●あそんでる 「ねぇねぇお兄ちゃん、美玖と遊んで?」 それはちょうど友人のお見舞いに訪れた病院の駐輪場でバイクを止めた時のこと。振り返り声の主を確認すると10歳くらいの女の子がはにかみながら立っていた。 どう断ろうか迷ったが、その子の服装を見て考えを変える。古い入院着はこの子が長くこの病院にいるという証だろう。もしかしたら不治の病かもしれない。そうでなくとも知らない人間に声をかけるくらいなのだ、寂しいのだろう。 友人は死ぬような怪我じゃない。ちょっと遅れるくらいなんでもないだろう、話の種にもなるさ。 「ああいいよ、俺でよければ」 「お兄ちゃんホント? わぁっ嬉しい! じゃあこっちに来て!」 少女の笑顔にああ良いことしたなぁと思いながら付いて行く。場所は病院の裏手についている古びた倉庫部屋だ。 ――こんなところで? 疑問を口に出そうにも少女はさっさと中に入ってしまった。慌てて後を追う。 中は真っ暗で何も見えない。――電気はどこだ? あの子は? 「なぁ、どこにいるんだ――い?」 トンッという軽い衝撃。胸に異物感。なんだこれ……なん、だ、これ? 目が慣れてきた。ぼんやりと目の前に少女が立っているのがわかる。手には何かを握っていて……それは、俺の胸に、深々と、刺さっ…… ギュチュッ――耳障りな嫌な音。捻られ空気が漏れたような音がして俺の意識は霧散していく。最期に網膜に焼きついたのは少女の笑顔――それはさっきまでのような幼い笑顔ではなく―― ――人の死で愉悦に浸る、虚ろな笑みを浮かべた顔―― 少女は絶命した青年の胸からナイフを引き抜く。それはスティレットと呼ばれる形状で、しかしその刀身の怪しげな光がただの刃物でないことを物語っている。 「あはっ」 恍惚の表情で余韻に浸りながら片手で手馴れた動作で携帯を操作すると、もう片方の手で青年の遺体を一撫でする。 途端、青年の身体から光が漏れ出す。それはしばし揺らぎ人型に近い形となり……瞬く間にエリューションフォースとなった。 少女は満足げに、まとわりつくエリューションフォースを撫でていたが……奥の扉が開く音にそちらを見やり携帯を持つ手をひらりと振った。 「……くそっ! また殺したのか!」 入ってきた男は五十前といったところか――いらだたしげに毒づき、腹いせのように青年の遺体を蹴り転がす。 「ちょっと。美玖のお友達に酷いことしないでよね?」 その言葉とはうらはらに、少女は全く気に止めた様子もなくEフォースに口づけを交わし戯れていた。 「ふん……お前はその気味の悪いモノがあればいいんだろう――化け物め」 「あはっ、酷い言い草……実の娘なのに、ね」 化け物め――もう一度つぶやき、男は台車に青年の遺体を載せて奥へと運んでいく。 「それでずいぶん稼いでるんでしょ? 臓器移植はうちの病院の十八番だものねぇ、院長様?」 「隠すより使った方が証拠隠滅にいいからだ! 余計なことを言うな化け物!」 台車はガラガラと音をたて、男と共に奥へと消える。しばし視線を向けていたが――少女は鼻を鳴らしナイフへと向き直った。 「殺されるもんか……美玖にはこの子たちがいるもの」 そっと刀身に口付ける。途端、新たに四つのEフォースが現れ少女のそばを回りだした。 「美玖は特別なの……お姫様なんだ、あなたたちはその兵隊」 自らの兵隊を撫でながら、少女の表情は虚ろな笑みへと変わっていく。 「美玖は自由になるんだ……見ててねママ。美玖を護る兵隊を増やして、いっぱいいっぱい、増やして――」 そして少女は先ほど青年を刺した時と同じ表情を浮かべた。それはあまりにも邪気のない顔――つまり。 ――自らが邪悪だと思いもしない、無邪気な笑顔―― ●おちている 「素直で悪気がないことを無邪気と言うが、悪気がなければ無邪気かと言えば……微妙に納得いかないもんだろ」 演技かかった仕草で肩を竦めて語るのは『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)だ。 「この少女は姫野美玖、姫野病院の院長の一人娘だ。名前くらい知ってるだろ?」 言いながらもどちらでもいいとばかりに資料を投げ渡す。 院長は姫野剛久。医者としての腕よりも経営的手腕に優れ、政治家や大企業との黒いつながりの噂は絶えない。妻は半年前に病死。一人娘も約十年前に病気で失っている。 「……一人娘は病死してるとあるが?」 