●『万華鏡』 特務機関アーク。 世界に冠たる財閥・時村家の肝煎りにより開設された、日本各地で起こる特異事件を解決するためのリベリスタ組織である。 静岡県三高平市、そのアークの本部の一室でリベリスタを出迎えたのは、極端に色素の薄い肌に左右で色の違う瞳を持つ少女だった。 「今日みんなに来てもらったのは、ちょっと調べて欲しいことがあるから」 予知の力を持つフォーチュナ、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)。 彼女は、アークが誇るスーパーコンピュータの集積体『万華鏡』のオペレーターとして、異能の存在であるエリューション、その力を駆使する人間・フィクサード、そして異界からの来訪者・アザーバイドが引き起こす事件を感知する役目を担っている。 「賢者の石が最初に見つかった洞窟の話、覚えてるかな」 賢者の石。 ほんの一欠片でさえ、莫大な魔力を引き出すことができるその結晶を巡り、後宮・シンヤの一派――先の決戦でアークに敗れ壊滅したが――と激突したのはリベリスタ達の記憶に新しい。 イヴが指しているのは、アークが手に入れた最初の一個が発見された山中の洞窟だ。当時、後宮派のフィクサードを倒したリベリスタ達は、引き寄せられるように集まっていたエリューションを蹴散らして洞窟最深部へと進み、賢者の石を回収していた。 「そう、そのエリューション。前に足を踏み入れた人たちは、別に敵を殲滅するまで戦ったわけじゃない。だから、討ち漏らしが結構居る」 もちろん、万が一一般人が踏み込もうものなら、危険どころの話ではない。のみならず、エリューションはただそこに居るだけで、増殖性革醒現象――周囲の生物などのエリューション化を促進してしまうのだ。 「だが、あの洞窟のエリューションは、大した強さではなかったと聞いている」 壁にもたれて話を聞いていた『月下銀狼』夜月 霧也(nBNE000007)が口を挟んだ。うん、とイヴは頷いて、説明を続ける。 「ただ、数が多いから。E・アンデッドやE・ビーストを中心に、小集団ごとに洞窟内を徘徊しているよ。それと」 声を改めて彼女が告げたのは、やや強力な個体が発生しているようだ、ということ。 「とは言っても、まだ生まれたてだし、そんなに強くないはず」 「……要は、纏めて倒してしまえば済む話だ」 クールに言い捨てる霧也。そうだね、と応じ、それから彼女は思い出したようにコピー紙の束を取り出した。 「そういえば、もしかしたらこの中にも、初陣の人がいるかもしれないね。アーク加入者への手引きがあるから、読んでおくといいと思うよ」 手渡された冊子の表紙には、『ようこそアーク江』と大書されていた。 ●小冊子『ようこそアーク江』 新人リベリスタの皆さん、アークの活動には慣れてきましたか? この冊子は、まだどうやって戦えばいいか判らない、そんな方の為に、一つのやり方を纏めたものです。 もちろん、スタイルの良し悪しは個人によって違いますから、自分のスタイルをお持ちの方は、この冊子の内容にこだわる必要はありません。 ですが、もし「相談って何をすればいいの?」「プレイングが不安」という方がいらっしゃいましたら、ゲームマニュアルと合わせて参考にしてください。 ■■ 相談について ■■ シナリオ出発日時までは、この相談ルームで参加者同士の相談が出来ます。 もちろん、相談は義務ではありません。そう頻繁に見ることが出来ない方もいらっしゃるでしょうし、急用が発生することもあります。 ですが、もしも余裕があるなら、相談に参加することで、シナリオの成功率を上げるだけではなく、よりシナリオを楽しむ事が出来るでしょう。 *最初に何を言えば良いの? 決まりがあるわけではありませんが、自己紹介として、自分の名前と種族・ジョブを言うことが多いです。他にも、シナリオで役立つスキルなどがあれば、表明してしまいましょう。 これは、いちいちステータスを覗いて回らなくても、「誰がどんな能力を持っているか」を判りやすくするためです。 例)0番、夜月霧也。ヴァンパイアのデュランダルだ。初級のデュランダルスキルを使うことが出来る。……よろしく頼む。 *相談ってどうすれば良いの? 最初は、気がついたことをどんどん言っていくだけでもOKです。 そのうちに、これはこうしたほうがいいんじゃないか、というように作戦がまとまってきます。それをもとに、後述のプレイングを組み立てていきましょう。 もちろん、慣れてきたら積極的にまとめ役になってみるのもいいですね。 *何を言っていいか判らないよ もし、何を発言していいか困ってしまったら、今出ている意見に「賛成」「反対」だけでも意思表示してみましょう。 もし理由も言えたらベターですが、特に賛成であれば、一言でも構いません。反対の場合は、簡単な理由があるといいですね。 *キャラクターとして発言? プレイヤーとして発言? どちらでも構いません。 キャラクターのロールプレイ(演技)を楽しむ人が多いようですが、相談しにくい口調などの場合は、キャラクターと相談の口調が違っても全く問題ありません。 ただ、相談はリプレイ描写の口調の参考になるということもあるので、可能ならロールプレイにチャレンジしてみましょう。きっと楽しいですよ。 *やっちゃいけないことって? 基本的に「やってはいけないこと」はありません。どうぞ、自由に、そして気楽に相談を楽しんでください。 ただ、現実世界と同じで、「相手の意見を無視したり、頭ごなしに否定」「ロールプレイ(演技)を超えた喧嘩腰の態度」「あまりにも大量の(例えば十連続とか)発言」は、避けた方が無難です。 お互いを思いやり、楽しい時間を過ごしましょう。 ■■ プレイングについて ■■ プレイングとは、(1)自分の行動 (2)自分の心情やリプレイに入れてほしい台詞を規定の文字数で表現するものです。 (1)は、「シナリオを成功させる為に必要な行動」です。当然ながら、この部分が弱いと、望み通りの結果にならなかったり、最悪の場合は失敗判定が下されます。 しかし、(1)に偏りすぎると、「あなたがどんな人か」ということが伝わりにくくなります。逆に言えば、この部分は「ポイントが必要最低限押さえられていればいい」のです。 (2)は、あなたがこのシナリオでどういうことを思ったのか? どんな台詞を喋るのか? そういう、「あなたらしさ」を表現する部分です。 プレイングはどうしても字数が足りなくなるものです。そんな時、往々にしてこちらの部分が削られがちですが、先述の通り「依頼の成功の為には、ポイントが必要最低限押さえられていればいい」のですから、出来る限り(2)の部分を確保するようにしましょう。 シナリオによって違いますが、慣れていないうちは(2)が150~200字くらいを目処にすると良いのではないでしょうか。 プレイングを書く際には、ゲームマニュアルの「戦闘について」もさらっと確認しておきましょう。 *お勧めのプレイングの書き方は? お勧めといったものはありません(それこそ人によって千差万別です)が、オーソドックスなスタイルとしては、次のような構成があります。 (※こう書いてくださいというわけではなく、ただの一例です) 1>依頼に関する意気込み 2>探索・雑魚戦など前半戦の行動・台詞 3>ボス戦などここぞという局面での行動・台詞 4>依頼を達成して一言 *プレイングの注意点は? いくつか紹介してみましょう。 ・行動も心情も具体的に書く 例えば、「敵に攻撃する」より、「前に出てきた敵を、ギガクラッシュで迎え撃つ」の方が適切な行動を取れそうですよね。 前衛、という一言でも意味は通じますが、「敵の真っ只中に突っ込んで切り開く」と、「味方の後衛を守る為に盾になる」は同じ前衛でも行動が違いそうです。 また、「目的:エリューションの全滅」と書くよりも(わざわざ書かなくてもみんな同じです)、「エリューションは放置しておけない。必ず仕留めてみせるぜ!」の方が、生き生きしていると思いませんか? ・自分の行動を書く 原則として、他人の行動を自分のプレイングに書くことは出来ません。 従って、全員分の作戦や行動を細かく書くことは無意味です。仮に書かれた方のプレイングと差異があった場合は、当然本人のプレイングが優先されてしまいます。 それに字数を使っては本末転倒ですので、まず、自分の行動をしっかりと書くようにしましょう。 (ただし、「~をする時にはタイミングを合わせるように声をかける」という声かけプレイングは、STと場合によりますが有効な場合も多いです) ・誰が読んでも理解できるように書く 字数を詰めようとするあまり、過度に省略した略称を使ったり、日本語として読解できる範囲を超えている場合があります。 STがプレイングを誤解してしまったら、そもそも意図した行動を取ることが出来ません。提出する前に、他の人に理解してもらうための文章になっているか、確認しましょう。 ・ルールは絶対です 文字通りですが、特に多いのが、「ルール・データの勘違い」と「活性化していないスキルの使用」です。 プレイングに書いたところで、ギガクラッシュは遠距離まで飛びませんし(近寄る必要があります)、活性化していないスキルを使うことも出来ません。 また、少し違いますが、非戦スキルは戦闘の場ではあまり便利には使えません。これも場合によりけりですが、あくまでも「非」戦スキルなので、過剰な期待をしないほうがいいでしょう。 ・文字数いっぱい書く 600字(イベントシナリオは300字)を全て埋める義務はありませんが、とはいえ少ないよりは多いほうが良いのも事実です。出来る限り580字以上を目標に頑張ってみましょう。 作戦はばっちりで、何も書くことがなくなったなら……そんな時こそ、みっちり台詞を書くことをお勧めします。 ■■ ステータスシートについて ■■ ステータスシートは名刺のようなものであり、広い意味でプレイングの一部です。 この冊子では、スキルの取り方や能力値については解説しません。それらについては、コーポで先輩に相談するというのも一つの方法です。 *自由設定欄は埋めておこう 自由設定欄は、あなたの生い立ちやアークに所属するきっかけ、好みのスタイルや詳細な容姿、エンジェルへの熱い思いなどを記入する欄です。 もし書くことに困ったら、イラストがまだ無い方であれば、この欄で容姿の主張をするのがお勧めです。例えば、髪の色「赤」が、自然な明るい赤毛なのか、それとも染めた鮮やかな赤なのか、はたまた機械の体であるメタルフレームさんならメタリックな赤なのか。そういった情報が、仲間やSTのイメージを膨らませます。 なお、この欄や通信欄にプレイングの補足を書いた場合、全て無視されますので注意してください。『行動とその依頼への心情』に関わるものはあくまでもプレイング欄に。『キャラクターの設定』に関わるものは自由設定欄に、と区別しましょう。 公式コーポには『プロフィール公式チェック』もありますので、設定が大丈夫か不安なら、利用してみてください。 *スキルの活性化・アイテムの装備も忘れずに プレイングに書いていても、活性化していないスキルは使用できませんのでご注意。 同様に、アイテムは装備していなければ意味がありません。 