●承前 誰か、私をここから出して。 早く、私を見つけて欲しい。 そうずっと願い続けていたけれど、叶わなかった。 もし許されることがあるならば、ひとつだけ。 たったひとつだけ、願いをかなえて欲しい。 私の全てを滅茶苦茶にしたこの男に。 復讐を。 ●依頼 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は静かな口調で話し始めた。 「気分の悪い依頼だ。10代の女の子が殺されて、海の底へと捨てられてしまった」 眉を潜めたリベリスタ達に向けて、伸暁はできる限り抑揚を抑えた口調で話し続ける。 「『助けて欲しい』。その願いは生前には叶えられず、皮肉にも彼女の死んだ後に訪れた。 彼女はエリューションアンデッドとして復活し、自分を殺した犯人へ復讐に向かう」 暗い海の底から脱出する為に、彼女はアンデッドなってからもフェーズの進行を待たなくてはならなかった。 時が過ぎ、充分な力を得た彼女は海の底から這い出て、犯人の家へと向かう。 「依頼内容はこのエリューションになった女の子を倒す事。 明日の夜。彼女は復讐に犯人の家へと進入し、犯人とその家族を虐殺しようとするだろう。 その前に港へ姿を現した段階で相手してくれ。復讐が果たされる前に」 彼女が沈められた港から、犯人の家まではかなりの距離がある。 アンデッドと化した彼女の変わり果てた姿は多数の一般人に目撃され、駆けつけた警官をも巻き込む騒ぎに発展するらしい。 港に出現した時点で倒してしまえば、それは回避できるだろう。 だがその結果。犯人には何の制裁も与えられないまま、逮捕までの期間は野放しになる。 何の罪もなく殺された人間を倒し、人殺しの一般人を護るという不条理さ。 これを気分の悪い依頼と言い切った伸暁の表情は硬く、その感情を読み取ることはできなかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ADM | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月20日(火)22:48 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●告白 深夜、冬の漁港――。 港へと上がってくるエリューションアンデッド、『赤塚冬子(あかつか・ふゆこ)』を待ち構えていたリベリスタ達。 やがて淵に手が掛かり、海水でずぶ濡れの長い髪の女性が昇ってくる。 その表情は黒髪が顔を覆っていて窺えないが、瞳は完全に紅く染まり、得体の知れない恐怖が感じられた。 震えるようにして、その身体を起き上がらせた冬子。 「さ、寒い……海の底は、暗くて、冷たくて、寒いわ…………」 最初に震える彼女へと話しかけたのは、先頭に立っていた桐生武臣(BNE002824)だった。 「冬子さん、だな……行かせる訳にはいかない」 「あ、あなた。誰? あ、私、行かなくちゃ」 武臣は冬子の目の前に立ちはだかる事で、彼女の注意を引き付ける。 他の仲間達が冬子と対話する間、できるだけ攻撃を武臣が請け負うつもりだった。 後方にいた『銃火の猟犬』リーゼロット・グランシール(BNE001266)は、自身から語ることは何も無いと考えている。 与えられた任務を速やかに遂行する事以外、今回彼女が何か行動するつもりはなかった。 同じく後列で狙撃の準備を進める『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)も、やはり無言のまま。 憎しみに彩られた偽りの生から、冬子を解放する事。自分達が出来ることはそれ位だと感じているからだった。 『言霊オペレイター』マリス・S・キュアローブ(BNE003129)は後列から、哀しげな視線で冬子を見つめている。 (なんとも切ないです、悲しいです……。彼女の痛みを、想いを、誰も知らない) やりきれない思いを抱えながらも、彼女は集中へと入る。冬子を止める為の策を用意する為に。 