● あの男は悪魔だった。 他に形容詞があるとしたら人でなしか外道か。何でもいい。 生きている間も死ぬ間も死んでからも、ずっとずっと、悪意だけ振りまいている。 「……ほォら。お前の欲しかったものだろ?」 息絶え絶えのアイツに近寄った俺に告げられた場所。舌先に乗せて差し出された鍵。 待ち望んだはずのそれに付随した不安は的中した。 わざわざ誂えられたのだろう、人一人がすっぽり入る冷凍庫。 妹はそこにいた。脚を折られ鼻骨を折られ細い腕に無数の痣と傷を残し、裂かれた口で無理やり笑わされて、こちらに手を伸ばすような格好で。 氷の中に閉じ込められた妹は、見るも無残な姿で、そこにいた。 伸ばされた手の指先が全て真っ赤に染まっている事に気付いた俺は、その場で吐いた。 何もかも無駄だった。 空白。 「ようやく見付けたわよ。阪上。私たちを見忘れたとは言わせないわ」 「随分こそこそ逃げ隠れしてくれたな。……すぐに地獄へ落としてやろう」 真っ直ぐな瞳。怒りに染まった瞳。覚えている。 肩を震わせた俺に、二人が訝しげな顔をした。 「あーあー忘れてねえよ、気にすんな、思い出し笑いだよ」 笑え。自分の感情に反して笑みを作るのなんか慣れているだろう。 「お前らと一緒にいた女。ひっでぇセリフだったなあ、あれ。何が『助けてあげるから』だよ、恩着せがましいったらねぇよな」 笑え。思ってもいない事を言うのなんか慣れているだろう。 「なあ、お前らあの死体どうしたの? バラバラになってたじゃん。かき集めたの? きったねぇなー。ゴミ拾いお疲れ様でーす」 あの悪魔の言動を思い出せ。悪魔になれ。さあ。 「――貴ッ様ァァァ!」 「やだやだ、こっちが二人揃ってる時はすっげぇ警戒してた癖にさ、俺が独りになったら『貴様を殺してやる!』って随分威勢いいじゃん。カッコいいねえ、惚れちゃうわ。あ、愛しのあの彼女には惚れて貰えなかったのかな。ねえどうなの?」 「……大河。バカのペースに乗っちゃ駄目。雑音だと思って流そう。私たちが終わらせなきゃ」 海里の為にも。 女の唇から漏れた名前に胸が痛む。自分の瞳の中の葛藤を見付け、必死で呼び掛けてくれた少女。 彼女が目の前で飛び散った瞬間には、悪魔の『笑え』の命令すら一瞬聞こえなかった。 けれど。 「なんだ、つまんねえの。んじゃいいよ、遊ぼうぜ」 少女らともっと親しかったこの二人が受けた痛みは、俺のそれとは比べ物にならないだろう。 俺が妹を失った時と同じ位のものを味わったのだろう。 ならば、俺の命で少しでも慰められるなら。 「……で、お前らのゴミは誰が掃除してくれんの?」 笑えよ。悪魔になれ。さあ。 殺してくれよ、悪魔を。 ● 「さてさて、皆さんいらっしゃいませ、お口の恋人断頭台・ギロチンことぼくの所へ。依頼の説明をさせて頂きます」 今回は少し前置きをします、今回も、ですか、と呟き『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は指を揺らした。 「皆さんは阪上・傑(さかがみ・すぐる)というフィクサードをご存知でしたでしょうか。知らなくても問題ありません、タチの悪いフィクサードで、各地に出没しては傷害誘拐拉致監禁、殺人未遂に殺人まであらゆる事を行ってきた男でした。過去形です。死にました。リベリスタが討伐しました」 何かの問題があったのかとの問いに、彼は首を振って否定する。 「それは問題ありません。彼は死にました。問題は、彼と共に犯行を行っていたとされる弟――阪上・準(じゅん)です。本日、傑を討伐したリベリスタグループの数名が準を発見します」 そのグループは、傑討伐の途中で海里(かいり)という少女を――仲間を一人失っている。 彼女は準を説得し、仲間として迎え入れようとしていた所を殺された。 故に準を発見すれば、決して逃す事はないだろう、とギロチンは言った。 