●散りて銀色 あの山の奥の奧の奥には桜が咲いているらしい。 季節外れの満開桜。 世にも奇ッ怪なそれは、更に奇ッ怪な事に銀色の花弁をしているのだという。 嘘か真か。 嘘か真か分からぬ出来事には良くある話。 『確認しに行った者が行ったきり帰って来ない』―― ――銀の中、二つの目玉が睥睨して、居る。 ●寒色 モニターに映る銀の光はブリーフィングルームを不思議に仄明るく。 「サテ……皆々様こんにちは、メタフレフォーチュナのメルクリィですぞ」 そう言って事務椅子をくるんと回しリベリスタ達へ振り返ったのは『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)。そのメタリックな指には何処ぞで買ってきたのだろうチープな造花の桜枝が一つ、握られていた。 「桜――薔薇科の落葉高木。多分、嫌いな方はいらっしゃらないかと。 毎年の春に花を付ける桜ですが、なんとこの冬真っ盛りの時分に満開の桜が出現しました」 それがこちらです、とメルクリィが背後モニターを視線で示す。 ――山の中、ポッカリ開けた所の真ん中に、一つ。 銀色の花弁をいっぱいに開かせた桜だった。 だがリベリスタ達は一目で理解する。エリューションだ、と。 「E・ビースト『銀桜』、ご覧の通り桜のエリューションですぞ。 フェーズは1、動く事はありませんし、近寄っただけで何か大変な事が起こったりする事もありません。 皆々様にはこの討伐をして頂きたく思うのです――が」 言葉を切ったのと同時、モニターを操作する。 それは銀の花弁の中だった。 睥睨。 枝に立つ一つの影、銀色の夜叉。 まるで近寄る者は許すまじと周囲を威圧するが如く、銀の桜吹雪に包まれた景色を見澄ましている。 「ノーフェイス『銀桜夜叉』、フェーズは2。 どうやらこの銀桜に深い思い入れがあるようでして……常に銀桜の傍に居て、銀桜に近寄る者、ましてや傷つけようとする者に対し激しい攻撃性を見せます。 皆々様には銀桜に合わせこの銀桜夜叉も討伐して頂きますぞ。 ……それにしても、どちらかがどちらかの革醒を促したのか、偶然に巡り合わせたのか。真相は不明ですけど――まァ、分かったからって何か出来る訳でもないんですけどね。 おっと話が逸れましたな。何が言いたいかというと、このノーフェイスは銀桜を攻撃した者にだけ凄まじく殺傷力の高い攻撃を繰り出すようでして。お気を付け下さいね。 それ以前に銀桜夜叉の個体能力は非常に危険なものです。特に攻撃力ですな。近距離遠距離単体複数範囲何でもござれ、状態異常を付与するモノも有り」 油断は禁物ですぞと釘を刺す。任せてくれと頷き返す。 「次に場所についてですが……もうご覧になってますよね。足場も視界も安定しております、超大規模な山火事だとか尋常じゃない大噴火とかでも起こらない限り一般人も来ません。思いっ切り戦えますぞ。 以上で説明はお終いです。宜しいですか?」 膝上に造花を置いたフォーチュナがニッコリと凶相を笑ませて一同を見渡した――相変わらず極悪フィクサード顔負けの顔面凶器だ。本当に非戦闘員なのだろうか。 「……宜しいですか皆々様?」 おっと。 「それでは行ってらっしゃいませ! ファイト一発フェイト激烈ですぞー。フフフ。」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月24日(土)23:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●壱景 銀色、だった。 夜空に満ちる光が。ひらりひらりと舞う花吹雪が。 枯れ木に花を咲かせましょう 朽ちる定めを受け入れて 咲き誇る花を愛しましょう 名は体を現す。