●三日後の蘇生 『目覚めて』から5276分と36秒。 痛みがない体に休息は必要なかったが、この空気から出難かった。 開いた穴、風穴、彼の『神』が行おうとしていた事。 穴は成った。神は死んだ。 けれどそれに対する信仰の揺らぎはない。 彼は元より全知全能の完璧な神を伝説に重ねていた訳ではない。 例え自分が百度打ち据えられ死んで生き返ったとしても届かぬ領域にいる殺人鬼。 請うたのは神、高みの存在。 恋うたのは神、届かぬ伝説の殺人鬼。 己では到れぬ場所で笑う存在が数を頼りに打ち倒されたとして、威光は堕ちるか。堕ちぬ。 ああ。だから。讃えよう。 血と肉と悲鳴を神に捧げよう。 慈悲を賜れなくなったのは己の力不足が故に。 石持ち投げる罪人を己が断罪し切れなかったが故に。 ならば讃えよう。 届かぬ高みに座したままお隠れになった彼の方に捧げよう。 血と肉と悲鳴を。 いつか求めたように、絶望と苦痛と恐怖を添えて。 殺そう。 沢山。 ただ、もう少しだけ、この空気に。 顔を歪めて様子を窺ういつかの贄達に囲まれながら、彼は再び微睡に似た感覚に落ちていた。 ●釘打ち かつて一人の殺人者がいた。 狙った相手の掌と脚を釘で縫い止め、肉を貫き骨を打ち、皮膚と肉の間に潜り込ませて、意識を失わないように気を遣いながらゆっくりとゆっくりと死に至らしめる快楽殺人犯。 素性も本名も分からぬ犯人は、発見された被害者が全員体中に釘を打たれていた事から『釘打ち』と呼ばれるようになった。 資料の冒頭に記されたそれに、リベリスタが顔を上げる。 このフィクサードは死んだのではないかと。 ジャック・ザ・リッパーの信奉者として先日の決戦の場に現れた彼は、数多のリベリスタの手で討たれたのではないかと。 言葉を『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は肯定した。 「はい。死にました。ジャックの助力に現れこそはしたものの、その前に担当チームの方々が負わせていた傷は決して浅くはなく、その上で戦闘を重ねた結果死にました。皆さんが討ちました。ですから、今回相手をして貰うのは『フィクサード』ではありません。『E・アンデッド』です」 誰かが顔をしかめた気配に、ギロチンは薄っすら笑う。 「アークとしても強力なフィクサードがそうそう蘇っては困りますからね。公園の遺体は全て回収し、手筈を整え一斉に処分――というと聞こえが悪いですが、そうする予定でした。ですが、『釘打ち』の死体は回収後にアーク職員が再確認した所、消えていたんです」 『閉じない穴』の動きは未知数。ただ、厄介な神秘事件が発生する危険性は非常に高い。 不安定な空間となった公園は、一帯を含めアークの管理下に置かれている。 何が現れるか分からない中、厳戒態勢の回収作業であったはずだった。 「生者ではありません。……彼に殺された被害者の無念が凝り固まったE・フォース。彼らに根深く刻み付けられた恐怖は消しがたく、釘打ちが生きている最中は害を為せなかった。それでも、ずっと機会を窺っていたのでしょう。彼らは死体を公園内に引きずり戻した」 彼がオルクス・パラストによって活動停止に追い込まれるまでに殺した数は二十四人。 それらの恐怖と憎悪によって生み出されたE・フォースは釘打ちの生前から存在していた。 が、彼らの根底が恐怖によって構成されているが故に、憎悪の対象に近付けなかったのだ。 殺したい憎悪と相反する近付きたくない恐怖。 それは釘打ちの死によって、一気に憎悪が割合を増やす。 「E・フォースはせめて死体を八つ裂きに、とでも考えたのかも知れませんね。けれど、それがまずかった。増殖性革醒現象により、物の見事に釘打ちの死体はE・アンデッドとして目覚め――おまけに、E・フォースは結果として彼に従っています」 逆転。 起き上がった殺人者に、E・フォースは憎悪を恐怖に塗り替えた。 生前の記憶が蘇り、恐慌は絶望を引き起こす。 彼らからはもう、釘打ちへの復讐心など飛び去った。 ただ、殺人者に従う事で痛みから逃げたい、痛みを他の相手に移したいとの思いで生者を引きずりこもうとするのだとギロチンは言う。 「……彼らの思いは、釘打ちによって未だに現世に縫い止められている。思念は決して本人では有り得ませんが、苦痛の記憶ばかりが留まっているのは――悲しいでしょう。彼らも終わらせて下さい。そして釘打ちを倒す事によって、彼らの無念も果たしてあげて下さい」 彼らの殲滅よりも先に釘打ち討伐が敵えば、狼狽した彼らの討伐は格段に楽になるだろう。 だが全員を残したまま戦うのはリスクが高すぎるので、それなりに減らすのが重要だ。 「釘打ちは未だ公園内で力を蓄えています。『神』のジャックに捧げる殺人を起こす為に。E・フォースは釘打ちを憎みながらも近付けなかった時に、革醒者から姿を消す手段を得ていたのですが、今は逆にそれによって釘打ちは守られ、ぼくでは位置の特定が不可能です。……すみません」 蓋を開けない赤のマジックで、ギロチンは三ツ池公園の地図を叩く。 意図せず手駒と隠れ場所を手に入れた釘打ちは、このどこかで力を蓄えているのだと言う。 それこそ万華鏡を集中運用すれば可能かも知れないが、他の案件も頻発する場所である以上、彼一人に構う訳にもいかない。 何より、居場所が分かったとしてE・フォースによる隠匿が解かれなければ見付けるのは困難だ。 「取り得る簡単な手段が一つ。要するに囮です。今の彼は信仰者ではなく殺人者。つまり殺人の衝動が根幹となっています。それによって、彼が自ら姿を現すように仕向ければ良い。『殺したい』と思わせればいい。……彼が好むのが、単独相手の嬲り殺しというのが難点ですが」 今はまだ公園内に留まっているが故に、被害は出ていない。 公園を巡回するリベリスタは多目の人数で組んであるので、釘打ちの好みには合わないらしい。 「釘打ちが過去に狙った獲物は老若男女問わず、共通点もなし。だからこそ、誰でも引っ掛かる可能性があります。逆に言えば決定打に欠けるという事でもあるので、難しい所ですが……」 狙われるような人でもいれば別なんですけどねえ、と肩を竦めてから、ギロチンは向き直る。 「彼の存在は脅威ですが、『ここでしか討てない』という訳ではありません。いざとなれば退く事も忘れないで下さい。引き際を間違え少人数で取り残されれば――彼の歪んだ信仰の供物にされかねません。それだけは、忘れないで下さい。ちゃんと、生きて帰ってきて下さいよ」 伝説の殺人鬼を殺した皆さんは、これからも忙しくなるはずなんですから。 マジックから手を離したフォーチュナは、どこまで本気か分からない調子で呟いた。 ●死体の夢 寒さのお陰か、体は腐敗を免れている。 けれど、目覚めてから自分の中の何かが緩やかに腐り落ちていくのを感じる。 これに従えば、きっともう余計な事は考えずに済むのだろう。 それは酷く酷く甘い誘いに思えた。 傾きかける心を信仰で繋ぎ止め、彼は現実か夢かも分からない感覚へと沈む。 そういえば、月を見るのは何年ぶりだろうか。 無数の赤黒い傷は、もう塞がらない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月18日(水)23:56 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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