● 「……ねぇ、本当にここで一休みするの?」 「仕方ないだろ。僕だってお前だって、もうぼろぼろじゃないか」 「それはそうだけど……」 「まさかお風呂がないからイヤだなんて言ってくれるなよ?」 「言わないわよ。言わないけど……本当にここで一休みするの?」 「……仕方ないだろ。まぁ、僕だって本当はイヤだけどさ」 夜が白み始める頃。鳥達の声に紛れて一組の男女の声が聞こえる。 「お前も、わかってるだろ? 最近、不穏な空気が増してきてる。下手に動いて巻き込まれれば今の状態じゃ返り討ちだ」 「……わかってる、けど」 そこに立つのは背丈のほとんど変わらない、少年少女と言っても差し支えのない顔立ちの二人組だった。 背丈のほとんど変わらない――より正確に言えば二人は背丈だけではなく、体格や顔のパーツ、そういった細かいところまで瓜二つだった。 違うのは髪型のみ。それも男ははねっけのある金の髪をショートに、女の方はやや緩やかなウェーブを描くセミロングにしただけという具合だ。 二人は双子だった。 「ここは、嫌な予感がするの」 「そりゃ、さっきまでフィクサードが使ってた根城だし、嫌な予感満載だろうよ」 「そういうのじゃなくって……もう、茶化さないでよ」 そして二人でいくつもの死線をくぐり抜けてきたリベリスタであった。 少年は悠々と、少女は慎重に歩を進めながらフィクサードの根城だった廃屋の中を探索する。 「お、ここなんか結構いいんじゃないか?」 男がそう言った場所は大広間のような空間だった。 「確かに他の場所に比べれば、いいけど……」 荒廃具合でいえば他と大差ない場所ではあったが広く、邪魔なものを脇に退かしていけば十分な休憩スペースが確保できそうな場所に、少年が早速物色を始める。 「それに、なんだか少しいい匂いがする……?」 少女がすんすんと上を向きながら鼻を利かせると、この空間中にわずかにだが香草の匂いが漂っていた。 否。漂っているというより、既に長い年月を掛けて壁や天井、床に及ぶまで全てにこびりついたという表現が正しいような――粘り、まとわりつくような臭い。 「……なんだ、これ?」 だが少年は首を傾げる少女のことなど気にもせず探索を続け、あるオブジェに興味を示す。 まるで戦利品を漁るように、意気揚々と。――それが命取りになるとも知らずに。 「ちょ、ユリウス、待ちなさ――!」 「え――?」 ユリウスと呼ばれた少年がそのオブジェに触れる。 ――ぼっ! 瞬間に訪れた変化は、劇的だった。 オブジェに触れていたはずのユリウスは吸い込まれるようにオブジェに取り込まれ、 「ユリウス……!?」 オブジェの周りには、それを炙るかのように6つの火の玉が浮かんでいた――。 ● ――ファラリスの雄牛。 それは雄牛の形をした真鍮のオブジェの中に人を閉じこめ、火で腹部を熱し中の人間を炙るという古代の拷問、および処刑道具とされている。 頭部には長い管が巻かれ、中の叫びは管を通じて猛る雄牛の鳴き声となって周囲に鳴り響くといわれている。 この処刑法を採用した王は宴などの際にこれを好んで使用し、その鳴き声を娯楽の一つとして楽しんだという。 そして人の肉の焼ける臭いは、香草などを周囲に焚いて誤魔化したため、その周囲には常にいい香りが漂っていたらしい。 「……今回は、半自立型アーティファクトに関する事件」 『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)がそう言って説明を開始する。 「アーティファクトは触れた者を無条件に自らの中に引きずり込む。そして中での一切の特殊な能力を封じ、それを一種のエネルギーに変換。中の人間の感情を行動指針として動くという性質を持ってるわ」 それはもしかしたら一種の鎧として、または武器として作られた物だったのかもしれない。 中にいる者を守り、外部の敵を倒すための。 「欠点は、一度取り込まれたらそれを壊さない限り二度と外に出ることはできない、という点だけど……」 あるいは初めからそういう意図で作られた物なのかもしれない、とイヴが表情を曇らせる。 ――すなわち、人を消耗品とした兵器としての運用。 「もっとも、中にいる人間が何も能力を持たない人間なら……感情に応じて、ただ叫び声をあげるだけのオブジェになる」 このアーティファクトの持ち主はその特性を利用して――ファラリスの雄牛を現代の拷問方法として蘇らせた。 「その結果、神秘の力に触れた人の魂と、火とが結びついてエリューション化した」 そのエレメンタル・エリューションの出現条件は、ファラリスの雄牛の中に誰かが取り込まれること。 「前の持ち主からしてみれば、思わぬ行幸といったところなんだろうけど……」 イヴがため息をついて首を横に振る。 「その前の持ち主は、とある二人のリベリスタによって倒されたわ。……だけど問題はこの先。そのリベリスタの内の一人が、この雄牛の中に取り込まれた」 それは、 「ファラリスの雄牛はそのリベリスタの力を吸い取って動き出し、エリューションによって炙られた内部は高温でもって中のリベリスタを襲う。……つまり、ファラリスの雄牛は熱いという感情を元に暴れ回るわ」 考えられる限り最悪の展開。さらに、 「中で炙られるリベリスタは叫び、それは雄牛の鳴き声となって外に漏れる。エリューションも、元々その激情を大部分に生まれてるから……その鳴き声に共鳴して、パワーアップするわ」 そして火力はますます増してリベリスタを襲う。 「火の玉は雄牛と、その周囲のありとあらゆる物を燃やそうとしているわ。今は、取り込まれたリベリスタの片割れ……ユリアという少女が自分を囮になんとかくい止めてるけど、彼女はホーリーメイガス。……このままだと力及ばずに倒れ、周囲に甚大な被害が出ることが予想されるわ」 だからそうなる前に、アーティファクトを破壊しなければいけない。 「迅速にアーティファクトを破壊できれば中にいるリベリスタも助けられるかもしれないけど、……彼がこうなったのも、言い方は悪いかもしれないけど自業自得。彼のことは無視してしまってもかまわない」 最優先すべきは周囲への被害を抑えること。 そして最終的にアーティファクトを破壊することだ。 「今から急げば、ユリアが力尽きる直前くらい駆けつけることができる。……火の玉はもう大分勢いをつけてるわ」 気をつけて、と。 そう言うイヴに送り出されて、8人のリベリスタが飛び出す。 自らの為すべきを、為しに行くために。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:葉月 司 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月26日(月)23:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●長い長い夜明け前の攻防 「ファラリスの雄牛……初めて知った時は、怖くて眠れませんでした……」 まさか、あんなものがアーティファクトとして存在しているなんて……。 その存在を知った時の衝撃を思い出してか、『童話のヴァンパイアプリンセス』アリス・ショコラ・ヴィクトリカ(BNE000128)がその身を震わせる。 「不用意に行動したツケは高くついたのですよー」 「とはいえ、自業自得と切り捨てるのは、ちと夢見が悪いのじゃ」 「ですねー」 そう言い頷き合うのは『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)と『陰陽狂』宵咲・瑠琵(BNE000129)だ。 出来るなら、雄牛の中に閉じこめられてしまったユリウスも助けたい――。言葉にせずとも皆の中に共有する想いを確かめ合い、廃屋の中へと侵入するリベリスタ。 「――随分と厄介なアーティファクトに厄介なものがついたもん、だねぃ」 まだ廃屋に入ったばかりだというのに、既にそこには仄かに肉の焼ける臭いが漂っており、『蜥蜴の嫁』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)が表情を歪めた。 