「世間的には――っと注釈をつけておいた方が親切だったか?」 カケラも思ってない口調で伸暁が答える。 「金儲けにいそしみスキャンダルを嫌う剛久にとって、年を取らない娘はお邪魔虫だったってわけさ」 美玖は実際には二十歳を超えている。十歳の時に革醒しフェイトを手に入れて成長が止まって以来、件の倉庫の地下で暮らしてきたのさ――軽い口調で付け加える。 「さてどんな気持ちだったろうな? 父親に殺されかけ、母親の助命で命だけは助かったものの、十年を日の当たらぬ地下牢で過ごすのは」 リベリスタの表情の変化を楽しげに見やり、続ける。 「美玖には母親が全てだった。それまで庇護されてきた立場から急に悪意を向けられた恐怖やすくみもあるだろうが、追い詰められながらも革醒した力を使って逃げ出さなかったのは母親がいたからだろうな。その母親も半年前に死に、いよいよ自分は殺される――はずだった」 再び開かれた資料にはナイフのアーティファクトの絵が描かれている。アーティファクト『ソウル・リリース』――開放とは捻くれた解釈だねとは伸暁の弁だ――このナイフは連続では使用できないという制限はあるものの、エリューション能力の無い者に予期せぬ死を与えることでEフォースを生み出す力を持っているという。気づかれず一撃で心臓を貫く。それは少女の風貌を持つ美玖には扱いやすいアーティファクトだったろう。 「それを手にしたのは幸か不幸か――どっちだと思う? 手に入れてなければ美玖はとうに殺されていただろう。だが美玖は手にした。手にしたことで、命の代わりに心を落としてしまったのさ」 自分を護る兵隊を作る。兵隊の意思などお構いなしでだ。それはただ生き残るために。 「今の彼女は……ずいぶん歪んでるように思えるが」 リベリスタの言葉を肯定し、伸暁は告げる――彼女は歪んでしまった。自分は特別な存在であると。何をしても許される、兵隊になる者はその為に存在するのだと。 「すでに四人が同じ手口で殺されている、この青年が五人目になるかはお前たち次第だな。目的はアーティファクトの破壊。美玖は持って逃げるだろうから逃がすんじゃないぜ――処置は任せる」 うなづき飛び出そうとするリベリスタ達の背に投げかけられる声。 「アーティファクトの力と、病院が舞台であることを忘れるんじゃないぜ? ハートは熱く、けれどあくまでクールにだ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月05日(木)22:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●私の世界 「じゃあこっちに来て!」 先を歩く少女について、病院の裏手――病院の建物と同化した倉庫を前にする。 俺は倉庫の中へ―― ――入る直前、腕を強く引き戻された。 「なに――」 驚く俺の視界には美しい容姿に抜群のスタイルの――けれど清掃員姿の女が立っていた。 違和感がありすぎて戸惑う俺に女は言う。 「――安っぽい正義で行動すると死ぬよ?」 頭がついてこない。それでも複数の人間が倉庫内に入っていくのを見て、俺はなんとか押しとどめようとする。 「おい! あの子をどうするつもりだ!」 その時肩をつかまれた。目の前には赤と緑の瞳。 「まぁサ青年、彼女のことは我々に任せて友達の見舞いでも済ませて大人しく帰りなサイ」 目が離せない。瞳の色が焼きつくように世界の色を変えていく…… ――そうだ、俺は友人の見舞いに来たんだった……なんでこんなところにいるんだっけ? 女がお帰りはあちらとばかりに手を振る。ああ、掃除の邪魔か―― 青年は道に戻る……それは彼が歩むべき平凡な、たまにちょっとした刺激のある日常の道…… 「命を大事ニ。青年の非日常は終わりダ」 魔眼の力を収め『盆栽ストレンジャー』葛葉・颯(BNE000843)は青年を見送り、振り返る。 清掃員姿のフィオレット・フィオレティーニ(BNE002204)はうなづき、そのまま二人は仲間を追って倉庫に向かった。 異変に少女――美玖はすぐに気づいた。十年の時をこの薄暗い倉庫で過ごした彼女には暗闇を見通す力があったから。 入り口には同じくらいの――見た目の話だが――年頃の少女。けれどそれがただの人間でないことは一目でわかった。 (殺しにきたんだ……美玖を) 即座にきびすを返し奥の扉を目指す。