●ゆらゆらと 「さてこんにちは皆さん、皆さんのお口の恋人断頭台・ギロチンです。クリスマスですね。何もねぇよ仕事だよ畜生、という方もちょっと聞いて下さい。寒いけれどもちょっと湖の傍まで行きませんか」 何も寒中水泳しようという訳じゃないですよ、と『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は首を振って続きを話し始める。 上げた掌に乗せられているのは、小さなキャンドル。 クリスマスツリーを模したそのキャンドルは、色とりどりのオーナメントで飾られていた。 「キャンドルナイトというか、そんな感じの催しです。クリスマスイヴの夜は湖畔に幾つもキャンドルを設置して、その明かりの傍で過ごそう、という。そこそこ大きなツリーもあるそうですよ。明かりはそのツリーとキャンドル、後は売店程度なのであまり派手な雰囲気じゃないと思いますけれど、その分二人で過ごしたい恋人さんとか、賑やかな街並から離れてちょっとゆっくりしたい、という人にもいいんじゃないですかね」 白と青のオーナメントで飾り付けたツリーは、雪の結晶を模した電飾を纏って湖の入り口付近に立っている。 その横を潜り抜けて湖畔の遊歩道を歩けば、丸いフロストグラスの覆いに包まれたキャンドルの光が、足元が不安でない程度に灯っているだろう。 腰の高さより上の位置には少しレトロなランプが設置され、傍に居る誰かの顔をぼんやりと照らしてくれる。 そして湖畔の三箇所にそれぞれ設置されているのがキャンドルツリー。 大きさは入り口のツリーに及ばないが、星を目指してキャンドルが積み上げられ、筒状の覆いの中でちらちらと揺れている。 湖面に映ったそれも数えれば、合計六つのキャンドルツリーが見られるだろう。 「何しろ寒いですからね。一応湖畔から少し離れた所に売店も出ています。えーと、確か大人にはグリューワイン、お酒が飲めない方はハニーミルクやホワイトチョコレート、生姜湯なんかも売ってるって聞きました。それで手とか体を暖めながら見て回るといいんじゃないですかね」 一人でゆっくり過ごしたい人もいるから、宴会騒ぎは厳禁。 ただ、勿論水筒などで温かい持ち物を持ち込んでも構わない。 水面に揺れる光を見詰めながら、寒さに寄り添うのも良いだろう。 闇の中の光の儚さと、その明るさを傍で感じるのも良いだろう。 アークの稼動から二度目のクリスマス。 光を見て、何を思い、どう過ごすかは、人それぞれ。 「あ、後繰り返しますがガチで寒いと思うんで、防寒はしっかりして下さいね」 風邪も思い出にはなると思いますけど、わざわざ引くものでもないですし。 薄っすら笑って、フォーチュナはコートを手に取った。 いつかその火が、優しい記憶の道標になるかも知れないから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月01日(日)23:22 |
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● ひんやりとした夜が迫ってきた。 白い雪が一つ、二つ、黒い空から落ちてくる。 輝くクリスマスツリーが見えたなら、そこが今宵の道標。 大きな雪結晶の電飾が放つ光は、凛とした寒さで身を引き締めた。 けれど先へと足を進めれば、灯るのは優しい光。 思っていた以上に良い、と白い息を吐きながら鋼児は照らし出された風景を眺める。 輝く街の光には遠く及ばず、ともすれば儚い光。 手を擦り合わせながら求めたホワイトチョコレートは二人分。 「あ、ご、ごめんね、ありがとう……!」 「ビンボーな俺がおごってやんだ、目一杯感謝しろよ?」 「……うん!」 慌てて礼を言う七瀬に冗談っぽく返せば、気遣いは通じたか微笑む顔。 だが、歩き出してしばらくの後にはまた憂いを帯び始めた顔に、鋼児は空を仰いだ。 守ってくれてありがとう、という言葉に嘘はないだろうが、その合間に見える気持ちは隠せない。 水面に揺れる光を眺める間に、七瀬が漏らした言葉。 「ねぇ、鋼児君。僕達……親友、なのかな?」 「――……」 そう思っているのは自分だけではないのか、独りよがりなのではないか。 一つ零れたら二つ三つと疑念と涙が零れ出す。 小さな溜息が呆れであるのかと震えた七瀬に、拳が突き出される。 