● 「あー、マイクテスマイクテス。てめぇらこのクソ忙しい年末に集まってくれて有難う死ね」 まるで少女のように可愛らしい容姿の少年が、腐った言葉を吐いた。 「今回の議題は、俺様ちゃんの宮殿に侵入者発生。一層に8~9人くらいと最下層に1人。あとこの場にとりあえず3人。こいつらの処分について俺はもう決めている。ミナゴロシの方向で」 「我輩たちも侵入者扱いか!」 円筒形の頭部を持った影が叫ぶ。構わず少年は腰の後ろからエンジンを、背中からブレードを引き抜き連結、長大なチェーンソーを組み上げるとスターターハンドルを引く。 洞窟内に爆音が響き、チェーンソーのエンジンが鼓動を始めていた。何の躊躇いもなく手近な標的に斬りかかろうとする少年の足元に、銃声と共に三発の銃弾が撃ち込まれる。 「最早恒例行事ね。初めて会った時は『こんにちは死ね』だったかしら」 「てめぇも人の面見て最初に言った言葉が『キモい死ね』だったろうが」 中空には小さな黒いてるてる坊主のようなシルエットが浮いていた。それには白い翼がついており、1メートルほどのスコップを構えている。スコップの先端からは灰色の煙が棚引いていた。 「ま、どうでもいいけど。あんたに任せていたら話が進まないわ」 手元にある回転式弾倉に新たな弾薬を装填し、銃口を別な暗がりへと向ける。 「あんたが進めて、『人喰らい』。多分この中じゃ一番マシでしょ」 「一番イカれてもいるけどな」 少年が口を挟んだ。それまで沈黙を守り続けていた『人喰らい』が、嘲るような笑声を漏らす。 「黙っていなさいな、下種な快楽殺人者風情が。首の無い女しか抱けないくせに」 「へ、人喰ってりゃ人間サマより上等なつもりかよ。てめぇはただ蜘蛛に成り下がっただけだろうが」 やれやれ、というように翼の生えた少女は肩を竦めた。 「こりゃもうダメね。いつも通り好きなようにやればいいじゃない」 「俺は最初からそのつもりだったぜ」 「死体は貰うわ、そろそろストックが底を尽きかけているの」 「いや待て、我輩は生きたまま欲しいぞ。長年の研究がいよいよ大詰めを迎えようとしているのだ」 銃声とエンジン音、炸裂音を響かせながら、4人は好き放題な事を言い続けていた。 ● 「という訳で、今回はフィクサード退治。場所はこないだ潜って貰った下水道の2層」 何が『という訳』なのかさっぱり分からないが、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は言う。 「さっきの映像では4人の存在が確認出来たと思うけど、今回貴方たちが出会うのはその内1名」 イヴはばさばさと資料を机の上に置いていった。訝るような声を出すリベリスタ。 「今回分かった事にしては、随分量が多いな」 「彼等の中では一番名が知られてるよ。『人喰らい』の八雲・耀。蜘蛛ビーストハーフのプロアデプト」 積み上げられた資料は、様々なリベリスタ組織による交戦記録が多くを占める。中にはフィクサード組織からの賞金首リストまでがあった。これが単独のフィクサードがやった事だと? 嘘だろ? 「これまでに殺害した人間の数はノーフェイスやリベリスタ・フィクサードを含めて136人。確認されてる数だけ。5年前に覚醒してから月に二人は必ず殺してる。恐らく殺人自体はそれ以前から」 「テッド・バンディも真っ青な数だな。あと先に言っておくが、『何のために』は聞きたくない」 イヴはこくりと肯いていた。称号は文字通りであるという事だ。 「カニバるというのかハンニバるというのか」 「だから言わなくていいと言うのに」 笑いの一つも挟まなければやってられない、というのは分かるが。 「いえ、でもこれは言っておかないといけない」 しかしイヴは真剣な顔で言っていた。端末を操作し、モニターに一枚の映像を呼び出す。 中央に目が刻まれた赤黒い球体――これはアーティファクトか。 「アーティファクト、『不滅の太陽(偽)』。