● そこには明かりも存在しなければ、自然の光も何処からも差し込まない。 人が住んでいるというのであれば松明の一つも置かれているのではないかと思ったのだが。 機械の片腕を持つ女は、本日何度目かになる溜息を吐き出した。 『銀腕』の異名を持つフィクサード、カルラ・アヒレス。彼女はもう数時間もここで待たされている。 「何故主殿は私をこんな場所に置き去りに……」 苛立たしげに鎧を鳴らし、腰に下げた長剣の柄へ無骨な巨腕を乗せる。 退屈なのも暗いのも、立ち込める悪臭ですら然程の苦ではないものの、少々小腹が空いた。 こんな事ならばおやつの一つも持参したものを。 「そもそもだ、こんな場所に好き好んで住んでいるような輩が、まともであろう筈もない。穏やかに言って奇人変人の類であろう。私を伴った方が良かったではないか」 これで主殿に何かあったら、私はどうすれば良いのか。呟きながら腕を組み、ぐるぐると歩き回る。 自分自身が「腕はそこそこだが、交渉事では邪魔でしかない」と評されている事をカルラは知らない。 事実、何事も無く済む筈だった商談が、彼女の早とちりによって斬った張ったの大立ち回りに変わった事も一度二度ではないのだが。彼女自身はなるべくしてなったとしか思っていないので、全く改善も無い。 彼女の主が、ここでではなくとも、何れ何処かに捨てていこうと考えていた事は事実であった。 と、その時不意にカルラの瞳が細められる。静かに長剣を抜いた。 闇の中から現れるのは蛙の頭部。しかしその大きさは一抱えほどもあり、高さはありえない位置に存在する。ほぼカルラの目線と同じ位置。首の下には人のような体が備わっていた。それが3体。 「エリューションか。良かろう、丁度良い暇つぶしだ。……私を此処から退かせられると思うなよ。私は、主の命によって、ここへ立っているのだからな」 さきほどまでの愚痴は何処へやら。カルラはその表情に誇るような色すら添えながら、長剣を構えた。 ● 「ちょっとした調査兼討伐依頼。やってみる気はある?」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、集まったリベリスタ達に告げる。 端末の操作に従い、モニターに映し出されるのはとある大都市圏、の外れ。 ここの地下に、現在エリューションが20体ほど出現しているのだとイヴは言う。全てフェーズは1。 「地下って、洞窟でもあるのか?」 「半分当たりで半分外れ。ここの地下にあるのは、人が二人並んで通れるほどの下水道」 「下水かよ……」 出来れば聞きたくなかったために、わざと外した候補だった。そう甘くはなかったという事か。 「皆にはこのエリューションの討伐と、内部のマッピングをお願いしたいの」 イヴの言葉に、リベリスタ達はその表情に疑問符を浮かべていた。 「マッピングって……下水の地図くらい、手に入れるのは簡単なんじゃないのか?」 「ええ。でもそれは、内部に他の人の手が加えられていなかった場合」 イヴはこの下水道内に、以前から数名の単独フィクサードが隠れ住んでいるのだという事を話す。 組織に所属しないフィクサードにしろ、傭兵じみたリベリスタにしろ、彼らは色んな場所に住まいを構えているものだ。中には完全に他人との繋がりを断って隠者じみた暮らしをしている者すら居る。 まぁ、それ自体はどうでも良い事だ。何か事件を起こし、『万華鏡』(カレイド・システム)がそれを捉えない限り、アークや所属するリベリスタ達がそれに関わる事は基本的には無い。 今回もこの下水道内への侵入が決定されたのは、エリューション討伐という通常の業務から、なのだが。 「カレイド・システムで観た際、この下水道内が拡張・改造され、迷宮じみた構造へと変貌している事がわかったの。加えて人払いのためのアーティファクトが所々に設置されているせいか、エリューションの出現予測頻度も上昇している。」 これは内部での発生に加えて、人目を避ける下位フェーズのエリューションが侵入する事も含む。 