● A willing mind makes a light foot. (思うて通えば千里も一里) ――アメリカのことわざ ●スウィートハート・フロム・オーヴァー・ザ・ディメンジョン 2006年 神奈川県 相模大野 駅の周辺はクリスマスツリーやそれに類するイルミネーションによって、夜だというのに明るく照らされていた。そうした駅の一角、屋根は無く星空を見上げられる場所にて一組男女が向き合っていた。見た所、二人ともまだ子供といえるようなあどけなさを残している。歳の頃は十五歳かそこらだろう。 二人はしばし見つめ合った後、そっと顔を近付け合う。しかし、恥ずかしさの為なのか、どちらからともなく頬を赤らめ、顔を逸らしてしまう。 まだキスもできないほどに純情な二人は、まるで申し合わせたように互いに差し出した手をそっと握り合うだけに留めると、しばらくして名残惜しそうに手を離す。 少女の方は我慢しきれなくなって流した涙を、少年の方はそっと指で拭うと、小さな声で何かを告げる。そして、小指を少女に向けて差し出した。 それを見て、少女も涙を堪えると小指を差し出す。そして、二人は言葉を交わした後、互いの小指を絡めた。 やがてそれも終わると、少年はもう一度だけ少女に微笑みかける。そして、背中を向けるとどこかへと歩み去っていった。 ●リリィフェイス・ビーストハート 2011年 某県 某所 「……泣かせる話じゃねェか」 今回の集合場所およびブリーフィングルームに指定された場所――某所に建つ廃ビルの一室で、三宅令児は蝋で封がされた封筒の中身に目を走らせた後、自らの異能によって書類を持つ手から炎を生成し、書類を持ったまま焼却する。 彼以外にもキュレーターズギルドのメンバーには連絡が行っている筈だが、集まりはそれほど良くはなかった。令児以外に全く誰もいなかったわけではないが、残った面々も集合した時に渡された封筒の中身――指令書を読了した途端に興味をなくしたのか、早々に不参加を告げて退室していったのだ。 連絡役にして指令書を渡す役目を担っている人物も既に退室し、廃ビルの一室には令児だけが残されていた。一人になった部屋で、埃だらけの壁によりかかる。 「まァ、この件ばかりはギルドの連中が手を出さないに越したことはねェわナ」 どこか安堵したような顔でほっと息を吐くと、令児は自分も廃ビルの一室を後にするべく、寄りかかっていた壁から身体を起こすと、手についた書類の燃えカスや煤を軽く掃う為に窓際へと向かった。 窓から出した手を軽く叩いて令児が煤を払っていると、やおら誰かが背中から彼に抱き付く。急に抱きつかれて驚く令児の鼻孔を百合の香りがくすぐり、長くしなやかなブロンドの髪が頬や肩口を撫でる。 芳香と髪に加え、柔らかく丸みを帯びながらも、細くすらりとした腕と豊満な胸の感触で、背後にいるのが誰なのか気付いた令児は、その相手を振り向くこともしなければ、振りほどくこともせずに声をかけた。 「リィス。お前も来てたのか」 すると、背後からくすりと笑う声が聞こえてきたのに少し遅れて、蠱惑的で心地良い美声が令児の耳朶を打った。 「嬉しいわぁ、令児。私だって一発でわかってくれて」 並の男ならばそれだけで失神してしまいそうな美声にも関わらず、令児はそれに苦笑を返しながら平然と応える。 「お前がつけてる百合の香水の匂いは特徴的過ぎるんだよ。それに、いきなり後ろから抱きついてくるような女の知り合いはあまりいないんでね」 満足したのか、相手が自分に絡めた腕をほどいたのを見計らって、令児は後ろを振り返る。彼が振り返った先に立っていたのは一人の若い女性だった。 身長は女性にしては高く、平均的な男性よりも少しばかり長身だ。手足はすらりとして細長く、折れてしまいそうな印象も受けるが、それとは対照的に胸は豊満であることが伺える。 生え際を中央で分けて左右に流したブロンドの髪は腰までの長さがあり、綺麗に纏まった上質な髪はまるで絹織物のようだ。端正な顔立ちは東洋人的な印象と西洋人的な印象がうまい具合に調和しており、独特の美しさがあった。 まるでモデルのような容姿ゆえに、その女性――リィスは黒のハイネックセーターにブルージーンズというシンプルな服装ながら、えもいわれぬ華やかさを放っていた。 「一体どうしたんだ? 普段からあまり来ねェお前が遅くにとはいえ来たことも驚きなら、とっとと帰らねェことも驚きだぜ」 令児の問いかけにリィスは再びくすりと微笑み、細く綺麗な人差し指と中指で挟んだ封筒を掲げて見せる。 