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<三ツ池公園特別対応>真殺人者処刑

●三日後の蘇生
『目覚めて』から5276分と36秒。
 痛みがない体に休息は必要なかったが、この空気から出難かった。
 開いた穴、風穴、彼の『神』が行おうとしていた事。
 穴は成った。神は死んだ。
 けれどそれに対する信仰の揺らぎはない。
 彼は元より全知全能の完璧な神を伝説に重ねていた訳ではない。
 例え自分が百度打ち据えられ死んで生き返ったとしても届かぬ領域にいる殺人鬼。
 請うたのは神、高みの存在。
 恋うたのは神、届かぬ伝説の殺人鬼。
 己では到れぬ場所で笑う存在が数を頼りに打ち倒されたとして、威光は堕ちるか。堕ちぬ。
 
 ああ。だから。讃えよう。
 血と肉と悲鳴を神に捧げよう。
 慈悲を賜れなくなったのは己の力不足が故に。
 石持ち投げる罪人を己が断罪し切れなかったが故に。
 ならば讃えよう。
 届かぬ高みに座したままお隠れになった彼の方に捧げよう。
 
 血と肉と悲鳴を。
 いつか求めたように、絶望と苦痛と恐怖を添えて。
 殺そう。
 沢山。
 ただ、もう少しだけ、この空気に。
 顔を歪めて様子を窺ういつかの贄達に囲まれながら、彼は再び微睡に似た感覚に落ちていた。

●釘打ち
 かつて一人の殺人者がいた。
 狙った相手の掌と脚を釘で縫い止め、肉を貫き骨を打ち、皮膚と肉の間に潜り込ませて、意識を失わないように気を遣いながらゆっくりとゆっくりと死に至らしめる快楽殺人犯。
 素性も本名も分からぬ犯人は、発見された被害者が全員体中に釘を打たれていた事から『釘打ち』と呼ばれるようになった。

 資料の冒頭に記されたそれに、リベリスタが顔を上げる。
 このフィクサードは死んだのではないかと。
 ジャック・ザ・リッパーの信奉者として先日の決戦の場に現れた彼は、数多のリベリスタの手で討たれたのではないかと。
 言葉を『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は肯定した。
「はい。死にました。ジャックの助力に現れこそはしたものの、その前に担当チームの方々が負わせていた傷は決して浅くはなく、その上で戦闘を重ねた結果死にました。皆さんが討ちました。ですから、今回相手をして貰うのは『フィクサード』ではありません。『E・アンデッド』です」
 誰かが顔をしかめた気配に、ギロチンは薄っすら笑う。
 
「アークとしても強力なフィクサードがそうそう蘇っては困りますからね。公園の遺体は全て回収し、手筈を整え一斉に処分――というと聞こえが悪いですが、そうする予定でした。ですが、『釘打ち』の死体は回収後にアーク職員が再確認した所、消えていたんです」
『閉じない穴』の動きは未知数。ただ、厄介な神秘事件が発生する危険性は非常に高い。
 不安定な空間となった公園は、一帯を含めアークの管理下に置かれている。
 何が現れるか分からない中、厳戒態勢の回収作業であったはずだった。

「生者ではありません。……彼に殺された被害者の無念が凝り固まったE・フォース。彼らに根深く刻み付けられた恐怖は消しがたく、釘打ちが生きている最中は害を為せなかった。それでも、ずっと機会を窺っていたのでしょう。彼らは死体を公園内に引きずり戻した」
 彼がオルクス・パラストによって活動停止に追い込まれるまでに殺した数は二十四人。

 それらの恐怖と憎悪によって生み出されたE・フォースは釘打ちの生前から存在していた。
 が、彼らの根底が恐怖によって構成されているが故に、憎悪の対象に近付けなかったのだ。
 殺したい憎悪と相反する近付きたくない恐怖。
 それは釘打ちの死によって、一気に憎悪が割合を増やす。

「E・フォースはせめて死体を八つ裂きに、とでも考えたのかも知れませんね。けれど、それがまずかった。増殖性革醒現象により、物の見事に釘打ちの死体はE・アンデッドとして目覚め――おまけに、E・フォースは結果として彼に従っています」
 逆転。
 起き上がった殺人者に、E・フォースは憎悪を恐怖に塗り替えた。
 生前の記憶が蘇り、恐慌は絶望を引き起こす。
 彼らからはもう、釘打ちへの復讐心など飛び去った。
 ただ、殺人者に従う事で痛みから逃げたい、痛みを他の相手に移したいとの思いで生者を引きずりこもうとするのだとギロチンは言う。
「……彼らの思いは、釘打ちによって未だに現世に縫い止められている。思念は決して本人では有り得ませんが、苦痛の記憶ばかりが留まっているのは――悲しいでしょう。彼らも終わらせて下さい。そして釘打ちを倒す事によって、彼らの無念も果たしてあげて下さい」
 彼らの殲滅よりも先に釘打ち討伐が敵えば、狼狽した彼らの討伐は格段に楽になるだろう。
 だが全員を残したまま戦うのはリスクが高すぎるので、それなりに減らすのが重要だ。

「釘打ちは未だ公園内で力を蓄えています。『神』のジャックに捧げる殺人を起こす為に。E・フォースは釘打ちを憎みながらも近付けなかった時に、革醒者から姿を消す手段を得ていたのですが、今は逆にそれによって釘打ちは守られ、ぼくでは位置の特定が不可能です。……すみません」
 蓋を開けない赤のマジックで、ギロチンは三ツ池公園の地図を叩く。
 意図せず手駒と隠れ場所を手に入れた釘打ちは、このどこかで力を蓄えているのだと言う。
 それこそ万華鏡を集中運用すれば可能かも知れないが、他の案件も頻発する場所である以上、彼一人に構う訳にもいかない。
 何より、居場所が分かったとしてE・フォースによる隠匿が解かれなければ見付けるのは困難だ。

