●都市伝説という深き呪い それが何に発端を得た物であったか、は少女たちには関係がなかった。 それを最初にもたらしたのが誰だったか、などということは少女たちは知り得なかった。 その発信源がどんな顔で居るのかなんて――知る必要すら無いのだ。 少女たちは拙い信仰を胸に抱いて、何も起こらないと信じて「それ」を成すだけの話 何も起こらないのだ。 彼女たちを観測する者が存在しなければ――もう何も残らないのだから。 ●欺神暗奇を生ず 雨を降らせ、命を奪う――アーティファクト『雨乞いの秘蹟』が起こした事件から始まった、通称『雨業の贄』、或いは単純に『贄』と呼ばれるフィクサード集団の起こした事件は都合三度に及び、アーティファクト『逆臣の紅』に寄生された革醒者の救出を以て、その集団の情報の多くがアークにもたらされた。 『原型』、と呼ばれる自己増殖型アーティファクトの存在、より深くに迫るに今一歩の解が足りない。最終的には『贄』を名乗るフィクサードを場当たり的に撃退することを主体とせねばならぬ状況下で、新たな事件が観測されたのは果たして、幸運だったのか不運だったのか――少年少女の精神が一番緩むであろう長期休暇期間に起きたのは、まさしくそんな心理を逆用したとしか思えない。 「『都市伝説』と『おまじない』。これらは互いが似通った属性を持つ存在であり、『発信源が不定である』『意思が現実を侵食し得る』ひとつの例として知られています。故に、そこに別の意思が潜り込むことも侵食することも、割と容易だということにほかなりません。だからこそ、『贄』の一派はそこに目をつけたのでしょう」 困ったものです、と首を振る『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000201)背後に映し出されたのは、空き地に集まった少女、都合十三人。円陣を組んだ彼女たちの中央に位置する女性は、ローブを纏ってはいてもその下に学生服を着ているし、フードも払って素顔を露見させている。彼女たち十四の存在に共通するのは、胸元に煌くブローチだった。何の変哲もない、だからこそ奇妙なそれ。そして――雨。 「不特定多数を対象にとって儀式を行ったり、意識共有をするには『おまじない』はごく自然な手段だったのでしょう。だからこそ、我々の方にもヒントがもたらされた。彼女たちの持つアーティファクト、『侵食者フローライト』。『原型』と近しい自動増殖の特性を持ち、母体のアーティファクトが子であるそれの所有者の生命力を奪い、その能力を増幅させる……と言う感じですね。幸い、ここにあるものの所有者はリベリスタだったため、我々に情報が入った……ということですが」 「すいません、今まで幾度か関わった上で、ですが……要は『贄』の目的って、何なんでしょう? 雨を降らせること? 生贄集め? いまいち、軸が見えないと言うか」 「……ですね。つい先日、『逆臣の紅』事件の解決に至るまでは僕にも今ひとつ判断が付きかねました。ですが、あの一件の解決に尽力したリベリスタ諸君の証言と分析により、幾つかはっきりしたことはあります」 『贄』の関わる事件に関わっているリベリスタの一人が、尤もな言葉を紡ぐ。雨を降らせる呪具、純粋な殺しの道具、意思を侵食させる呪印。雨、贄、などの言葉が幾度か出はしたが、その統一性に疑問を持つのも当然といえば当然だろう。 「ひとつ、『贄』の面々は僻地の信仰に残る生贄の風習のために生かされた人々であること。 ふたつ、『原型』の存在が彼らの意思と精神を歪めた――彼らは一種の被害者であること。 みっつ、彼ら『贄』の至上目的など初めから無く、ある種の死の信仰者であること。 ……被害者であるがために加害者に成り代わり、奪われる信仰から逃げるために奪う神体を生み出した。最早これは、馬鹿げた世迷いごとの延長に過ぎません。 この『儀式』が成立すれば、少女たちはその生命を失ってE・アンデッドと化すでしょう。フィクサード側の強化に繋がるなら、それは避けたい。アーティファクトの破壊を最低ラインとして、フィクサードを打ち倒すことも重要でしょう。……ただ、少女たちの対処が難しい所で」 目標は、飽くまで円陣の中心に居る。宗教的認識の共有を持った少女たちというものは、総じて厄介なものだ。 通じる言葉、狙う手順、偽らざる願いの有り様――彼らに課される課題は、少なくはない。 「それでも――最大を以て最善を。