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待ち続ける彼女の話


 待っています。
 どれだけ、時が流れても、
 ずっと、ずっと、待っています。
 貴方を待つ間に、肌は瑞々しさを失い、髪は真っ白になってしましました。
 貴方が好きだと言ってくれた、娘の頃のような姿ではなくなってしまいましたが。
 それでも、私は。
 ずっとずっと、貴方の事を、待っています。
 必ず戻るといった貴方に、あの二つの言葉を、伝える為に――


 ――かたん。
 年老い細くなった指から、使い込まれた万年筆が滑り落ちる。
 つい先程まで、何か綴っていた紙の上に。
 老いて尚、上品な美しさを失っていない女性が静かに、静かに、伏せていた。
 まるで、眠っている様で。けれど、その瞼が再び開かれる事も、その手が再び何かを綴る事もない。
 誰も居ない、昼下がりの和室で。
 畳に落ちた万年筆が静かに、畳を黒く濡らしていた。



「依頼。とあるエリューションの討伐。興味があるなら聞いていって」
 何時もの様に、小柄な身体でモニター前に立って。
 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は注目を集める様に声を張った。
 此方を向く幾つかの瞳を確認してから、彼女は手早く、手元を操作する。
 古い、日本家屋の写真が表示される。
「対象は2体。まず、この家の持ち主だった、『神埼・千恵』さん。フォース。フェーズは2に近い1。
 亡くなったのはつい最近で、死因は老衰。……でも、エリューションとしての姿は18、9。
 全体に虚弱の呪いをかける衝撃波と、自身と対象を回復する力、単体に放つ空気弾の様なものを持ってる。でも基本、戦闘意思はない。
 もう1体は……ゴーレム……『家』。その写真の家が、エリューション」
 家。
 その言葉に驚きを隠せないリベリスタを見回して、フォーチュナは淡々と続ける。
「家財は既にほぼ撤去済み。フェーズ1。こっちは基本的に攻撃はしてこない。
 床を変形させる、畳で千恵さんを守る、後は、千恵さんや自分に迫る危険を感じた時だけ、襖とか障子を飛ばしてくる。
 幸い、こっちには弱点があって……千恵さんのいる部屋に転がってる、万年筆を壊せば元に戻るみたい。
 因みに、家が攻撃を仕掛けてきたり、妨害をしてくるのは千恵さんのいる部屋に入った時だけ」
 止めるのならば、千恵の攻撃や家の防御をすり抜ける必要がある。
 それと、と、フォーチュナの話は続く。
「万年筆は、千恵さんにとっても重要なものみたい。壊すと、怒り狂って強くなる。
 千恵さんは、昔、戦争に行った夫を待ってた。……万年筆は、元はその人のものだったみたい。
 その人は既に亡くなってるんだけど……当然遺骨なんてない。千恵さんは、認められなかった」
 生涯、新たな伴侶を求めずたった一人、この家で夫の帰りを待っていた。
 その間、出す先も分からぬ手紙を、彼女はずっと書き続けていたのだそうだ。
「亡くなっても、手紙に込め続けた待つ、と言う強い思いはそこに残ってしまった。だから、彼女は待ってるの。必ず戻るって、言われたから。
 ……今は、その強い意志とか、生前の記憶のお陰で誰にも危害を加えてない。
 でも、それが何時まで持つのか分からないし……エリューションの存在は、世界にとって良くない」
 だから、終わりにしてあげて欲しい。そう、フォーチュナは告げる。
 千恵は、夫の死を告げたり、待つ事を阻もうとすると襲ってくるらしく、家は千恵の意思に従い動き出す様だ。
 それも、付け加えて。
「結末は、皆が決めていい。……気をつけて行ってきて」
 無表情を崩さずに。見送りの言葉がそっと、話の終わりを告げた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年01月01日(日)23:23
純愛とか、悲恋とか。実は恋愛ものも大好きです。
最近心情もの続き。どうも、麻子です。
以下詳細。