「今回は面白そうだと思ったから、それにこの指令書に載ってる男の子、カワイイしねぇ」 その回答を半ば予想していたのか、令児は特に驚いた風もなく、少しばかり肩をすくめつつ言った。 「言うと思ったぜ。そんなに欲しいなら俺の腕なり首なりをカプっとやればいいもんなのによォ」 令児の言葉にリィスはくすりと笑うと、艶やかな仕草で令児の腕に自分の両腕を絡ませる。そして、長身をほんの少しだけかがめて令児の耳元に口を近付けると、微かな吐息とともに囁く。 「そんなことをしたら、令児の大事な『あの子』が哀しむもの」 そう囁いたリィスがぽってりとした艶やかな唇を歪めて笑みを浮かべると、唇の合間から鋭利に発達した一対の犬歯が覗く。 「そいつはありがてェこった。だが、お前にしてみれば、他の女が哀しむのは別に良いわけね」 苦笑する令児に相変わらず微笑みかけてていたリィスは、やがて満足したのか絡めた腕を解いて廃ビルの一室を後にする。その背を見つめるともなしに見つめながら令児はため息を吐いた。 「……せめて今回くらい、いくらか大人しく暴れてくれよ。大怪獣の嬢チャン――」 ●プロミス・フロム・ファイブ・イヤーズ・アゴー 「今回はアザーバイド関連の件で集まってもらったの」 アークのブリーフィングルームにて、真白イヴはリベリスタたちに告げた。 「といっても、渦中のアザーバイドが何か事件を起こすというのではないけれど」 何か意味ありげなイヴの前置きにリベリスタたちが表情に疑問符を浮かべると同時、彼女は続きを告げた。 「五年前、一人のアザーバイドがこの世界を訪れた。といっても、崩界を助長するとか何かじゃなくて、ただ調査に来ただけ」 その言葉にリベリスタたちの何人かが興味を惹かれたのを見て取ったイヴは更に続けた。 「そのアザーバイドは心身ともに人間にかなり近い構造をしてて、こっちの世界にも人がいるかどうか気になって見に来ただけの友好的な存在。それで、そのアザーバイドはその時に出会ったこっちの世界の少女と恋に落ちたの」 やはりいつも通りの淡々とした調子のイヴの声。しかし、この時ばかりは少しばかり熱が入っているようにも思える。 「そして、調査を終えたそのアザーバイドは帰り際に少女と約束したの。『五年後のこの日、またこの世界に会いに来る』――って」 そこでイヴは一拍置くと、リベリスタたちがおおよその事情を理解するのを待って、話を再開した。 「もうわかると思うけど、その約束の日っていうのが今日――12月24日」 そこまで告げると、イヴは端末を操作して粗い画像――フォーチュナが見た予知の映像を投影する。 「この話をどこかで嗅ぎつけたのか、最近暗躍しているフィクサード集団――キューレーターズギルドが動き出したみたい。連中の一人が件のアザーバイドを拉致する予知が見えたわ。アーティファクトではないけど、人間に似たアザーバイドを珍しがってるのかもしれない」 イヴが説明を終える頃には映像も佳境に入っていた。件のアザーバイドと思しき青年とその周囲の光景が映し出される。そして、その映像を目の当たりにしたリベリスタの何人かが息を呑んだ。 青年の周囲は滅茶苦茶に破壊されていた。アスファルトが割れ、クレーターが穿たれた道路。叩き折られた電柱に、ひっくり返された自動車――まるで怪獣が暴れたような光景がそこにあった。 その連想を裏付けるかのように映像が転換すると、そこに映っていたのは数メートルはあろうかという漆黒の巨躯とそれを覆い隠さんばかりに幅広い同色の翼、大木のように太い尾と大岩のように無骨な角を有する獣だった。 「この魔獣――彼女が今回の敵、リィス・アンフルール」 イヴが映像の怪獣、否、魔獣を指さして『彼女』と称したことに何人かのリベリスタが驚くも、イヴ自信は平然と説明を続ける。 「彼女はアザーバイドの父親とフィクサードを母親に持つハーフ。普段は人間の姿をしているけど、戦闘時には父親譲りである魔獣の姿に変身できるわ」 そこまで告げて映像を止めると、イヴはリベリスタ一人一人の目を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。 「異界の存在を連中の手に渡すわけにはいかないというのは勿論あるけど……それ以上に、五年越しの想いを邪魔させたくはないし、彼が会いに来た少女を危険に晒すこともしたくはない。