●日常境界 ~505号室~ 「ほら、もう晩ごはんできるわよー。ユウ君、テレビ見てないでお皿出して!」 「えーっ、今いいとこなのにー」 「文句言うならご飯抜きよ! アナタも、ご飯ですよ!」 「ん、おう……ほらユウ、お手伝いしなさい」 「お父さんだってテレビ見てるだけじゃん、手伝おうよー」 「何を言う。父さんは今日一日しっかりと働いてだな」 「なんでもいいから、2人共手伝いなさい!」 ~405号室~ 今日も綺麗だ――ここもこんなになってる。怖がらないでいいんだよ。じきに良くなるさ。 見てごらん、ここを広げると……ほら。溢れ出してくるだろう。 じゃあ、いくよ。 これなんてどうかな――ふふ、そんな声を出すなんて。普段とは大違いだ。こっちは……っと、そんなに大声をあげるとみんなビックリするよ。 そう、良い子だ。でもそうやって我慢しているのを見ると、つい虐めたくなる。 少し、激しくするよ、だって君の具合がよすぎるから……! ……僕の愛をうまく伝えられたか少し不安だったけど、杞憂だと気付いたよ。そんな幸せそうな顔を見るとね。もう一度と行きたいところだけど……今日は無理かな。 それじゃ、また今度だね。僕の可愛いエスィラ――。 ~404号室~ 「サポよろ、っと……でも大丈夫かコイツ」 「あ。ちょ、ないないない。回復、回復、ちょっオイさっさしろよ!!」 「グダりすぎだろ、ハズレだわコイツら……街着いたらぜってーハズす」 「しっかし最近マシなヤツいねーな。せめてオレくらいマジメに働いてくんねーかね、っと……はいはいサイナラサイナラ」 ●異常識 「集まっていただけたようですね。それでは、今回の仕事内容について説明させていただきます」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達へ『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)がそう切り出した。 勤務中はクールな言葉使いを心がけている彼女だが、その本質は真面目で温厚な人物である。心の内がつい表情に出てしまうことは理解に難くない。故に、見るからに覇気がない今日の彼女の様子が気になる所ではあるが。 「すみません、ご心配をおかけして……でも、大丈夫です」 リベリスタ達の気遣うような視線に気付いたのか、和泉は小さく微笑んで感謝を示す。そして表情を引き締めると、伝えるべき情報を語り始めた。 「今回皆さんにお願いするのは、ある一人のフィクサードの撃破です」 そのフィクサードが現在潜伏しているのは、とある住宅街にあるマンションの一室。マンション自体はごく普通の物件である。特徴があるとすれば、居住者が少ないために住人同士の繋がりが希薄である事ぐらいだろうか。恐らく、周囲の住人は今回の事件について何も把握していない。 「元々その部屋に住んでいたのは、20代の一般女性のようですね」 「……まさか、その女の人はもう?」 しかし、リベリスタの疑問に和泉は頭を振り、いいえと答える。 「このまま放置しておけば命を落とすのは間違いありませんが、これから向かえば助けることが出来ます……命、だけは」 「命だけは、って?」 一拍の間を置いて、彼女はさらにその先を続けた。 「そのままの意味です……今回の一件、女性を無傷で助けることはできません」 「そんな……」 思わず零れたリベリスタの言葉に、和泉の目が少し伏せられる。 「皆さんが全力で駆けつけたとしても、女性はすでに敵の手にかかった後です。それは、変えられない未来です」 和泉の手が手元の資料をめくる音だけが、静かに室内に響く。 「フィクサードの名前は葉山・修一。温厚そうな外見の人物で、彼自身の戦闘能力はそう高くありませんが、その行動は常識から遥かにかけ離れています。