●承前 横浜市、青葉区――某アパート。 最近1階の奥の部屋から異臭がすると、住民から苦情を受けた大家の暮来(くれこ)はその部屋のドアの前に立っていた。 確かに何かが腐ったような臭いがし、あまりの酷さに鼻を摘みながらドアをノックする。 「真下さん! 真下緑郎(ました・ろくろう)さん!」 ここに住んでいるのは浪人生の真下緑郎という男で、過去に大学受験に2回失敗している。 今回は3度目の受験を控え、自室に篭って勉強漬けの日々を送っていて、アパートの住民との交流は殆どない。 「真下さん!?」 返事がないのだが、中から微かな明かりは漏れていた。 気になった暮来は合鍵で部屋の扉を開けようか迷っていると、カチャリと鍵が開く音がする。 「いるんですね、真下さん。最近ゴミ捨ててますか? 臭いが……」 ドアを開けつつ話しかけた暮来の言葉は、そこで止まった。 部屋の向こうにいたのは、濁り切った瞳をした緑郎の顔だけ。 その下の首が異様な程に長く伸び、胴体は奥の部屋に立っている。 声を失って腰を抜かす暮来の喉元に、緑郎の顔が伸びてきて噛み付き、その血を啜り始めていた。 ●依頼 三高平市、アーク本部――ブリフィングルーム。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、映像を確認したリベリスタ達に話し始める。 「依頼内容は、周囲の住民に気づかれずエリューションアンデッド『ろくろ首』を掃討する事。それも今夜中に」 緑郎は受験を苦に、首を吊って既に自殺していた。 死後に頸椎が伸びて脱臼や離断などを引き起こし、首が伸びきった状態でエリューション化したらしい。 「普通に掃討するだけなら、こんな人数は要らないの。 問題なのは、神秘を秘匿するにはちょっと厄介な場所。それをどうやって隠し通せるかを皆で考えて」 アパート自体は木造で古い建物で、周囲に音が筒抜け。その上2階にも隣にも住人がいて、普通に生活している。 周囲は住宅街でアパートや住宅が立ち並び、近隣に人気のない場所はない。 何も事前に策を立てずに『ろくろ首』と部屋で戦闘すれば、騒ぎを聞きつけ誰かがやってくるのを避けられない状況だった。 「このままだと大家さんが襲われたのを皮切りに、多数の一般人が巻き込まれる事件に発展する。 ここで喰い止めて欲しいの。お願い」 単純な退治物とは異なる内容に、リベリスタ達は考え込むような表情でブリフィングルームを出たのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ADM | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月29日(木)23:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●準備 アパートの外側から見える明かりは一階にみっつ、二階にふたつ。 一階の明かりが零れる部屋のうちひとつはカーテンでしっかり閉ざされており、こぼれる明かりは微かなものだ。 対象の部屋を確認して、『陰陽狂』宵咲瑠琵(BNE000129)は幼い容姿に似合わぬ溜息をついた。 「やれやれ、大学受験を苦に首吊り自殺とはのぅ」 アパートの前に工事中のバリケードを作りながら、『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)は瑠琵を見ずに応えを返す。 「受験を苦にとかなんとも世知辛いね」 その横では『素兎』天月・光(BNE000490)が悩むような表情で音が夏栖斗の道路封鎖を手伝う。 「ぼくも高校受験の真っ直中だけどさ。大学ってそこまで思い詰めるもんなのか?」 光の問いに柔和な笑顔で頷きを返したのは山田茅根(BNE002977)だ。彼は結界を張りながら秘匿の準備に当たっている。 「これもまた、人の心の不思議の一つですね」 茅根が張る結界を更に大きく出来るよう、手伝いをしているのはノエル・ファイニング(BNE003301)だ。悟ったような茅根の言葉に大学生であるノエルには理解しがたいといった顔で首を振る。 