「石一個どかしたら虫がわらわら出て来るでしょ? あれと同じ」 「嫌な事を思い出させるなよ……」 顔を歪めるリベリスタ。しかしまぁ、話は分かった。それで調査か。 「別に全ての石を失くしてしまおうって訳じゃないけれど、ここは単独のフィクサードが潜んでいる分、むしろ組織のアジトになっているよりタチが悪い。だから明かりで照らしてしまおう、っていうわけ」 「それで、どんな奴等がそこには居るんだ? フィクサードの方な」 イヴは少しの間口を噤んでいた。ややあってから、ぽつりと告げる。 「奇人変人。……揃いのフィクサードの中でも、際立った連中。紛れも無いサイコさんたち」 うっわぁ、出会いたくねぇ。 「それで、今回貴方達が遭遇する可能性があるのは、この人。住人じゃないからふつうだけど」 モニターには青と銀に染め抜かれた鎧を纏う、20代ほどの女性が映し出された。 片腕が無骨な機械の腕へと変化しており、メタルフレームである事が伺える。恐らくジョブはクロスイージスであろう。プラチナブロンドの髪を二箇所程で無造作に纏め、整った顔には厳しい表情が張り付いている。 「脳みその代わりにピンク色の筋肉が入ってる感じの人。騙され易いから、戦闘回避は楽だと思う」 喩えるならば犬。それも無駄吠えをする割に、泥棒に限って懐いてしまうようなバカ犬的性格。 騎士たる事を自らに課し、半ば強引に主と呼ぶ者を作り、その命に従っているという残念な人物だ。 遣りようによっては共闘すらも可能かもしれないと、イヴは言った。 「戦いになれば厄介……それも個人戦より集団戦で力を発揮するタイプだから、出来ればここで倒してしまいたい相手ではあるけど、対応は貴方達に任せるわ」 それじゃ、お願いとイヴは言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:RM | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月22日(木)22:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 足首までもが浸かる重い水音と共に、リベリスタ達は澱む空気の中へと降り立っていた。 隣に立つ者の顔さえも分からない深い暗闇。それを数人が携える懐中電灯の灯が切り裂いてゆくが、所詮は直線の光である。『深樹の眠仔』リオ フューム(BNE003213)がランタンへと、『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)が松明へと火を灯し、漸く彼らは安心できる程度の光に包まれる。 「いやはや、こんなところに住んでるなんてぇ、気がしれないねぃ」 苦笑と呼べる表情を浮かべながら、『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)。 話では、この下水には数名のフィクサードが隠れ住んでいるのだという。それほどまでに人目を厭いながら、しかし人里を離れられないというのは矢張り人の性なのか。それともまた違った理由なのか。 「フィクサードの件、気にはなるが……今は考えても詮無い事か」 今回の仕事は下水道内のマッピングと、発生しているエリューション退治。 更に下層を探索する事になるだろう仲間の為にも今回の任務を完遂すべしと、想像以上であった此処の暗さと臭さに閉口しつつ、『蒼い翼』雉子川 夜見(BNE002957)は呟く。 「しかし、好き放題に拡張され、更にエリューションまで彷徨っているとは。まさに現代の地下迷宮――」 スケッチブックを取り出すユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)。 現在彼らの居る地点から見えるだけでも、左右には一つずつの大穴が穿たれていた。