● 事態は、急速に動いている。 賢者の石を恩恵を受けた万華鏡が捉えた、ほんの少し未来の光景。 血の色をした月の昇る夜と、穿たれた異界への穴。 これだけでも見過ごせないが、話はそれでは終わらない。 塔の魔女――アシュレイから先に伝えられていた情報が、万華鏡の視た未来を確かなものへと決定付けた。 神奈川県横浜市、三ツ池公園。 此処の所日本を騒がせていた崩界の原因は、その公園に生まれる『特異点』の胎動であった。 無論、情報を得たからと言って此方が有利である、等と言う事は全く有り得ない。 公園には既に敵側の戦力が展開されている。 既に幾度も交戦を重ねた精鋭に、バロックナイツへの賛同を示すフィクサード。そして、アシュレイ謹製のエリューション。 迎え撃つ彼らの強固な防衛線を突破し、儀式を行うジャックの待つ中心部へと進まねばならない。 所謂、総力戦とやらを強いられている状況だった。 正門周辺は事実上封鎖されており、其処からの突破は敵戦力の厚さを考慮すれば得策ではない。 これだけなら最悪に近いものがある。だが、与えられている状況は、決して悪いものばかりではなかった。 部外から、蝮原の率いる部隊が協力を申し出ており、アークはそれを受諾した。 彼らは、セバスチャン等アークの戦力と共に、南門からの陽動を行ってくれるようだ。 しかしそれでも、最大の問題はバロックナイツである。 主人を裏切り、あまつさえその暗殺を持ち掛けてきた塔の魔女の言葉を信じるのならば、『賢者の石』を予定数獲得出来なかったジャックは、儀式に集中を余儀無くされる事で、一時的に弱体化する。 しかも、彼は一度始めた儀式を中断する事が出来ないようだ。 アークとしては、そこを突きジャックを撃破する事で儀式の中断を図る事が最善では有るが、アシュレイは儀式が『制御者を失っても成立する』まではアークの味方をする心算は無いようだった。 園内中央部に座す彼女は、『無限回廊』なる特殊な陣地を設置している事により完璧な護りを得ている。 時間を掛ければ攻略する術も得られるかも知れないが、空間をおかしな形に歪めるこれを突破するのは難しい。 突破する為には、アシュレイによる任意の解除か、彼女を倒すかのどちらかしかなかた。 ――それはそれとして。 難題では有るが、アシュレイの対処をどうするにせよ、アークとしては園内に攻め入りジャック側の戦力を駆逐する事で戦線を押し上げ、必要に応じて対処を取れる状況を作り上げる必要が有る。 後宮派の戦意は高い。一部を除けば、彼等の忠誠はジャックとシンヤに向いている。 そして。その後宮派の中心。後宮シンヤは、塔の魔女を信じていないのか、万全の準備を整えている様子だった。 「……以上、因みに此処にいる皆には、北門から突入してもらう事になるから宜しく」 配布した資料を大まかに読み上げて、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は常の如く淡々と、詳細を語り始めた。 モニターに映し出された地図。それの丁度右上辺り、プールエリアに、印がつけられている。 「今回行って貰うのは此処。子供向けプール。深さは成人男性で膝上位だと思う」 可愛らしい、動物の形を模した其処。何故そんな場所なのか、と、リベリスタ達の表情が怪訝そうに歪められる。 それに応える様に、フォーチュナの指が引き出した情報がモニターに開示された。 2つのアーティファクトと、少年の写真。その内の1,2枚に見覚えがあったのだろう、リベリスタが驚いた様に声を上げた。 「あれ、賢者の石の時の?」 「うん、……敵は4人。内2人は前回、アーティファクトを持ってアークと賢者の石争奪を行った時に逃げ出した残党。