例えば、彼にとっては愛の営みであっても、私達にとっては凄惨な殺人現場にしか見えません」 ただの異常者ならばどれほどよかっただろうか。葉山の異常性は我々にとっての『異常』が、彼にとっての『常識』と同義である点にある。そのため、その異常はまるで新鮮な空気を吸うように、美味な食事で空腹を満たすように、ごく自然に行われる。 「また、葉山はアーティファクト『改体侵杵』を所持しています。このアイテムは、エリューション能力を持たない人間を生きたままアーティファクト化する能力を持っています」 リベリスタ達が到着した時、女性はすでにアーティファクトと化している。葉山は女性を武器として使ってくるだろう。また、葉山を倒せば女性は解放される。しかし。 「たとえ助けたとしても、彼女が今後、精神的にも肉体的にも人並みに生きていけるかどうかは不明です。さらにアーティファクト化されたその女性は強力な能力を持っており、厄介です。ですので――」 「もしもの時は、その女を先に殺せってことか。それなら葉山を弱体化できるし、ある意味では女を救うことにもなる」 和泉の言葉を盗むように、いや、言わせまいとしたのか。リベリスタの言葉に彼女は小さく頷いた。 「勝手ではありますが……判断は皆さんにお任せします。どうか、気をつけて」 そう言うと、和泉は深く頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:力水 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月27日(火)23:30 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 常識とは、個人によって多少の差異はあるものの、社会で生きる者達が共通して持っている価値観などを指す。だが今回リベリスタ達が相対するのは、自分達と絶対的に相容れぬ常識を持つ存在だ。 運良く入手できた見取り図を手に、マンションの部屋構造を確認している『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が抱いたのは、その存在がこの社会にとっての圧倒的な病原菌である、という心情だった。故に。 「――貴殿の全てを否定しよう。己の常識で他人をねじ伏せた時点で、見逃す訳には行かん」 薄緑色をした一枚のドアを目の前にして、自身の意志を整理するようにそう呟いたアラストールの頬に、長い黒髪が這うように触れる。 「んー……部屋の中はその見取り図の通りみたいね。玄関からリビングまで一直線に廊下が延びて……あらあら、中に色々転がってるわねぇ、ふ、ふふふ」 アラストールの背後から見取り図を覗き込んでいた『夢幻の住人』日下禰・真名(BNE000050)が口角を吊り上げ、妖しげに笑みをこぼす。うっすらと輝く赤い千里眼が部屋の中に何を見たのか、それはまだ彼女自身しか知らない。 そっと真名の髪を払い、戦闘に備えて自身の治癒力を高めるアラストールの隣では戦場に一般人が介入してこないように結界を張る『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)とユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)の姿がある。二人の思いはほぼ一致していた。フィクサード、葉山・修一の異常識を否定はしない、と。だが、 「残念、存在そのものが邪魔だ」 「その行いの報いは――受けていただきます、必ず」 その存在を、その行いを、許すわけにはいかないと決意を固める。 サイレンサーを取り付けた愛銃の点検を終え、極限まで集中を高めた『ガンスリンガー』望月 嵐子(BNE002377)がドアノブに手を伸ばす。ドアはすでにアラストールによって施錠されていない事が確認されていた。 (異常識ね、別にいいんだけどさ。