●Hat or Head? 暖かいオレンジ色に染まった空をカラスが五、六羽群れをなして飛んで行く。 夕暮れ時の三高平市商業地区にあるオフィス街の一角。 ちょうど会社から出てきた一人のサラリーマンは、白い息を吐いて空を見上げた。まだ黒々と若々しい髪をなびかせたその頭上を、かあかあと鳴き交わす黒い点が寝ぐらへ向かって飛んで行く。 「おう、君らも帰りかい。お疲れさま!」 男のつぶやくような労いの言葉を知ってか知らずか、カラスはかあと一声鳴いて飛び去った。 彼の務める会社は定時退社を約束してくれる良心的な企業だ。その分、仕事の納期が近付くと勤務時間中は修羅場に陥るのだが。それでも定時退社と充分な有給休暇を約束されていると思えば自然と仕事にも身が入る。 今頃、引っ越したばかりのマイホームでは妻と愛娘が夕食の準備をしているだろう。少女のように瑞々しい笑顔を浮かべる妻と、五歳になったばかりの娘が並んでキッチンに立っている姿が脳裏に浮かぶ。時々は、そこに自分も加わることにしているが、ここのところ大きな仕事が立て込んで、自宅でも仕事をしていることが多かった。娘にも寂しい思いをさせたかもしれない。 そうだ、今日はその穴埋めをしよう。 男は優秀なサラリーマンであり、頼もしい夫であり、優しい父親だった。そのために、彼は普段ならまっすぐ駅へ向かう足を、今日に限ってほんの少し別方向へずらしてしまった。 オフィスからへと繁華街へと。 近道をしようと街灯の少ない路地に入った時だった。 彼の足元から、若干舌ったらずなあどけない声がかかった。 「おじちゃん、あたしのぼうし、しらない?」 見下ろすと、そこには彼の足にしがみつく幼い少女。長い黒髪をツインテールに結び、青い空色の袖の長いワンピースを着ている。年の頃は娘と大して変わらないように見える。 はて、と彼は首を傾げる。こんな目立つ色の服を見落とすとも思えないが、彼女はいつの間に足元に来たのか。 目を丸くする男に、少女はもう一度繰り返す。 「おじちゃん、あたしのぼうし、しらない? くろいぼうし。あおいおはながついてるの」 大きな黒目がちの瞳を潤ませて、少女はスーツの裾を握りしめてくる。 「こんな時間にお嬢ちゃん一人じゃ危ないよ。お帽子はまた今度にして、早く帰りなさい」 腰をかがめて、少女と目線を合わせてやる。見たところ、周囲に少女の親らしき人影は無い。一人でこんなオフィス街まで遊びに来たのか。 もう陽が沈もうとしている。一緒に帽子は探してやれないが、せめて家には帰してやらねばならないだろう。 しかし、少女は唇を引き結んでいやいやをするばかりである。 「おじちゃん、あたしのぼうし、しらない?」 さらにもう一度。先ほどよりも強い口調で少女が問いただして来る。 なるほど、よほどお気に入りの帽子をなくしてしまったようだ。不憫に思うが、探すのを手伝ってやれるほど時間に暇は無い。男は一刻も早く、妻と娘の待つ家に帰りたかった。 「おじさんは知らないよ。さあ、もうお帰り。お家はどこかな?」 そう口にした途端。 男の視界から少女が消えた。 あれ、と思う間もなく、背後から小さな手が頭頂部に触れる感触がする。 「じゃあ、おじちゃんのぼうしちょうだい!」 無邪気な声。 そしてぶちぶちと何かが引き千切られるような音と共に、男の視界は鮮やかな赤に沈んだ。 ●Mad Hatter 「今回の任務は至極単純よ。E・フォース一体を討伐してちょうだい」 居並ぶリベリスタたちに、『リンク・カレイド』真白イブ(nBNE000001)ははっきりと告げる。 「敵は死後エリューションとして覚醒したE・フォース『マッド・ハッター』。まだフェーズ1のうちに叩いて欲しいの」 イブの後ろに据えられたモニターに討伐対象が映し出される。 まだあどけない顔立ちの少女は画面の中で、今にも泣き出しそうな悲しげな表情をしている。爽やかな青いワンピースに身を包んだその姿は、とても化け物とは思えない。しかし、イブは、そしてリベリスタたちはよく知っている。どんなにいとけない姿形をしていても、同情を誘う瞳を向けて来ようとも、その皮一枚めくった下はもう人間では無い。己の欲求の赴くまま、何の罪も無い人々を襲うエリューションなのだ。 もちろん、E・フォースと化した彼女も。 「見た目はまだ子どもだけど、彼女の武器は怪力を持つ両腕。両手で相手の髪を掴んで頭皮を根こそぎ引き剥がしてくる。