●成功条件
E・フォース『神埼・千恵』の討伐
E・ゴーレム『家』の討伐


●場所
『家』内部。時間は深夜。
周囲は住宅街ではありますが、『家』内部の状況は一般人には伝わりません。
千恵は1階、和室の中心に居ます。
入口は襖、入って左は壁、右は押入れ。正面は障子です。
リベリスタ全員が入って戦うのに不自由はありません。

●E・フォース『神埼・千恵』
夫を待ち続ける女性。見た目は18、9。
どうしても伝えたい事があるようです。フェーズは1。

衝撃波(遠全/虚弱)
閃光(自身と家を回復)
空気弾(遠単)
を使ってきます。耐久はそこそこ。速度低め。

●E・ゴーレム『家』
千恵の住んでいた家です。フェーズ1。

地形変形(回避、命中にマイナス補正)
畳で庇う(「かばう」に相当/一回につき1人分の攻撃しか防げず、ターンを消費します)
物を飛ばす(遠全/障子や襖が飛んできます。発動条件あり)
発動条件は、千恵や己に危険が迫った時のみです。

●万年筆
床に転がる万年筆。一般人には見えず、回収されなかったようです。
リベリスタの攻撃で簡単に壊れます。
壊すと家の活動停止、千恵の『物神攻・速度上昇』と言う効果があります。


結末の選択は、皆さんにお任せします。
因みに。旦那さんは、眼鏡の似合う、優しそうな青年だったそうです。


以上、ご縁がありましたらよろしくお願い致します。

参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ホーリーメイガス
来栖・小夜香(BNE000038)
ナイトクリーク
倶利伽羅 おろち(BNE000382)
クロスイージス
ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)
ホーリーメイガス
秋月・瞳(BNE001876)
マグメイガス
宵咲 氷璃(BNE002401)
ホーリーメイガス
ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)
スターサジタリー
黒須 櫂(BNE003252)
クロスイージス
犬吠埼 守(BNE003268)


 余り広くはない、手入れの行き届いた庭。
 人の気配に欠けるそれを横目に見ながら、リベリスタ達は件の家の玄関前に立っていた。
 空気は冷たい。しかし、リベリスタが玄関に立ったその時から空気が変わっていた。
 そう、まるで。見慣れぬ来訪者を拒むような。無言の拒否を感じながら、『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401) が静かに呼び鈴を押した。
 女は待つ事しか許されない。そんな時代もあった。
 だから、彼女の生き方を否定したりしない。ただ、彼女の伝えたい想いに耳を傾ける。
 そんな想いを込めて、口を開く。
「ごきげんよう。お邪魔しても宜しいかしら?」
 尋ねてから、目を伏せる。この家自体にあるであろう感情を読み取る術を傾けてみれば、手順を踏んだ来訪を家は歓迎するようだった。
 からからと、ひとりでに扉が開く。その様を眺めながら、『ディレイポイズン』倶利伽羅 おろち(BNE000382)もまた静かに、家の想いを読み取らんとする。
 千恵を、そして千恵の想いを護る存在。ならば、この家が持つ想いもまた、千恵に伝える何かになるのではないか。
 それに。希望的観測に過ぎないが、おろちには家に対するある予測もあった。流れ込む、断片的な想い。
 千恵を護る。戻らない家主の代わりに。家主の願いを叶える為に。彼女がずっとずっと、しあわせでいられる様に。
 その想いが、運命に見初められたのだろう。そこまで把握し、胸に沸く悲しみに眉を寄せる。
 静かに玄関へと踏み入り靴を脱ぐ2人に続きながら、『十字架の弾丸』黒須 櫂(BNE003252)は静かに、家の奥へと目を向ける。
 待っている。それは、とても簡単な事。
 待ち続ける。それは、とても難しい事。
 自身の人生全てを待ち続ける事に費やした、千恵と言う女性。
 彼女はどんな、そして、どれ程の想いで、手紙を書き続けていたのだろうか。
 櫂には分からなかった。幾ら想像しようと、彼女の半分も生きていない自分には、とても理解出来ない。
 だが、もし、自分が千恵だったなら。
 今、私がその状況に置かれるとしたら。一瞬、大切な何かが頭を過ぎる。
「私は……」
 細い指が、常に身に着けるヘッドホンに伸びる。
 私、だったら。
 その後は、続かなかった。

