●Fortune knocks once at everyone's door. (幸運はだれの門も一度はたたく) ――アメリカのことわざ ●ワンダービースト・イズ・ワンダリング どこかの世界の、どこかの場所。 『彼』はこの日も巡り続けていた。 幾多の次元の壁を超え、幾多の世界を巡る。 『彼』の目的は誰にもわからない。ただ、彼が訪れるのを待つ者は様々な世界に存在する。 そして、彼がこれから通り過ぎるのも、そんな彼の訪れを待つ者のいる世界の一つ――青き惑星。 ●ハンター・シークス・ワンダービースト 2011年 某県 某所 とある港の倉庫街の一角。それなりに真新しい倉庫の前に来ると、三宅令児はスライド式の扉を片手で開けた。 「『キュレーター』のヤツがまた珍しいモンを欲しがった――つことで、アンタへ直々の指令だ」 令児は倉庫の中へ向かって声をかけた。倉庫の中は改装されており、床には絨毯、壁には暖炉、そして天井付近には鹿の剥製が飾られている。中央に置かれたテーブルはオーク製で、付近の棚には何本かのワインが保管されている。 それだけならば、まるで古風な欧州の家屋を思わせる部屋だが、室内にはおよそ地球には存在するとは思えない奇妙な生き物の剥製も所狭しと並んでいた。 そんな剥製の数々の向こうに見えるドアが開くと、一人の青年が現れる。その青年は気さくな調子で右手を軽く掲げて挨拶をすると、令児へと歩み寄った。 「わざわざすまないね。まぁ、入ってよ。今、お茶淹れるからさ」 革張りのソファに令児が腰かけると、ほどなくして先程の青年が木彫りのコップを手に現れる。 「ほい、お茶ね。それはそうと、寒くなってきたね」 青年の世間話に込められた意図を察したのか、令児はすぐ近くにあった暖炉に異能の力で火を灯す。 「ありがと。自分で振っといて言うのもなんだけど、実に贅沢な着火法だよ」 青年がやはり気さくな調子で屈託なく笑うと、令児も微かに笑って手を軽く振る。 「いいってことよ。それよりも、良三――お前にコイツを渡すのが俺の用事なんでね」 青年――良三は蝋で封がされた封筒を受け取るも中身を読まず、令児に直接問いかけた。 「で、オレに用って何? 『キュレーター』直々の指令なんだろう?」 その問いかけに、令児は木彫りのコップに注がれた茶を飲み干してから答える。 「『キュレーター』が珍しいモンを欲しがるのはいつものことだがよォ、最近はちィとばかし事情が違うらしくてなァ、あの野郎……最近はアーティファクトは勿論、アザーバイドにも凝ってるらしくてよ」 茶を飲み干したコップをテーブルに置くと、令児はなおも続けた。 「どうやら――今回、アイツが欲しがってるのはアーティファクトじゃなくて、とあるアザーバイドだ」 それだけ言うと、良三は事情を察したのか、一度頷いてから口を開く。 「なるほど。自分の意思があって動いているものなら、オレの専門分野だな。で、今回は何を狩ればいい?」 そう問いかけられると、話が早いとばかりに令児は間髪入れずに答えた。 「雪降る月夜の幻獣フロステューン――そう言えばわかるよなァ?」 令児の口からその名前が出た途端、良三の表情が驚きで激しく動く。 「よりにもよってあれか……またトンデモないものを欲しがったものだよ、あの人は。確かに……今年の12月24日の夜は天気雨に近い天気の場所があるらしいけど。だからって、あれを捕まえろっての? いくらなんでも無茶振りが過ぎるよね」 良三は苦笑と困惑がない交ぜになった表情で肩をすくめてみせた。 「ああ、全く持って同感だがよォ、俺としちゃああの野郎の無茶を聞いてやらないといけねェ理由があるんだよ……」 言いにくそうに令児が言葉を濁したのに何かを感じ取ったのか、良三は令児へと問いかけた。 