●恋する石像 「石男(いしお)さん、まだかしら……」 真っ赤な月が照らす広場で、『一体』の淑女が身をひねり、自分の装いにおかしなところはないかと確かめている。 彼女には、腕がない。上体は素肌を月夜に晒していて、豊かな腰から下にだけ布が巻きついている。 ……ミロのビーナス像。そのレプリカである。それが動いている。 「おお~~い、石子(いしこ)さぁ~~ん!」 がしんがしんがしんと地面が揺れた。 凄まじい勢いで広場に駆けこんでくるのは全裸のたくましい男性像だ。 ダビデ像。そのレプリカである。本物と同じく高さは4mを超える。 「やん! 石男さん、待ってたのよぉ~ん」 ビーナス像が小躍りして身をくねらせる。 「ははは、ごめんよマイスイートハニィー!」 ダビデ像がビーナス像を抱き上げた。 「はははそーれ~!」 「やぁん、石男さんったら~」 回っている。くるくる回っている。 周辺に目に見えない花が咲く。お花畑である。 「愛してるよ、石子」 「愛してるわ、石男」 そして二体はぎゅっと固く――それはもう固いに決まっているのだが――抱き合って口づけをかわした。 「石子~~~」 「石男~~~」 そして。 二人を中心に桃色のまばゆい光があふれだしあっという間に広場を包み込み、爆発した!! ――あんぎゃー あんぎゃー―― そしてそこに響くのは、新たなる命(石製)の産声……。 ●意外とシャレにならない 前略。なんだこれ。 「えーと、ですね……」 資料を配布する『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000018)も歯切れが悪い。 「えーと。呼称、というか自称『石男』と『石子』です。御覧の通りエリューションゴーレムでともにフェーズは2です。なんでまたこんな感じに革醒したのかわかりませんが、ともかくこの二体は愛し合っています」 あいしあってるのか。……で? だから? 「しかしこの二人が接触して『合体』すると、現場に爆発とともにより強力なエリューション――子供でしょうかね――が誕生する、と万華鏡は予測しました」 それは……止めなきゃいけないんだろうな、やはり。 「しかも場所が都市部の真ん中の小さな公園なんですね。周辺の封鎖は行いますが、『子供』が誕生した場合それを超えて活動する危険性も考えられます。一般市民の危険を避けるためにも、必ず合体を阻止しなければなりません。みなさん、くれぐれも気をつけて、無事に帰って来てくださいね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:juto | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月16日(金)21:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●それぞれの見解 月が赤い。 赤い月が公園を照らしている。 ふと強い風が吹いて、ブランコがきいきいと揺れた。 寒い。 予定より早く着いた。 リベリスタ達が公園の中央に、来訪する筈の石像より早く集まっている。 ……実はもう30分近くも待っている。 繰り返しになるが、寒い。 ついつい、今回の任務について無駄口をたたき合う流れになる。 「そういえばどこの美術館から逃走してくるんでしょうか……。壊してもアークがフォローしてくれますよね」 先に話し始めたのは『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)だ。話を続ける。 「そういえば『石女』と書いて『うまずめ』と読みますね。言霊に反しています」 なにしろ今回現れる二体のエリューションゴーレムは、融合すると巨大な子供を産むというのだ。 「岩のあかちゃんは少しだけ見てみたいのだが……かわいいのかな?」 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)がのんきなことを言った。名前はいかついがお下げ髪のちょっぴり照れ屋な少女である。 「動く非常識ことエリューションどもにかわいいもなにも無かろう。非常識には自重させるだけだ」 厳しいことを言ったのは『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)だ。やたらと女性が多い今回のメンバーの中でも一番小柄である。 動く非常識、という言葉に『捻くれ巫女』土森 美峰(BNE002404)が軽く吹き出した。 「違いない。ほんと、なんつー革醒のしかたしてんだろうな」 「なにしろ石像の愛、ですからね。……まあなにはともあれ成就させるわけにはいきませんし、その愛は私たちが全力で否定します」 雪白 桐(BNE000185)は背に負った長大な剣『まんぼう君』を抜く。青白い刀身に赤い月が映った。そろそろ敵も来るだろう。 「そうそう。神は言ってる。愛する二人にいつでも試練はつきものだと!」 