「死んでしまってはどうしようもないでしょうに」 ノエルの言葉に相手のEアンデッドを想像した『駆け出し冒険者』桜小路・静(BNE000915)が赤いカラーコーンにテープを貼りながら身震いした。 「ろくろ首とかホラーかよ! ちょっと苦手だなぁ…」 静の言葉に『ぴゅあわんこ』悠木そあら(BNE000020)が一生懸命に頷いて同意する。 「リアルろくろ首って怖すぎるのです」 二人が話す『ろくろ首』という単語に反応して嬉しそうな顔をするのは、『下策士』門真螢衣(BNE001036)だ。 「ろくろ首は妖怪としてはメジャーな存在ですね。民俗学的な興味を感じます」 螢衣は対処が失敗した部屋に行くよう準備をしているようだ。 その脇では、風見七花(BNE003013)が201号室の対策用に調べておいた漫画家の資料を読み込んでいた。 コミックの背面には『紅月社』と書かれている。メジャーな出版社ではないようで、ファンだと言い訳するにはもっと大量にコミックを読み込まないと難しそうだと思える内容だ。 「やはり、編集関係を装うのが一番ですかね」 それに『鉄拳令嬢』大御堂彩花(BNE000609)が頷いた事を皮切りに、全員が作戦内容を確認し始めた。 ●誘導 横浜市青葉区は横浜のベッドタウンであり、夜はとても静かなものだ。 カラーコーンを準備している時に通り掛かった人間には、螢衣が魔眼を使用し、作業員だと思わせた夏栖斗が説明をした。 「ちょっと異臭騒ぎがあって、地下のほうを確認って感じっすね。 夜間にもうしわけないっすけどバタバタするっす」 アルバイトの人間なのだろうと思わせる言葉遣いに、通行人たちは納得して迂回していく。 三人がかりで結界を張り巡らせた事と、赤いカラーコーンを用意してカムフラージュした事が功を奏してか、近くのコンビニに行こうとする住民も以降は近づく事がなかった。 一番初めに在宅の部屋を訪れたのは、201号室担当である準備万端の七花。 インターホンを鳴らすが、返事はない。七花は思い切ってドアへ声をかけた。 「すみません、紅月社のものですがー」 ドンガラゴロロロッガシャッ!! 何が崩れたのか全く理解出来ない音と共に、ドアに何かがぶつかる音がする。 薄く開かれた扉の内側からは、明らかに怯えた目の男性がドアノブの下側から七花を覗きこんでいた。 「私、紅月社の新人担当になる風見と申します。 いま執筆陣の先生方へご挨拶回りに伺っておりまして」 七花が颯爽と和菓子を取り出して扉の隙間から見せると、漫画家は涙ぐんだ瞳でようやく扉を全て開けた。 「……連載打ち切り、じゃないの? 違うの? 違うの?」 そんな話は聞いていないと七花が首を振れば、両手を挙げて漫画家は叫びだした。 「やったぁああああ! アンケート最下位脱出したんだあああああ!」 そのまま七花が先生方にアンケートを取りたいので外へどうでしょうかと誘えば、満面の笑みで漫画家は了承する。 七花は携帯で連絡するフリをして、アクセスファンタズムで仲間に成功の意思を連絡した。 それと同時刻に在宅部屋を突撃したのは、101号室のノエルだ。 片手に日本酒の包みを持って、彼女は部屋のインターホンを押す。 「こんばんは、空室に今度越してくる者です」 明らかに面倒くさそうな顔で中年男性がドアを開けると、部屋の中から酒気が異常なまでに漂ってくる。どうやらしばらく換気をしていないようだ。 「隣に越して来んのか、アンタ」 さすがに匂いの対策までしていなかったノエルは堪えるのに必死になりながら、手元の酒を彼に見せる。 「お近付きの印にお酒を持ってきたのですがお忙しいでしょうか」 「なんだ、話のわかるガイジンさんだな!」 現金なもので、中年男性は急に表情を変えてドアを全開にする。余計に広がる酒気。 部屋の中はほとんど家具がないのに雑然としており、掃除されていない事は一瞬で見て取れた。 (ここはやや強引にでも、営業スマイルです!) すかさず酒を受け取ってしまおうという男の手をかわし、ノエルは笑顔で酒気に耐え切った。 「もしわたくしで良ければ、晩酌のお相手いたしましょうか」 「おぉ、いいねいいね! 酒の相手がいるなんざ久しぶりだ!」 呑めるならば何でもいいと言いたげに、男はノエルを汚い部屋へ促す。 