「『キュレーター』の機嫌を損ねれば……『あの子』が危ないからかい? だからこんな割に合わない頼みを引き受けて、それを実行する為に協力者を探していると?」 令児は何も答えない。だが、その沈黙が何よりの肯定となっているのを良三は見逃さなかった。 「やっぱりそうか。なら、オレが協力を拒んでもオレ自身には何の害も無いワケだ。別に『あの子』がどうなろうと、極端な話オレには痛くもかゆくも――」 そこまで良三が言いかけた瞬間、突然空間を迸った真紅の一閃が彼の言葉を強引に中断させる。 「……良三。俺はアンタを消し炭にしたくはねェ。だから、わかってくれ」 見れば、令児の手先には真紅の火炎が生まれていた。だが、その光景と令児の剣幕にも、良三には動じた様子はない。むしろ、飄々とした調子で右手を掲げ、自分の右斜め上を示してみせる。 それを受けて令児は視線をやると、事情を理解した様子で力を抜く。 令児の視線の先には、真紅の炎がゆらめきながら空中に停止していた。よく見ればその炎は、まるで顎のような形をした鉄製の狩猟道具――トラバサミによって空中で『捕まっている』のだ。 その不可思議な光景を令児が見て取ったのを確認したのか、良三はすまなそうに苦笑する。 「ごめん。今のはオレの腕が鈍ってないか確かめる為にハッパをかけただけ。そうでもしないと、令児は本気でオレに力を振るってくれないからさ――でも、そんな気は更々ないとはいえ、あんな事を言って悪かった」 それを聞いて令児はほっと息を吐くと、右手を軽く振って、空中で『捕まっている』火炎を消す。火炎が消えた直後に良三も右手で何もない空間を摘んでめくる動作をすると、左手でトラバサミを掴んでどこかへと消し去る。 「いいよ。令児の頼みなら引き受けたげるよ。ってかさ、その為に俺の腕が鈍ってないか確かめたんだし。ほいじゃ、手伝ってくれそうな連中を集めて、ちょっくら狩りに行ってくる!」 ソファから立ち上がってそう言うと、良三は令児に笑いかけた。 ●ワンダービースト・オブ・ムーンリィット・アンド・スノウィ・ナイト 2011年 12月24日 アーク、ブリーフィングルーム 「今回の任務もアザーバイド絡みなの」 アークのブリーフィングルームにて、真白イヴはリベリスタたちに告げた。 「とあるアザーバイドを狙って、最近暗躍しているフィクサード集団――キューレーターズギルドのメンバーの一人が現れるから、それを撃退してほしいの」 何か意味ありげなイヴの前置きにリベリスタたちが表情に疑問符を浮かべると同時、彼女は続きを告げた。 「そのフィクサードが狙っているのは、雪降る月夜の幻獣フロステューン。12月24日、それも満月でありながら雪が舞う珍しい天気の日の23時から24時のたった一時間だけ現れるという幻のアザーバイド」 その言葉にリベリスタたちの何人かが興味を惹かれたのを見て取ったイヴは更に続けた。 「透き通った氷の身体に純白の霜のたてがみ、そして氷柱の角を持ったユニコーンのような姿をしているとされ、その姿を見た者には幸せが訪れると言われているわ」 やはりいつも通りの淡々とした調子のイヴの声。しかし、この時ばかりは少しばかり熱が入っているようにも思える。 「12月24日の夜の一時、しかも満月と降雪が重なる極めて珍しい天気の時にしか現れないアザーバイドで、普通は見られない存在だけど、今日――今年の12月24日は横浜市のごく一部の地域でその天気になるっていう予報が出ているの」 そこでイヴは一拍置くと、リベリスタたちがおおよその事情を理解するのを待って、話を再開した。 「そしてこれがその場所」 そこまで告げると、イヴは端末を操作して粗い画像――フォーチュナが見た予知の映像を投影する。映像にはビル街の合間に作られた公園と思しき場所が映っており、綺麗に整えられた芝生が茂る小さな丘のような隆起が特徴的な場所だ。 「今回、フロステューンを狙ってくるのは狩矢良三(かりや・りょうぞう)というフィクサード。