残り2人が新顔だよ。 今回も、彼らはアーティファクトを持ってる。1つは前回の阿芙蓉。もう1つは識別名『鳥殺蜘蛛』――一言で言うと、効果範囲の水分をたちどころに腐らせ、猛毒に変える。 範囲は多分、半径20m位。アーティファクト作動中は周囲の空気も、勿論プールの水も猛毒になってる。後者に関しては入らない限り問題無いけど……前者は呼吸してるだけで、アウト」 水に触れるより効果は薄いが、周囲の空気は遅効性の毒と同じ様な作用を発揮するようだった。 呼吸をしない、水に触れない事で軽減、無効化は可能では有るがそれなりの苦戦を強いられる事になるだろうとも、フォーチュナは告げる。 「因みにこのアーティファクト、敵には意味が無い。阿芙蓉のお陰で彼らにそういう呪いは効果が無いから。 ……代償に関してだけど、阿芙蓉の興奮状態とか、常時致命の呪いを受ける事に今回は気付いてる。……嗚呼、そうだ」 今回の戦闘の相手自体は、3人だから。 それまで淀み無く言葉を紡いでいたフォーチュナの表情が、僅かに歪む。 写真は4人。しかし、敵は3人。どういう事か、そう、目で問いかけてくるリベリスタ達に、幼い彼女は僅かな嫌悪を込めた言葉を放った。 「鳥殺蜘蛛の代償は、それを使用する人間の身体も腐らせる事。……前回逃げ出した内の片方が、腕に装着されて拘束されてる」 場の空気が、一気に冷える。装備者の身体に針を差し込むブレスレット型のそれは、そう簡単には外れず、装備されてる間中ずっと、その効果を持続させるようだった。 「……逃げたもう片方は、……現状に怯えて、死に物狂いでかかってくる。構成はソードミラージュ1人、デュランダル1人、マグメイガス1人。 特筆する程強くはないけど、……まぁ、アーティファクトの効果なんかも頭に入れて、油断しないで行ってきて欲しい」 話は、以上。気をつけて。そう矢継ぎ早に告げ、フォーチュナは話を切り上げた。 ● これは罰だと、奴は言った。 大事な石を獲得出来なかっただけではなく、相手に大した損害も与えずに逃げ帰ってきた俺達への。 死にたくない。死にたくない。 あの時必死に逃げ帰ってきた。生きたい。死にたくない。 だから、勝たなくてはならない。 あんな恐ろしいものに蝕まれていく友人の為にも。 勝たねば、ならない。 ――絶対に。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月21日(水)23:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 冷たい夜風が、肌を撫でる。 驚異的な集中で射撃精度を高めながら、『さくらのゆめ』桜田 京子(BNE003066)は静かに、愛銃を構えた。 完全に相手の射程外から攻撃を行う事で興奮状態にある敵を誘い出し、もし出てこないなら、トラックで足場を作って突入する。 これが、リベリスタが立てた作戦だった。 しかし現時点で、その片方が不可能であるとリベリスタ達は悟っていた。 子供用の、狭く浅いプール。 そこに車両は沈まず、仮に足場として置く事が可能でも、登らねばならない事、そして登った後の事を考えれば、現実的ではなかった。 だが、もう片方は失われていない。 スコープを覗きいて敵を捉える。持っている武器から銀髪の青年がマグメイガスであろうと当たりをつけながら、京子は静かに、決意を新たにしていた。 今日此処で行われる、幾多の戦い。この一撃にて、私の戦いは始まる。 だからこそ、今此処で負ける訳には、行かないのだ。 並々ならぬ集中を感じ取りながら、京子の傍に立つ『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618) は整った眉を寄せ、必死に怒りを堪えていた。 