それでは、よいリベリスタライフを! |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月可染 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月18日(水)23:50 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 一寸先すら見えない闇を、ヘッドライトの光が断ち切った。 「こうも暗いと、電池が切れるのが怖いですね」 不安そうな『愛することは 信じること』月星・地球・宇宙(BNE000353)の声が、洞窟に反響する。 そんな心配をしなければならないほど長時間歩き続けているわけではなかったが、先の見えない道を手探りで歩き続けるというのは、やはり彼らの不安を掻き立てた。 「とはいえ、照らすのを止めるわけにもいきませんが」 まるで夜空の月のように宇宙の額に輝くライトは、彼女が所長代理を務める月星☆私立探偵事務所の備品だ。アークからも懐中電灯は支給されていたが、気が利かないことに手持ち型。やはり両手が空いているということは重要なのだ。 「ううむ、これは不恰好な」 手にしたボウガンの先にはガムテープで留められた電灯。『ギャロップスピナー』麗葉・ノア(BNE001116)は、宇宙の装備を見て羨ましげである。 「こういうところにもアークの技術の粋を尽くすべきでありますな。実際に運用するのは、歯車でなく生身の人間でありますゆえ」 とはいえ、アイデア自体は気に入っているらしい。研究開発室に持ち込んでみようか、と彼女はふと思案する。手元にスイッチさえあれば、小型化次第で実用性も生まれよう。 「《我技術ノ結晶有リ! 我ト共ニ灰被号モ初陣也! 偵察也! 偵察也!》」 技術の粋、という彼女の言葉に反応したか――突如、スピーカーがノイズ交じりの『声』でがなり立てた。 その出所は『haikaburi』ヴヴ ヴヴ(BNE003250)。目深にフードを被った小柄な人影が懐から取り出したのは、灰色の布切れを引っ掛けたラジコン模型のヘリコプターだった。何処から出してきたのでしょう、とヘッドライトを光らせた『ChaoticDarkness』黒乃・エンルーレ・紗理(BNE003329)が目を瞠る。 「《括目セヨ! 括目セヨ!》」 耳障りな人工音声。ウヴの手から離れた模型は、勢い良く舞いあがり――。 ごつん。 「……ぅー」 「……」 集まる視線。 「はうっ」 木っ端微塵の灰被号を手にするヴヴのスピーカーを通さない声は、なんとも可愛げがあって。 「……意外なものですね」 大人びた風情で、紗理はくすりと笑う。 何不自由なく、大切に大切に育てられた彼女にとって、アークという場はまさに人間の坩堝だった。このヴヴに限らず、印象深いリベリスタは数多い。あるいは、『敵』――あの赤い靴のような――すらも。 だから、紗理はアークの掲げる正義のためではなく、自らの欲するままに戦う。例えば、ヴヴの見せた意外な顔のために。また例えば、かつて共に戦った『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)のために。 「まあ、ドンマイってとこか」 少し前を歩いていた『マスカレイドスコープ』尖月・零(BNE003152)が、ククッと喉を鳴らした。 暢気な会話だった。それでいい、と殿を歩くティアリアは思う。気の抜き過ぎは思わぬ敗北を生むが、それは度を越えた緊張も同じこと。 「それにしても、まだこれだけのエリューションが居るのね。賢者の石が持ち去られて久しいのに」 一行は既に幾度もの襲撃を受けている。とはいえ、群れを成して襲ってくるでもなく散発的に現れるそれらとの戦いは、極めて一方的なもの。ティアリアにとっては肩慣らし程度にすぎない。 それでも。 (はわ、ど、どきどき、します……) 彼らの多くにとって、それは初めての経験だった。特に烏丸 兎子(BNE002165)の緊張ぶりは、見ている方が神経を使うほど。 (同じうさぎさんでも……随分、違いますね……) 多少は実戦経験があるという触れ込みの彼女ではあったが、その戦歴は彼女の可憐でおっとりとした印象を裏切らない。つい先日は、凶暴な兎を(力ずくで)大人しくさせて、その柔らかさを堪能してきたばかりだ。 「あ……あんなうさぎさん、反則です……」 そんな兎子を探索開始早々に出迎えたのは、口からぐゎらりと大きな牙を覗かせ、暗闇にぎらぎらと赤い目を光らせて飛び掛ってきた殺人ウサギだった。『淋しがり屋の三月兎』神薙・綾兎(BNE000964)が叩き落してくれて事なきを得たものの、軽いトラウマと化している。 「そう思うんなら好きにすれば?」 クールに言い放つ綾兎。それが嫌味に聞こえなかったのは、先ほどはウサギを遮り、今は先に立って不意の襲撃に備える、その口調とは裏腹の態度と――。 「だいたいウサギウサギって五月蝿いんだよね」 頭の上でぴこぴこ揺れる、その兎耳の賜物だろう。ちなみに尻尾まであるらしい。 「まあ、それはさておき」 さておかれた。 「一人で先に行き過ぎじゃないか? ちょっと危険な気もするが」 零が視線を先に向ける。掌の中のトランシーバーは、通信可能なアクセス・ファンタズムを持たない同僚、『地火明夷』鳳 天斗(BNE000789)と繋がっていた。 先行したその姿は見えない。持っているであろうライトの光さえ見えない。それほどにまで闇が深いのか――違う。洞窟自体が、曲がりくねっているのだ。左右に、あるいは上下に。 「前に調査した人たちも言ってたね。真っ直ぐじゃないし、足元も悪いって」 転んで水浸しになった人も居たらしいしね、と『麻雀部部長』大月 沙夜(BNE001099)が眉を顰める。証言以外の情報がほとんどなく、報告書でも「何が起こったか」に重点がおかれていただけに、彼女の聞き込みは重要だった。 