● 長い髪は黒。漆の様に艶やかで、絹の様に滑らかでなくてはいけない。 白磁の肌に、桜色の頬と唇。瞳は丸く大きな黒曜石。 衣服は勿論、着物だ。今日の気分は花緑青の蝶々柄。 合わせ目から覗くほっそりした鎖骨辺りと、袖に隠れる華奢な指先も譲れない。 小柄で淑やか。常に3歩後ろに付き従う控え目さと、驚く程の芯の強さを持った、僕だけの恋人。 今まで、自ら描く以外に逢瀬が叶わなかった彼女。 ずっと、ずっと、恋焦がれていた君。 僕は漸く、君と語らう術を、手に入れた。 ――但し、脳内に限り。 ● 「……理想も高過ぎると、現実が見られなくなるのかもしれない」 深い、溜息交じり。 資料片手にブリーフィングルームのモニター前に立った、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、珍しく疲れ切った表情で話を始めた。 「今回の依頼なんだけど、別に何かを倒すわけじゃない。……いや、ある意味倒すんだけど。とにかく、相手はリベリスタ」 何とも言えない表情のフォーチュナの言葉は、どうも歯切れが悪い。 しかし、どうも聞き捨てなら無い単語がその中に混じっていた気がする。 集まる、視線。それをちらりと見回してから。彼女は漸く、諦めた様に口を開き直した。 「少し前、リベリスタになった2人組――和人と光輝、って言えば覚えがある人も居るかもしれない。彼らからの依頼だよ。 彼らは今、三高平市の高校に通ってて……そこで、新しく意気投合した、リベリスタの友人が出来たの。彼もまぁ……所謂オタク、だった」 好む物は違えど、通ずる部分があったのだろう。親しくなった彼らは毎日の様に語り合い、共に学校生活を満喫していた。 しかし。 「……新しく、親しくなった……出流原・大和が、リベリスタとして新たなスキルを手にしてから、少し、ううん、かなり、可笑しくなってしまった。その元凶のスキルは、」 ――ブレイン・イン・ラヴァー。 一言で言えば、脳内の嫁が自分に語りかけてくるスキル。いやマジで。 妄想だろ、と言う突っ込みはしてはいけない。得られる感動はプライスレス。 「彼の……嫁は、いまや貴重な大和撫子。……詳細はリーディングをお勧めする。もしかしたら、向こうがマスターテレパスしてくるかもしれないけど。 ……絵が好きだった彼はずっと、それこそ小学生になる前から、自分だけの理想の女の子を、描き続けていた。 自分の想像に過ぎなかった彼女が意志を持った時、彼がどんな気持ちになったかは……まぁ、分からなくも無いと思う」 プライスレスなんてものじゃなかったのだろう。大和は、脳内で微笑み語りかけてくる少女に心酔してしまった。 そうして、気付けば現実から、完全に遠ざかってしまったのだ。 「大和は現在、周囲の人間ときちんとコミュニケーションを取らない。独り言を呟き続ける変な奴だと思われてる。 それを案じた2人が、自分達がしてもらった様に、彼の目を覚まさせて欲しいって頼んできた。これが、今回の概要」 なんとか全て話し切り、フォーチュナは再度深い溜息を漏らす。 疲れる。全くもって理解の及ばない内容過ぎて。 それでも何とか気を取り直し、小さな手が手元の資料をリベリスタ達へと差し出した。 地図と、美しい少女のイラスト。そして、詳細の書かれた用紙。 「彼は学校帰りに何時も、海辺で彼女と語らってる。因みに、そのイラストは大和作。……彼は美術部で、将来有望だよ。 リベリスタではあるけど、戦闘には長けてない。一応ジーニアスのプロアデプト。いかにも草食系。殴って倒して言う事聞かせるのは簡単だと思う」 灸を据えるのも、熱く語り合うのも、此方側の魅力に気付かせるのも自由。 