だから、力を貸して――くれるかしら?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常盤イツキ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月07日(土)22:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●ラヴァーズ・ビトウィーン・アース・アンド・アナザーワン 「あなたを狙っている悪い人……フィクサードがいます。フィクサードを迎え撃つ形で撃退して、あなたをお守りします。ここだと僕たちリベリスタは自由に戦えないので、一緒についてきてください」 『』七布施・三千(BNE000346) は駅の敷地内にある広場――五年前に再会を誓い合った場所にいた地球人の少女とアザーバイドの少年二人に話しかけた。 「このままでは危険です。あなたたちは勿論、周囲の無関係な人々までも」 『』風見 七花(BNE003013) も三千に同調するように、心配そうな顔で二人へと話しかける。 「唐突な話かもしれないが、私たちを信じてくれ」 『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820) も真摯な瞳で頼み込む。 だが、少女は勿論、少年も怪訝そうな顔をする。当然といえば当然の反応だ。 「……と、いきなり言っても信じてもらえないよね」 そう言って二人に微笑みかけたのは、『枯れ木に花を咲かせましょう』花咲 冬芽(BNE000265)だ。彼女は周囲を見て誰の目もこちらを向いてないのを確認し、幻視を一瞬だけ解いて羽根を見せてすぐに消す――『神秘』を知っている少年なら、きっと危険をわかってくれると信じて。 「だから……ここは、人目があって危険だから、もっと人目のない場所まできてくれるかな?」 再び問いかける冬芽。彼女の機転は功を奏し、二人は警戒を緩めてくれたのか、向けてくる表情が穏やかなものに変わる。 「僕達も不思議な力を使えるんですよ」 二人の警戒が緩んだのを感じ取った三千も、再び二人へと語りかけた。 「うぃんうぃん。あなた方を狙っている輩がおりますの。私たちがお守りしますからこちらに~」 そして、『マギカ・マキナ』トビオ・アルティメット(BNE00284) の言葉が決め手となる。異界の存在、即ちアザーバイドの共感を得る能力を持つ彼女が持ちかけたことで、二人の心は決まったようだ。 二人は互いに見つめ合い、無言で意志を確認し合うと、冬芽たちに向き直る。そして、二人同時に頷いた。 ●ビースト・ウェアズ・パフューム・オブ・リリィ 同時刻、同じく駅の敷地内に存在する別の広場では――。 リィスはその美貌ゆえに周囲の視線を独占していた。12月24日ということもあり、周囲にはカップルも多いが、連れのいる筈の男たちですら、ある者は足を止め、ある者は歩きながらよそ見をしてまでリィスを凝視していた。 だが、美し過ぎるとも言えるその美貌ゆえ、男たちの中には遠巻きに見つめることはできても、実際に声をかけられる者となればなかなかいないようだった。 「やあお嬢さん、俺と熱い夜を過ごしてみねぇか?」 そんな中、何の臆面もなく彼女に声をかけた男が一人――『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)だ。それに対して振り返ると、リィスは立てた右手の人差指を唇に当てて艶やかに微笑む。 「あらぁ、嬉しいわぁ。でも、ごめんなさいね、ワイルドなお兄さん。今日は先約があるの。で、今はその相手を探してる途中よ」 その回答を予想していたエルヴィンは、あえて大袈裟に肩をすくめてみせると、リィスに言う。 「残念、君が探してる二人について話があったんだが……」 その言葉にリィスの表情が変わったのをエルヴィンは見逃さなかった。 「ふふ。意地悪なお兄さんだこと。いいわ、付き合ってあげる」 並みの男ならばそれだけで失神しそうなほどの妖艶で美しい微笑みを浮かべ、リィスはエルヴィンへと歩み寄ると、細く綺麗な指をエルヴィンの手に絡ませ、手を繋ぐ。 「じゃあ場所を変えよう、あまり見せ付ける趣味はねーからな。