彼はアザーバイドを狩ることを専門とする異能者で、空間ごと捕えるトラバサミのアーティファクト――『ホールディーズ』を使いこなすから気をつけてね」 イヴが説明する傍らで、ブリーフィングルームのモニターにはトラバサミを持った青年が映し出されていた。 「狩矢以外にも彼が集めた仲間が狩りをサポートするみたいだから、そっちの集団への対処もよろしく」 すると今度は狩猟用ライフルを持った男たちが映し出される。そのいでたちはまさしく現代のハンターそのものだ。 「フロステューンは次元から次元を駆け抜け、様々なチャンネルの異世界を巡るアザーバイドで、害は全くないわ。本来ならば、アークが介入する事ではないのだけれど、フィクサードが出てきた以上、彼等の手に渡すわけにはいかないわ」 そこまで説明すると、イヴは歳相応の子供らしい表情でリベリスタたちに告げた。 「それに、あんなロマンティックな存在を捕まえさせたくなんてないじゃない。第一、フロステューンには何の罪もないしね。ということだから、協力――してくれるかしら?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常盤イツキ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月10日(火)23:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●ワンダービースト・カミング・トゥ・タウン 2011年12月24日。恋人たちにとって特別な日、横浜市の一部では極めて珍しい天候が観測されていた。 月夜でありながら雪が降り注ぐ不思議な空。空を舞う雪に月光が反射し、何とも幻想的な光に満ちた光景の中、フロステューンはこの世界へと訪れた。 市内のとある場所にある公園。木々の影の中に絶妙な光加減で差し込んだ月光。雪による反射で影の中に飛び地のごとく届いた銀光は、まるでスポットライトのようにただ一点だけを照らしている。 月光のスポットライトの円に透き通った氷の蹄が触れたのも束の間、次の瞬間には氷の身体に霜のたてがみ、そして氷柱の角を持った幻獣が降り立った。 ●バスター・オブ・ハンター 「見事だ……流石はフロステューン。獲物にとって不足はないッ!」 その光景を見ていた狩矢良三はフロステューンが四足を完全についた瞬間を狙い、傍らの空間ポケットから取り出したトラバサミ――『ホールディーズ』を投げつける。 フロステューンは突然の攻撃に気付くのが一瞬遅れたせいで、逃げるのが間に合わない。投じられた『ホールディーズ』が空中で開き、幻獣に喰らいつこうと襲いかかる。 だが、フロステューンに炸裂する寸前、『ホールディーズ』はまるで見えない壁にぶつかったかのように弾かれ、地面に転がる。 「おっと、アンタに狩らせやしないぜ?」 近くの茂みから歩み出るなり、『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)は良三へと語りかけた。彼が彼が不敵な笑みを浮かべるとともに、フロステューンの周囲の空間が月光を反射して光る――彼の守護結界による防御陣だ。 「あなたの好きにはさせません!」 直後、同じく近くの茂みから飛び出した『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が戦太刀をジャンプしながら振り上げ、一足飛びに良三に接近すると同時に振り下ろす。 だが、刀身は良三を捉えることはなく、瞬間的に出現した『ホールディーズ』に挟まれ、甲高い金属音を立てて受け止められる。 「ガードがあるのは自分たちだけとは思わないことだね」 余裕の表情で囁きながら、良三が指を鳴らすと新たな『ホールディーズ』が出現し、空中で隙だらけになった舞姫の右腕へと喰らいつく。 