●その名は、USU 三高平市の、とある神社の境内。 画面に映っているのは、うすであった。 粘性を持つ白いなにかがそれにまとわりついている。 ……いや、よく見ればそれは餅だ。 餅がうすからひたすら溢れ出しているのだ。 あたかも心臓のようにうすがドクドクと脈打つたび、餅が溢あふ出ていた。 ●ブリーフィング どうしろと。 そんな沈黙がアークのブリーフィングルームを包んでいる。 「恐るべきことに、これはアザーバイドなんじゃ」 重々しい声で『マスター・オブ・韮崎』シャーク・韮崎(nBNE000015)が言った。 確かに、脈打つその様は生き物に見えないこともない。 「アークでは現在、これを『USU』と呼んでおる」 まんまであった。 とは言え、見た目はともあれまずい状況なのは事実である。 ただ餅を生み出す、それだけの能力。 けれど、際限なく生み出されれば、いずれ町を埋めつくすのだ。 それを撃破してくればいいのかと、リベリスタたちは質問する。 シャークは首を横に振った。 「餅がバリアの役を果たすため、攻撃はろくに効かん」 ではどうするか。 「簡単な話じゃ。……食い尽くせ」 思いつく限りの餅料理を。 万華システムの予測ではたくさん食べれば、アザーバイドは満足して元いた世界に帰還する。 食べても平気なのかとの当然の質問も出る。 「問題ない……と、フォーチュナは言っておった。……まあ、念のため胃腸薬は用意しておくがいい」 一抹の不安がないでもないが、とりあえず事前情報ではあくまでただの餅だという話である。 「今回はワシも参加するとしよう。料理はできんが、食うほうは任せておけ」 自慢にならないことを、シャークは力強く言い切った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:青葉桂都 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月25日(水)00:00 |
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● 神社の境内に多数のリベリスタたちが集まっていた。 アザーバイドを前にして、臆している者は1人もいない。 そして、1人の青年がまず前に進み出る。 「折角だからまずは餅つきだ!」 杵を持ち出した男は『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)だった。 快の想像通り、別に搗く必要はない。 だが彼の考えを否定するものはいなかった。 「さあ、シャークさんも一緒に盛り上げようよ! 賑やかになれば、皆の食欲も自然と進むはず!」 「その意気やよし! ならば儂も戦うとしよう!」 呼びかけに応じ、『マスター・オブ・韮崎』シャーク・韮崎(nBNE000015)は集団から飛び出して、アザーバイドの前に立った。 「俺も餅つきっつーやつをやってみたかったんだよな。新田さん、俺にもやらせてくれよ」 さらにはツァイン・ウォーレス(BNE001520)も進み出る。 「もちろん! 気分っていうか雰囲気が大事だよね、様式美ってやつだ」 放っておいても餅は出てくる。 だが、杵でつけばさらに満足するはずだ。アザーバイドの餅にかける想いを信じて、ツァインは杵を手に取った。 ツァインは杵を振り上げた。 「いくぜ新田さん! 俺達の連携を見せて……あ! ゴメンッ」 振り下ろしたそれは、快の手にクリーンヒットする。クロスイージスでなければ危ないところだ。 あふれ出る餅を3人は協力して搗き始めた。 その間に『駆け出し冒険者』桜小路・静(BNE000915)と『天翔る蒼狼』宮藤・玲(BNE001008)は料理の準備をし始める。 「二人でタッグを組んで、からみ餅を作る!」 「大根を卸して皆の消化を助け、お餅アザーバイドと戦うんだ!」 しゃきーんと効果音を背負っておろし金を構える静と玲。 からみ餅とは、餅に大根おろしをからめた料理だ。 もちろん葱やかつお節も準備は万全。 