この世界には変わった奴らなんてそれこそ腐るほどいるし) 彼女の内心は、他の仲間達と比べると楽観的かもしれない。だがそれが、彼女が幼い頃から異質な世界とふれあい、様々なものを見てきたために得たものだとしたら。 故に、どんな状況に置かれても自分らしくいられるのが彼女の強さなのだろう。 「そろそろ、準備いい?」 ドアノブをそっと握り、嵐子が声を抑えつつ仲間達を見渡す。 胸にそっと手を当て、『ピンポイント』廬原 碧衣(BNE002820)は胸中の思いを確かめていた。普段から落ち着いた雰囲気を纏っている彼女だが、それは決して感情の起伏が乏しいわけではなく、自身の内にそれを秘めているため。 今彼女の内にあるのは、今回の事件に巻き込まれた女性を助けたいという思いと、葉山・修一に対する怒りの激情。だがそれを表に出すことはない。思いを内に秘め、行動で思いを現実に成す。いつもの凜とした表情を崩すことなく、彼女は異常識に立ち向かう。 「ああ、終わらせよう」 碧衣の頷きによって、リベリスタ達の同意は完成した。 静かにドアが開け放たれる。 身構えるリベリスタ達を出迎えたのは、多少手狭ではあるが別段変わった様子の無いごく普通の玄関。リベリスタ達の中から思わず息が漏れる。 「大丈夫よ、ここにはまだ何もないから……」 真名だけがくすり、と笑みを浮かべる。 玄関やその先に伸びる廊下には電灯が灯っていないが、廊下の突き当たりにある扉からリビングの光が漏れているために最低限の明るさは確保できている。 仲間達との身長差もあり、少し姿勢を低くして仲間達の足の隙間から中の様子を窺っていた『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)の頭には様々な思いがあった。 後悔、決意、疑問……グルグルと巡る思考の渦中にいたアーリィはそっと添えられた手に気付かない。ぐん、と一気に視点が高くなる。 「これで見えますか? ……あっ、驚かせてしまいました?」 アーリィを持ち上げた『止まらない自律機械』柏崎 未來(BNE003196)の言葉に、思わず声を出しそうになった口を両手で塞ぎつつ、アーリィはぶんぶんと頭を横に振る。 そうして向き直った視線の先には、はっきりとリビングへの扉が見える。 「あそこに、怖い目にあってる人がいる……」 自分がこれから向かう場所を直視したためか、思考の渦が解れ、成すべき事が自ずと鮮明になる。 (後悔したくないしさせたくないから……せめてやれることは頑張る!) こうして思いを固めたアーリィと対照的に、未來が抱いていたのは最初からただ一つ、怒りだった。 捻くれた常識。理解されず、一人ぼっち。それが最初の引鉄だとしても、その弾丸が捉えたものに罪など無かったはず。激情の果てに、彼女は決意を生み出した。 「行こう!」 誰からともなく声が生まれる。覚悟も思いも、すでに出揃った。ならば、後はこれを成し遂げるのみ――! 爆ぜるように駆け出したリベリスタ達は薄暗い廊下を抜け、今、戦場へと突入する。 ● 彼らが戦場へと到着する少し前。そこではすでに『行為』が終わっていた。 フィクサード――葉山・修一がアーティファクト『改体侵杵』を手に、腰を下ろしたソファに赤い染みが広がっていく。 「……これで僕たちはいつでも一緒だ」 彼の前にはテーブルがあり、その上には女性が横たわっている。一見すると、それはまるで古代の禁じられた儀式のよう。異なる点があるとすれば、それが祭壇ではなく、ごく普通のマンションの一室で執り行われている点にあるだろう。 葉山が女性の透き通るように白くなった手を取り、印を残すようにその甲に口づける。 「初めは泣き叫ぶほど恥ずかしがっていたのに、今はこうして僕を受け入れてくれる……とても、嬉しいよ」 女性に愛おしげな視線を送り、葉山はそっと彼女の手を離す。