『素兎』天月・光(BNE000490)がぴょんと跳ねる。頭で揺れた耳は、なんとなくとってつけた感じである。 「愛……妬ましい……」 冷たい風が吹き抜けると同時に、地を這うような低い呟きが流れた。一同ぎょっとして呟きの主――風見 七花(BNE003013)を見る。 「……じゃなくて忌まわしき悪です。ひどいことになる前に悪しき芽は刈り取ります」 と、なにごともなかったかのように言いなおした。 「えっと……うん……まあ……強力なエリューションが生まれないように頑張りましょう、みなさん」 『不屈』神谷 要(BNE002861)がそうまとめたが、なんとなく心なさげなその言葉の裏には、(あほらしいなあ……)という思いが色濃く表れていた……。 ●愛し合う二人とリベリスタ やがてその場に、石子ことビーナスの石像が先に現れた。どういう仕組みになっているのか足元に巻いた布に優雅なドレープを揺らしていそいそと公園内に現れる。 さすがはビーナス像だけあって、その歩みは優美なものである。 「石男さん、もう来ているかしら……あら?」 歩みが止まった。『彼女』から見れば、約束の場所に八人の見知らぬ人々がいて、なぜか一斉にこちらを見ているのである。なお、自分の様な石像が動きまわっていることが異常だという認識が、そもそも石子にはない。 「こんばんわ。ごきげんよう……あなたがた、どなた?」 リベリスタだ、と名乗っても通じるまいと思ったのだろう。捻くれ巫女が実に簡潔な答えを返した。 「愛する二人を引き裂く悪魔だよ。……もう面倒だからそれでいいや」 「な、……んですって……?」 リベリスタ達がざっと展開する。石子に対して矢面に立つのは要と真琴のクロスイージス二人だ。雷音と美峰が後退してその後衛を務める。桐、ユーヌ、光の三人はそこからさらに下がって石男を待ちかまえる。 待ちかまえるとすぐに、来た。 「おぉおおおおおい、石子さぁぁぁああああん!!」 ずしんずしんと重い音が響く。身長4mを超える全裸の青年像が手を大きく振りながら爽やかに駆けてくる。悪夢的な光景である。 「おお! 石子さん、君は美しい……と、一体これはどうした事態だ?」 「二人を邪魔しに来ました」 桐が告げた。 「なんだと? ゆるさん!」 良い反応である。 戦闘開始! 「ねえ、あなたたち……通して。お・ね・が・いv」 石子は裾を持ち上げて、美しいふくらはぎをのぞかせた。と、裾から桃色の香気が溢れだして後衛までを包み込む。 そして。 なにも起きなかった。 「あ、あら? どうしてかしら」 「どうしてもなにも、なにがしたいんですかあなたは」 要が代表して尋ねた。 「なにをって……あなたたち、こう、私にぐっとくるとか、美しさにメロメロになるとか、しないの?」 「そう言われても……」 色香で魅了しようとしたのはわかったけど、私たち、女性ばかりだし。 「あなたたち、サッフォーの詩は読まないの?」 サッフォーは古代ギリシアの女流詩人で、一説には同性愛者であったと言われている。要はビーナスの美しさの前には性別なんて、と言いたいのだろうが……。そんなことを言われても、その、なんだ、困る。 「……気を取り直して、行きますよ」 「ええ!」 二人のクロスイージスが二人ともに手にして武器で十字を切る。不可視の力が彼女たちを包み込み、鉄壁の防御力を与える――。 「來來氷雨!」「天空の双子よ来たりて踊れ。チェインライトニング!」 雷音が氷のつぶてを呼び出し、七花は荒れ狂う雷を招く。 二つの大規模魔法が重なり合い、静かだった公園は一気に暴風渦巻く修羅場となった。 ばちっ! ばちんっ! と、石子の、石男の、肌を魔法の力が撃つ。 「ひゅーっ。派手だなあ。あたしは地味に守護結界っと」 美峰が手早く印を切り、全員を守りの力で覆う。今回のミッションの肝は石像二体を接触させないことにあるので、なによりも守り立ち続けることが肝要だ。 「うおおおお、石像旋風脚!」 ダビデ像がその筋骨隆々たる長い脚を凄まじい勢いでぶん回した。旋風脚というよりもはや岩石独楽である。 「しゅっ」 ユーヌが鋭く息を吐いて最小限の動きでこれをかわし、お返しに回転の中に攻性の呪符を叩きこむ。 「へっへー。当たらないよーん。どうしたどうしたー」 光は兎の敏捷性を目いっぱいに駆使し、体操風の大げさな動きで石男の周りをぴょこぴょこ飛び回る。別にふざけてやっているわけではない。もっとも回避を得意とする自分に攻撃を引き付けるのが狙いだ。ついでに細剣でちくちくと石像の表面を削る。 ――がつっ! 旋風脚が桐に命中した。といっても盾にした剣越しにである。 「――つっ」 「むう。我が鍛え上げた蹴りで倒れぬとは、驚いた少女たちだ!」 「男ですよ」 どうでもいいけど、という程度の軽さで桐が訂正した。 「ぬ? 誰がだ?」 「私です」 「……ウソだろう」 桐の容貌はそれこそ可憐な少女といっても通る代物である。加えて服装の性差に頓着がない。 「おお、なんという性の乱れ!」 「全裸のマッチョには言われたくないです」 がつん。