「ダチなんて、相手に認めて貰って成るもんじゃねぇだろ」 言葉や物ではなく、必要なのは通じる気持ち。 鋼児に渡されたホットチョコレートの暖かさは七瀬の指先を溶かし、作られた拳がそっと打ち合わされた。 揺れる光は弱く儚く、それでも強く。 「もう、一年か。早いな」 「短くも目まぐるしい一年でござった。……昨年のクリスマスからは予想もできぬ程に」 杏樹の言葉に、隣の青年が頷いた。空気が冷えている中、時折走る風は更に体温を奪う。 それでも二人は水辺に立ち、柵にもたれて光を眺めた。 暫し無言で陽炎の如く揺れる光に向けられていた瞳。 「まだ私は、目指す場所に辿り着けてないな」 杏樹は手を伸ばし、指先を湖面の光に向ける。 「あの火のように目指した背中も、守りたい背中は近いようで遠い」 もっと近くに寄りたいな、と囁くように呟いた杏樹の肩に、幸成の腕が回った。 寒さに強張っていた肩を抱き寄せるようにして、幸成は頭を垂れる。 「自分にとって、あの光は道標。冷たい暗闇の中でも確かな道標として暖かく輝く存在……杏樹殿」 平素は陽気な顔をした彼は、一人で在れば最早ここにはいなかったかも知れない、と語った。 例え求める強さには未だ足らなかったとしても、彼女の存在は一人の男を守っている。 感謝を、と呟いた声は、いつもより真面目で暖かい。 吹き付ける風は冷たくて、それでもそれが心地良くて。 柵の手すりに設置されたランプから少し離れ、おろちは頬に触れた雪に目を細めた。 雪によって音を封じられた静謐。 この空間を切り取ったならば、それも素敵な事だろう。 思ってすぐに、おろちは微笑み否定する。 空想の中でだけの楽しみ、本当に止まればそこには悲しみは勿論喜びもない。 流れてしまえば存在しないものだから、刹那が愛しくて。 彩られた長い爪が、掌に落ちた白を隠した。 開けばそこにはもう、微かな水滴しか残っていない。 けれど伝わる冷たさは、そこにあったのは雪だと教えてくれる。 いつかこの雪のように、『在った』事を残せるまでは――唇から、細い息が漏れた。 水の近くにいけば、手を触れずとも冷気が伝わってきた。 寒中水泳じゃなくて良かった、と病弱な体を抱えたイーゼリットは思う。 顔見知りがいない訳ではない。二人きりの邪魔をするまではいかなくとも、顔を合わせれば挨拶を交わす程度はするだろう、普段ならば。 ただ、今日だけはそれが疎ましかった。 何故なのか、なんて事さえ考えたくはない。ただ、掌の温かさと灯りにだけ従っていたい。 思考を友とする彼女には珍しく、己の行動の意味を考えたくなかった。 それでも思考は水底の泡のように湧き出てくる。ただでさえ忙しい年末だった。 命を失っても不思議のないような経験を重ねた日々だった。 決して、決して悪いだけのものではなかったけれども。 浮かぶ光景は脈絡がなく、浮かんでは弾けて消えて行く。 視線はずっと、暖かく揺れる炎に向けられていた。 温かいホワイトチョコレート。 流れる人の波。 「日本はやはり、平和だな」 数多の命が一瞬で消える戦場から比べれば、静かな光景。 凛子が訪れる僅かに前に行われた大きな戦闘の事は耳に入っていない訳でもなかった。 もし自分がそこにいれば、という考えを振り切る。 IFは考えても仕方ない、必要なのはこれからの事。冷たさと温かさ。 生きているという実感は、皮膚が伝えてくれる。 「湖畔の静けさは心が落ち着きますね」 忘れはしない、と刻む。心に刻む。 「楠神さんにしては良いセンスですね」 「……俺にしては、とはどういう意味だ」 いつも通りの会話。けれど湖面の光に目が吸い寄せられ、いつもの打てば倍で響く言葉はない。 水面に雪が落ちて波紋が広がる。薄明かりに浮かぶ、二人の姿も揺らめく。 余りに儚くも見える姿。消えてしまう大事なもの。悪夢が欠片すら残さず奪って行った大事なもの。 掌に掴めるものは、もうないと思っていたのに。 「なあ、うさぎ。死んでくれるなよ?」 目の前の相手が命を失うかも知れないという瀬戸際に、喪失の恐怖は何よりも明確に本心を告げた。 言葉に一度、無表情で目をぱちりと瞬かせたうさぎは少しだけ上がったトーンで首を傾ぐ。 「……随分、大切に思ってくれてるんですね?」 「――お前みたいなのでも、死なれたら気分が悪いってだけだ!」 照れ隠し。それに気付かない程に浅い仲ではない。