●ママ あったかいところ。 ゆうるりと水が巡るところ。 ぼくはそこで眠っていた。 眠って、ぐんぐん、育っていた。 ママの声がずっと聞こえていた。 おなかにお歌を歌ってくれていた。 言葉のない歌。優しい息遣い。 ママ、大好き。 歌が途切れたのは、まどろみが終わったのは、突然だった。 代わりに聞こえたのは悲鳴だった。 たくさんの悲鳴。皆みんな、怖がっている。逃げまどう。 ママも逃げる逃げる。鼓動がどくどくどくどく早くなっている。 そして、急に止まった。 ばっと熱くなって、それから心身と冷たくなった。 わかった。わかって、しまった。 もうママは、歌わない……。 ぼくもしんしんと冷えて。心が、遠くに、消えていった。 ●その人の手 次にぼくが気が付いたのは。 不思議にも気が付いたのは。 手の平の上で、だった。 「私の言葉が分かるかね……。分かる、筈だね」 ぼくはまだ目が見えていなかったからその人がどんな姿かはわからなかったけど、言葉はどんどんしみ込んできた。 「君たちの一族は殺された。君のママも殺された」 ああ。 ああ! 「殺した者たちは、リベリスタ、と言う。憎いかね?」 ああ。 ああ! どうして。 どうして! 「弱いからさ。そう、彼らは言っていた。君の一族は、弱くて『彼らではない』から殺されたのだ」 ……ぼくの未熟な胸の中に火がともった。小さく熱く真っ赤な、それは炎だった。 「さて、それを踏まえて。君は、彼らよりも強くなりたいかね? 力が欲しいかね?」 当然だった。 ●復讐するは敵にあり 「……以上が、今回の皆さんの敵の背景です」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はややゆっくりと、集まったリベリスタ達に資料を配った。 そこに記述されているのは現在の敵戦力。 『アークゴブリン』と呼称された強力なエリューションが一体。それに、どこから調達されたのか不明な、戦闘用の自動人形たち。 場所は三高平市近郊の『兜山』。山奥からそのふもとの村に向かう途中の山道である。 敵は山を下り、村に襲撃を仕掛けようとしている。 「もちろん襲撃を許すわけにはいきません。これから出発して、山道の途中で彼らを迎え撃ってください」 それから、と言いかけて、和泉は少し言い淀んだ。言葉を継ぎ直す。 「それから、現場での動揺を避けるために、この事件の背景をみなさんにお話ししておきます。もともと、『ゴブリン』達はこの兜山に生息して、人間とはほとんど接触なく活動していました。しかしエリューションです。狩らなければならなかったのです。だから……私たちの部隊は、ゴブリンを皆殺しにしました。妊娠した母親や乳飲み子も含めて、です」 その唯一の生き残りがいた。 謎の『仮面のフィクサード』がゴブリンの胎児を一匹救いだしたのだ。 そして彼に力を与え、戦力を貸した、らしい。 「敵からすればこれは当然の復讐です。しかし私たちはその論理を認めるわけにはいきません。みなさん、くれぐれも心を強く……そして、無事に帰って来てくださいね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:juto | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月22日(木)22:55 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●その男傍観者につき たとえば。 あなたが『チェスの駒に命を吹き込む』能力を手に入れたとしたら。 それをどのように活用すれば役に立て得るかも考えるだろうがそれ以前にまず。 命を吹き込まれたチェスの駒同士の闘争を楽しんでみるのではないだろうか。 このとき、命の吹き込み手はもはや指し手ではなく。 ただ、チェスの戦場とその『目的が存在に先立つ』限定された生の、傍観者となる。 そのような立場で、仮面の男は戦場を見降ろしていた。 山中には霧がうっすらとかかり、天には赤くにじんだ光がある。 男はうっそうと茂る木立の一つの枝に腰かけ、枝と枝の間のごく限られた視界から戦場となるべき場所を垣間見ている。 「さあ、『彼』はどこまで見せてくれるだろうね……」 ●復讐者と人形 「来るぜ……」 『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)がまずその超視力で敵の姿を捉えた。 