OK、エスコートさせてもらうぜ」 間近に迫ったリィスの髪と顔から漂ってくる百合の芳香に鼻孔をくすぐられながら言うと、エルヴィンはリィスの手を軽く引きながら歩き始めた。 ●ビースト・ウェイクス・アップ! 「人気のない所に連れ込まれちゃったかしら? 怖いわぁ」 やはり妖艶な声でエルヴィンの耳元に囁くリィスに苦笑しながら、エルヴィンは繋いでいたリィスの手を引いていく。 今、二人がいるのは、駅から少しだけ歩いた所にある女子大の敷地内だった。夜の時間帯であることに加え、既に冬休み期間に入っているということもあり、学生は勿論、職員の気配も感じられず、今現在は実質無人の場所となっているようだ。 広大な敷地内には植え込みに小規模な草原、木々が並ぶ風景が広がっている。その中に敷かれたアスファルトの歩道を進んだ先の開けたスペースでエルヴィンは足を止め、繋いでいたリィスの手を離すと、彼女と正面から向かい合った。 「御足労頂きありがとうございます。リィス・アンフルールさん」 木々の間から、予めこの場所に待機していた『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)が歩み出て、リィスへと声をかける。 「あらあら、今度は仕事ができそうなおじさまですこと。用事が済んだら、ご一緒しませんこと?」 やはり妖艶な、それでいて下品にならず、むしろ上品とすら言える微笑を浮かべるリィスは、まだ余裕を崩さない。 「ありがたいお申し出ですが、私は妻子持ちでして。さて、本題ですが――」 柔和な笑顔を浮かべてリィスの言葉をいなしながら、京一は穏やかな声音で告げた。 「我々はアークのリベリスタでしてね。過去に貴方がた――『キュレーターズギルド』とかつて交戦した組織、と言えば解りますか?」 その瞬間、リィスが放つ妖艶な雰囲気の中に凄まじい殺気が混ざり込んだ。すかさずそれを牽制するように、木々の間から『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)が新たに歩み出る。 「どうも貴方方は覚醒以外の方法で上位世界の力を手にしているようですな」 リィスの放つ殺気に負けないほどの闘気を発しながら問いかける正道に、リィスは微笑を崩さず応対する。 「円熟味のあるおじさままで。私以外にも良い女はいくらでもいるでしょうに?」 相変わらずの微笑で、煙に巻くように問いかけをかわしていくの言葉を気にすることもなく、正道は更に問いかけた。 「貴方の生まれもそんな試みの一環なのでしょうかね?」 正道が発した第二の問いかけを聞いた途端、リィスの殺気が更に強大なものとなる。やはり微笑を崩さないままである分、リィスはより一層の威圧感を放っていた。 「大人の女には秘密があって当然。女の過去や秘密を聞くなんて野暮よ」 その一言とともに、リィスの纏う空気が一触即発のそれに変わる。そして、その瞬間を逃すまいとするかのように、絶妙のタイミングで少女の声が静かなキャンパスに響いた。 「イヴの夜だというのに、他人の恋路の邪魔ですか? 大怪獣のオバサマ」 それでもなお微笑みを浮かべたままリィスがゆっくりと声のした方を振り返ると、その先に立っていたのは『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932) だった。 「お嬢ちゃん。大人のお姉さんをからかっちゃ駄目よ。それ以上言うと――」 殺気の中に凄まじい憤怒までも織り交ぜ、最大級の威圧感を舞姫へと叩きつけるリィス。だが、それにも怯むことなく舞姫は平然とリィスを正面から見つめ返した。 しばらく無言の威圧感を正面からぶつけ合った後、リィスは何かに気付くと、舞姫に向けて口を開く。 「刀鍔の眼帯に隻腕――あなた、戦場ヶ原舞姫でしょう?」 相手が自分の名前を知っていたことに舞姫が驚きの色を見せると、舞姫の疑問に答えるかのようにリィスが二の句を継ぐ。 「令児から聞いてるわ――「以前、俺を利用した小賢しい女」って。もし、また遭遇するようなことがあれば気をつけるように、ともね」 言葉とともに飛んでくる凄まじい威圧感に真っ向から対抗しながら、舞姫は言い返す。 「それはどうも。さ、無駄話をしてないで早く済ませましょうか。長々とやって夜遅くなれば、只でさえ加齢で下降気味のお肌が大変なことになるでしょう?」 舞姫の放ったその皮肉が引き金となり、リィスの殺気と怒気が頂点に達するが早いか、彼女は瞬時に体長数メートルはあろうかという魔獣へと変化する。 