●人罰人 ワイパーが忙しなく、忙しなく、降りしきる雨を払い退ける。退けても退けても降りしきる、雨。 先ず、目に届くのはそんな景色だった。それからライトに照らされたどこまでも続く道、それを挟む暗い木々、真っ黒い空。 耳に届くのは濡れた道をタイヤが転がる音。車のエンジン。それから、己の激しい心臓音と荒い息遣い。 ハンドルを握り締める手が汗でジトジトする。深呼吸。速く、速く速く早く早く直ぐに遠くへ。 「ねぇ」 横に座っていた愛人が不安げな声。 「アレ……」 差す指。青い顔。跳ねる心臓、冷える心、あぁ、見えた。見えている。見えてしまった。 前方、道路のど真ん中に立ちふさがるトレンチコートの男。 「もう追い付きやがったのか……!」 「ねぇ、どうするの!?」 「ぐ、くっ……知るか、知るかよッ死ねぇええええ!!」 思い切りアクセル、ぐんと加速、慣性、脂汗、雨に打たれる男が目の前―― 「……」 しかしトレンチコートの男は一歩も動じなかった。ひょいと片足を上げて、その足一本で『車を力尽くで止めた』。 耳障りなクラッシュ音。 止まった車。進まない車。 「ひっ……!?」 本能が告げる。化け物。危険。逃げろ。今すぐにでも。 愛人と共に車を飛び出す。その目の前にあの男が。鋭い眼光、振り上げられていたのは――フォーク?胸に刺さった小さなフォーク。痛、……くはない?無我夢中で男を突き飛ばして、走って、濡れた地面に足を滑らせ転んでしまった。女が駆けつけてくる。そして悲鳴。 「血が」 血? そう言えば胸が、さっきチンケなフォークで刺された胸が生暖かい。 見た。自分も悲鳴。 血が。ありえない量の――まるでドリルか何かで貫かれた様なほどの、大量出血。 どうして。寒くなっていく体、心、死ぬ、死ぬ、死ぬ! 見遣る先、雨の中、車のライトに照らされたあの男――一歩、一歩、こちらへ来る。 「く、来るなッ」 女が、恋仲の男の所持していたナイフを手に立ちはだかった。トレンチコートの男が止まった。 「……。お前は、直接殺人はしなかったが随分とあの男を手助けしたな? 死を以て償って貰おうか……その男にじっくり『反省』して貰った後にな」 「……っ、」 「そいつは小さな子供を散々弄んだ挙げ句にバラバラにして、下水に捨てた様な下衆だぞ。何故庇う?」 「うる、さい」 「法律は『時効』なんてモノでその男を許したが。俺は許さん。絶対に許さん」 「そういうアンタだって人殺しじゃあないか! 善人面しやがって、この偽善者!」 「俺がいつ『正義の味方』だの『神の代行者』だの言った? 悪人で結構。愚者で結構。罵りたいなら罵れ。それが遺言になっても良いならな」 一歩。女が、飛びかかる。トレンチコートの男にナイフを突き立てる。 が。 「!?」 一ミリも刺さっていない。 トレンチコートの男は溜息を吐いた。 「もう良い。」 邪魔だ。声は背後から、いつの間に、振り返る視界が真っ赤に、咽が裂けて、血が、血が、血が。 「さて……後悔すると良い」 血潮の中、藻掻く二人へ。 「ゆっくり、ゆっくり、たっぷり、長く長く……死にながらな。」 雨が降る。冷たい雨が。 掲げる三つ叉の銀は、赤。 ●タダシイタダシサ 「あらゆる犯罪があらゆる所で起きとります。毎日、毎日、今この瞬間も、世界中で大なり小なり……人が人である限り。 っとまァ、そんなこんなでハローモルゲンですぞ皆々様。メタフレフォーチュナのメルクリィで御座います」 そんな言葉と共に事務椅子をくるんと回しリベリスタへ向いたのは『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)。 その背後モニターには――暗い。雨の景色。血の景色。立っているのはトレンチコートの男が一人。