「取り得る簡単な手段が一つ。要するに囮です。今の彼は信仰者ではなく殺人者。つまり殺人の衝動が根幹となっています。それによって、彼が自ら姿を現すように仕向ければ良い。『殺したい』と思わせればいい。……彼が好むのが、単独相手の嬲り殺しというのが難点ですが」
 今はまだ公園内に留まっているが故に、被害は出ていない。
 公園を巡回するリベリスタは多目の人数で組んであるので、釘打ちの好みには合わないらしい。
「釘打ちが過去に狙った獲物は老若男女問わず、共通点もなし。だからこそ、誰でも引っ掛かる可能性があります。逆に言えば決定打に欠けるという事でもあるので、難しい所ですが……」
 狙われるような人でもいれば別なんですけどねえ、と肩を竦めてから、ギロチンは向き直る。

「彼の存在は脅威ですが、『ここでしか討てない』という訳ではありません。いざとなれば退く事も忘れないで下さい。引き際を間違え少人数で取り残されれば――彼の歪んだ信仰の供物にされかねません。それだけは、忘れないで下さい。ちゃんと、生きて帰ってきて下さいよ」
 伝説の殺人鬼を殺した皆さんは、これからも忙しくなるはずなんですから。
 マジックから手を離したフォーチュナは、どこまで本気か分からない調子で呟いた。 


●死体の夢
 寒さのお陰か、体は腐敗を免れている。
 けれど、目覚めてから自分の中の何かが緩やかに腐り落ちていくのを感じる。
 これに従えば、きっともう余計な事は考えずに済むのだろう。
 それは酷く酷く甘い誘いに思えた。

 傾きかける心を信仰で繋ぎ止め、彼は現実か夢かも分からない感覚へと沈む。
 そういえば、月を見るのは何年ぶりだろうか。
 無数の赤黒い傷は、もう塞がらない。



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年01月18日(水)23:56
 彼岸からもう一度、殺しに参りました。黒歌鳥です。

●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。
 特に囮、及び撤退に転じる事になった際に気を引く役や殿等は重ね重ねご注意下さい。

●目標
 E・アンデッド『釘打ち』とE・フォース『被害者』の殲滅。

●状況
 三ツ池公園内のどこか。
 E・フォースによる守護は空間の一部を歪めるものであり、視認や接触は不可能です。
 釘打ちがそれを解除させる事により、E・フォース含む敵にダメージを与える事が可能となります。
 事前強化は可能ですが、いつ戦闘となるか分からない為に無駄になる可能性が高いです。
 囮は一人か二人推奨です。それ以上だとスルーされる可能性があります。
 不意打ち無効のスキルがない場合、囮は必ず釘打ち出現時にダメージを受けます。

●敵
 ・E・アンデッド『釘打ち』
 フェーズ3に移行中。
 左右の目に釘を打ち、肩と掌を釘で縫い止めています。
 基本的に自身のスキルは使用せず、アーティファクトに頼った攻撃を行います。
 ・皮膚縫い(近単/流血、呪縛)
 ・肉穿ち(遠範/出血、麻痺)
 ・骨砕き(遠全/出血、ショック、鈍化)

 アーティファクトに捧げている代償は少ないですが、
 基本能力は『<強襲バロック>偽殉教者磔刑』相当と考えて下さい。
 また、アンデッドと化した際にアーティファクトの影響を受け、
 一般的なリベリスタが持ち得る程度の視界+特殊千里眼(P:範囲半径20m)と、
 物・神防アップ&出・流・失血以外のBS無効、CT時の防御無視無効の効果を得ています。
 知力は多少落ちていますが性格等は生前と変わりません。状況判断能力は備わっています。

 ・E・フォース『被害者』×24
 フェーズ1~2。
 釘打ちの周囲に散っている人影です。当初は彼らが釘打ちの姿を隠しています。
 個々の形は人型に寄り集まった白い煙の様なもので物理攻撃可。
 特殊能力は持ちませんが、攻撃の際に呪縛、致命、石化、凶運、呪殺のどれかの効果を、ランダムで中程度の確率で与えてきます。
 半実体なので、ブロックされても無理やりの突破が可能です。
 ただし、彼らの記憶の苦痛を共有する為、突破時は最大HPの2割のダメージを受けます。
 また、彼らは『一番弱っている』相手を察し群がる性質があります。
 この性質は釘打ちも知っています。

●備考
 どの様な結果になったとしても『釘打ち』との相対はこれが最後となります。
 作戦のみのプレイングは推奨しません。


参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
デュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
覇界闘士
付喪 モノマ(BNE001658)
ソードミラージュ
レイライン・エレアニック(BNE002137)
ソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
ソードミラージュ
ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)
デュランダル
神守 零六(BNE002500)
デュランダル
ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)
クリミナルスタア
坂本 瀬恋(BNE002749)
スターサジタリー
桜田 京子(BNE003066)

●曲解告解
 いつだって飢えていた。
 いつだって乾いていた。
 無ければ乾涸びてしまいそうな強烈な飢えに突き動かされて釘を打った。
 叫びで乾きは潤い、絶望で飢えは満たされた。
 罪と糾弾されて尚、乾いて仕方ない。
 欲したままに事を行うのが罪なのか。

 嗚呼、ならば人々は全て罪人であろう。

●罪人、一
 月光で血痕で、赤く染まった記憶も生々しい三ツ池公園。
 多くの傷が作られ多くの命が散り、赤い月と赤い石を巡って戦いが行われた場所。
 伝説の殺人鬼が願った王国は築かれなかったものの、穴は開いた。
 閉じない穴を抱き、危険地帯と化した場所を歩くのは二人。