繰り返しますが、『少女たちの生死は問いません』」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月14日(土)23:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●雨の中、夢の果てで 虚ろな目をした少女たちを視界に入れた月葉は、僅かな違和感にふと顔を上げた。察知能力があるわけではない。視野を広げる術があるわけではない。だが、この状況をして何か起きるとするならば、おそらくはリベリスタからの襲撃。 「……アーク、か」 話題の端に上ったことのある、その組織。その手合いがここに現れるというなら、それもいい。既に状況はこちらに有利な場を作り出している以上、敗北を論ずるのは愚かしいことだ。 勢いを増す雨の中、月葉は笑みを深めた。 「成る程。不遇と言えばその通りでしょう」 距離をおくこと百メートルと少し。彼らの一部と接触のある『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)の口元には、ぎりりと結ぶ歯があった。在り方を知った、境遇を知った、しかしその存在が『悪』である以上、彼女には許せる相手ではない。真正面から断罪し切り伏せ、正義を示さねばならない。彼女はそういう人間だ。 「無関係な者を巻き込むのであればそれはただの狂気です」 狂気は断罪すべし、と短く言い切る『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)の在り方も、冴に近いものがある。『正義』という信念、ただそれだけのためにその力を揮う 「私は人様の生き方には、あんまり口を出したくはないんだよねえ。人のことは言えないしね」 胸元に「侵食者フローライト」に似せたブローチをあしらい、『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)が嘯く。既に相手に察知されている、その可能性に行き着いた所で、その歩みを止めるには至らない。空き地の周囲に視線を向け、新たな手合いは居ないことを確認した上で、視野に入った少女達を確認する。 周囲に集う少女たちの意思は、見たところほぼ無いようにも思われた。薄弱であるというのではなく、『無い』のだ。 「倉宮については、もう取り返しが付かない。せめて速やかに送ってやろう」 他の仲間と離れ、単独行動に移りながらも幻想纏い越しに響く『鷹の眼光』ウルザ・イース(BNE002218)の声に、甘さや油断は微塵も感じられなかった。同情する余地はあっても、不退転へ踏み込んだ相手はここで打倒するしかあるまい。『原型』の破壊を少しでも早くするには、順当な勝利を求めるのは当然の道理だ。然るに、彼は慎重に動く必要があった。 「気に食わないアーティファクトです……」 (被害者であり加害者、犠牲者であり犠牲を強いる存在……ですか) 純粋な怒りを沸々と滾らせる風見 七花(BNE003013)の傍ら、『不幸自慢』オリガ・エレギン(BNE002764)の感情は複雑だ。彼女たち『贄』と対峙すること都合、三度。その内実を聞かされ、純粋に敵意を向けるには難しい相手だと、知った。意味は違えど、二人の魔術師が向ける怒りの対象は等しくアーティファクトなのだろう、とも思う。七花が握り締めるガントレットの響きと、オリガの弓を握る僅かな音が、聞こえざる響きで反響する。 月葉が、静かに魔術書を開く。少女たちがそれに応じるように陣形を徐々に狭めようとした、そのタイミングに――ウルザの気糸が、乱舞する。 ●雨、幻影の底 「――これ、は」 「大仰な儀式をする割に、詰めは甘いみたいで助かったよ」 気糸に締め上げられ、軋んだ声を上げる月葉に対し、ウルザの言葉が冷酷に響く。タイミングを合わせ踏み込んだリベリスタ達だったが、念話を試みた『リベリスタの国の童話姫』アリス・ショコラ・ヴィクトリカ(BNE000128)と直接声をかけたノエルは、彼女らの反応にそろって苦々しい顔を向けることとなった。 念話は、確かに相手へ向けられている。声も、十分に響いているはずだ。だが、彼女たちがそれを己が思考に受け入れる余地は一切なかったと言っていい。虚ろな目が、耳が、そんなものを聞くなと己に言い聞かせているようにすら感じられる。アーティファクトの侵食は、彼女たちの想像を大きく上回っている。 「やはり、言うだけ無駄ということかな」 「……儀式には、どうやら四ターンほどの準備行動が要るようですね」 他方、スタンガンの前に崩れ落ちる少女を抱えた付喪は、その動作の流れから分体たるブローチを引き剥がし、放り投げる。