ビーストハーフの速度でもって、2人は手早く大根をおろし始める。 他の皆も料理の準備を終える頃には快の餅つきも終わっていた。 『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)は取り分けてきた餅を、並べた調理用品の前に置く。 少年は切れ長の目を餅に落とした。 「まずはお餅の味を知らなければいけませんよね」 亘は餅を1つ手に取る。 「味見ですか?」 背後から、ハスキーな低音で声がかけられる。スーツ姿の氷河・凛子(BNE003330)の言葉に、亘の手が思わず止まった。 「……ええ。あつあつのうちに試しておこうかと」 凛とした態度は崩さずに、亘は返事をする。声が言い訳じみてしまうのは、頭をよぎった『つまみぐい』という言葉のせいか。 「いいですね。料理をするときには味見をするのは大事ですよ」 実感のこもった言葉を追求はせず、亘は手にしていた餅をかじった。 青い瞳が見開かれる。 「このアザーバイト出来る! ノーマルでこの美味しさとは調理のし甲斐がありますね」 不敵な笑みを浮かべて亘は料理を作り始める。 「つく工程がないと楽なものですね」 2人はそれぞれに、磯辺餅やきなこ餅、おはぎを作って皿に並べていった。 その近くで、人形のように可憐な少女が揚げ餅を作っていた。 「わたくしは本当になにも作らなくてよろしいのですか、お嬢様?」 かたわらにいる『リベリスタの国の童話姫』アリス・ショコラ・ヴィクトリカ(BNE000128)へと、ちょっと不安げにメイドが問いかける。 「はい! 私はあんまり沢山はいただけませんので、作るほうで頑張りたいと思います」 餅を揚げる手を止めずに、少女は『アリスを護る白兎騎士』ミルフィ・リア・ラヴィット(BNE000132)へ力強く頷く。 「私の分まで召し上がってください、ミルフィ。絶対に! お料理はなさらないでくださいね!」 彼女の料理が殺人料理と知っているアリスは念を押す。 ただ、自分の料理をミルフィに食べて欲しいというのも本音だった。 (ミルフィ、『美味しい』って言ってくれるかな……♪) 彼女の分は、ちょっとだけ『愛情』を多めに込めて。 アリスはお雑煮のつゆも煮込み始めた。 餅を焼くかたわら『月色の娘』ヘルガ・オルトリープも雑煮を作っていた。 隣にいるのは執事のような姿をした男だ。 「新春ってネーミングが詐欺ですよね。超寒いですもん」 年明けの今はまだまだ寒い。『息をする記憶』ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166)の肩が震える。まあ、雪が降っていないだけ、今日は多少マシだが。 「寒いわね。でも、お雑煮を食べれば温まるから、もう少し待っていてね」 「ええ、心からお待ちしております」 クールでニヒルな執事を目指している彼だが、発言はクールでもニヒルでもない。 「……そういえばヘルマンさんはどんな食べ方が好きなのかしら?」 料理する手を止めて、ヘルガは問いかける。 「そうですねえ……納豆かな」 突然の問いに、ヘルマンは思わず素直に答えてしまった。 「あああ引かないで! 別にわたくしだって適当に納豆を突っ込んでいるわけではありません! 本当においしいんです!」 慌てた様子の彼を見て、ヘルガは口元を押さえて笑う。 「ふふ、本当? それじゃあ私も試してみるわね!」 ヘルガに答えて、ヘルマンは料理を始める。 まず大根をすりおろして、それからよく混ぜた納豆を投入。 そして、餅を放り込む。 「いや適当にやってた訳じゃないんですよ! 屋外では若干食べづらい納豆の匂いやねばねばをこの大根おろしが緩和してくれるんですよ、本当ですよ?」 納豆好きの執事は必死でフォローする。 実際、美味しいはずなのだ。 「思っていたよりシンプルに出来るのね……! 凄いわ、大根おろしのことを見直しちゃった」 幼い吸血鬼の少女は楽しげに笑い声を上げた。 雑煮と並ぶポピュラーな餅料理としては、やはり汁粉がある。 