「だって、緊張するよ。初めての実戦……なんだから。試合と違って、実際に敵を手にかけないといけないんだからね」 用意周到だな、とからかった天斗に、沙夜は意外なほど真剣な表情で言ったものだ。 ● さらに進むことしばらく。 一行の会話が途切れた頃、スピーカーが小さくノイズを鳴らす。ヴヴではない。零の持つ、探偵事務所御用達のトランシーバーだ。 『お客さんだぜ子猫ちゃん達。お一人様ご案内だ』 走る緊張。得物を手にして待ち構える彼らの布陣は、沙夜とヴヴ、紗理、そして『月下銀狼』夜月 霧也 (nBNE000007)を前衛とした、どちらかと言えば後衛重視の仕様だ。 ばちゃん、と水溜りが跳ねる音。陰の向こうが、彼らのものではない光に切り裂かれる。 「ほらよっ、お待ちっ!」 姿を現したのは、精悍なる肉体をミリタリールックに包んだ男――天斗。その後ろを、大型犬の剥き出しになった牙が翳めるように追いかける。 ただの大型犬? もちろんそんなわけがない。 「エリューション……! 容赦はしませんよ」 紗理の握る刺突剣が電灯の光を映し閃いた。素早く振るう剣筋が、いくつもの銀線を闇に描いて野犬に突き刺さる。その閃きを掻き消すようなマズルフラッシュ。零の銃弾は、エリューションすら易々と噛み砕くのだ。 「平常心、平常心……!」 普段はどちらかと言えば眠たげにとろける瞳も、今日ばかりは緊張に強張っている。呪文のように呟いて、沙夜が敵へと踊りかかる。右手には、鋲の埋まった紫のグローブ。 「いくよ――あっ」 その拳に炎を宿しかけ――何かに気づいたように、彼女は膨れ上がる闘気を『抑え込む』。それでも拳の勢いは削がれずに、力一杯野犬の背を殴りつけた。 「大月さん? そういうこと、かな」 その様子を見た綾兎が、得心したように薄刃のダガーを投じる。指先の震えは隠せないけれど、慣れなきゃ、と振り抜いて。 冷えた空気を切り裂いて飛ぶ凶器は、悶える野犬の眉間に突き立ち、その生命を断った。 「ハッ、やるじゃないか。そう、ケチケチいくんだぜ」 沙夜と綾兎へと満足そうに手を上げる天斗。彼の言葉で理解に至ったか、なるほど、と兎子が緑と紫の瞳を瞬かせる。 「この先は長いですし、いつ戦闘になるかも判りませんから」 「そういうことよ。天斗が傷一つなく戻ってきたということは、その犬は大した強さじゃない。紗理が強烈な一撃を見舞ったのだから、あとは止めを刺せばいいだけなのよ」 戦い方はケースバイケース。速攻を求められる場合と、長時間戦い抜くことが必要な場合は、選択する手段も変わっていく。ティアリアの補足に、他の者も納得したようだ。 「それにしても鳳サン、やっぱり先に行き過ぎだよ」 零が先の疑問をぶつける。それに対しての天斗の回答は、単純にして明快だった。 「万が一手に負えない相手だったら、俺はそこで死ぬ。血に盛った連中が気づいて襲ってこない距離が必要なのさ。――あんたも、救出のために突貫するなんて馬鹿なことは言わないだろう?」 「当然よ」 ルーキー相手でなければ容赦はしないということか、本性の一端を垣間見せ、そっけなく返答するティアリア。おお怖い、と肩を竦め、彼はまた先へ歩き出す。 「……カナリアか」 「ええ」 そんな彼女の耳朶を打つ低い声。他のメンバーに聞かせないように霧也が告げた一言は、真実を突いている。 零の指摘の通り――つまりは経験の浅い者でも指摘できるほど、天斗が保つ距離は長すぎる。いくら体力的に優れたリベリスタとはいえ、エリューションに追われて何十秒も走り抜けるのは危険に過ぎるのだ。だが、ティアリアが黙っていたのには、どうせ言っても聞かないだろうということ以外にも理由がある。 斥候と本隊の距離を縮めれば、当然戦闘準備の時間は減り、同時に急襲を受ける確率は上がる。つまりは、『緊張を緩めることなく、長時間を過ごすことになる』。 そして、超人に等しいリベリスタであっても、疲労を免れることはできない。肉体も、精神も。それ故に、緊張でガチガチのルーキーを少しでも休ませる工夫を案じたのだ。 鉱山のカナリアは身をもって危険を知らせるだけが役目ではない。カナリアが無事なうちは安全だ、という安心を与えるのが最大の目的なのだから。 ――そして、ここではカナリアたる天斗本人すら、それを理解している。彼らが冷酷なのではない。ベテラン達は最も生き残る確率が高い方法を冷徹に計算した、ただそれだけのこと。 「さあ、先へ行きましょう。早くしないと、置いていかれちゃいますよ」 雰囲気を感じたか、宇宙が朗らかに笑ってみせた。なんでも今朝の占いでは、皆さんの運勢、今日は最高らしいですよ――探偵らしからぬ彼女の言葉に、柔らかな空気が流れる。 そんな和らいだ笑みが消し飛んだのは、それから二十分ほど後のことだった。 ● 『ちっ、多いな……四、いや、五だっ』 トランシーバーの声が焦りの色を滲ませていた。誰かが唾を飲む音が、奇妙に響く。 『だがな、単なるアンデッドだ。まだ命を賭けるにゃ早ぇ――』 走りながらか、荒い息がスピーカーを通して聞こえる。そして次の声は、スピーカーを通してよりも、むしろ直接耳に届く方が大きかった。 「木偶の坊五匹、あと三十秒!」 絶叫がわんわんと石壁に残響を残す。永い永い三十秒。やがて、やや余裕を失った風情の天斗が姿を現した。その背後を追う、襤褸をまとった『かつて人だったもの』。 「皆さん、準備はいい? 行きますよ!」 真っ先に飛び出したのは紗理。思えば、野犬相手にも彼女の剣は容赦がなかった。動く死体も狂った獣も、フェーズの如何も関わりなく、その切っ先は――。 「倒すべきものを倒す。ただそれだけです」 ワンレングスの髪が闇に溶ける。華奢な刺突剣が、幾筋もの残影を伴って腐敗した肉を貫いた。 