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サイレン・サイレン・サイレン


 生きなければならぬ、と思うようにしていた。
 たとえば暗い部屋で独り布団にくるまる時。
 たとえば和やかな喧噪の中を足早に通り抜ける時。
 たとえば今日と同じ明日が来ることを知った時。
 生きなければならぬ、と思うようにしていた。

 廃墟ビル、屋上。
 女は金網型フェンスに背中をつけて、パックジュースのストローを咥えていた。
 ため息をつくように、呼吸を欲するように、ストローから口を放す。
 ほんの僅かな水滴が大気に跳び、どことも知れぬ虚空に紛れて消えた。
 両目だけが下を見る。
 パックジュースかた手を離すと、穏やかな回転と共に落下していく。
 足元で一度跳ね、そしてコンクリートの淵から転げ落ち、暗い闇へと吸い込まれていった。
 ヒュルリという風切音すら鳴ることなく、ビル数階建ての距離を落ちていく。
 地面についた音は聞えなかった。
「…………」
 爪先を上げてみる。淵から先に出た爪先は、暗闇に曳かれるように震えた。目に見えぬ手招きが、女の足を呼んでいるかのようである。
 一歩、一歩でよいのだ。
 肌に刺さる冬の風も、胸を絞める無意味な苦痛も、無味無臭な未来も、何もかも感じずに済むのだ。
 甘美なことなどとは思わない。
 恐らく想像を絶する苦痛だろう。
 しかし、もう耐えることができなかった。
 生きなければならぬと、思えなかった。
 上半身を乗り出す。長い髪が垂れて、重力に曳かれていく。
 フェンスにかかっていた左手の指が、ゆっくりと外れる。
 一本、二本、三本。
 最後の一本が外れた、その時。
 女の手首を誰かが掴んだ。
「よう、あんた。死ぬのか?」
 男の手である。
 腕はフェンスを突き破り、女の手首をしっかりと握っていた。
 無理矢理手を突き込み金網を押し広げたのだ。
 その所為か、腕に一筋の傷痕が走っていた。
 構わないで。離して。そう述べればよい。
 だが女は何も言わず、男の腕を見ていた。
 途端、急に腕を引っ張られる。
 無理矢理開けたであろう穴から、今度は女の腕が引き込まれる。
 傾いていた身体は元通りフェンスに寄りかかったが、腕には一筋の傷痕が走った。
「痛っ、なにするの!」
「死ぬんだろ。このくらい気にすんなよ」
 男は何がおかしいのか、軽薄そうな顔で笑った。
「でもまあ、死ぬなら明日にしろよ。その方が俺、都合いいし」
「…………」
 怪訝そうに振り向く女に、男は言った。
「俺が殺してやるよ。キレイにステキにクソッタレに、最高にグロく死なせてやる」
 ――ただし。
「その時ちゃんと、愛してやるよ」
 腕から流れた二人の血が、繋いだ掌で混じり合う。
 ぬるりとした、どこか温かい感触。
「なによそれ」
 女はおかしそうに笑った。
 久しぶりに、本当に久しぶりに、笑った。


「男はノーフェイスです」
 運命オペレーター天原和泉はA4用紙の束から視線を離した。
 アーク本部、ブリーフィングルーム。
 和泉の視線はリベリスタ達に向けられた。
「彼を殺してください」

 地域開発をしそこね、廃墟が並ぶ街がある。
 その内、まるで周囲から突き出たようにぽつんと立つ廃墟ビル。
 ターゲットと見られるノーフェイスはこのビルの屋内階段を上り、フロアと外階段を通じて屋上へ行くとされている。
 和泉はデスクに資料を広げながら、順路を指でなぞって行った。
 その途中、4Fと書かれたフロアが赤い丸で囲まれていた。
「待ち伏せをするなら、このフロアが適切でしょう」
 他のフロアは施錠や障害物により通れなくなっているらしく、このフロアは確実に通らなければならない。
 その上フロアは階層がほぼまるごとワンフロアとして開放されており……。
「戦闘には、向くでしょう」
 続いて、戦闘力についてのメモに指を向ける。
「ノーフェイスの個体戦力は高い方ですが、あくまで彼一人しかおりません。八人でかかるなら負けることは無いでしょう。詳しいスペックはメモを見てください」
 最後に資料一式を手渡して、和泉はゆっくりと瞬きした。
 リベリスタのうち、一人が問う。
「あの、女性の生死は……」
「問いません」
 目的はノーフェイスであると、和泉は言った。
「資料は以上です。あとは、お任せします」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:八重紅友禅  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年01月12日(木)23:20
八重紅友禅。
多くは語らず、補足を書きます。