何でも良いからとりあえず、彼を現実に引き戻して欲しい。 そこまで大雑把に述べてから、フォーチュナは疲れ切ったように目を伏せる。 「まぁ、……そんなに難しい内容じゃないから。折角だし、楽しめるなら楽しんで来るといいと思う。……後は、宜しく」 はぁ、と。本日何度目かも知れない溜息が、フォーチュナの唇から零れ落ちた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月28日(水)23:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 大和の事、宜しく頼む。 たった一文。簡潔なメールを見て、『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)は小さく笑みを浮かべる。 あの件以来、度々来る連絡の中は、2人――和人と光輝が、新たな生活をとても楽しんでいる様がありありと浮かんでいた。 楽しそうで何より。安堵を覚えながら、彼は後ろを振り返る。 「さて、行こうか! にしても、脳内嫁か……」 彼女が居なければ、自分もお世話になったかもしれない。男としては否定出来ない効果に、何とも言えない表情が浮かぶ。 「おっおっおー♪ 頑張っていくおー」 ブレイン・イン・ラヴァー。気になっていたこのスキルで実験が出来るかもしれない。 これはちょっと嬉しい、そんな事を思いながら『おっ♪おっ♪お~♪』ガッツリ・モウケール(BNE003224) が応じる。 でも、一途な子だ。今時男子としては好感が持てる。そんな事も考えながら歩く彼女の隣では、少々渋い顔をしたノエル・ファイニング(BNE003301) が思考を巡らせていた。 リベリスタの勤めを果たす事。これは、彼女にとって絶対に曲げられない信条であった。 しかし、これから会うであろう彼は、その勤めすら疎かにしかねない程に熱を入れている。 まがりなりにもリベリスタ。看過は出来ない。手厳しめにいかねば、そう決意を新たにする。 歩く。予報が出た辺りに着き、首を回せば、防波堤に座る一人の少年の後姿が見えた。手には、スケッチブック。 「ちーっす! 和人と光輝に頼まれてきたぜー」 お前が大和だろ? 軽い調子で声をかけ、まずは夏栖斗が注意を引く。 脳内の会話に集中していたのだろうか、少年の肩が跳ね上がり、驚いた表情で此方を振り返った。 「……誰。あいつらの知り合いなの?」 黒い癖毛に、少々サイズの大きい黒縁眼鏡。整えれば美少年の部類に入るであろう彼の表情が、怪訝そうに歪む。 それに応じる様に、『From dreamland』臼間井 美月(BNE001362)が前に出た。 「是非、桜子の話が聞きたいんだ」 実際興味がある。長年かけて作った理想の大和撫子、恐らくとても綺麗なんだろう。 そんな期待を帯びた瞳に続き、『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273) も興味深げに首を傾ける。 「桜子さんの何処が好きなのか、何故大和撫子が好きなのか。興味があるんです」 一度は憧れる、大和撫子。彼の思う大和撫子とはどんなものなのだろうか。 そう、思いを巡らせながら頼む大和と、美月の視線に若干後ずさりながらも、大和は小さく溜息をつく。 「……あいつらから何聞いたのかは分かんないけど。俺の桜子の話で良いんなら、聞かせるよ」 ついでに見せる事も出来るけど如何する? 少々機嫌が良くなったのか、長すぎる前髪に隠れがちな瞳を細め、彼は続ける。 勿論。そう答え、リベリスタ達は期待と興味混じりの眼差しを向けた。 