リベリスタなら皮を剥がされる、なんてことは無いでしょう。でも、髪を引っ張られたら無事ではすまないと思って」 皮を剥がされる――イブの小さな唇から告げられるにはあまりにも不釣り合いな惨状。思わず数人のリベリスタが、さっと己の頭に手を添える。 「ターゲットが現れるのは夕暮れの商業地区。一般人が巻き込まれないように、こちらで通行規制は行っておくわ。ただし、分かっていると思うけど街の損壊は必要最低限に抑えること。道路を破壊したり街灯を折ったりなんて論外よ」 こちらの釘差しは、リベリスタには最早慣れたものである。 神秘秘匿すべし。 闇に生きるリベリスタとして、表の世界に波風を立てるような行動はできない。 「すでに男女合わせて三人被害にあっている。幸いと言うべきかしら、まだ死者はでていないけれど、それも時間の問題ね。現に昨晩被害にあった男性は未だに意識不明の重体で回復のめども立っていない。これ以上、犠牲者を増やすわけにはいかないわ」 そして最後に、ふと、思い出したようにイブは言葉を付け足した。 「ああ、それと―― 今まで『マッド・ハッター』の被害に遭ったのは豊かで綺麗な黒髪の人間だけ、だそうよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夜半 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月06日(金)22:12 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Who are you? 作戦決行の三日前。片桐水奈(ID:BNE003244)は三高平市警察署にいた。E・フォース『マッド・ハッター』の元となった少女について調査するためだ。彼女はあまりにも幼い。水奈は、生前の少女は恐らく商業地区かその周辺で不慮の死を遂げたのだと推測した。 幸い今回のエリューション事件は三高平市が現場だ。神秘への理解の深い三高平市警は二つ返事で快く水奈への協力を了承してくれた。 未だフェーズ1ということは、命を落としてからまだ日が浅いはず。資料室に保管されたファイルをめくるうち、水奈の視線は約一月前の事件記録で留まった。 水奈の推理は当たっていた。発見した記録には、5歳の誕生日を迎えたばかりの少女が、その翌日の夕刻、商業地区のとあるオフィスビルの前で轢き逃げに遭い死亡した経緯が記されていた。犯人はすぐに出頭したものの、少女は即死だったらしい。 時期、年齢、背格好、場所、全ての符号が『マッド・ハッター』と一致する。この被害者が『マッド・ハッター』の正体と考えて間違いないだろう。 幼くして未来を閉ざされた少女の名前を水奈は、つっと指でなぞる。 誕生日の翌日に死を迎えた少女。探している帽子とは、両親からの誕生日の贈り物だったのかもしれない。どんな帽子なのだろう。どんな想いで彷徨っているのだろう。その帽子を入手できたなら、あるいは彼女の魂だけでも救うことができるだろうか。 ファイルを片手に、水奈は資料室を出た。 ●Do you know? 太陽が沈んで行く。山の端からこぼれる夕陽が、静まり返った高層ビルの群れを鮮やかな紅に染める。 いつもなら仕事帰りのビジネスマンでひと時賑わう路地。だが、今日はしんと静まり返っている。人っ子一人通るどころか、立ち並ぶビルにも人の気配は無い。車の一台も通らない大通りは閑散として鳥の鳴き交わす声も聞こえない。 その不自然なほど静閑な路地のひとつを『鬼出電入の式神』龍泉寺式鬼(ID:BNE001364)が一人歩いていた。身に纏う振袖は夕陽よりもなお鮮やかな緋色。その背には滑らかな艶のある黒髪が揺れる。たっぷりとした長い髪は陽の光を受けて菖蒲の色に煌めいている。 一見一人きりのように見えるが、そう遠く無い地点でリベリスタの仲間たちが気配を隠して様子を伺っている。美しい黒髪を好むE・フォース『マッド・ハッター』をおびき出すため、式鬼は風見七花(ID:BNE003013)とともに自ら囮をかってでたのだ。 が、彼女の前に何者かが現れる気配は無い。ほんの少し落胆したように、ふむ、と嘆息する。 「黒髪の艶には自信があるのじゃが。どうやら、帽子屋のお気に召したのはあちらの方のようじゃのう」 その様子を、道端に停まった宅配トラックの影から小鳥遊・茉莉(ID:BNE002647)が見守っていた。