その合間を縫って月葉に接近した七花が、その能力の深淵を覗き込み、彼の能力の真実を詳らかにし、仲間に告げた。――予見士の言葉の意味は、そういうことか。十五ターンを待たず全てを終わらせなければ、悲劇は確実なものとなるだろう。 「仮初めの幻想に囚われている少女たちを助け出すことを優先しなければ……ですか」 付喪とオリガが昏倒させた少女達を一所にまとめた上で、『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)が一人を昏倒させる。しかし、それでも未だ少女たちの数は多い。ウルザの一撃をして警戒を強めた彼女達は、一瞬を争うリベリスタ達より遥かに遅いとは言え、徐々に月葉の周囲へと集まっていく。厄介と言えば、余りに厄介な展開だ。 「蜂須賀示現流、蜂須賀、冴。参ります」 するり、と踏み込んだ冴とて、その人の壁を超えるリスクはあまりに大きい。故に、彼女は眼前の少女を昏倒させる選択肢を採った。襟元を掴み後方に放り投げる動作は、一撃に魂を込めるその荒々しさとは打って変わって、慈愛すら感じさせる慎重さを感じさせた。 「私自身が、報いを与える側になるのは予想外でしたが……ね」 冴と呼吸を合わせ、ノエルもまた一人を昏倒させた。大変な報い、それが一刻の記憶の消失にとどまったのは、少女たちにとっては何事にも代えがたい価値を持つだろう。力任せにではなく、飽くまで策を講じて立ちまわる。リベリスタ達の勢いは、確実に少女たちを救いにかかっていた。 「こ、こまで来て……っ」 全身を締め上げられ、しかし月葉は動くことすら敵わない。圧倒的、一方的な展開は徐々に彼女の選択肢を削いでいく。彼女の手札が尽きていく。だが、動けぬとか、勝てぬとか、そんな冗談のような言葉を告げられるはずがない。 「――止まってられない、のよ!」 ウルザが新たな一人を昏倒させるタイミングよりも、僅かに早く。 凶事を自らの手で打ち破った少女の指先に、魔力が宿り、鎌を成す。 絶妙すぎるタイミングで襲いかかった鎌から少女を庇うように、或いは単純にそう見えただけの話だったのか。 ジョンの背が、抵抗なく鎌を飲み込んでいく。それでは足りぬと、もう一度鎌が振り上げられる。 その魔術は、間違いなく――人としての在り方を超えた、『贄』の戦闘力が為しうる業そのものの姿だったに違いない。 ●汝、業に死を添えよ 二?に及ぶ刃をして、然しジョンの命脈を断つには僅かに及ばない。口元に迫り上がる血を口の端に滲ませながら、彼は愚直に少女たちの確保を続ける。 何故? それが最善であるからだ。 (可能な限り、戦闘に巻き込まれないよう、後方に) 巻き込まれる、という状況が何をして起こりうるか、を理解していれば、後方という位置に大きな意味が存在しないのは確かだった。相手は魔術師だ。近接戦闘の危険性は言うに及ばず、巻き込むことを考えてさえいなければ、多少の犠牲に目を瞑るであろう。 「まあ、自分達のしたことだしね。責任は取らないと不味いよねえ」 「悪なれば、如何なる事情があったとて見過ごすことは出来ません。お覚悟を」 新たに一人昏倒させた付喪の言葉に応じるように、冴のスタンガンもまた一人、その意識を刈り取りにいく。相当数の無力化には成功したものの、しかし――彼女たちを担いで移動する点がある以上、どうしても手数が増えてしまう。放り投げることは叶えど、後衛の動きの鈍りばかりは隠し切れない。 「回復を……!」 フローライトの分析を試みようとしていた七花だが、仲間が倒れてしまっては元も子もないだろう。即座に癒しの風を紡いでジョンを治療するが、それでも彼の傷を癒しきることはかなわない。 少女の数は、残り数名。少なくとも、気絶させることには何ら支障のないタイミングだろう。故に、そこで動いた、否、その言葉を紡いだあのは、オリガ。 「贄の帳なんて大層な二つ名、月葉さんは原型が何か、どこにあるのかご存知ですか?」 ぞくり、と。寒気が彼らの背筋を駆け上った。オリガの言葉に反応した、それは理解できる。月葉の目が、狂気じみた光をより強くし、全員を睥睨する。バネじかけを仕掛けられたように、残された少女が一斉にウルザに、冴に、そしてノエルに掴みかかり、慮外の力でそのスタンガンを取り落とさせた。ただの壁でしか無い、或いは、壁ですらなく「説得できる相手」として見ていた彼らの精神的な隙は、ここまでの動きの鈍さは、その一瞬を狙っていたのか。