途端に流れ込む、脳内の映像。花が綻ぶ様に微笑む少女を確認して、一同は感嘆の息を漏らさずには居られなかった。 控え目な、しかし洗練された美しさ。長年の妄想、基、創造あってこその仕上がりとしか言い様が無い。 (「……お初にお目にかかります、桜子です」) 声すらも可憐。驚きの表情を確認し満足げに微笑んでから、大和は再度口を開く。 「理想の女性の姿とは時代によって様々だけど、僕は和服が似合い美しい黒髪であればいい」 大和撫子の魅力とは内面から滲むものだ。 故に重要なのはその中身。大人しそうな外見に反し凄まじい勢いで捲くし立てながら彼は続ける。 「瞳は心の強さ。だけど、気が強いと言う事では無い。芯は通りながらも控えめで淑やかであるのが大和撫子。 常に笑顔なのも大事。女性の武器は涙ではなく笑顔。時には怒った顔も見たいけど、口が悪いのは論外。 和服に関してはやっぱり差はあるけど大筋は一緒だから、出来る限り本物を模写したり、デザインしたりしてる。 ……君達の中にも居そうだけど。まぁ、俺は会った事無いね、本物」 冷たさを感じる瞳が此方を一瞥する。現実をまるで信じていない様子の彼に、持前の笑顔を崩さないまま、夏栖斗が話しかけた。 「やっべ! まじかわいいね、確かに男子としてはこんな嫁さんいたら妄想にひたるわ……っじゃなくて!」 やっぱり彼女は本物が良いよ。思い浮かぶのは、愛しい愛しい女の子。 触れれば柔らかく、癒してくれる。ぶん殴ってくれるし、時折暴言も飛んでくる……? あれ、ちょっと涙が出てくる様な内容も、あるような。 はた、と動きを止めたものの、それ以上考えるのは止めて。夏栖斗は慌てて首を振った。 「いや! やっぱそこに彼女が居るっていいよ!」 僕の彼女超かわいいし。そう付け加えてみれば、少々照れ屋な彼女が時折見せてくれる表情が頭を過ぎる。 嬉しいよなぁ、そんな想いがそのまま出た微笑に、大和が微かに苦い顔をする。 何を思っているのだろう。分からないが、ガッツリは静かに近寄った。 「おっお~♪ 良かったら、あちきのマステレで桜子さんと話させて欲しいお」 因みにユーの事はやまっちって呼ぶお。そう付け加えて示された願いに、大和は一瞬悩む素振りを見せるも、小さく頷く。 桜子は、恋人の現状を知らないのかもしれない。そう考えていたガッツリは、大和の現状を出来る限り正確にイメージした。 そして、伝える。 (「桜子さん……さっちーって呼んでいいかお? これが、今のやまっちの状況だお」) しん、と静まる空気。一呼吸、空いて。 「……本当ですか、私ではどうしても至らないところもある様で申し訳ありません、だって」 所在無げに視線を彷徨わせて、大和が恋人の言葉を伝える。 桜子に届いたのか、それとも、彼の心が揺らいだのかは分からない。けれど、まずは桜子の方の考えが、動いたようだった。 自分は大和撫子じゃない。だから、出来るのは此処までだ。 そう思い、ガッツリはそっと引く。もし、彼が立ち直ったなら。サービスとして、遣りたい事を残した侭。 沈黙が、落ちる。少々勢いを失った様子の大和を見遣りながら、今度はノエルが静かに口を開いた。 「確かに素晴らしい彼女さんのようです。ですが」 彼女が何をしてくれるのか。そう、ノエルは問いかける。 確かにその言葉は優しく、その容姿は美しいだろう。だがそれは、大和の想像力あってこそ。 桜子は絶対に、大和の想像を超える事は無い。 淡々と並べられていく言葉に、大和の言葉が引き攣る。 「あなたは違うと言うかも知れません。ですが、今貴方が感動しているのは今までとの変化です」 それはいずれ慣れとなり、最後には飽きとなる。