「けれど。ここで少々問題が発生します」 準が強くて彼らでは倒せないのか。敵討ちを行おうとするリベリスタを助力しろという事か。 向けられた視線を、ただフォーチュナは否定する。 「阪上・準を『倒させないで』下さい。準が討ち果たされた瞬間、彼は運命の加護を失いノーフェイスと化し、そのままリベリスタを殺してしまいます」 ならば、ノーフェイスと化した後に討ち果たせば良いのではないか、と誰かが問う。 「……ええ。あちらのリベリスタは二名です。戦力として一人前に十分数えられる強さです。そこに皆さんが加われば、討伐は十分可能でしょう。ですが、損害は大きくなります。侮れません」 後、とギロチンは一度沈黙してから口を開く。 「……この、阪上・準ですが、どうやら兄についていたのは本位ではなかった様子なんです」 傑は二十代半ば、準は二十歳前。 兄弟は、素行の悪い傑が十代半ばで家を出てから一切の接触がなかったという。 ところが、準は高校を卒業する頃に革醒し、突如兄と姿を消す。年の離れた妹と共に。 「阪上・準は数年前に父母を亡くしてから、妹を大変可愛がって育てていたそうです。親の形見であり、自分が守らねばならないものだと。……まあ、これで何となく分かって頂けると思います。実の兄に妹を人質に取られての行動だった様子です」 溜息。 「言う事を聞かなければ本当に殺される、と準が思う程度には傑は外道だったのでしょう。けれど同時に、彼は信ずる他なかった、『幾ら外道だろうが、理由なく自分の幼い妹を手に掛けたりなんかしない』と。――その信頼は裏切られました。彼の妹は早々に殺されていました」 準は絶望している。 妹を守れなかった自分に。 兄の言う事を聞くしかなかった自分に。 手を差し伸べてくれた人も裏切るしかなかった自分に。 「彼は兄が殺した少女の仲間の悲しみを癒せるなら、と殺される気です。ですが、ノーフェイスと化した瞬間、蝕んだ絶望は理性を奪い手当たり次第の殺戮に走ります。……誰も得しません。悪意を振りまいた、阪上・傑以外は」 死したフィクサードが何を求めていたのかは分からない。何も求めずただただ絶望させたかっただけかも知れない。どうでもいい。 ただ、悪意を持った死人の思惑に、生きている人間が振り回されてはいけない。 「お分かりの通り。仲間を殺されたリベリスタも、そう簡単には引かないでしょう。何を言おうが、準が仲間の死の一端を担った事は彼らにとって動かしようのない事実。薄い言葉はそれこそフィクサードの戯言と思われかねません」 彼らも世界と仲間を守る事を決め、危険に身を置く同胞。 だから、可能な限り無用に傷を負わせる事は避けてくれ、と青年は言う。 敵討ちをしたい者。死にたい男。 駒は揃っているようで、アンバランス。 ならば、駒を準備した者の悪意を無に帰すべく――盤を引っ繰り返せ。 「全ての責任を負わせるべき相手は、既に土の中です。死体を切り刻んだとして、何も変わりません。ならばせめて――まだ、取り返しの付く事を。死者以外誰も得しないこの結末を、どうか嘘にして下さい。ぼくの見た光景を嘘にして下さい」 ぼくが嘘吐きでいられるように、お願いします。 ギロチンは薄く笑ったまま、リベリスタを見ている。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月11日(水)22:54 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 風が吹いている。 草が取り払われた茶色の寒々しい光景に、寒風が吹き付けている。 「馬鹿者共め……」 『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371) が白い息を吐き出した。 想像する。彼らにはなれないから、彼らになったつもりで考える。 