「上弦の月か。……あの日が、昨日の様に思えるのう」
「ああ。ま、実際そこまで経ってる訳じゃねぇけどな」
 赤丹の瞳で空を仰ぐ『エア肉食系』レイライン・エレアニック(BNE002137)の隣で、『人間魚雷』神守 零六(BNE002500)は頷いた。
 赤い日。赤い記憶。月と己の血で塗られた記憶は、そう簡単に消えはしない。
 伝説の殺人鬼、歪夜十三使徒第七位『The Living Mystery』ジャック・ザ・リッパーを討ち果たしたアークのリベリスタではあったが、静かな熱狂も覚めやらぬままに『閉じない穴』から散発的に発生する案件も含めて後処理の続く日々であれば、過去と振り返る暇もない。
 まして、敗北の苦さを舐めた者ならば尚更に。
『釘打ち』と呼ばれるフィクサード。
 三度――四度に渡りジャックの元でアークと敵対し続けた、狂盲の信奉者。
 この場を訪れた彼らの内、数名は彼と相対している。

 彼ら。そう彼ら。
「皆離れるなよ、離れて囮以外が襲われたら目も当てられないからな。フリじゃないから離れるなよ離さないかんな!」
「結城のニーサン、ちょっと静かに」
「離れないよ!」
「いや分かったから。離れないよ」
 彼らの姿をギリギリ視界に納められる位置で『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)が拳を握る中、『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)が手を振った。
 その注意は、レイラインと零六と繋がった幻想纏いに向けられている。
 少数を狙うという釘打ちの性質を使い、不可視の庇護から引きずり出す為の囮。
「まだ何も見えねぇな……」
 暗闇を見通す目でも、その殻は破れない。『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)はニット帽の下の目を細め、二人の周囲を窺った。
 狙われるのは分かっている。狙われる為の囮。死したジャックに捧げる贄。熱狂と盲信。
 釘打ちの力量は伝説には程遠くも、死をも厭わぬ狂信に元来のものであろう冷静さを内包し、アークと三度相対しながら生き続けた。
 だが、それも過去の話。
「死んでも尚、狂信は続く、か。厄介だな」
 逞しい肉体を茂みの影に押し込むように屈みながら、『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)が肩を竦める。
 そう、釘打ちは死んだ。
 彼の敬愛するジャックが死出の旅路に踏み出す僅か前、四度目の遭遇戦で彼は討たれている。
 死者が起き上がるに到った経緯は偶然であれ、目覚めぬ眠りから覚め棺を抜けた彼はあくまでも『神』に恭順な信者であった。
「でも、もう誰も殺させない」
 双眼鏡を手に『さくらのゆめ』桜田 京子(BNE003066)が言う。
 信仰に押し込まれていた殺人への執念。釘打ちがそれを求めると言うのならば、止めてやろう。
 生きて守る。自分も含めて誰も殺させやしない。

「べくちょんえぇい」
 張り詰めた緊張を破ったのは、『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)のくしゃみ。
「う。寒いのよこの格好。俊介、これ貸して」
「ルカちゃん、俺はティッシュじゃないぞ!」
 ぐずぐずと己のコートで鼻を拭くルカルカに『Gloria』霧島 俊介(BNE000082)が叫ぶが、彼女はそんな事はお構いなしだ。すん、と鼻をすすりながら、コートの主に目を向ける。
「緊張わかるけど、しすぎないくらいがちょうどなのよ」
「……うん、まあ、分かってるけどさ」
 羊の目に少年が少しだけ苦く笑った。俊介もまた、釘打ちと相対し穿たれた一人である。
 倒せると思っていた。倒さねばならないと思っていた。前回は叶わなかった。
 仲間を援護し続けた彼の動きは確かに特筆に価するものではあったが、それでも届かなかった。
 友人が傷付くのを見ながら、癒し続けるのも性格上中々に辛い。
 憂いを以って先に向けられた瞳に、ルカルカがコートを再び掴む。
「俊介。ちーんしていい?」
「それはダメ!」
「……全くもう。何やってるのよ」
 幻想纏いを通じて聞こえる会話に、『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は呆れた様に、それでも少し口の端を上げた。
 他のメンバーとは異なり、一人空を行く彼は視線ではなく熱で囮の二人と仲間の姿を追っている。
 彼は釘打ちについては然程知らない。話だけを聞いていた。
「死して3日後に復活だなんて、あたしの嫌いな神の子でも気取るつもりかしら」
 月を仰いで、そう呟く。
 釘で穿たれた姿も、その復活さえも、世界で数多くの人間に尊ばれる存在の悪趣味なパロディに思えた。
 その釘打ちが崇拝する『神』は、彼らの信ずるそれとは全く反対のものだとしても。

 幻想纏いは、囁きのような会話を拾っていく。
「レイラインさん、もしこれ以上出ない様なら俺一人で」
「若い身空が何言っとるのじゃ。それならわらわが一人になるわい」
「都合よく年食うなって。なら若いヤツのが体は丈夫だろ」
「ふん、体は十分若くなっておるわ!」
 腰に手を当ててレイラインが豊満な胸を反らせた瞬間、彼らは同時に異常に気付く。
 薄霞。煙草や香を燃やす煙のようだが、香りはない。

 ああ、それは彼の崇拝する伝説の生まれた場所、倫敦が有する煙や霧にも似て――。

 レイラインと零六が、一斉に背後に跳んだ。
 瞬き。
 二人が立っていた場所には、無数の釘が突き立っている。
 その向こうに、足が見えた。アーティファクトを打った傷も生々しい、裸足の甲。痩せぎすの男。死した時の埃で汚れたままの白いシャツに、赤黒く固まった血を模様にして。
 もう一度跳んで、手を伸ばせば届きそうな程の位置に、彼はいた。
 彼を取り巻くように、白い煙のようなものが舞っている。被害者による庇護の残り香か。
 彼はジャックとは違う。伝説とは違う。
 特定の傾向を持つ者を魅了するカリスマ性も溢れる狂気的な凶暴性も圧倒する力量から生まれる威圧感も、何もない。穿たれた釘だけが異様で、後はない。何もない。
 避けられたのは想定外だったのか、それとも予想の内だったのか。
「……『君』と『君』。何処から打たれたい?」
 ジャックの、神の邪魔をする罪人の一人としてではなく、レイラインと零六を確かに『個』として認識し――釘打ちは何事もないようにそう告げて、笑った。