そこまで冷ややかに告げてから、ノエルは微かに表情を崩す。 貶めたい訳ではない。それを込めて。 「……長々とお説教しましたけど、要するに周囲との接触を絶てば貴方自身も腐るという事です。 芸術を志す貴方であれば、感動、意外さ、そういったものの大事さは判らぬ話でもないとは思いますが?」 何処までも、正論。 苦い表情を隠しきれず、しかし反論する言葉を持ち合わせないのであろう大和に、彼女は微かな笑みを浮かべる。 「言葉だけでは説得力に欠けるでしょう。ならば後は実際に現実ならではの楽しさを知っていただければ」 その後ろで静かに、大和撫子達がその腕を振るわんと笑みを浮かべていた。 ● 「貴方が着物に詳しい事は理解しました、しかし。本当にきちんと、桜子さんに着物を着せていらっしゃいますか?」 その絵は素晴らしい。けれど、所詮は本物の和服を知らない者の絵だ。 ノエルの後を引き継ぐ様に指摘して、『ドラム缶偽お嬢』中村 夢乃(BNE001189)は持参していた紐を手に取る。 しゅるり、音を立てる紐。 「え……何? 僕に着せるつもりなの?」 青ざめていた顔が、引き攣る。幾ら大和撫子好きとは言え、生身の女性との関わりは薄いのだろう。 明らかな動揺が見える彼に、にっこりと笑いかけて。 「これからあたしが着付けを教えて差し上げましょう。……逃がしやしませんよ?」 素早く、夢乃の着付け教室が始まった。 「……手を背中に回した時にしわを親指で取るんです」 それで、この紐を結んで。漸く、着物が着られた。 そう、夢乃が告げた頃には、大和は既にげんなりとした表情を浮かべていた。 次は帯、その言葉と共に取り出されそうなものに気がつけば慌てて後ずさろうとする彼を手早く捕まえて、夢乃は微かに溜息をつく。 「どうして逃げるんですか! 仕方ありません、簡易帯で済ませてあげましょう」 手早く巻く。仕上がった明らかに女物の装いに苦い顔をしたまま、大和は小さくぼやいた。 「……なんで僕が……苦しいし」 自分が着る機会はなかったのだろう。余りの動き難さと重さに辟易した様子の大和に、夢乃の眉が跳ね上がる。 「当たり前です! だいたいどうして和服が廃れたと思ってるんですか!」 着る側の辛さも考えず、妄想で着せるだなんて。そんな押付けを彼女と呼ぶのか。 そう憤慨する彼女の言葉に、大和が一瞬詰まる。 「確かに、そうかもね」 小さく漏れた言葉は、彼の心境の変化を感じさせていた。 「よし! 風情も出たし、お茶とかどう?」 この子が点ててくれるよ。空気を変える様に、夏栖斗は持って来た茶道具を広げて『鬼出電入の式神』龍泉寺 式鬼(BNE001364)を示す。 準備の良さに若干の驚きを見せながらも、大和は小さく了承を見せた。 静かに、点てられた茶が差し出される。 まずは、一口。口の中に広がるのは抹茶の香りと、苦味。思わず渋い顔をする大和に、式鬼は小さく笑う。 「美味くはないか。茶道は味よりも風情を楽しむものであるからな」 それに、近代の飲料水に味が劣るのは必然でもある。そう付け加えつつ、自身の腕前への不安を振り払う様首を振る彼女に、大和の視線が移る。 目を合わせ小首を傾げるも、式鬼はそっと、思っていた事を告げようとし始めた。 「撫子の花は純情可憐、そして心強き女性の象徴。……今のおぬしの心に、斯様な女性が宿るか否か」 自分自身が一番理解しているだろう。未だ幼い彼女の口から紡がれる言葉に、大和は返す言葉も無く視線を下げる。 現実に辟易した事は自分にもある。気持ちは分からなくはない。だが、それでも人の温もりは忘れられない。 大和の空想は、人恋しさの裏返しではないか、そう、式鬼は思っていた。 