シナリオクリア条件は『ノーフェイスの殺害』です。
それ以外の全ては成否に一切関わりません。

●ノーフェイスの男
バタフライナイフを携帯した細身の成人男性です。
喧嘩慣れしており、個体戦力は高いようです。
攻撃手段は近接もしくは遠距離に対する物理攻撃のみと見られています。

●フィールド
廃墟ビルF4フロア。
コンクリート壁のやや薄暗い屋内です。
人目やその他の安全性を鑑みて、この場所で迎え撃つことが的確だと判断されました。
月明かりが充分にあるため、視界その他を心配する必要はありません。

●必要のない補足
女の名前は『シグレ』と言います。
当日、屋上で人を待っています。
夕方からは雨が降るそうなので、傘を持つことをお勧めします。

以上。
幕引きを、あなたに委ねます。


参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
インヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
スターサジタリー
マリル・フロート(BNE001309)
マグメイガス
セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)
デュランダル
マリー・ゴールド(BNE002518)
ホーリーメイガス
夏月 神夜(BNE003029)
覇界闘士
ルシード・飛・シュバルツェン(BNE003071)
プロアデプト
明神 夏彦(BNE003345)

●音の無いサイレンが聞えるから
 曇天の下、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003) は兄の袖を引いた。
「なあ、ボク達は……」
 ボク達は。
 その後の言葉は出なかった。言えなかったのか、言いたくなかったのか、それは彼女自身にしか分からない。
 ただ兄の『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004) に限っては、彼女の言わんとしたことを静かに察していた。
「分かってる。助ける」
 そのために来たんだと、彼は言った。
 目だけで頷く雷音。
 先に行ってる。そう呟いて彼女は地上から足を離した。
「…………」
 目を細め、空を見上げる『レッドキャップ』マリー・ゴールド(BNE002518) 。
 湿った空気が彼女の前髪をすこしだけ垂れさせていた。
 何も言わず、廃墟ビルへと入って行く。
 今は何か言うべきなのだろうか。そう考えた『ぴゅあで可憐』マリル・フロート(BNE001309) はマリーを追って出しかけた片足を、僅かに上げたまま言った。
「あの人、シグレさん」
「うん?」
 薄目で振り向くルシード・飛・シュバルツェン(BNE003071) 。
「きっと話を聞いてくれるお友達がいなかったのですかねぇ」
「さあねぇ」
 どことなくマリルと同じようなイントネーションで、ルシードは答える。
「友達沢山いても、死んじゃいたくなること……あるよ」
 ですかねぇと言ってルシードの横を通り過ぎるマリル。
 当のルシードは肩を竦め、マリルの後を追って行った。

 廃墟ビルの入り口前で『紅乃月夜』夏月 神夜(BNE003029) は足を止めた。
 可聴域最低限の声が唇から洩れる。
「本当に、運命って奴は……」
「何か言いました?」
 真横に並び立つ明神 夏彦(BNE003345) 。
 首を動かすまでもないと言う風に横目で見やった。
「今回の事、どう思う」
 質問には答えず、別の質問で返す神夜。それを最大の答えととって夏彦は小首を傾げて見せた。
「異常者ですね。死にたいだなんて、頭のおかしい人間の考え方ですよ」
「……そうだな」
 異常なんだよな。
 神夜は夏彦にと言うより、自分に向けて言う。
「僕にとって生きることは当然の事なんです。このクソッタレな世界を家族と生きることが、僕の願いなんですから」
「願いか」
 いつの間にか、というべきか。
 『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)が二人の後ろに立っていた。
「私達はこれからも、きっとこんな依頼を受けていくのだろう。いつか抜けられる日が来るんだろうか」
「抜けるって、このズレたサイクルからですか?」
 振り返らない夏彦。
 セッツァーは空を見上げて言った。
「運命からさ」
 曇り空はキレイでステキで美しく、そして何より憂鬱だった。

