● そう遠くない昔の話。 映画が大衆娯楽の一端を担っていた、そんな時代が確かにあったのだ。 京都府、U地方。 そこには音に知られた映画の撮影地がある。 ――その名を渦雅と言う。 ● 「ベリーコールドな気温の日々でも、俺の心はいつだってホットに子猫たちを温める……」 突然呼びつけられたリベリスタたちは、ブリーフィングルームで待ち受けていた『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の姿に絶句する。 着流しに羽織。 まあそれはいいだろう。似合うし。 足袋。 服に合わせたのだとはわかる。ちゃんと似合ってる。似合ってるんだ。 だから困るんだ。 「どうしてちょんまげなんだ……?」 搾り出したリベリスタの声に、伸暁はにやりと口の端を挙げた。 「借りてきたんだ。お前たちのもある」 いやだからそうじゃなくてさ。 「今日の仕事に必要なんだよ」 ……仕方ないから聞いてあげますけど。 ざらりと並べられた書類を配り終えると、伸暁はようやく説明を始めた。 「渦雅撮影所は知ってるな? ――行ったことがなくても聞いたことぐらいあるだろ。 そこでE・フォースが発生する。そいつをちょっとやっつけてきて欲しいんだ。 ただ、問題がひとつあってね。 そいつが発生するのは撮影中の時代劇セットの中だ。そのまま周囲の俳優を殺して回る。 いろいろ試算をしたんだが――そいつは撮影の雰囲気に誘われたようでね。 本番の撮影中じゃないと発生しないことも、判ってる」 うわあ。まさか。 「そのまさか、だ」 ニッコリと笑った伸暁の、カツラの月代(さかやき)が眩しい。 ● 「うむ、連絡は受けているぞ。よくきた、アークの諸君」 無駄に羽織が似合っているのに、禿頭を白いニットキャップでおおった男が鷹揚に頷く。 彼の名は鶴見生麦。 関西在住のタレント・迷司会者にして、紆余曲折あって現在はアークの協力者である。 「撮影そのものは、エキストラの殺陣戦闘の場面という形にしてもらった。 諸君には、エキストラとして撮影現場に入ってもらう。 なあに、ややこしいことは私に任せろ、つるみ屋の企画だと言って通してあるからな」 ニヤリと笑う、古狸。 鶴見はその表情をすぐに真剣なものに戻すと、楽屋へ案内しよう、と背を向ける。 その途中、ひとりごとのように言葉を続けた。 「――連絡を受けてからな。 その出てくる輩の顔を見たことがあった気がして、どうしても気になって調べてみた。 奴は30年前、ここの大部屋俳優だった男だ。 ちょっとした事で主演のチャンスを得て、その役を何とかモノにしようとした―― 悲劇は、その映画の内容にあったのかもしれん。 人斬りの心を理解したかったんだ、だとよ。 日本刀で3人殺して捕まって、警察で述べた言葉がそれだ。 今撮影してる映画は、その時流れた企画の、作り直しなんだそうだ」 通された楽屋に貼られた紙には『人斬り伝二〇一二』と書かれていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月09日(月)22:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● さて本題に入る前に、ちょっとした背景に触れておこう。 そもそも、かつての日本において、映画興行というのはとんでもなく大規模な娯楽であった。 撮影の現場には、家が焼けたら妻子ほっぽり出してでもフィルム持って逃げろという言葉もあった。 妻子には脚がある、だけれどフィルムを守れるのはお前だけだ――と言えば聞こえはいいが。多分実際にはそのようなニュアンスではなかっただろうし、もっと言ってしまうなら、花形役者もう一度呼びつけて舞台や小道具何もかんも皆揃え直して撮り直す、それだけの金をお前は出せるのかという意味でさえある。 とかく映画制作というものにはカネがかかるのだ。 現代でさえ、フィルム撮影しようと思えば1分一万円の予算は最低限度と覚悟しておけと言われる程度だ。 例えば手動設定の数値がちょこっと違うだけで、ピントがぼけ光が入りすぎ、それも現像してから初めて分かる。