マリスの隣で強結界を張り、人払いを済ませた『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が冬子へ語りかけた。 「君は、もう自分が死んでいることを知ってるのだな?」 「死んだ……そう。だから……私を殺したアイツに、これから復讐するの」 途切れ途切れの冬子の口から伝わる、強い殺意の塊を感じる。 だがそれはリベリスタ達へではなく、自身を殺害した大沼極(おおぬま・きわめ)に対してだと一行も承知していた。 雪白桐(BNE000185)は、武臣の右手側へと回り込んで冬子の行く手を阻む。 「復讐したい気持ちは判りますが、叶っても報われませんよ」 遂げたい気持ちは桐にも良く判る。しかし冬子の復讐を成就させずに神秘事件を解決するのが、リベリスタ達の使命だった。 一方で武臣の左手側、桐と反対方向から包囲に回った『恐怖の象徴』ヘノシディオ・R.I.P・キリングイーター(BNE003239)。 「君は死して尚、苦しんでいる! 苦しみに塗れながら彼を殺そうとしている。 しかしどうかね。殺したら、彼はそこで終わってしまうではないか。君の苦しみに比べ、釣り合わんと思わんのかね!?」 双方からの言葉に、冬子は理解できないと言った表情で首をぎこちなく横に振る。 「ダメ、ダメなの。私は、アイツを殺す。それしかないの」 彼女の死した身体を動かすのは、ただひとつ『復讐』のみだった。 死者は墓場に返さないならない。一族の掟を忠実に守る『墓守』アンデッタ・ヴェールダンス(BNE000309)は、静かに語りかける。 「僕が受け止めてあげるから、聞かせて? 殺された時の君の怒りを、悲しみを。全部、全部受け止めてあげるから」 仲間達の守護を唱えるアンデッタの隣で、『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)はICレコーダーを取って録音を始めていた。 (憎しみの感情だけ抱いたまま、再び死ぬなんて私としては到底看過できません) 彼は少しでも彼女の言葉を遺そうと思っていた。自分の家族や友人等に伝えたい事も含めて。 冬子は静かに途切れ途切れの口調のまま、話し始めた。 ある日、自分が突然極によって襲われてから、自身が一度目の死に至るまでの経緯を。 ●復讐 冬子の告白はリベリスタ達との対話もなく、ほぼ独白に近い状態だった。 内容があまりに凄惨で生々しく、一同がその後口にするのも憚る様な言葉の連続だったからだ。 話しながら、徐々に彼女の真紅の瞳が煌々と危険な輝きを放っていく。 「私は、もう死んだ。でも、アイツだけは許せない、許せない、許さない――」 飛び出そうとする冬子を、目の前の武臣が声を出して止める。 「アンタが、ヤツと同じ『殺人者』に堕ちちゃぁならねぇ。……罪に塗れちゃぁいけねぇんだよ」 考えられない怪力で武臣を跳ね返そうとするのを見て、桐が共に止めに入った。 「貴女に、私達は堕ちて欲しく無いのです」 殺人に殺人の復讐を重ねれば、それは詰まるところ暴力の連鎖に過ぎない。 冬子にはそうなって貰いたくはない。それが二人の本心だった。 相手が動き始めたのを見て、『枯れ木に花を咲かせましょう』花咲冬芽(BNE000265)は静かに告げた。 「もう一度眠らせてあげるよ。貴女の復讐が叶う前に、私達の手で」 武臣と桐が抑えに回った反対側から、ヘノシディオが勢い良く冬子へと噛み付いた。 「では先ずに、大人しくバラバラになりたまえ! 約束しよう! 君の手を、脚を、彼の口中に何度も何度も何度もな……」 言葉が途中で止まったのは、万力にでも挟まれたかのような物凄い握力で、ヘノシディオの額が冬子に握られたからだ。 その力で彼を無理矢理引き剥がし、更に力を込める。 握られた顔面がミシミシと嫌な音を立て、彼のこめかみが指で突き破られて血が流れ出していく。 アンデッタが前線から意識を此方へ向けさせるべく、符を広げて鴉に変化させた。 「死者の魂を運ぶ鳥よ、彼女の猛る魂を引き出して!」 呼応するようにマリスも鴉を出現させ、次々に冬子へと投げつける。 まともに鴉達を喰らった冬子がアンデッタとマリスの方向を見て、怒りの表情を見せた。 