静止画。 「大まかな経緯は……先程私が視たモノでご理解頂けたかと。 凶悪犯罪を犯していながら時効となった者、相応の罰を受けなかった者。そんな者達を死によって裁く者――それこそが革醒者『人で無し』之井・ノーマンで御座います。種族はメタルフレームですがジョブは不明。 彼は『罪を犯しながらも裁かれない・相応の罰を受けない罪人』を心の底から憎んどりましてな、理由は分かりませんが。 まァ兎に角、ノーマン様はこの男――時効の犯罪者『池原・昭三』を殺さんとしとります。てか殺します、『何も起こらなければ』……昭三様とその恋仲であるこの女性『砂橋・圭香』と共に」 一部始終をご覧頂きましたよね、とメルクリィは薄笑みを浮かべる。 『何も起こらなければ』……ということは、つまり。何となく先が分かった――複雑な気持ちが心に沸き上がってくるのを感じつつ説明の続きに耳を傾ける。 「皆々様にお頼みしたい今回の任務は『池原・昭三』『砂橋・圭香』両名の救出orどちらか一名の救出。 理由は『昭三様と圭香様がお亡くなりになられた場合にのみ凶悪なE・アンデッドが発生する』からですぞ。 その名も『元人間』、フェーズは2。昭三様と圭香様の死体が融合したエリューションで御座います。革醒したてとはいえその能力は危険そのものですぞ! 理想はこの発生を未然に防ぐ事ですが……もし発生してしまった場合はこれの討伐もお願い致しますぞ」 詳しいデータはそこに纏めてありますので、とメルクリィは卓上の資料を視線で示した。 「それから一つ注意事項が御座いまして」 顔を上げたリベリスタ達、その顔を見渡してから彼が機械の指で示したのはモニター。トレンチコートの男。彼の持つ小さなフォーク。 「アーティファクト『チカチーロの舌』。小さなフォークのアーティファクトですぞ。 これは直接的な傷を付ける事は出来ないのですが……『本来なら傷ができた場所』から所有者の任意で『出血、流血、失血』の内一つを付与する事が出来ましてな。 昭三様は皆々様が到着するだろう頃には既に流血状態で御座います。何もしなければ彼はすぐにでも死んでしまうでしょう。 圭香様も何も起こらなければノーマン様に殺されてしまいます。 その辺り……頼みますぞ」 何も策が無ければ危険極まりないエリューションが誕生してしまう。そうさせない為には……。フォーチュナの視線が釘を刺すように、キチンと考えておかねばなるまい。 頷く事で続きを促せば「了解ですぞ」とメルクリィも頷く。モニターにズームアウト画像を展開する。 暗い山の中の道路。外灯の類は見受けられず、今あの場にある光源は昭三と圭香が乗っていた車のライトのみだ。真っ黒なアスファルトには水溜まり、雨が落ちる度にポツポツと小さな波紋を広げて作る。 「現場はこの山の古い道路ですぞ。ご覧の通り雨が降っとります。 ……特筆すべき事は特に御座いませんな。 サテ、以上で説明はお終いです」 メルクリィが組んだ膝の上に機械指を重ねた。フフ。常の胡散臭い笑い。に、ほんの少しの心配が混じったモノ。 「私はいつも皆々様の味方ですぞ。応援しとります。お気を付けて行ってらっしゃいませ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月01日(日)23:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ざーーー 雨。雨。冷たい雨。降りしきる。濡れる。ボトボト。冷たい。冷える。じめじめ。服は皮膚にへばりつく。 あぁ、あぁ鬱陶しい。鬱陶しくて不快で不愉快で嫌な雨だ。雨だ。 出るのは吐くのは溜息ばかり。重くも軽くもない息ばかり。無関心無感動無無無。