肩を竦めて流しながら、うさぎも彼を見上げた。 「それは私も同じです。貴方が死んだら悲しい」 残されるのはもう嫌だ。 残して逝く辛さはまだ分からない生きる二人は、だから死ぬなと互いに紡ぐ。 「約束ですよ、『風斗』さん」 見上げるうさぎの顔が僅かに笑んでいるのを、名で呼んだのを、彼は気付くだろうか。 思いは繋がる。何年経っても。 翼をふるりと震わせて、雷音は六花散らす空を仰いだ。 「寒い、こんな日はコタツでみかんをたべるのが一番なのだ」 「拙者はむしろ雷音と一緒にいれればどこだっていいでござる!」 即座に返った虎鐵の言葉に、ふう、と雷音は首を振る。 こんな時は暖かい飲み物がお約束だ、と両手に持ったそれの片方を虎鐵の額に触れさせた。 暖かさにか、その行為にか緩む虎鐵の頬を見ながら少女は水面に目を移す。 長いようで短い一年。年の瀬に多くの者が浮かべる感想。それでも今年は、特に。 怖い。戦いが怖い。喪失が怖い。一年が経過しても、怖いものだらけだ。 不安に伸ばされた指先が、虎鐵の掌に触れた。 「明日はくるかな?」 「うむ、来るでござるよ」 少女の問いに答えた虎鐵は、翼を避けて後ろから包むように抱き締める。 上げた互いの手は、胸の前で組み合わされた。 「雷音、拙者が湯たんぽになるから温まるでござるよ」 「……うん、そうだな」 伝わる熱。温かい掌。背中の温度。 不安を溶かす掌に、雷音は頷いた。 ● 雪が降る。 ちらちらと、灯火に照らされて闇に消えていく。 静寂。雪で通らなくなる音は、余計に人の気配を薄れさせた。 人は決して一人では生きてはいけない。 けれど、一人の時間を、己と向き合う静寂を、好む場合もある。 光は儚い。余りにも儚い。珍粘は雪の音に耳を傾けながら、思考に身を委ねた。 アークに来たばかりの頃には想像できなかった自分。 強さと共に捨てた躊躇は、成長なのか、取り戻せない喪失なのか。 精神を擦り減らしたのか、打って強くなったのか。 自分には分からない。恐らくは問う相手によっても答えは違うだろう。 そんな思考を浮かべられなくもなった者もいる。届かなかった手がある。 だとしても、その選択が悩んだ末の結論であったとしたならば。 きっと、美しいものなのだろう。 落ちてくる白に、彼女は目を細めた。 白。真っ白。けれど、記憶は白くはならない。 竜一は一人、白い息を吐く。 平和だ。平和なひと時だ。 日々多種多様な妄想を共に、仲間と騒ぎに明け暮れる彼でも、一人の時間は時に恋しい。 自分が何事にも冷静沈着に受け止められるとは、実際思っていない。 だから揺らぐ。 竜一の言動を時に諌め、時に煽り、笑い合った顔が喪失した事実に。 知らないではない。分かっていなかった訳ではない。 命を賭ける事もあるのだから、『そういう事』も在り得ると。理解と実感は違うとしても。 最早語りかけてはくれない存在を思い、光を見詰める。 拒否しても現実は変わらない。けれど割り切れない。ならば、受け入れて進むしかない。 日頃何かと見栄も張りたい年頃だから、そんな姿は見せられない。 ぎゅ、っと上着の前を掴む。 「寒いっ!」 殊更に大きく出してみた声は、空に吸い込まれた。 立ち上がる。暖かい光が、彼を呼んでいた。 光の元には甘い物。 とろり零れる雪とは違う白い甘さ。 思ったよりも喉を通り易いそれに、溶かしたチョコを直で飲むわけじゃねぇんだな、とモノマが呟けば壱也がくすりと笑って頷いた。 水面に輝くキャンドルの火は、ちらちら瞬く星にも似て無数に灯る。 夏に二人で見たのは空の星。今眺めているのは水面の星。 以前はクリスマスの事など考えもしなかったが、それでも時はあっという間に巡ってきて――結果、二人は寄り添ってここにいた。 在り様が変わった、とはモノマは思わない。変わったとしたら、隣の少女に向ける思いだろう。 友人の一人であったはずの彼女が、今は愛しい。 口には出せなくとも、改めてそう思った。 そんなモノマを横目で窺う壱也もまた、思いを沈める。 輝く光は美しく、照らされる隣の彼も輝いて見えるのは恋の成せる業か。 光景は、過ごした日々とこれからの日々を象徴している様にも思えたけれど、口にする代わりに彼女はカップを唇に寄せる。 肩に回った腕が、そっと自分の体を引き寄せるのに気付き、頭を預けた。 何よりも甘く甘く。 握られた手は絆の証。 