「何だかめげるね、人のなりをした敵って」 ぼそりと呟く沙夜。そう、確かにこのアンデッド達は今日始めてのヒトガタの敵。つまるところ、それは多くの者にとって初めてのヒトガタの敵ということで。 「せいっ! ……ああ、もう……」 握った拳を思い切り突く、その感触を彼女は忘れまい。一瞬の後に彼女を襲った、凄まじい臭気を発する腐汁は感傷すらも掻き消すけれど。 「《我前衛也! 我前衛也!》」 大剣を振るう霧也に並ぶヴヴ。華奢な身体に小柄な背、ローブを纏ったその姿は典型的な後衛だったが――拳一つと両の脚を友に、『彼』もまた立ち向かう。 「《我ガ闘争ノ形ハ不定! 故ニ我灰被リ也!》」 意外にもしなやかな動きを見せ、ヴヴは跳んだ。壁を蹴り付けて強引に向きを変え、フェイントを利かせて横合いから動く死体を殴りつける。 「通せんぼかよ、鬱陶しいな」 ちっ、と舌を打つ天斗。敵の後ろに回り込もうとして、果たせなかったのだ。洞窟は十分に広い。だが敵は五体、味方の前衛は彼を含め五人。知能の低いアンデッドといえども、易々とは通してはくれない。 「ボサッとしてんのにな――真っ二つにしてやるよ」 彼の短刀が目にも止まらぬ速さで突き入れられ、腐肉を裂く。 「見つけた以上は、討ち漏らしのないように。今回の依頼の目的は掃討でありますからな」 脚部のユニットを地面に固定し、ノアは警帽の向きをしっかりと直した。精度を高めたそのボウガンが放つのは、太いクォーレルではなく清冽なる閃光。 「前衛の皆様も、本官と同じく新兵ですからな! 楽をしていただきませんと!」 洞窟を瞬時埋め尽くす神気は、アンデッド共に止めを刺すには至らない。しかし、閃光は確かにそれらの動きを鈍らせていた。 「見逃してやることはできないしな。ちゃっちゃっと終わらせようか」 狙いもつけずに引鉄を引いたように見えた零の銃弾が、前衛の隙間を抜けて正確に死体の頭を穿つ。先に前衛達に攻め立てられたそのゾンビは、崩れ落ちるように動かなくなった。 「……これで一匹目、かよ」 腕が震える。今日が初の実戦、余裕げに振舞ってはいても、緊張を隠せないのは零とて同じだった。だがその震えを上回る――興奮。あるいは飢え。張りつめた心地良さ。 敵は決して弱くはない。だが、数の減少はすなわち攻撃力の減少。何とか凌げるか――いや、エリューションもそれほど甘いものではない。 「ぁうぅっ……!」 舌足らずの可愛らしい声。二体のゾンビがヴヴに取り付き、そのローブに刃を振るい、あるいは柄で殴打する。 ティアリアが彼に齎した守りは、錆びたナイフを柔らかく受け止め、悪しき存在に神気の棘を突き立てていた。だが、それでもアンデッドの攻撃はヴヴを痛めつける。彼だけではない。沙夜や紗理もまた、傷ついていた。 その痛みもまた、彼らにとっては慣れないもの。だが、怯みそうな心を背後の声が後押しする。 「そう、それでいいの。いい調子よ」 殊更に励ましてみせるティアリア。洞窟に吹くはずのない涼やかな風を喚べば、紗理の肩の傷が、ローブに隠されたヴヴの背の痣が、ゆっくりと消えていく。 「あなた達が耐えてくれるから、わたくし達が目一杯その力を発揮できるの。後しばらく、頑張って」 もちろん個人差は大きいが、一般に、高火力の遠距離攻撃や回復治癒を得意とする『後衛職』は、防御力に劣ることが多い。紙装甲とも揶揄される彼らが敵に狙われたなら、攻撃や援護どころではなくなってしまうだろう。 だからこそ、リベリスタもフィクサードも、如何に前衛を突破し、あるいは回避して直接後衛を狙うかを考えるのだ。回復役を第一の標的とするように。 「気合い入れていきましょう!」 宇宙の声は戦いの中にあってさえ朗らかだ。初陣なので皆に迷惑をかけたくない。そんな思いでこの場に臨む彼女だったが、ムードメーカーとしてパーティーを引っ張っているあたり、さすが所長の名は伊達ではない。 「はい、そっちの子が狙い目みたいですねー」 天斗が相手取っているアンデッドが深く傷ついていると見て、彼女は手にした杖を高く掲げる。その先に灯る炎。白い翼を背に広げた姿は、戦天使の如く煌々と輝いて。 「いきますよー!」 味方まで焼かれないよう、火球を放つ先は『敵の後方』。アンデッドの背後に巻き起こった爆発が、ニ体の敵を炙る。 「あ、あの子、足をひきずってます。右脚を狙ってみるのはどうでしょう?」 「えっと……、右脚、ですか……?」 青白く光る魔法陣を展開した兎子が、抱きしめるようにロッドを抱えながら宇宙の指す方に目を向ける。確かにその死体は左脚が傷つき、動きが鈍って見えた。 「そう、ですね……。集中攻撃、しないと……」 集中攻撃、というキーワードは多くの場合で重要だ。五体の敵を攻撃する場合、分散して全ての敵にダメージを与えても、敵の攻撃力は変わらない。だが、一体に集中し、撃破する事が出来たなら、敵全体の攻撃力は五分の四になるのだから。 とはいえ、前衛まで動員して集中攻撃を行えば、敵前衛をブロックできなくなってしまう。後衛こそ、攻撃を集めるという意識が必要だろう。 「確実に一人ずつ……倒しましょう……!」 彼女が放った光の矢は傷ついた死体を貫き、再び動かざる物体に戻す。とは言え、実は兎子は右脚狙いはしていない。特定の部位を狙えば、それだけ当てるのが難しくなるからだ。 確実に一体ずつ。その堅実さこそが、戦いを有利に運ぶのだろう。気がつけば他のアンデッドも倒れ、ついに最後の一体を残すのみとなっていた。 「アンデッド……可哀想な気がしないでもないけれど」 綾兎もまた、沙夜と同じく人の形をした相手と戦うことには苦手意識を感じていた。とはいえ、そんな柔らかな部分を簡単に露にするほど、彼は素直ではない。 