●明日の雨が冷たいから
 フェンスの内側。
 シグレは金網に額をつけた。
 背後でばさりと音がする。
 間もなくして、彼女は……雷音は言った。
「こんばんは」
「……ぇ」
 シグレは思わず振り向く。
 扉の開いた音も、誰かの足音も無かったのだ。
 だが見よ。
 屋上扉の更に上。冷たいコンクリートに腰掛けた、翼の少女がいるではないか。
「あなた……」
「冬の夜は寒いな」
 言葉を遮るように雷音は言う。
 問いかけられたのか、独り言を述べたのか。
 どちらともつかずにシグレが黙っていると、雷音はさらに続ける。
「人を待ってるのか?」
「……そう、見える?」
「なんとなくな。ボクもそうなんだ」
 脚をぶらつかせ、肩を竦める雷音。シグレは後ろ手に金網を掴んだ。
「変な所で、待ち合わせをするのね」
「お互い様だ。どうだい。一緒に――」
 すとん、と足音が鳴った。
 今度こそ足音だ。
 雷音はシグレの前まで歩いていくと、片手を伸ばした。
「暇潰しをしよう」
 私は朱鷺島雷音。
 あなたは?

 同刻。同じ場所――その十数メートル下にて。
「何処へ行くのだ?」
 スチール板に反射した月明かりが、浮いた埃を見せる。
 雪景色にも似た光を挟んで、マリーと男は向き合っていた。
 両腕を広げて見せる男。
 別名、ノーフェイス。
「廃墟探検なんて楽しそうだな。お母さん泣いてるぜ不良っこ」
「もう一度聞くぞ。何処へ行くのだ」
 途中で折れた剣を引きずって、マリーは前かがみの態勢になった。
 バタフライナイフを片手で開き、静かに構える男。
 二人は一秒の間を置いて同時に動いた。
「貴様に恐怖を刻んでやるっ」
 体当たり、と言えばまだ易しい。マリーは全身から紫電を放ち、折れた剣ごと男にぶつかって行った。
 予定通りにバックステップした男ではあったが、彼は交わしきれずに激突する。もつれ合って床を転がる二人。
 男は間に膝を滑り込ませ、蹴り出す動作でマリーを引き剥がした。
「仕掛ける時は仕掛けるって言――っと!」
 咄嗟に手を翳す男。マリルの1$シュートが手のひらを貫通した。
 笛でも吹くように口をすぼめて顎を上げるマリル。
「ビスハネズミ最強の攻撃を受けるといいですぅ」
 顔をしかめる男。
 いつまでもそうはしていられない。男はその場から転がって離れた。
 コンクリート床を鎌鼬が薄く抉り、誇りが大きく舞い上がる。
 片足を上げたままのルシード。
 男は素早く靴底を地につけると、一っ跳びでルシードに蹴りを繰り出した。
 狙い違わず。ルシードの腹にめり込むスニーカー。
 しかしルシードは物言わず、ただニィと歯を見せた。
「やべ」
「もう遅いよ」
 引き抜こうとした足を片手で掴むルシード。途端、上から叩きつけるような業炎撃を繰り出した。
 地面で後頭部を打つ男。入りが良かったのか、脇腹を中心に炎が広がった。
 男は腰を捻じって体勢をほぼ無理矢理立て直すと、ナイフを大きく振りかぶった。
 そこへピンポイントで打ち込まれる投擲。
 振り込まれんとしていたナイフが大きく弧を描いた。手からは離れなかったものの、ルシードの前髪を数ミリ切るだけに留まった。
「てめぇ……」
 男は投擲手を横目で睨みつける。
 夏彦が笑って両手を上げた。
「苛めないで下さいよ。僕、貧弱なんですから。いやホント」
「よく言うな」
 赤いグローブの根元を引っ張る神夜。
「それより、彼の回復はまだですか?」
「保障はしないぞ」
 早口に述べて、天使の歌を発動させる。
 それに合わせてセッツァーが自分の胸に手を当てた。
「届け、私の――魂の声(うた)」
 天使の歌が始まり、コンクリートとアスベストだけの室内を反響した。
 片眉を上げる神夜。
 彼の歌がこの戦場ではなく、どこか別の場所のためにあるように思えたのだ。
 男が二歩三歩と後ずさりする。
「手ごわいっつーか……いやに熱心だな」
「ここと通したくないって奴が揃ってるんでね。悪いな」
「いや、いい」
 ざりりと踵を踏み込む男。半分クラウチング状態になると、一気に外側階段まで走り出した。
「無視していくわ」
「や、それは傷つくなあ」
 横合いから割り込む夏栖斗。
「僕と遊んでよ」
 言うが早いか、男の顔面に土砕掌を炸裂させた。
 その場で半回転して仰向けに倒れる男。
 軽くバウンドしたかと思うと、大の字に四肢を伸ばして止まった。
 手から転げ落ちるナイフ。
 夏栖斗は突き出していた手をゆっくりと閉じると、自分の胸にあてた。
「ごめんね」
 ノーフェイスは死んだ。
 それは、誰の目にも分かった。