「舞姫ちゃん、少しおいたが過ぎたようね」 まるでエフェクタがかかったような声、というよりむしろ異音に近い音で喋りながら、リィスは発達した脚部で舞姫との距離を一気に詰める。 リィスが頭突きで巨岩のような角を振り下ろすのと、舞姫が凄まじい反応速度で抜き放った戦太刀を上向きに払うのは全くの同時。正面から激突した二つの武器が甲高く澄んだ大音響をキャンパスに響かせ、鍔迫り合って鎬を削る。 激突の瞬間こそ、双方の力は拮抗しているように思えたが、それも一瞬のこと。すぐに舞姫は純粋なパワーで圧倒的に勝るリィスにじりじりと押されていく。このままでは押し負けるのも時間の問題だろう。 それを見て取ったエルヴィンが光輝くオーラを纏いながら走り、そしてそれに合わせるようなタイミングで地面を蹴った正道が機械の腕を唸らせながら、二人同時にリィスに接近する。 舞姫の体勢が崩れる直前、間一髪の所で左の角をエルヴィンがオーラを纏った両手で押さえ、右の角を正道が機械の剛腕で掴む。 「はは、コイツはワイルドで刺激的な姿だ。来いよ、どこまでもクレバーに抱きしめてやる」 自らを鼓舞するように言いながら、エルヴィンは野性的な笑みを浮かべてリィスの凄まじいパワーに真っ向から全力で立ち向かう。「こんな怪獣に正面から立ち向かうなど狂気の沙汰ですな。ですが――まあ、世の中なんとかなるもんでございます」 エルヴィンとは対照的に落ち着きのある声で、余裕を感じさせるように言いながら、正道もリィスに対抗する。 「アザーバイドの男の子がここにいるのか? それとも別の所にいるのか――力づくで聞かせてもらうわ」 凄まじい殺気に反し、口調は妖艶で穏やかな時のまま、リィスが声もとい異音を発して二人に語りかけながら、更に力をかける。二人がかりであるにも関わらず、エルヴィンたちはリィスの怪力に早くも押され始めていた。 「残念ですが、それはお答えしかねます」 先程とは打って変わって感情を抑えた声で京一が言うと、リィスの足元に呪印が浮かび、彼女を拘束する。だが、リィスは唸り声を上げながらその束縛を力任せに引きちぎった。 それだけではない、先程までは拮抗していたエルヴィンは今にも崩れそうな体勢になって肩で息をし、正道に至っては相当に無理な力がかかっているのか、鋼鉄の剛腕が耳障りな軋みと苦しげな駆動音の混じり合った音を立てている。 「さすがにくらくら来たが……悪ィな、まだ俺は落ちちゃいないぜ?」 リィスは一気に二人を叩き潰そうと右腕を振り上げた。エルヴィンが潰され、正道の剛腕が折られようというまさにその瞬間――。「――相も変わらず人外の多い組織だ」 横合いから飛んできた何本もの気糸がリィスの右腕へと絡み、即座に縛り上げて間一髪の所で拘束し、二人を救う。声と気糸の飛んできた方向に二人が目を向けると、夜闇と木々の間から碧衣が歩いてくるのが見える。 「人外とは失礼ねぇ。でも、解ってるなら、こんな糸っきれで私を縛ろうなんて思わないことよ。クールビューティさん」 いとも容易く気糸を引きちぎりながら言うリィスに、碧衣は更に問いかけた。 「お前キューレーターズギルド所属なんだろう? 確か化物の様な奴が集まる所だったよな。甲田マトイと葛木ミドリの人外っぷりは酷いもんだったが……お前もそれに劣らず愉快な格好をしているな」 するとリィスは小さく息を漏らして笑いながら応える。 「ふふ、するとあなたは廬原碧衣ね? あなたのおかげでマトイはアーティファクトを破壊された挙句、残骸とはいえアークに回収されて立場が無いし、ミドリに至っては感電のショックで今も療養中よ」 声に潜むリィスの怒りを碧衣は平然と受け流す。その一方で、碧衣に追い付いた三千が仲間たちの意志力を十字の加護で高めていく。 「皆さん、ここが正念場です。頑張りましょう」 まず動いたのは京一だ。高められた意志の力に助けられ、更なる集中力を発揮した彼は先程よりも強力な呪印でリィスを束縛する。「おじさま、そんなものでは一瞬と持ち――」 「一瞬あれば十分です!」 リィスの声を遮るように言い放った声と共に、七花が魔力弾を放つ。ほんの一瞬だけ作り出された千載一遇、必殺のチャンスに七花が放った魔力弾は狙い過たずリィスの翼に左右とも炸裂し、両翼膜を大穴を穿った。 そのダメージでたたらを踏み、リィスの動きが止まった瞬間を逃さず、碧衣は何本もの気糸をより合わせてリィスの角に巻き付ける。 