「まぁ、習うより慣れろっていうしね」 手の内の暗器を一動作で投じれば、回転して宙を疾った刃がアンデッドの腹を割く。 「――やっぱり慣れないね。心が消耗するよ」 腐敗臭をものともしない沙夜の拳がその傷口に叩き込まれ、腐り落ちた身体を真っ二つに破砕した。 ● 休憩を摂りましょう、と提案したのはティアリアだった。安全の為に少し引き返し、足元が乾いている、開けた場所に腰を下ろす。 「さ、傷を癒すでありますよ」 傷ついた者達を癒しにかかるノア。そちらが疲れてしまうのでは、という紗理に、ニカっと笑って敬礼一つ。 「なに、底に付く頃には全開であります! 無限機関万歳!」 「そういうものなのですね……」 機械の身体の利点に、感心する一同。 「えと……、これ、おやつ……よかったら、どうぞ……」 おずおずと兎子が差し出したのは、普段から持ち歩くお菓子の山。交換したりちょっと摘めるよう、一個包装が主なのが女の子らしい。 「今日は、寒い……ですから、特別に、温かいお茶も……あるんです」 「気が利くな、ありがとう」 頭を撫でる零の手に、少女はくすぐったそうに笑う。 「別に、こっちは配るほど持ってきてないけれど……ま、食べたいなら好きにすれば?」 じぃ、宇宙が眺める先は、綾兎の持つ飴。素直じゃない言い回しに、その場の誰もが吹き出すのだった。 「ところで、あなた達はどうしてアークに所属したのかしら?」 温かい飲み物で人心地ついた一行。会話の糸口としてティアリアが投げたのは、誰もが持っていて、けれど決して単純ではないものへの問い。 「ねぇ、綾兎?」 「う……、この耳がばれそうだったから、だよ」 前言撤回、少なくとも一部は実に単純だった。彼女の視線にひれ伏して、コンプレックスを白状させられる綾兎。せめて狼だったら良かったのに、と愚痴る彼は、温まった身体にくすりとした笑いをもたらして。 「格闘技を極めようとしたら、うっかりリベリスタになっちゃったよ」 「これでも一応探偵なんですよ、人の知らないことを知るのが仕事です☆」 沙夜や宇宙の突き抜けぶりも容赦ない。 「《深遠ニシテ不解、我理解ノ及バザル謎也!》」 「……はい?」 ヴヴの言葉が理解できなかったか、首を傾げる一同。はぅ、と小さく呟いた『彼』は、取り出したノートパソコンのキーをかたかたと叩く。 》》》set それは内緒です★ 《《《close 「…………」 「……はゎ」 向けられる視線に殺意が込められた気がして、ヴヴはローブのフードを深く被りなおした。 「……その、代々、リベリスタを出している……家なので……」 「ああ、俺もそうだ」 今も純血を保っているか、それとも薄まったかの別はあれど、ヴァンパイアの名門の出という共通点を見出す兎子と霧也。そうなんですねぇ、とほんわか笑みを零す少女は、戦場よりも庭園か学校が似合うのかもしれないけれど。 「俺が革醒したきっかけは、エリューションに襲われたからなんだ。それで、だな」 後は好奇心だよ、と肩を竦める零は、この先に待ち受けるであろう強敵との戦いさえ、探究のステップとして捉えているようだ。 「私は……、理由なんてありません」 口ごもる紗理。戦うのは全て己のため。だがそれを整理して言葉にするのは、今の彼女には難しいだろう。時間が彼女の信念をさらに育てたとき、答えが出るのかもしれない。 「本官の父はナイトメアダウンで殉職した警察官であります」 その志を継ぐでありますよ、と屈託なく語るノアに、ティアリアは何かを重ねたか、頑張りなさい、と一言だけ告げる。 「不肖麗葉ノア、全身全霊を込めて任務に当たるものであります! ……はは、流石にわざとらしいですな」 頼りになる先任も居ることでありますし、とおどける彼女は、既に吹っ切れているように見えた。 「それにしても、あんたが引率の先生で、俺が研修生の副担任か?」 「このわたくしが新米の引率だなんて。アークも人選を間違えたと思うわ――わたくしも、加入してまだ三ヶ月だというのに」 鳳凰の紋様が刻まれた携帯用のウィスキーボトルを呷る天斗に、ティアリアはくす、と含み笑う。そうでなくても、何人かが向ける憧れの視線は、彼女にはくすぐったかった。 「まあ、少なくとも生徒って歳じゃないしな」 「……その粗末なモノを踏み潰して欲しいのかしら」 見た目だけは幼いティアリアの毒が、彼の背筋に寒いものを呼ぶ。ああ邪悪ロリに光あれ。 「で、あんたのポジションはどうなんだよ、霧也『先輩』」 「さあ、な」 はぐらかした霧也だったが、ふと思い出したように仲間達に目を向け、ぼそりと言葉を紡いだ。 「実戦で重要なのは、自分の能力に見合ったポジションを正しく知ることだ。そのポジションを全うできる実力がなければ、サポートに回るのも一つの手だろう」 だが、と彼は言を続ける。 実力なんてものは実戦で大きく伸びる。大体、アークは若い組織だ。死線の二つ三つも潜れば、中堅と呼ばれるに相応しい力が身につくだろう。 「その上で、あえて言おう。最後に戦いを制するのは――意志の力だ」 場に合った行動と、それを下支えする自力。そして、諦めない心が、厚い壁に穴を穿つのだ、と。 「よっ、お見事」 「……お喋りが過ぎたな」 囃し立てる天斗を無視し、霧也はそろそろ進むぞ、と立ち上がる。 再び歩き始めた一行。何度かの襲撃をいなしながら、リベリスタ達は緩やかな坂を延々と下っていく。 そして、脇道にチェックを入れてきた沙夜のチョークが、いい加減に短くなってきた頃――。 『俺が、このゲンジ様が、どうしてこんなことになったんだ……!』 ついに、彼らは最深部へと辿り着いた。ぞわりと剥き出しの精神を舐める様な、筆舌に尽くしがたい慟哭の声。時折聞こえるそれが、リベリスタ達の緊張を嫌が応にも高める。 僅かに顔を出し、様子を伺う。最深部のホールに屯するエリューションは八体。