彼女の戦いは、靴を履いたまま上がり込みたい気持ちを抑える所から始まった。 101号室へノエルが入っていくのを確認して、103号室へそあらが向かう。 ドアスコープで覗いたのだろう、ドアを開けずに女性の声が聞こえた。 「すみません、『浜っ子新聞』ですが」 「必要ありません」 そあらの言葉は途中で一刀両断されてしまう。 「お願いしますです! お話だけでも」 「警察を呼ぶわよ! 大声出したからうちの子が泣いちゃったじゃない!」 子供の方へ向かった足音が聞こえ、そあらの嘆願空しくこれ以上の食い下がりは不可能だとわかった。 「すみません、失敗しましたです……」 アクセスファンタズムで連絡を受けた螢衣が、選手交代とばかりに急いで103号室に向かう。 見るものを惑わす魔眼も、扉を開けて貰えなければ役には立たない。だが、彼女には勝算があった。 「すみませ~ん。青葉区役所の者です~」 母子家庭の人間には区役所は必需のものだ。これでドアを少しでも開けない母親はいない。 先程の勧誘で多少疑心暗鬼になっていた母親は、ドアチェーンをかけてからドアを開けた。 「ご協力ありがとうございます」 丁寧に謝辞を述べながら、螢衣が瞳に魔力を宿らせる。 母親の瞳から焦点が合わなくなる事を確認して、彼女は微笑んだ。 「実はこの地区の住民の方から、異臭がするという苦情がありまして。 今夜は詳しい調査のために、住民の皆さんに避難して頂いています」 「でも、子供もいるし……どこにも避難なんて」 「大丈夫ですよ、避難先はこちらのホテルで」 螢衣は魔力の宿る瞳を母親から離すことなく、母親を完全に手中に置いた。 力なく頷く母親はドアチェーンを開け、螢衣の言われたように従う。 時村系列のホテルチケットを手渡された母親は、ぐずる子供を抱えてアパートを後にした。 最後に在宅の部屋に向かったのは、205号室担当の彩花だ。 全ての部屋が片付くのを見てから彩花は行動を開始する。インターホンを押して出てきたのはカップルの男性側だ。 「最近隣に越して来た者ですけれど、最近そちらの部屋がうるさくて眠れませんのよ」 最初から高圧的な態度で接した彩花に、怪訝な顔をする男性。 「はぁ。それはすみません、気をつけます」 面倒くさそうだと判断して、すぐに扉を閉めようとした男に、彩花は性質の悪さを露にして吐き捨てた。 「特に夜に聞こえるアレやコレ……しかも男性の方がうるさいだなんて」 「そ、そんなことは関係ないだろう! 大体このボロアパートで音が聞こえない方がおかしいんだよ!」 (かかりましたわね) 彩花の作戦は男性を興奮させることに成功したようだ。 後は、この不毛な言いがかりで始まる口論を、階下の処理が終わるまで引き伸ばすのみ――。 ●突撃 105号室前で待機して様子を伺っていた瑠琵から、光のアクセスファンタズムに、作戦開始の連絡が入る。 「準備おっけ~だって!」 光の言葉が伝わったのを見て取った瑠琵が守護結界を展開し、夏栖斗と静が部屋の扉を開ける。 異常な臭気と共に、部屋の奥から真下緑郎だった顔と首が勢い良く飛び掛ってきた。それと同時に夏栖斗が体当たりを試みる。 「静! ボディ頼む!」 緑郎の頭が夏栖斗の肩に喰らいついたと同時に、静が本体のある部屋の奥へ走りこむ。 「了解だ! そっちは任せた、夏栖斗!」 だが、静は奥の部屋を開けた瞬間にたじろぐ。遺体のある部屋は入口と比べ物にならない臭気を放っていたのだ。 「ぐっ、なんだよこれ……」 常人ならば困惑する程の異臭に驚いた静は、出遅れた事で緑郎が蹴飛ばした参考書を思い切り顔面に食らってしまう。 二人の後ろから飛び込んだ光がトップスピードを出し、天井へ張り付いて奥の部屋へ侵入する。 光は臭気対策にマスクを着用していた為に、困惑するのも一瞬の事、我慢しきって緑郎の背後側まで回ることが出来た。 前衛の二人が攻撃を受けている間に、茅根と瑠琵が部屋に入って施錠をする。 臭気が篭ってしまうが、逃走されて神秘の秘匿がなされない事が一番の問題だ。 茅根が集中を高めていると、瑠琵が玄関の前に立ち塞がり式符で小鬼を召喚した。 「わらわたちが玄関を守るゆえ、窓側は頼んだのじゃ!」 カーテンがしっかり閉じられている事を視認で確認して、彼女は携帯ミュージックプレイヤーの電源を入れる。 