『枯れ木に花を咲かせましょう』花咲 冬芽(BNE000265)は己が名『花咲冬芽』として銀桜夜叉の気持ちがわからないでもないけれど。 「おいで、ゲーテ」 マリオネットを操るが如く、手を翳せばスルスルスルリ――足元からぬいぐるみの様な姿をした影の従者。手を繋いできっと前を向いた。 ざぁっと一陣の風が吹く。木々が揺らめく。銀が舞う。リベリスタ達を包む。 「わ……綺麗……」 靡く髪を掻きあげて。『ルーンジェイド』言乃葉・遠子(BNE001069)は眼鏡越しの銀景に思わず二色の双眸を細めた。 けれど、桜の木には鬼が住む。まるで幻想小説の一節のよう。 脳味噌を超集中状態、前衛陣にはオートキュアー、初撃を確実に当てるべく重ねる集中。準備は万端、本当なら戦いなんてせずに……なんて思うのは片桐 水奈(BNE003244)も同じであった。 「折角咲き乱れた桜を散らして来いだなんて。メルクリィさんも無粋なお仕事を『見』つけてくるものね」 白水の髪を桜吹雪に揺蕩わせ。長い睫毛に縁取られた水面の瞳は憂いを帯びていた。それでもやらねばならない。体内魔力を活性化させた後に、皆へ翼の加護を。 「季節外れの満開の桜。これが本当の狂い咲きなのでしょうか」 物騒な方がいなければ堪能していきたい風景です、と風見 七花(BNE003013)は自己強化を施しながら手筈通り仲間とは距離を取る。機械の右手を人知れず握り締めたのは、視線の先に在る銀桜から絶え間なく殺気が刺し向けられているから。 「夜叉がなぜ桜に固執するのか……」 仲間達を護る城塞が如く、『鋼鉄の信念』シャルローネ・アクリアノーツ・メイフィールド(BNE002710)が立ちはだかる。余計な勘繰りは無粋か。 「美しいが……このままにしておくわけにはいかない」 『桜とそれを護る夜叉を撃破する』ただそれだけの事だが、シャルローネは桜と夜叉の想いが解放されてくれることを願ってやまない。戦闘の為、意識を集中させる。 (桜には興味ないが……夜叉との戦いは久しぶりに楽しめそうだ) 全力で相手させてもらう。『名も無い剣士』エクス キャリー(BNE003146)は全身に戦気を漲らせ鋭く輝く双剣を構えた。彼女にとってチラホラ舞うこの銀は単なる視界の邪魔と言っても過言ではない。 銀色――花と雪と月光を一つに体現した様な。 くすくす。禁書アイネ・ファイゲで顔の下半分を隠し『敬虔なる学徒』イーゼリット・イシュター(BNE001996)はその下で咽を転がす。殺意を殺気を肌で感じ取りながら体内魔力を活性化させ、分厚い禁書を徐に開いた。 「とっても興味深い。夜叉さんの気持ちも分かるけど……でもね、私の思い出になりなさい」 言い放つ。直後。一閃の蒼銀が銀桜目掛けて駆け抜けた。 斬禍之剣を構えた剣士『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)である。 銀の桜、銀の夜叉。 夜叉は桜にどんな想いを抱いてるんだろう。 (きっと守るだけの理由が、想いがあるんだよね) それでも、あたし達は討たなきゃならない。桜を、夜叉を。 身体のギアを高めた霧香の視線の先には銀の華、それから一気に跳躍して飛びかかってきたのは――銀桜夜叉であった。 ――せめて戦いの中で、その心を知れたら。 禍を斬る音速の刃を煌めかせる。 ●銀色の中で 銀の桜が舞い散る中、激しい攻防。霧香の剣が凄まじい速さを以て夜叉を鋭く切り裂く。 散る赤の飛沫――しかしその手応えに霧香は内心で眉を顰めた。浅い。狙う一撃を紙一重で微々たる傷に済まされている。 薙ぎ払われた火を纏う豪爪を剣で防ぎ飛び退けば、今度は双剣のエクスが一つに纏めた金の髪を靡かせて。