懐中電灯の灯を向けてみれば、剥き出しの土には突き刺さるように埋まり、虚ろな目をした顔を覗かせているマスコット人形。 あぁ、あれが人払いのアーティファクトかとユーディスは微笑い、スケッチブックにペンを走らせる。 「でもよ、コイツぁ思ったより長引きそうだな。左手法で行くのか?」 残念な騎士様の事もあるしよ、と言う『雷帝』アッシュ・ザ・ライトニング(BNE001789)。 確実に迷宮内全てを踏破するなら、片手を壁に付けて進む左手法ないし右手法が定石だ。実際ユーディスもそれを行おうと思っていたのだが、唯一の欠点は時間が掛かる事。 「エリューションとの戦闘が終了してしまうと、カルラとの接触は少し面倒になるかもしれないな」 告げたのは『Giant Killer』飛鳥 零児(BNE003014)だった。 戦闘中に割り込めば、巻き込むにせよ何にせよ勢いでどうにかなると思えるが、一度冷静になられた後ではそうも行くまい。8人でぞろぞろとこんな場所にやって来た事の不自然さは、疑問をぶつけられれば痛い所だ。 「戦闘音が聞こえたら、先にそっちへ行ってみるって事で如何デス?」 長身揃いの中で一際小さく見える、『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)が片手を挙げる。 「ボクもまず先に会っておきたいと思うです。展開的に!」 一人全力でファンタジーを突き進む、光もぐぐりと拳を握り締めた。 特に反対意見が出ない事を見計らい、取り纏めるアッシュと零児。実際殆どのリベリスタ達の興味は地味なマッピングや雑魚退治などよりそちらの方に向いていたのであり、反対する理由は無かったのだ。 ざくざくと汚水を蹴立て、進んで行く8人。本来の下水道を外れトンネルへと踏み込めば、機能が損なわれてはいないという言葉通り水も入り込んでは来ず、足に纏わり付く重さからは解放される。 リオは周囲が土壁に変わった事に、少なからずほっとしたように息を吐いていた。悪臭も暗いのも、植物が存在しない事も変わらないが、汚水に足を突っ込んでいるよりはまだましというもの。 「あ、そこ……気をつけて下さいね」 後ろを進む零児達にランタンを向け、足元を照らす。 露出して垂れ下がった太い電線などの束を避け、彼等はさらに先へ。 その時であった。鈍い金属音が微かに、彼等の耳を打ったのは。 ● 横薙ぎの白光が蛙の舌を斬り飛ばす。 更に後方から飛来する舌を左腕一本で弾き、硬直した蛙の頭部に振り下ろす重い一閃。 駆け寄るリベリスタ達が見たのは、E・ビースト達を屠りつつある女騎士の姿である。 「へぇ……?」 自らの目で見て、御龍は軽く唇を綻ばせた。半端なエリューション如き敵ではないのだろう。戦闘になればきっと、楽しめるに違いない。 彼女をしゃっちょーと呼ぶ心も、こちらは少し違った風に目を輝かせていた。硬さとか継戦能力とかにはちょっと嫉妬。けれど残念な人という話は聞いているので精神的には余裕がある。 どうやらあちらもリベリスタ達に気付いたようだ。彼我不明な集団に対し当然の警戒を払い、何者だとの誰何の声が飛んで来る。 「細かい話は抜きだ。エリューションと戦うのならこちらも参戦させてもらう」 「助太刀が必要な状況に見えるか!」 舐めるな、というよりは自分の玩具を取るな、といったニュアンスで返される言葉。 しかし駆け込みながら人好きのする笑みを浮かべたアッシュは、怯む事もなく用意しておいた言葉を紡ぐ。 「よ、綺麗な姉ちゃん。お前さんみてェな美人とは少しでも長く話してたいのが本音なンだが、こっちも取り込み中でよ」 こういう手合いはこの手の話には耐性も無ぇだろう、と。 「……は?」 その読みは当たっていたのかどうか定かではないが、少なくともカルラは動きを止める。 「悪い、とりあえず終わるまで待っててくれねェか?」 言いながら、アッシュは蛙人へと斬り掛かった。その他の者達も、カルラが「興が削がれた」と言いながら憮然と剣を鞘に収めるのを見、エリューションとの戦闘に加わって行く。 