パンダの妹とボーダーコリーの兄が、仲良く小豆を煮込んでいた。 アリョーシャ・イルコフスキー(BNE003349)の前には、大量の小豆の缶詰が積み上がっている。 「ドムにーさまが『小豆のかんづめをあるだけ買い込みなさい』って言ってたけれど、このためだったのね」 ひと回りも離れた兄、ドミニク・イルコフスキー(BNE003350)のリクエストである。 日本に来て数ヶ月。兄は和の甘味の魅力に憑りつかれていた。 「自分の手で作るのは初めてですが、レシピがあるので大丈夫でしょう」 なによりも優秀な妹がいることだし。 「……私は何もしないで出来上がるのを待っていれば良い気がしてきました」 見守っていると、取ってきた餅をアリョーシャが適当にちぎり始める。 「これをにこんでちぎったおもちを入れればいいのね。おしるこって案外かんたんなの」 「リョーシャ、ちゃんと一口大にちぎらなければいけませんよ」 妹を横目で見ながらも、ドミニクの目はひたすら煮込んでいる小豆に注がれている。 「リベリスタなら、そんな細かいことは気にしないのよ」 加えられているのはガムシロップやメープルシロップ、チョコレートに砂糖。常人なら胸焼けがしそうな汁粉だが、リベリスタには……もといドミニクにはそのくらいでちょうどいいのだ。 「いやはや。餡子を見ているとそのまま舐めたくなってしまいますね。つまみ食いなんていうはしたない真似は……真似は……」 「ドムにーさま?」 思わず手を出しそうになったが、妹の言葉に我に返る。 尻尾をぱたぱた振りながら、ドミニクはアリョーシャが料理するのをながめていた。 (うれしそうなのね、にーさま。リョーシャはぜったいこんな甘いの食べたくないの) ごく普通のおいしそうな料理をチェックしつつ、アリョーシャは兄のためにお汁粉を作る。 『Eisen Ritter』ベアトリクス・フォン・ハルトマン(BNE003433)はシャークに話しかけていた。 「私は生まれも育ちもドイツでして。お餅というものを食べた事がなく、また作法も判りかねます」 「ほう。それは残念な話じゃのう。餅は浴びるように食うのが正月の作法じゃというのに」 そんな作法はないと快がさりげなく突っ込みを入れる。 「聞けばシャークさんは料理を嗜まれると。そこで本日はおもちの調理方法と作法をご教授頂きたく参りました。どうぞ、よろしくお願いします」 礼儀正しく頭を下げる男装の美女に、シャークは頷いてみせる。 雑煮や焼き餅からピザ風餅まで、種々雑多な調理法の解説を並べる。 「色々な調理法があるのですね。ではシャークさんのお勧めの方法でお願いします」 「年寄りがでしゃばるのどうかと思ったが……頼まれたならば、腕を振るうよりあるまいな。正月の作法を学ぶならば雑煮こそが至上じゃろう!」 いつの間に用意していたものか。袖口から材料を取り出すと、シャークも雑煮を作り始めた。 だんだんと、料理が完成し始める。 『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)は、用意した材料を確認する。 「……材料は……うん、間違いないな。済まないが、悠月も手伝ってくれ」 彼の隣には、『星の銀輪』風宮悠月(BNE001450)がいる。 料理だからといって、女性に任せるようなことはしない。 待つだけでは悪い気がするし。 「はい。では作っていきましょうか」 同い年の青年を見上げ、彼女は静かに微笑む。 手順を分担して、パートナーである彼らは息のあった動きでぜんざいを完成させた。 「完成……かな。美味しくできているといいんだが」 鍋から器に少しよそって、拓真は箸で一口食べる。 「ん……しっかり煮えているな、大丈夫そうだ」 味見をする拓真を悠月は笑顔で見つめていた。 「食べてみるか、悠月?」 彼はもう一口、餅を箸に取る。 「え、ぁ……では、いただきます」 差し出された箸から食べる悠月は、ちょっとだけ頬を赤らめていた。 「ん……美味しいお餅、ちゃんと出来ていますね」 「そうか、良かった」 ぜんざいよりも甘い雰囲気で、2人は料理を食べ始めた。 ● ある程度料理ができてきたところで、リベリスタたちはさっそく食事を始める。 「……自動で餅を作り出す生きてる臼、そういうのもいるんだな」 アザーバイドと始めて遭遇した『血に目覚めた者』陽渡・守夜(BNE001348)は、世界の外に自分たちの想像もつかないような世界が広がっていることを知った。 「シューティングゲームの、敵機になった気分だぜ」 呟き、彼は料理を作っている者たちに近づいていく。 「ちっす、モチの食い放題と聞いて飛んできたぜ。片っ端から食えば良いんだよな?」 「そうじゃ! 食って食って食い尽くすんじゃ!」 シャークは完成した雑煮をよそうと、ドンと『鋼鉄の渡り鳥』霧谷燕(BNE003278)の前に置いた。 「今年もよろしくお願いします、シャークさん」 「おう、疾風か。昨年は世話になった。今年もよろしく頼むぞ」 気合十分な『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)の前にも、雑煮が差し出される。 世話になったおまけだと、盛られた雑煮はどんぶり入りだった。 「よし! 餅を食い尽くすぞ!」 テンションを上げないと、食い尽くすのはかなり辛い。そもそも、どんぶりで何杯か食べなければならないだろうし。 「スプーンは用意せなんだが、大丈夫か?」 シャークはベルハルトにも雑煮を取り分ける。 「あぁ、お箸は使えますよ。こちらで生活するには必要だろうと思い練習してきました。ちょっとしたものですよ」 「そうですね、やはり雑煮は箸で食べるのが風情でしょう」 悠然と食べるベルハルトの横で、疾風は猛然と餅を食べ始めた。 亘や凛子の料理には『自称・戦う高校生(卒業予定)』柴萩頼胤(BNE003335)が舌鼓を打つ。 「実家で色々餅料理は食べたことあるけど、こんなに料理があるのは流石に生まれて初めてだぜ!」 「せっかくですから、たくさん食べてくださいね」 凛子に勧められて頼胤は片端から餅を平らげていく。 「アークのリベリスタとしての初仕事がコレ、というのもなかなか気の抜ける話じゃが……」 『ばばぁむりすんな』神埼・礼子(BNE003458)は颯爽と料理を受け取る。 (ちょっと前のわしじゃったら喉に詰まらせるところじゃが、今のわしはロリロリの美少女。きっと食いきれるのじゃ!) 革醒で若返った彼女が本当は何歳なのか、この場に知っている者はいなかった。 手にした餅を伸ばしているのは『紅翼の自由騎士』ウィンヘヴン・ビューハート(BNE003432)だ。 「へぇー、これがモチか。うん、もちもちしてるね、このままではとても食べにくい」 「この食感がいいんじゃだよ。今日だけで一生分の餅を食っちまいそうだぜ~♪」 自分の料理で笑顔が増えたことに、亘は静かな満足を感じていた。 「楽しそうだ。私も加えさせてもらっていいかな?」 隆々たる体躯を修道士服に収めたバゼット・モーズ(BNE003431)が話しかけてきた。 「餅とは日本で毎年死人を出す恐ろしい食事かつ人気の高いものと聞いている。よければ、安全な食べ方を教えてもらいたい」 「いや……普通に食べれば大丈夫ですよ」 なにか勘違いしている様子の男に、亘が苦笑する。 最初にまず、まだ料理していない餅を1つもらってバゼットは口に入れる。 「これは、何と。美味い」 とはいえ注意して食べないと喉に詰まらせそうだ。 「……何か食べ易い料理でもないものかな?」 ウィンヘブンも呟く。 亘たちが作った料理を、2人は試していった。年のずいぶん離れた2人であったが、バゼットは同じダークナイトであるウィンヘヴンと料理の感想を語らい始める。 知り合いを作りたいと考えていた彼は、やはりダークナイトの礼子にも積極的に語りかけていた。 『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)の前には、ただ餅がひたすら並んでいた。 