「全くだ。こんなものを考え出した奴は常軌を逸しているとしか思えないな」 『ピンポイント』廬原・碧衣(BNE002820)が同意し、理解できないと首を振りながら廃屋の中を駆け出す。 「でも、この臭いの強くなる方を辿れば、迷わず最短距離で進めます……!」 早く、早く、一秒でも早く。まさに今倒れんとするユリアのもとへ。そして彼女が助けようとしているユリウスのもとへ。自らに二人を助け出せる力はないけれど、癒すことはできる。だから……! 『青い目のヤマトナデシコ』リサリサ・J・マルター(BNE002558)が祈りにも似た感情から足をさらに速める。 その横で、ほぼ本能的に臭いの発生源がすぐ近くまできていることを悟った『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)が『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)へと告げる。 「もうすぐ、たどり着くわ」 だから、と。 ティアリアの、手袋に包まれてもなお細やかな指先が微かに光り、ルカルカへと鎧の加護を与える。 「先に行ってきなさい!」 「わかった」 ぐん、と速度を上げるルカルカ。 ――今回のアーティファクトはなんともいい趣味をしている。相手を理不尽に閉じ込める、不条理な罠。 他のリベリスタを1メートル、2メートルと引き離し、更に更に加速する。 ティアリアが指し示していた先。通路が終わり、広い空間へと続くその先から、 ――う゛おぉぉおん! 雄牛の嘶きが、響きわたる。 「ユリウスっ!」 同時に聞こえる、少女――ユリアの悲痛な叫び。その目には自身の負った傷も、今まさに迫りくる火の玉さえも見えていない。 ただ手を伸ばし、懸命に雄牛へと近づこうとする彼女を、 「危ない……!」 ルカルカがすんでのところで抱きかかえ、火の玉の炎から守りきる。 「え……あ、あなたは誰……?」 既に蓄積していたダメージのせいで焦点の合いきらない瞳。それでも自らを抱きしめ、攻撃から庇ってくれた相手に問いかけるユリア。 「助けにきたのよ、貴女も、片割れも」 ルカルカの、その言葉は。 「あ、あぁ……」 今もなお炎から庇い続けるルカルカの姿とともに、ユリアの心に希望の灯火を宿す。 「お前の相手はこっち、だねぃ!」 ルカルカに数瞬遅れて駆けつけたアナスタシアが、二人の元へ突進しようとしていた雄牛を鋭い蹴撃で妨害する頃には、ユリアの瞳は既に強い意志を取り戻しており、ルカルカを感服させる。 さすがに、二人で活動してただけのことはある。 「とりあえず、一旦後方まで下がるわ。まだ回復できるだけの余力はある?」 その問いかけにユリアは力強くはいと答え、自身とルカルカを癒すように光で包む。 「そう、それでいいの」 ルカルカの口端が笑みを作るようにわずかに上がり、更に続く火の玉の攻撃に耐え続ける。 「待たせたのじゃ!」 そしていよいよ本隊が到着し、戦況が動き始めた。 まず瑠琵がフロア全体に雫を降らせ、魔氷を作り出す。 「対象は主に雄牛、ついでに火の玉の注意を引き付けるのじゃ!」 それは少しでも雄牛を冷やし、中のユリウスへのダメージを減らす為に。 しかし照準をそちらへつけすぎたためか、ユリア達を襲う火の玉達のいくつかはひらりと避けてしまう。 「打ち漏らしは任せろ……!」 そこを狙って、火の玉の動きを読み切った碧衣の気糸が放たれる。 ――ボッ、ボッ。 気糸に切り裂かれ、一瞬揺らめいた火の玉はしかし炎の勢いを増して瑠琵と碧衣に襲いかからんと飛んでいく。 だがその数は三つ。まだ二つが、未だルカルカとユリアに張り付いている。 「その憎しみの炎は、私が受けて立つわ!」 そのうちの一つに殴りかかりつつ、エーデルワイスが叫ぶ。火炙りで死んだ人々の無念がエリューション化したものがこの火の玉なのだとしたら。 「今度は殴り殺してあげますよー。