だってどうでもいい。踊る世間にゃ馬鹿ばかり。馬鹿溜り。どいつもこいつも阿呆面下げて。 「罪と罰、ね。嗚呼、嫌だ嫌だ。罪を裁かれない馬鹿も、人誅する阿呆も嫌いです」 ざんざと振る雨の中で『消失者』阿野 弐升(BNE001158)は至極何でもない様に、それこそ「青信号は青いから渡るんです」と言ってのけたかの様に、曰く「裁いていいのは裁かれる覚悟のある者だけ。文字通り因果応報です」と。 何もしなくても、何処かでツケを払うハメになるんですから放置でいいのに。 余計な事を。お陰で手間がまた一つ。あぁ面倒だ。どうでも良い筈だったのに。 どうでもいい――どうでもいい。何故関心を抱く必要が。一秒でも早く帰れるんなら。雨が、雨が。 ひしゃげた車のライトが見える。雨の中。声も聞こえる。雨音ノイズに聞き取り難いが。きっとリベリスタ達の中に聴覚を研ぎ澄ませた者がいたならば、雨に薄まる血の臭いも嗅ぎ取れた事だろう。 目を合わせた。作戦開始――真っ先に一直線、身体のギアを格段に上げ、手持ち照明も消してトレンチコートの男:ノーマンにナイフと鋏を構えて光矢が如く吶喊したのは『光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)。 狙うその背――しかしリュミエールが高速で蹴る地の音に気配にノーマンが振り返った。気付かれたか。目が合った。 「ヨォ、良イ天気ダナ」 上手く活用してやるから取り敢えずそのフォーク寄越せ。ついでに言うと振り返ったのが遅すぎた。普通のエリューションが相手なら間に合ったのであろうが、繰り出された気糸ですら光狐にとっては亀より遅い。止まって見える。 「アイツラニ死ぬ価値も生きる価値モ私ニハドウデモイーケドヨ」 リュミエールを捉えんと繰り出された気糸を掻い潜り、髪伐で断ち切り、間合いを零に。 「お前モ覚悟ハアルンダロウ?」 繰り出す光速の刃。ガードするノーマン。堅いな――そう思い振り払われた地勝ち―路の下をバク転回避、間合いを取る。 「……何者だ」 いきなりの乱入者に訝しむ表情、されど狼狽える様子は見受けられない。隙も露呈しない。警戒。 (罪に問われない罪人を代わって私刑で裁く処刑人か) それこそ小説やテレビドラマだったら栄えるだろうが、自覚して尚それを続けている事は気に入らない――『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)はエネルギーを込めたNagleringを構えて、横合いから返事の代わりに一閃する。吹き飛ばす事は出来なかったがノーマンが飛び退いた。見渡した。リベリスタ達。それからディートリッヒに目を向ける。何をする、と言いたげに。 「犯罪者が罪を問われないことを憤る気持ちは分かるが、越えてはならない一線を越えて、更にそれを自己の嗜虐趣味とあわせていること。俺はそれを見過ごせねーな」 銀剣を突き付ける。 肉体と神経の臨界点を突破する。 虎の双眸に宿るは剥き出しの闘志。 「それにお前の持っているアーティファクトの名前」 ロストフの殺し屋、赤い切り裂き魔。 「なんて悪趣味で……お似合いの武器だな」 「……初対面の男に性癖まで決めつけられるとは予想だにしなかったよ」 まさか俺にサドの趣味があったとはな。鼻で笑う事すらせず、ノーマンはチカチーロの舌を構えた。 「お前達が何者なのか知ったこっちゃないし教えてくれそうな雰囲気でもなさそうだが……退いてくれ。邪魔をしないでくれないか」 攻撃態勢のまま、物言いは緩やかに諭す様に――『お前達と争う理由は一つも無い』と。てっきり心の底から殺人を愉快に思っているトンだ外道だと予想していたのだが。 だが、全て、致し方ない事。 (世界を護ることに繋がるならば、どんな外道をも生かすべし……か) なんとも、実に、アークらしい。夜闇に溶け込む黒装束を纏った『無形の影刃』黒部 幸成(BNE002032)は周囲にランプを設置し光源を確保しながら用心深く人で無しを注視する。 仲間達にはそれぞれに思う所はあるだろう。だが、自分は己が忍務を成すのみ。黒装束に身を包む際は己の手を汚す事も厭わぬ非情な忍びであれ。無あれ。零度であれ。忠実な黒の下僕を足元より召喚し間合いを取る。相手の手の内が分からぬ以上、迂闊に飛び込むのは危険極まりない。 「……どうしても退いてはくれないのか」 取り囲むリベリスタを見渡しノーマンは物憂げに息を吐く。視線の先ではエリス・トワイニング(BNE002382)が聖なる光と癒しの微風で昭三の傷をすっかり治しきっていた。 エリスと目が合う。 一寸の間。そう言えば雨が降って居たんだっけ。再度意識内に入って来た雨の音。 「法に拠らず……人を裁く人が……逆に裁かれる。そんなことを……考えなかったの? 私刑をする人が……私刑によって裁かれるのは……もっと滑稽な気が……する。 貴方は……そう思わない?」 「因果応報。覚悟ぐらいは出来ている。……滑稽か。なら笑っておけ。笑う門には福来るだ、お嬢ちゃん」 「貴方が……何を思って始めたことか……分からないけれど。一度……踏み外してしまえば……転落するのは……かんたん」 貴方は安易な方に逃げただけだと思う。セファー・ラジエルを開く。一歩前へ。 「その上で……嗜虐することに……喜びを覚えることで……更なる逃避を……しただけ。正面から……向き合うことが……出来なかった」 「だから、俺はサディストじゃないと何回言えばいいんだ……。尤もマゾヒストでもないが……ハァ。まぁ、いい。サドでもマゾでも。そう思いたいなら思っておけ。見下したいなら見下せばいい。罵って満足するならいくらでも罵れ。俺は誰かに誇れるような人間じゃない事ぐらい分かっている。お前達みたいなちゃんとした者も居れば俺みたいに汚い奴もいる。それだけだ」 何を言われても超然と。最早言葉は届かぬか、エリスは体内魔力を活性化させた。同時にノーマンが指先に道化のカードを作り出し、エリス――ではなく、その背後の昭三を狙う。が。 「よぉ。罪を犯しながらも裁かれない、相応の罰を受けない罪人ってのはアンタか」 真っ正面、放たれたカードを鬼爆で殴り落とし、『不退転火薬庫』宮部乃宮 火車(BNE001845)がノーマンに肉薄する。 やりたい事やってる割にはどうにも言い訳がましい奴だ――正義の味方でも神の代行者でもないなら、ただの我侭野郎って話だろ? 同類だ。 紅蓮の拳で殴り付ける。確かな手応え、それでも前へ前へ真っ正面の真っ正面へ、一番狙われるには目的の間に入るのが一番。人で無しの姿がL2D-1000lm・改の光に照らされる。フー。と息を、火車は再び火を宿らせた拳をゴキリと鳴らした。 ただやりたい事やるのに尤もらしい理由が要るってなら、とんだクソ野郎だ。『精神衛生上よろしくないですかぁ~?』ってなモンでして。 『気に入らねーからヤる』……それだけで十二分。自分達の様な連中は。 (……気に入らねえ) から、ぶっ潰す。 「お待たせしちゃったなぁ? 面白半分で同じ事、テメーにしてやるよ」 「『鬼爆』の文字――アークの宮部乃宮火車か」 「ハイハイうるさいよー潰すぞ」 焼けた頬を拭ったノーマンへ再度拳を。超前衛。延々ブロックさせて貰おう、しつこい事が自分の売りだ。 始まる戦闘――次々とノーマンに襲い掛かって行く仲間達を見、後衛置の『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)は浅く息を吐いた。