自信満々な感じで料理を始めた『虎人』セシウム・ロベルト・デュルクハイム(BNE002854)だったが、最終的に出てきたのはただの餅。 「これは……料理なんでしょうか?」 極限までお腹を減らしてきたユウはちょっと落胆した感じだった。 「……出来立ての御餅に策などいらぬ、ただ出来たてを食す事を貫くがいい。味が単調ですと……? ならば……この砂糖・キナコ・塩・砂糖醤油を使いなさい」 (まあ……消し炭よりはマシかな) 餅を1つ、口の中に放り込む。 「決して僕が調理できないのではなく、コレは素材の味そのままを味わって欲しいという僕からの粋な計らいってヤツですよ……」 滔々と語るセシウムは、いつも通り目をあわせてはくれない。 「うんうん、わかってますよ、セシウムさん」 言い訳を並べる彼に、ユウはもう1つの落胆を心に隠していた。 (お料理してる間ならセシウムさんと目を合わせられるかもしれないって、期待してたんですけど。目を合わせられるまでは頑張って欲しかったですね) 心の中でため息をつくユウ。 セシウムとは対照的に、シンプルながらも工夫を凝らした料理を作ったのは『ミス・パーフェクト(卒業予定)』立花・英美(BNE002207)だ。 四角くまとめたお餅に小松菜の入ったお雑煮を……大量に。 「……さすがに作りすぎちゃったかも。でも……全部食べてくださいますよね、アウラさん……」 笑いかけた相手は、『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)だ。 料理自体は手伝えなかったアウラールは、料理を終えた彼女にねぎらいの言葉をかける。 「お疲れ。エイミーは料理が上手だな」 完璧と顔に書いてあるほど完璧に、英美は料理を作り上げていた。 「えへへ。わんこそばならぬわんこ雑煮でアウラさんにたくさん食べていただきますっ♪」 わんこ雑煮という言葉の意味がわからなかったのか、アウラールが首をかしげる。 「ワンコもいいけど、エイミーと向き合って食べたいな、その方が楽しいし」 いつもどおりのゆるさで……けれど、そこか真剣さを込めて、アウラールは語りかけた。 「誘ったのも、モチを食べたいからじゃなくて、今日一日をエイミーと一緒に過ごしたいからなんだよ……って、ぬこ!?」 が、そんな誘いは雑煮の中に浮いた飾り切りに目を奪われて中断する。 猫の形に切ったかぶは、猫好きのアウラールのためのもの。 「すごい! エイミー、スバラシイ!」 賞賛の言葉とともに彼は思わず写メに撮った。 「はい、一緒に食べましょう。私は、アウラさんと一緒に過ごす日々が大好きなんですから。二人のこれからを一緒に作って生きましょう……」 ハイテンションなアウラールに、英美は優しい視線を向けた。 恋人たちの時間を邪魔する無粋な者はいなかった。 『みにくいながれぼし』翡翠夜鷹(BNE003316)は2人の少女たちと雑煮を食べている。 ただ食べるだけでなく、『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)や『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)の前には夜鷹の作った雑煮がある。 3人は『ファミ☆コン同盟』の仲間たちだ。 簡易テーブルの上には3人3様の雑煮が完成していた。 「お雑煮って家によって全然違うとか言うしねー」 夜鷹の雑煮は白味噌で味付けがしてあり、少し甘めな味付けだ。 関西風の味付けである夜鷹とは逆に、虎美の雑煮は薄口醤油で味付けをした関東っぽいもの。 具は夜鷹が里芋や人参、大根といったところ。虎美は人参と、三つ葉が入っている。 レイチェルが作ったものは、味付けは夜鷹と同じ白味噌だが具は虎美と似ていた。 ついでに虎美は焼餅も用意している。 「虎美は意外と料理が上手いんだな」 「ありがとう。お兄ちゃんにも作ってあげたら喜ぶかなあ」 「喜んでくれると思いますよ。お二人のお雑煮、どっちも美味しいです。お料理上手なんですね、うらやましい……」 ため息をついて、レイチェルは眼鏡を直した。 