マヤ文明期に作られたもののレプリカ。人間の心臓から生命エネルギーを取り出すっていうのが本来の効果だけど、その扱い易さから当時でもかなりの数レプリカが作られてた。もっともこれは最近になって模倣・再現された物みたいだけどね」 これは標的の胃袋に装着され、人を喰う事を代償としてその身体能力を大幅に強化する。 「これが、彼女一人にこれだけの数を派遣する理由。ただのフィクサードだとは思わない方がいいよ」 リベリスタ達は無言で肯く。 「そんなこんなで彼女の容姿はこんな感じ」 イヴは端末を操作し、モニターに標的の姿を映し出していた。 それは病的なまでに白い肌に、腰と眉の上で切り揃えられた艶やかな黒髪を纏う、長身の女。 切れ長の目に嵌め込まれた瞳は深い紅であり、唇は薄く、やや不健康な青みを帯びていた。 身に付けるものは黒い防刃繊維のボディスーツ。露となった身体のラインは無駄な肉一つなく、まるで野生の肉食獣が如くである。 しかし惜しむらくは、と言うべきか。その両手両足は肘・膝より先が黒銀の剛毛に覆われた蜘蛛のそれとなっていた。 否――逆にそれこそが、彼女の身体に最後の倒錯的な『色』を添えていたのかもしれないが。 「食べられたい?」 モニターに見入るリベリスタに、問いかけるイヴ。そんな訳があるかと首を振るリベリスタ。 「それじゃ。……正直、結構厳しい戦いになると思う。彼女はとてもカニバりやさんだから、捕まったら洒落にならないし。倒せないと思ったら無理せず退いてね」 「頑張りやさんみたいに言うな。……まぁ、覚えてはおくさ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:RM | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月10日(火)23:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 一層はまだ下水をベースに拡張された迷路との言葉そのままであったが、二層からはまた趣を変える。 小さな緑色の光源が申し訳程度に照らすのは、やけに整然と設えられた十字路の連なり。 壁に描かれた絵の通りに、此処は蜘蛛の巣――『人喰らい』と呼ばれるフィクサードのテリトリー。 地下へと潜った所為か、下水特有の錆付いたような匂いは、微かに薄らいだようにリベリスタ達には感じられていた。 代わりに強まってきたのは血の生臭さと灼けるような腐臭だが。どちらが良かったのかと問われても、答えるのは難しいところだろう。 だが、『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)は、この場に充ちる冷えた臭気を全く意に介さぬように、薄い笑みすら浮かべながら鼻を鳴らす。彼の興味は今、全く別の所に奪われていた。 (――不滅の太陽。マヤ時代の異物。人を喰って力に変える破界器か) 彼は神秘の探求家である。一種、狂的なまでの。 「異常だねえ。だが、それゆえに興味深く惹きつけられる。叶うことならば、その全てを知りたいとすらと思う程に」 普段意識して纏わせている模範的な大人という態度は、この一時彼の身から剥がれて、そのゆがんだ内面を覗かせていた。 「……何か出てるッスよ、ヴァルテッラさん」 「ン、いや。そんな事はあるまい。気のせいではないのかね」 だが、『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)が見上げている事に気づき、再び彼の顔面は理性と穏やかな笑みという装甲に覆われてゆく。軽く咳払いなどをしながら。 「おー夜目が効くって便利ですねぇ。パンツの色までよーく見える」 『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)は、新たに取得した暗視でぐるぐると周囲を見回し、ぴたりとリルに視線を据えた。 