今は敵の気配は無いとは言え、いつでも戦闘に入れるように集中を重ねている。 傍らには『吸血婦人』フランツィスカ・フォン・シャーラッハ(ID:BNE000025)も同じく身を潜めている。こちらは気配遮断を駆使し、完全に気配を押し隠している。 姿は見えないが、他の仲間たちもまた、めいめいの場所で『マッド・ハッター』の出現を待ち受けているはずだ。 茉莉は『マッド・ハッター』の行動に疑問を抱いていた。帽子を探す少女の姿をしたE・フォース。それが何故黒髪を剥ぐようなことをするのか? 「どうして彼女は帽子の代わりに黒髪を集めるのでしょう?」 帽子の代わりに黒髪ばかりを狩り集める。それはあたかも、カラスが金属を好んで収集するかのようで。 思わずぽつりとこぼれた言葉に、フランツィスカはくすりと小さく微笑む。 「彼女の大事な大事なお帽子と黒髪と。考えられる共通点と言えば頭に被ることと−−色、かもしれないわね」 「自分の帽子と同じ色だから、ということですか?」 「もう、帽子とそうでないものの見分けも付かなくなっているのよ」 年端も行かない少女がエリューションと化してまで執着し、追い求める帽子。きっと大切な宝物だっただろうに。強過ぎる想いに飲まれて、もう目の前のモノが自分の宝物かそうでないかまで分からなくなってしまった。あまりにも皮肉な結果だ。 「なんだか可哀想ですね」と呟く茉莉にフランツィスカは、そうねえ、と軽く言葉を返す。 そしてもう一度、艶然と微笑みひとりごちる。 「もっとも、ただの思念の成れの果てに同情の余地なんて無いけれど」 と、その時。 二人が携帯しているAFから『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(ID:BNE002939)の声が響いた。 「感情探査に強い執着心が引っかかりました! 例のエリューションかもしれないですよ」 彼女にしては珍しく緊迫した声が、その予感がほぼ間違いのないものであることを告げている。 身を硬くする茉莉とフランツィスカの耳に、AFから別の音が聞こえた。雑音が多い。どうやらはっきりとした言葉による通信ではなく、通信機能を繋いだだけのようだ。 二人が身を隠しているトラックの向こうで式鬼も自身のAFである鬼の面を手に取っている。ということは、通信相手は七花か。 やがてAFから漏れ聞こえてきた声は七花ではなく、舌ったらずな幼い少女のものだった。 『ねえ、おねえちゃん……あたしの……しらない?』 通信が入る少し前。 隣の路地を探索していた七花は本来そこにいるはずの無いものと出会っていた。 黒髪のツインテール、空色のワンピース、そしてオフィス街には不似合いな小さく幼い身体。大きな瞳を潤ませる少女は、しかし濃厚な血の匂いを纏う。E・フォース『マッド・ハッター』がそこにいた。 「おねえちゃん、あたしのぼうし、しらない?」 少女はとてとて、と小走りに七花に走り寄る。 (まずい……!) とっさにAFの通信機能だけは繋ぐ。 「ねえ、おねえちゃん」 そのまま七花のスカートをがっちりと掴もうとする。 「あたしのぼうし、しらない?」 その手を一歩下がってかわした七花は、代わりにしゃがみこんで『マッド・ハッター』の両肩をつかむ。七花は『マッド・ハッター』と目線を合わせて、柔らかい口調で問いかける。 「ねえ、あなたの帽子はどんな形なのかな?どこで無くしたのか分かる?」 「くろいの。まんまるくて、はじっこのとこに、あおいおはながついてるの」 会話ができた。どうやら帽子に関することなら答えてくれるようだ。 ほっとした七花はさらに語りかける。仲間たちが駆けつけてくれるのを待って。 「そっか。じゃあ、お母さんはどうしたのかな? 一緒じゃないの?」 「おかあさん?」 その途端、『マッド・ハッター』の表情が大きく歪んだ。 両肩をつかむ七花の手を払いのけ、唇を強く噛む。 「あおいおはな、おかあさんがつくってくれたの。けいとのおはな。あれしかないの。あれじゃないとだめなの!」 堪りかねたように金切り声をあげる『マッド・ハッター』。 『不思議の国のアリス』の物語ではマッド・ハッターは道化師にも似た振る舞いでアリスを煙に巻く。けれど、七花の前にいる彼女は純粋ゆえに狂ってしまった。 憐れむべき存在ではあるが、リベリスタはエリューションを倒さなければならない。 リベリスタ・風見七花に迷いは無い。 「ごめんね、マッド・ハッターちゃん。