冷えないようにと己の掌で包み込む静の手に、玲は息を吹きかける。 染まった頬は、寒さとはまた違う赤さ。 「玲と一緒になって、一年がたったな。今日は渡したいものがあるんだ」 「……え?」 いつもの温もりと反応に笑んでいた玲は、小さく首を傾げた。 ポケットから取り出された小箱、開かれた中身は指輪。 キャンドルの火に照らされたそれは、ちらちらと柔らかい光を返している。 「オレ達二人の指輪だよ」 告げる静に、玲はただ瞬くだけ。けれどそれは拒絶からの困惑ではなかった。 刻まれた名前と日付、そしてこれから作られる沢山の記念日を刻んでいこうと告げる静。 頬を伝った涙は、とても温かい。 キャンドルツリーが見守る中、二人は指輪を互いの指に通した。 「幸せにしてくれて、ありがとう」 「玲がいるから幸せなんだよ」 左手の薬指は、約束の印。 これからの絆と、これからの幸いを約束する印。 どちらが悪くないとしても、縁は時折絡んで落ちる。 自重に耐えかねするりと落ちた縁の一つも、時経てまた結ばれる事もある。 掌を温めるグリューワインのスパイスの香りが鼻腔を擽り、肩にかけられた彼の上着は存在を示す。 「今日は楽しかったね」 「付き合わせちまったな」 ベンチに座りニニギアが微笑めば、ランディは軽く頷いた。 求めるものが違ったから、場を共にする事はできても並んで歩む事はできないと思った人だった。 片方は己を足手まといと思い、片方は相手を傷付けると手を払った。 顔を上げて視線を合わせれば、意図は通じ合う。 「……お前はもう、庇護されるだけじゃないんだな」 重ねてきた無数の戦い。離れても見ていた互いの姿。 傷付く姿に心を痛め、前を見て戦う姿に絆を感じ。 今更都合の良い話だと、ランディはニニギアの肩に腕を回す。 「ニニは俺の後ろを守れ」 どんな道を歩いたとしても、彼女は信頼足りえる仲間だと悟ったから。 何より。 「……それは、えぇと……戦友として? それとも」 「――戦友じゃない、大事な女性として」 支え合う強さを教えてくれたのは、強さの為に切り捨てた筈の彼女だったから。 ありがとう、の言葉と共に、温かい体が寄り添った。 真の絆は、何よりも強く。 入り口から対極に位置する場所は、人の姿も殆ど見えない。 余りに忙しい日々だった。恐ろしくも賑やかで、息をつく暇もない日々だった。 「本当にお互い生きてて良かったよ。カルナの運命も戻ってきたしね」 唇の端に笑みを浮かべて言う悠里の通り、いつ命を落としてもおかしくなかった。 「あの男との決着が着いたら、話したい事があると思ってたんだ」 聞いてもらえるかな、と問う悠里に、カルナは無言で首肯する。 歪んだ慕情を向けられて、十字に命の欠片を封じられ、それでも尚、己の選択を貫く少女は、超人や聖人の類ではなく、可憐な普通の少女であった。 友人になって知った顔。惹かれたのは聖女ではなくカルナという少女。 重ねた思いを、悠里は口に乗せる。 「カルナ、君が好きだ」 「私は──」 カルナは唇を開いた。生死を左右する刃に望まず乗せられた上での選択を肯定してくれた悠里。 否定もせず見捨てもせず、守り、選択の結果が悲劇だとしても見届け終わらせると告げてくれた青年。 「悠里、私も貴方の事が好きです」 頬の火照りは自らでも分かる。恥ずかしくて逸らそうとした顔に、触れる手。 命を育む緑の瞳が、橙の瞳と、触れ合った。 幻想に誘う光。 キャンドルの一つを手にとって、導きとしながらオーウェンは歩く。 傍らにはハニーミルクを手にした未明。 遠くに微かに見える、華やかな光には及ばない微かな灯火。 寄り添った二人は、揃って水面を眺めた。 「夜景ほど色とりどりではないけれど、こういうのもいいでしょ」 「ああ。小さい頃は都市部の様な華やかな光はなかったしな」 決して恵まれていたと言えない環境では、儚いこの光こそ唯一の『夜の光』だったのだとオーウェンは目を細める。 届かない過去、ならば今取り戻せばいい。得られなかった分を、与える事ができればいい。 伸ばされた未明の手は、オーウェンの頭ではなく頬をするりと撫でた。 その行為に、オーウェンは微笑んでキャンドルを吹き消した。 「俺には余りよく景色は見えないが、暗視を持つお前さんなら、見えるのではないかね?」 「――自分で興ざめするような事はしたくないの」 この灯りを味わうのに、そんな野暮は必要ないと首を振る未明に、オーウェンはコートを掛ける。 