あの先に逃げれば―― いつ殺されるのかと日々怯えて過ごした。幾度となく繰り返された逃げる為のシミュレーション。 だから彼女は慌てなかった。先回りする人影に向けてアーティファクト『ソウル・リリース』を突きつける。 「殺しなさい!」 生み出された一体のEフォース。揺らぎ形成し人型となったそれは、まっすぐに『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)に飛び掛った。 振り下ろされた鋭い腕を鉄球ではじきながら、ティアリアは楽しげに唇を歪める。 「ふふ、やるわね――素敵に歪んで、見た目もわたくし好み……大事に大事に遊んであげるわ」 先回りを見破られたことに慌てもせず、ティアリアは楽しくて仕方ないとばかりにエリュ-ションと対峙する。 ついで美玖は後ろから追ってくる明りに目掛けてナイフを一振りした。狭い通路に新たなEフォースが道をふさぐ。 「そのナイフさえ落とせば!」 運命喰いと名づけたリボルバーでアーティファクトを狙ったのは『さくらのゆめ』桜田 京子(BNE003066)。その弾丸は正確に進むが時間稼ぎを狙いとするEフォースによって妨げられた。 「くっ……待って! お母さんは美玖ちゃんにそんなナイフ使って欲しくないと思うよ!」 美玖は答えない、聞いてすらいない。彼女にあるのは殺されたくないという気持ち、ナイフはその方法だ。そのまま振り向きもせず奥へと駆けていく。 「私が引き受けるわ」 拳銃と打刀を構えEフォースを相手取るのは『十字架の弾丸』黒須 櫂(BNE003252)。彼女は走り去る少女の後ろ姿を見て思う。 (歪んだ心を変えるには相当の時間が必要。彼女の心を救えるかは分からない) ――けれど。 「美玖を助けてあげてね」 櫂の言葉を受け京子は自慢の速さでEフォースの横を駆け抜ける。 阻まんと振り回された腕を打刀で打ち払い櫂は思う。美玖はどこか似ている。母親をなくした美玖が自分に重ねられて…… (一人は寂しいもの……) つぶやきは銃声に掻き消える。 振り返った美玖は追っ手を引き離したことに満足し――ふいに頭上を跳び越した何かに目を剥く。 山田 茅根(BNE002977)は自身の翼で美玖の先を行く。手にした懐中電灯で照らし目指すは奥の扉だ。 ――ドアノブをもいでしまえば簡単には通れない―― (不憫な子ですね……降ってわいた力に人生を歪まされた) 自分を特別な存在だと信じ、それだけを救いとし……そう思わなければ心が持たなかったと思うとあまりにも不憫―― 茅根の思考は突如感じた圧迫感に遮られた。なんとか身を翻し着陸して難を逃れる。 そこには三体目のEフォースが茅根を捕まえようと飛び掛ったところだ。 茅根は横を駆け抜ける美玖を視界に入れるが、Eフォースに邪魔されてはどうしようもない。 美玖を止める為に放った気糸をEフォースに振り払われた以上、目の前の敵を排除しなければ追う事もできない。 茅根は嘆息し、扉を通り抜ける美玖を見つめていた―― ●特別な世界 一人美玖を追う京子は扉を抜けた先で足を止めた。懐中電灯で周りを照らすが姿は見当たらない。 どこへ――焦る京子の耳がかすかな音を拾う。 機械の駆動音――急ぎ駆けつけた彼女はソレを見て―― 「なぁに、どうしたの京子チャン」 別行動を取っていた『ディレイポイズン』倶利伽羅 おろち(BNE000382)は情深い独特の声音で通信相手を落ち着かせ先を促す。 「エレベーター? ……ふぅん。位置からしてありえない場所ねぇ」 事前に目を通した病院の地図にそんな情報は無い。となれば隠された物だ。 情報では院長室にいるはずの剛久。けれど予知では彼は倉庫の奥の扉から現れ、遺体を載せた台車を押して戻っていく。 ――それは人目のつかない場所へ繋がっているということ。 「……なるほど。つまりエレベーターは」 おろちは到着した部屋を確認する。 「ここに繋がってるってわけね」 アタシと美玖どっちが早かったか――院長室の扉を押し開けた。 茅根は防御に専念することでなんとか耐え切っていた。だがフェーズ1としては強力な部類に入る敵を相手にして耐え続けることは出来ない。 (弱りましたねぇ、美玖に逃げられるわけにはいきませんし) 連続する攻撃に動くこともできず防御を固める。だが振り上げられた腕は横からの攻撃に阻止された。 「待たせタ。