残るは既に手傷を負った蛙人2体。 危なげもなく仕留め終えたリベリスタ達は、フィクサードの側へと向き直る。 その視線から感じ取れるものは、疑念が3割警戒が5割、興味が2割といった所か。あまり良くない。 「失礼致しました、私、ユーディス・エーレンフェルトと申します」 「む……済まぬ、名乗りが遅れた。Hexe所属の騎士、カルラ・アヒレスだ」 名乗りだけで警戒3割ほど減った。しかも何か組織らしい名前すら口にしてる。ユーディスの後に続いて自己紹介を行いながらリベリスタ達が思うのは、「こいつチョロいんじゃないか」的なもの。知ってたけど。 「それで、お前達は?」 「ああ、俺達は……エリューション退治に来たんだ。もし良ければ君と同道させて貰いたい」 零児の言葉に鼻を鳴らすカルラ。 「こんな所にエリューション狩りか。まるでリベリスタのような事を言う」 動揺は、顔に出ただろうか。 「戦闘経験は大事だろ」との言葉に、彼女はリオとユーディスを眺め、納得したかのように頷いていた。 「だが、私は此処を動けぬ」 警戒は未だ残っているが、戦闘即応の態勢は解いて、これまでの経緯を語るカルラ。 リベリスタ達にとっては二度目となる情報で、それにさほどの追加もない。 (やっぱコイツ、自分の主人についてあんま良く知らねぇんだな) とアッシュは頬を軽く掻くが、カルラがそれに気付いた様子は無い。 「お腹、空いてるの? お菓子くらいなら持ってるけど」 「うむ、頂こう」 リオがあげたお菓子を遠慮なしにひょいひょいとつまみ、胃袋へと落としてゆく。 「でも、数時間も戻らないのは不自然だと思うよ。迎えに行くべきじゃないか?」 零児の問いかけに、菓子をつまむ指がぴたりと止まった。 「……そう思うか?」 やや上目遣いの問いに意図は明らかである。つまる所背中を押して欲しいのだ。 分かり易いなぁ、と。噴出しそうになる笑みが表情筋を揺らす直前で堪え、頷くリベリスタ達。 こうして奇妙な道連れを得ながら、彼等は元の仕事へと戻ったのであった。 ● 「マッピングだと? それに何の意味が」 無造作に前進し、2体居る沼気の只中へと身を躍らせたカルラが問う。 「また来るつもりでな。ここは面白そうだ」 炸裂音と共にその体を縮める沼気。夜見はそのうち一体にオーララッシュを叩き込み、霧散させる。 「ほほう……なるほど、騎士としての素養は十分なようなのデス」 恐らく不得手であろう神秘系の攻撃をまともに喰って、涼しげな顔をしているカルラに心は無理くり笑ってみせる。しかし騎士は仲間を護る事が本分と、足元にじりじりと這い寄る腐肉の塊を前にシールドを構える。 「ですがどうやら、攻撃にかまけて盾の扱いがよろしくない御様子。そんな事で主さんを守れますのデス?」 「ぬ……私とて、もっと多くの人数で来ていたなら盾の一つくらい持って来た!」 言ってのけるが、彼女も心がそれに卓越と言って良い程に習熟している事は承知していた。 発射された骨槍は心のシールド表面で跳ねる。後の先を狙い、同時に進み出るのは御龍。 「さて、我の出番か。雑魚相手では物足りんが――」 振り下ろされた斬馬刀、月龍丸が真っ向から肉と骨を両断、二分して壁と床の染みへと変える。 「後ろ、何か来ます!」 強弓に矢を番えるリオ。スターライトシュートが放たれるのを待って、現れた蛙面へと接敵する零児。 「バックアタックか。備えておいて良かったよ」 大振りの殴打を剣で流して、勢いのままにオーララッシュへと移行。 片目から緋の一線を曳き、輝くオーラを纏っての剣舞がE・ビーストの身体に次々と傷を刻み込む。 「そういえば、カルラ。君も片腕が機械で剣遣いか、一緒だな」 「……珍しくもあるまい」 再度の自爆を左腕で受けるカルラ。装甲が弾け火花が散るが、そこには光が放つ天使の息が飛ぶ。 「パーティーに回復手がいないときは勇者が回復手になるのはお約束ですね」 「さぁて、状況的に俺様は後ろかね。