「大好きだ、ミメイ……」 近寄る唇を逸早く触れ合わせたのは、未明の方。 変わらぬ愛を。 より長く寄り添うならば、寒くない方がいい。 ルアの持ってきたブランケットに、スケキヨも二人揃って丸まって、飲み物で手を温める。 未成年のルアから漂うのは甘いハニーミルクの香り。 酒精よりも雰囲気による高揚で、スケキヨは彼女を力強く抱き締める。 「スケキヨさん……好きぃ」 お酒がなくとも、好きな彼にならきっと酔える。 蜘蛛の因子が目立つ指先を掬い上げ、ルアは軽く噛み付いた。 君になら食べられても構わない、と微笑むスケキヨの顔に見とれる内に、頬を両手で挟まれる。 「ルアくんのハニーミルクも、一口貰えるかな」 「スケキヨさん……」 重なる唇は、ただ甘く。 その甘さは、飲み物によるものなのか、それとも互いの思い故か。 甘いと囁く彼に、少女は頬を染めて恋う視線を返した。 ● きらきら輝く雪の結晶。 雲間から覗く星の瞬き。 仁王立ちする宇宙服。アストロノート。もしくはコスモノート。 呼び名は何でも構わない。キャプテンを形容する単語は一言でいい。 ――『地球(以下読みはテラ)を愛する者』 「この一年もまた、地球は美しかった」 彼が手にするスキットルには琥珀の液体が満ちている。 誰かは言うだろう、これは生命の水だと。 そう、生命。地球に満ち溢れる生命、そして、その生命を育む地球は何よりも美しく、宇宙という天蓋を抱きながら無限にも近い闇で煌々と営みを続ける神秘は愛しくも切なく銀河の中で――壮大になりすぎて脱線するので割愛。 ついでに宇宙服はそもそも地上で使用する防寒着ではないという常識も些細な事だ。 照り返す水面は美しく、満ちる空気も透徹であればそれ以上も求めない。 良い日だ。 良い地球だ。 「まだまだワタシは戦える」 どこまでも真面目だが、常人と一本道を違えているキャプテンはウィスキーを静かに喉に流し込む。 突っ込みが抑え切れなかった部分も地球(テラ読み終了)の導きである。 ちなみに以下地球という単語は出てこない。 しずかにしずかに。しゅくじょたるものおちついて。 全くそうは見えないが春には高校生となるイーリスは、その割にはあまり効率的とは言えない表現方法で己を抑えている。 静けさを壊すような真似はしない。今宵は粛々と日々を思う為に訪れたのだ。 決して楽天的なだけではない。現実が見えていない訳ではない。失われるものがある事は知っている。 だからこそ、失ったものを無駄にしないと彼女は誓う。 寒さの中だからこそ、輝く小さな光が暖かい事が分かるから、己も命もそうであれ、と思う。 けれど、そんな思考も長続きはしない。 「なんと! ここでいっくひらめいたのです」 ぱちり、遠慮して小さく合わせられる手。 「ふるいけや かえるぴょこぴょこ ふゆねてる」 満足げに頷くイーリスの夢枕に俳人が立ったりしないか、若干心配である。 いつもと変わりない日々を、刻々と変わる日々を。 「おまたせ、寒くなかった? 温まるってこれ」 「……待たせていたと言う自覚があるのなら、あなたがすべき事は二つよ」 生姜湯を手に現れた夏栖斗に、こじりは地面――を指しはしなかった。 姫に頭を垂れる夏栖斗の手から生姜湯を受け取り、握られた手に軽く眉を上げる。 離された手に夏栖斗が瞬くよりも早く、絡む指先。 「寒いから、行くわよ」 先程よりも、深く強く繋いだ手の温もりを感じながら、こじりはふいと顔を背けて歩き出した。 視界に入るのは揺らめくキャンドルツリー。鏡の様に映る水面のそれ。 どちらが好きかと問う恋人に、こじりはどちらも嫌いと返す。 可憐で美しい半面、少しの風で揺らぐそれは余りに淡い火。 少女の言葉に秘められた真意を知る少年は、気を悪くする事もなく笑顔を向けた。 「来年も笑顔でむかえれたらいいね」 二度目の冬。二度目のクリスマス。楽しかった。きっと来年も楽しい。 重ねられる唇の感想は揃って同じ、生姜味。 「こじりさん、大好きだよ、これからも一緒にいてね」 少女の返答は、先程より少しだけ長いキス。 「いてね、ではないわ。居るよ。でしょう? 夏栖斗」 その勝気な瞳が、恋を以って向けられるのは自分だけだと知っていた。 「訂正、僕はずっとこの先もこじりさんと一緒にいるよ」 触れ合わされた額、見つめ合う瞳はいつだって誰よりも傍にいる。 