●悪夢
 気付いたら私は笑い出していて痛い痛い部活で骨折した時もこんなに痛くなかったのに口の端から涎が零れて汚いけれど私の喉は止まらないで笑い続けているだって痛くて痛くてもう訳が分からなくて目が私の考えとは関係なしに忙しく動いて何で腕がこんなに冷たいんだろうああこれ何かに似てるそうだ映画で見たマシンガンの弾が並んでるベルトみたいなの何で私こんなの付けてるんだろう痛い痛い違うこれは釘だ釘ベルトみたいに膨らんでいるのは私の皮でなんで刺さって目の前で何かを確認するように指が一本二本振られたのが頭の片隅で分かったけれどでも笑いが止まらない泣き過ぎた後の痙攣みたいにずっと喉が震えている呼吸が苦しい痛い痛い痛いよう笑ってるのに泣いてるから見るものが滲んでいる誰かが覗き込んできた誰だろうこれは怖いから怖くて見られなかった人だ普通の人だ怖い人だ釘を傾げて首を傾げて? まあいいかって言ってお腹を打つから喉が笑いながら悲鳴を上げた。

●罪人、二
 二人の会話が途切れた瞬間に、仲間は走り出していた。
 闇を通す目のモノマだけではなく、彼らの視界には両手両足の指で足りない程の白い影が映っている。
 降り注ぐ釘が、月光に反射するのも。
 防御は、レイラインは間に合った。けれど零六は、釘の勢いに押される。防御に移すに間に合わなかった掌が、釘で地面に打ちつけられた。
 引き抜こうと伸ばす手の上から、冷たい掌が重ねられる。
 はっ、と見上げた先にいたのは、白い影。
 零六を囲むように、見下ろしながら手を伸ばしている。
 名前を呼ぶレイラインに大丈夫だと返そうとして、彼は怖気立った。

「こんなに沢山戻ってきたのね、ああ、いやだわ」
 目を細めたルカルカがシュトルムボックの鉄槌――凶悪なコンクリートの塊を振るう。
 それは零六を取り囲む白い影の輪に切れ目を作った。
 いや、消えた訳ではない。一度揺らめいて消えた白は、再び人影を形作る。
 戻ってきた。違うか。残っている。死んだ者が残っている。
 失われた命は彼岸へと。欠片も遺さず送り届けねば、何が墓守か。
 釘打ちのものではない、釘で穿たれた目がルカルカを見た。悲痛の色で。
「助けて、あげるから」
 京子が凛とした瞳で見据えた先には、零六を囲む白い姿。
 目を凝らせば、そこに個々の違いが見えた。男に女に子供に大人。
 時折姿が揺らいでは、元の姿と釘打たれた無残な姿が重なった。表情は皆、恐怖に歪んでいる。
 唇を噛み締めて、彼女はリボルバーのトリガーを引いた。運命食らいの名を持つ銃。想いを込めて放たれた一発は、中空で無数に分裂し被害者達を打ち据える。
「あんたらの無念、ここで終わらせる」
 雷切と名付けられた竜一の剣。
 アークのリベリスタならば容易く手に入る物ではあるが、今は名に負った雷を纏い『被害者』の一体を切り裂いた。弾ける音、強大な雷撃の余波が己の身にも伝わるが、竜一は眉一つ動かさず切り捨てた相手へと語る。
「その為に、俺はいる」
「――眠れないなら、聖句でも欲しい?」
 天上から白い翼を羽ばたかせ、エナメルの赤い靴の爪先を地に着けて、エレオノーラが舞い降りた。
 可愛らしい黒コートと風に柔らかく波打つ金髪。少女の姿をした老獪な男の手には不穏な刃。
 まあ、覚えてないけれどね、と彼は目を細めた。

「もう一度会えるなんてね、嬉しいよ」
 台詞の割には無愛想に、けれど隠し切れない高揚を秘めて瀬恋が嘯く。
「ハッピーニューイヤー釘野郎。お年玉くれよ。クソ下らねえ信仰の終わりっていうさ」
 災厄を腕に纏った少女は、唇を歪めて笑った。
 啖呵を切って呼び寄せるのは、立ち続け攻撃する為の力。
「因果応報、三世因果。テメェの罪の報いを受ける時だ!」
「今度こそ、お前の妄執を俺らが断ち切ってやるぜ!」
 言い放ったディートリッヒが行うのは、しかし攻撃ではなく被害者への突進。
 弱い者へと群れる彼らを引き付ける為に、敢えて行う第二の囮。
 厚いカーテンを押した時の様な感覚と共に、彼は白い煙を突き破った。ディートリッヒを襲った悪寒は零六と同じもの。伝わってくるのは、被害者達の恐怖と苦痛。
 抵抗できないままに穿たれる恐怖が、一瞬の幻覚さえ伴い脳裏に焼き付けられる。
 耳鳴りがするほどの絶叫。ディートリッヒのものではない。誰のものでもない。誰も叫んでいない。
 それも過去の記憶に過ぎない。けれど、あまりに鮮烈な再現。実際には何もされていないはずのディートリッヒの体に、血が滲む。服に穴は開いていない。ただ、穿たれた。彼らの記憶に穿たれた。
 耐えて、彼は思う。何人。果たして何人越えればいい。地に打ち付けられ群がられていた零六から引き剥がす為には、果たしてどれだけ消耗すれば良いのか。
 常人でない回復力を誇る彼とは言え、体力は無限ではないのだ。彼らを引き付けるのに必要な分、それ以上の消耗は無駄だ。彼らが自身をターゲットに変える瞬間まで、か。
 少しばかり眉を寄せたディートリッヒの後方から、歌が響く。
「俺の目の前で、死ぬんじゃないからな!」
 厭う色、赤い瞳に決意をたたえ、俊介は叫んだ。
 ――誰一人として奪わせない。この腕は、声は、歌は、その為に。