「すぐに戦線離脱して治療してもらった方がいい。ソイツはメタルフレームの四肢ですら挟み砕く握力を発揮する――」 やはり余裕を見せながら言う良三。だが、舞姫はそれ以上の余裕が滲む表情で笑うと、良三の脇腹に全力で蹴りを叩き込み、彼を怯ませるとともに反動で、挟まった戦太刀を引き抜いた。 「何……だと……?」 予期せぬ事態に驚愕し良三は、今もメキメキと鈍い軋み音を立てながら『ホールディーズ』に右腕を締めつけられているにも関わらず平然としている舞姫を凝視する。 「残念、そちらはハズレです」 小さな笑みとともに舞姫は平然と右腕を外し、『ホールディーズ』に挟まれたままのそれを近くに投げ捨てる。 「義手……だと……!」 事態を理解した良三が次の行動に移るまでの僅かな隙を逃さず、新たに二つの影が動く。 「行くぜ! 玲!」 「うん! 静さん!」 樹上から飛び出した『駆け出し冒険者』桜小路・静(BNE000915)と『天翔る幼き蒼狼』宮藤・玲(BNE001008)の二人は阿吽の呼吸で互いのタイミングを合わせると空中で、静は鉄槌を構え、玲は利き脚を引いて蹴りの準備動作に入る。 「……参りましょう」 静と玲の二人が空中で構えを取ると同時に、潜んでいた状態から歩み出、『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)は臨戦態勢に入り、猫耳をピンと立てて茨姫のページを捲る。 「雪の舞う月夜を駆ける氷の幻獣……凄いね……物語の中にしかないと思ってた不思議が、いっぱいあるんだね……。彼が駆ける静かな夜を護る為に……頑張る……」 櫻子に続き、『ルーンジェイド』言乃葉・遠子(BNE001069)も歩み出ると、彼女も同じように手にした書物のページを捲る。 「アザーバイド専門の狩人、ね。こういう状況じゃなければ色々聞きたいこともあったんだが。今は、ただの敵だ。このアザーバイドが防衛対象であるようにな」 落ち着いた声音で呟きながら、『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)も二人に遅れず姿を現す。 「覚醒者ならいくらでも金儲けの手段があるだろ。世界に迷惑かけんな。世界を崩壊に導くフィクサードは、正義の使徒ラヴィアンがぶっとばす!」 瞳とは対照的に感情の迸る声音で高らかに宣言しながら現れたのは『突撃だぜ子ちゃん』ラヴィアン・リファール(BNE002787)だ。 「また、ぞろぞろと」 良三が呟くのと同時に彼女たちは三者三様の方法で自らの能力を発動させた。魔法の矢に光条、魔力弾、そして気糸が良三へと一斉に襲いかかる。 しかし、それに反応するように良三の傍らから敵の攻撃の数と同じ『ホールディーズ』が湧き出るように出現し、それぞれの攻撃に向かって喰らいつかんと襲いかかる。 「言ったろ? ガードがあるのは自分たちだけとは思わないことだね――って?」 複数の敵からの攻撃にも冷静に反応する良三に、舞姫は不敵な笑みを浮かべながら語りかけるとともに、戦太刀を横薙ぎに叩きつける。 「言ったでしょう? あなたの好きにはさせません――って?」 良三の口調を真似ながら、舞姫が振るった刃にも『ホールディーズ』は反応し、自動的に受け止める。だが、それとは裏腹に良三は相手の意図を悟り、焦燥で歯を軋らせる。 「……ッ! 同時攻撃か……!」 確かに櫻子たち四人の攻撃と舞姫の一撃は防がれた。だが、全く同じタイミングで遠近同時に放たれた攻撃の数々に良三が対応できたのはそこまでだった。 「今だ! 玲ッ!」 「決めるよ! 静さんっ!」 卓抜した身体能力で樹上から高く飛び上がった静と玲は絶妙のタイミング、即ち良三の防御が手一杯になった瞬間を狙い、寸分違わぬ頃合いで鉄槌の一振りと、蹴りの一撃を良三へと同時に叩き込む。 