●ボタンを押す (ボタン、を、押さなきゃ) 小高 美穂はもう先ほどから何度も何度も心の中でそう繰り返していた。 銀行の中は今、恐怖と威圧に支配されている。 目だし帽をかぶりサブマシンガンを構えた男が、あちらに一人、こちらに二人、と行内の要所要所に配置されている。 そしてそのリーダーらしき男は、美穂のすぐそばで、カウンターを挟んだだけの位置で、抜け目なく人々を見渡しながら早口で時折指示を出している。 美穂は就職してまだ半年の銀行員だ。長い将来がある。死にたくない。 死にたくない、けど……。 ……こいつらが金庫の金を手に入れた後、少し気が向けば、美穂達は殺されるだろう。簡単に。 (い、今なら!) 奥の金庫室の方にリーダーの注意が向いている。今ならボタンを押せる。 そう、押すんだ。 3、2、1、えい! カチリ。 かすかな音。確かな感触。安堵にひざから崩れ落ちそうになった。 そのとき、男が振り返った。 「押したな?」 「え……あ……」 申し開きをする間もなかった。男は美穂に銃を向け、そして撃った。 タタタン、と乾いた小気味よい音がして、美穂の胸は弾けた……。 ●革醒 ――赤色が弾けて。 ――赤い時間が訪れた。 どくんどくどくどくんどどどど。撃たれた心臓が狂ったリズムで跳ねまわった。 美穂は死ななかった。 そして美穂のままでもなかった。 ぶん、と腕を振り抜いた。 長い爪が備わっていた。 銃を構えたまま男が飛んでいった。 男の首はもっと遠くに飛んだ。 美穂はそれを追うように跳躍する。 別の男が銃を撃って来た。 『少し』痛かった。だから飛んでいってそいつの顔を張り飛ばした。死んだ。 瞬く間に銀行強盗たちは皆殺しになった。 ――赤い時間が過ぎる。 ほおお、と息を吐いた。あたりを見渡す。真っ赤だ。誰も生きていない。 客も行員も誰も。皆赤くてぐちゃぐちゃだ。 「あははははっ! あはははははっ!」 そうだったのか、と凄く納得がいった。私はこういうものだったのかと。 ボタンは確かに押されたのだ。 美穂だったものは、銀行から飛び出す。さらなる血を求めて……。 ●二つの任務 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000018)はリベリスタ達に手早く資料を配った。 とある地方銀行の内部の図だ。銀行強盗たちの配置が正確に書きこまれている。 「今回のミッションには二つの重要な要素があります。一つは銀行強盗たち。実は彼らは小規模のフィクサード組織です」 せっかく『運命』を手に入れた者たちのやることが銀行強盗とは、まあずいぶんと『小さい』話だ。資金繰りにでも困ったのだろうか。 「この組織を指揮しているのが、銀行の中央、カウンターのすぐ前にいる吾妻 武雄という男です。彼は人質の監視をしているのですが……その人質が、問題です」 問題、とは。 「人質のうち、吾妻の一番近くにいる行員。名を小高 美穂というのですが……彼女は、もし撃たれるようなことがあればそのショックで革醒する、と、『万華鏡(カレイドシステム)』は予測しました。それも、とても強力なエリューションに、です」 ということはつまり、絶対に『彼女は』守らなければならない? 「その通りです。冷たい言い方をするなら、アークは警察ではありません。この事件にかかわるのは、事件にエリューションが関わっているからにすぎません。ですから一般人の安否は最優先ではありませんが……小高 美穂だけは別。そういうことになります」 でもできれば他の人も守りたいですよね、と和泉は言葉を継ぐ。 「もうひとつ。当然のことながら、神秘は一般人に隠匿されなければなりません。しかしこの銀行の中には現在18人もの一般人がいます。神秘を秘匿したままでの成功が最も望ましいのはたしかですが、まずは任務の成功を優先してくださいね。……以上です。みなさん、無事に帰って来てくださいね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:juto | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月24日(土)23:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●小高 美穂 (ボタン、を、押さなきゃ) 小高 美穂はもう先ほどから何度も何度も心の中でそう繰り返していた。 