●悪夢
 歯の根が合わない程に震えていたのは痛みの為だろうか理解不能な思考を浴びたせいだろうか狂うなら狂って構わないと男は言った狂ったならば帰すとも言った狂気の振りを行えたら狂気の淵に落ちられたらどれだけ楽だったか分からないけれど男は言った君を帰す代わりに一人『貰ってくる』だけだから大丈夫だと十歳前はまだ打った事がないからそれでも丁度良いと娘を指しているのは明白だったから何の恨みが有るのかと叫んだが不思議そうに首を傾げただけだった苦痛に悶え叫びながら絶命する瞬間が好きなので発狂すると余りにも目まぐるしくてゆっくり眺める暇がないから『交換』するだけだと私の舌を引き出して顎に打ち付けながら呟いた。

●罪人、三
 釘打ちには頭がある。そして、こちらの回復手は二度の出会いで既に顔が割れている。
 故に、彼が真っ先に落とそうと狙うのは俊介であろうと読んだリベリスタは、少年の隣に守りを置いた。
「自分の罪に対して何も責任を取れねぇで、ビビってる様な奴が有象無象と群れた所で怖くねぇな!」
 前に立ち打つ事を好むモノマだが、今宵は癒し手の傍らに。
 他の影に零六の周りを埋め尽くされ、獲物を探すようにふらふらと落ち着かず漂っているE・フォースに、彼は怒鳴る。
「だらしねぇな! リベンジするはずがあんたら飼い犬になりさがってんじゃねぇか!」
 痛みを与えられた恨み、己の殺人犯に向ける憎悪。
 だが彼らは、更なる鞭を恐れて尻尾を巻いて縮こまり釘打ちに従うだけ。そこに、釘打ちがジャックに向けた様な忠誠や崇拝は欠片もないとしても、主の求める物に忠実である事に違いはない。
 叱咤の声に、あぶれた被害者がモノマを向く。瞬間、近付いてくる白い手。それは妙齢の女性のもの。触れた瞬間、その場所に痛みが広がった。癒しさえ拒絶する、鋭くも鈍い痛み。
 反論ですらない。それは苦痛の記憶の押し付けだ。
 二人きりの閉鎖された空間で延々と穿たれ続けた悪夢に取り残されている。
 人格も薄れ、ただ苦痛と憎悪を撒き散らす亡霊。彼らにはモノマの声すら正しくは聞こえていない。
 そのモノマの肩越しに、俊介も白い影の向こうの姿を見る。 
 片目に釘を穿たれた、幼い少年。流れているのは血か、涙か。何も分からぬまま、釘打ちに殺された人々。怖かっただろう。痛かっただろう。彼らは残滓に過ぎないとしても。でも、死後にでも、救いがあるのならば。
「……今だけ、天国を信じてやんよ」
 神は嫌いだと常日頃思う少年は、恐怖を焼き付けられた幼子の表情に顔を歪めた。
 もう泣かなくて良いように。
 終わらせるから。

 泣き喚く声がする。死者が泣き喚いている。死者が伝えるのは沈黙だけである筈だ。
「直してあげる。ルカが」
 アークが誇る速度狂の一人が、残像を纏って巨大な武器を振り回した。
 白い影の一つを叩き潰したコンクリの塊は、車輪が回るかのように地面を滑りもう一体を打ち倒す。
 踊りましょうよ。ルカと。ダンスマカブラ。
 扇子の如く軽く鉄槌を操る彼女は、唇だけでそう呟いた。彼女の脇を埋めるように、レイラインが鈍器を振り回す。
「貴様と『神』の舞台は、既に幕が下りておるのじゃ!」
「彼の方の舞台に幕引きなどない」
「……ならば、理解させてやろう。貴様も……神(ジャック)の下へ送ってやるわい!」
 何の躊躇いもなく否定した釘打ちに、レイラインは目を尖らせた。
 出番の終わった配役が、舞台上に残り続けるのは無様である。
 釘打ちは顔を僅か上向けた。
 それは、目があれば空を仰ぐような視線であっただろう。
「幕引きなどない。伝説は何時までも伝説足り得る。彼の方の『伝説』は堕ちない。無数の鮮血と死で彩られた伝説は穢れない」
 長らくリベリスタ相手に無言を貫き続けた彼が、今宵は饒舌。
「例え死したとて。彼の方を『神』と奉じ、贄を捧ぐ者が――君は、どれだけいると思う?」
 掠れた低い声に、確かな熱狂。
 娼婦を殺し、無辜の人々を殺し、自身の十倍以上の数のフィクサードを傷一つ負わずあっさりと殺し尽くし、百を超えるリベリスタ相手に一人で立ち回りを続けた、冷静なる狂気。
「彼の方は『伝説』で在り続ける」
「何を言おうが、結局貴方が釘を打った人たちも、今の貴方も、ジャックも全て同じ。無意味で無価値な死体よ」
「体に意味がなくとも。成した行為に意味はある」
 殺されたとしても、ジャックが行った事自体は消えない。
 人々の記憶に、口伝に、彼の『伝説』は生き続ける。
 そして、幾ら否定しても、『伝説の殺人鬼』である彼に焦がれる者は――出るのだろう。
 それこそ、エレオノーラの嫌う神の子が、姿を消した後も彼を信ずる者達によって信奉者を増やし続けた様に。釘打ちは、あくまでも信者に過ぎない。『神』の存在を知らしめ、広げる為の。