「が……はっ!」 凄まじいインパクトを胴体に受けて、良三は肺の空気を吐き出しながら後方へと吹っ飛ばされる。 ●クラック・ザ・トラップ 「こんな綺麗な夜に狩りだなんて、野暮ってもんだろ? 風邪ひかないうちに帰るがいーぜ!」 撤退を促す静の声が公園に響き渡る中、芝生の上を転がった良三はゆっくりと起き上がった。そして、静たちを見渡しながら、ゆっくりと呟く。 「どうやらナメてかかっちゃいけない相手みたいだね」 その呟きが終わるか否かのうちに、良三の傍らの空間から無数の甲高い金属音が聞こえてくる。やがて無数の金属音は重なり合って大音響となり、夜の公園に響き渡る。その音は、まるで顎を動かし、牙を打ち鳴らすようだ。 金属音が響く中、良三は再び静たちを見渡すと、どこか憐れむように言った。 「好き放題やらせたコイツらは、加減を知らないからな――俺はもう、知らないぞ?」 良三の言葉から何かを感じ取った瞳は、咄嗟に彼をスキャンする。そして、驚愕と焦燥に顔を微かに引きつらせる。 「気をつけろ! 空間ポケットの内部……とんでもない量がひしめている……!」 瞳のその言葉が引き金となったかのように、良三の傍らの空間から一瞬のうちに大量の『ホールディーズ』が溢れ出す。溢れ出した『ホールディーズ』の数々は群れを成して静たちへと襲いかかった。 「……うっ!」 大量の『ホールディーズ』の一つが玲の尾へと喰らいつく。そのダメージで一瞬、動きが鈍った玲を逃すまいと、別の『ホールディーズ』が大挙して玲へと殺到する。 「玲ッ!」 それを察知して静は渾身の力で芝生を蹴った。大幅な跳躍で一足飛びに静の至近距離まで行くと、彼を抱きしめるようにして『ホールディーズ』の群れから庇う。 「玲、大丈夫か?」 「う……うん。でも、静さんが――」 助けられた玲が逆に心配するのももっともだった。玲を庇った静は無数の『ホールディーズ』に喰らいつかれ、身体の至る所を挟まれている。その光景は、あたかも川に落ちた獲物にピラニアが群がるようだ。 他の仲間たちも必死に『ホールディーズ』の群れに応戦しているようだが、数に任せて襲ってくる相手を前に苦戦を強いられ、じょじょに手や足をホールドされていく。 そして、『ホールディーズ』の群れが襲いかかったのは静たちだけではなかった。守護結界の中にいるフロステューンにも顎を開き、飛びかかったのだ。一発ならば防げたとしても、数多くの攻撃を連続で受けては防ぎきれない。先程は『ホールディーズ』を受け止めた守護結界も、無数の『ホールディーズ』による総攻撃を受けて、遂に決壊する。 「クソッ……そう簡単に狩らせてたまるかよ!」 結界の決壊に気付き、すぐさまフツは結界を再生しようとするが、やはり彼にも『ホールディーズ』は群がっており、かろうじて致命打は防いでいるものの、彼の身体は傷だらけだった。 それでもフツは防御の合間を縫って結界を再生するべく印を結ぼうとする。しかし、その瞬間を逃すことなく喰らいついてきた『ホールディーズ』への対応がほんの一瞬遅れたばかりに、彼は右腕に深々と喰らいつかれ、右腕を封じられた。 「ヤベェ……これじゃ、印が結べねぇ……」 印を結ぶ動作を邪魔され、右腕を封じられたフツは形を変えて新たに印を結び直そうとする。だが、間に合わない――。 「罪の無い奴を狩らせるかよっ!」 一瞬で状況を判断して意を決すると、フツは躊躇なく身を躍らせた。右腕を封じられたままフロステューンの前に飛び出すと、襲いくる『ホールディーズ』の群れを全身で受け止める。 手足を折られんばかりに挟まれ、肩口に牙のような突起が刺さるダメージで霞む意識の中、フツが死を覚悟した時だった。 「フツさん……!」 フツにとどめを刺そうと襲いかかってくる『ホールディーズ』の数々が、横合いから飛来する魔法の矢で次々と撃ち落とされていく。