無理矢理アーティファクトを着けられて、拘束されて、蝕まれて。 こんなの許せない。そんな思いが胸を占める。真直ぐな心根の持主である霧香にとって、2人の少年が置かれている状況はどうにも許しがたいものだった。 「あたしは、生きたいと願ってるあの子達を助けたい……!」 その想いに呼応する様に、体内のギアが引き上げられる。 同じ様に、待機していた『敬虔なる学徒』イーゼリット・イシュター(BNE001996)と『晴天』陽瀬 広鳥(BNE002879) もそれぞれ、自身の魔力を高め、護りの煌めきを身に纏っていた。 「……撃つよ」 小さく、京子の声が漏れる。敵は此方の意図には気付いていない。今なら、いける。仲間達の無言の承諾を感じ、京子は静かに、トリガーを引いた。 放たれた魔弾が、正確にマグメイガスを捉える。不意討ちだったのだろう、反応が遅い。 当たる、そう思ったが、辛うじて身体を捻る事で、青年はその弾丸をかわしていた。運が良かった。――否、リベリスタにとっては、悪かった。 「へぇ……良い技、持ってるんだね」 面白い。少し張られた声が此方まで届く。少々驚きこそすれ、敵は動く素振りを見せなかった。 ならば、と。脳の伝達処理を高める事で驚異的集中を手にした『右手に聖書、左手に剣』マイスター・バーゼル・ツヴィングリ(BNE001979) が、前に出た。 友人を助ける障害になりうるのは、その恐怖だと彼女は思う。 自分達を倒せば友人が助かる約束もない。 少年がシンヤの元に身を置き続ける限り、先にあるのは絶望だけだ。 「私達はここから攻撃できる。貴方たちの友人の拘束を解き、鳥殺蜘蛛を破壊して下さい」 自分達は殺し合う事を望んでいない。だが、もし戦うと言うのならば、護る為に戦おう。 そこまでマイク越しに告げてから、マイスターはそっと、目を伏せる。 「……主よ、彼らを救い給え」 小さく、囁かれた祈りの言の葉。その訴えにも、敵は眉一つ動かさない。 リベリスタの存在など気にならないと言いたげに、自身の魔力を高めている。 残りの2人も、片方が微かに表情を固くした以外、此方を見つめた侭。大した反応を示さなかった。 どうしたものか。そう思いながらも、京子は再び、動きを見切って魔弾を放つ。狙う先は、大剣を握るデュランダル。 今度こそ命中したのだろう。デュランダルの眉が寄る。 そこに続ける様に、『嘘従』小坂 紫安(BNE002818) が目の前の敵へと、語りかける。 (「敵に同情されてるんだぜ? 仲間のお前たちはなんとも思わないのかよ」) こんな所業、正気じゃ考えられない。この寒い夜、水の中に座らされた彼はあまりに、哀れだった。 頭に直接響く声に苛立ったのか、デュランダルが剣を構える。 来るのか、身構えるリベリスタ達の前で、す、と。静かに待機していた青年の手が、それを遮った。 「っ、なんだイツキ! 面倒だ、直に片付ける!」 「……頭冷やせよ、俺達ただでさえ興奮しやすいんだからさぁ」 敵の術中に嵌ってどうするんだ。そう言いたげに切れ長の瞳を細める。 そして、ちらりと。怯え切った顔で立っている少年を、見遣って。 「……頃合かな。ほら……やってきなよ、出来るよね?」 お友達の為にもさ。リベリスタには届かぬ声で、青年はナイフを握り締めた少年に優しく、囁く。 それは、毒。もしくは罠。 一気に表情を強張らせた少年が、前を見る。そして。 「っ……あああああ!」 叫びと共に走り出し、地を蹴り飛び上がった彼のナイフが、多角的な斬撃をマイスターへと見舞った。 リベリスタとて攻撃を予期していなかった訳ではない。