「戸締まりおっけ~! 音楽、スイッチオン!」 派手なアクションシーンの音で繋がれた音楽が鳴り響くと、夏栖斗が掌打を緑郎の鼻に当てて引き離した。 「んじゃま、フルボッコタイムでいくぜ!」 一方で全身の闘気を爆発させた静が、両腕を振りまわして殴りかかってきた六郎の身体めがけて重い一撃を加える。 あまりに高火力で一撃を放ったため、緑郎の身体が光の真横にぶつかって派手な音を立てた。 「このゴキブリめ! 叩き潰してやる!」 瑠琵は思い切り咬みつかれた夏栖斗の肩へ治癒の術を掛ける。 茅根は夏栖斗へもう一度襲いかかろうとする首の周囲へ気糸を展開し、長く伸びる首を絡め取ろうとする。 「余り暴れないで下さいね。静かに、静かに」 動き回る首は絡め取られて動きを鈍らせるも、胴体が窓近くに居た光へと襲いかかる。 振り回される両腕を連続剣で光がいなせば、静が緑郎の右腕へ電撃を纏う一撃を放った。 夏栖斗が自分に向かってくる首へ、鋭い蹴撃で切り刻み暴れ狂う顔へ茅根の気糸が更に自由を奪う。 それを見計らったように瑠琵が魔力の雨で麻痺していない首の残りを凍結させた。 「ゴキブリは、早々に成仏させてやるとするのじゃ」 首が動きを止めると、胴体が静と光に背を向けて逃げ出そうと試みる。 それを光が振るう連続剣が左足の自由を奪う。 「ぼくがまるっと成仏させてあげる!」 ぼとりと落ちた右腕と左足を無視して逃げようとする胴体に静の居合が炸裂する。 「うへぇ気持ち悪い! ……おっと、ゴキブリが、だぞ!」 それで緑郎であったものは完全に動きを止めた。 ●結末 アクセスファンタズムで外のリベリスタ達が自分たちの持ち場を切り上げて戻ってくる。 ゴキブリ騒ぎに乗じて、上の階で口論しあっていた彩花も、酒の相手をしていたノエルも早々に切り上げる事が出来たようだ。 七花は先程の漫画家から打合せで貰ったアンケート結果を封筒に入れて持ち帰ってきている。 「これは無駄にならないように内容を匿名で所属の出版社さんに届けたいですね」 アークに任務完了の連絡を取っている螢衣が頷いて、七花の封筒の件も報告しているようだ。 真下緑郎だった遺体に手を合わせて、静は日の当たらない部屋を見渡す。 「しかしこんな日の当たらない部屋で受験勉強してたのか。そりゃ病んじゃうよな…」 瑠琵は静と共に遺体を袋へ回収する為、伸びきった首を纏めるのに四苦八苦していた。 「大学へ行く事が人生の終着点では無いじゃろうに」 自殺した本人よりも残された遺族――そう考えた光は、連絡を取る螢衣に悲しそうな表情で呟く。 「螢衣くん、アーク所員に『両親に死亡の連絡ぐらいはしてあげて』って伝えて」 外では、今しがた戦っていたエリューションアンデッドを思い返し、夏栖斗がバリケードを撤収していく。 「妖怪退治ってほんとにアークはなんでもありだよな」 赤のカラーコーンを撤収し、結界を解く茅根は105号室の方向を見詰めてため息を就いた。 「彼の不幸は、自分の苦しみを表に出さなかったことですね」 同じ建物に多くの人間が住んでいるのに、交流出来なくなりつつあるこの時代を、茅根は憂う。 ノエルもそれは同感だと茅根の言葉に頷いた。 「酒浸りのおじさんも、妻と子供に逃げられて誰とも会話できなくなったのが原因みたいですしね」 誰か一人でも心を開ける友が居れば、酒に逃げる事も自殺に追いやられる事もなかったのだ。 静は死体が回収されきったのを確認して、部屋の窓を開ける。 異臭が徐々に換気され、夜風が新たな空気を送り込む。 「こうやって窓を開ければ、月の光も綺麗だってわかったのにね――」 誰もが緑郎の悲しみ全てを理解する事は出来ない。 それでも彼を悼み、胸を痛めることが出来る。 誰か一人でも、彼らの心情を吐露できる相手がいれば違う結末があったはずなのだ。 例えば革醒した彼等がアークと出逢って、リベリスタへとなった様に。 そう、きっと違う結末が――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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