「失礼。お邪魔しても構いませんか?」
 和室前。来栖・小夜香(BNE000038)が、部屋の主へと来訪の旨を告げる。
 死んだとだけ告げられても、信じたくないのは当然だろう。それが、大事な人であるなら尚更。
 だが、それに同情し、放っておく訳にはいかない。そう、小夜香は思う。
 せめて、これ以上変わってしまう前に。
 大切に積み重ね続けた伝えたい事すら忘れてしまう前に。
 大切な人のところへ、送ってあげたい。
 そんな、優しい願いを知ってか知らずか。またもするすると、襖が開く。そして。
「あら、いらっしゃい。……お客さんが沢山ね、久し振りだわ……何の御用かしら?」
 開いた障子。そこから外を眺めていた歳若い女性が、優しく微笑んで此方を見ていた。
 す、とおろちが進み出る。その端正な面差しに、柔らかな微笑を乗せて。
 軽く、頭を下げた。
「初めまして、倶利伽羅おろちと言います。……もし御時間が許すようでしたら、少々お話を伺えますか?」
「まぁ、ご丁寧に。神埼千恵です。おろちさん、と……お友達の皆さんかしら」
 さぁどうぞどうぞ、座って頂戴。お話するのなんて何年振りかしら。
 礼儀正しい挨拶に疑いを示す事無く、千恵はリベリスタ達を受け入れた。


 数十年の想い。一体なんと呼べば相応しいだろうか?

 未練か。いいや、そんなつまらない物ではない。
 意地か。いいや、そんな攻撃的なものではない。
 健気か。いいや、そんな弱弱しい物ではない。
 不幸か。それこそ見当違いも甚だしい。彼女ほど幸せな人生を送れた人間がどれだけいるというのか。
 