●私は何者でもなかったから
「行ってやれ。本当の用事はまだ済んでないんだろ」
 コートのポケットに手を入れて言う神夜。
 彼の背後を、マリル達がお言葉に甘えてと棒読みしながら過ぎて行った。
 屋上への外階段がばたんと閉じる。
 同時に、神夜は閉じていた目を開けた。
 視界の端。ガラスの嵌っていない窓淵に、夏彦が腰かけていた。
「あんたは行かないんですか?」
 お前はどうなんだ。そう言おうとして、扉の前に立つセッツァーに気づいた。
「私はてっきり、私以外の全員がレディの元へ行くものと思っていたがね」
 扉に背を向けて、胸に手を当てる。
 オペラ歌手のような振る舞いを見て、神夜は目を伏せた。
「私には彼女を止める資格なんてない」
 下手をするとむしろ……。
「ですか」
 資格という言い方をした神夜の表情を、夏彦は意図的に無視した。
「そっちは?」
「興味ないんで」
 目を逸らしたまま手を振る夏彦。
 彼はノーフェイスだった何某かの前まで歩いていくと、億劫そうに腰を下ろした。
「シグレは死ねば愛してやる。なら、あんたが死ぬときには誰が愛してくれるんですか」
「…………」
 その光景から目を逸らす神夜。
 夏彦は続ける。
「お休みのちゅーをしてあげましょうか。冗談ですけどね」
 言って、立ち上がる。
 二人は手持ち無沙汰を感じながらも、セッツァーの顔を見た。意図を察して微笑むセッツァー。
「私は単純だ。信じているのだよ、声(うた)の力を」