私もあなたの帽子は知らないの」 きっぱりと告げる。『マッド・ハッター』が眼を見開く。 「じゃあ――」 おねえちゃんのおぼうし、ちょうだい! 幼い唇から続く台詞は、鋭い銃声にかき消された。 シューティングスターにより研ぎ澄まされたフランツィスカの1$シュートは過たず『マッド・ハッター』を撃ち抜いた。 ●Let's play with me! 細い悲鳴をあげて、『マッド・ハッター』がふらふら後ずさる。 その隙に七花は後衛に下がり、エーデルワイス、『何者でもない』フィネ・ファインベル(ID:BNE003302)、小鳥遊・真文(ID:BNE003326)が彼女を庇うように前衛へ立った。 「なぜ帽子がいるのですか?言わないと殴りますよ」 さらりと物騒な脅しを歌うように口ずさむのはエーデルワイス。七花に追いすがる拳の前に立ち塞がる。 エーデルワイスの頭めがけて伸ばされた手は、しかしその頭のキャスケットに阻まれて彼女の髪を掴むことはできない。 ふと、エーデルワイスのキャスケットを見た『マッド・ハッター』の表情が変わった。 「あ、あたしのぼ――」 そして容赦無く浴びせられるエーデルワイスの無頼の拳。 「言っても殴るけど♪」 非情なまでのマイペース。これがエーデルワイスの強みでもある。 「あたしのぼうしぃぃ!」 エーデルワイスを追いかけるように伸ばされた拳を、今度はフィネが受け止めた。 人間の頭皮すら剥がす怪力の拳を、フィネはガードする。 「あう、痛いけど、ガマンです」 敵の攻撃から後衛を守るため、仲間を回復する時間を稼ぐため、フィネは必死に耐える。 「ぼうし、ちょうだい!」 とうとうフィネの白い髪が引っ張られる。ぐいっと頭が無理矢理引き寄せられる。 そこへ真文がすかさず割り込んだ。 「女の子の髪を乱暴に扱っちゃダメーっ!」 飛び込んだ勢いのまま、幻影剣を叩きつける。 真文の後ろに回ったフィネとエーデルワイスに、水奈が天使の息をかける。二人の身体に浮かんだ痛々しい傷が薄れて消えていった。 「なによ! あたしのじゃましないで!」 1$シュートにひるまされた『マッド・ハッター』は、今度は強い敵意をむきだして真文に向かう。次々斬りつける幻影剣にも構わず、両手でむんずと真文の茶色いポニーテールを引っ掴んだ。 「ぼうし! ぼうしぃぃぃ!」 「うわっいたたたた!」 傍目から見れば、幼女と美少女が戯れる姿は非常に微笑ましい画なのだが、髪にしがみつかれている本人はたまったものではない。なんとか振り解こうと幻影剣で狙うがなかなか剥がれない。 おどけて見えるがじわじわと蓄積されるダメージに、真文の頭皮は悲鳴をあげている。 「む〜禿げたらどうしてくれるのさ」 「真文さん、気をつけて!」 「へ?」 口を尖らせて抗議する真文の鼻先、正しくはその先の『マッド・ハッター』へ茉莉の魔曲・四重奏が突き刺さる。 例えどんな理由があろうとも、一般人を傷付けるエリューションに情けをかけるほど茉莉は甘くない。 「きゃあ!」 悲鳴をあげて飛びすさった『マッド・ハッター』に、次は七花が間髪入れずマジックミサイルを放つ。煌めく魔術の光で編まれた砲弾が撃ち込まれていく。 初撃で不意打ちを受けた上、強力な連続攻撃を受けて『マッド・ハッター』は明らかに消耗していた。しかも、リベリスタたちはといえば、傷付くそばから水奈の天使の息で癒されて行く。最早『マッド・ハッター』に勝ち目はない。 少女の脚がじりじりと後退る。 5メートル、6、7……。充分な距離を稼げたと見て取るや、『マッド・ハッター』は身を翻して路地の闇に向けて飛び込んだ。否、正確には「飛び込もうとした」。振り返った少女の前に浮かぶのは、幾重にも重なった呪印。慌てて周囲を見渡すが、彼女はすでに式鬼の呪印封縛の中。たちまちのうちに呪印の呪力で拘束される。 「現世への未練に囚われたおぬしの境遇、確かに不憫。しかしだからこそ、式鬼は情けは掛けぬぞ」 亡者は現世に想いを遺す。それは物への執着、振る舞いに対する後悔、あるいは生者への想いなど様々である。 亡者の想いが強過ぎれば災いとなる。が、一切の未練を遺さず逝くこともまた不可能。 ならば、と式鬼は思う。ならば、遺された生者は災いと化した亡者を悉く打ち払わねばならない。それが亡者への弔いにもなるのだから。 「うう……あたしのぼうしぃぃぃっ! なんでいじわるするのぉ!」 拘束された『マッド・ハッター』は依然として呪縛から逃れようと足掻く。