最初に見えるのはぎくしゃくカタカタと動く異様な自動人形どもである。虚ろな目、歯車仕掛けの多すぎる手足。跳躍したり木々に絡みついたりと曲芸をするような動作を交えながら麓へと下って来る。 もちろんこれら人形が麓へ下るのは芸を見せるのが目的ではない。麓の村を滅ぼそう、人を殺して殺しつくそうというのである。 「ん、よし、もう一体いける……っと」 『捻くれ巫女』土森 美峰(BNE002404)の傍には彼女が作りだした影人が二体控えていた。いや、さらにもう一体。計三体の美峰の影は、仲間を守る重要な盾になる予定である。 他にも集中を研ぎ澄ませたり、武器を構え直したり、八人のリベリスタが山道のわきに潜んで敵を待ち構えている。 では人形たちの後ろからは何者が来るのか。 それはまだ名付けられていない魔物であった。敢えて呼ぶなら『彼』。便宜上の種別はアークゴブリン。重厚な板金鎧を身につけ大剣を背負った姿は均整がとれている。しかし怪物である。これから惨殺劇を行わんとする一行の、頭目だ。 そのさらに後方からは奇妙な機械が二台ついて来ていた。強いて言うなら足が四本付いた身の丈2mほどのオルゴールシリンダーである。歩むたびにからんぽろんと音がする。その音に合わせて前線の人形たちが曲芸を踊る。まるでねじくれた曲馬団だ。 それらが、リベリスタ達が決めていた距離に入り込んだ。 「行きます! 黒よりも黒き我が血脈。そは何ぞ、つまびらかにせよ!」 『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)が手にしたナイフで自分の手首に切りつけた。そこからこぽりと血があふれる。ごぼごぼと異様な量の血があふれる。血流はやがて黒い鎖の姿を取り、濁流のごとく自動人形たちを飲み込んだ! 集中を重ねた魔術の効果は恐るべきものであった。人形たちはみな「ぎ……ぎ……」と歯車を軋ませながら黒鎖に動きを封じられている。 「私たちはアークのリベリスタ。まさか素通りはしませんよね?」 敢えて名乗りを上げながら斜面を滑り降り、人形に鉄槌を叩きこんだのは『畝の後ろを歩くもの』セルマ・グリーン(BNE002556)だった。ここを素通りして村を襲われては困る。そしてここで彼らを足止めするためにキーとなるのが憎しみの念だ。 「アーク……アークだとぉぉぉぉおおおお。おおおおおお!」 『彼』が大剣を振り上げ、振り抜いた。強烈な衝撃波が空間を超えセルマを襲った。 「くう……っ」 ざん! と傷が走り血が流れた。デュランダルの技の中では比較的威力が低いとされる遠隔の斬撃ですら、駆け出しのリベリスタなら一撃で撃ち落としかねないとんでもない威力である。もっともセルマは駆け出しではない。歴戦の戦士だ。ざざ、と後ろに押しこまれながらもその攻撃を耐えきる。 「アークぅ……許さん。許さんぞ。母を殺した貴様らは絶対に血祭りに上げてやる!」 『彼』の憎しみとは復讐の念だ。それは元をたどれば、アークがゴブリン達の巣穴を掃討したことに端を発している。いわれのない復讐ではないのである。 (生存競争と一言で終わりにできれば話は簡単なんですけどねえ) セルマは内心で肩をすくめた。しかしこの件には後ろで糸を引いているやつがいる。それが気にいらない。 「なぜ殺したと思う?」 するり、とそれこそ蛇のように木々の間から抜け出して、『ディレイポイズン』倶利伽羅 おろち(BNE000382)が人形たちの間に滑り込む。そしてそれらの一体に致命的な角度から斬撃をたたきこむ。 「なぜ……なぜだ!」 「……なぜなら、アタシ達が弱いから」 それ以上を彼女は語らなかった。弱いから。貧弱で無知で、神秘に侵されゆくこの世界の片側に必死にしがみついているものたちだから、殺さなければならなかった。そこまでを語る場に、戦場はふさわしくなかった。 「いずれにせよ、あなたももう私たちと同じ立場ですよ。殺す側です」 雪白 桐(BNE000185)は大剣「まんぼう君」を抜き放ち、これも人形に斬撃をくだした。先に自らのアドレナリンを操作し、限界を超えた力を生み出させている。肉体はきしみながら、強烈な斬撃が生み出される。 「私は自分が人の命を糧に生きてるのはわかっていますよ。だから自分の意思で相手を選んで戦うのですから」 「ならば俺の敵はお前たちだ!」 「はいはい、おしゃべりはそのくらいにな」 ブレスも飛び出し、人形が動きだしても前進を阻める位置を冷静に取ってからバルディッシュを叩きこむ。 (巣穴叩きが巡り巡ってこんなのを出すとはな) ブレスは最初の巣穴掃討の時のメンバーだったのである。その時にはこんな強敵が最終的に現れるとは予想しなかった。もっとも、ブレス自身もそれから場数を重ね、強くなっている。 (最初に関わったんだし、最後の落とし前をきっちりつけようか) ――きん、ころりん、ころりん、ぽろん―― 二体のオルゴールがそれぞれに曲を奏で出した。その旋律は魔術となって『彼』の肉体を賦活する。みしみしと目に見えて筋肉が膨れ上がり、剣には業火が宿った。 「ちっ、先手取られたか。けどそこまでだ」 『Giant Killer』飛鳥 零児(BNE003014)が投げ込んだのは発煙筒だった。それはちょうど『彼』とオルゴールたちの間に落ちてもうもうと煙を上げ始める。エンチャンターと敵主力を視覚的に分断する作戦である。 零児はあえて『彼』に対してはなにも言わなかった。想いはわかる、そして掛ける言葉はない。零児は零児の正義を胸に、黙って戦うまでのことだった。 「ヘイヘイ、仕事仕事っと」 一方美峰には最初からこの仕事に特別の感慨がない。そういうことは割り切っている。 「律令に従い結晶せよ、氷雨!」 雹のつぶてが激烈に降り注ぎ、動けない自動人形たち全てを撃つ。 「今度こそ完全に遺恨の種を摘み取りましょう!」 魔力の矢で人形の一体を撃ち抜くと、『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)はそのまま前線に立つ。攻撃手段こそ遠距離用のものだが、『鉄壁』を名乗る彼女の耐久力は今前線で味方の盾となりうるものだ。 戦端がこのように開かれ、序盤はリベリスタ達の優位で展開していく。自動人形はまだ動き出せぬうちに一体が零児の斬撃で、一体がウェスティアの魔術で倒れた。 だが逆に言えば他の者たちは呪縛を逃れ、それぞれに動き出す。それも素直に目の前のリベリスタを相手取るのではなく、器用に木々に飛びつき急斜面を駆けあがり、後衛への奇襲を狙ってくるのだ。 美峰の影人がそのカバーに当たるが見る間に数を減らされる。 しかしそこは歴戦のリベリスタだ。 高く跳躍し梢に飛びついた一体を、桐が放った剣風が両断した。飛び降りて来た一体はブレスのバルディッシュの餌食となった。そして最後の一体に至っては、なんととどめを刺したのは影人の攻撃であった……。 ●吼え猛る復讐者 人形を倒し終えると、リベリスタの前衛は一気に駆け出し前線を押し上げた。もっともその行く手は二手に分かれる。 おろち、零児、ブレスはエンチャント・オルゴールの元まで一気に走り、その破壊に当たる。もう煙は消え、エンチャントは再開されていた。 一方、桐、セルマ、きなこは『彼』を取り囲んだ。 ウェスティアは白魔術の旋律を歌いあげ、人形との戦いと『彼』の衝撃波で傷ついた味方の回復を図り、美峰はさらなる影人を作り出してオルゴールの破壊に向かわせる。 この局面において最も熾烈を極めたのは、無論『彼』との戦いであった。 「うぐぉぉおおおおお!」 大剣が唸り、ごく狭い範囲に恐るべき旋風を繰り出す。三人はほとんど常にその暴風域で踏みとどまることになった。三人が三人とも並みはずれた頑強さを備えていなければ、二分ともたなかっただろう。――それは言いかえれば、絶対にこの囲みを突破させてはならないということでもある。 だから三人は声をかけた。『彼』に。怒りをあおりこの場にひきとめるために。 『彼』が叫ぶ。 「僕は! 強い! だから、弱い同胞を殺したお前らを、今度は強い僕が殺してやる。殺してやる!」 セルマが答える。 「リベリタが、人間が憎い? 貴方もまるで人間みたい。理論を振りかざし、憎しみに駆られ、喰う為でなく殺す為だけに力を振るう。貴方が憎む人間そのものじゃない」 「僕は人間なんかじゃない!」 叫んで振り下ろす手元が狂った。あるいは動揺を誘ったのかもしれない。そこにセルマの鉄槌が振り下ろされる。 「ぐぉお……!」 「まあ、人間じゃないからこその『生存競争』なんだけどね。私たちは、負けられない」 きなこが挑発する。 「あなたの仲間を殺したのは私ですよ、えぇさっくりと。簡単でしたねぇ」 「があああ!」と『彼』が吼えてまた剣を振り回す。 (あれは、本当に簡単だった……) 実際には彼女が殺した『母親』は一体だけだった。子供を抱えて逃げるところを背中から打ち貫いた。