銀行の中は今、恐怖と威圧に支配されている。 目だし帽をかぶりサブマシンガンを構えた男が、あちらに一人、こちらに二人、と行内の要所要所に配置されている。 そしてそのリーダーらしき男は、美穂のすぐそばで、カウンターを挟んだだけの位置で、抜け目なく人々を見渡しながら早口で時折指示を出している。 美穂は就職してまだ半年の銀行員だ。長い将来がある。死にたくない。 死にたくない、けど……。 ……こいつらが金庫の金を手に入れた後、少し気が向けば、美穂達は殺されるだろう。簡単に。 (い、今なら!) 奥の金庫室の方にリーダーの注意が向いている。今ならボタンを押せる。 そう、押すんだ。 3、2、 ――バツン。 突然建物の中が真っ暗になった。日中のこと、真闇ではない。だがいままでの明るさに慣れていた目には行内はひどく暗くなったように感じられた。そして。 「警察だ! 動くな!」 その声は美穂の耳にはまったくもって救いの福音であった。警察が来てくれた! 正面入り口に現れたのは、制服を身につけ、かっちりとした規律と同時に市民に安心感をもたらす柔和さを備えた男――『俺は人のために死ねるか』犬吠埼 守(BNE003268)――であった。 「総員一斉検挙!」 「おう!」 最初の警官が、入口でサブマシンガンを構えていた男の一人に思いきり向かって行く。自らを銃口のまえに晒すことをまるで恐れていないようだ。 さて正面にはもう一人サブマシンガン男がいたが――。 「そういうわけで、悪に鉄槌を」 もう一人、飛び込んだ婦人警官が男に叩きこんだのは、なんと幅広の西洋剣であった。婦人警官といっても彼女のいでたちはかなり変わっている。印象に残る長い銀の髪、その前髪から覗く赤い瞳。ミニスカートの制服の上に黒いロングコートを羽織っているクールビューティー――『不屈』神谷 要(BNE002861)――である。 さらに。 「オレも行くぜ。警察だ。悪党はぶっちめる。留置所はいらねぇー!」 ものすごい勢いで飛び込んできたのはどこかワンコっぽい溌剌とした青年警官――『駆け出し冒険者』桜小路・静(BNE000915)――だ。 片手に刃付きのメリケンサックを嵌め、銀行の中央、美穂の目の前の男に殴りかかる。 「――ぐおっ」 殴られた男が少し下がった。 「くそ、呼びやがったな!」 ――そして、その男は、美穂に銃口を向けた。 ――タタタタン。銃声。 ――真っ赤なものが走りかける。けれど。 「きゃっ!」 美穂はその前にすんでのところで床に引き倒された。『誰か』に。 「大丈夫」 その誰かが、落ち着いた女性の声で囁き、美穂の肩をぽんぽん、と叩いた。 それでやっと美穂にも彼女の存在が意識された。黒髪を白いリボンで結んだ、小柄な少女である。その表情も声と同様、とても落ち着いて澄みきっている。 彼女――『ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)――がそれまでまったく意識されなかったのは彼女が忍術由来の気配消しの術を心得ているからであったとか、そこまで障害を避けるためになんと天井を走って来たのだとか、その時、修行のために『敢えて穿かない』彼女の姿は大変なことになっていた筈だとかいうことは、もちろん美穂にはわからない。わかったのは、護られている、ということだった。 「指示があります。それに従って脱出しましょう。いいですね」 こくり、と美穂はうなずいた。 ●西入口の山田くん (げ、なんか来た!) 部屋の明かりが消えた瞬間、山田が考えたのはそれだけであった。 ATMのある西出入り口を見張っていた彼はメンバーの中で最も若く、はっきり言えば未熟だった。緊張していた。しかし。 「警察だ!」という声が聞こえると少し安心した。 警察か。警察ならなんとかなる。なにしろこっちにはフィクサードばかり6人もいるのだ。 と、安心していたら「そいつら」は現れた。 まずはばさっ! と大きな羽音。見ると頭の上を純白の翼が生えた金髪の女――ユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)――が舞い越して行った。暗い店内に入ると同時に、その姿はさらりと闇に沈んだ。だからその翼を見たのは山田だけであろう。……パンツ見たのも。いやそれどころじゃないなんだ今の。同時に『天井を』走って行く小柄な女も。なんだこれ。なんだこれ? 「ち、ちくしょう!」 