「レイのも……悪くはない。ただ、もうちょっと何か欲しいな」 「……あの、よかったら私にお料理教えてもらえませんか? 兄さんが料理上手だから悔しくて、見返す為にも上達したいんですよ」 それに、自分の料理で兄を喜ばせたいという気持ちも含まれている。 「もちろん。お餅はまだまだ食べなきゃいけないみたいだしね……」 虎美がまだ脈動を続けるアザーバイドを見た。 シスコンの兄と、ブラコンの妹たちは、追加の雑煮を作り始めた。 ベルジァネッツォ主義論理哲学研究会のメンバーたち4人は、神社の一角で騒いでいた。 「第13回! チキチキ☆ベネ研おもち大食い大会ー! どんどんぱふぱふ♪」 左腕を突き上げる『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)に仲間たちが拍手する。 ルールは単純にして明解だ。一番おもちをたくさん食べた者が優勝である。 「ヒャッハー! 安倍川だー! お雑煮だー!!」 「ひゃっはー☆ やっぱつきたてに大根おろしさいこー♪」 片手で器用に箸を使う舞姫と並び、最初から明日などないかの如くに食いまくっているのは『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)だ。 「つまりは餅を食えばいいのだな。……じゅるり。負けてやらないんだぞ。ふふ、ふふ……」 餅は実は大好物な『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)も食いまくる。 「出来立てのお餅だけあって、美味しいね!」 最後の1人『さくらのゆめ』桜田京子(BNE003066)はマイペースに餅を食べていた。 しばし後、4人のうち1人にあんな事件が襲いかかるとは――。 ――この時彼らはまだ知らなかった。 それはともかく。 騒ぐ若者たちを尻目に、七輪を前にしてひたすら餅を焼いて食っている者もいる。 無表情に餅を食う『銃火の猟犬』リーゼロット・グランシール(BNE001266)の向かいにいるのは、 赤ら顔の『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)だ。 「タダで食物を生み出すとは……、加減さえあればこの上なく仲良くしたいアザーバイドですね」 ケチ……もとい倹約家のリーゼロットにとって、量の調節ができるなら是非とも残って欲しい存在であっただろう。 ただ、残念なことにUSUに加減はない。 リーゼロットはただ、焼いた餅を砂糖醤油で食べるのみであった。 派手な眼帯の下、喜平は赤ら顔をしていた。 地顔ではない。 彼のそばには日本酒の瓶があって、それはもう半分以上が消費されていた。 「やべーわー仕事だから仕方ないわぁー世界平和とは何と長く険しい……」 誰にともなく言い訳をしながら、餅に海苔を巻いて醤油につける。 「……どう見ても酔っ払いにしか見えませんが」 「いや違うんだよ? 単に酒があったほうが食が進むだけでこれは仕事のために……」 さらっと毒を吐いたリーゼロットに喜平は言い訳をするが、彼女はもう聞いていなかった。 ● 大食いとは一種のスポーツである。 そろそろ食べる手に疲れが見えてきたころ、その男は来た。 馬に乗った偉丈夫……『百獣百魔の王』降魔・刃紅郎(BNE002093)。 馬の腹には何故か『もそもそ』荒苦那・まお(BNE003202)が張り付いていた。 アリスの前に立った刃紅郎。まおがその横に並ぶ。 ミルフィが思わずアクセス・ファンタズムから武器を取り出しかけた。 「餅を喰いに来た」 「はい、是非とも召し上がってください」 刃紅郎が放つ傲慢な空気に、アリスが臆することはなかった。 「如何様に調理してでも構わんからもってこい。どんどん食べてやるぞ。ははは!」 呵呵大笑する刃紅郎は、アリスが用意した料理を平らげていく。 あまりの勢いに、ミルフィも揚げ出しを口に詰め込み始めた。このままでは、アリスの作った料理を食いきられてしまいそうだからだ。 