だが、そのうちの三匹はどうということのない野犬だ。最奥にぼんやりと浮かぶ人影は不気味ではあったが。 「決まったな。――行こう」 前衛達を先頭に、彼らはホールへとなだれ込んだ。 ● 先頭を走る紗理が、全身のギアをより高い次元へと解き放つ。その横で前衛のラインを構築する天斗が、誰よりも早く奥の人影――ゲンジへと何かを飛ばした。 「霧也先輩じゃないが、俺も一つ教えてやるよ。この世に絶対確実なんてものは存在しない」 エリューション・フォースへと襲い掛かるのは、鴉に変化した陰陽の符。それは、鍛えぬいた肉体を持つ天斗からは想像できない神秘の業。 「だがな、やろうと思えば何だってできるんだ」 奥の手は使いどころを見定めるからこそ意味がある。一番の強敵と思しき霊体の注意を惹きながら、ニヤリ、と笑ってみせた。 「数が多いから、後ろに通さないように気をつけよう」 続いて沙夜。これが最後の戦いと判っているからか、今度は使い惜しみなどしない。拳に燃え盛る炎を纏い、彼女は全身のバネを利かせた鋭い一撃をアンデッドの体躯に捻りこむ。 「抑えてみせるから、頼んだよ!」 「はいな、お任せください! ……それにしても、あの子、怖い顔してますね」 そうおどけ、宇宙は目を閉じる。私の力では驚かすくらいにしかならないのかもしれない、ふとそんな風に思ったりもするけれど。 ――お月さまお星さま、宇宙に力を貸して――。 僅かな時間に精神を研ぎ澄ます。杖の先で形を成す火球。大丈夫。やろうと思えば、何だってできる――! 「イッツ・エレメンタリ・マイ・ディア!」 轟、と炎が解き放たれ、敵の只中に爆発を巻き起こす。ゲンジと、そして野犬や死体の数匹を炎が飲み込んで。 「漸くメインのお出ましってか」 零の銃弾が、狙い過たず動く死体の頭を弾く。 「美味いモンは後でとっておくべきって話でもないが――ま、雑魚が先だ」 彼の狙いは、倒すのに手間取るだろうボス格を抑えている間に、取り巻きを排除していくこと。 敵の攻撃力を削ぎ、前衛に穴を開ける。集中攻撃の延長だ。雑魚を根こそぎにするよりも強力なボスを倒す方が手間がかかるなど、ざらにあることなのだから。 「《我皆ガ盾デ在ル! 決死!》」 銃弾を撒き散らしながら前に出てきたアンデッドへと、ヴヴが踊りかかる。このとき、『彼』はひたすらに耐えることだけを考えていた。 自分に一撃が加えられれば、仲間の被弾が一回減る。 (……これがたたかぃ) デバイスのスピーカーががなりたてるほどには、『彼』の決意は揺るぎないものではない。恐怖も感じれば、緊張もする。 けれど。 「……ぅん。こわぃ、けど、がんばる……!」 独特の体術を頼りに、ヴヴはアンデッドの群れと対峙する。 『お前らがやったのか……!』 ゲンジが漏らすうめき声。自殺者か、それとも意に沿わず命を落としたか。どうしてこんな山中に、群れを成して引き寄せられるほどの死体が転がっているのか――考えかけて、紗理は緩く首を振る。 『お前らの幸せそうな面が、憎い……!』 魂を引き裂くような叫び声。怒りと憎しみと妬みがないまぜになった呪詛の響きは、リベリスタ達の精神をヤスリで削るように痛めつけていく。 そしてアンデッドも、ある者はナイフで、ある者は銃弾で彼らに襲い掛かるのだ。 「くっ……!」 攻撃を浴び、零の端正な顔が苦痛に歪む。いや、その顔に浮かぶのは苦痛だけではない。 「まだ足りない。――戦いの経験が。もっと仲間を支えられる力が」 もっと知りたい、どれほどの敵がいるのかを。彼を突き動かす知識と経験への飢えが、零に泣き言を許さない。 と、そんな彼を輝くオーラが包む。 「勉強熱心なのは結構。けれど、助けを求めることも必要よ」 何より、わたくしが立つ戦場で倒れることなど、誰よりもこのわたくしが許さないのだから。教官というよりもむしろ女王然としたティアリアが、彼に癒しと守りの奇跡をもたらした。 (育てていかなくては――いずれわたくしが散ったその時、後を任せられるように) そんなことを考えて、まだ死ぬつもりはない、と艶やかな笑みに紛らせた。 「けっこう広い、ですね……。ここ、なら……!」 ロッドを握る兎子の掌が、じんわりと汗ばんでいる。緊張しないわけがないのだ。ほとんど初めてと言っていい実戦、強烈な『悪意』を向けられて、彼女の身体は半ば強張ってさえいる。 「気持ちを……、落ち着けて……」 少女が頼るのは、幼き日より受けてきた教育と訓練の数々。彼女の言葉ほど、身を弄る焦りは消えはしないけれど――それでも、身体は自然に動く。鍛錬の日々が、彼女を導くのだから。 「……前衛の方に……敵の注意を惹いてもらってるんですから……!」 詠唱。描陣。そして、敵の只中に荒れ狂う光爆の熱量。二体のゾンビが光に溶け、無に消えていく。やったか、と誰かの声がして。 「きゃっ、こっち来ないで下さいー! いやぁっ!」 爆音に重なった悲鳴が、それを上書きした。悲鳴の主は宇宙。牙を剥く野犬に追われ、後衛の彼女は引き攣った顔で助けを求める。 「今、行きま――っ!」 振り向いた紗理を動く死体のナイフが襲う。紙一重で避けた彼女、けれど艶やかな黒髪が何本か切られ、闇に舞った。 「ごめんなさい、綾兎さん、カバーを!」 「……わかった。ここは通行止めだからね」 たん、と一足で距離を詰める。限界を超えた速さを叩き出し、残影すら残して彼は野犬へとダガーを捻じ込んだ。 「いい加減、ペットも飼い主も覚めない眠りについたら?」 ぐい、と引き裂く手の中の刃。エリューションでさえ血は流すのだと、場違いな思いすら抱いてみせる。 「ありがとうございます、助かりました」 綾兎の動きは、目にも留まらぬ一瞬のこと。視線は向けずに声だけで礼を言う紗理は、対照的に目の前のアンデッドを殊更ゆっくりとねめつける。 