所在無げな彼の手をそっと、握って。歳よりずっと大人びた瞳が静かに、レンズ越しの瞳を見詰める。 「式鬼にその寂しさを埋めてやれる……とまでは云わぬが」 今繋ぐこの手の様に。人の温もりが遠いものではない事を、覚えて置いて欲しい。 真摯な彼女の瞳に、少年は戸惑う様に目を背けた。 ● 恋人と共に居ると時間を忘れるらしい。だから、夢中になるのは分かる。 だが、それで自身を疎かにし、心配をかけるのはいけない、そう、『不誉れの弓』那須野・与市(BNE002759) は思う。 茶を飲み終えた大和の前に、静かに座って。おずおずと、あやとりと本を差し出した。 「これを見ながら、一緒に遊ばないかぇ?」 自分としても楽しくないかもしれない。桜子には遠く及ばないだろうし。そんな自信の無さが浮かぶ与市の表情に、それまで沈んでいた大和の表情が緩む。 細い手が本を受け取り、適当な場所を開いてからぎこちなく、差し出される。 「……楽しませてくれるんでしょ、そんな顔するなよ」 仲間達が見守る中、ぎこちなくあやとり遊びが始まった。 「その……聞きたい事があるのじゃがいいかぇ?」 幾度紐を遣り取りしただろうか。距離感に少々の照れを覚えながらも、与市はそっと尋ねる。 細かい作業を好むのか、少々夢中になっている大和が軽く首を傾げた。 「何? ……嗚呼、これの事なら楽しいよ」 「いや、その。……想像でなくとも、大和撫子は居ると思うのじゃ」 自分は違うかもしれないが、此処に沢山居る。だから、一度現実を見てみないか。 偉そうな事を言って申し訳ない、そんな想いが明らかに表情に出ている彼女に、大和は一瞬、躊躇うもぎこちなく、苦笑を浮かべて糸を離す。 「……そうだね、君も含めて大和撫子って奴は、こんなに一杯居るのかもしれない」 楽しかった。そう付け加えて、やはりぎこちなく、彼は与市の髪を撫でた。 「……さて、出流原さん。皆の話は参考になったかな?」 日も暮れ始め、冷たさを増す空気の中、不意に、美月が口を開く。 どうしたものか、視線を彷徨わせていた大和は、突然の質問に驚いた様に首を傾げる。 「は? 僕の?」 「君のじゃない、桜子さんのだよ! 良いかい?君の桜子さんは素晴らしい。だが」 不完全だ。爛々と輝く瞳で。美月は熱っぽく言葉を続ける。何故ならそれは。 「新しい情報! 知識! 経験! 桜子さんをより輝かせる為の要素を現実で蒐集する事を止めてしまったからだ!!」 桜子を輝かせるのも腐らせるのも大和次第。違うか? 違わない。 彼女の成長を止めて良いのか。 彼女を至高の大和撫子にしたいとは思わないのか。 彼女を成長を失い死に体となった旧作に成り下がらせて良いのか。 ――否。良い訳が無い。 だから。大和がすべき事は1つ。 「夫が妻の為に給料を稼ぐ様に! 君は彼女の為に! 彼女の糧となり礎となる『現実』を稼ぎ! 運ぶんだ!!」 熱い。良く分からないが、熱い。 呆然と聞いていたものの、その中に含まれる桜子への想いと、自身の至らなさを感じ取り、大和は言葉に詰まる。 後もう一押しと言った所に、見えた。 ● 「おまえ意外とイケメンだよな。最近眼鏡草食系って人気あるんだぜ」 絶対リアルでもいける。不意に、大和の顔を覗いて夏栖斗が言う。 長い前髪に覆われた顔。人との関わりを遮断したがる様に、その瞳ずっと逃げていた。しかし。 今、レンズ越しの大きな瞳は、真直ぐに、夏栖斗を見詰めて居た。 「僕は、……僕は……っ、君に何が分かるんだよ!」 先程までとは全く違う、大きな声。驚きの表情を浮かべる夏栖斗に、時折裏返りそうになる声を必死に抑えて、大和は続ける。 「……今日は楽しかった。