「だからそんな糸っきれで縛――」 「誰が縛ると言った」 クールな声音でリィスの言葉を一蹴すると、碧衣は振り返って叫んだ。 「舞姫!」 その声に叱咤され、舞姫は戦太刀を構えて全力疾走する。そして、寄り合わせた何本もの気糸――気糸で作った綱を渡って一気に数メートルの高み、即ちリィスの頭部へと肉迫し、戦太刀を振り上げる。 「そんな刀でっ!」 綱を編む奇策にリィスは驚いたものの、すぐに気勢を取り戻した瞬間、今度は銃声が響き渡った。遠方から『デモンスリンガー』 劉・星龍(BNE002481)放ったライフルの狙撃弾がリィスの角を直撃し、まるで釘のように突き刺さる。 その瞬間、リィスは舞姫たちの意図を悟った。 (ライフル弾を釘にしたっていうの……! たった今、撃ったところに……ッ!) 強靭な刀身を持つ戦太刀を渾身の力でライフル弾――秘策の要となる釘に打ち込み、舞姫は凄まじく頑強なリィスの角を見事に叩き斬った。 「次は、もう一本を頂戴します」 裂帛の闘気を孕んだ声で、舞姫は超然と言い放った。 「三宅令児に伝えなさい。絶対に奪ってはいけないものがある。そのためなら、わたしたちは何度でも立ち塞がります」 だが、意外にもリィスは変身を解くと、ため息を吐いて舞姫に告げた。 「そうしたいのはやまやまだけど……角は折れて翼はボロボロ、もう逃げられないほどに傷だらけよ。それに、あなたたちも、みすみす逃がしてはくれないでしょう?」 そこまで言うと、リィスは観念したように両手を上げた。そして、苦笑と共に舞姫に言う。 「やっぱり令児の言う通り。小賢しい女ね、あなた」 ●イフ・ユー・ワナ・シー・ヒム・アゲイン 一方その頃、女子大の校舎の中で二人を守っていた冬芽は、二人と一緒に窓から戦いの一部始終を見ていた。 今まで自分が触れてきた常識を根底から覆す超常現象の数々を目の当たりにして混乱する少女の手をそっと握ると、冬芽は優しく語りかける。 「彼とこれからも遇いたいと望むなら、『神秘』は避けて通れない事だよ。だから、しっかりとこの現実を受け止めて、大丈夫、貴女達は私達が絶対に守ってあげるから……ね?」 しばらく戸惑っていたものの、少女はもう一方の手で少年の手をしっかりと握る。そして、確かな決意を宿した瞳で冬芽に頷いた。 ●ゼイ・ウィッシュ・ブレス・フォー・ラヴァーズ 戦いを終え、手負いのリィスを捕縛した冬芽たちは、地球人の少女とアザーバイドの少年の二人が12月24日――特別な日の夜を過ごすのを見守っていた。 やがて、約束を果たした少年に元の世界に戻らねばならない時が訪れる。少女もそれを察し、二人は繋いでいた手をそっと離して向かい合った。 互いの瞳を見つめあいながら、しばらく見つめ合った後、二人は五年前のこの日はできなかったことを果たすかのように、そっと静かに、だが確かに互いの唇を重ね合った。 そして、ゆっくりと唇を離すと、二人は再会を誓い合う。しばしの別を前にしても、確かに交わされた再会の誓いのおかげで、二人の表情は晴れやかだった。 冬芽たち全員が心の中で二人への祝福を送り見守る中、少年は自分の世界へと無事帰って行った。 それからしばらくして、トビオがリィスの手をそっと握り、語りかけた。 「人の恋路を邪魔する無粋な方とはいえ哀しい過去があるのかもしれません。私の異界共感で貴女に流れる半分の血をお慰めできればと思いますわ――外れた者の哀しみ、私にもわかりますもの」 その言葉に、リィスが殺意も敵意も全くない、心からの穏やかな笑顔を見せた瞬間、エルヴィンがリィスに向けて口を開く。 「そうだ、週末空いてるか?」 するとリィスは驚いた表情で問い返す。 「なんでまた?」 するとエルヴィンは悪びれず、ケロっとした顔で答えた。 「……理由? 怪我させたお詫び、あと当然下心に決まってるだろ?」 その答えにリィスはふっと笑うと、エルヴィンに微笑みながら言った。 「いいわ。私の監視役はあなたを指名するから、週末は空けておくわ」 12月24日。恋人たちにとって特別な日。この日ばかりは、愛し合う恋人たちすべてに祝福があらんことを。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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