 コーリングベル。
 雷音は自分のポケットに目をやると、呟くように言った。
「すまない、シグレ。あなたの待ち人は来ない」
「……」
「ボク達は、あなたを助けるためにここへ来たんだ」
 やがて、どこからともなく歌が聞こえてきた。
 孤独を慰める歌であり、誰かの想いがここにあるのだと伝える歌だった。
 目を伏せるシグレ。
 彼女の足元に、ぽつりぽつりと雨粒が落ちた。
 灰色の水玉模様は次第に広がり、一面を同じ色に塗って行く。
「あの人のことを、知ってるの?」
「知ってもいるし、知らなくもあるかなぁ」
 気づけばルシードが隣に立っていた。タオルを少し乱暴にシグレの頭へ乗せる。
「一人は寒いだろ。ワタシはそう言う時、寒いんだよ」
 俯いたままのシグレの頭を、わしわしとやりながらルシードは言った。
「だからねぇ、あんまり一人でいるのを見ないで済むのがいいんだよね。自分が寒いのも、人が寒いのも、嫌だから」
 あなたはどうだい?
 顔を覗き込もうと首を傾げたルシードを、シグレは乱暴に払いのけた。
 タオルが地面に落ちて濡れる。
「やめて。分かったようなこと、言わないで」
「言わないですよぉ」
 シグレの背後で足がぶらぶらと揺れた。
 いつの間にかフェンスの上に腰掛けていたマリルの足だった。
 思わず振り返るシグレ。
「一緒に小さな幸せから探すですよぉ。例えばこんな」
 言って、マリルはイチゴの実を放って落とした。
 両手で受け取るシグレ。
「あたしの小さな幸せは、いちごをかじることです。おすそ分けですぅ」
 イチゴを見下ろして、シグレは肩をゆっくり下していった。
 金網の扉を押し開いて、夏栖斗は言う。
「普通ってさ、つまんないかもしれないけど、尊いものだって僕は思うよ」
 明日もあるし、変わらないし、きっと明後日もそうだろうけど。
 もしかしたら明日すら来ないこともあるかもしれないけど。
「普通になりたかった僕らを、運命は許してくれなかった。代わりに得た者が、損失と等価なのかまだ分かってない。でもさ、分かることもあるよ」
 生きなくちゃいけないんじゃない。
 生きててもいいんだよ、と。
 気楽に考えればいいんだよと、彼は言った。
「でもどうしても明日を変えたいなら、神秘を教えてあげる」
「身をもってな」
 すとん、と足音がした。
 誰かが降り立った音かと思ったが、逆だった。
 マリーがフェンスの上淵に両足で立った音だった。
 アンバランスな境界線の上で、平気な顔をして眼下を見やるマリー。
「ここから飛ぼうとしたのか」
「…………」
「気持ちは分かるぞ。飛ぶのは楽しい」
「……楽しい?」
 不思議なことを言う。シグレは彼女を見上げる。マリーは振り向いて……いや、見下ろして言った。
「飛んでみるか?」
 途端、翼の加護が辺りに散った。

 シグレは飛んだ。
 殆ど落ちているようなものだったが、彼女は確かに飛んでいた。
 空が徐々に遠くなり、風が通り抜けていく。
 誰かがさしてくれた傘はどこかへ飛んで行ってしまった。
 雨が顔を打ち、いつのまにか濡れきってしまった髪が頬にはりつく。
 それでもシグレは目を閉じなかった。
 目に雨が入っても、風が眼球を撫でて行っても、両目をずっと開けていた。
 角度を変えてしまえばこんなものだと、右手を握りマリーは言った。
 反対側の手を強く握って、雷音が呟いた。
「ボクはあなたに死んでほしくない。エゴだが、死んでほしくないと思ったんだ。だからと言うわけじゃないが……」
 目が合う。
「友達になってほしい」

 月明かりの入る、薄暗いコンクリートの屋内。
 神夜はナイフを投げ捨てた。
「毛布、人数分必要だったな」
「そうですか? 自分で濡れに行ったなら、放っておけばいいでしょう」
「……そうとも言えるか」
 窓から外を見る。湿った前髪をどける夏彦。
「あの時……彼女に向けて歌ったのは何故なんです」
 問われて、セッツァーは胸に手を当てた。
「決まっている」
 ゆっくりと落ちていく少女達。
 月明かりと雨粒に包まれた翼達。
 それは間抜けで不細工で、そして何より美しかった。
「私は声(うた)の力を信じているのだよ。これ以上ない程にね」

 雨に濡れて笑う女が見える。
 涙のありかは分からない。
 きっと彼女はこの日のことを、非現実的な夢の一つとしていつか忘れるだろう。
 だがそれでいいのだ。
 雨が、やがてやむ。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
siren silent siren

――happy end