直後、フローリングの上に敷かれた絨毯の上にゴト、と腕が落ち、同時に廊下に繋がるドアが勢いよく吹き飛んだ。 「……っ!」 部屋に入るなりユーディスが思わず顔をしかめる。一つはむせかえるような臭いに。もう一つは何もかも全てが赤く染まった部屋に対してだ。そしてそれらを引き起こした元凶が、リベリスタの目の前にいる。 「あれ、誰か来るなんて聞いてないな……エスィラ、知ってるかい?」 葉山が抱きかかえたソレの耳元で囁く。だが返ってきたのは絞り出すような、声とも取れない呻きだけ。 しかしその隙にリベリスタ達は葉山とエスィラと呼ばれた女性を取り囲むように、四方に配置につく。 「軍神にかけて、貴方を黄泉比良坂まで……お送り致します」 未來が怒りを言葉に込め、葉山へと叩き付ける。 飛行能力を遺憾なく発揮し、葉山の頭上を飛び越えて背後へと回り込んだユーヌは長い黒髪をひるがえし、退路を塞ぐようにベランダ前に降り立つ。 「汚いな、掃除くらい覚えたらどうだ?」 未來やユーヌの言葉を聞いているのか聞いていないのか、独り考え込んでいた葉山が、空気にそぐわない抜けた声をあげた。 「ああ! 君達はアークの人達だね。話には聞いているよ。最近忙しいみたいだねえ、色々世間が騒がしいし」 「私達は貴方とお喋りをしに来たわけではありません」 ぴしゃり、とユーディスが言い放つ。 「その女性を、貴方の下から救い出します」 被害者女性を死なせずに救いだす。それはリベリスタ全員の総意でもある。 「彼女を、僕から奪うってことかい? それは困ったな……僕らの幸せを祝福しに来てくれたと思ったのに」 寂しそうに溜息をついた後、葉山がリベリスタ達を見回し、愛おしげに女性を抱きしめる。 「仕方ない。恋路には障害が付きものだと言うなら……」 女性の首筋に葉山の指が触れる。だが、何気ないその動作から生み出されたのは、甲高い悲鳴だった。 それはユーディス、碧衣、アラストール、アーリィを巻き込む形で放たれたが、臨戦態勢を取っていたリベリスタ達にとって不意打ちの一手とはならない。 「優男のくせにやってくれる!」 碧衣が葉山の動きを瞬時に予測、演算を完了し、最適な空間に気で編まれた糸を展開する。彼女の演算通り、気糸は彼へと絡みつき、確実に自由を奪う。 葉山を挟んで碧衣の正面、前衛にいた未來が深く踏み込み、右腕を構える。葉山はまだ碧衣の方を向いたまま。よって未來は彼の背後から攻撃する形となる。 「がら空きです!」 未來の掌底が葉山の背中へ放たれる。しかし毒にかかった影響か、彼の体がぐらりと崩れたために打撃は命中せずに空振りに終わる。 「おっと……」 自身に降りかかっている危機を理解していないのか、未來の一撃を食らいそうになってもその表情は強ばることはない。余裕にも見える態度で体勢を立て直す。 次に動いたのは未來から見て左手、ベランダの前へと陣取った真名とユーヌ。ユーヌが後方で印を結び、仲間達に防御の力を与える。 その動きに気付いたのか、葉山が彼女へ視線を向ける。だがその眼に写ったのはユーヌの前方で艶やかな黒髪を振り乱す真名の姿。華奢な身体からは想像できない強烈な打ち込みが彼を襲う。しかし、それも葉山に有効な一撃を与えることはない。しかもこれが彼の能力によって避けられているのではなく、ほぼ運によるものだというからタチが悪い。 不穏な空気がリベリスタ達の間に広がったその時、唐突に部屋の片隅から軽快な音楽が流れ出した。 「戦いの音を誤魔化そうと思って持ってきたんだけど、このヤな感じもなんとかできそうかも?」 それは嵐子が持ち込んだラジカセ。アクション映画の主人公よろしく、ふふん、と不敵な笑みを浮かべる嵐子が素早く銃を構える。 「ってことで……こんなのはどう?」 派手な音さえ無いものの、洗練された技巧が生み出す精密射撃が葉山の脇腹を強かに撃ち抜く。 