でも、此処に桜子は居ないんだ」 今まで、自ら描く以外に逢瀬が叶わなかった彼女。 ずっと、ずっと、恋焦がれていた人。 一途に思い続けてきた。やっと、やっと逢えた。声が聞けた。微笑んでくれた。 リベリスタが伝えた事は、伝えたい事は分かっている。 彼女は居ない。存在しない。自分は現実を見なきゃいけない。そんな事は知っている。これが自分の妄想だとも理解している。 でも、それでも。頭と心は繋がってくれない。 「全部君達の言う通り。でも、だからって無理なんだよ! 漸く逢えたんだ。それ以上を望むなんて間違ってる!」 君達にこの気持ちが分かる訳なんてない。そう、既に半分泣きながら叫ぶ彼に。 黙って聞いていた夏栖斗が、己の拳を握ってその頬を殴った。 黒い眼鏡が、音を立ててコンクリートの上に落ちる。 「ばっかやろお! 大和ぉ! 現実見ろ!」 このわからずや、そう言いたげな彼に殴られた頬を押さえ、呆然としていた大和も、我に返り力一杯殴り返す。 夏栖斗には遠く及ばないものの、その拳は重かった。 「だからっ……桜子は、居ないじゃないかっ……!」 夕日と海を背景に、殴り合う。女性陣が見守る中、夏栖斗が渾身の一撃を見舞って、叫んだ。 「このお嬢さん達の献身を、そして何より、和人と光輝がお前の事を心配してる事って事分かってんのかよ!」 ちくしょうマジ羨ましい。そんな煩悩は心の中に仕舞って置いて。 ふらつく足で何とか再度殴りかかってきた大和の拳を受け止めて、続ける。 「脳内嫁が居る! けど現実でお前を思ってくれるひとの存在を無視するなよ!」 かくり、大和の膝が落ちる。体力的にも、そして精神的にも限界だったのだろうか。 そんな彼らを気遣うように、控えていた大和が近寄り、救急箱で手早く処置を始めた。 傷を消毒しながら、様子を窺う。 殴り合いだけではない、最近の不摂生の影響が現れている大和に、優しく、魔法瓶を差し出した。 「温かいお味噌汁です。……全く。まずは御自身の身体ですよ」 自分を大切に出来ないなら、他人なんてもっと大切に出来ない。 その言葉と共に魔法瓶を受取り、大和が痛む口を開く。 「……ごめん。僕、友達を失う所だったのかもしれない」 掠れた声に、大和は微笑む。手当ての手を休め、真直ぐに同じ名前の少年を見詰めた。 「それと。……大和撫子を娶ろうと言うなら、貴方が大和魂の1つでも見せてください」 ――女性が3歩後を歩くのではありません。貴方が3歩先を歩くのです。 その言葉に、少年は眼鏡の無くなった瞳を、大きく見開いて。 頑張ってみるよ。小さく、呟いた。 和やかな空気が流れる。 ノエルが今度は戦場で、と笑みを浮かべれば、善処する、と瞳を逸らし。 絵を描いて欲しい、と言う与市の願いには、今度必ず、画材を持ってくるよ。そう、優しく微笑む。 そして、おずおずと夏栖斗に近寄り、自分とも友人になって欲しい、と話している時。 静かに成り行きを見守っていたガッツリが、とんとん、と大和の肩を叩いた。 「おっおっおっーっ。立ち直ったユーにプレゼントだお」 す、と取り出されるスケッチブック。 「……おりゃーだおーんっ」 そんな少々特殊な掛け声と共に。彼女の持つ力が描き出したものに、大和は大きく目を見開く。 絶対に叶わない、2人で並んだ写真。 それを、ガッツリは叶えていた。彼女流のサービス、と言う奴で。 「……有難う。皆も、……本当に、有難う」 心からの感謝が、夕焼けの色と一緒に、海に溶けていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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