それは想像だ。他者の感じる真実にはなりえないだろう。 だとしても、この状況は何だ。 殺された者と結果として殺す事になった者が、悪意に導かれてはまり込んだ先は袋小路。 蔓延る不幸。撒き散らされた悪意。 「全く、死してなお不幸を周りに振りまくなんて迷惑な存在ね」 寒風に長い髪を晒しながら、片桐 水奈(BNE003244) が首を振った。 望まず繋がされた憎悪の鎖は思いを重ね太くなり、今や当人たちでは断つ事が叶わない。 しかもリベリスタ二人がフィクサードを殺したとして、そこで終わりはしない。 「阪上さんが罪を償い、リベリスタの二人が大切な人の仇を討って……残るのはノーフェイス」 救いがない、と小鳥遊・真文(BNE003326) は思う。 その結果が当人たちの選択の末だというのならばまだしも、線を引いたのは死んだ人間。 振り回されて迎える悲劇。 死者の思い。 海里と呼ばれたリベリスタの思いを繋ぐのか。 阪上・傑というフィクサードの悪意を繋ぐのか。 「どの思いを繋ぐかは……受け取る者次第、ですかね」 白いスカートをはためかせ、『一葉』三改木・朽葉(BNE003208)が髪を押さえる。 命がけで呼びかけた海里の思いに応えるか、悪意だけを渡していった兄の思うままに動くのか。 「けれど、より良き道を照らすのが私の務め」 最良の灯を。『闇夜灯火』夜逝 無明(BNE002781) は思う。 己の名に光はなくとも、誰かの道行きに明かりを齎す事はできる。 山田 茅根(BNE002977) には分からない。 既に失われたものを嘆くよりも、まだ手の届くものを求め歩いた方が人生は楽しいのではないかと。 それは一点で真実。 だが、割り切れないのが大方の人間だ。 茅根はリベリスタ二人の仲間の連絡先を問うたが、フォーチュナは首を振った。 アークの情報網を使えば、場所や連絡先も突き止められるかも知れない。 けれど彼が『視た』のは今日の出来事。 協力関係にある訳でもないリベリスタに連絡を取り、事実関係を確認させるには時間が足りない。 何にしても、だ。 「凄惨な過去も、不幸な未来も不要だ。俺が問いかけるのは今のみ!」 『雷光神速』司馬 鷲祐(BNE000288) が吼える。 彼の速度も、今日この日ばかりは敵を倒す為ではなく、悪意の種から芽吹いた蕾を摘み取る為に。 「これ以上の悲劇はいらないよね」 ね、お兄ちゃん。 愛しい兄の姿を思い浮かべ銃に口付けて、どこぞの桃色悪魔もとい天使から授けられたスタンガンも片手に『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216) は微笑んだ。 私ならできるよね。 脳内の兄は、力強く頷いていた。 ● 死は取り返しの付かない出来事。 それを知るから、知っているからこそ、紙一重で生きる彼らもまた苦悩する。 「なあ馬鹿馬鹿言ってくれたけどよ、二人で掛かって来るとかお前らこそ馬鹿の極み? 後追い自殺でもしてぇの?」 「前の私らと同じと思うんじゃないわよ……!」 日茉莉から齎された光。それは大河の体を包み、鎧へと変わった。 無言で睨み付ける大河の足元が、圧力を増して抉れる。 「なるほどねえ、じゃあいいよ、細切れな」 耳に障る笑い声。輝きを増した腕部の装甲。 跳んだ準が大河の加護を剥がそうと一撃を振りかぶるが――翻る布に視界を遮られ、弾ける火花と金属音に目を見開いた。 「遅い」 彼の視線の先には、割り込んだ鷲祐の顔。 「互いに攻撃は通さん。この俺がいる限りな」 準の武器と咬み合わせたナイフを振るうが、どちらにも傷を作らない。 多少腕が痺れたが、それが何だ。彼は真っ向から準を見る。 「ああ……何だよ、随分威勢がいいと思ったらお仲間さんがいたってか。馬鹿は撤回してやるよ、代わりにビビり君なお前」 「な……!」 