このままじゃ遊んでるだけになっちまいそうだ」 ナイフと折れた何かの棘を握るアッシュ。EPの節約にとスキルは用いず、ただ振り抜くだけの一撃だが、棘の穿つ傷跡から流れる血は止まらない。 「もう一つ!」と沼気に斬り込む夜見。水袋を打ち抜くように蒼いガスは切り払われ、消滅。そして反対側では抜けて来た一体のE・ビーストをユーディスが迎え撃ち、それに吸血を試みていた。 「今何体くらいかねぃ?」 現れた敵を全滅させ、刀身に付いた汚れを一振りして落としながら御龍が問う。 「最初の三体を合わせて、15体ですね。残りはアンデッドが3にエレメントが2です」 スケッチブックの端に書かれた蛙の顔を×印で消し、答えるユーディス。自身を発光させた光とコンパスを持つリオが、それを覗き込んでいる。 地図も6~7割ほどが完成しつつあった。メインたる下水自体が水の通り道だけを残して埋められた場所をリベリスタ達は先程確認している。他のトンネルもその先には繋がっていないようで、恐らくこの先の1ブロックで終わりとなるだろう。 それにしても、随分と広かった。ユーディスの持つペンも線がかすれ始めている。 使って、と言う様にリオが差し出したペンを礼を言って受け取り、曲がり角に目印の傷を付けて、リベリスタ達は再び先へと進んで行く。 「そういえば、主さんこんな所で何してるのデス?」 ついでに何気なさを装って訊ねる心。道中での雑談とでも思ったか、カルラはあっさりとそれに答える。 「私も知らぬが、まぁ……主殿は『破界器製作者』だ。いつも通りであろうとは思うがな」 「アーティファクト製作メインのフィクサードさんデス?」 「自分では使わず、他人に渡し破滅を眺めるのが好きなのだとか。悪趣味だとは再三言っているのだが」 「じゃあその交渉ってのは……」 代償の大きいアーティファクトを言い包めて押し付ける事の意かよ、えげつねぇ。 ● そして、彼等は辿り着く。マップの最後の壁を埋め、満足そうに微笑むユーディス。 眼前には下層へと続く急な階段が昏い大口を開けていた。粘着質の赤黒い汚れが階段には幾層にもなって染み付いており、真新しい靴痕がそこには刻まれている。つい最近降りた者が居るのだろう。 しかし今回の仕事には直接それは関わらない話だ。エリューション退治も含めて目的は全て果たされており、後は踵を返して地上へと帰還すれば良い――が、彼らにとってはまだ終わりではなかった。 まだ一つ残っている。足を止めるリベリスタ達に、振り返るカルラ。 「お前達はここまでか? 私一人でも道中は問題なかったと思うが、一応礼は言うべきだろうな」 「いいや。そいつはまだ、言わねェ方がいいだろう」 アッシュの台詞に怪訝な顔をするカルラ。光は間を置かずに切り出した。 「黙ってたことがあるです……ボクたちアークのリベリスタです」 光の言葉を聞いた女騎士は、僅かに寂しげな表情を浮かべていた。 「そうか」とだけ返す。 「エリューション退治と地図作成が目的なのは嘘じゃないです。だけど貴方がフィクサードなら、剣を交えないといけません」 「なぁ、正直な話アークに来ないか? 信頼してるなら置き去りじゃなく連れてったはずだ。一緒に数時間待ってもいい、きっと主人は戻ってこない。アークなら君の力は必ず必要とされる、俺だって騎士になってもらいたいぐらいさ」 「ン……」 零児にそう言われ、カルラは居心地悪そうに髪のひと房を弄る。そして大きな溜息を吐いてみせた。 「全く、お前は馬鹿者だ。遣り難い事この上ない」 戦い難くなるではないか、という静かな拒絶だった。 「んじゃ、俺様の出番だな」 進み出るアッシュ。 「俺様達はお前さんの主ってのの邪魔をしに来た」 まるで儀式のように。 「が、何も無理矢理押し通るたァ言わねェさ。全てはお前さん次第だ」 カルラの顔に笑みが戻る。 「此処でお前さんが勝てば俺様達は引く。負けたら従え」 数名戸惑いながらも、それぞれ戦闘陣形を整え始めるリベリスタ達。 