追うのは茅根が向いてるから任せル」 間に割って入り颯が言う。それにうなづくと茅根は翼をはためかせ外へと飛び出していった。 その背を見送り、Eフォースに向き直る。 (元がなんであれ最早居てはならないモノダ) 自身の役目を足止めと定め得物を構える。 「さテ……微塵と刻んで差し上げヨウ」 ――強い。Eフォースはただ単純に腕を振り回すだけ。けれどすばやい動きで叩きつける腕は確実に櫂の体力を削り取る。 そのうえ頑丈で宙を舞うEフォース相手では、まともに命中させなければ傷もつけられない。 傷つけてはいる、けれど己の傷がより深く。 (このままじゃ――) 焦りはミスを呼ぶ。これ以上の消耗を避けるべく生気を吸わんとした櫂の動きは見切られ、致命的な隙を生む。 衝撃を覚悟した櫂だがそれは来なかった。 「ボクも混ぜてよね」 代わりに衝撃に耐えたのはフィオレットだ。自らの身体を盾とし、ついで癒しの音を響かせる。 「守りは任せてよ。もう傷つけさせないよ!」 頼れる援護を受け、櫂は再び打刀を構えた。 扉が開いた――勢いよく飛び出す影、その手には怪しく輝くナイフのアーティファクト。 院長室の棚の影、隠された扉から現れたのは美玖だ。 院長室に向かった目的はリベリスタの推測どおり剛久の死。 人の何倍も強い欲望を持つこの男を殺せばEフォースはフェイズ2以上の力を持つだろう。同時に復讐をも果たせるのだ。 (この日の為に生かしておいた――美玖を、ママを苦しめた男! 殺してやる!) 死角からの不意打ちに剛久は予期せぬ死を与えられただろう――常ならば。 だが美玖は足を止める。本来ならば剛久がいるはずの場所には見知らぬ女―― 「うふふ、ごめんね? 殺させてあげられなくって」 おろちは悠然と少女に微笑みかける。その顔もまた、無邪気な笑顔と呼べるものだった。 ●特別の意味 「貴様! 父親を殺そうとしたのか!」 おろちの後ろに隠れ叫ぶ剛久に、美玖は憎悪を込め睨みつける。 「よしなさいよ、みっともないわね」 催眠をかける時間が足りず仕方なくかばったが、おろちにとってこの程度の下衆など興味も何もない。興味があるのは目の前の少女だ。 「可哀想ねぇ貴女のママ。娘がヒトゴロシだなんて」 ピクリと美玖の身体が震える。 「いいえ別にママはどうも思ってないかもねぇ。本当は貴女の事なんとも思ってなかったりして」 「うるさい!」 宙にEフォースが現れる。それは美玖の最後の手札だ。 挑発の効果におろちは微笑むが、少女は不敵な笑みを浮かべる。 「あんた一人じゃこの子で手一杯。美玖を捕まえるなんてできやしないわ」 逃げるもそいつを殺すも美玖の自由――その言葉におろちはくすりと笑う。 「な、なに――」 おろちは微笑んで答えた。 「リベリスタは連携を得意とするのよ?」 勢いよく窓を開けるとそこからは翼持つフライエンジェが、更に棚の影から俊足のチーターのビーストハーフが飛び込んできた。 「はい、これで足りるわね?」 あの子と遊びたかったのだけれど――歪な心を極限まで追い詰め、傷つけ、花の如くむしりとり……嗚呼。 状況がそれを許さなかったのはティアリアにとって不幸でしかない。言葉もあげないEフォースと踊って高ぶることなどありえない。 「はぁ、つまらないわね」 Eフォースは両腕を振り回し襲い掛かる。だがそれはあまりにも滑稽な姿だ、攻撃が当たるたびに自身の身体が削れていくのだから。 ティアリアの纏う光は腕を、鉄球はその身体を削り取っていく。 この場を現すもっとも相応しい言葉は――役者不足。その滑稽な姿に少し楽しくなってきたけれど…… 「はい、お仕舞い」 首筋に見立て牙をつきたて……Eフォースは霧散した。 颯の戦いは激戦となった。颯の目にも止まらぬ連撃はEフォースを、Eフォースの両腕は颯を消耗させる。 はたから見れば互角。けれど―― Eフォースの動きは単調でそこには意思も何もない。美玖を守ろうとする思いも無い、ただ命令のままに動く兵隊。 対して颯は―― 斬り、刻み、そして想う。Eフォースを、その先の美玖を。かつて人だった者を、自らを特別だと信じる者を。 意思無き力、想いありき刃。決着は訪れる。 (――特別なんざ良いもんでないョ) 消えゆくEフォースにその先の少女を重ね、颯のつぶやきは宙へと消えた。 (同情はするけどね) 種族差ゆえの悲劇、この苦しみは同族だからこそ理解できるとフィオレットは考える。 