しかし、予定外だ。 彼はまだ、腐食の範囲内に居る。 リベリスタが多彩な長距離攻撃の手段を持つ様に。敵もまた、それを駆使する用意をしていたのだ。 そして。 フォーチュナは言っていた。彼らは、弱点となりうるアーティファクトの副作用を、理解している。 ならば。 極力傷を負う事を避けた上で、冷静であろうと努めるのは当然であった。 故に、彼らは2つのアーティファクトを駆使する事を選んだ。欠点を、出来る限り潰し合わせる為に。 待機していた面々が、走り出そうとする。 しかし、それよりも、早く。 愉快げに笑みを浮かべ前に進み出た青年が静かに、その手を挙げた。 「──今更遅いよ」 まるで指揮者の如く。掲げられた指先を振り下ろして。 リベリスタにも馴染みのある、しかし見知ったそれとは段違いの威力を持つ雷撃が、全員の身体を等しく貫いた。 ● 完全に、初手を取られてしまった。 恐らくは3人の中で最も強いだけはある。自身の魔力と、香炉の力を上乗せした一撃はあまりに重かった。 そして。戦場から離れていた彼らには、移動する為の時間が、必要となってしまっていたのだ。 呻く暇も与えず、デュランダルが動き出す。イツキと呼ばれた青年の隣に駆け寄り、凄まじい闘気を纏う。 リベリスタ側も、なんとか動き出した。 『蒼い翼』雉子川 夜見(BNE002957) が出来る限り駆け寄り、体内のギアを引き上げる。 阿芙蓉。鳥殺蜘蛛。毒に頼った戦い方は、確かに有効かもしれない。 しかし、そんな戦い方ではいつか必ず、自滅する。ならば。自分が、楽にしてやろう。 そんな想いを込めて。 「雉子川夜見、参戦させてもらう……!」 後ろからは、既に前に出ていたマイスターが、先程のイツキの一撃と同じ、荒れ狂い拡散する雷撃を放った。 許せない。広鳥は、苦い顔で前を見据え直した。 仲間全体に届く位置に立ち直して。先程の雷撃が残した呪いを払う煌めきを放ちながら、その拳はきつく握り締められている。 罰と称して、あんなものを埋め込むなんて。怒りを覚える。救いたいと思う。だから。 「俺達が必ず助け出してあげるよ!」 だから待ってて。諦めない。迷わない。そんな芯の通った強さを持つ水色の瞳に気付いたのか。 水中に座らされた少年の虚ろだった瞳が微かに、此方を見詰め返していた。 続いて、広鳥の傍に駆け寄った紫安が、癒しの福音を呼び寄せる。京子が、今度は少年に向けて魔弾を放つ。 それに続く様に動いた霧香が、禍を斬る愛用の刀を鋭く抜き放ち、真空の刃でマグメイガスを切り裂かんとした。 鮮血が、飛び散る。見えぬ刃を辛うじて避けたものの、避け切れなかったのだろう。肩口から紅い色が滴っていた。 命辛々逃げ出してみれば、待っていたのは味方からの罰。 心身ともに逃げられぬ彼らの状況は、敵方とは言え何とも言えないものだと、己の身体を巡る魔力を高めながら、『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450) は端正な面差しを微かに曇らせる。 だが。趣味の悪さはともかくとして。 「――あくまで敵として立つなら、討ち払うのみです」 折角拾えた命、そこで散らすかどうか。運があれば、選ぶ事も出来るだろう。 「この間ぶり、ね。どうして今、出てきたの」 小さく笑い声を立てながら。しかし、苦味を隠し切れない囁きが零れる。 こんな時でなければ、どうにか出来たかもしれない。一戦交えた事が有るだけに、その心中は複雑だった。 その声が聞こえたのか、ナイフで防戦一方だった少年が、イーゼリットの方を見遣る。あの時の。そう、唇が動くのが見えた。 同情はある。助けてやりたい。でも、私達はどうしても、此処を突破しなければならないのだ。 