お返しの斬撃が叩きこまれた。 ●青年と乙女の主張 激しい戦いが繰り広げられる。なにしろ相手が石だ。攻撃の大半はがつがつという重い打撃音を生み出す。剣も敵を両断するには至らず、がりがりと耳障りな音を立てて表面を削って行く。加えて雹と雷が公園に吹き荒れている。ブランコがガシャンガシャンと踊り、滑り台の座面がぼこん! と音を立てて凹んだ。 石像は息が上がることがないからだろうか。戦いながらよくしゃべった。ひっきりなしにリベリスタ達に問いかけてくる。例えばこんな感じ。 青年(身長4m)の主張。 「なぜだ! 君たちの鍛え上げた戦いぶりには美を認めよう! しかしなぜ愛し合う我々の邪魔をするのだ!」 そう言って血の涙を流しながら、当たればタダでは済まない石像パンチや石像キック、前衛をまとめてなぎ払わんとする石像旋風脚を次々に繰り出してくる。 「障害を乗り越えてこその愛でしょう? 私たちを倒して向かったらどうです」 桐の斬撃も威力では負けていない。加えてがすがすと当たりまくる。ただ石像は丈夫なのでなかなか勝負が決しない。 「仮にもダビデだろう?悪魔を御して愛を取り戻すぐらいはいってみろ~」 兎さんこと光、ぴょんとローキックを飛び越え、続けてきたパンチには器用に空中で体を縮めてかわして見せた。 「鈍重な奴。配役がまるで逆だな。ゴリアテのように果ててしまえ」 回避の巧みさではユーヌも劣らない。加えて駆使する陰陽術はしばしば『ゴリアテ』呼ばわりされた巨大な石像を縛り付けた。そのたびに石男は馬鹿力で呪縛を振りほどくのだが、手数は確実に減らされている。 「そもそも石像がラブラブなんて生意気……」 ぼそっとつぶやく七花。普段頼りなさげな少女が今日はなんとも黒い。黒いがその呟きは駆使する雷の音にまぎれて他の者の耳には届かない。 「はいはい悪魔悪魔」 そっけなくそれだけいって複雑な呪印を組む美峰の周りは大変なことになっている。漆黒ながら姿かたちはそっくりな『影人』、その数実に4体。それらが一斉にそして立て続けに石子に攻撃を放っているのである。 「キミたちが愛し合っているのは存分にわかるのだが……神秘は秘匿されたままに、申し訳ないが、ここで壊れてもらう」 雷音が一時的に下がって来た真琴に治癒の符術を行使する。歴戦の中で何度も使ってきた術だろうが、それでも彼女の手順はあくまで慎重かつ丁寧である。 「お願い……」 石子がうつむいて囁いている。 「お願いよ……あの人に触れさせて……」 言いながらその裾からはどこから生えているんだかわからない石製の馬の足が飛び出して先ほどからリベリスタ達を蹴りたくっている。そしてそれだけではなかった。 「石男さん。石男さああああああああああん!!」 目の前のクロスイージスが要一人なのを好機に、突如彼女は突進を始めた。なんと馬の足が四本同時に突き出して、ばっかばっかと走り始めたのである。これにはリベリスタも虚を突かれた。だが。 「邪魔よ! どいてええええ!」 頑強とは言えない後衛たちに『ケンタウロヴィーナス』が体当たりをかまそうとしたところで、要がそれを体全体で受け止めた。 「ぐうっ」 予想以上の威力だった。要の口から血がこぼれる。だが、退かない。 「そちらの愛も譲れないのでしょうが……こちらにも、護る覚悟があります!!」 「なによこの女、きいいいい!」 喚き散らす『ヴィーナスだったもの』。 「馬脚を現しましたね。いきます」 真琴の斬撃は、散々に疲弊していた石像への、とどめの一撃となった……。 「うおおおおおお! 石子! 石子ぉぉぉぉぉおおおお!」 石子が砕け散るのを見ると、石男は狂乱した。荒れ狂った。がむしゃらな突進を繰り返し、怪力無双の手足を無茶苦茶に振りかざして暴れ回った。 しかし八人体制になったリベリスタ達はそれに組織的に対応していく。危険性が皆無とは言えない以上、石子の破片にだって近づけてやるわけにはいかない。体で止め、式神の鴉を駆使して目標を失わせ、次々に斬撃と魔術を叩きこむ。 「己貴様ら。一人ずつ順番に殺してくれるぅぅぅうううう」 石男は『ゴリアテを殺す投石』の大きな構えに入ったがそれがとどめになった。 「うわ。丸見えすぎっ」 光が軽捷にその軸足を駆けあがると……大きく広げた股の間に、『必殺』の蹴りを叩きこんだのである。 たまろうものか。丸出しなのである。ピキ、と致命的な音がすると、 「ぐおああああああああアーッ!」 石男もまた、砕け散った……。 二体の破片は、アークの科学者たちの手で危険が去ったことが確認されたのちに二体分一緒に埋められた。 そこに墓参りをしてやるリベリスタもいたという。 見ると、小さな花が一輪、うつむいて咲いていたそうだ。 ともあれ、リベリスタ達の勝利である。 fin |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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