「お嬢様のお作りになったお餅料理……お嬢様の愛情が篭っているだけあって……とろけるように美味しゅうございますわ……」 一口ごとに幸せを噛み締めながら、刃紅郎を追いかける速度で食べ始めた。 まおが口元の布を除けると、蜘蛛と化した顎があらわになる。 そこに、彼女は刃紅郎と同じ速度で白い餅を放り込む。別に料理を拒否しているわけではなく、餅の食べ方を知らないのだ。 「よろしければ、こちらも召し上がってくださいな」 真剣な表情をする少女に、アリスが雑煮を差し出す。 「……我様と同じように食べればいいんですね」 刃紅郎を真似て、まおは他の料理にも手を出し始めた。 近くでは、砂糖を入れたきなこにつけて、『ラブ ウォリアー』一堂愛華(BNE002290)も遠慮のない勢いで餅を食べていた。 スタイルのいい美少女だが、なぜか眼鏡と目深にかぶった赤い帽子で顔を隠している。 「おいしぃぃぃっ! これなら山ほど食べれますねぇ」 ついさっきようやくありつけた餅に、彼女は眼鏡の下で相好を崩す。 その隠しぶりに親近感を覚えたか、まおが愛華を覗き込んできた。 「……美味しそうですね」 「うん、と~ってもおいしいのですよぉ」 幸せそうな愛華だが、一瞬びくっと肩を震わす。 別に蜘蛛の顎に驚いたわけではない。彼女は注目を集めたくなかったのだ。 快やツァイン、シャークと談笑している疾風を横目で見る。 (大丈夫、気づかれてない! きっと!) お餅は食べたい。しかし彼氏に食べている姿は気づかれたくない。 乙女心は複雑であった。 「我様はどの食べ方が好きでしょうか。まおはきなこがおいしいと思います」 愛華の葛藤には気づかずに、まおは彼女を真似てきなこ餅を食べる。 「好き嫌いが我にあると思うか? それより、喉に詰まらせてはならんから、ちゃんと茶も飲めよ」 熱い茶を喉に流し込み、刃紅郎は彼女に答えた。 玲と静は2人の世界を作っていた。 「玲、あーんしてご覧」 尻尾を振って口を開ける玲に、静が食べさせてやる。 幸せそうに食べる彼のお姫様の姿を見て、静も幸せそうに笑う。 2人でお餅を持って撮った写メを見るたびに、その姿を思い出すことだろう。 「これからも沢山一緒に過ごそうな!」 静の言葉に、玲は穏やかに頷いた。 その頃、シャークには魔の手が迫っていた。 「シャークさん、お口開けてくださいねー」 餅を振りかぶる『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)。 彼女は餅を食べまくろうと思っていたが、なんか食べる前に食欲がなくなったのだ。 「うむ?」 「せーの!」 振り向いたシャークの顔面に、投擲した熱々の餅がヒットした。 別に、悪気があったわけではない。 単なるコントロールミスである。 「あー、ごめんなさい。今外しますので……」 くっついた餅を烏頭森が勢いよく引っ張ると、シャークの髭が一緒に抜けた。 「えーっと……髭が抜けても男前ですよ。多分♪」 シャークは烏頭森をじっと見つめた。 彼女の肩に手を乗せる。 「烏頭森よ。食べ物は投げてはいかん」 「突っ込みどころはそこなのかよ」 ツァインが言った。 「うーん、抜き撃ちは得意なんですけどねえ」 考えながら、烏頭森は髭に引っかかっていた餅を外す。 またしてもシャークの髭が抜けていった。 疲れが見えてきたせいか、いくつかの場所で事件が起こっていた。 雪待辜月(BNE003382)は腹八分目で食べるのをやめて、食べ過ぎた者たちの看護に回っていた。 「よく噛んで食べないと危ないですよ」 可愛らしい容貌の少年の横では、英美が心配そうに恋人を見ている。 辜月に介抱されて、アウラールは飛び起きた。 「すごい、モチすごいの体験したっ!!」 倒れたときのテンションそのままの彼に、英美はむしろいっそう心配そうになる。 頭でも打ったのか。 そんな英美の手をアウラールが握った。 「エイミーのお陰だ、モチってホントに詰まるんだ! 皆も気をつけるんだ!」 「ええ、気をつけないといけませんね。