「ごめんなさい。でも、手加減なんてしないから」 射程圏内ぎりぎり。確りと、マグメイガスを捉えて。抱えた禁書を媒介に異なる属性の魔術を一気に、己の内で練り上げる。 立て続けに放った異なる4つの魔の煌めきは、少なからず青年に痛手を与える事に成功していた。 舌打ちが聞こえる。それに怯え肩を揺らした少年が、思い詰めた表情で霧香に向けてそのナイフを振り下ろした。 確りと、受け止める。彼が件のソードミラージュである事は、一目瞭然だった。 「ねえ、このままでキミは良いの?」 そっと、囁く様に告げられる言葉に、少年の表情が微かに歪む。 聞きたくないとでも言いたげに振られた首に気付きながらも、霧香は言葉を止めない。止められない。 「……あたしは認めない。こんなやり方、あたしは絶対認めない!」 苛烈過ぎる程の感情を込めて、ナイフを弾き返す。刃毀れ1つない磨き上げられた刀身が、紅い月の光を跳ね返す。 向けられた感情の強さに、少年の顔に動揺が浮かぶ。僅かに動きが鈍った事に気付いたのだろう。 忌々しげに、青年の片方が眉を寄せた。 「……感情論って奴? 勝ってからにしなよ!」 携えた魔の書を開く。そして。 己の血液から生み出した漆黒の鎖の奔流を、遠慮無くリベリスタ全員に見舞った。 一撃が、あまりに重過ぎる。立っているのが精一杯。 デュランダルが、その大剣を鋭く抜き放つ。自身を切り裂こうとする空気の刃をかわして、夜見は空気が張り詰める程の闘気を纏った。 マイスターが、腐食を止めようと生糸による精密な攻撃を水中へと放つ。 しかし、如何に正確であろうと、見えない物は狙えない。濁る水面に放たれた糸は、蜘蛛に届かない。 「回復ならなんとかするよ、皆は戦って、あいつらを助けてやろう!」 とても、呪いを解除している暇は無い。荒い息を繰り返す紫安に回復を施し、広鳥は後ろから声を張る。 それを受けた紫安も再び福音を呼び寄せるも、明らかに需要と供給は、噛み合っていなかった。 京子の魔弾が、霧香の真空の刃がイツキに飛ぶ。それでも、彼が揺らぐ様子は全く見えない。 悠月の放つ呪いの大鎌と、イーゼリットの魔の閃光を浴びて漸く、苛立ち始める程度。 此方の攻撃が止めば、途端に少年の居合い切りがマイスターへと放たれる。 そして、煩わしさから解放されたがる様に、青年が再び、荒れ狂う雷撃を解き放った。 ついに、マイスターの身体が、プールの淵に倒れ伏す。続いて、悠月の瞳も力を失くし、その膝が地に着く。 しかし。 「もう、あの時とは違う……そうでしょう……?」 己の運命を、差し出して。彼女は再び立ち上がり、遠き時代の魔術師達の夢の址である朔望の書を抱え直した。 「中々、やるようだな……!」 己の纏う気を雷撃に変えて。捨て身の一撃が、夜見へと振り下ろされる。 ぐらり、傾ぐ身体。しかし彼もまた、躊躇い無く己の運命を差し出した。 赤黒く濡れた長い髪を払って。煌めき纏い切りかかる連撃に、大剣の青年は驚きを浮かべ応じた。 広鳥と紫安の、癒しの力が飛ぶ。しかし、状況は完全に、劣勢だった。 ● どれ程時間が流れただろうか。状況は、好転していなかった。 対策を施して居ない身体は、呪いに蝕まれている。 水に触れていないものも既に、酷い眩暈と痛みを堪えながら戦わねばならない状況だった。 「ほら、持ちこたえろよ!」 紫安の呼び寄せた福音が、仲間を癒す。しかし、十分ではない。 どうしたものか、歯噛みする彼の瞳に、ふと。度々座らされた少年を気にする、ナイフの少年が目に入った。 「なあ、さっきも言ったけど」 此方の方が、其方より水中に座る少年を心配している。お前は、それで良いのか。 真直ぐな瞳が、少年とぶつかる。