●とある終焉と発端 雨が、少女の身をしとどに濡らす。髪と言わず体と言わず、その全身をずぶ濡れにする。 「遠くへ、行きたくて。異人さんは、連れていってくれるんでしょう?」 誰へともなく話しかける。その手には白い本。否、白紙の本、というべきか。 少女の足には赤い靴。 少女の体は徐々にその姿を消し、靴だけが宙を舞う。 白紙の本に色が生まれ、意味が生まれ、存在が歪む。世界の彼方に溶けていく。 そして――彼女が居た場所、その傍らには半透明の紳士が立っている。 ●拙い裁きを救いに変えて 「――今度は『赤い靴』か。どこまでも節操が無いな、このアーティファクトは」 「節操が無い、程度であれば考え用はあったのですがね。初めてなんですよ、一連の案件で配下エリューションが観測されたのは」 寓話、というか童話か……これらの依頼に携わったことのあるリベリスタの言葉に、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000201)は包帯の奥で苦々しい表情を隠しもせずに口にした。彼とて、本来なら年頃の娘が居ても何らおかしくない年齢である。そんな日が未来永劫来ずとも、或いは来ても――進化し、深化するこの事件を終わらせたいとする気持ちは大きい。 「既に話は聞いていると思います。『自己防衛の写本』、今回は純粋な『逃避』でしょう。 世界からの逃避、現実からの逃避、何でも構いません。それが大きく歪んだ結果だと考えれば、辻褄は合います。 『司書』、ないしは『編纂者』でしたか……同一か別個かは置いても、以前この手の懸案で入手されたサンプルから、ある程度の行動原理は割れています」 「『ホンボシ』を捉えるのは近い、んだよな? それって」 「ええ。少なくとも、あと数度のうちにその尻尾を掴みたい……いや、掴んでみせます。 その為にも、君達には彼女、ノーフェイス『雨樹 優姫(あまき ゆめ)』及びE・フォース『G・アスピス』の討伐をお願いします」 少しずつだが、確実に事件の真相へと近づいている。夜倉は、そうはっきりと口にした。普段は(こと事件解決に際しては)はっきりとした物言いを余り好まない彼にあって、その言葉の重みは如何ほどか。 「どちらもフェーズ2ですが、深度に大きな差があります。先ずは深度が上の前者。主に『赤い靴』による蹴り技を主とし、この靴の攻撃には強力なバッドステータスが付随します。主に業炎、猛毒、不運、魅了の何れかひとつ。そして、声。遠距離に対するショック効果を持ちます。例えるなら、フレアバーストと神気閃光を足して割った性能とでも言いましょうか。 そして後者。主に気配遮断や透明化による撹乱と、神秘特化の攻撃技能を幾つか持ちます。遠距離に長けた技術もありますから、距離を測る際は十全の対策がのぞまれるでしょう。 最後に――両者が同時に存在している場合、『G・アスピス』は優姫を透明化させる技能を用いることがあります。厄介にも、その熱、音、気配をも遮断する――謂わば『絶対隔壁』とでも言うべき能力です」 「……馬鹿げてるな」 「ええ。今までからすればなかなかに冗談じみた精度ですが、だからといって絶対に勝てない敵でも、慮外の強敵でもありません。戦力と対策で十分渡り合える相手です。 最大を以て、最善を。彼女の迷いを含め、あなた達しか救えません」 夜倉の言葉は、重い。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月09日(月)22:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Leave the real to go somewhere 人としての精神を欠いた存在が述べる『何処か』は、現実に存在するだろうか。 ニライカナイにしろ、天竺にしろ、アヴァロンにしろ、人ならざる者の都を人の足が踏み入れることはありはしないのだろう。 『何処でもない何処か』、Somewhere,but anywhere……夢物語に過ぎない概念だ。 (……何があったのだろう) 何があったのかを聞いてみたい。しかし、そこから逃すわけにはいかない。『ヴァルプルギスの魔女』桐生 千歳(BNE000090)の脳内を、二つの思考が駆け巡る。相反するわけではない。