即座にパニックを起こし、パニックを起こすとあらかじめ考えていたベタなセリフしか出てこない。すなわち――。 「こ、こっちには人質がいるんだぞ! 撃つぞ! 本当に撃つからな!」 銃口を店内に向ける。 「撃てばよかろう」 「……なっ……」 とんでもないことをさらりと言い放ったのは、なぜかぼろぼろの黒いマントをはおった紫色の髪の女――『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)――だった。左右で微妙に色が異なる不可思議な瞳が山田を見据えた。 「ただしそれは無意味だ、我等の第一目的はお前達の生死問わぬ制圧。貴様が人質を撃つ間に我らはお前たちを討つ。わかるな、フィクサード?」 「……な……が……」 そう言われれば返す言葉がない。 そしてそう言った本人は山田を置いてけぼりにして行内に踏み込んで行き、声を上げた。 「全員聞け! この行内は我々が制圧する! 強盗どもは諦めろ。人質は私について来い!」 ――威風堂々、という言葉がまさに当てはまった。 「さてそして、あなたの相手は私です」 今日の山田には女難の相が出ていたに違いない。さらに現れたのも西洋人の女だった。 「――ひっ――」 「なんです意気地のない。行きますわよ」 ぼこ! 素手で思いきりぶんなぐって来た。 山田は壁にブッ飛ばされる。痛い。半端無く痛い。こんな力で殴ってくる人間がただの警察であるものか! 「ちくしょう! お前らリベリスタだな!」 それだけは必死に抱え込んでいたマシンガンの引き金を引くが、至近距離で無理に撃った銃弾はATMを破壊しただけだった。 ごす! しかも気が付くと腕にダガーが生えた。いや突き刺さった。外から投げ込まれたのだ。痛い。それはもうめちゃくちゃに痛い。 「うがー、ちっくしょー!」 乱射乱射。山田君はどんなに殴られてもマシンガンを離しませんでした。でもそれだけでした。だって当たったからってリベリスタは死んでくれないんだもん。 「さて、ここからが本番でございます。楽しみましょう?」 人質たちが向こうの通用口から(ぼろ纏いの女が鍵を叩き斬った時にきいんと小気味よい音がした)全員逃げ出した後。素手だった女の手の中に突如として騎士槍が現れた。 (あ、俺死んだ) 素直にそう思った。 ●ガッツリ工作 「おっ♪おっ♪お~♪ いそがしいお~♪」 『おっ♪おっ♪お~♪』ガッツリ・モウケール(BNE003224)がやたらと語尾におを付けて話すのは、別段いわゆるネット方言というわけではない。茶色の髪にオレンジパンプキン色の服の彼女は、ただ単に『お』の音の響きが好きなのである。 「まったくもってあちきはいそがしいお~♪」 千里眼を駆使して銀行の中を見てとり、しかるべき突入タイミングを見計らったのは彼女であった。テレキネシスでブレーカーを落とし、突入の隙を作ったのも彼女である。ついでに山田の腕にスローイングダガーを投げつけたのも彼女である。 今は4WDを運転して銀行の西にそれを停めている。西側には銀行の通用口があり、強盗どもはそこに逃走用の車を停めていたのだ。完璧にブロック。 そのあとまた千里眼を駆使して逃げ出してくる強盗を見張る。蟻の這い出る隙間もなし。 やがて西通用口が「きいん」という小気味よい音を立てて開いたが、そこから出て来たのはアラストールに誘導された人質たちであった。1234……よし、18人。最後は天乃にガードされた小高美穂だった。 「よし、避難完了だお。それじゃあ中に敵を殲滅に行くお~」 アラストールと天乃が頷いた。そうしてリベリスタ達は戦いの中に戻って行く。といってもそれはもう、決着が迫っていた。 ●かわいそうな鍵師鈴木 フィクサードといっても戦いのすべはろくに心得がない。一番の特技はピッキングマン、つまり鍵開け。それが鈴木という男である。 同僚の木村にガードをさせて、いそいそと鍵を開けているところに聞こえて来たのが「警察だ!」の声であった。 警察ならまあいいだろうと思って、とりあえず鍵をとっとと開け終えた。 目の前に、札束の山。ごくり。 ――不幸の羽音はそこに舞いおりた。 「さ~て~、私、頑張っちゃいますよ~」 不幸は羽のついた女の姿をしていた。スイカみたいな胸をしたすこぶるいい女で、大金を手に入れたら真っ先にこういう女と酒を飲みに行きたいと思わされる感じだった。ただし彼女は両手に円形の刃――チャクラムを手にしていた。 「な、なんだっ?」 鈴木はとりあえずサブマシンガンを手にした。 