鼻で笑いながら手招く準に大河が気色ばむが、そこに歌が降り注いだ。 癒しの歌。 薄く笑った朽葉が唱えたそれが、リベリスタだけではなく己にも影響を及ぼした事に準が僅か訝しげな表情をする。 「私達は敵ではありませんよ。どちらの敵でもね」 放たれた言葉に、今度はリベリスタ二人の顔が険しくなった。 何しろ、現れたのは鷲祐と朽葉だけではない。 「ハッキリ言う。貴様等のしようとしている事の、邪魔をしに来た」 朗々と告げたのは雷慈慟。 それは即ち、大河と日茉莉にとっては宣戦布告に等しい。 友の敵討ちの邪魔。リベリスタ二人の殺気が、一気に膨れ上がる。 「まあまあ、少し話を聞いて貰えないでしょうか」 割り込んだのは茅根。 少年に見える容貌と柔和な笑顔で、幾分か殺気を削いだ。 ざ、と土埃を散らし、無明が包帯の中の瞳を双方に交互に向ける。 「こちらはアークのリベリスタ。その戦いはより大きな崩壊を導く危険があると私達の誇るフォーチュナが予言した。両者矛を引いてもらおう」 「……アーク? 『神の目』の?」 困惑を含んだ声。 日茉莉の顔が訝しげに変わる。国内最大規模を誇るリベリスタの集団、アーク。 その名を広げたのは、立役者のネームバリューと人数に加え、真白・イヴを筆頭とした『万華鏡』を操るフォーチュナの予知精度。 未だ新興組織と呼ばれる程度の年月しか経過はしていないが、グループで活動しているようなリベリスタであれば多かれ少なかれアークの情報は耳にしているだろう。 そのアークのフォーチュナの予知、という言葉に、確かに多少揺らぎが出た。 「……嘘よ、何で邪魔するのよ。あなたたちがリベリスタだって言うなら、そこのフィクサードを殺すのの邪魔なんかしないはずでしょ!」 「じゃあ、殺そうとしたらノーフェイス化するからやめて。……って言えば納得する?」 横合いから掛かった声に日茉莉が振り向いた。 虎美は、光の無い目で彼女を見返す。 「する訳ないでしょう、どっちにしろ殺せばいい話じゃない」 「うん。そうだよね。私も大事なお兄ちゃんがいるから気持ちは分かる」 「だったら――!」 「ったく、白けるなァ」 虎美の同意に声を荒げた日茉莉に向かい、上から準の拳が飛来する。 が、それも真文によって止められた。 準の一撃は彼女には少々重い。 庇う事によって余す事なく鉄槌とも言える拳を受けた真文は、それでも真っ直ぐ準を見た。 「阪上さん、罪を償いたい気持ちは正しくても、貴方が死んじゃったら妹さんが悲しむと思う」 「…………!」 僅か、驚愕が現れた。 知るはずがない。誰も、知るはずがない妹の存在。 それを口にした真文に送られるのは、警戒と疑念の視線。 準が距離を置いた所で、水奈は日茉莉に語り掛けた。 「私達は事情はほぼ聞いているわ。貴方達のも。……準さんのも」 「……阪上の?」 「ええ。準さんは妹さんを人質に取られていたの。実の兄である傑に。……その妹さんも傑によって殺められているけれど」 「――!」 大河と日茉莉が、視線を絡める。 浮かんだ躊躇をせせら笑ったのは、他でもない、準。 「なァ、何勝手にお涙頂戴の作り話してんの。俺に恩売っといてなんか聞き出そうってクチ? あァそうだな、兄貴は色々持ったまんま死んだからな。『色々』ね。それ聞きたいの?」 勿体つけた口調。言外に利を含ませ、疑心を煽る。 正体不明の第三者。日茉莉が唇を噛む。 「嘘よ。嘘よ、そんなの……! 大体、貴方達がアークだって証拠がどこに、」 「いや」 彼女の声を止めたのは、大河だ。 視線は、先程己の目の前に割り込んだ鷲祐に向いている。 「聞いた事がある。アークの神速、青髪のトカゲのビーストハーフ……」 躊躇いながら乗せられた言葉。大河も獣の因子を持つ同族であるが故に、覚えも良かったのだろう。 だから彼は困惑している。アークと言うのが嘘でなければ、先の言葉も嘘である可能性は薄い。 