しかし、戦うための決意と純粋な好奇心をどう扱うか――線引きが難しい課題であった、といえばそうなのだろう。 「あ、えー。すみません、この件今まで知りませんで……」 僅かにかの童謡を口ずさんだ『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)は、その想いの置き場に困ったように首を振る。だが、その歌の意味とそれに願う事実がどういったものか、など聞かずとも知っていた。元より、深く識る人間などここには居ない。少女の願いは否である、と。ただそれだけを意思として持つことが、十全たる決意に他ならない。 「長引かないように迅速に……そして早く帰って休みましょう」 『第11話:あとはまかせた』宮部・香夏子(BNE003035)は欲求に忠実だ。だが、それが必ずしも悪であるなどと誰も口にはしないだろう。欲求を満たすが故に義務に生き、結果をして自らを戦場に置く彼女の何処に悪意があろうというのか。より早くを求めることは、結果として戦場での生存率を高めるともいえた。 「ふふ…赤い靴ね。異人さんに連れられて行ってしまった少女のその後はどうなったのかしらね?」 怪しい笑いに身を置いて、しかし冷静な分析を続けていた『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)は、相対する敵の奇妙さにも些か以上の興味を抱いていた。連れ去るはずの紳士は、少女との関係性として本来ならば決して友好的ではあるまい。二人のそれが逃避行だった、などと。笑い話にもなりはしない。 だが、しかし。『自己防衛の写本』は少女の想いを革醒の糧にするアーティファクトだ。ともすれば、その思念体は彼女の意思の分化であると捉えることも出来るだろう。それがどれだけ、残酷かも口にするべくもなく。 「はいはい、小さい頃のトラウマトラウマ。現実逃避なら2次元にしとけば良かったのさ、楽しいしさ」 『つぶつぶ』津布理 瞑(BNE003104)は、もう救うことのできない運命に想いを傾ける。革醒に至る経緯はどうあれ、既に相手は退くことのできぬ位置まで到達してしまっている。であれば、そこから何をばしようとすれば、その想いを受け止めることしか出来はすまい。出来ることを模索するのは、想いの置き方として適切であるといえよう。 「『編纂者』、ね……」 かつて、受け止めた悲しみがあった。それを先導した敵の名を知った。『探究者』環 澪(BNE003163)の脳裏によぎるのはその人物に対する僅かながらの思索である。再びに対峙することとなった犠牲者にして加害者に成りうる子供たち。すでに戻る家の無き最悪からの来訪者。彼女たちを倒さねば、きっとその人物へは辿りつけない。そんな悲しみが目の前にある。嗚呼、最悪はここにありや。 「幸在レ乙女(はっぴーばれんたいん)★」 受け継いだ仮面に改良を重ねたそれを越して世界を観測する『バレンタイン守護者★聖ゑる夢』番町・J・ゑる夢(BNE001923)の目には油断の色はない。不幸に遭い神秘に堕ちたかの少女は、既に最悪の能力を獲得している。対策と布陣次第では、戦いに大きい枷を受けざるを得なかったレベルだ。同情こそすれ、油断するなど論外。 幸多からんと願う聖人を騙るなら、その死にも幸を与える必要があるだろう。 「悲しい……出来る限り救いのある別れを」 彼女のあり方は本来の童話とは大きく異なる帰結に至った。故に、人としての形をして人ではなく。故に、『ChaoticDarkness』黒乃・エンルーレ・紗理(BNE003329)はその最後に救いを与えられれば、と想いを傾ける。 「私には――」 雨の中で。残響のように幽かな響きを伴って、死の影が迫る。少女が姿を顕在化させる。 「還る場所も行き着く先も無かったから。此処ではなくて何処でもない何処かを、求めるしか無かったから――!」 静かに激しく、赤い靴が闇に閃く。少女の声がただただ悲痛に、紳士の姿がただただ静かに、その世界に顕在する。 ●Go to anywhere 「何から逃げてるの? もう手遅れ? 私達じゃ力なれないかな?」 「――逃げ始めたら、行き着くところまで行くしか無いの。だから、ごめんなさい」 優姫の言葉には、一切の躊躇がなかった。問いかけを投げた千歳にだって、容赦なんてものはなかった。だから、魔曲は魔曲として、その悪魔的な威力を症状に叩きつける。