あはは、憎いですかクズ」 もう一体の火の玉へ向けても攻撃ならぬ口撃を仕掛け、少しでもユリアから注意を逸らそうと試みる。 「それにしても、本当に……ふふっ、見事な処刑道具ね」 ティアリアが雄牛に向ける目は、恍惚と……そしてわずかな嫌悪が含まれている。 「ハイテレパスは、通じそうかしら?」 もし念話が通るなら、こちらから浄化の鎧などの支援をかけてやることも可能かもしれない。そんな淡い期待を込めてアリスに確認するが、 「何回か試みていますが、通じている感じがしません……」 アリスの否定の言葉に、「そう……」とだけ応えて苦笑する。 「まぁ、もしそれができるならユリアがとっくにやってるわよね」 ユリアがそれをしている様子は見受けられないし、ならばそれはそういうことなのだろう。 思考を切り替える。 今やるべきは、火の玉の囮を引き受けた二人のサポートだ。 「順番に掛けていくわよ」 まずは火の玉により深手を負わせただろう碧衣。その次に瑠琵だ。 「それじゃあ、私は大きい火の玉の方へ……!」 アリスが睨む先は、アナスタシアと対峙する雄牛にまとわりつく、一際大きく燃え盛る火の玉だ。 すぅ、と息を吸い、狙いをつける。 火という現象を相手にどれだけの状態異常を与えられるかはわからない。だけど自らが放てる最大魔力を乗せて、四重に連なる光を放つ。 手応えは十分。だけど…… 「やはり、こちら側には来ませんか……!」 あの大玉は何故そこまで雄牛に固執するのでしょう。そんな疑問は残りはするけども、こちらへ向かってこないというならば集中的に狙うまでです! 絶対に二人とも助け出してみせるという強い意気込みを胸に散開し、ついでに足下にあるゴミを火の玉のいない方向へ蹴っていく。 そんなアリスと同じように瑠琵と碧衣の周辺にあるゴミをどけながら、こちらへ向かってくるユリアへと天使の息を吹きかけるリサリサ。 ルカルカ達はこちら側へ向かってく火の玉の気を引かないように後退しているためか、その足取りは若干遅いがそれでもあと数秒で合流できるだろう。 ――もちろん、その合流の前に、まずは火の玉がこちらと接触を果たすだろうが。 その接触の前に少しでも火の玉の体力を削るべく、瑠琵の魔氷と碧衣の気糸が火の玉を襲う。 ――う゛ぉ………おぉおおん………! だが同時に二度目の嘶きが室内に鳴り響き、火の玉は二人の予想を越える回避反応で接近を果たしてしまう。 「……動きが、鋭く!」 そうぼやく間もなく炎の爆ぜる音と共に炎が周囲を浸食する。。 それが連続するように二つ、三つと続き、爆炎となって二人を包み込む。 「くっ……瑠琵、大丈夫か!?」 鎧の加護を得ていた自分でさえ決して軽くはない傷を負ったことを自覚して思わず叫び、瑠琵の安否を確認する碧衣。 「うむ、なんとか平気じゃ。こっちには二撃しかこんかったからのぅ……!」 それでも、相当ダメージを負ったのだろう。歯を食いしばり、痛みに耐えているのがわかる。 「……素敵な鳴き声ね」 これで三回目。瑠琵にも浄化の鎧の加護と癒しを施しながら、その咆哮を確と聞いたティアリアが呟く。 「こんな状況じゃなければ、きっと実際に聞けたことを嬉しく思ったでしょうに……」 ちらりと背後を見遣れば、ルカルカが抱きかかえていたユリアをそっと地に降ろしたところだった。 「大丈夫ですか?」 「えぇ……ありがとうございます」 ユリアはリサリサの手を借りて、ふらつきながらも懸命に両の足で地に立つ。 ――数度の自己回復と、リサリサの天使の吐息。ある程度の傷は癒したとはいえ、フィクサードとの激闘、そしてこの戦闘と立て続けに行った体力は既に限界だろう。 それでもユリアは立ち続け、朗々と祝福の歌を歌う。 ありったけの力を振り絞って、全てをアークのリベリスタ達に託す。 「……きっと大丈夫、大丈夫です」 そんなユリアに先輩としてのリベリスタの姿を見て、リサリサは何度も頷く。 「信じましょう、貴女がユリウスを信じているように……ワタシもワタシの仲間を信じていますから」 だからワタシは癒す、精一杯、できる限りを。 