「そんな事はどうでもいいんだよ」
 狂気の熱を、竜一が冷めた声で切り捨てた。視線の先では、彼が切った一つの影が消滅する所。
 釘の貫通した指先が何かを求める様に伸ばされて、消えた。
「……神だなんだは知らん! 俺はただお前を倒すだけだ!」
 白い靄のような姿の向こうに、『誰か』を見た。竜一の妹が『普通』に年を重ねていればこの頃だろうか。高校生と思わしき女の子が泣きながら笑いながら顔を釘で歪にしながら泣いて笑っている。
 痛い痛い痛い痛い  たすけて 。
 歯を食いしばる。
「あんたらの恨み、俺が引き受けた!」
 彼にとって釘打ちは単なる敵の一人であり、この哀れな被害者を作り出した存在だ。
 故に。
「お前は、ここで討ち取ってやる!」
 刃を構えた彼の後ろから、弾丸が軌跡を描いて飛来する。
「俺ら、だよ。私達で全部拾う、憎しみも恐怖も」
 京子の放ったハニーコムガトリングに幾体もの被害者が消滅するのを見て、釘打ちは笑った。
 彼らが消え去る際の、悲痛と恐怖の表情さえも恋しいと言うように。

●悪夢
 目と耳のどちらが良いと彼は聞いてきた答えなければ両方穿たれ答えても結局後々揃って穿たれるのは分かっていたけれど苦痛が連続で襲ってくるのに耐え切れず僅かでも質問の合間に休めたらと耳と答えたら皆目を嫌がると彼は独り言の様に呟いて視界を失うのは怖いかと尋ねてきた変哲のない顔立ちで目の奥の底の奥のずっと底の底の方に暗い澱みを潜めて怖いかともう一度問うから頷いたら頷いてしまったら彼も頷いて釘を手に取った片耳は残しておくからちゃんと聞こえるよと言うから鼓膜まで貫通する気なのだと悟ってそれよりも何よりも耳の近くで大きく聞こえる音に掻き消される様にして彼はまた問うた右目と左目どちらが良いと。

●罪人、四
 釘が降り注ぎ、恐怖を張り付けた顔が迫り来る。
「零六、主人公なんだろ、頑張れよ!」
「っは、言われなくとも……!」
 俊介によって授けられた鎧は、零六の身にまとわりつく戒めと凶運さえも払い落とした。
 ようやく、被害者の手がディートリッヒを向く。弱っている者は自動的に被害者による追撃が掛かる上、回復能力の高いディートリッヒが『囮』で在り続けるのは難しかった。
 引き付けるにも寄って来ない。突破を重ね過ぎれば、釘打ちが好機と見て潰しに来るかも知れない。
 おまけに、だ。
「……しつけぇなあ、そんなに霧島が怖いかよ、ビビリ野郎さんよぉ!」
 モノマが、消えぬ気炎を揚げた。だが、その体は地に縫い止められている。
 俊介を庇う彼は、結果として最も多く行動を阻害されていた。
 戦場での囮を受け持ったディートリッヒと、回復役の庇いを受け持ったモノマ。
 リベリスタの攻撃手は、元から人数マイナス二。回復に専念する俊介も入れれば、三。
 相手の動きを止める事を得手とする今の釘打ちと、時折縋り付いて来る被害者相手にも手を奪われて、火力が足りない。
 降り注ぐ釘に足を傷付けられて反応の鈍ったレイラインに、雨霰。
「……っ……!」
 いつかの記憶。遠くも近い記憶。ああ、この痛みを、覚えている。揺らぐ視界も、見える敵の姿も、全て覚えている。続くのは、冷たい地面に打ち付けられる感覚。いや。
「わらわは……終わらせに来たんじゃ!」
 敗北の記憶を、塗り替える。敗北の運命を書き換えた。代償を燃やし、立ち上がる。
「邪魔すんなよ! 釘打ちを潰してやるつってんだよ!」
 瀬恋が怒鳴った。怒鳴りながら拳と銃弾を撒き散らす。
 煙の中、怯える少女の顔が銃弾で掻き消えたのを見て、舌打ち。
「……怖ぇっつーんなら消えろ! その記憶ごと、テメェらを殺した相手を潰してやる!」
 釘打ちに散らされた、数多の命。
 失われた命に興味はない。失われればそれまでで、自らの命を失う気なんてない。
 だが、生き延びる事を第一に考えてきた筈の己に芽生えた思いに、瀬恋は知らず笑う。
 負けっぱなしは気に食わねえ。
 それは彼女の生業故か。刹那に生きる、時に愚かと称される矜持。
「命が必要だっつうなら、張ってやるよ!」
 賭ける重みに見合う勝ちと思うなら、躊躇わない意志を瀬恋は持っている。
 彼女もまた、釘で傷付けられながら、戦場の只中に立っていた。