嘘を言うのにわざわざ本当の所属を明かす必要もないのだ。 迷いの浮かんだ大河に、日茉莉が声を上げた。 「何で、大河っ……! 海里は、海里の事はどうなるの!?」 「……っ」 大河が声を詰まらせる。 惑った瞳は再び前を向き――剣を構えた。 「あ、何オハナシ終わり? 結局来るのね、あーあ全くグダグダしてんの。今ので三遍くらい死ねたんじゃねェ?」 準も未だ、笑っている。 悪魔はまだ、そこにいる。 「馬鹿者共が……。敵はもう居ないんだぞ……!」 雷慈慟の歯噛みも、聞こえない。 阪上・傑の亡霊が、嗤っている。 ● 命は帰ってこない。 動機を聞いたからと言って、納得するはずもない。 「まあ、そうなりますよね」 そう簡単に止まりはしないだろう、と踏んでいた茅根は怯まない。 「お二人とも、私には彼の心が分かります。彼の望みは悪に徹し、あなた方に倒される事です」 笑って、問う。 「このままでは、彼の望み通りですよ?」 結果として憎い仇の願ったままになるのは、本望なのかと。 問う。大河は彼を睨んだまま、止まらない。 雷慈慟は語り続ける。武器は一度も翳さずに、己の身だけで前に立つ。 「気付け、貴様らの行為はフィクサード以下の行為! ただの私怨、自己満足に過ぎんのだ!」 「……復讐に、自己満足以上の意味があると思って?」 だから、邪魔しないでよ。 目の前にいる準に通らない攻撃。 大河の一撃も準の一撃もアークのリベリスタに止められて、援護に回るつもりだった日茉莉が行き場なく放つ攻撃も準には届かない。 目が赤い。涙を堪えている。強くなったはずなのに届かない。無力な自分に対する悔し涙。 それで睨み付けられて雷慈慟はゆるり首を振った。 女を無闇に泣かせる趣味はなくとも、今ばかりは。 「阪上さん、聞いて。あなたがここで倒れたら、結局皆死んでしまうかも知れないの」 「は、何こんだけいて俺一人に殺される気満々? マジ自殺志願?」 「違う。あなたはノーフェイスになってしまうの。そしてあの二人を殺してしまう」 未だ実戦経験の浅い彼女は、しばしば準の攻撃で膝を付きそうになる。 その度に鷲祐に守られ、水奈の呼んだ風に癒されながら、真文はずっと準への言葉を止めなかった。 拮抗。 水奈と朽葉の癒しによって守られ、雷慈慟という彼女らのサポート役も存在するアークのリベリスタは落ちない。 一人を相手取る気であった大河と日茉莉に大人数に対処する力はなく、最初から殺される気であった準にも当然、八人を落とせるはずがない。 じりじりとした焦り。 打ち破ったのは、朽葉の言葉。 「阪上さん。海里さんの思いを繋げるのは、貴方だけですよ」 「は……?」 幾度目かの歌を響かせた直後、告げられた言葉に準が疑問を漏らす。 殺した相手の想いを繋ぐも何も。 そう、言いかけたのかも知れない。 だが、それも次の一言で止まった。 「彼らの仲間を、非業の死を遂げた女性で終わらせるも、信念を貫いたリベリスタとするも貴方次第」 思い至らなかった事実。 このまま死ぬ事は、二人の慰めとなるかも知れないが――同時に、海里を『フィクサードに騙された哀れな少女』として終わらせる。 少女の目を、節穴とするも真実を見抜いた瞳とするも己の言動で決まる。 悪魔として死ぬ事は、間接的に彼女を貶める事に繋がるかも知れない。 彼女が見出した準の中の葛藤を、偽りだと嘲笑う事になるかも知れない。 「俺、は……」 確かにそこに、今までにない躊躇が生まれた。 目に見える狼狽に、二人のリベリスタも息を呑む。 「なあ。大河。海里という女が何故奴を説得しようとしたのか、お前には分かるんじゃないか」 「日茉莉さん、貴女の親友である海里さんの思いと行動を、なかった事にしないで」 好機と見た鷲祐と水奈が、語り掛ける。 朽葉の放った言葉は、この二人にも同様。 親友の、想い人の『目』を信じるか。彼女は目の前の悪魔に騙されたのだと憤るか。 