現像代だけでも安くないというのに、フィルムそのものも全然安くない。 もっとも今やどこもかしこもデジタルが幅をきかせて、撮影の消耗品にかかるコストは飛躍的に安くなってkたし修正も編集もわかりやすくなったし、取った側からもう失敗がわかるようになった。役者がちょっとした失敗を繰り返しては舌を出して「ゴメンナサーイ」とか言ってみせる様な時代になったが、昔はつまり、大部屋の奴がそんなことした日には、翌日からおまんまの食い上げってなものだったのだ。 今から30年前、1980年代初頭。 第2次黄金期とも言われた50年代の栄光はすっかりなりを潜め、それでもまだ、フーテン男が主役の映画が世界記録に載ってみたり、任侠物が大当たりしてみたりと活気があるように見えていた。 既存の映画興行システムが大きな暗礁に乗り上げる直前の、まだ何とかやれるだろうという空気の中。 渦雅を擁したT社は、70年代終盤から時代劇の盛り返しを図っていた。 ――主演は歌舞伎の大御所が務めるものもあった中、大部屋から突然主演に抜擢されるということは、世界で一番有名なインディーズ映画とも言われる、某宇宙を舞台にした親子喧嘩の映画で大道具さんが大役の賞金稼ぎに抜擢されたのを後から聞くのと同じくらいには、衝撃的な話だったのだ。 その重圧、いかほどのものだったのか。 ● 「ひときりはきっとすごく真面目な性格で、役作りに悩んでいたしれませんね。 理性も吹き飛ぶくらい真剣だったんでしょう」 通された楽屋にて、人のものではない耳や尻尾を隠すような衣装を選びながら、『蒼輝翠月』石 瑛(BNE002528)が呟く。 「……あいつぁ真面目で熱意があるやつでしたよ。 だが、本物を知ればそれで役作りが良くなるたぁ限らないってことが判るには若すぎたんでしょうな。本物ではないが本物のように観える、何を持ってその説得力を出すかってのは答えのない話でぁごぜえますが」 瑛の言葉を『切られ役』御堂・偽一(BNE002823)が肯定しつつ、遠い目をして懐かしむ。 本物の切った張ったを知るようになったのは、渦雅を離れた後だったか前だったか。 たかだか二年、されど二年。 定年まで勤め上げたかつての職場で煙をくゆらす偽一の心に、去来するのはどのような思いだろう。 言葉の途切れた合間を見定めたのか、ただの偶然か。偽一の肩を叩いてから、『気焔万丈』ソウル・ゴッド・ローゼス(BNE000220)が軽く自分の葉巻を示した。 「火を忘れちまってな。ちょいと貸してくれ。 ……まあ、信念ってのも厄介なもんだな。こんなEフォースを生み出すなんてよ」 その言葉に響く色は、文字通りのものではなく。 瑛の尻尾がぱたりと揺れる。 (今日ここであなたの思いをかなえて、最高のひときりを演じてください) アクションスターにあこがれた少女の胸にも、複雑なものが過る。 「俺に彼の気持ちは解らない。だが、舞台上であれば一人の武を持つ男として相対出来よう」 僅かに首を横に振り、既に衣装も身につけた『双竜』新城・拓真(BNE000644)が真剣な声を漏らした。 「さてと時代劇だってねぇ? アタシャ、料理と演歌の次に時代劇が好きなんだよ! ほら金さんとか黄門様とか勧善懲悪ってやつ、あれが好きでねぇ…… あぁ将軍様や3匹や仕事人なんかもいいよねぇ……」 少し湿気た空気を吹き飛ばすように『三高平の肝っ玉母さん』丸田 富子(BNE001946)が声を上げる。 わずかにうっとりした様子で、時代劇の有名所を幾つか並べだした。 「ああ、それなら幾つか、あっしが切られ役として出させていただいた奴もございまさぁ」 「えっ、本当かい!」 「ええそりゃもちろん。 死ぬのは五千と何回でごぜぇやしたかな、ですが1っ回として同じ死はなく本当の偽物の死でやすよ」 興味津々といった様子の富子に、偽一が切られ役の哲学を説明しだす。 その一方。 「視聴者からTV・映画出演なんて主婦の夢の一つよね。 ……華々しい銀幕デビューなんてしたら、団地の奥様方に自慢できちゃう~! けど、時代劇はそこそこ観てるんだけど、その時代の言い回しって良く知らないのよ……」 こっちの奥様は、テンション爆上げでなんだか変な感じになっていた。 『サイバー団地妻』深町・由利子(BNE000103)である。 「夜鷹として春を鬻ぎ月の晩に「ひときり」に斬られる犠牲者を演じます♪ Wナイトホークで邦画最高の興行収入を目指すわ!」 衣装や役の設定等は軽く打ち合わせてあったのだが、その宣言に、衣装助手がズッコケそうになる。 詳しくはツッコミませんが、ナイトホークてあなた。 いやまあそのままの名前の鳥の種類もあるにはあるのですが。 「お袋結構時代劇好きだからびっくりするだろうなぁ…… もちろんやるからには手はぬかねぇ! 全力で演じきってやるぜ!」 「憧れの三下演技、全力全壊で頑張るですよー」 時代設定に合うような眼帯を選びつつ『自称・戦う高校生(卒業予定)』柴萩 頼胤(BNE003335)が、初任務ながらも頼もしい宣言。その横で小道具としての忍者刀の説明を受けていた『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)が不穏な宣言。 壊しちゃダメですよ、竹光。 ● 「うっふん、そこのお武家さん……あちきとアダルティなナイトをエンジョイしません事?」 「カァッァアット!」 ● 「あーれ~」 「大変だよ! 由利太夫が! 誰か! 誰かきとくれっ!!」 宵闇に紛れ、悲鳴と共に血煙が上がる。 この界隈で近頃人の耳を騒がす狼藉者の噂を、然し二人の夜鷹は知らずにいた。 ――否、知らされなかったという方が正しかったのだろう。 狼藉者の噂は、その陰に尊皇攘夷を掲げた志士と佐幕の為に生命を賭した武士の衝突を隠すに適度。 町人が警戒するのは日々の暮らしを脅かす狂人のみで良いと、そう考えた者による情報の操作。 ――殺されるのは、女郎で良い。 後の始末には旦那を拐かされた女の恨みを買ったか、とでも書けば良いのだ。 「由利大夫! しっかりしとくれ! 目を開けておくれよぉ!!」 悲痛な声に、急ぎ足を向けた男たちの前で。 倒れた『百合太夫』に泣いてすがる『富太夫』の姿があった。 「お富! もう大丈夫だ、とにかく逃げろ!」 「あ、あんた――その二本の差物、まさか、あんたが噂の、双竜だったのかい……」 「……双竜、とは。おまえだったか」 昼に出会った青年の腰に提げられた二振りの太刀。それを見て、富太夫は驚きの声をあげる。 それまで無言を通していた『ひときり』の口から、初めて声が漏れた。 視線の先には一人の青年が立っている。 ――遠い昔に捨てた家族。名乗りを聞かずともわかる、その顔立ち。 「漸く、その御顔を拝見する事が出来ました……」 長きに渡って捜し求めた相手に、しかし視線を思わず伏せる『双竜』――拓真。 その視界に由利太夫の変わり果てた姿が映る。 あゝ、果たしてここに出会うは宿命(さだめ)であった。 逃れ得ぬ戰いの宿業がそこにあった。 「父上。いや……最早、父とは呼びませぬ。 ……今日、この場にてその凶刃。双竜の拓真が断たせて頂く」 その心情やいかに。搾り出される様に語られたその口上に、頭役が奥歯を噛み締める。 今でこそ町火消しの頭役であれど、だが若かりし頃はひときりと同じく侠客者――旧知の仲であった。其れが故に、誰よりも早く此度の下手人の正体に気付き、我が子同然に預り育てた双竜をこの事件から遠ざけようとしていたのだ。だがその心は通らず。 今、再会すべきでなかった父子が相対している。 握るはお互いの手ではなく、硬く冷たい人斬り包丁。 「この間の若造どもけぇ」 其時、非業の親子の間に割り入るは柳の如き痩身の『浪人崩れ』。 その男に浮かぶ貌(もの)は忠心でなく、唯己の腕を振るう機会を奪われては敵わぬと。 「旦那が出るまでもねぇでさぁ」 年輪の如く深く皺の刻まれたその顔に浮かぶは侮り。 長き年月で練られた己が剣を信頼すればこそ、男は若き彼らを低く見る。 「あァ! そりゃこっちの台詞だぜ!」 前に出たのは小火殺しの『虎壱』。 