動きを抑えこみ、命を奪い、その運すらも汚しにかかる。圧倒的な、一撃だった。 「面倒なのでそっちから狙います」 続き、香夏子の一撃が優姫に迫る。確実性を重視したそれが、足を止めた彼女に当たらない道理など無い。当てない道理などない。彼女の一撃は、確かに少女に突き刺さる。 「このJ字に誓って、あなたを倒します!」 「逃がすわけには、いかないからね」 ゑる夢、瞑が各々の能力を引き出さんとあるいは誓い、或いはギアを上げて構える。全力の開示を前にして、緊迫感ばかりが強く増す。 だが、その状況下にあって、千歳はその違和感に気付いていた。その違和感を見抜いていた。だからだろうか――彼女の叫びが届く前に、その最悪は動き出す。 「――っ」 円陣を組む間を与えられる間もなく、紗理の体が大きく傾いだ。能に直接叩き込まれる悪意は二度に亘ってその身を揺らし、彼女の意識を混濁させる。一瞬で全てを奪う程ではなかった。十分に耐えられる一撃だった。彼女を驚嘆せしめたのはそんな単純なことではない。 ただ、精度が単純に高かったのだ。不意打ちを防ぎ、対等に持って行って尚、その一撃は正確無比に彼女へと打ち込まれたのだ。 その衝撃を振り切るように踏み込んだ彼女の技に、しかし本来の幻影の刃としての冴えは無い。当てない、と規定した刃に、その力が宿ろうはずもない。故に、その刃は虚実の別なく、少女の体に打ち込まれることはなかった。 澪が結界を展開し、ティアリアが自らに守りの鎧を築きあげる。心も出現した紳士を踏まえ、効率的な位置へとその身を走らせる。 然し、其の布陣が正確に築かれるには及ばない。少女の意思から発生したその思念体が、少女にとってもっとも適切に動くように。 最大効率の距離を選択し、自らも相応に布陣した紳士と優姫を包囲するには、移動距離にどうしても難が出る。 楔を断った少女の足が、軋むように掲げられる。 瞑の最速を、千歳の魔曲を、そして香夏子の不吉の兆しを、必中から紙一重でかわしたその動作から、その足が伸び上がる――。 「踊って――くれるんでしょう?」 舞うように、靴が鳴る。突出した紗理、そして瞑はその一足にその身を弾かれた。最悪は続く、いや、始まるのか。紗理の膝がかくり、と崩れる。運命を乞う様に空をかいた彼女に、しかし運命は微笑まない。 「違う自分になりたいのなら、こんな力に頼らなくても――」 ゑる夢の刃が、少女の体を僅かに捉える。隙を見せるに至らないが、それでもヒットはした。当たらない、勝てない相手ではないはずだ――。 「私は」 だが、その世界に蜃気楼が奔り、少女の口元が歪み、カツンと靴の音がする。 「何処かへ行きたい。何処へでもなく、何処からでも無く、何もないままに」 そして、影は消える。紳士の指先が、奏でるように優姫へ向けられたまま、降ろされる。 「『赤い靴』は逃避行だったとでも言いたいのかしら」 「魔女の眼を誤魔化そうなんて、そうはいかないんだからね!」 「何してるデス!? マリア様が何とかですか!? タイが曲がってますか!?」 千歳の魔眼は、しかしその逃避を逃さない。彼女の視界に収まっている限り、その位置を共有するに足りる環境さえあれば百パーセントの追い打ちには至らない。 ティアリアの回復と、心の魔を祓う光が、意識を狂わせる感覚に身を捩る瞑を癒せと駆けめぐる。 「『居る』とわかっていれば、やりようはあるものよ」 澪の氷雨は、千歳との連携で優姫を巻き込む上で不都合は存在しえない。だが、牽制でしか無い精度のそれに十全な威を求めるのは、厳しいか。 幻想を打ち破れなければ、厳しい戦いだったろう。 幻想を打ち破って尚、その戦いは重かろう。 それでも、少女たちに諦めなど下らない。在り得ない。ただ、確実に状況を詰めていけば、勝利は自ずと迎えられよう。 ●Goodbve,Good friend. 「うちだって逃げてた時期もあったしな、批判するつもりはないぜ」 瞑の速度が限界を超えて空間を軋ませ、優姫が『居るであろう』その位置へ二度、迸る。手応えは薄い。千歳との意識共有は、しかし十を伝えるには難しい。だが、諦める訳にはいかない。 「だけどよ、優姫ちゃんの場合は自分が不幸の状況を利用して逃げる事に甘えてるんじゃないか?」 「待ちなさい! それだけは、譲れないの!!」 後衛へ、つまりは逃避へ。優姫の身が進む気配を千歳は見逃さない。