吶喊、雷刃、電撃、胴を貫いた夜叉の雷撃に一瞬視界が白んだ――全身を駆け巡る電気、熱い、血管が焼き切れる、歯を食い縛る――それでも直撃は辛うじて免れる。 「はァッ!」 振り下ろす双刃は激しい稲妻を、それこそエクス自身すらも焼く威力を伴って落とされた。集中されたその一撃は確かな感触を持って夜叉を圧し遣る、後方へ跳ぶ異形の脚へエクスと同じく集中を重ねた遠子が気糸を放ち穿った。 一瞬、崩れる夜叉のバランス――しかし七花がマジックミサイルを放った頃には異形は姿勢を立て直し、飛び掛かる霧香の頭を掴むや集中を重ねていたシャルローネへ投げ付けた。 「ッ!」 「く、……無事か霧香」 「うん大丈夫、ありがとっ」 咄嗟に受け止めたシャルローネへ霧香は礼を述べるとすぐに視線を夜叉へと戻した。遠子の気糸により狙いを彼女に定めた夜叉は氷の棘を召還し遠子を追い詰めていた。遠子の悲鳴と、血。させるかと降り注ぐ後衛陣の魔法。飛び掛かって行くエクス、続く前衛陣。 「花は見られる為に綺麗に咲くというのに、それを邪魔するという貴方も無粋ね。 ──尤も私達の目的を考えると妥当な反応かもしれないのだけれど」 激しい戦闘を繰り広げる仲間達。それを見守り、一歩前に出た水奈の薄紅の唇が詠唱を紡ぐ。癒しの祝詞。 「我が声に応えよ。汝の子を愛せ。――聖なる奇跡を、此処に!」 奏でる歌は柔らかく心地よく至上の旋律を以てリベリスタ達を癒していった。回復の務めが済めば水奈は飛び下がって夜叉の射程から逃れる。自分は絶対に倒れる訳にはいかない、唯一の回復手だから。 強敵――荒々しい夜叉の一手一手にその激しい殺気が凝縮されている様な。 何故こうも怒れるのか?何故この桜の為に? 夜叉を注意深く観察していた冬芽はゲーテに身を護らせながら飛び退き、そんな事を思った。 (夜叉……大切な物を守り、害なす人を狩る神霊にして鬼神っていうのが元々の起源だっけ) 来るよ、と仲間へ注意を促しながら。視線はじっと銀の夜叉。銀の吹雪が舞う野原。 あの異形は、銀桜夜叉は、自らを自然の化身として置き桜を守りたかった『誰か』の成れの果て。 (だけど神秘を捨てた現世に夜叉は必要ないよ) そこに至った所以も、何もかも、自分にはわからないけれど…… 「せめて、その血で彩ってあげる。舞散る銀の花雨に貴方の紅を散らして本物の桜としましょう。 全ては一夜の人の夢。全て――私が愛してあげる」 冬芽の腕にゲーテが絡み付く。振り上げる破滅のオーラを増幅させる。黒。 振り下ろした。落とした。陥とした。 鈍い音――夜叉がぐらつく。すかさずイーゼリットが魔曲を命中させるが、夜叉はいまだ健在。周囲に氷棘を発生させてエクスと冬芽を激しく攻撃する。飛んでくる魔法へ雷を放つ。 ふーーっ……夜叉が噛み合わせた歯列から血混じりの息を漏らした。ギラつく目線。シャルローネを見据えた。しかし彼女は微動だにせず、全く動じす、冷静に集中を重ねていく。 「確実に一撃を叩き込む……今はそれだけに集中する」 目を閉ざして深呼吸。爪に割かれて鍛え抜かれた体躯が血に染まっても、落ち着いて胆に力を込めて――開眼と同時、宙に跳び上がった! 「貴様と桜にどんな因果があるか分からんが――打ち砕かせてもらう!」 威風堂々、見上げ目で追った夜叉を刹那に怯ませる程の気迫。そこには前転宙返りの要領で鋼に包まれた脚を掲げるシャルローネの姿。 気高き信念を秘めた魔落の鉄槌が、重力と回転力を得た驚異の踵落としが、夜叉に直撃する。脳天を揺さぶる凄まじい衝撃に耐え切れず夜叉が地に伏した。 その間に冬芽は腹に突き刺さっていた氷の棘をゲーテに引き抜かせ血穴をフェイトで修復し、エクスもまた運命を消費して剣を地に突き起き上がる。 「まだまだ……この程度では満足できないな」 闘争を。戦闘を。刃に雷を、貪欲に飛び掛かる。 ●赤と銀 激戦は続く。