 一途。そう、一途と呼ぶのが相応しい。悲しく、切ない。しかし、素晴らしい想い。

 それを貫き続けた彼女の為にと、『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)は物言わぬ家の記憶を手繰り寄せる。
 断片的で、不鮮明。それを描き出すのは困難だが、ただ只管に幸福な色が伝わってくる。
 そして。独りになった千恵の悲しみも。
 家が見続けたそれは、言葉にする事は出来ない。だが、千恵ら夫婦が幸せに、仲睦まじく暮らしていた事だけは、痛い程理解出来た。
 瞳の視線が、ちらりと動く。
 襖の外。少々緊張した面差しで立つ『俺は人のために死ねるか』犬吠埼 守(BNE003268)がそれに気付いて静かに、室内へと入った。
 それまで談笑していたおろちと小夜香が、そっと口を閉じる。
 孤独死。警察官として働いていた守にとっては、何度か見た事のある光景だった。
 力押しで済ませたくはない。出来る限り、穏便に事を済ませる為に。まず、彼が取ったのは、千恵の夫の振りをする事だった。
 似ているだろうか、分からない。だが、極力努力して。
 緊張を振り払い、守は優しく、微笑んだ。そして、千恵の前に立つ。
「……ただいま、千恵」
 まさか。そんな驚きに満ちた表情を浮かべる彼女の手を取る。
 何を伝えたかったのか。それを聞くのが役目。気付けば緊張は何処かに飛んでいた。自然と、言葉が口をつく。
「長い間待たせて悪かったね、漸く帰って来られたよ」
 千恵は、答えない。何か違ったのだろうか。微かに不安を滲ませる彼を見つめ返して、千恵は困った様に、微笑んだ。
「……ありがとう、でも、あの人じゃないわ」
 只管に思い続けた相手。間違える筈がないのだ。
 ばつが悪そうに目を伏せる守に、千恵は気にする事は無いと首を振った。
「……昔も居たのよ。私を気遣ってくれて。あの人の弟さんなんか、本当にそっくりだった」
 でもね、分かっちゃうの。ごめんなさいね。
 優しく。然しほんの少しの寂しさを含んだ微笑が守に送られる。
 その様子を見ながら、『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064) は微かな苛立ちを以って流し見ていた。
 待ち人来たらず。認めてしまえば楽になれたし、こんな事にはならなかった筈だ。
 そして。それを救おうとする『正義の味方』なんて奴は本当に、何時だって甘ちゃんだ。
 そんな彼女をちらりと見遣って、『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680) は身に着けた日本軍服の襟を正す。
 報われぬ想い。これも、戦いの生んだ悲劇。軍人で有る彼には決して未経験の事ではないのだろう。
 表情を変える事は無いものの、微かな同情はあった。この悲劇で生まれた想いを、天に還す。
 それが、今回自分に与えられた任務だ。
「……任務を開始する」
 正座している仲間達を横目に、静かに、動き出す。
 それをサポートするように櫂とティアリアも動くが、家は大した妨害を見せなかった。
 微かに地面が歪むも、ウラジミールに悪意が感じられないのだろう。直に静かになる。
 難なく手に収めれば、壊さない様にそっと、ペンケースへと仕舞った。
 それを持ち、静かに下がろうとする。
「……あら、それ……仕舞って下さるの? 大事なものだから、嬉しいわ」
 千恵が小首を傾げる。世間話をしている事が功を奏しているのか、彼女は大して警戒もせずウラジミールにペンを預けた。
 ティアリアが、その手の中を覗き込む。

 ペンケースに収まった万年筆。
 胸が、ざわついた。──嗚呼、すぐにでも叩き壊してやりたい。
 その衝動を無理矢理飲み下して、ティアリアは苛立ちの浮かぶ表情で千恵を見る。
 分かっていた。分かっている、筈だ。
 正義と言う名の甘さを持つリベリスタなら。
 彼女を救う方に動くなんて事は、最初から。
 頭では、分かっている、のだ。
 なら何故。この心はざわつくのか。
 そこまで思い、小さく眉が寄る。
 否。答えは、最初から自分が持っている。
 これは、わがままだ。救われなかった自分の。
 遠いあの日。壊れた心をかき集めて、今の自分は在る。救われなかった。だから、自分で自分を護るしかない。
 でも。
 護り固めた心が軋む。けれど、なんとか耐えた。でなければ折れてしまうから。
 大丈夫。これくらいいつものこと。
 何てことない、のだ。