消え入る寸前の意識で何とか踏みとどまったフツが見たのは、書物を抱えながら必死で走ってくる遠子の姿だった。 (言乃葉……助かったぜ。そういや……どうしてトラバサミが取れてんだ……?) 遠子は素早くかけよってフツの身体を支えると、ダメージのせいでうまく回らない頭で浮かべたフツの疑問に答えた。 「櫻子さんが……」 それを聞いて、フツが櫻子の方に視線を向けると、彼女から暖かく明るい光が溢れている。 「足枷は外させて頂きますわ……」 櫻子の放つ神々しい光を浴びた瞬間、『ホールディーズ』が自動的に開き、地面へと落ちていくのを見ながら、フツは少しずつ気力を取り戻し、何とか体勢を立て直す。 かろうじてだが、確かに自分の足で立つとフツはフロステューンを庇うように遠子と並ぶ。 力を取り戻したのはフツだけではない。静や舞姫たちも縛めを解かれ、攻撃の準備動作に入っていた。 「みんな、行きますよ!」 そして、舞姫の合図で再び放たれる同時攻撃。 「だからもう、知らないぞ? 全部防がれた挙句、群がられて死ねよッ!」 だが、良三も負けてはいない。舞姫たちの一斉攻撃に反応し、彼の傍らの空間が開く。垣間見えた空間ポケットの中では、大量の『ホールディーズ』が顎と突起をやかましく打ち鳴らしながらひしめている。 「『ホールディーズ』破れたり! わたしたちの勝ちです――ラヴィアンさん!」 威勢の良い舞姫の声に呼応し、ラヴィアンが声を上げた。 「みんな、アレいっくよー! 俺のターン! うりゃりゃー!」 大量の『ホールディーズ』を一斉に放出しようと空間ポケットを開いた瞬間、ラヴィアンの掌中で炎が生まれる。完璧なタイミングでラヴィアンは炎を放ち、それを空間ポケットの入口へと放りこむ。 次いで訪れた爆発に公園全体が大きく揺れる。空間ポケット内で炸裂した爆炎は、密閉空間という状況によってその威力を倍加させて荒れ狂い、その結果として空間ポケットを内部から爆裂させたのだ。 「何……だと……!」 驚愕に目を見開く良三の視界を月光を反射して鈍く光る欠片の数々がまるで粉雪のように舞っていく。それが爆破された『ホールディーズ』の破片であるのを良三が理解するのと同時、ラヴィアンが彼に語りかける。 「そろそろきつくなってきたんじゃないか?そっちがおとなしく退くなら、このへんで終わりにするんだけど」 ●インタールード 同時刻。舞姫たちが良三と戦っている隙をつくようにして、四人のハンターが別方向からフロステューンに接近していた。ハンターたちは手にしたライフルの射程内まで接近すると、フロステューンに銃口を向ける。そして、トリガーに指をかけ――。 「悪いな、手加減は苦手なんだ」 ライフルのトリガーが引かれるよりも早く、ハンターに向けて放たれた何本もの気糸が彼の身体に絡みつき、がんじがらめに縛りあげる。気糸はそのままハンターを締め上げ、彼はライフルを取り落とした。 「隙だらけにも程があるぞ」 そう言いながら『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)が歩み出る。 突然の攻撃にハンターの一人が泡を食いながらもライフルの銃口を向ける。だが、彼は発砲するよりも早く、彼の後ろに忍び寄った何者かによって首を掻き切るような一撃を受ける。 「雪夜の幻燈、消させるわけにはいかないのですよ……!」 倒れるハンターの後ろから現れたのは『ごく普通の文学少女』井上 良子(BNE002771)だ。 残る二人のハンターもライフルを構えるが、一人は符術で作り出された式神の鴉による攻撃を、一人は高速の斬撃による攻撃を受け、やはり彼等もついぞ発砲することなくその場に倒れる。 「これで手下は全部だね」 倒れたハンターたちの人数を確認しながら『』四条・理央(BNE000319)が仲間たちに問いかける。