逃げる様に逸らされた瞳に、紫安は追い討ちをかける様に言葉を続ける。 「それでいいって言うんなら、俺達が助けてやる」 だからお前はずっと、プールの真ん中で寝ていれば良い。冷たく言い放つ言葉に続く様に、広鳥が、イーゼリットが声を張る。 「友達を助けたいんだろ! 俺達と戦ってたらこいつ苦しむだけだ!」 「貴方達、そんなものつけられて、こんな所で使い捨てにされて……ねえ、悔しくないの?」 少年の瞳が、揺れる。躊躇いを顕にする少年はしかし、同じく前衛に立つ青年の冷ややかな視線に慌ててナイフを握り直した。 京子が静かに距離を詰め、硬貨すら撃抜く精密射撃を、霧香が再びその玉鋼を抜き放つ事で産む斬撃を見舞う。 漸く、堪えたのか。銀髪の青年の表情が僅かに引き攣った。 畳み掛けようと動く仲間を支える様に、悠月の招いた癒しの風が吹き抜ける。 「私達はシンヤとは違います。……悪い様には致しませんよ」 そんな囁きを振り切ろうとでも言うのか、少年は全力で地を蹴り、ナイフを振り下ろす。 その先には、紫安。 飛び散る鮮血と共に、線の細い身体がプールサイドに崩れ落ちた。 回復手の1人を失う。それは、呪いと重たい攻撃を凌がねばならないリベリスタにとって、分の悪すぎる状況だった。 次いで戦場を紅蓮に染め上げた魔の業火によって、広鳥が、イーゼリットが倒れ伏す。 しかし。 「私は、ここで倒れていられないの! ……通して!」 がりがりと、運命を削り取る音が聞こえる気がする。 必ず、突破しなければならない。その意志が、イーゼリットを奮い立たせる。 広鳥も、流石は運命に愛された者。その力が、彼を立ち上がらせた。 飛んでくる真空の刃を、夜見はかわす。返しとばかりに煌めく連撃で切り結んだ。 言い諭す言葉は尽きない。全てを告げれば良いだろうか、否、そんな理由はどうでも良い事だ。 頭を占める言葉を削ぎ取って、シンプルに。夜見は、少年へ告げる。 「……戦う相手が違うのではないか?」 その言葉に返す言葉を、少年は持っていないようだった。 幾度、剣を振るっただろうか。 身体を蝕む呪いが、戦闘の疲労が、身体を重くする。 それでも、今諦める訳には行かない事を、リベリスタ達は理解していた。 銀髪の青年が、ふらつく。積み重ねてきた攻撃は、無駄ではなかった。それを見て取って、悠月は攻撃に転じる。 生み出す、漆黒の大鎌。それが刈り取るのは、敵の命。 無慈悲に振り抜かれた刃が、マグメイガスの身体を切り裂く。ばしゃり。膝が落ちて、その身体が沈んだ。 ――ように、見えた。 運命に愛されているのはリベリスタだけでは無い。 悪運、とでも言うべきだろうか。 限界を超えては、居ながらも。銀色の魔術師は再び、立ち上がった。 状況は変わらない。行く末が、見えなかった。 ● 蜘蛛は未だ、外れていない。 射撃の手を止めて、京子は僅かに逡巡する。見えない物は狙えない、ならば。 剣戟と張り上げた声入り混じる戦場を駆け抜け、彼女は迷い無くプールに飛び込んだ。 吐き気を催すような、感覚。しかし堪えて、少年の傍に寄る。 何処か壊死が始まっているのか、浅い呼吸の元酷く怯えた瞳と目が合った。 「ねぇ、私がきっと助けてあげる。今はアークじゃなく、シンヤでもなく、私を信じて、お願い!」 切実な、そして真摯な言葉に、怯え切っていた少年が、微かに頷く。 それを確認し、京子は即座に、水中へと顔を鎮めた。濁る水。触れる部分が痛い。それでも、助けたいから。 負けずに、引き金を引いた。枷が鈍い音を立てるも、壊れない。 京子の行動に気付き、霧香も駆け寄る。横をすり抜ける蒼銀に、デュランダルは驚きの表情を浮かべた。 「絶対に、助けてみせるっ!」 