 ぐ、と握る手に力が入る。そんなティアリアを、千恵は静かに、見つめていた。


「お一人で住まわれるには少々広いかしら……恋人か、御主人でも?」
 世間話の途中。家を褒めながら、ふとおろちが尋ねる。
 千恵ははにかみながら、小さく頷いて見せた。
「夫が居るの。……戦争に行ってしまってね、帰って来ていないのだけど」
「あ、それなら、このお手紙はその旦那さんに書いていたんですか?」
 小夜香が、丁度千恵の足元に落ちていた手紙を示して尋ねる。
 彼女はそれにも軽く頷いて、また、ほんの少し寂しそうに微笑んだ。
「ええ。……沢山あるのよ、これは、最後まで書けなかったの」
 そこに仕舞ってあるわ、そう、指し示された棚を、守が開く。
 出てきた手紙の束を、千恵は1つずつ、紐解く様に語ってゆく。
 終戦後すぐに書いたもの。その次は誕生日で、その次は結婚記念日。
 季節が変わる時には必ず書いた。庭の花の事。お隣のご夫婦の出産の事。
 そして、季節は巡っていって。お隣の娘さんが結婚した事。自分はもう、随分と歳を重ねてしまった事。
 それでも、まだずっと、待っている事。
 そうして、最後の一枚。千恵の傍に置かれたままになっている一枚を見つめて、彼女は微笑んだ。
「……最後まで書けなかったの。そして、最後まで待っていられなかった。それが、心残りで」
 気付いているんでしょう? 深い色の瞳が、此方を見つめる。
 彼女の言わんとする事を理解して、リベリスタは言葉に詰まる。そう、彼女はもう、死んでいるのだ。
 なんとなく、気持ちが分かる。そう前置きをして。おろちがそっと、口を開く。
「……大事な役目があるにせよ、待っているこちらの気持ち、考えてくれているのかしら……なんて」
 小さく笑うおろちに、つられた様に千恵も笑みを浮かべる。
 前なんて、ずっと待たせておいて、先に言ってくれなんて言われたんです。
 まぁ、随分酷い人。こっちの気も知らないで、ね。
 くすくす、笑い声が漏れる。その笑い声の反響が、消えた頃。ふと、真面目な顔になったおろちが静かに、千恵の手を取る。
「でも、行ってみたら実は先にそこで待っていたりして。……御主人、もしかしたら『先』に行ってお待ちなのかもしれませんね」
 ぱちり、瞬く大きな瞳。それを優しく見つめて、おろちは続ける。
 今日の事も、何かの縁かもしれない。だから。
「託していただけませんか? ……貴女のメッセージを」
 その言葉に続く様に、ウラジミールもペンケースの中の万年筆を差し出し、瞳も声をかける。
「貴女のお手伝いをさせて頂けませんか?」
「ご婦人の想いを綴るとよいだろう」
 リベリスタから向けられる真摯な視線に、千恵は困った様に、そして、酷く苦しそうに、表情を曇らせた。
「貴方達の気持ち、すごく嬉しい。嬉しいのよ、でも」
 私、手紙の続きを書けないの。言葉と共に伸ばされた手は、万年筆に触れられない。
 何故か。手紙に由来するものに、彼女は触れられないようだった。だから、万年筆は転がったままになり、手紙も取り出せない。
 ならば、と、おろちが代わりにペンを握る。千恵は、泣き出しそうに微笑んだ。

 おろちが握っていた万年筆が、止まる。
 真新しい便箋。そこに綴られた幾つかの文。それを見つめて、千恵は微笑む。もう満足だ。表情が、そう語っていた。
 代わりに書いたおろちが、そこに綴られている文に言葉を失う。そして、理解した様に首を振った。
 言葉を発するものは居ない。そんな中、不意にねぇ、と。
 それまで黙って状況を見ていた氷璃が、千恵に声をかけた。
「貴女、自分が死んだ事には気付いているのよね? それじゃあ、あの人が帰って来ている事には?」
 嘘は吐きたくない。だが、強ち嘘でも無いのかも知れない、と、氷璃は思う。
 だって、この家は。千恵をずっとずっと、護り続けている。
「まさか。……あの人は、帰ってきてなんか居ないわ」
 微かに、表情が強張る。けれど、氷璃は言葉を止めなかった。
「この家は、貴女を守ろうとしているわ。……それは他の誰でもない、貴女の愛するあの人よ」
 浪漫かもしれない。だが、必ず戻ると約束して万年質を渡した者の強い意思。それが、この家に繋がるのではないか。
 それを伝えたくて、真直ぐに氷璃は千恵を見つめる。
 迷う様に、瞳が彷徨って。けれど最後には、その大きな瞳は氷璃を見つめ返した。
「……そうね。あの人は、……此処にも、居るのかもしれない」
 優しい言葉を有難う。大きな瞳が、ゆらりと揺れて細められた。