追い詰められた彼女の最期の馬鹿力か、『マッド・ハッター』が足掻き、爪をたてる度に呪印は少しずつ揺らいでいく。勝負を決めなければならない。 「「なんで」? 不思議なことを尋ねるのね」 フランツィスカと『マッド・ハッター』との間に、道が開かれる。 「これが私たちのお仕事だからよ」 だから、消えなさい?フランツィスカは優雅にドレスをいなし、汎用機関銃の銃口を少女に向ける。 「せめてひと時、私の退屈を紛らわせながら、ね」 ハニーコムガトリングの一斉砲火が火を吹いた。 ●Go home together あたしのごさいのたんじょうび。 おとうさんがかってくれたぼうし。 おかあさんがつけてくれた、あおいおはな だいじなだいじな、あたしのたからもの。 母親に手を引かれて訪れたオフィス街。父親を迎えに行って、家族三人一緒に帰途に着くはずだった。 赤信号の交差点の向こう側で手を振る父親の姿を見つけても、少女は絶対に道路に飛び出したりはしなかった。母親に「赤信号の時には絶対に道路に出ちゃいけません」ときつく言い聞かされていたから。あの日も少女は規則を守って、母親の手をしっかり握って待っていた。 それなのに。 悪戯な突風が、少女の頭から大事な帽子を取り上げた。新品の黒いキャスケットは、青い花飾りを見せつけるようにくるくると舞い上がり、交差点の上へ。 気がつくと、少女は母親の手を振り払っていた。叫ぶ群衆を振り切って、横断歩道の真ん中、まだ赤信号の灯る道路へ飛び出した。 悲鳴。ブレーキ音。衝撃。 小さな身体はいとも簡単に吹き飛ばされた。 小さな帽子も空高く吹き飛ばされた。 帽子を掴もうと手を伸ばす少女をあざ笑うかのように、帽子はくるくると、くるくると、青い空の上へ飛んでいく。 くるくると、くるくると。 あたしのぼうしは、どこ? 冷たいアスファルトの上に横たわる『マッド・ハッター』を、8人の女性たちが見守るように取り囲んでいる。 力を使い果たした『マッド・ハッター』の身体は、徐々に空気に溶けていっていた。 「あたしのぼうし、おとうさんがくれたの」 ぽつり、『マッド・ハッター』が話出す。 「おかあさんが、けいとでつくった、おはなをつけてくれてね。せかいでひとつのぼうしだね、って、ふたりともわらってたの。 だから、ずっとずっと、だいじにしようとおもったのに。だいじなぼうしをとりもどしたかっただけなのに」 どうしてこうなっちゃったんだろう。語る声は暗く、始終潤ませていた瞳は今は乾いて、諦めの色が滲んでいた。 力無く投げ出された手を取り、水奈は『マッド・ハッター』に語りかける。 「本当に、本当に大事な帽子だったのね。なら、他人から奪ったもので代用なんてできないのでしょう? だから、もうおやすみなさい。あなたの大事な帽子は、私たちが見つけるわ――立花明美ちゃん」 水奈の言葉に、『マッド・ハッター』――立花明美の瞳が見開かれる。乾いていた瞳に、うっすらと光が滲む。 フィネも、少女の傍に跪き、その小さな身体を抱きしめる。 「おかえしの、ぎゅー、です。 大事なもの、見つからないからって、人の、取っちゃダメ!ですよ」 腰から下はほとんど消えてしまっているけれど、抱きしめたまま、フィネは言う。 「明美ちゃん、もう暗くなるから、おうち、帰ろう?帽子は、探してあげます、から」 「うん、ありがとう。てんしのおねえちゃん」 まぶたを閉じた少女のまなじりに、一粒、涙がこぼれた。 少女の身体が消えていく。夜の訪れを告げる風に溶けるように、姿が薄くなっていく。 見送るリベリスタたちの中から、式鬼が一歩進み出て、小さな紙の包みを渡す。中身は一房切り取った式鬼の黒髪だ。 「ほんの土産じゃ。本物の帽子は式鬼たちが後から送ってやるゆえ、案ずるでないぞ」 小さな包みを胸に抱えて、明美はぺこんと頭を下げた。 「おねえちゃんたち、いっぱいいたいことして、ごめんなさい。ほかの、いたいことしたひとにも、ごめんなさいいえなくて、ごめんなさい。 やさしいおねえちゃんも、こわいおねえちゃんも、みんなだいすき。ありがとう」 最期に満面の笑顔を遺して、沈む夕陽の光と共に、少女は去って行った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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