「さて、この剣閃は虚実どちらでしょうか――」 ゆらり、刺突剣が揺らぎ、次の瞬間、いくつもの銀閃を放つ。爆炎で明々と照らされたホールにも、その鮮やかな剣筋は眩く輝いた。 自然の摂理すら裂き貫くという彼女の得物。閃く光は先ほどまで同じ。だが、一つだけ違うのは。 「――消えて、ください……!」 全ての剣が、残像ではなく実体を伴った攻撃だ、ということ。これまでに倍する加速を乗せた刃が、また一体のアンデッドを屠った。 『お前かぁ……! 殺してやる、殺してやる……!』 飽かず呪いを吐き続ける幽体が、血走った目を向ける。焦点に捉えられたのは天斗。視線を介して叩き込まれる、濃密な呪詛と殺意。 常に最前列にあり、攻撃を受け続けていた彼は、掻き毟るような胸の痛みに耐えられず――。 いや、違う。 「ここで倒れたらアホそのものだろ!」 大口を叩く裏には強固なる矜持。一度は膝を突くも、運命の加護を脱ぎ捨てて彼は立ち上がる。懐の遺書を役立てるには、まだ早い。 「させないでありますよ!」 ノアのボウガンが放つのは、やはり拡散する神気の光。天斗を追撃すべく集まる残存のアンデッドや野犬が、視界を奪うほどの眩い白光に薙ぎ払われた。最後の一歩で踏みとどまったそれらに、零や兎子が止めを刺していく。 「まったく、女々しい無念未練は地獄の閻魔様にきいてもらいやがれぃべらぼーめ!」 補助輪をきゅるる、と回しながら、小気味良い啖呵を叩き付けるノア。それから思い出したように、敬礼一つ。 「後衛の損害は軽微であります、先任殿!」 「……まったく、先生の次は先任なんてね」 再び前衛の線を抜けてくることがあれば、ヴァンパイアがヴァンパイアたる所以を披露してみせましょう――そう心得ていながらも機会に恵まれなかったティアリアは、善戦する前衛を頼もしく見守る。 「しょうがないわね。感謝なさい」 ダメージの深い天斗を優先と見たか、清浄なるオーラが彼を包み、傷を癒す。 「逃げてはいけない。それじゃ、見つかりません」 探索前の傷が癒えていなかった紗理だが、躊躇わずに一足で踏み込んだ。仲間の治癒の時間を稼ぐかのように、ゲンジに強烈な突きを浴びせる。 「消えて、ください……!」 きり、と見据える瞳はどこまでも凛々しい。 リベリスタ達は勢いに乗って攻め立てる。もちろん、フェーズ2は伊達ではない。肌からびんびんと感じるプレッシャー。 けれど、彼らは一人じゃない。繋がる連携。頼もしきサポート。 勝てる。 勝てる――! 『邪魔なんだよ。邪魔すんなよ。いつも。いつもいつもいつも――』 だが、しかし。 『――死ね死ね死ね死ね死ね死ねね死ね死死ね死ね死ねぇ!』 嵐が巻き起こる。 ゲンジを形成すもの、全てを憎む呪詛の暴風が形を失って吹き荒れる。 失意のうちに自ら命を絶った男。 その、行き所なく澱んだ悪意がリベリスタ達に牙を剥く――! 「あああっ!」 沙夜の肉体が軋む。逃げたい。倒れたい。そうすれば楽になれる――でも。 「前衛の私が倒れるわけにはいかないよね」 不敵に笑い、しなやかに鍛えた脚を振り抜いた。その鋭い蹴りは、吹きすさぶ嵐すら切り裂いて怨念の塊を打つ。 「ラス親で箱寸前のとこ連荘して逆転なんて、中々燃えるじゃない?」 「良く判ってんじゃねぇかよ」 背後に回りこんだ天斗が、目で追いきれない速度で刃を突き入れ、半霊体を割り開いた。 「お前ら、全部終わったら飲みに行くぞ!」 「……学生ばかりじゃないのよ」 嵐の中でも途切れない慈愛の歌。それを中断してまでティアリアが突き刺した太い釘は、ルーキー達の折れそうな心を戦いに引き戻す。 「それじゃ、私の事務所に寄っていきません? 温かい珈琲か紅茶とクッキーぐらいなら、お出しできますよ」 ウィンク一つ、宇宙の描く魔法陣が魔力の矢を生めば、息を合わせるように兎子が青白き光線をゲンジに叩き込む。 「わ……、私も、お紅茶……大好きです」 戦いの中で微笑むことができる――それもこれも、心強い仲間達がいるからだ。 「全開で行きますよ」 とんとんと軽やかに跳ねた紗理が、瞬きのうちに懐に飛び込んで、腰溜めの刺突剣を突き入れて。 「《不倒! 其レ我ガ決意也!》」 自らに攻撃をひきつけるように、嵐の中心へと突貫するヴヴ。だが一人じゃない。荒々しいビープ音に注意を惹かれたゲンジをすかさず襲う、零の銃弾。 「まだ足りないな。教えろよ、ギリギリの戦いってやつを」 「……ったく、勘弁してよ。痛いのは嫌いなんだってば」 対照的に毒づいて放つ、綾兎の投げナイフ。 「こんな戦いを続けるアークのリベリスタって、ほんとタフだよね」 「本官達も、いずれそうなれるでありますよ」 無限機関も及ばず精根尽きたノアが、それでも大型のボウガンを構え、放つ矢でエリューションを穿ち――。 『オオオオオオオオォォォォォォ!』 ただただ全てを恨む。ただそれだけのことを強大な力に換えてエリューションを統べていた亡霊は、形を失って四散し、洞窟の澱んだ空気に溶けていった。 かくして、リベリスタ達の任務は喝采のうちに幕を閉じる。 だがこれは、今日に続く明日、次の事件へのステップに過ぎない。 だが、どんな困難がこの先にあっても、くじけずに戦い抜ける――。 根拠なんてないけれど。 今日の彼らは、そう素直に信じることが出来た。 ―― Welcome to ARK! 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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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