 暫く、仕上がった手紙を眺めてから。不意に、千恵が顔を上げる。
 消えてしまうのだろうか。リベリスタが動こうとする前に、彼女は音も無く動いた。
「……嗚呼ねぇ、貴女。そう、貴女よ、……良かったらこれ、持っていって」
 ふわり、千恵が微笑む。
 示された万年筆。それを目の前にして、ティアリアは瞬きした。何故? そう言いたげな顔。
 その瞳を真直ぐに、見つめて。千恵はティアリアの耳元に、口を寄せる。
「貴女、私と少し、似てる気がするの。――自分の心を護る為に目を瞑るのは、楽だけど辛かった」
 その言葉は、他のリベリスタには届かない。
 本当は、認められなかっただけで。とっくに分かっていた。
 だが、分かっている自分に目を瞑って。待ち続ける事で、自分を護り続けた。
 そんな囁きに驚きの表情を浮かべる彼女に、千恵は静かに微笑む。
「さようならね。有難う、優しい人達。……お手紙、お願いね」
 貴方達が幸せでありますように。そう、静かに囁いて。
 待ち続けた彼女の姿は、溶ける様に消え去った。


「さぁ、二人で旅立ちなさい。天国でも仲良くね?」
「……いってらっしゃい」
 きっと、ずっと一緒。そんな、氷璃とおろちの言葉は、千恵に聞こえただろうか。
 千恵が消え、家からも気配が消える。
 静寂の落ちる室内で、小夜香は静かに祈る。
「……お疲れ様。そしておやすみなさい」
 安らかな眠りと、愛しい人とまた過ごせる時間が、彼女にありますように。
 その横では、封じられた手紙を手に、ウラジミールがそっと呟きを漏らす。
「自分たちで彼の元へ届くようにしよう」
 この手紙も、残された手紙も。全て、夫である人が眠っている筈の墓で燃やしてやろう。
 2人が居るところへ、届くように。
 静かに終わりを見届けながら、瞳はそっと吐息を漏らす。
 全て終わったら、久し振りに墓参りに行こう。
 私の大事な、あの人の。――目の前で死んでしまった、あの人、の。
 守も、想いを噛み締める。必ず向こうで会える。それは、嘘にならないはずだ。そう、信じて疑わない。
 託された、万年筆。それを握るティアリアは、そっと瞼を伏せる。
 手紙でも、書いてみようか。二度と会える事の無い人に。
 それぞれの思いに浸りながら、リベリスタ達は部屋を出る。
 玄関へ続く道。そこへ向けていた視線を、櫂はふと、下げる。
 必ず戻る。
 それは、最愛の人が掛けた最悪の呪縛なのかもしれない。
 否、或いは。
 永遠を約束してくれる、愛の言霊なのかもしれない。
 千恵にとってはきっと、後者だった。今となっては、真実は分からないけれど。

「……私なら、待たないで迎えに行くかも、ね」
 それは、今だからこそ叶う事だったのだろうか。
 それもまた、既に分からない事だった。
 全員が、外に出る。年の瀬、空気は刺す様に、冷たい。
「……任務完了だ」
 そんな言葉と共に、ウラジミールは無人の家の扉を静かに、閉めた。

 ――お元気ですか。
 おかえりなさい、と言う事は出来なかったけれど。
 待つのにも飽きてしまったので、今度は私が貴方を待たせようと思います。
 もうすぐ行きますから、きっと。待っていて、くださいね。

 どれだけ時が流れても。
 貴方だけを、お慕いしています。

 ――有難う。




■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。そして、明けましておめでとうございます。
皆さんの想い、どれも素晴らしいものでした。

本当なら大成功!と行きたいところですが、1つだけ。
方針は揃っていた方が良いように思います。
千恵に真実を告げるのか。旦那さんの振りをするのか。説得をするのか。
説得も、夫の死に関して如何扱うのか。
それが少々ばらつき過ぎていたかな、と言うことで。

万年筆に関してですが、理由はリプレイに有る通り。
心情が胸に響いた、貴女に。

ご参加有難うございました。
今年も、どうぞよろしくお願いしますね。


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レアドロップ:『想綴(アナタノマンネンヒツ)』
カテゴリ:アクセサリー
取得者:ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)