少女が手を伸ばし続けたのは、例え理由を知らなかったのだとしても、準の行動が本意ではないと見抜いていたからだと、信じるのか。 絆を持つ仲間であったからこそ、分かるであろう事実。 幾ら攻撃を受けようとも語り掛け続けたリベリスタと、彼らは何かを重ね合わせたのか。 死者の優しい指先が、生者の言葉に乗って天秤を押した。 沈黙が落ちる。 ややして、大河が武器を収める音が、やけに大きく響いた。 「な……何だよ、お前らそんな言葉信じンのかよ。だからツメが甘いんだよ、あの女だってな――」 歪な笑いを浮かべて虚勢を張る準に向けられるのは、武器ではなく視線のみ。 視線に射抜かれて、悪魔の仮面が剥がれていく。 言葉が、続かない。 「ねえ、ここで殺されればあの二人の心は少しでも癒されるかも知れないよ」 でも、と虎美は語り続ける。 「あの二人以外の心は誰が癒すの? 何より妹を失ったあなたの悲しみは?」 「――妹も、決して君の死を望みはしないだろう?」 問いかける。無明も問う。 準が望む行き先は暗闇。何も得られない暗闇。 灯火となるべく、正しい道を照らすべく、問う。灯火を持つのが、彼の愛した妹であるように。 年齢よりも幼い少女の姿をした虎美が、準を見た。 「私はお兄ちゃんが大好きだけど、同じ状況になったとしても……そんな事、望まないよ」 ぎち、と、金属に包まれた拳が握られる。 口を開いた準から放たれたのは、虚勢ではなく悲鳴に似た叫びだった。 「――誰が悲しむも望むもねェんだよ、誰も死んでんだよ、死んだら帰ってこないんだ、だから、死んだら終わりなんだよ、何もできないんだよ、だから!」 悲鳴。悪魔の断末魔。 死んだ。死んだ。兄は死んだ。海里は死んだ。妹は死んだ。帰ってこない。誰も帰ってこない。 だから生者の慰めになればと、そう思っていたのに。 「なあ、なんで、何でなんだよ、何であの子、死ぬって分かっただろうに、笑ってたんだよ――!」 絶叫。朽葉の言葉で、記憶が蘇る。 頭を抱えた準に、唇を震わせたのは日茉莉だ。 誰ともなしに、語り始める。 「……海里ね、子供、好きだったの。……それで『泣きそうな顔をしてる子』には」 いつも、笑って、『大丈夫だよ』って言ってた。 日茉莉の言葉に、無明が少しだけの寂寥を滲ませて、微笑とも苦笑ともつかぬ表情を作った。 不安や恐怖に追われ、泣きそうになっている子供。 それは。 「――今の阪上君のように?」 「……そう、ね」 震える声。 認めたくないのかも知れない。悪魔と追い続けてきた男が、自分達とそう変わらない年頃の、未だ少年と言って差し支えない顔立ちに確かに悔恨の情を浮かべている事を。 日茉莉も笑う。泣きそうに、顔を歪めて。 親友の死に際に、準が今と似たような表情をしていたのだと、認める言葉。 膝が折れた。 準が一段下げた視界で、呆然と何かを仰いでいる。 最後まで。最期のその瞬間まで、海里は彼女自身ではなく自分を気遣ったのかと。 分からなかった笑みの意味を齎したのは、己を殺すはずの彼女の『仲間』であった。 嗚咽が漏れた。 地面に突っ伏し肩を震えさせる準に、刃は振り下ろされない。 剣を収めても未だ、準の肩を叩いて起き上がらせる事は叶わない大河に、鷲祐が呟いた。 「大河、彼女はいい女だな」 「……はい」 泣き笑い。 殺したい、殺せない。剣の柄に掛けられたままの手を鷲祐が見やれば、それはするりと落ちる。 「生者が死者に出来ることは何も有りません」 「……同時に、死者に変わり、事を成せるのは」 茅根の言葉に雷慈慟が続きを乗せ、風に流した。 ――生きている我々だけだ、と。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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