握る手は、いつも一番近くにいる。 「ねえ疾風さん、入り口のツリーも素敵だったけど、キャンドルツリーが見たいなぁ」 「うん、寒いから飲み物を買ってから行こうか。愛華ちゃんは何か飲む?」 寄り添う二人。 そこが街中であろうとも、寒い湖畔であろうとも、疾風と愛華は並んで歩く。 冬は苦手だけれども、愛しい恋人と一緒の時は少し好き。 寒さを理由に寄り添えるから。 それでも寒さは耐えがたく、さり気なく出された愛華の手を疾風は躊躇わず握った。 「寒いね」 「……ううん、あったかい」 手を握り笑う疾風に、愛華は微笑み返す。 キャンドルツリーは周囲を照らし、水面にゆらゆら揺れていた。 「見てみて、キャンドルツリーだよぉ」 「湖面に映ったツリーも綺麗だねえ」 寒さも全て、思い出ならば、来年もまた二人で思い返せると良い。 ホットチョコレートの味見を唇で捧げる愛華に、疾風は優しく己のそれを返した。 時は駆け足で過ぎ去る。 重ねた日々を思えど、会える時間が何よりも愛しくて、羽音は一人湖畔で待つ。 寄り添い歩いていく恋人達、視界から伝わる幸福に自然と口元が綻ぶも、彼女の待ち人は未だ来ない。 輝く光は美しく、舞い散る雪も幻想的ではあるのだが――待ち人と共に見る事を思えば、少しだけ色褪せて見えた。 冷たい風に頬がぴりぴりと痛みを覚えた所で、触れる温度。 びくりと震えて振り返れば、待ち続けた愛しい人の顔。 「ひゃっ……ビックリしたぁ」 「ごめんな、遅くなった……!」 瞬く羽音に、俊介は困った様な笑いを浮かべながらぎゅうと抱きついた。 「あ……」 「ふふ、大丈夫。怒ってないよ?」 その体が予想以上に冷えていた事に気付いて顔を上げれば、笑顔が返る。 己に甘い甘い恋人に、果たして何を返せるか。 「待たせてごめんなぁーっっ!!」 先程よりも強く抱きしめ頬を摺り寄せる俊介の背に、羽音は腕を回した。 温めてね、と囁く彼女に、俊介は大きく頷く。 冷たくてごめんね、と心中で呟く羽音は、どこまでも甘い。 君がいればそれだけで十分だから。 ベンチに腰掛けた三千は、視線が隣の横顔に向いている事にふと気付いた。 照らし出された白い肌。通った鼻筋と柔らかな亜麻色。 「幻想的で、とても綺麗」 開いた唇から漏れた声に聞き惚れて、首を振る。 「はい、綺麗ですね、ほんとうに。誰よりも、きれいです……」 「…………」 ミュゼーヌの瞳が、三千を捉えた。 彼女の『綺麗』は、この光景と世界を形容したものだが、彼のは違う。 向けられた視線の先が自身であると分かれば、ミュゼーヌは黙って見詰め返した。 三千は息を吸って、そんな彼女に己の気持ちを告げる。 「……ミュゼーヌさんのことが……好きです、愛しています」 「ふふ……よく言えました」 零れる笑み。何となくでも、分からなかった訳ではない。少しずつ重ねていた思い。 ミュゼーヌが折に触れ思い出す顔も、彼だった。 「――私も愛しているわ、三千さん。誰よりも、何よりも」 少し緊張した様子の三千が手を伸ばし、ミュゼーヌの目を閉じさせる。 重ねるのは、思いと――。 雪の寒さも水面の輝きも近く遠く。 悠月はそっと、隣の拓真に頭を寄せた。 ちらつく雪に閉ざされて、静けさが周囲を支配する。 「こうして、キャンドルの炎を眺めていると……不思議と落ち着くな」 「お祭りには違いありませんけれど……冬の落ち着きですね」 揃って余り騒ぎ立てる方でもなければ、この静けさも心地良い。 暖かな賑やかさも愛おしいが、凛とした冷気の静けさもまた恋しい。 揺らめく光を眺める内、拓真が何かを思い出したように胸元から小箱を取り出した。 顔を向けた悠月に、彼はそれを開いてみせる。 「メリークリスマス」 「――……」 「君の誕生石、だったか。君との出会いと、これまでの感謝の気持ちを込めて」 輝くのは、サファイアをあしらった指輪。 言葉を失う悠月に、拓真は落ち着いた調子で受け取って貰えるだろうか、と続けた。 沈黙の時は少しだけ長く、悠月は拓真を真っ直ぐ見詰め返す。 「――はい、拓真さん」 「そうか、良かった」 微笑む悠月の答えを、分かっていたのか否か、笑みを浮かべて指輪を通す拓真。 出会えて良かった、と思う悠月の心も、きっと伝わっているのだろう。 無言で寄り添う二人の心は、いつだって一つ。 守る、というのは苦労を伴う。 