全く、暗い場所での依頼が多すぎて暗視ゴーグルが手放せないわなんてぼやきながら。 ぼやきながら……脳内には形容し難く当所ない鬱憤、の様な不快感。冷たい雨の所為か、皮膚に張り付く服の鬱陶しさがその気分を助長しているかは知らないが。 背後には昭三に付添う圭香。今回の任務の方針はこのどちらかか両方を救出、といった内容だが。まあ、その方が寝覚めが悪くなくて良いのは分かるのだが。 チラリ目を遣る。すっかり全快した男はさも気分爽快といった様な、清々しさの様な、隠しもしないニヤニヤ笑いを浮かべて興奮気味にリベリスタからの総攻撃を受けるノーマンを見詰めている。「ざまあみろ」「好い気味だ」そんな独り言まで。 「……」 蔑みの言葉すら勿体無い。汚物を見下す様な目線で杏はそれを見ていた。正直、どうでもいい。この男は。 時効は人が定めたボーダーというだけで罪が消えるわけじゃない、と杏は思う。 (『罪と罰』なんて本があるけれど、罪を犯したなら、時効なんて関係なく罰せられるのは当然でしょう?) まぁ、時効の有無は犯罪を犯した本人からしたら大きく違うんでしょうけど知ったこっちゃない、ただの個人意見。 だから、自分はこの男には何も言わない何もしてやらない。 呪文を唱え、魔曲の四光で仲間達の支援をする。そのまま問い掛けるのは、女の方。 「……しかしアンタは随分と厄介な男に惚れたものね。何なの? 危なげな男の魅力って奴に惹かれちゃったの?」 「……、」 返事は無言。見えないが、多分目を逸らしていると思う。 「でもね、実際に行動に起こしちゃうのは魅力でもなんでもないわ。ただの社会不適合者よ、いうなれば屑よ」 「何だとテメェ!」 喰い付いてきたのは男の方――やれやれだ。肩を掴もうとして来たのでギターで殴りつけてやればもんどりうってすっ転ぶ。 「な、にしやが……」 鼻血。鼻声。鼻の骨と……あぁそれから前歯もか、おめでとう。しかし杏の視線は戦場に、問い掛けは立ち尽くす圭香の方へ。 「もっと自分のためになる人間とお付き合いしなさいね。 ま、さっきも言ったけど当事者の事なんて何も知らない人間の言い草よ」 「――……、私は」 「何? 言いたいことがあるの?」 「っ、」 「あるなら言ってみなさいよ。やむにやまれぬ事情でもあったの?」 「う……、」 「話しなさいよ」 しかしそれっきり。雨の音と戦闘音楽だけが鳴り響く。そんな二人に「さあ」と促す言葉を掛けたのは『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)。 「行きなよ。拾った生は大切にすると良い。もし無駄にしたら……分かるね?」 と、また一発重弩を放ちながら。 「さっさと避難してね。庇う余裕は大して無いんですよ。それと……今回は都合よく俺達がいましたが、第二第三の脅威があるかもね。素直に罪を償ったほうがマシだったかも。ヒャッハッ」 チカチーロの舌によって血だらけ状態の弐升が飛び退いたついでに振り返って、嫌みたっぷりに笑顔。「逃がすか」ノーマンが超速で間合いを詰める。狙いは昭三達――だが、それをさせるかと高速三次元戦闘を繰り広げていたリュミエールが庇いに入った。お陰で二人は全くの無傷で済んだが彼女はそのまま倒れてしまう。 「申し訳無い。君の使命と同じく、こちらにもこなすべき仕事があるんでね。君が彼を狙う限り、僕等も手を緩める訳にはいかないんだ。 ――なに、遠慮する必要は無い。存分に邪魔をして見せなよ」 言葉と共に照準を合わせ、リィンは光速の魔弾でノーマンを牽制する。くぐもった悲鳴と、血。くすりと嗜虐的に笑う。 「さて、君がそんな使命を抱いたのは何故なんだろうね? まあ、きっと良くある理由なんだけれど。