冬芽はなるべく冬子の顔面を傷つけないようにして、黒いオーラを叩き付ける。 「亡者の復讐は、何も生まないから!」 桐は雷撃をまんぼう君に帯びさせ、彼女の胴体を薙ぎ払う。 「私達にその恨みをぶつけてください」 復讐はさせられない。ならば、せめてその気持ちを自分達が全て受け止める。 出来る限り、言葉での説得をしたかった武臣。 「必ず、ヤツには罪を贖わせる!」 戦闘が始まって、彼女を何度もその拳で殴りたくなかった。 その為に僅かな回数で決着をつけるべく、彼は集中に入る。 雷音は仲間達の守護を願い、後列に位置していた。 「……君の無念は少しでも晴らしたいと思う」 彼女は冬子の告白のすべてを聞いて、ある決心を固めていたのだ。 後列を守るように立ち位置を置いた京一は、道力を纏わせた剣を周囲に浮遊させていく。 「同情したくもなりますが、私達はリベリスタ。その行為は見過ごす訳にはいきません」 自身の力を高め、次の一手を待つ。 後方にて狙いを定めていたリーゼロットは、集中していた精密な射撃で冬子の右足を貫いた。 (何も思わず、目標を始末しましょう) それでも冬子の境遇を多少は哀れに感じていた。 故に仲間が話しを終えるまで、後方での様子見に徹していたのだ。 同じく射撃の準備を進めていた星龍は、自身の射撃精度を更に高めるべく集中に入る。 冬子は掴んでいたままのヘノシディオを、更に握り絞めてから勢い良くリベリスタ達目掛けて投げつけようとした。 「邪魔しないでェェェェェェェェェ!!」 高速で冬子の腕から放たれた吸血鬼は、怒りで標的となっていたアンデッタとマリスを狙う。 桐が素早く回り込んで庇おうとするが、余りの衝撃にヘノシディオ諸共吹き飛ばされていく。 そのカバーのお陰で勢いが若干弱まり、更に前線と後列の間にいた京一と冬芽が巻き込まれただけで収まった。 復讐の行方は、この戦いの結果に委ねられている。 リベリスタ達は立ち上がり、冬子へと立ち向かう。 ●救い 冬子の怪力による攻撃は、想像を超える威力を有していた。 既に握力と投げ飛ばしによってヘノシディオが動けなくなり、殴る、掴む、投げ飛ばすを繰り返す冬子によってダメージを重ねていくリベリスタ達。 冬芽は倒れる間際に運命を手繰り寄せ、雷音の下まで移動して治癒を受けていた。 諦めずに前進して鋼糸を奮う冬芽の一撃が、冬子を直撃する。 「これぞまさしくゾンビアタック!」 冬芽の攻撃に合わせるようにして、桐の前進した斬撃が走って稲妻の衝撃が冬子を襲う。 「私達へ攻撃することで、少しでも気が紛れれば、少しでも軽くなってもらえれば……」 自分達の勝手な言い分だとは、重々承知している。けれどもそう思わずにはいられない。 だが怒りに身を任せてしまった冬子には、冷静な判断等できるはずがなかった。 後方からのアンデッタが放つ鴉。怒りを纏わせる符の連続がそれを許さずにいたからだ。 「大丈夫、君の想いは無駄にしない……だから、今はもう、安らかに眠って……」 アンデッタの鴉が思惑から外れても、続けてマリスが二の矢を放つ事で意識を後列へと向けさせることが出来ていた。 加えて冬子の攻撃力を封じていたのは、他ならないリーゼロットの射撃だった。 両足を数回撃ち抜いて動きを鈍らせたのを確認した彼女が、続けて冬子の腕を狙って弾丸を飛ばす。 「自分は任務をこなすだけです、消えてもらいましょう」 射撃は冬子の腕を貫通し、そこへ星龍の射撃も重なって一層動きが衰えていく。 「次の生は幸多からんことを」 彼は静かに、祈りの言葉を口にしていた。 そして、ついに京一の呪縛が冬子を完全に縛り付ける。 「死の眠りにつくとしても、その眠りが少しでも安らかであるように」 印を組んだ彼の目が、静かに閉じられた。 そこへ集中を重ね、順番を遅らせて待機していた武臣が突進する。 「すまない……」 動きの完全に止まった冬子の胴体へと、拳が大きく打ち抜いた。 ふと拳に冬子の手が重なる。武臣には彼女の瞳が紅い輝きを失っていくのが見えた。 「わ、私……ただ。誰かに………助けて、貰いたかった……それだけ、なの……に…………」 運命とは、無常だ。 