「じゃあ、行きま~す」 ……と、女の姿が一瞬消えた。そして『増えた』。 無数の女の幻影が生じ、あらゆる角度から斬りかかって来たのである。 「ぎゃ~! うわあ! うわああああ!」 鈴木はともかく闇雲にマシンガンを撃ちまくった。ともかくどれかの幻影に当たれば上等だった。 「ぐわ……待て、撃つなぁ!」 「あ。」 ……同僚の木村に当たった。 「ふふふ~。しばらくそうして混乱してください~」 ゆったりと話す女が信じられない速度で動いて、またも増えた。 悪夢がそうして続いた……。 ●フィクサード吾妻の奮闘 「警察だ!」 その声が聞こえたときにはもう、 (リベリスタだ!) と吾妻には分かっていた。彼くらい場数を踏んで悪事ばかり働いているとそういうことも大体分かるのだった。 年若いリベリスタが飛び込んで来て、ブレイドナックルでなぐりかかる。 「ぐおっ――」 なかなかの、というかかなりの打撃力であった。吾妻はたたらを踏むと、「くそっ、呼びやがったな!」と手近な行員に銃を撃ち込んだ。 実のところ、吾妻はその行員がリベリスタを呼んだと本気で考えていたわけではない。ただ、人質を得ている優位を最大限に生かすためにはこちらが人質をためらいなく殺すことを知らしめたほうがいいし、そのためには実際に撃つのがもっとも手早いのだ。 しかし標的は不意に倒れると二人になった。別のリベリスタの女が彼女を庇ったのだった。 (ちぃ!) 「もう撃たせねーぞ!」 最初に殴って来たリベリスタがこっちに組みついてくる。 「ち、くそっ!」 二人でゴロゴロと転がった。こちらの銃を封じるためにリベリスタが選んだのは実に泥くさい取っ組み合いだったのだ。 即座に吾妻は格闘戦では役に立たない銃を捨て、サバイバルナイフに持ち変える。 「ちぃ! くそったれがこのアークの犬どもめ!」 「ワンコって呼ぶなあ!」 げし。殴られる。 どす。肘を入れ返す。 「おい、お前らとにかく金を……」 金さえ持って誰かが逃げれば、後で合流してともかくなんとかなるのだ。そう思ったのだが。 リベリスタ達は周到だった。 西口ATMではボウヤの山田が後生大事に銃を抱えながら、銀髪の女リベリスタにぼこぼこにされていた。 正面ではまず田中が警察官そのまんまな風貌のリベリスタに銃床で殴りかかられている。まあそれはろくに当たらないから田中の方がうまく立ち回っているのだが、この偽警官にはサブマシンガンで撃たれてもびくともしないだけのタフネスがあるようだった。 もう一人の正面担当、佐藤は黒コートの女リベリスタにこれはもう一方的にやられていた。銃こそ取り落とさなかったものの、でっかい盾で弾道を塞がれては人質を取るに取れない。 そして金庫室の方からは、 「ぎゃあああ! ああああああ!」 「鈴木やめろ! うわあああ!」 鈴木と木村の絶叫と乱射されるマシンガンの音。これはもう本格的にダメっぽい。完全に翻弄されているのだろう。 結論。金は諦めた。とにかく俺一人だけでも生き抜く! 「うおっ! りゃあああ!」 吾妻には高校時代特技があった。柔道である。取っ組み合いから放つのは巴投げ。『ワンコ』リベリスタをどうにか引き離し、素早く立ちあがる。 「おっとぉ。やるな。だけどまだまだだぜ!」 転がしたリベリスタも獣じみた反射神経で素早く受け身を取り、身構えた。 「ここだけ見れば一対一だ。てめえをぶち殺して俺だけでも逃げのびてやる!」 「やってみろ! やられねえぜ!」 打ち合う男たち! ……と、なりそうだったのだが。 「おっお~♪ 参戦だお~♪」 「小高、は、無事……」 「さあ、あとは闘争だ。一人たりとも逃がすまいぞ」 女ばっかり三人も、リベリスタが通用口から戻ってきた。 (ありゃ。こりゃ無理だ。) さすがにそう思った。 「ちくしょおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお! こうなりゃひとりでもおおくみちづれにしてやるぜぇぇぇえええええ!」 それからの吾妻の暴れっぷりはまさに焼ける鉄板に放られた大蛇のごとく、激しく力強くやけっぱちなものであった。 しかしながら、だれ一人道連れにはできなかった……。 fin |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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