「じゃねえなら、無理矢理突破する。悪くねえ選択だろ?」 アッシュはにやりと笑ってみせた。 それを受けて、階段を背にするように立ったカルラが、肩幅に足を開く。 「騎士として、選びな」 「是非も無い」 即答。 白光が鞘走り、双眸には主がどのような人間であるかに関わらず、純粋に護り従って戦う事への歓喜。 それ以外の一切合財を考慮に値せずとして塵箱へ突っ込んだ人でなしの笑みを浮かべ、それは地を蹴る。 ● 松明を投げ捨てる光。揺れる灯は滑らかとは言えない土壁を黒と橙の二色に切り抜いて踊らせ、巨大な剣を振り上げて疾駆する御龍がまるで幕を引くように影を落としてゆく。 「では、俺はこちらに付かせて貰うか。勧誘しといて掌返しも悪い」 片手を刀身に添え、それを受け止めたのは零児である。 「良いのか。我には手加減などという器用な真似は出来んが?」 僅かに苛立ちを込め、更に力を込める御龍。電撃を纏わせた刃がぐいと押し込まれて肩を割る。 「ええい、ややこしい事を……!」 むしろ迷惑そうに、しかし律儀に二人の間へと割り込み、ヘビースマッシュを叩き付けるカルラ。 零児としては自分を庇わせるようにカルラが動けば目的は果たしている。しかし後ろから叩き斬られていた可能性もあり、あまり良い賭けとは言えなかったが。 「まるで捨てられた犬の様だな……、それでも折れずに居るのは敵として見事としか言いようがないが」 爆砕戦気を纏いながら前に出る夜見。オーララッシュを繰り出すが、矢張り硬い。 更に防御を固め、反撃の構えを取られては手が付けられなくなるのではないかと思える。 「どうして、こんな事に……」 リオは戦いには手を出さぬまま、悲しげに呟いていた。 一応絵的には2対7。フィクサードはアークのリベリスタ達より技量において勝る事が多いとは言え、本来単数ならば『所詮』で語られるべき相手だ。余程タチの悪い必殺技でも習得していない限りは、袋叩きには耐えられない。 しかし道幅が狭い上にそもそも参戦意思が無い者も居る。カルラ自身の火力は大した事が無いものの、防御力に優れるだけあって戦闘は当初から泥沼と化した。 これまでの戦いで、リベリスタ側は御龍と夜見の二人を落としている。 夜見については回避力に優れるものの、ブレイクを行うのであれば狙われる事は分かりきっているのだ。更に味方を庇おうとなど、すべきではなかった。 縛られたかのように動きを止める味方に、ユーディスは集中の構えを解いてブレイクフィアーを放つ。 「雷帝の最速、その身に刻め!」 そして一息に間合いを奪うアッシュ。 速度を乗せた一撃はカルラを刻み立て、その体力を大幅に削るも、まだ倒れない。 「……お前さんもタフだな」 呆れたようなアッシュの声。 再び剣を握り直すカルラに心は後ろを庇う態勢を取るが、彼女はそれを杖代わりとして立つのみだった。 「当然だろう……。私に倒れる自由は無い」 「なら、断ち切らせて貰います! ボクの必殺技で!」 突進する光。派手に繰り出される連続技は、実際の効果としては疑問なものばかりだったが、何だか知らんがかっこいい。そして振り抜いた最後の一閃にカルラは吹き飛ばされ、昏倒。決着が訪れる。 「終わったか。ま、悪ィ奴じゃねェんだろうが」 大きく息を吐き、額の汗を拭うアッシュ。 それぞれ負傷者を助け起こしながら、リベリスタ達は不気味な階段の傍を離れる。 「アークへ連れて返って、更生してくれますデスかね」 「さて……難しそうでもあり、意外にあっさり行きそうでもありますが」 重い女騎士を引きずりながらの心の言葉には、ユーディスが微笑いながら応え。 「ともかく、起きるまで待ちましょうか。それなりの礼を以て扱いたいですからね」 彼等は帰路へとついたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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