ティアリア、リサリサ、ユリア。三人の癒し手が無意識下に連携を行い、傷を負った者を順次癒していく。 「次は牛の足止め、今日のルカは忙しいわ」 だけど、悪くない。 再びその俊足をもって駆け出し、アナスタシアへと突進を掛けようとしていた雄牛をその勢いで押し返す。 「お待たせ」 「おっと、ルカルカ殿がきたってことは、ユリア殿の方は無事に救出できたんだねぃ」 「今は元気に歌ってるわ」 「それはまた無茶を……」 苦笑しながらもユリアの心中を察して、アナスタシアは表情を改める。 「ユリア殿の為にも、なんとしても助け出さないとねぃ!」 そう叫び、アナスタシアがJason&Freddyを上段から降りおろし雄牛の足を止める。 「ねぇ、聞こえる? 理不尽な虜さん」 そしてその隙を利用して雄牛の上へ飛び乗ったルカルカが、雄牛の中のユリウスへ語りかけながら火の玉を高速で殴りつける。 「貴方の片割れは無事。なら貴方もまだ頑張れるでしょ?」 振り回して、振り回して、速度を攻撃力へと変換して。 「貴方が諦めないなら。皆が諦めないなら、ルカも諦めない。だから諦めちゃだめよ」 最後にフィニッシュといわんばかりにアリスの魔光が火の玉を穿ち、ルカルカも着地する。 「……しぶとい」 だが火の玉は一瞬揺らぐだけで、一向にその勢いを衰えさせない。 雄牛の突進を、二人並んで受け止める。 そうすることで勢いを相殺し、威力を半減させる。 「回復は三人いるから十分対処できてるけど、決定打に欠ける……ねぃ」 「これで六回目!」 速さを増す火の玉は、たとえ攻撃が避けられても鎧の反撃の加護もあって着実に数を減らしている。だけど―― 「八回目が……聞こえない」 タイムリミットが、訪れた。 雄牛を取り巻く炎が、歓喜に震えるように大きく大きく燃え盛る。その勢いに後押しされるように雄牛は力強く大地を蹴りあげて、突撃する。 「っ!」 その突撃に耐えきれなかったのはルカルカ。元々速さに特化した身の軽さがあだとなる形で雄牛の突破を許してしまう。 「……中型の火の玉が残り一体、ね」 それを見て、ティアリアが動き出す。 「絶対に死なせないわ……目の前で人が死ぬなんてもうこりごりなのよ」 それが誰かに大切にされている人なら尚更に。 手袋を外して、投げ捨てる。 訝しげにしながらも歌を紡ぎ続けるユリアに、リサリサ。火の玉を減らし続けてくれているエーデルワイス、瑠琵、碧衣にこちらへ駆け寄るルカルカにアナスタシア。目を丸くしてこちらを凝視するアリス。 それら全員に目を向けて、ティアリアが笑む。 ――たとえ雄牛の中で癒しの術が使えなかったとしても、その灼熱と化した装甲から守ってやることはできる。声を掛けてあげることはできる。なら、迷うことはない。 「皆が助けてくれると信じているわ」 そして迫りくるファラリスの雄牛へと触れ、その身を雄牛と呼応させるように発光させる。 「ティアリアさん……!」 アリスが叫んだときには光は既に雄牛の中へと取り込まれ、ティアリアの姿は消えていた。 ――う゛ぉん……う゛ぉん……。 やがて聞こえてくる嘶きは歌のようにリズムを刻んでおり、リベリスタ達はそれがティアリアの合図だと直感的に悟る。 「まだ、ユリウスは無事のようじゃな……!」 「なら……ぎりぎり間に合うでしょうかね?」 保証はない。だけど、やらねばならないのだ。 火の玉の攻撃に反応する浄化の鎧の加護に合わせて弾丸を放ち、その撃破を確認するよりも早く、エーデルワイスは雄牛へと向き直り燃え盛る大玉へと全力の一撃をたたき込む! 「この痛みを、返すのですよ――!」 コアの部分を叩くような感触は、エーデルワイスに確かな手応えを伝えてくれる。だが足りない。あと、もう一押し――! 「希望の火は――」 その一押しを、 「絶対に消させない!」 今まで回復役に徹していたリサリサが、担った。 エーデルワイスが貫いた軌道をそのままなぞるように魔矢が射られ、コアを打ち抜く。 ――憎し、憎し、あぁ、憎し! この場で朽ち果てるとはなんと口惜しや! 