傷付いた身体で、血を吐く様な叫びと共に、その剣を振り下ろす。 ぴしり、と。硬質な蜘蛛に、ひびの入った音がした。 「ほら、そいつら始末しろ。死にたいのか?」 青年の指示が飛ぶ。しかし、少年は動かない。動けない。リベリスタの言葉は少なからず、彼の心に届いて居た様だ。 イツキの舌打ちを耳にしながらも、大剣携えた青年は静かに、京子達の前に立った。 有象無象。遠くに見える影がひどく不気味で、先程から背を走る嫌な寒気を加速させる。 「敵にそこまでするとはな。……だが、壊されたら堪らん」 ――返してもらおう。 そんな、冷たい囁きと共に。蜘蛛を固定した腕を、掴んで。 漆黒の髪の青年は、何の躊躇いも無く、自身の剣を振り下ろした。 清涼な空気が、吹き抜ける。その後を追う様に。 「っあああああああ! あ、が……っ痛い、痛いぃ……っ」 凄まじい絶叫が、開かれた口腔から放たれる。ぐらり、余りの激痛に気を失った少年を、霧香が慌てて受け止めた。 失われた肘から下。リベリスタと、そして何より、友人である少年の表情が凍る。 「……さっさと終わらせるぞ、――イツキ」 「はいはい、……ほら、さよならだ」 愉悦に満ちた笑みを、全面に湛えて。己が身を削り生み出した漆黒の鎖が、再びリベリスタ達を薙ぎ払った。 仲間であった筈の少年すら巻き込んだ一撃は、重かった。 漆黒の奔流が去った後。辛うじて意識があったのは、イーゼリットと悠月のみ。それも、立ち上がるので精一杯だった。 咽返る程の、血のにおい。絶望しか見えないその中から、また2つ。己が運命を差し出す気配がした。 「こんな、とこで……倒れてられないのっ!」 「今、ここで負けるわけにはいかないよ……っ」 ふらふらと。最早限界を超えた身体で、京子と霧香が立ち上がる。 護りたい。助けたい。負けたくない。 強い強い意志が、彼女達を支える。しかし、現状は余りに、リベリスタに不利だった。 回復手が2人落ちた今。これ以上戦い続けるだけの余力は既に無い。仲間を振り返って、覚悟を決める。 愛銃を握る。これは力。霞み消えかねない運命にだって立ち向かう為の。 剣を構える。これは決意。己が名と同じ、禍を切る為の。 「――お前達、名は」 冷たい、しかし興味深げな瞳が、京子と霧香を、見詰める。 何としても敵を助けたいと願い、そして、どれだけ痛めつけても立ち上がる事を諦めない。 真直ぐ過ぎる程真直ぐな彼女達。此処で殺すのは、簡単だ。しかし。 そうするには惜しい、と。思ってしまった。 青年は漆黒の瞳を眇め、うっすらと笑みを浮かべる。この先が見たい。もう一度があるのならば。 「崇高な精神だな。……だが、それに見合う力が無い」 ならば忘れるな。護れなかった事を。勝てなかった事を。 それを糧に強くなったお前達と再び見えられるのならば、それもまた一興。 仲間であろう青年には、聞こえない程の声で。そこまで呟いてから、デュランダルの青年は踵を返す。 「……興醒めだ。止めを刺すまでもないだろう。あいつらも既に用済みだ」 「まぁ、……そうだね。シンヤさんの所に混ざれば良いか」 吐き捨てるような調子に戻った言葉に反応して、マグメイガスも踵を返す。 肩の、力が抜ける。助かった。勝つ事は出来なかったが、全員が生きている。 そして。護りたいと、救いたいと願ったものも、何とかこの手の内に収められていた。 腐食の気配が消えた水辺に、静かに紅の月が揺らめいている。 戦争の終わりは未だ、見えない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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