彼女は言う――同じ化け物同士と。 一般人には理解できない神秘。彼らにとって自分達は化け物でしかない。 だから彼女は作ったのだ、居場所を持たない同族達の居場所をと。誰にも居場所は必要だ。生きていく場所が。許される場所が。 Eフォースの攻撃にフィオレットは耐えしのぎ、癒しを歌い待ち続ける。 その彼女の頑張りをたたえるように、櫂が、駆けつけたティアリアが波状攻撃を仕掛けていく。 (美玖にも見つかるといいね) ――誰もが居場所を探してる―― 「辛かったよね。大切な人を亡くして、それでも死にたくなくって……」 大切な人を亡くす痛み、それを京子はよく知っていた。それは今も鮮やかなさくらの記憶。 「ナイフを捨てて、私達と行こ?」 美玖は答えず油断なく距離を取る。 状況は硬直していた。数はリベリスタが多くとも剛久という荷物がある。誰も動けず―― 「――誰か助けてくれ!」 叫び扉へと走る剛久、事態は動き出す。 「げぇ!」 剛久を止めたのは茅根だ。その手でスタンガンが音をたてている。 「うかつに動かないでください。院長先生の為ですよ?」 柔らかい笑みにどこか不穏な空気を漂わせ、失神した剛久をロッカーに放り込む茅根。 その時扉がノックされる音が響いた。 一瞬の躊躇。その隙を見逃さず美玖は走った。 「美玖ちゃん駄目!」 京子が、おろちが追うもEフォースがそれをさえぎる。 扉を開ける美玖、その手にはナイフ。生き延びるための最後の機会を見逃さず、美玖は哀れな獲物にナイフを突き立てた。 肉を貫く感触に無邪気な笑みを見せ……笑みは凍りつく――ナイフが、抜けない。 「痛い、ふふ、痛いわ。とっても」 自身の身体に刺さったナイフを膂力で押さえ込み……幼き少女は妖しく愛しく笑いかける。 「こんにちは、私罪姫さん。貴女を殺しに来たの」 ●特別な君へ Eフォースは三人を相手に戦っている。美玖の手札はもう何もない。 必死にナイフを抜こうとするも力に差がありすぎた。 「戯れましょう。死が二人を分かつまで」 直接追うのを京子に任せ、階段を上がってきた『積木崩し』館霧 罪姫(BNE003007)は無邪気に微笑む。それは、それこそが本当の無邪気だと言うような笑顔。 美玖の心にはもはや恐怖しかなかった。人と違う自分に対する悪意はいつも感じてきた。けれどこれは違う。これは―― 悪意ではない。殺意でもない。そこにあるのは情と愛。確かなそれを感じさせながら、けれどこれはあまりにも違う。 自分が特別であるというのなら……これは、目の前の少女は一体なんだというのか―― いつしか美玖はナイフを手放して座り込む。ただ、ただ呆然と。美玖にとってナイフは――アーティファクトは特別な物だった。生き延びるための唯一の手段。それを彼女は手放した。 ナイフを引き抜いた罪姫は、愛しい者にするように己が身を美玖に押し付け顔を近づける。 恐怖は霧散した。ただ美玖は、目の前の絶対的な存在に抗うことなど無意味であると理解した。 自分は死ぬ。けれど当たり前だと。自分は特別だけれど、目の前の少女はもっと特別なんだから―― 罪姫は美玖の首筋に口づける……それはまるで契約のように。恍惚とする美玖に、罪姫は甘く囁いた。 「貴女、罪姫さんとお友達になりましょ?」 「終わったみたいね?」 人避けの結界を張っていたティアリアが部屋を覗くと、Eフォースにとどめを刺した京子がうなづき指で示す。 示された場所には剛久の顔を覗き込み言葉を紡ぐおろちの姿があった。 「違法の証拠品を全部用意して、それから自分で警察に電話するの……いいわね?」 外道に報いを――事件の解決はサイレンで締めくくられた。 「父親が捕まって、美玖ちゃんはどうなるの?」 京子の問いに颯は答える。 「世間では死んだことになってるわけデ、アークで活動するのに支障なかろウ」 「……これは良かったのかしら」 櫂は後ろを歩く二人を見て苦笑を漏らした。 「あらいいじゃない、歪んでても」 お姉様……ともたれ掛かる美玖を撫で、回収したナイフの柄部分、蜘蛛のレリーフを見やりながら楽しげに罪姫は言う。 「歪んだものを歪んだまま受け入れるのがアークなのよ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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