火消しではありながらもこれまで双竜と肩を並べて来た身である彼は、堂に入った動作で腰に構えた長脇差を抜き、逆手に構える。 「……悪ィが手前ェじゃ役者不足だ。双竜の代わりに、俺がここでブッた斬る!」 ひときりと双竜の邪魔をさせぬ事が己の役目だと考える虎壱には、浪人崩れからの出向きは寧ろ願っても無い事。ましてや、相手は手練れ。先日は遅れを取る羽目となったが――今日は違う。 強敵との戦いに口の端に笑みが浮かぶ。 「旦那に刃向うとは愚かな愚民共だ」 シュッと、ひときりの傍らに降り立つ影。 焦り焦りと間合いを計りあう二人を一瞥し鼻で笑うは、『ひときり』の部下の忍者『毒花』。 その手から投げつけられ、何も無い場所に向かったと見えたクナイはしかし、突如その空間に現れた女忍者の振るう忍者刀に弾かれ――毒花はにやりと笑う。 「ほうれ、あっし達を裏切ったお瑛の姿もありますぜ。 自分から斬られに来るとは良い心掛けだぁ」 「おのれ、毒花! わたしたちの邪魔はさせないよ!」 ――抜け忍『山猫お瑛』。 元々は『毒花』と同じくひときりの部下であったが、双竜との出会いで恋を知り――然れど、日陰者の己とは吊り合わぬと想いを秘めたままに影から彼を護る忍びの者。 二人の影が同時に空を舞い、そして交錯する。 ──キン、キーン! カーン! 硬質な音が鳴り響く。 浪人崩れと小火殺しが、非道の忍と情愛の忍が、それぞれの刃を打ち合わせる。 剣戟の奏でる鉄火場の合奏。その音色に誘われる様に、ひときりが己が得物を抜いた。 「おぉっと旦那が刀を抜いちまった! こいつぁ血を見るぜ、へっへっへっ」 次々と手裏剣とクナイを投擲してお瑛を牽制しながら、毒花が嗤う。 横目で見る必要すらない。 幾たびも幾たびも人を斬り続けたその一振りは、抜くだけで凄絶の美と恐怖を醸し出す。 今この時に『ひときり』が"現れた"のだと、その場にいる全ての物に知らしめる。 死したる由利太夫ですら、その身をびくりと戦慄かせた様にまで思える。 対する双竜が呼応し、父を斬るべく己が得物を抜き放とうとし、 「ガキは下がってろ! これは、俺とこいつの因縁だ!」 しかし、割り入ったのは江戸の町人を火災の魔の手から守り続ける『め組の頭』。 外道に落ちた父に代わり、双竜の拓真を今日まで育んだ親代わりの侠。 人を救い育む為に使われ続けた手が、人を傷つけ生きていたかつてに立ち返り長ドスを握る。 「っ、御頭……! 待って下さい、一人で相手をするのは無茶だ……!」 気色ばむ双竜だが、しかし割り込む事ができない。 ――その背が、余りにも力強く広かったから。 「てめえが、そうなっちまったのもわからないでもねえ。だが、俺の息子たちには手を出させはしねえ!」 それは紛れも無く父親の背。子の為に戦う時、それは何者よりも強くなる。 その筈なのに。 「── 御頭ぁっ!」 崩れ落ちる彼の姿を前に、双竜が見る世界は泥に覆われた様に鈍く見えた。 その瞬間、引き延びる時間の中で。 浪人崩れは虎壱の長脇差が、己の脇腹を吸い込まれる様に切り裂くのを確かに見た。 培った技術、地力の差。戦いを終始圧倒した彼は、その若造の得物を確かに弾き飛ばした。 夢にも思わなかったのだ。 逃げた筈の富太夫が、その長脇差を虎壱に向け蹴り返す等とは。 重ね続けた長き年月は、苦界の生を支えあった二人の女の絆が、死の恐怖を超えうる事を。 若者がその想いを受け取り、力に変える事を。 ――そんな事が有り得るのだと言う事を、忘れさせてしまっていた。 「……! ……っ」 心を磨耗させた男は、最期に何を思ったか。 声にならぬ吐息、最期の絶息。 足掻く様に蠢く手足。 それは、呆気なくは無く、さりとて迂遠でもない。ほんの一瞬の死の舞踊。 酷く生々しく、不思議と目を引く一つの終末を魅せ――男は絶命する。 糸が切れたように、すとん、と落ちて。 「ふふふ、見えまいこの機動! この攻撃! 色恋に現を抜かす貴様なぞ!」 幾たびも交差する二人のくのいち。 しかし周囲を気遣い戦うお瑛は劣勢を強いられていた。 毒花はそれを嘲り、大きく跳躍した後とどめの一撃を振り下ろす。 人の情、それを取り戻したがゆえの不利。 ――だが、人を縛るのが情ならば、人を強くするのもまた、情。 「わたしには守るものができたんだ! もうあの頃のわたしとは違う!」 ──キン! ガシュッ! 「そんな……馬鹿な!?」 何度目かもわからぬ交錯の後、崩れ落ちたのは毒花であった。 崩れ落ちる背を目にした刹那、思わず飛び込みそうになった。 だが堪えた。『もう一人の父』の思いを、無駄には出来ないから。 「双竜……虎壱……息子たちよ。お前たちは、俺達のように道を……間違うんじゃねえ……ぜ……」 二人を見据え、最期の言葉を残す男を、ひときりは冷たい目で見下ろしている。 だが、その右腕に突き刺さっているのは、侠が命を賭して振るった長ドスだ。 「だ、旦那たすけてくだせぇ……」 情けない声が響いた。 瀕死の重傷を受けながらも、尚生き汚く這いずる毒花だ。 忍の戦いに敗れ、最早忍者ですらなくなった女は、主に助けを求めてずるずると這い寄る。 その背を、ひときりの妖刀が刺し貫いた。 「ひぇぁえぁ!? ば、馬鹿な! あっしは……旦那の右腕……」 絶命する女を見下ろすひときりの目は、路傍の石を見るが如く。 だが、その動きは確かに、長ドスの一撃により鈍っている事が見て取れた。 「──いざ、参る……!」 (天涯孤独の身をなった俺を拾ってくれた人達が居た) 刃を抜く双竜。その刀にあやかしの力も、剣気にとりつかれた魔性もなく。 ただ抜き放った太刀の刃紋は鈍く光を跳ね返すのみ。 (ひときりの息子であっても変わらず接した友が居る) 父のなきがらを膝に抱き、涙を浮かべながらも、虎壱が力強く頷く。 (そして、俺を慕ってくれる者の存在も……) 既にお瑛の姿は見当たらない。だが、傍に居るのだと――見えずともそれが分かる。伝わってくる。 青年は過去と決別し、今を選ぶ。 閃いた二振りの太刀はまさに──未来を切り開く勝利の剣!! ● 『……おさらばです、二人の……父上』 じじじじじ、という規則正しい音が一秒に24回。 フィルムの陰影を通り抜け、銀幕に映し出される拓真の顔。 やがて騒ぎを聞きつけた火消したちがどやどやとやってくるのを映しながら画面は暗くなり――キャストロールが流れだした。 『浪人崩れ』 ・・・ 御堂・偽一 『富太夫』 ・・・ 丸田 富子 『由利太夫』 ・・・ 深町・由利子 『毒花』 ・・・ 烏頭森・ハガル・エーデルワイス 『山猫お瑛』 ・・ ・石 瑛 『虎壱』 ・・・ 柴萩 頼胤 『め組の頭』 ・・・ ソウル・ゴッド・ローゼス 『双竜の拓真』 ・・・ 新城・拓真 『ひときり』 ・・・ 最後の行に書かれていたのは、多くの観客には見覚えがなかったが――偽一は僅かに視線を下げた。 「あの『ひときり』……もしかして『上意討ち千一夜』や『成敗!!』に出てただろ? うろ覚えだけどあの立ち回りやしぐさ覚えてるよ……何かに一生を捧げた男ってのはイカすよねぇ」 (大丈夫、アンタの演技は……アタシだけじゃない、きっと多くの人の心に残ってる) もう一人、心当たりを持っていた富子が、感極まった声でスクリーンを見つめている。 「私の演技……どうでしたかっ!」 何故かキラキラと輝いたような様相で生麦に駆け寄り、由利子が尋ねる。 「中学生くらいの男の子もこういうのから色々芽生えるって聞いたわ。 やだもう、劇場のお父様方を釘付けにしてしまうかも?」 「それ何処情報だ?」 倒れるだけの役だったはずが、胸元が見えるか見えないかくらいに露だったあたりで現場の一般男性陣は大変だったらしいとは耳にしていたものの、関西人の宿命として思わずツッコミを優先して入れる生麦。 魅了されるまいと、何故か、そうなぜだか前かがみになっている生麦に、プロデューサーが声をかけた。 「鶴見ちゃーん、これ、エキストラのシーンじゃなかったの?」 「……細けぇことは気にするな!」 『制作』 ・・・ ARK <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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