一秒が何分にも感じる刹那。 散開して複数攻撃に巻き込まれないようにする戦法は確かに吉と出たが、『一人一人を確実に攻撃する』という戦法の前にはどうしようもなかった。 「くッ……」 フェイトを使う者が、倒れる者が、また一人。それでも被害が最小限なのは互いに連携良く庇い合ったからか、回復手の水奈目掛けて飛びかかろうとした夜叉の前に立ちはだかったシャルローネも遂に倒れる。 (桜の化身とかならよく燃えるかも) 狙われ全力防御する遠子をフォローする様に七花の詠唱が火柱を生み出し、夜叉を業火で激しく焼いた。 「静寂が相応しいんでしょうね。無粋でごめんなさい」 集中しながら後退していたイーゼリットが禁書アイネ・ファイゲの頁を捲り呪文を唱える。四つの歌、魔を穿つ死の歌。 爆炎。爆風。銀桜が揺らいで、いっそうの銀が空に散った。 「ねぇ、」 その中から姿を見せた夜叉へ、霧香は斬禍之剣を油断なく構えたまま。 「……貴方はなんでこの桜を守るの?」 言葉が通じるか分からないけど。守る意味、戦う意味、それをしっかり受け止めた上で、戦いたい。 答えは無い。声なき声と共に振り払われた爪を答えと呼ぶのなら返事はしたという事なのだろうが。 構わず、剣で攻撃を受け流しつつ――或いは切り裂かれつつ、切り返しつつ、霧香は続ける。 「銀色の桜、綺麗だよね。あたしは好きだよ。もし、貴方にこの桜との思い出があるなら、あたしはそれを知りたい」 「……ちかづくな わたしのたいせつな――」 裂けた口からそんな言葉。何が、何故、如何して、真相は未だ不明瞭ながらも、これだけは分かった。 この夜叉は命を引き換えにしてでも銀桜を護りたい事を。 刹那、霧香の幻影剣に切り裂かれながらも夜叉は彼女を掴み、頭から強引に地面へ叩き付ける。立ち向かう冬芽を思い切り蹴り飛ばす。後衛陣を睨みつけた。 「っ……!」 マズイ、と思う。ゾクリとする。前衛陣の崩壊、後衛陣も軽傷の者は殆どいない。気糸と魔砲によろめきながらも放たれた雷撃が更にリベリスタを沈める。それでも水奈は懸命に歌う――何度も歌う。声が枯れるまで。 運命を燃やし、決死の覚悟で立ち上がる仲間達。あぁ、一秒でも早く癒さねば。戦線が瓦解しきる前に。冬の冷たい空気を吸い込み、水奈は再度歌おうとして―― 「待機なさい!」 凛然、イーゼリットの声が夜に響いた。 夜叉は全て、おそろしい攻撃だけれど。 あくまで私は後衛だけれど。 みんなやられちゃったらお話にならないの。 皆の視線、あるいは夜叉の殺気の目をその身に受けつつ表情を変えず、敬虔なる学徒の紫瞳が禁書に照らされる。 血の気の薄い唇が呪文を紡いだ。 魔法陣が浮かび上がった。 次の瞬間だった。 銀桜の枝を掠めたイーゼリットのマジックミサイル。 「!」 驚愕。イーゼリットの薄笑い。月光、激昂、目の前に迫る夜叉を映し。 来るなら来い。血に塗れ、血に濡れて。 リベリスタだもの、分かってくれるでしょ。 ただの一瞬の隙を作るだけ。引き換えの八つ裂き。 後衛の体力なんて、塵ほどのものだけれど。 リソースは、全て使うべきでしょう? 「こんなこと似合わないのに、バカみたい」 ごぼり、血を吐き。自嘲。 腹に突き刺さった夜叉の腕を掴んだ。 掴んだまま、切り裂かれ八つ裂かれ、絶対に離すか。喰らえ。零距離の魔曲。 炸裂する四つの閃光。霞む、消える、意識。 「――絶対倒しきってね」 霞む、消える、意識。 それでも手は、学徒の手は、爪が剥げようが指が折れようが腕が拉げようが夜叉を離さない。 絶対倒し切ってね。絶対とは絶対、絶対的に絶対なのだ。 視線の先には幾つもの影。回復し持ち直した仲間達。夜叉の背後から。 「……!」 振り向いたが片腕はイーゼリットが離さない。