●描かれた絵画と、生み出された怪物 赤い月の夜だった。 三ッ池公園の北門と正門の駐車場を結ぶ車道のそばにはテレビ神奈川の送信所がある。 木々の奥に見える高い塔の近くには、休憩のできるあずまやがあった。 ただ、そのあずまやで休憩しようと思う者はいないだろう。 木作りの建物は今、血臭に包まれていた。 血を流しているのは、初老の男たった1人きり。両の手首と首筋から流れる血に絵筆をひたし、建物へと一心不乱に塗りたくっている。 「……地野海……頭は大丈夫なのか?」 声をかけたのは若い男だ。 安っぽいパーカーを着た人物は、機械化した瞳にあからさまな困惑を浮かべている。 「もちろんですとも。アークの連中はどうせ来るのでしょう? 今度こそ、彼らに私の作品を見せてやらなければならないのです」 初老の男は、蒼白な顔で答える。 ずいぶんと血を失っているようだった。描かれた絵画に使われた血は、すべて彼のものなのだ。 地野海衝吾というのが男の名前だ。 彼は以前にもアークと戦ったことがあった。そして、どうやらその時に、所持していたアーティファクトを壊されたらしい。 「……まあ、俺たちの役に立ってくれるんならそれ以上はなにも言わないが」 パーカーの男は『Ripper's Edge』後宮シンヤの部下で、当麻恭平という名だ。 配下をつれてこのあずまやに潜伏していた当麻の前に、地野海が突然現れた。 いったいいかなる妄執が彼をここに導いたのか。 「ええ、大丈夫ですよ。借りを返すと約束しましたからね……彼らとの約束も、あなたがたとの約束も、きちんと守らせていただきます」 協力を申し出てきた地野海を、当麻は受け入れた。 断れば暴れだしかねない空気を老人はそなえていたからだ。 そして、受け入れたら受け入れたで、突然彼は自らの血であずまやを彩り始めたのだ。 「…………」 当麻は頭を振ると、配下のものたちへと向き直る。 「俺たちの仕事は遊撃だ。正門と北門の両方に気を配れ。状況を見てどっちにでも行けるようにな」 命令を下す当麻のほうを地野海は見ていない。 彼はただ、自らの血で絵を描き続ける。 やがて、鮮血の絵が完成した。 「ああ……素晴らしい。今なら……今なら、死んでも悔いはない」 描き出されているのは赤い血の怪物。 獅子とトカゲとカラスと牛と蛇と狐とネズミと蜘蛛と熊と猪を混ぜ合わせたような外見であり、そしてそのどれにも似ても似つかない姿をしている。 鮮血の絵画が輝きを発する。 それは老人の手にある、血の色をした絵筆と呼応していた。 赤い輝きが放たれる。 真っ赤な化け物が、真っ赤な月の下に立ち上がり、あずまやを破壊する。 彼はその光景を恍惚としてながめていた。 ●ブリーフィング 集まったリベリスタたちに『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は状況を説明した。 「『賢者の石』の一部を利用して機能を強化した万華システムにより、バロックナイツの真の目的が判明しました」 敵は今、神奈川県横浜市にある三ッ池公園に陣地を構えている。このところ、日本で崩界が加速していたのは、この公園に『特異点』が生まれる前兆だったようだ。 「三ッ池公園にはすでにジャック・ザ・リパーの戦力が配置されています」 アークがすでに何度か交戦している後宮シンヤ配下の精鋭に加え、バロックナイツに賛同するフィクサードも防衛線を張っているらしい。 付近の住民を避難させた上で封鎖の態勢は整えたが、早急に迎え撃つ敵勢力を突破して公園の中央部で行われているジャックの儀式を止めなければならない。 「正門周辺は敵戦力も厚く、突破するのは得策ではありません。こちら側には、セバスチャン・アトキンス、蝮原咬兵を始めとした戦力で陽動をかけることになっています」 だが、ここに集まっているリベリスタはそれに参加するために集められたわけではない。 「陽動をかけているうちに北門および西門から突入した戦力でジャックを狙うことになっています」 問題はやはりバロックナイツだ。 暗躍する『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアはジャックの暗殺を持ちかけてきたが、彼女が協力するのはジャックを殺しても儀式が成立する段階になってからだ。 彼女からの情報を信じるならば『賢者の石』を予定通り確保できなかったジャックは儀式に集中するために弱体化するそうらしい。 だがジャックの元に行くにはアシュレイが設置した『無限回廊』を突破しなければならない。 儀式を止めるにはアシュレイの助力は期待できないどころか、彼女も強力な障害の1つとなる。 「なんにしても、アークとしては園内のフィクサードを駆逐して戦線を押し上げて行かなくてはなりません」 そのために、ここに集まった者たちには向かって欲しい場所があるという。 西門と正門をつなぐ道路付近に配置されている戦力を撃破するのがリベリスタたちの役目だった。 「放置しておくと、西門から攻撃をしかけるメンバーの側面や後方に回り込まれる可能性が高いです。あらかじめ撃破しておく必要があります」 配置されているのは当麻恭平という名の男。 後宮シンヤの部下で、メタルフレームのナイトクリークだ。影に自身を援護させ、気糸を用いて敵を縛るのを得意とするらしい。 また、彼の配下としてソードミラージュが2人、スターサジタリーが1人いる。 「当麻も弱くはありませんが、それ以上の強敵もいます」 地野海衝吾は以前ジャック・ザ・リパーに影響されて事件を起こしたフィクサードだ。 