そして、それに答えたのは『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)だ。 「ええ。ひとまずこちらは未然に防げましたね」 刀身を振るって血糊を払いながら、孝平は仲間たちに向けて言った。 ●シー・ユー・アゲイン・ワンダービースト 「あなたの戦い方、単なる欲得でフロステューンを狙っているようには見えません。理由を……教えてください」 保有していた『ホールディーズ』を破壊され、しばし睨み合いのみを続けていた良三に何かを感じ取り、舞姫は問いかけた。 「私事だよ」 目で更に問いかけてくる舞姫の視線に強い意志を感じ取ったのか、どこか観念したように良三は答えた。 「友達の大事な人を守る為に、とある人の機嫌を損ねるわけにはいかない――言えるのはここまで」 そこまで答えると、良三は自嘲的に笑う。 「守る為、か……フィクサードが何を言っているんだろうな」 その言葉を聞くなり舞姫は、強い意志を声にも滲ませて言い放った。 「大切なものを守りたいという気持ちに、フィクサードもリベリスタもありません!」 舞姫の言葉にほんの微かな笑みを浮かべると、良三は彼女に背を向けた。 「今日は君らの勝ちってことで。狩りは引き際が肝心だからね」 背を向けたまま軽く手を振って、良三は去っていこうとする。その背に向けて今度は遠子が声をかけた。 「あの、もし、本当に何か困った事があって、助けが必要だったら……アークに連絡下さい……フロステューンの幸運が貴方にもありますように……」 それには答えず、良三は去って行った。 「ま、なにはともあれ、無事に終わったようだな」 仲間のリベリスタだけではなく、フィクサードであるハンターたちも含めて怪我の治療をして回っていた瞳が、投降したハンターたちを連れて近付いてくる。 舞姫たちが無事戦いを終えた安堵感に浸っていると、時計のアラームが24時を告げる。それを感じ取ったフロステューンは霜のたてがみを振るい、それを擦り合わせて綺麗な音を鳴らすと、空を見上げて蹄を踏み出した。 それに気付き、フツはフロステューンに声をかける。 「せっかくこの世界に来てくれたのに、怖い思いをさせちまってすまなかったな。 良かったら、また遊びに来てくれよ。今度はアーク本部に直接くるといいぜ。みんなで歓迎する」 フツの隣で遠子もフロステューンを見つめながら優しく声をかけた。 「せっかくの夜を騒がせてごめんね……。また来てね……フロステューン……」 粉雪に反射することで光条が見える月光にあたかも道にそうするように、踏み出した蹄を乗せると、フロステューンは空に向けて歩き出す。 「綺麗だな」 「うん」 二人並んでそれを見上げながら、静と玲は短く言葉を交わす。 「はぅ、これでお仕舞いですね……」 良三とフロステューンが去って行き、戦いが終わったのを櫻子が確信すると、立てていた猫耳が垂れ下がる。ほわわんとした雰囲気を醸し出しながら、彼女は茨姫をぎゅっと抱きしめる。 「来てくれて、ありがとう」 空を見上げながら、舞姫は微笑みとともに呟く。 「見れたら幸せになるって言うし、願い事でもしてみよう」 フロステューンを見送りながら、ラヴィアンが言う。 「良い事、ね。アザーバイドだろうがフィクサードだろうがこの顔をどうにかしてくれるのならなんだっていいさ」 隣でそう呟きながらも、瞳も空を見上げている。 「『世界が平和になりますように』――叶うといいなあ」 空高く、月光の道を駆けるフロステューンを見上げながら、ラヴィアンは呟いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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