更に視線の先の先には銀桜――それを背にして立つ水奈の姿。 (卑怯なのは勿論理解しているのだけれどね) 硬直の一刹那、直後立て続けにリベリスタの技がクリーンヒットした。 夜叉が吹き飛ばされる。フェイトを燃やして踏み止まったイーゼリットに水奈はすぐに天使の息を飛ばした。 「ッ、」 血に染まる夜叉。降り注ぐ桜の中。銀の中。立てば、真正面に斬禍の剣士。 「まだ、あたしの剣は折れてない!」 音速に閃く斬禍之剣。 舞い落ちる銀の花びらが赤に染まり、二つに裂け……地に、落ちた。 ●櫻景 銀桜夜叉が頽れた。 咽からは血混じりの掠れ呼吸、立ち上がろうと地を掴む手に脚に力は無く。 今も尚、流れ出る血と共に失われつつある。 あと数刻もすればこの異形は絶命する。それは誰の目にも明らかであった。 「……。」 死期を悟ったか。夜叉の虚ろな視線はただ、銀桜へと。今もその身へ花弁を散らす奇跡の桜へと。 霧香はその傍にて、静かに佇んだ。 「あたしは忘れないよ。この銀の桜と、それを守ろうとした貴方の事を。 ずっと覚えてるから。こんなに美しい桜があったんだって、覚えてるから」 だから。 「……おやすみなさい」 その声を最後に、静寂。 一陣の風が吹いた。 さて、残るはあの桜だけ。散らさなければならない。 だが。 「その前に少しだけ楽しませて貰えると嬉しいわ」 折角咲いたのに楽しんだのが一人だけでは浮かばれないでしょう?そう言った水奈の言葉に反論する者等いるだろうか。誰もが頷いた。 かくして重傷者は先にアークへと任せ、残ったリベリスタ達はささやかながらも銀の桜の下で季節外れのお花見を。 月明かりと、冷たい夜風と、舞散る花、舞踊る夜叉を思い出しつつ。 冬芽はただ、黙って花々を見上げていた。手に持つ温かいお茶が悴む指を温めてくれる。嚥下した饅頭はほの甘く、思わずほぅと息を吐けば心地良さに目を閉じた。 七花は幻想的な風景を写真に収めるべくカメラを手に様々なアングルから撮影を、他の面々も茶菓子を共に不思議な花見を。 「本当に綺麗……」 遠子もただ見蕩れる他になかった。鬼を引き寄せてしまうのも分かる気がする。いや、あれは引き寄せられて発生したもなのか? ふと湧いた疑問。夜叉が桜に執着した理由は銀桜の美しさだけが理由ではないのかも。思い立てば遠子は腰を上げ、少し辺りの散策を始めた。 そしてそれはすぐに見付かる。明確な理由かどうかは分からないが、おそらく重要な手掛かりと思われるものを。 拾い上げたそれはボロボロに朽ちた木札の様な。桜の根元に。土を払ってみる。 『__ココニ眠ル』 掘られた文字。欠落した個所はあるけれど。良く聞く都市伝説――桜の、木の下。 あぁ、そうか。そうなのだろう、きっと。 まるでどこかの小説のような、お話。 「ごめんね……」 呟いた。銀の幹に額を寄せて。 ●終景 「さ。終わらせましょ」 花見もお開き。武器を構える皆の前に銀の桜。 ある者はお礼の言葉を。謝罪の言葉を。 イーゼリットも静かに呪文を唱えた。少し気が重いけど全力で。 「散りなさい。私、覚えていてあげるから……」 浮かび上がる幾つもの魔法陣、閃く剣閃、――火柱。 燃える。燃えて、逝く。 桜は、散る姿も美しく。 最期までしっかりと目に焼き付け、霧香は心に刻み込んだ。 この銀桜と、それを守ろうとしたあの夜叉を忘れない為に。 散る。 最期の、一片が。 それは柔らかく遠子の掌の上。 これで押し花の栞を作ろう。 二度と会う事ができないなら、少しでもこの美しさを手元に留めておく為に……。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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