ともすれば、即座に看破されていただろうに。 「お前達が『あの方』に近づくなど畏れ多い。名を語る愚も度し難い。我ら一門敵と見做して、簡単な死に様を用意されると思うなよ……!」 声のトーンが、明らかに落ちた。怖気の走る声で、身振りで、その手に魔力を練りあげていく。詠唱は長い。十秒をゆうに超えるであろうそれを察知したリベリスタ達に、次は何が来るかなど愚問だ。 身動きをとれなくなった三人に対し、すかさずアリス、付喪、オリガが気絶させんとカバーリングに入るが、後衛向けの彼らが少女たちを抱えて尚、十分な距離を取ることなどもとより不可能だったのだ。 七花の回復が飛ぶ。ジョンが放った気糸は、しかし奇跡にも近いタイミングで彼女に対する完全命中を許さない。分体が、僅かに明滅したように見え――一瞬。 「猛り、狂え!」 絶叫のように吹き荒ぶ少女の血液が、リベリスタ達に襲いかかる。 ●慈悲という深すぎる業への決断力 だから。 その一撃に酔いしれた月葉にとって、それは余りに予想外のカウンターだったに違いない。 「僕達が、速やかに原型を見つけ出して、潰す――!」 血の濁流に飲まれ、ずたずたに傷つけられて尚ウルザの気迫は衰えなかった。全身を一撃の動作に振り分けた気糸の乱舞は、四方に散っていた全ての分体をその一撃で破壊せしめたのだ。様々な状況が絡みあった結果、この一手に躊躇した。だが、結果としてその行為は、彼らにとって救いの一手だったといえる。 「コレ以上、好きにはさせませんよ……!」 ノエルの持つ銀の騎士槍が、その名と想いに違わぬ貫通力で月葉の片腕を押し貫く。貫かれた先から迸る電流は、確実とは言えないまでもその傷に作用し、痛みを増幅させていった。 「あの女の子の方々を……みすみすE・アンデッドになんかさせません……!!」 アリスが奏でる魔曲が、月葉を次々と異常に追い込んでいく。真っ当ではない状態。少なくともアリスからは『その結末』が視界に入っていただろう。戦闘中の高揚があっても、後衛全員が吐き気をもよおすその状況を識っていた。だが、それでも、だからこそ、その手を止めることは許されない。一刻も早い勝利を。 「責任は取らないと、不味いよねえ」 増幅された魔力の束を練り上げ、付喪は一息の逡巡の下、それを月葉へと叩きこむ。口の端に漏れた言葉が、途切れ、戦場の空気に溶け消える。 「チェストォォォォォォ!!」 唯真っ直ぐに只管重く、魂を込めた冴の一撃が振り下ろされる。ノエルと同じ技術をして、しかしその動きや一撃に込める想いは各々、近く遠いものがある。だが、想いに真摯であれという一点のみは、彼女たちに違いはない。 「貴方達が贄として関係の無い人々を傷つけるなら……少なくとも僕は原型を破壊するつもりです。これ以上犠牲は出したくありません」 「私を! こんな所で! 倒せると思うな――!」 オリガが生み出した不幸の産物が月葉を直撃し、その運を汚す。自らの意思に任せて肉体に再動を促した月葉の魔力が、戦場に満ち満ちて―― そして、爆ぜた。 ●果断にして最善に非ず、故に善行であれ 「……助けられなくて御免よ」 決着を求める興奮が、常軌を逸した価値観を持つことはままあることだ。故に、判断を鈍らせることだってある。月葉の葬送曲が、結果として文字通り少女たちへ手向けられるそれになってしまったなど、脳が認識しても理解が及ぶものだろうか。 更に、彼女たちの肉体がほぼ、月葉の最後の一撃――彼女自身を巻き込んだフレアバーストで炭と化して崩れ落ちてしまったことは――最早、変えられぬ運命だと言っていい。 だが、それでも半数を大きく上回る程度にはその生命を拾い上げた。生死を数値で測るべきではない、というのは事実だ。だが、彼らは確かに、救いをもたらしたのだ。 「何とかこちらから、打って出る方法でもあればいいんですけどね」 砕け散ったフローライトを拾い上げ、オリガは誰に語るでもなく言葉を紡ぐ。幸福を祈る相手も居なければ、不幸を呼ぶ事実もそこにはありはしない。 「原型を潰さねば、この狂信に終わりはないのでしょうね」 目の前に広がる禍福の織り交じった世界は、ノエルにとってどう見えたことだろう。 一つだけ確かなのは――それが、次へと繋ぐ大きな一歩だったということだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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