時によっては、一人で走り続けるよりもよっぽど茨の道となる程に。 「俺もレナーテさんも、普通の大学生だった筈なんだよな」 「そうね。今は随分と遠いけど」 グリューワインと共に並ぶは、果実の詰まったシュトレン。 一緒に作ったそれは、ラム酒の香りも落ち着いてしっとりと良い頃合。 ほろりと口の中で壊れる粉砂糖の層を温かいワインで溶かし、揺れる光を見詰める。 長かった一年だった。短かった一年だった。 神秘に触れなかった日常からすると余りに遠く、飛び込んでからは嵐のように過ぎ去った。 「俺は、誰かのユメを守れたのかな」 「……快さんは十分にやれていると思うわよ」 生死の狭間で、アーク内で誇る業績を上げた快にレナーテが頷きを返す。 世辞や社交辞令ではなく本心から。 何が成功だったのか、何を捨てて何を守れたのか、考えればキリがない。正解も分からない。 割り切れなくて量り切れないけれど、道程で得た仲間が得がたく素晴らしいものであった事は間違いない。レナーテさんにも合えたしね、と笑う快に、彼女も軽く微笑んだ。 冷える空気に、二人は目を細める。 美しくも儚い光景だからこそ、来年もこれを眺める為に。 守り手達は、静かに揺れる炎を見詰めていた。 ● 光は儚くも、強く。 寒さの中で、輝いていた。 ハニーミルクが穏やかな湯気を上げている。 街中の喧騒から離れて、久々のコドク。 雪降る静けさも、柔らかな光もフィネの愛するもの。 水面に揺れる光は美しく、足を止めて光景に浸る。 静けさを満喫していた彼女だが、ふと人の気配に気付いて身を強ばらせた。 人の視線に慣れていない彼女は、どうにもまだ他人の存在が傍に来ると緊張する。 慌てて隠れようとするが、水辺の柵以外には何もない。 一瞬湖、との考えも浮かぶが、それは流石に駄目だと思い直した。 結果として平静、平静、と念じながら通り過ぎるのを待つ。 一人で参加している者も少なくはないのだから、不自然ではないはずだ。 フィネの緊張を他所に、通り縋った誰かはあっさりと通過して行った。 ほう、と安堵のため息が漏れる。 柵の向こうに見える、寄り添う影。あれほど親しくはなくとも、いつか誰かと遊べたら。 少女はそう夢を見て、灯火に願いを託す。 「ふっ……いい雰囲気じゃないか」 風に金髪をなびかせて、イセリアは歩いていた。 今しがた一人の少女を盛大にビビらせた事など知るはずもない。 彼女が目指す場所など、最初から決まっていた。 「うん、これだこれだ、いいねグリューワイン!」 上機嫌の彼女が手にするのは、故国で馴染みのあるホットワイン。 少しずつ配合を変え、数種類用意されたそれを片っ端から注文しては口に運んでいく。 「ほう……これはほんの少しラムを効かせてあるわけか」 「おや、よくお分かりで」 「こちらの果実はベリー系か? なかなかの酸味、いいものが揃っているな!」 「どうもー」 楽しげにワインを口を運ぶ彼女に、店員も笑顔。 「ふ、ははっ。さすが、さすがだギロチン。そして時村!」 「や、グリューワインにはぼくも室長も関わってないですけどね」 「気にするな! ところでもっとないか?」 「イセリアさん、少しはキャンドル見ましょうよ」 「キャンドル? ああ、綺麗じゃないか?」 「うわ凄い適当だ」 いつの間にか横でグリューワインを飲むフォーチュナの突っ込みもなんのその。 流されるのもそろそろ慣れてきたギロチンも特に気にも留めず流す。 飲みつくさないで下さいね、と軽い言葉を添えて出た先で、揺れる影を見付けて歩み寄った。 「……那雪さん那雪さん、寝るなー寝ると死ぬぞー、いや本当に死にはしなくとも風邪引きますから」 「……あら……?」 瞬いた那雪は、ぼんやりと周囲を見回す。 確かに美しかったのだが、不規則に穏やかに揺れ続ける火は彼女にとっては布団の中での羊に等しかったらしい。 もう少し見ていたい気持ちもあったが、本格的に眠ってしまえばそれこそ風邪は免れまい。 「ありがとう、これ、お礼……」 「わあいありがたいですけど那雪さん帰り道に風邪引かないです、か、ね、え」 「あら……締めすぎた、かしら」 きょと、と首を傾げる那雪だが、ギロチンなら大丈夫だろうと一人頷き歩き出す。 急いで緩めたギロチンが、キャンドルを蹴っ飛ばさないか心配そうな目で見ていたのまでは、きっと彼女は知る由もない。 