「ぐ……っ」 リベリスタ達が、初めて葉山・修一の歪んだ表情を見た瞬間だった。 「そんな顔もできるのですね。安心しました」 畳みかけるように、葉山の背後からアラストールが全身を使って右斜め上段に構えたブロードソードを振り下ろす。風切り音が肉を断つ音に変化した後、彼の右肩後方から赤い鮮血がほとばしる。 振り下ろした剣撃の勢いを回転に変え、ブロードソードの血を払いつつ体勢を整えるアラストール。それを追うように修一が向き直るが、その側面をユーディスが狙う。 「受けていただきます!」 重槍をしならせてユーディスが大上段から振り抜いた一撃はしかし、フローリングを打ち付けて停止する。手に伝わる床からの反動に耐え、彼女は重槍を構え直す。 「仮にも、貴方はその方を愛しているはず……それなのに、そんな扱いをするのですか!」 ユーディスの攻撃は避けられたわけではない。彼女がわざと外したのだ。彼女の眼前には、エスィラを盾にして構える葉山の姿がある。 「僕だって本意じゃないさ。だけど君達が怖い顔で迫ってくるものだから、ね。それに……」 エスィラの首輪から伸びる鎖をたぐり、葉山は彼女を抱き寄せる。 「恋人というのは、互いに傷つき合いながらも支え合って進んでいくものだと思うんだ」 葉山の手に彼の膨大な思考の奔流が集束していく。それはリベリスタ達もよく知るスキルだ。しかし、それを知ってはいても理解することは叶わない。何故なら、彼が持つのは我々と異なる常識。同じものであるはずなのに、それは全く異質な何かに見える。 「少し、我慢しておくれ。僕の大事な……」 言い終わるか言い終わらないか。その瞬間、葉山は躊躇うことなくエスィラを巻き込んで自らの異常識を炸裂させた。 ● 爆ぜた力が収まりを見せ始めた頃、葉山・修一の眼に真っ先に飛び込んできたのは紫の髪だった。しかもその髪を持つ者は、庇うようにエスィラにしがみついている。 「な、っ」 思わず、葉山はその姿を左手で突き飛ばした。華奢な身体は呆気なくエスィラから離れるが、よろめきつつもしっかりと両の足で踏みとどまる。 「……やらせません」 力強い視線が葉山へと刻まれ、言葉が紡がれる。アラストールの役目はアーティファクトと化した女性を庇うこと。人一倍頑丈なアラストールが担当するのは最適な人選だと言える。 アラストールの行動に動揺を隠せない葉山に対し、ユーヌ、真名、アーリィの三名が追撃を開始する。ユーヌ、真名の二人とアーリィは葉山を挟んで向かい合っている。よって、葉山がどちらかの方向に対処すれば、もう一方向からの攻撃には完全に無防備な背面を晒すことになる。リベリスタ達が四方向から取り囲むこの陣形を選んだ理由の一つがそこにある。 もちろん、攻撃時にはその利が生かされる。ユーヌが後方でガントレットから生み出した式神の鴉で狙い撃ち、前方では真名が強打を繰り出すために大きく踏み込む。さらにその向かい側からはアーリィが気糸を用いて精密射撃を試みようとしている。 「そこっ、狙い撃つよ!」 次の瞬間にはその全てが実行され、葉山へと迫る。“二”と“一”。対する葉山の注意は自然と、放置すれば被害が大きくなるであろう“二”の方へと強く向けられる。迫る“二”の脅威に対して、葉山はエスィラをかざした。 「……めんどうねぇ」 攻撃できない盾ほど厄介なものは無い。真名の手が止まり、武器に込められた気が霧散する。しかし、すでに自分の手元から離れたものについてはどうだろうか。 真名の傍らを鴉が駆け抜ける。アラストールの対応も葉山自身が障害物となっているために死角となり、遅れてしまう。エスィラを庇う人員がアラストール以外にもいればよかったのかもしれないが、今はどうしようもない。 そして一直線に駆けたそれは、過たずエスィラに激突した。 ――あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁあ゛ああ゛ぁ!!! 