普段の笑顔からかけ離れたその時の『冷たい感情』がなんだったのか、彼女は未だ名づけられずにいる。 桐が翻弄する。 「前の戦闘にも参加していましたが、実際に貴方は見ていないでしょう?詳しく聞きたいですか?」 「カタキ。カタキ。かたきぃいいい!」 「そういえば前に戦ったリーダーは『同族殺し』でしたね。本当に、ねえ、貴方達が私達になにか言えた義理があるのですか?」 言い分が最も辛辣であるということのほかにも、桐と他の二人には差異があった。他の二人が『オルゴールが止まるまで』と防御を強く意識したスタイルでいるのに対し、桐は己が傷つくのも構わずまるで対等というように剣をふるい続けたのである。 対等。あるいはそれが彼の心底の真心であったのかもしれない。 桐の耐久力は他の二人よりほんの少しだが劣っていた。回復も追い付かなかった。そして『彼』は渾身の一撃を桐に叩き込んだ。 「……く……こういうの、いいですよね」 デュランダル同士の全力の斬り合い。その結果、桐は剣を杖にくずおれて、動けなくなった。 オルゴールが破壊されたのは、それから二分余り後のことだった。 ●決着 オルゴールに向かっていた戦力が一斉に引き返すと、一見戦闘は一方的となった。 おろちは獲物を狙う構えで集中と斬撃を繰り返し、零児も溌剌と斬撃を繰り出して行く。ブレスは長柄を振りまわして遠い間合いから衝撃波を放つ。足を止めていた者たちも守勢から攻勢に転じる。 だがそれでも『彼』は倒れない。全身から血を流しながら、まるで怒りが尽きぬ限りその生命も尽きぬかのように吠え続ける。 ――ふと、その彼が沈黙した。受ける攻撃は交わし、あるいは剣で受け、あるいは切られえぐられながら、それでもまるで瞑想するかの如く数分を過ごした。 ……その意味に気付いたのはブレスだった。 「やべえ! 前衛下がれ!」 「遅い!」 放たれたのは必殺の旋風。力を溜めに溜めたそれは梢を超えて舞いあがり吹きあがり、『彼』を囲んでいたもの全ての感覚を奪って動きを封じた! 「さあ、覚悟しろ魔術師……」 美峰とウェスティアの方へ『彼』が迫ろうとする。絶体絶命! しかしだ。 「おっと、行かせねえよ!」 そこに滑り込んだのはブレスだった。 「接近戦が得意な奴が最初から接近してるとは限らないってな!」 「小賢しい!」 こういうときのために一人下がっていたのである。たちまち恐るべき斬撃がブレスを襲うが、それまで剣風の域の外にいた彼ならでは、わずかな余裕が命を救った。 どうにか麻痺から立ち直ったセルマが呼びだした魔払いの光で、あるいは自力で、前衛がどうにか立ち直るまでもたせることができたのである。 それから数分の後……『彼』の動きは目に見えて鈍っていた。足元を超えて山道をまだらに染めた流血の量がその限界を示していた。 「こうなれば、一人でもぉぉぉお!」 烈風から唐竹割りの斬撃へと攻撃が切り替わる。必殺の意図がそこにはある。 (……今か) そこで、一つの覚悟を見せた者がいた。零児だ。 「うぉおおお」 がつ! 肩から、身体でその斬撃を受け止めたのだ。当然のごとく刃はその体に深く切り込む。 「……ぐふっ……く……なあ、刺し違えってことに、しようぜ……」 そのまま筋肉を絞め刃に手をかけ、大剣を抜かせない。 「な……貴様、なにを、なぜっ?」 「……気持ちはわかっちまうから、かもな……けど、さ。今だ、みんな!」 零児の合図で打ちこまれた総攻撃に、『彼』は耐えることができなかった……。 「D/C、か……」 戦闘後、すぐに周囲を見回すと、セルマは人形の破片を調べ始めた。気付いたのは全ての人形にあった『D/C』の刻印だ。 セルマはどことも知れぬかなたからまだこちらを見ているかもしれぬ『真の敵』につぶやく。 「気にいらないわ。ジャーマンスープレックスかましたい」 歌が、流れる。 死にゆく『彼』を膝に乗せて、おろちがゆうるりと、ゆらりと、柔らかく、歌っている。 それは子守唄だ。『彼』が無事に生まれていたら母親から聞かされたであろうものの、せめてもの代わりの。 その優しさは『遅効性の毒』のごとく『彼』の心を包み込み、心臓を動かしていた憎しみの念をとかして行った……。 fin |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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