もしそうなら、理解出来なくは無いけど、不毛な事だよ」 「……『理由は無い』。そう言った方が、きっとお前達なら、納得するだろう?」 肩で息をしながら、幸成の気糸を辛うじて躱しディートリッヒの重剣に蹌踉めきながら。その方が好みだよ、とリィンは笑んだ。 「理由なんてどうでも良いんだろが……! 気に入らないなら 全部手前で潰してきゃあ 最終的にはスッキリだ……!」 火車は殴る。何度でも殴る。雨に洗われても尚、鬼爆を真っ赤に染める血は彼のものか自分のものか。ボタボタ失血。流血。出血。エリスが神なる息吹で癒してくれるが、それでも。 「この手の連中はよぉ……っとに碌でもねえモンだけ持ち歩いてやがる」 良いぜ。ニヤリと笑う。血濡れた口元。 「そのまま刺し込んで来いよ! もぎ取ってってやる!」 「退いてくれ――頼むから、退いてくれ! 俺を殺すのはそれからでも遅くないだろう!」 「ウダウダうるっせーんだよ黙ってろや!! 大体テメーの敵はテメーだろうが! 自殺でもしてろや!」 殴る。斬る。攻撃。猛撃。皆の血液を奪うアーティファクトの奪取、破壊を狙う者も複数いるが……中々耐久値があるらしい。尤も良く見たらややひしゃげてきてはいるが。 雨が降る――また一人倒れる。そして昭三達が逃げて行く。夜闇と雨に紛れて。何度も振り返りながら。 「殺せ、殺せ! そんなバケモンぶっ殺しちまえ! アハハハハハハハ全く神ってのはいるもんだなァ! 感謝してるぜアンタら! アハッざまぁみろ『人で無し』!! あはははははははははは」 昭三の声が、雨音と共にいつまでもリベリスタ達の鼓膜にへばりついていた――しかしこれが任務、正解なのだ。 (それ以上でも……それ以下でもない) 最悪の事態を避けるために助けただけ。エリスは天使ラジエルの書に魔力を込めて、神秘の力を引き出しながら思う。唇には聖人に奇跡を願う祝詞。 自分には罪に問われなかった人の罪を裁く事なんて出来ないから。 「……っ、」 ノーマンがディートリッヒのNagleringをフォークで受け止める。魔弾に被弾しながらも拮抗する。 (之井が何故このような連続殺人を行うようになったか、知りたくもあるが……) 剣を振り払い、獣戦車は思う。だが、もう言葉でどうこうなる時間は終わった。とうの昔に。 もう、遅い。何もかもをひっくるめて、俺は奴を叩くだけ。 「おらぁッ!」 振るう剣。頬に着く返り血。Nagleringの文字に伝う鮮血は雨が静かに洗い流した。片膝を突いたノーマンを幸成が気糸で絡め取る。杏の魔弾が穿つ。直後に気糸を振り払い、超速―― 「消える奴は いつも後ろに出んだよなあ?」 しかし火車は読んでいた。紅蓮の肘鉄がノーマンの腹部に直撃する。グシリ、と鈍い音に重い感触、吐き出す鮮血が火車の髪を赤黒く染めた。 「がッっ……げほ、」 それでも倒れぬのは運命を燃やしたからか――飛び退き、見渡す。標的は消えた。アークとも戦う理由は無い。 「君達とはもっと違う形で会いたかった」 それだけ言うや、真っ黒。視界を埋め尽くす暗黒。闇の世界。 「!」 熱で相手を捉えていた幸成だけは分かった。人で無しが撤退する――だが、追いはしない。仲間達に彼が撤退を始めた事を告げ、長く長く息を吐いた。闇はすぐに晴れる。山道にでも入ったか、そこにノーマンの姿は無い。 雨が降って居る。 ただ雨が降って居る。 血の臭いやその跡すら洗い流して。 振り仰ぐ空は――暗く、暗く、ただ無情に暗く、冷たい空気を孕んで居る。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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