あと、ヤマイモとか大根の摺り下ろしをくわえて、消化を助けるのも忘れないようにしてください」 まだまだご機嫌なアウラールに辜月は言う。 他に辛そうな者がいないか見回すと、ベネ研の4人が目に入った。 舞姫はお餅を詰まらせて目を白黒させる。 「んぐっ!? ……くはー、ビックリした……おもち、喉に詰まらせそうになっちゃいました、あぶないあぶない」 なんとか飲み下し、彼女は一息つく。 「みんなも気を付けて……って、終くんが人類にはありえない紫色になってる!?」 青白いをすでに通り越し、顔が土気色をしていた。 「あらやだ、奥様、お餅がのどにひっかっててよ♪ やあね~最近の男の子は軟弱ねぇ☆ あはは、うふふ……」 もはや意識も朦朧としているのか、意味不明な言葉を吐いている。 「終はどうしたのだっ、ま、まさか……新年にじじばばがやるという『お餅のどに詰まらしちゃったやだー☆』を体現したのか……」 五月はとりあえず苦しむ終を写メに撮る。 「早く餅を取り出さなきゃ! こういう時はどうすれば良かったんだっけ! 人口呼吸……?」 うろたえる京子の横を、一陣の風が吹いた。 「ふおおお、背中を叩いて吐き出させないと! 唸れアクセスファンタズム、燃やせハイスピード!」 制服のスカートがふわりと舞い、残像を残して舞姫が加速する。 「って何してるんですか! 戦場ヶ原先輩!」 「ま、舞姫、それ終が死ぬのではないか……」 京子や五月の言葉は、もはや舞姫の耳には入っていなかった。 「全身全霊、渾身の力を込めて放つ……。ソニック……エーッジ!!!」 (うお、ちょ、やばい……) 危険を感知しながらも終に回避する術はない。 衝撃で餅が終の口から飛び出した。 心配げに見つめる仲間たちを、終は不思議そうに見つめる。 「いやあ、懐かしい友達と近況報告してきちゃった☆ すっごく綺麗な場所だったんだけど、凄い勢いで早く帰れって言われちゃった☆」 「それは……見ちゃいけない光景なんじゃ」 駆けつけた辜月に終を回復してもらい、ベネ研の大会はなおも続く。 そんな騒ぎのそばで、別の命が終ろうとしていた。 礼子は青い顔をしながら苦しみに耐える。 五月が言った、『じじばばがよくやる』という言葉が、彼女に助けを求めさせなかったのだ。 (……み、水っ……! のどに、もちがっ……! ……じゃが、ここで助けを求めたら、婆扱いされる……っ!? それは嫌じゃ……!) 倒れそうになる礼子。 「んなとこで、細々と食ってねぇで皆と一緒に食おうぜ!」 彼女を救ったのは頼胤だった。 1人でぼそぼそ食べているように見えた彼女の背を、頼胤は思い切り叩いたのだ。 詰まった餅が飛び出して、礼子はほっと息を吐く。 リベリスタたちはとにかく食った。 休憩や運動を挟み、持久戦の構えで食べる守夜を始め、大量の餅を時間をかけて消費していく。 大根おろしたっぷりの、玲と静のからみ餅も心強い味方となった。 そして、ようやく終わりのときが訪れた。 ● USUが止まった。 アザーバイドがディメンジョンホールへと戻っていく。 刃紅郎は立ち上がった。 食べ疲れて眠っているまおを担ぎ、馬の背に乗せる。 「最後まで見ていかないんですね。餅を食べにきただけですか?」 辜月の言葉に刃紅郎は悠然と頷く。 「そうだ」 百獣百魔の王、降魔刃紅郎。 ドヤ顔にさえ王者の風格を漂わせ、彼は去っていった。 程なく、元いた世界へとアザーバイドも去る。 「アザーバイトが皆、この『USU』みてぇな奴等だったら、毎年来てもらいたいもんだ」 頼胤は、皆とともにそれを見送った。 「さて、ホールはしっかり壊しておかないとね」 残ったディメンジョンホールへとウィンヘブンが近づいていく。 「とうぶんお餅は食べたくないしね!」 玲の言葉に、皆が心から同意した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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