 多くが被害者の数を減らす役目に当たる中、釘打ちと相対するのは零六。一人で足止めに立った、という点では、過去のレイラインと同じ。だが、今回違うのは、釘打ちが彼一人に攻撃を集中させていないという点。
 一点集中の釘で零六の動きを封じている間は、俊介を狙う、攻撃範囲の全てを狙う。
 それが何故か、と考えた零六は思い至る。フォーチュナの言葉。釘打ちが好むのは嬲り殺しだと。動けぬ零六を嘲笑うかの様に周囲に攻撃を向ける行動は、それの一環か。
 無力だと知らしめる為の。
「おい、釘打ち……! あの時はよくも好き勝手言ってくれたな……」
 Desperado “ Form Bastion ”を構え、一撃を打ち込んだ零六は間近で釘打ちを睨み付ける。
「確かに、俺は戦い……殺しに楽しみを期待している。だがな、てめぇと俺は違う!」
「何が?」
「俺は正義の為に、その為だけに悪を殺すんだよ! てめぇの期待するように、楽しみで一般人を殺すようになりはしねぇ!」
 神守の名を背負う者として、譲れない一線。
 だがそれも、釘打ちは笑う。
「言った筈だ。『最初』の価値はすぐ薄れる。けれど一度転換した快楽は早々消えない。君が『正義』と言うのならば、何れ君の『悪』の範囲は限りなく広くなるだろう」
 低い囁き。それはまた、釘打ちの理論。己が罪人だと言うならば周囲も罪人。ならば己はそれを裁く。殺人の正当化。己の欲の為に、価値観を歪める。
 再び釘が降り注いだ。硬い盾を貫いて、地面へと縫い止める。
 獲物を取り回すべく零六が引くが、中々抜けない。
「違う、俺は。……俺は正義だ!」
「ああ。自身の絶対の正義を疑わない君ならば、きっと全てを悪と――」
 言葉の途中で、釘打ちに傷が増える。
 脈打っていない血流は噴出しさえせず、ただその肉に残っていた中身だけを吐き出した。
 切り込んだのは、取っ手を外したアタッシュケースを構えたエレオノーラ。
「正義とか悪なんてね、主観に過ぎないのよ。絶対なんてない」
 一つの終わりが訪れれば、別の一つの掲げる主張が正義となる。悪と正義は容易く反転する。
 絶対と言う言葉ほど、アテにならないものはない。それを知る彼は、興味なさげに呟いた。
 後ろには、両手の指で足りる程に白い影の姿を減らした仲間の姿。
「禅問答は終わった? なら、貴方の人生ももうおしまい。――とっくに終わってるけどね」
「お前が敬愛して止まないジャックのいる地獄に叩き込んでやるぜ」
 エレオノーラの隣に、拳を鳴らすディートリッヒ。
 降りしきる釘に数多の運命を削られながら、無数の傷を拵え血を流しながら、リベリスタはそこに立っていた。

●悪夢
 憎かった痛かった憎かった憎かった憎かった痛かった。
 怒鳴っても耐えても泣き叫んでも応えはなく、無限に等しい時間を苛まれた。

 釘が真ん中から爪を折る音を聞いた釘が舌と唇を共に貫く音を聞いた釘が緩やかに筋繊維を千切る音を聞いた釘が外耳道を擦りながら鼓膜を破る音を聞いた釘が指の付け根から皮膚を破らず指先に向かい埋まる音を聞いた釘が顔に減り込み頬骨を穿つ音を聞いた釘が幾本も打ち込まれた皮膚が梃子の原理で剥がされて行く音を聞いた釘が肩の骨を砕き体の芯から震える音を聞いた釘が刺された場所から伝っていく血が寝台を越えて床に滴る音を聞いた釘の先端が見開かされた目に鉄柱にも等しい太さで映るのを見た。

 叫び過ぎて傷付けた喉から血を吐きながら哀願しても決して止めてはくれなかった。
 殺してやりたかった殺してやりたかった殺してやりたかった殺してやりたかった殺してやりたかった殺してやりたかった殺してやりたかった殺してやりたかった殺してやりたかった殺してやりたかった殺してやりたかった殺してやりたかった。
 殺せなかったけど殺されたからもう一度殺してやりたかった。
 穿たれた釘の倍に倍を重ねた数に、挽肉よりも細切れに引き裂いてやりたかった。
 最初は誰もが怯えて手を出せなかった死んでも尚怖かったけれど殺してやりたかった。
 けれど。
 動かない筈の死体が大きく痙攣した。
 二度、三度、痙攣して、死体は起き上がった。
 釘で穿たれた目は開く事はなかったが、上半身を起こした男は周囲を見回して、口内に溜まった血を吐き出した後、まるで知己に向ける様に笑った。

『――おはよう。次は何処が良い?』

●罪人、零
 一斉に、攻撃の刃が一人の男へと向いた。
「見えない目は何を見るの? 悲しみ、絶望? それとも不条理?」
「その妄執と共に、送ってやるわい!」
 秘めておいたとっておき。
 流れ出した血でくらりよろめく視界を払い、ルカルカの槌はバトンの如く軽く回された。
 レイラインの爪は、風を切る音を立てる。動きは鈍らない。行動の阻害は釘打ちには効かない。そんなのは知っている。だからこれはただ、打撃の為に。速い獣の一族。二人の攻撃は、速度によって鋭さを増した。
「どのツラ下げて、死に恥さらしてんだ!」
 竜一の刀が雷撃を伴い、唸る。だが、その一撃は諸刃の剣。
 一撃一撃は然程重くなく俊介の歌一つで本来ならば簡単に癒せるはずだった。
 けれど、白い腕に与えられた呪いが消えない。回復を拒絶する怨嗟がまとわりつく。
 被害者の数を減らした事によって確率は減ったが、体力が低い者に付与されれば俊介は浄化の鎧で呪いと体力の回復を試みるしかない。
 また、前に立つ者が釘打ちに接近した事で、流れる血の量が増えている。
 巻き込める好機と思えば、釘打ちは迷わず複数名を穿ち地を流させ、その身を縫い止めた。
 唇を噛み締める俊介の肩を叩いてから前に出て行ったモノマも、失血が酷いのか顔色が悪い。
 それでも彼は、開いた掌で釘打ちの体を打ち据えた。
 もう、機能していないであろう肺から空気を吐き出す釘打ちに、モノマは笑う。
「どうだ、骨身に染みるだろ? それとも、痛みからも逃げちまったのか?」
 挑発を繰り返す彼に、釘の返礼。それは傍にいた竜一も共に巻き込んだ。
 音が骨に響くだろう? と呟いた釘打ちの前で、一つ、二つ体が沈む。
 だが、竜一は這い上がる。
「まだだ……。まだ、何も晴らしていない!」
 泣き笑いの少女の表情が、消えない。