最後に聞こえたのは、大玉のそんな憎悪の感情。 コアを失いながらも執拗に雄牛へと絡みつき、呪詛を吐き続けながら……燃え尽きて、消えた。 「……っ。ユリウス、ティアリア、今冷やしてやるのじゃ!」 その異様な情念に一瞬思考を奪われながら、それでも雄牛自体を冷やすべく瑠琵が魔氷を生みだす。 先ほどまでは大玉のせいで焼け石に水だったが、この状態なら……! 「なんとか双子がそろって笑ってるトコ、見られるかな」 ティアリアの歌はまだ聞こえる。 「あぁ、……一気に打ち砕くぞ!」 アナスタシアの言葉に碧衣が同意を示し、皆の攻撃が一点に集中する。 やがて聞こえてきたのは、ピキ、という堅い物に亀裂の入る音。 さぁ、これで終わりにしよう。 「これで、最後です……!」 最後に放たれた四色の魔光が雄牛の背中に発生した亀裂をさらに広げ――その、厚く外界を隔てていた装甲が、音を立てて飛び散る。 がしゃん、と。アーティファクトとしての効力を失った雄牛が倒れ、そこからティアリアと彼女に抱きしめられた格好のユリウスが転がり出てくる。 二回、三回と転がり、最終的にティアリアが仰向けになる形で止まれば、 「もうちょっと、丁寧に出してくれるとよかったんだけど」 無茶を言うな、という全員からの総ツッコミを受けてティアリアが苦笑する。 「ふふ……柄にもない事をしたわね」 でも、まぁ…… 「助けられてよかったわ」 手の中で意識を失っているユリウスを見て、大きく大きく息を吐く。 長時間高熱の装甲に触れていたために所々が焼け爛れてはいるが……意識を失う直前まで、必死に足掻いていたのだろう。火傷の症状は思ったよりもひどくない。 「恋人同士のお二人を……無事に救出することができて良かったです……って、ユリアさんっ!?」 アリスが盛大な勘違いをしつつユリアに水を向ければ。緊張の糸が切れたのか、ユリアはアリスに訂正を入れる前にふらっと倒れかけているところだった。 「あら……彼女に回復をお願いしようと思ってたのに。仕方ないわね。リサリサ、回復をお願いできるかしら?」 さすがに無茶をし過ぎたかしらね。体が言うことをきかないの、というティアリアの言葉に慌ててリサリサが駆け寄りティアリアとユリウスに治癒を施す。 それが終われば、ようやく依頼の完遂だ。 「はふ……。あんな耳障りな嘶き、また耳にする機会が来ないことを心から祈ってるねぃ……」 「まったくだ。……しかし、どうしてあの大玉はあれほど雄牛に拘っていたんだろうか」 今更考えても詮無いことだが、と前置きをした碧衣の疑問は、しかし意外なところから解を得る。 「あぁ……あれ、どうやらこの子達がやっつけたっていうフィクサードの成れの果てみたいよ」 「どういうこと?」 リサリサの治癒を受けながら口を開くティアリアに、首を傾げたルカルカが問いかける。 「中にいる間中ずっとね、あの大玉の思念が聞こえてたのよ。『よくも俺を殺したな。許すまじ。お前も道連れにしてやる』って」 「……まさに不用意に行動したツケが高くついた結果なのですよー」 「全くじゃ。二人が起きたらアークに勧誘を……と思っておったが、その前にまず説教じゃな」 アリスとともにユリアをゆっくりと寝かせながら強い口調で、しかしその表情には笑みを作って、瑠琵が言う。 「とりあえず、三高平で傷を癒しながらゆっくりと考えてもらうとするかのぅ」 アークも今は少しごたついているが……こんな危なっかしい二人組が単独で行動するよりはよっぽど安全だろう。 「そうね。……でもその前に、二人が目を覚ますまで休んでおきましょう。女だらけのメンバーで男の子を運ぶのは少ししんどいもの」 そう言って、空間に笑いが溢れていき―― 長い長い夜明けの時は、ようやく安息に満たされていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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