「ギロチンさん何処かな……」 そんなフォーチュナを探す影一つ。もとい影時一人。 くしゅくしゅと寒さで鼻を擦りくしゃみをしながら、儚い火を辿って行く。 寒さが容赦なく体温を奪う中、呼ばれるように明るい方に歩いていけば目的の青年。 少なくとも顔だけは良い部類に入る彼は、影時に気付き軽く手招く。 「あ、ちょうど良かった。先日のお礼というのもなんですが、温かいものいかがですか」 「え、あ、いや」 挙動不審。常の彼女を知るものが見たら恐らく何事かと思うだろう。 呼ばれた、ついでに今日はクリスマス。己の好意の端でも言葉に乗せられたら。 「……無理だよ、うあーーんっっっっ!!」 「えっ何が、あ」 ちなみに会う度にダッシュで逃げる影時の事を、ギロチンは『走るのが好きなんだな』と認識していた。 走り去る影時とすれ違った糾華は、ココアを手に軽く振り返る。 が、黒い姿は既に見えなくなっていた。首を傾げながら、じんわり伝わる掌の温度を感じる。 一人だ。慣れていたはずの一人だが、この街では珍しい気がした。 この一年、自分の傍らにいた人を思う。振り回されたな、と微かに笑う。 「あ、熱かったですか?」 「……いえ、美味しい。ありがとう」 キャンドルの傍らを歩く糾華に声を掛けたのは七海だった。 白い息を吐く少女を招き、温かい飲み物を差し出した。 「お代は?」 「いりませんよ、ここから売店まで戻るのには時間がかかるでしょう?」 今日は自分はカップルもお一人様も分け隔てなく応援する会なのだ、と右手の翼を揺らす七海。 こんなに気軽に人と触れ合えるようになったのも、ここに来たから。 良かった、と糾華は思う。寂しさが全て消え去るわけではないにしても、ここは温かい。 そんな二人の前に現れたのは、馬。馬だ。他に言いようがない、馬だ。 遊歩道への馬の乗り入れは禁止――なのかも不明だ、他にやった人がいないから。 ともかくそんな他の人にはできない事をやってのけた刃紅郎は、時折向けられる視線など気にもしない。 「あら、王様。こんばんは。一人?」 「うむ。この辺りにはつがいの者が多いな」 大仰に頷く刃紅郎。もとい王様。 「今日はクリスマスですからね」 「この日くらいは、な。仲睦まじき者の姿を見るのも良いものだ。馬には我も后を探せと言われるがな!」 「そーだよなー。イベントにだけはしっかり参加しとけば、クリスマスの神様が彼氏をプレゼントしてくれるんじゃないかな」 笑い声を響かせる彼の横から、がさりと瞑。 クリスマスの神様ってつまりサンタか何かだろうか。 一緒に参加してくれる人もいねーよと腐る瞑にも、七海はココアを差し出した。 「賑やかだこと」 少し離れた場所で、グリューワインを片手にエレオノーラが目を細める。 数日前の戦は激しいものだったから、ここに自分が立っているのが不思議な程。 彼の故郷を閉ざす雪に比べれば余りに可愛い白が、赤いワインに溶ける。 「日本の雪は可愛げがあっていいわ」 「そうですか、寒いですけれどね……」 声を聞きつけたか、隣でキャンドルツリーを眺める螢衣が首を竦めた。 共に外見は可憐な少女であれ、室内に篭る事が多い螢衣と、極寒の地で育ったエレオノーラでは感覚に差があっても仕方ない。 もう一週間もすれば年末だ。年の終わり。重ねてきた日々は、長いはずだったけれど。 「終わってしまえば、速いものです」 「ええ、時は早いけど、まだ歩いていられるのは幸せね」 思い出すのは過去。命を削る危険の先に、彼らは立っている。 ゆらゆらと揺れる火は、湖面に反射した。 姿勢を正した螢衣のブーツが、石畳と触れ合ってかつり、と音を立てる。 「……護りたいですね」 「ええ」 何をとは言わず呟いた螢衣に、エレオノーラは頷いた。 灯火の向こうでは、沢山の人が、仲間が、この湖面を眺めている事だろう。 儚い光。 揺れる光。 小さい火は弱くとも、そこに無数の思いを込めて燃えている。 降る雪が、少しずつ大きさを増していく。 恐らく、このまま積もるだろう。 けれど、そこは冷たいだけの世界ではない。 小さくとも確かな光が、いつだって輝いている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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