「態々殺される為に戻ってきてくれてありがとよ! もう一回死ね!」
 削られた分は削り返す。自らの血で染まった腕を掲げ、瀬恋が下すは有罪判決。
 ルカルカとレイラインが連続で鈍器を叩き付けた。ディートリッヒが残る白い影に向けてNagleringを振り下ろした。エレオノーラの刃が影を霧散させた。けれど、白い影が数を減らし、釘打ちの体に傷が増えるのよりも速いペースで、体力が削られて行く。
 釘に穿たれ身を抉られ続けた俊介は、運命を使い呪縛を引き剥がす。
「俺が倒れなきゃ、仲間は生きるんだ」
 彼は生命線。戦線を支える役割。俊介の癒しは、体を巡り仲間の力へと変わる。
 痛くないはずがない。けれど、彼が立たねば皆の怪我は加速度的に増えて行くだろう。
「皆、頑張れ! 勝つんだ!」
 嗄れた声で、彼は叫ぶ。

 皮肉な事に、生きている頃の釘打ちであればこの攻撃には耐え切れなかっただろう。
 だが、一度死を越え変質した身は、中々落ちない。
 何度打ち据えられても立ち上がり続けた零六も、息を荒げる。
 生死の際。彼が得意とする背水の陣。けれどあと一撃食らえば、分からない。
 釘打ちが、零六を見て笑った、気がした。
 ディートリッヒを越えて零六に群がろうとする白い影の前に立ちはだかったのは、黒髪の少女。
「おい――」
「そう簡単に行くと思って?」
 前回の様子から、釘打ちの偏執が零六に向くかも知れないと警戒していた京子は、満身創痍の彼を庇う様に立つ。
 誰も殺させない。姉の意志を無意識に継ぎ、平穏から非日常に走り込んだ彼女の意志は強く強く。
 だが、弱いの影はとうの昔に殲滅されている。残っているのは、根深い恐怖と憎悪。
 重ねられるダメージに、白い手が絡みついて動きを阻害する。
「くっ……!」
「おい、桜田さん!」
 薄笑いを浮かべ血で固まった黒髪を振り、釘打ちが呼んだ金属の雨は零六を庇う京子に容赦なく打ち込まれた。
「ぐっ! ……ま、まだ、わらわは……」
 レイラインに振り向き様に、釘。ここに来て、悪い事に釘打ちの妄執は女神の気紛れを拾ったらしい。連続で放たれた強力な二撃。レイラインと京子が、倒れた。
「キモチワルイ理不尽の時間は、終わり、よ――?」
 ルカルカに与えられていたのは凶星。温存していた一撃が、釘打ちの僅か横へと逸れて地面を空打つ。
 俊介が呼ぶ歌は傷口がじくじくと化膿したように痛むディートリッヒの傷だけは、治せない。
 不調が、攻撃と回復のリズムを乱していく。
 それでも。
 リベリスタは、退かない。

「ね。不条理は、ルカよ」
 速度の乗った、理不尽な程に力の乗った一撃が、釘打ちを叩いた。
「被害者達の無念を、身に刻め!」
 竜一が、残り少ない精神力を削って雷撃を叩き込む。
「重い重い罪を背負って、来世を歩くといいわ。――転生なんて信じないけど」
 釘打ちに向け皮肉気に笑ったエレオノーラが、最後の白い影を打ち倒した。
「受け取れよ――地獄行きの駄賃だ!」
 肩が外れそうな程の衝撃と共に、瀬恋が断罪の魔弾を放つ。
「頑張れっ! 俺が、付いてるっ!」
 俊介が、切れそうになる魔力を手繰り寄せて傷を癒した。
「行け、神守の兄ちゃん!」
 ディートリッヒが、己の一撃でよろめいた釘打ちを見て叫ぶ。
 釘が降り注ぎ、道を開いた彼は倒れた。

 運命の歪みは、代償と共に巻き起こる奇跡は感じられない。それでも。
「見せてやるよ、格の違いを!」
 京子によって戦場に立ち続け、ディートリッヒが開いた道。
 ここで打倒できずに――物語の主役たる、何を語ろう。
「この神守零六の名を! 力を! その魂に刻みこめッ!」
 打ち込まれた一撃は、間違いなく現状の彼が叩き出せる最高点。
 巨大な盾は、横薙ぎの刃となって脇腹から胸の半ばに減り込んだ。
 それは、宛ら切れ味の悪い大剣。肋骨が折れひしゃげ砕ける音は一瞬。

 何かを言おうとした釘打ちの唇から零れたのは、血。彼の信奉する殺人鬼が、赤い月を呼んだ日。あの日より、ずっと赤黒い血。あの時に一瞬だけ刃を振り下ろすのが遅かったが故に血に沈んだ男の前で、釘打ちは膝をついた。
 こぽり、とまた血を吐いた彼が、濁った声で、尋ねる。
「……楽しかったか、……神守、零六」
「…………」
「……そうか、」
 ――残念だ。
 いつかと同じ言葉を、言おうとしたのだろう。けれど、もう唇は動かない。
 傾いだ体は、横に倒れる。まるで、先日の戦いからそこに放置されていたかの如く。
 誰かが、そっと彼の目の釘を抜いた。そこにはもう、彼を強力なフィクサードに押し上げた力は感じられない。運命を共にした釘打ちが死んだ時点で、既に寿命であったのだろうか。

 拍子に、閉ざされ続けた目蓋が開く。
 とうの昔に潰れた中身など腐って落ちたのだろう。
 そこには何も無い。

 在るのはただ――純黒の闇。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 釘打ち戦、これにて終了です。
 判定の諸々はリプレイに込めましたが、多少補足を。
 危険な役割を仲間に行わせたくないのは分かりますが、プレイングで「俺が俺が」状態になってしまうと結果として余り適切ではない人に役割が回る危険性もあるので、ある程度相談で纏めておくのが宜しいかと思います。
 作戦は危うい所が多かったですが、一人ひとりの能力の高さに助けられた感じです。
 
 けれど、三度目の正直ならぬ四度目の正直。
 釘打ちにずっとお付き合い下さった方、一度でも関わって下さった方に御礼を。
 お疲れ様でした。