると、八重歯が特徴のあの笑顔を向けた。 「ぇ? 違うよ。しょうがないのは舞姫やアンタたちの方って意味だしぃ。てか、キョーコと本気でコロし合ったら――死ぬよ?」 恐怖から自棄になったのでも、ただのハッタリでもない。彩花も薄々そう感じ始めた頃だった。 キョーコがまだ何かを隠しているかもしれない危険性を考慮して様子を見ていた彩花を急かすように、理央の叫びが響き渡った。 「……! いけないッ! 早くキョーコを取り押さえるんだ! キョーコに左手を動かさせちゃ……ダメだ!」 じっと遠巻きにキョーコを観察していた理央はキョーコが挙げた左手をさりげなく動かして、向きを変えているのに気付いたのだ。そして、その左手に握られているのは携帯電話。そこで理央は違和感の正体を理解した。 メールアドレスを交換すると言って携帯電話を出しておきながら、そういえば、その実、先程からあの携帯電話には電源が入っていなかったのだ。 「携帯電話のディスプレイ……ッ!」 凄まじい勢いで床を蹴り、必死にキョーコとの距離を詰める理央に向き直ると、キョーコは八重歯を覗かせて言った。 「セーカイだしぃ。でも、すっこし遅かったしぃ」 理央と彩花がキョーコに飛びかかる寸前、床に転がったコンパクトにかざされた鏡面――電源を切った携帯電話のディスプレイに映ったキョーコの鏡像が一瞬のうちに八体も飛び出し、二人に群がるようにして動きを封じる。 二人が動きを禁じられている間に、キョーコは素早く床の布を払い、コンパクトと破片を拾って構えると、破片にコンパクトをかざす。すると、次の瞬間には彼女の鏡像たちも一斉に破片を手にしていた。 キョーコたちは一カ所に集まると滅茶苦茶に動きまわった。どうやら、実像と鏡像をシャッフルする腹心算らしい。瞬く間にシャッフルされたキョーコたちは全員で声を揃えて理央たちに語りかける。同じ顔と声をした少女が九人で合唱する様は奇妙な光景だった。 「「「「「「「「「じゃ、とっとと倒してレイヴァージュをもらってくしぃ」」」」」」」」」 だが、その異様な光景にも舞姫たちは動じなかった。 「女の子を危ない目に遭わせるようなことはしたくないですし。それに、もしかしたらキョーコさんとは友達になれるかもしれない……そんな風に思ったから、できることなら、この方法は取りたくなかったのですけど――」 静かな声音で唇に言葉を登らせながら、舞姫は愛刀である戦太刀を抜いた。 「――容赦は、しません」 斬っ先を突きつけてくる舞姫に、キョーコたちが件の笑みを浮かべると、九人が一斉に舞姫たちへと破片を手に襲いかかる。 しかしながら、舞姫たちは誰一人として恐怖も焦燥も見せず、極めて冷静な面持ちだった。 守羅はポケットから蛍光オレンジ色のカラーボールを取り出すと、一瞬の躊躇も無く、九人のうちの一人を狙って投げつける。 「本体にマーキング完了したわ」 その言葉に、キョーコは内心焦っていた。 (ウソ……こんなに早く本物が判るワケないしぃ……! きっと、ハッタリに決まってるるしぃ……!) だが、キョーコの見立てとは裏腹に、舞姫たちは偽物に惑わされることなく、実に無駄の無い動きで最大限効率良く『本物』のキョーコが護衛に配置した三人のキョーコを集中的に攻撃し始めた。反対側や少し離れた所に配置したダミーには全く引っ掛かっていない。 「援護します。武雷さん」 「おう! 頼むぜ――うぉぉぉらぁぁぁっっ!」 先程見せた迅速かつ精密な射撃でレイチェルが、文字通り矢継ぎ早に放った四本の矢はそれぞれ『キョーコ』の両手両足を貫く。そのダメージがっくりと膝をついた『キョーコ』の頭頂部に、持ち前の巨体とパワーに任せて武雷は剣を振り下ろす。 頭頂部から斬られた『キョーコ』の身体は、澄んだ音とともに鏡が割れるように砕け散り、血肉ではなくただのガラス片となって床に散らばった。 「……ん。エリスたちも、露払い、する」 「了解ですぅ!」 「いつでもオッケーだよ!」 エリスが放つ魔力の矢と茉莉の放つ四色の魔光が『キョーコ』の一人へと同時に炸裂する。ガラスの割れる音とともに、胸に大穴が開いた『キョーコ』が呆然と自分の胸を見下ろしている所に、既に肉迫し終えた霧香が声をかける。 「あたしの剣、避けられる?」 霧香の声に『キョーコ』が向き直ろうと顔を上げた時には既に、残像を伴うほどの高速斬撃がその身体を斬り裂いている。