「……ぐるぐさんから妙な視線を感じた気がしたッスけど、気のせいッスかね」 振り返るリル。勿論ぱんつはガードしながら。とぼけるぐるぐ。こちらも勿論ぱんつは見えていないが。 「おっさんかね君は」 肉体年齢10歳にして実年齢82歳、少女の皮を被った老女の振る舞いにヴァルテッラは呆れたような声を出していた。 ここまでの道のりは呆れるまでに、とは言わないが、スムースである。一層については既に完璧な地図が存在する事であるし、二層へ降りるに最も近いマンホールをリベリスタ達は示され、流れる汚水にすら足を踏み入れずに済んでいた。 それでも『ウィクトーリア』老神・綾香(BNE000022)の安全靴が、他の者に比べ足取りに不安を齎さなかったのは確かだろうが。 彼女は呟いていた。 「下水道には捨てられたペットが独自の進化を遂げて暮らしている、なんて都市伝説を聞いた事があるが……」 「んー、白いワニとか? その辺なら聞いた事があるけど」 『自堕落教師』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)が懐中電灯の明かりを巡らせながら言う。 「そうだな。だが、今回の事件はそんな次元を超えているようだ」 どんな経緯があってこの様なフィクサードが生まれたのかは理解が出来ないが、と綾香は言った。 倒さなければならない事だけは事実。それは、これ以上生きていてはいけない所まで踏み込んでしまっているのだから。 「人を食っちまったらそいつはもう人じゃねえ」 『メンデスの黒山羊』ノアノア・アンダーテイカー(BNE002519)は吐き捨てるように言った。 「僕は山羊だかんな。紙食ってるぜ、紙」 かと思えば振り返り、お道化たような表情で。一層の地図をぱくりと口に咥えて見せる。 くるくると巡る口調と態度は時々で別の自分を演じるように定まらなかった。彼女自身、それをこそ楽しんでいるのだろう。 「人食い? 上等じゃない」 そして、鼻で笑ってみせるソラ。 「食えるものなら食ってみなさい。私達が撃退してあげるわ」 暗く、しんと墓所のように静まり返る地下に、その声は挑むように響く。 『宵歌い』ロマネ・エレギナ(BNE002717)の腰に吊られたランプが、壁にゆらゆらと揺れる幾重の影を刻み込む。 深くヴェールで顔を隠した彼女の外見は少女のそれだが、内に嵌め込まれた魂は齢六十を越え。 よって、彼女がこう呟いたとしても、特段疑問に眉を上げるにはあたらない。 「小さい頃であれば、斯様な場所の探索は楽しいものでございましょう」 穏やかではあるが墓石のように熱の篭らない声を落とし、彼女は固い床にこつこつと靴音を刻んでゆく。 その前には最前列を進むリルの尻尾を引っ張ろうとしては嫌がられているぐるぐの姿。 ふと振り返ってロマネの顔を覆うヴェールをめくろうとして来るぐるぐの手を、ロマネは翳したスコップでガードする。 「ぐるぐ様は、小さくはあっても幼くはないのでしょうに」 「だってこんな不気味な所なんだもの、場に飲まれないようにね」 悪びれもせずに言ってのけるぐるぐ。その背中にはいつの間につけたものか、ケミカルライトが緑の光を放っていた。 それはリルが拾い、全員に付けて回っているものだ。綾香もまた、状態の良い物を見繕っては通路に投げている。 「それにしても、どんな技なのかしら……」 歩を進めながら、安西 篠(BNE002807)。 今回相対するとフォーチュナより告げられたフィクサードは、オリジナルの技を所持しているのだ。 この場に集まった者達は多かれ少なかれそれに対して興味を抱いていたのだが、彼女のそれは群を抜いていた。 「血糸降らしというからには相手さんは糸を撃って魅了してくるのだろうけれど、もし私が使えたとしたら一体何が出るのか」 「さてね。