響き渡る苦悶の声。次の瞬間、増幅されたその痛みが一気にユーヌへと転写された。エスィラの受けた痛みの全てが、ユーヌの体内を駆けめぐる。 「ぐ……あっ」 戦闘不能には至らなかったものの、その衝撃はユーヌの体力を大きく削り取る。 「こいつ……!」 碧衣が気糸で葉山を狙うが、エスィラを突き付けられ、その手が止まる。彼女の脳裏に連携の二文字が浮かぶがそもそもそれは相手がいなければ成立しない。 もちろん葉山に隙が無いわけではなく、リベリスタ達は少しずつではあるが葉山の体力を削っていく。しかし盾を意識しているために大きく出ることができず、葉山の攻撃を許す結果となっている。 その後、小さな衝突が数度に渡って繰り広げられた。リベリスタ達が油断すればエスィラを傷つけてしまい、葉山が油断すればそれは自身を危険に晒すことになる。互いに精神を削り合う様な攻防を経て、しかし、戦いの流れは確実にリベリスタ達の方へと傾いていた。 「はぁ、はぁ、っ……」 葉山は相変わらず余裕めいたような表情を崩さずにいる。しかし緊張感から来る焦りを隠し通せていないことが、荒れた息遣いと額に浮かぶ汗から感じ取れる。 あと一押しなのは確か。だがそのもう一押しが遠い。 リベリスタ達の回復手として尽力していたアーリィが、汗の滲んだ手でメイジスタッフを構えなおす。自分のものとはいえ、その感触はあまり心地いいものではない。 だが、小さく息をついて汗を拭おうとしたその時、状況はすでに動き出していた。 アーリィの前方にいたアラストールが葉山の方へと駆け出している。 無論、それに気付かぬ葉山ではない。攻撃に備えてエスィラを構える、が、しかし。アラストールは武器を構えることなく、体当たりをするようにエスィラへと突進する。そして、アラストールの両手がエスィラを捉えると、自分の胸に押しつけるようにそれに取り付いた。 「離して……ください!」 葉山が語気を荒くして叫び、左の拳でアラストールの胴を穿つ。 エスィラから伸びた鎖は葉山の腕にしっかりと絡みついているため、アラストールに取り付かれたことで身体の自由が奪われてしまっているのだ。もちろんエスィラを盾にすることもできない。ということはつまり。 「今の内に、早く……!」 アラストールの言葉にリベリスタ達は我に帰る。そう、今こそが恐らく最後のチャンス。 「それじゃ、さよならね」 「速やかに破壊してくれる!」 双方向から、真名と未來の強打が葉山の左の脇腹に打ち込まれる。ドンッ、という太鼓を打ち鳴らしたかのような音と共に葉山の口から血が噴き出し、その身体が前のめりに倒れ込む。 だが、まだ倒れることは認められない。 「無様に這いつくばれ。んでもって――」 「――お前はここで殺してやるよ」 ユーヌの呪印が、意識を手放しかけていた葉山の身体を幾重にも束縛し、強引に起き上がらせる。さらに、碧衣の全身から解き放たれた気糸が一斉にその身体のあらゆる箇所を突き抜いた。 一瞬の静寂の後、気糸が消え去り、その痕から幾筋もの血が流れ落ちる。 そして、懺悔を発することすら許されず、葉山は静かに自らの血の海へとその身を投げた。 ● 地上を覗くと、救急車の回転灯が周囲を赤く照らしている。しかしそれはアークの関係者だ。葉山の遺体とアーティファクト共々、速やかに回収が行われるだろう。もちろん、エスィラ――犠牲となった女性の身柄も。 比較的清潔な場所を見つけた嵐子が、彼女をそっと横たえる。依然危険な状態ではあるが、なんとか息はあるようだ。心の傷を心配し、不安げな表情を見せるアーリィにユーディスが安心させるようにそっと微笑みかける。 粛々と進む撤収作業。誰も、彼女に声を掛けることはしない。 ただ、白み始めた空だけが静かに夜の終わりを告げていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|