魔曲の流れに合わせ、ブロックに入った彼女に優姫の靴が深々と突き刺さる。進路上に身を置いた心へも、その蹴り足は舞い踊る。 「――ぁ」 最悪は上書きされて世界を襲う。仲間を仲間と理解する心の思念が、闇に落ちる。千歳の身を、毒が蝕む。 追い打ちをかけるように、紳士が手の内の刃を鋭く閃かせ、二人に斬りかかる。 「踊りの相手をお探しなら、私がお相手しましょうか……!」 ゑる夢の斬撃が、ティアリアの歌が、香夏子の気糸が戦場を舞い、戦局をすすめる。敗北に駒を進めまいと閃く。 戦闘は、激しく、然しリベリスタ達に優位に進んでいるように見えた。だが、優姫に忠実であれと動いている紳士が、彼女を正確に捉えるリベリスタ達の誰を最も警戒すべきかなど、理解出来ないはずがない。 姿を消した優姫の動きを正確にトレースし、他のリベリスタより早く優姫に肉薄する千歳を、紳士が逃す道理はない。振り上げられた指が、しなる。幾度も繰り返された、優姫と紳士との千歳への一極集中。ティアリアが、澪が回復を傾けても、蓄積されるダメージは着々と千歳を蝕んでいく。 「何が――あっても――」 うわ言のように言葉を紡ぎながら、千歳が戦場に倒れ伏す。視界には、確かに優姫が見えている。だが、暗転していく視界とかすれる声は、仲間にその位置を伝えるには余りに非力だった。彼女は勝利を見届けるには至らない。 「……Hexe、を」 苦しげな声をして、それでも心は紳士へと声を向ける。彼女の知りうる知識を総動員して、その相手にありったけの問いをぶつけた。それは、悪い選択ではない。 「いえ、Hexeの――方です?」 紳士は、応じない。何処からか嘲るように声が響く。不可知を看破する術は、彼女たちの手を既に離れた。その声の意味が分からない。その意思の意図がつかめない。肯定なのか否定なのかすら、その言葉からは理解出来ない。 「何処かへいきたい、それだけなの。私も――そして、『私』も」 首筋へ放たれた衝撃を受け止めるその寸前まで、心の理解は及ばない。膝を屈し、その意識が断線する寸前で気づくほどに些細な違和感。 少女の願いが革醒を及ぼしたなら――その『紳士』すらも、彼女の一部に他ならない。明確な名すら知れぬ人物が、その背景を口にする愚を犯すだろうか? 回答は、否であると言わざるを得ない。 「彼女を貴方の元に連れて行かせはしないわよ」 澪の声が、静かに響く。姿の見えない少女を、紳士の元へ行かせまいとしてもそれは難しいことだ。だとすれば、あと一押しの紳士を倒すしかない。被害が大きくとも、それだけは達成してみせる――と。 彼女の放った式符が、風を巻いて紳士へと突き刺さる。貫き、抜けるその律動に、紳士の動きは今度こそ止まり、その形を崩していく。消えて行く。 「――『見える』お姉ちゃんは居ないんだね、もう……」 「よかった」、なのか、「悲しい」、なのか。優姫の声が小さく響き、それを最後に戦場から一切の戦闘音が消え去った。気配も消え、彼女が残された数十秒で逃走をはかったことは目に見えていた。 追うこともできただろう。やみくもであれ、痕跡を探そうとすれば探せたに違いない。だが、それでも、半数近くを行動不能にされた状態で深追いするには、その敵は余りに凶悪だったのだ。 生まれた 日本が 恋しくば 青い海眺めて ゐるんだらう 異人さんに たのんで 帰って来 「……返ってこない娘を想って歌うには少し悲しいわね」 静寂。ティアリアが静かに唄う隠された五つ目は、然し優姫に届いたのだろうか。 姿を消したまま、世界に別れを告げたまま、少女の目は髪は変質を遂げてしまうのだろうか。 真実を知ることは、観測できない世界では知ることはできないだろう。「そうであろう」という幻想のみが世界を構築する。 ――彼女たちの言葉は、きっと届いている。きっと、何時か、何処かへ消えた少女は『還って』くるのだろう。 「……続くんでしょうね、まだ」 「『編纂者』が居る限りは――その真実を掴むまでは、おそらく」 ゑる夢の痛切な言葉に、澪が紫煙を巻いて応じる。 何処かに行こうとした挙句、彼女は何処へも行けはしない。 だから、その手で終焉を。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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