技自体のヴィジュアルはそう変わらないのではないかと思うが」 苦笑しながら言うヴァルテッラ。 そして思い返す。資料から分かったのはそれが魅了の効果を持つという事だけだ。 使われた集団は大抵の場合それで死に絶えるか、同士討ちの果てに同じ道を辿っている。 技自体を見て生き残っている者は居ないのだ。それ故に名しか分からない。これは大抵の必殺技について言える事だが。 「警戒は、しなければならないだろうね」 「……また何か出てるッスよ、ヴァルテッラさん」 ● 暗視ゴーグルにより増光された篠の視界には、まだ何も現れない。 この地下二層へ足を踏み入れてからかなりの時間が経とうとしていた。 予め敵の存在を告げられていなければ、このフロアは見た目に反して安全であると思っていたかもしれない。地形自体がそれなりに素直である事からも、きっとただ通り抜けるだけならば潜む蜘蛛の存在になど気づかなかったのだろう。 「でも……居るわね」 ソラは告げる。懐中電灯の明かりを巡らせる途中、見えはしなかったがそう感じたのだ。 前方の視界内、明かりで照らされていなかった場所に、それを向けるまで標的が居たと。 彼女の直感はそう告げていた。 「ああ、こっちも見えたぜ。左上の隅っこに張り付いていやがった」 返すノアノア。こっちは見たわけではないと言うのはきまりが悪いので、ソラは黙ったままでいる。 「ふぅん、観察してるんだ、いやらしい」 「だが、まだ仕掛けてくる気はないようだな。あまり気持ちの良いものじゃないが」 にへらと笑うぐるぐに、軽く顔をしかめる綾香。 しかしそう遠い事ではないと、全員が理解していた事だろう。覚醒者達の能力は千差万別。 相手が姿を晒すというリスクを負ったのであれば、それはほぼ準備が整った事を示す。 一番最初にはっと目を見開いたのはリルであった。 四肢が蜘蛛のそれであれば、足音は自ずと異なるとの読みは正しい。 記憶している8人の足音とは異なる音色が、かすかに混ざり込むのをリルは聞いた。 「近いッスよ。警戒を強めて欲しいッス」 「来たわ!」 言い終わるかどうかといったタイミングで、後方を警戒していた篠と綾香が警告を発する。 振り返るリベリスタ達の前で、それは既に全身から気糸を紡いでいた。 「気付かれたのね……残念だわ。何も知らないままに死ねなかった貴方達が」 投げかけられる言葉と共に拡散する気糸。リベリスタ達は不意打ちではないにせよ初手を取られ、それぞれに防御の姿勢を取る。 「ち、速い上に重いか。洒落になってねぇ」 即座にブレイクフィアーを展開するノアノア。纏いつく重圧から開放されたぐるぐとヴァルテッラが一気に標的――八雲・耀へと接近を試みていた。 肉叉のように突進する彼と彼女のうち、彼の方はそれ以外の行動すら捨てての全力で疾駆、フィクサードの背後を取る。 「やあ、お嬢さん。君の神秘を――その内に抱える破界器を、私に貰えるかね?」 ついと胃袋を指差しながら、微笑みすら浮かべてヴァルテッラは言った。 「貴方が『どちら』であるのかは知らないけれど。やめておきなさいな、扱いきれるものではないわ」 やや意表を突かれたようではあったが、耀は皮肉な笑みで返す。 「いや、構わないのだよ。必要な神秘は、君を殺して奪い取ろう」 拒否される事は予想していたのだろう。ヴァルテッラはそう告げる。 表情は穏やかな笑みではあったが、だからこそより『滲む』か。 「ふ……もしかして貴方、私よりもこの腐った穴倉に相応しいのではなくて?」 彼女は自嘲に笑んだ。ヴァルテッラに気を取られたかに見える耀に、綾香が、篠が集中砲火を浴びせる。 着弾。多少の有効打とはなったか。怒りに燃える赤目が綾香を向き、彼女は眼鏡の奥でそれを笑い飛ばす。 「御機嫌よう『人喰らい』、偽物の太陽を抱いて墓所の如き地下で暮らす気分は如何?」 ロマネは問うていた。その言葉を聞く『人喰らい』の顔には複雑な表情が表れては消える。 