連続した破砕音を立てて、また一つガラス片が床に散らばった。 「血が流れないなら、遠慮はいらないね」 「もとより、わたくしは手心を与えるつもりなど毛頭ございませんが」 「さっさと片付けましょ」 理央、彩花、守羅の三人は互いに言葉を交わすと、残る一人の『キョーコ』に向けて同時攻撃を繰り出す。式神の鴉が爪で『キョーコ』の左腕を千切り、真空の刃が右腕を斬り落とす。両腕を奪われ棒立ちになった『キョーコ』の懐へと飛び込んだ彩花は冷気も纏った拳を繰り出した。大音響とともに、彩花の正拳突きで砕かれた『キョーコ』の頭部が四散する。 一方、陽菜と竜一は『実像』へと向かう舞姫をガードすることに専念していた。自分を護衛させる為、『実像』がなりふり構わず召集した『鏡像』たちが竜一に殺到するが、予め防御に専念していたことが幸いし、何とか耐え凌ぐことに成功する。 「キョーコたんも可愛いが、俺の仲間の方がもっと可愛い!なら、俺が倒れるわけにはいかないじゃないか!」 陽菜は陽菜で、予め買って置いた望遠鏡のレンズをチラつかせ、『実像』の動揺を誘っている。 「お探しのレンズはこれかな~? 置いといたら危ないから先に貰っちゃったよ。キョーコってばノロマすぎ~♪」 それに『実像』が一瞬気を取られた隙に舞姫は、『実像』の懐へと飛び込んだ。自分に気付き、破片を構えるキョーコを見ながら、舞姫は思案する。 (アーティファクトとはいえ、刃渡りの小さな鏡の破片。眼や首筋などの急所でなければ、恐れることはない。逆に言えば、暴漢のアキレス腱を攻撃したように、急所を狙ってくるはず――ならば、見切ることも容易い!) コンマ一秒のうちに決断すると舞姫は、意図的に上半身のガードを手薄にした。キョーコはそれに反応し、急所である眼に向けて破片を突き出すが、それが舞姫の狙いだった。破片の突きを刀鍔の眼帯で受け止め、右腕の義手で破片を直接掴むと同時、舞姫の左手が一閃し、刃を返した戦太刀による峰打ちがキョーコの胴を強かに打ち据える。 凄まじい衝撃で一瞬彼女の意識が途切れた為に、鏡像たちは出現時と同時に一瞬で一斉に消滅した。 「さあ、終わりにしましょう」 倒れたキョーコに歩み寄った彩花は、ガントレットの一部である液体金属を刃状に変化させると、それを振り下ろす。だが、舞姫の刃がそれを直前で受け止めた。 「どういうおつもりかしら?」 「もう勝負はついています」 意外な行動に彩花は勿論、それ以上にキョーコ自身が面食らっていた。舞姫は疑問に答えるべくキョーコに向き直り、言った。 「女の子ですもんね……って、こんなセリフは、ステキな男の子に言って貰わなきゃですけど!」 次いでキョーコは守羅へと向き直った。 「どうしてわかったの? キョーコ、わからないしぃ……」 「あんた、携帯電話は年季入ってるけど、時計は新品よね? つい最近まで時刻は携帯で見てたから、鏡映しだと時計の手が逆になるっていう簡単なことも失念してかしら。普段通りに来てたらもっと判別に苦労してたかもね。頭が緩いのが幸いしたわ」 うなだれるキョーコに舞姫は言った。 「フィクサードなんか辞めて、アークで一緒に働きません? ボスはお金持ちのイケメンで、ホウシューもバッチリですよ!」 そして、彼女から携帯を拝借すると、三宅令児の番号を呼び出す。留守電に繋がったのを確認すると、舞姫はまくし立てた。 「女の子を、こんな危ない目に合わせるなんて、絶対に許しません!」 他の仲間たちもキョーコを捕縛しようと集まってきたのを横目に見ながら、比奈は一人ほくそ笑んだ。 (……皆には止められたけど、このアーティファクト魅力的なんだよね~。回収依頼も出てないし、皆がキョーコの逃亡阻止してそっちに意識集中してる間にレイヴァージュと普通のレンズを交換しちゃおうかな。ししし) だが、望遠鏡のスタンドを外そうとして、陽菜はつい物音を立ててしまい、全員の視線が集中する。 「このままにしておいて発射したら一大事だし……そう! これは安全対策であって決して私欲じゃないんだよ!!」 全員の視線が集中する中、陽菜は必死に笑ってごまかしたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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