彼女は生前には誰にも救われる事がなく、死後初めてリベリスタ達に真実を伝えられた。 アンデッドと化しても復讐は遂げられないまま、彼女の二度目の生も今終わろうとしている。 だが彼女の魂が望んでいたものは復讐でも、告白でもなく、長い苦しみからの救いだった。 武臣は拳を放し、冬子の肩を抱きかかえる。 しかし彼の腕の中にいたものは、既に生気を失った単なる死体でしかなかった。 無言のまま、静かに頭を下げる武臣。 (オレは……アンタのような女を護る為にこそ、戦いたかった……!) ●報い 大沼極の自室――。 一日中部屋に閉じこもり、ネットゲームに興じる極。 テレビのニュースで、殺した女の話題が出る事はない。 家族ですら彼を恐れ、自室へ連れ込んでいだ女の行方を聞いてくることはなかった。 「簡単だ。もう何人か殺れるな」 ゲーム感覚の延長線の様に、ニヤリと笑って言い放った直後。 カン、カン、カン。 2階の窓を何か叩く音がした。 「うるせーなっ!」 無視を決め込もうかと思ったが、耳障りな音に苛立った極が衝動的に窓を開ける。 するとそこには、自分が殺したはずの女がずぶ濡れで立っていたのだ。 「……んなっ!?」 あまりの衝撃に腰を抜かし、その場に座り込む極。 女は恨めしい表情で彼を見据えて、静かに呟いた。 「警察に、出頭して……」 その声に恐れをなして、極は部屋から飛び出す。 幻覚によってその姿を冬子に似せていた雷音は、小さく溜息を付いて見送るとその場から立ち去った。 役割を終えて物陰に隠れた彼女は、携帯でメールを打ち始めている。 (ボクがやったことは正しいのかどうかわかりません。けれどもこれ以上彼が罪を重ねることは……) 小さく溜息を付きながら、事の成り行きを見守る雷音。 一方階段を転がるようにして駆け降りた極は、すっかり混乱していた。 「ありえねーありえねーありえねーありえねぇだろっ!!」 今のは幻覚だと自分に言い聞かせてはいるものの、恐怖で震えが止まらない。 物音に驚いた家族が扉を開け、極に気づくと慌てて扉を閉じた。 「くそっ!」 ムシャクシャした感情のまま、彼は外へ飛び出す。 すると出会い頭に、通りかかった小柄な少女とぶつかった。 極は周囲を見回す。辺りに人影はなく、自身の部屋の窓は開け放たれたままで無人だ。 やはり気のせいだったと安堵するのと同時に、猛烈な怒りが込み上げてきた。 幻覚を見せたあの女への怒り。殺意の標的が、目の前の少女へと注がれる。 「ちょっと来い」 力任せに少女を引っ張り、自宅へと連れて行こうとする極。 「やめてください!」 「いいから来い。俺はもう一人殺してんだよっ。お前も殺されたいかっ!」 極の脅しに震えながら少女は逃げ出そうとする。 突然、後ろから声がした。 「……動くな」 極はいきなり物凄い力で身体を抑え付けられ、地面に押し倒される。 自由になった少女は、そのまま逃げるように走り去っていく。 少女は路地を曲がると、元のアンデッタの姿へと戻っていた。 彼女は視線を2階の窓に向け、極の部屋から出て行った仲間の姿を確認する。 「犯人を捕まえる為に。こうしておけぱ家宅調査の時にボロが出るから」 アンデッタは冬子が所持していた所持品のひとつを、冬芽に頼んで殺人犯の部屋へと忍ばせたのだ。 隣にいた京一は、ICレコーダーを警察へと送る準備をしていた。 その向こうですっかり気が動転した極は、男に取り抑えられて萎縮し黙り込んでいる。 「今度また、更なる罪に手を染めようとした時は……」 言い終えたと同時に、ゴキッという鈍い音が響く。 肩の関節を外され、喚きながら転がり回る殺人犯を見て、武臣はそのまま無言で立ち去っていった。 リベリスタ達の提出した証拠を元に、翌日には大沼極が警察に任意同行を受ける。 間もなく赤塚冬子の犯行を全て自供し、彼は殺人容疑で逮捕された。 殺人犯へ『復讐』でなく、その『報い』が為されたのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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