「ええ、悪くはないわ」 最終的にそれは何かを堪えるような微笑へと落ち着いていた。 それを見ながら墓守は告げ遣る。 「蜘蛛の巣にかかった哀れな虫とでもお思いかしら? ……死体を食い荒らす害虫を踏み潰すのは、墓堀にして墓守の役目でございます」 構えられたライフルから吐き出される銃弾。不可視のそれを、寸前で避けた耀の髪が丸く穿たれる。 「なるほど。……余程腕の良いフォーチュナが居るか、それとも何処かの報復なのね。私を狩りに来たということ……」 低く吐かれた呟きはリベリスタ達の耳に届いていた。でも、とそれは続く。 「貴方達はだけど、未だ獲物でしかないわ」 ● 伸ばされた気糸が精密な打撃となって、リベリスタ達に突き刺さる。 戦闘開始から未ださほども時間は経っているまい。しかし早くも後衛のうち数名は力の抜けそうになる自らの膝を自覚していた。 「こっちを向きなさいよ!」 低滑空で滑り込みつつ気糸を紡ぐ、ぐるぐ。 すれ違いざまに叩き込む一撃で、狙うは破界器の装着された胃袋か。 だが、それは僅かに逸れた。肋の一本を折る感触が放った気糸から伝わるが、クリーンヒットとは言い難い。 「活きが良いのね。久しく食べていない、良い食材……」 口の端から血を垂らしながらも、耀は言ってのける。 「悪食ッスねぇ……」 接近したリルの全身からは気糸が揺らめいていた。 「地下に迷い込んで、巣に引っかかった獲物を食らうのはいいッスけどね。リルを食ったら腹壊すッスよ?」 狙い澄ましたタイミングで引かれる気糸。耀の周囲に撒かれたそれが籠の口を閉じ、標的を締め上げる。 「今だぼこれー! もう凄い勢いでぼこれ!」 「応よっていうか、正直甘く見てたわ。出来るだけ早く倒さないと」 ソラの放つマジックミサイルが問答無用に直撃した。流石にこれは痛かったのだろう。 気糸に拘束されたままぎこちなく、耀は体を折って矢の着弾した場所を押さえている。 「何故、山羊が悪魔の象徴みてーに言われてるのか、知ってるかい?」 その前に立つノアノア。彼女は体を折る蜘蛛を笑いながら見下ろしている。 「紙を食うからだよ、『神』をね。『人食い蜘蛛』と『神喰い山羊』、何れかの死を以てこのドラマに決着を付けよう」 振り下ろすウィザーズロッド。だが、全身を拘束する糸を引き裂いて、耀は片腕でそれを止めていた。 「素敵な台詞ね。台無しにする言葉は思いついたけれど、今は酔っておいた方がいいかしら」 「へへ、『日本語の言葉遊びだろ』って所かい? いいんだ、ジャパンには言霊ってのがあるからな」 ぺろりと舌を出し、ノアノア。 拘束を振り解いた蜘蛛は、この状況を楽しむかのような笑みを浮かべた。だが、口から零れ落ちるのはそれを否定する言葉。 「私は戦いを楽しまない。私が愉しむのは――ただハンティングのみ。獲物の言葉に耳を傾け過ぎたわね」 全身から気糸が紡がれていた。それは端から紅く染まり、終着点を隠蔽しながら何処かに収束しつつある。警告を待つまでもなく、彼女が使おうとしているスキルはリベリスタ達全員に知れた。 (……トラップネストに似てやがるのか?) ノアノアが見て取ったのは、そこまで。 似ていながら、しかしそれより数段暴力的で精密な式に解析が追いつかない。 「伏せるッス!」 首筋に走る悪寒に、叫ぶリル。ソラは自らの直感に従い前方へと身を投げ出し、ロマネと綾香、篠は防御に身を固める。 しゅがっ、という音と共に、後衛全てを薙ぎ払うようにして放たれた一撃の正体は、真横から降り注ぐ赤い雨、だった。 圧縮された気糸により生成された、指向性散弾地雷(ブロードソードマイン)。 「看板に偽りあり、よね。……蜘蛛の巣と云うよりは蜂の巣じゃない」 ぎりぎりの所で踏み止まるソラ。 「やって、くれたわね……是が非でも頂いて帰るわ」 フェイトを費やして篠が立ち上がり、そしてロマネと綾香はぼんやりとその場に立ち尽くしている。 その二人が互いに武器を向け合ったのは幸運だったのか。 綾香が倒れ、ロマネはノアノアのブレイクフィアーによって正気を取り戻していた。 ● 気糸による精密打撃。それを腹部中央に突き立てられた耀は衝動的な反撃を放っていた。 「へへ、ぐるぐさん負けるの好きじゃないのよね」 圧力によって吹き飛ばされ、かなりのダメージを負いながらも笑ってみせる、ぐるぐ。 次は庇わなければならないだろうと、ヴァルテッラは彼女との距離を縮める。 「さあ、もう一度撃ってきなさいよ! 血糸降らし!」 「悪行為す者には、それに相応しい最期を……」 注意の逸れた敵に向かい、篠とロマネは不可視の銃弾を放つ。 闇の中でも鮮やかに散る紅は、それが確かに敵の体力を削り取っている事を示すが、未だ倒れない。 リベリスタ達の攻撃は、その殆どが十全の効果を発揮してはいなかった。 「……いけねぇな、こいつはちょっと、噛み合ってねぇや」 ノアノアは苦い笑みを浮かべた。作戦の意図は敵背後に回した戦力が出来る限り敵の攻撃と注意を引き受ける事だ。 それにより主力が数手。飽くまで数手、有利な条件で。まともに戦うよりは長く、攻撃を行う機会を得る。 そう考えた場合、全員の行動はこれで正しかっただろうか。 「だからって負けと決まった訳じゃないのよねぇ……削り切ってやるわ」 前進するソラ。耀へと肉薄し、彼女は口を開けてその牙を閃かせる。 「私が貴方を美味しくいただいてあげる」 「……ヴァンパイア」 既に会話を打ち切ったと思えた標的は、数瞬呆けたようだった。己が血を吸われながら。 その顔は瞬時にして凄絶な笑みに歪む。 「そう、良いわね貴女。お上品で……」 奪い去った体力も削り取られ、ソラが再び立ち上がる。 「ふむ、ヴァンパイアに何かコンプレックスでもあるのかね」 予測の元に組み上げられた精緻な一撃を放ちながら、ヴァルテッラは言っていた。 「今の君にしても、こんな地下で偽物の太陽を抱えるより、月明かりの元に居た方が余程映えると思うが」 押し寄せる攻撃を捌き、幾つかは捌き切れずにまともに食らって血を撒きながら、笑うフィクサード。 返答は最早無く、言葉によって気を引くのもこれが限界か、と彼も思う。 そして解除されたのだろう怒りを再び付与するため、気糸を繰り標的を打った。 幾度目かの気糸によって後衛の全てが沈黙し、リルが膝を折っていた。 無論敵の側も前後から切り刻まれて自身の血に塗れた体ではあるが、その戦闘能力は未だ失われてはいない。 「でも、良く戦った方だと言ってあげるわ。ここまでの手傷を受けるのは流石に考えていなかったもの」 「……もう勝ったようなつもりでいるんじゃないッスよ」 「じゃあ、ここから引っ繰り返す手があるとでも? もうあまり抵抗はしないで欲しいわね、綺麗に捌いてあげたいから」 恍惚と食欲に濡れ光った目が自らを囲む4人を順繰りに見回した。 完全に勝ちを確信したそれを見ながら、彼等は選択する。全員で帰還出来るチャンスはこれが最後だ。 「残念だが、君を喜ばせるような結果にはならないだろうね」 へぇ? とでも言うように耀はヴァルテッラの側を向く。その油断に、リルは気糸を紡いだ。 縛られながらも動揺すら見せない相手に内心舌を出しながら、彼等は同時にその場を離脱する。 「……なっ!?」 ここへ来て初めて聞く、焦ったような声だ。 戦いによってそれを上げさせられなかったのは残念ではあるが。 「に、逃げるんだー!」 「やってられるか、こんなモン!」 負傷者を抱え上げ、中指を立てて、駆けてゆくぐるぐとノアノア。 「貴方達……、き、貴様等ぁ! 待て! 逃げるなぁあっ!!」 背中を叩くヒステリックな叫びを聞きながら、リベリスタ達はその場を後にしたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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