人間の血を用いた絵画を描く芸術家として裏社会では名の通った存在だった。 以前の事件でアークと交戦し、所持していたアーティファクトを彼は失った。ジャックへの敬意とアークへの恨みから今回の戦いに参加しているらしい。 「以前の報告によれば、マグメイガスとしての実力は非常に高いと考えられます。しかも今回、彼はアーティファクトを用いて強力なエリューション・フォースが生み出すようなんです」 彼が自分の血を用いて描いた絵が実体化すると万華鏡は予測している。 かつて彼が使っていたアーティファクトは他者の血を媒介に人形を生み出した。だが、今回彼が持っているものは、自らの血を用いて魔獣を生み出すもののようだ。 もともと持っていたものなのか、あるいは前回の戦いの後に手に入れた物かはわからない。効果が類似している点を考えれば前者かもしれない。 ともあれ。 魔獣が降らせる血の雨はリベリスタたちを呪い、不運をもたらすだろう。 さらに近距離の対称に襲い掛かり、大きなダメージを与えてくる。その攻撃に圧倒されたものは、虚脱状態に陥ってしまう。 吸血して自身を回復することもあるという。 しかも、半ば流体である敵は状態異常を与えても非常に高い確率で回復する。 「敵は強力ですが、だからこそ先手を取って叩いておかなくてはなりません。よろしくお願いします」 和泉はそう言って、リベリスタたちを見送った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:青葉桂都 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月24日(土)23:28 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●激戦の中を 神奈川県にある三ッ池公園では、すでにリベリスタとフィクサードの激戦が始まっていた。 戦闘音に混じって届く血の臭いに、『夢幻の住人』日下禰・真名(BNE000050)が血のように赤い唇を軽く舐める。 「ふふふ……いい匂い」 そして、彼女は林の奥に目を向ける。 まるで忘我のうちにあるように見える真名であったが、その目は遠方を見通し、まやかしを消し見抜く力が宿っていた。 「今回は……今までに無いくらい大事な戦いだよね……。わたしも出来る限り頑張っていくね!」 戦場には不似合いな幼い外見の少女が気勢を上げる。『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)も、今回がゲーム感覚でできる依頼ではないと感じていた。 「ここで逃がせば攻める人達に無用の被害を出ス。負けられないネ、意地でも勝って本隊の邪魔をさせないョ」 『ランペイジブロッサム』葛葉・颯(BNE000843)は緑と赤の瞳で車道の先を見た。 戦場で煙を垂れ流すわけには行かないが、口寂しさからいつものようにタバコをくわえている。 「ジャックやシンヤとの戦闘も控えてる。ここはきっちり倒しておかないとね」 四条理央の青い瞳が、嫌な予感を感じて別の方向を見る。 休憩所の近くには禍々しい気配があった。 だが、そちらに向かっていく別のリベリスタの一団がある。 装甲服をまとった壮年の男や眼鏡をかけたボブカットの少女たち。 向こうは向こうでどうにかなるだろう。そう信じるよりない。 『蜥蜴の嫁』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)は、見覚えのあるヘルメットの青年や羊のビーストハーフに気づいた。 背中に軽く手を振って、色黒の肌の吸血鬼は自分たちが対応すべき敵のいる方向に向き直る。 「地野海、か……ここで会ったが百年目、って感じだケド、あっちもそう思っていそうだねぃ」 彼女は以前、今回戦うべきフィクサードと邂逅したことがあった。 一般人こそ救えたものの、満身創痍で逃げる敵を追うことさえできなかった。敵が慎重さを発揮して退かなければ、おそらく全滅していただろう。 「覚悟は認める。だけど今回は俺達が勝つ!」 そのとき共に戦ったツァイン・ウォーレス(BNE001520)はまっすぐ林を見つめている。 「んっ、ヨシ! 今度こそ止めるよぅ!」 捨て身で来る相手は苦手だったが、アナスタシアも気合を入れて彼に並ぶ。 ガードレールに身を隠すフィクサードたちの姿を真名がとらえる。 当然ながら敵ももうリベリスタたちの接近に気づいていた。 「さて……決戦と行こうか。はっきり言おう、僕は道を極めるので忙しい」 『テクノパティシエ』如月・達哉(BNE001662)が肩から提げていたキーボード型のアクセス・ファンタズムは、戦いを前に神秘の力を強化する武器へ変じた。 「お前らをさっさと潰して、自分の仕事に戻らせてもらうぞ」 「長期戦になればこちらが有利です。焦らず一体一体倒していきましょう」 若者のような姿なのに、まるで老人のように落ち着いた声で『リップ・ヴァン・ウィンクル』天船ルカ(BNE002998)が言った。 達哉が発煙手榴弾を茂みに投げ込む。 敵のうち2体が、加速しながら木陰を飛び出してきた。 迎え撃つ仲間たちには、ルカの力が小さな翼を与えていた。 ●流れ出る血 アーリィは飛び出してきた敵の片方に狙いをつける。 加速する敵に対して、先手を取れたのは颯だけだった。 黒いドレスがひるがえり、高速のクローが敵を切り裂く。だが、同時に颯も敵の得物に弱点を狙われていた。 「右側を狙おう!」 理央が颯の傷つけた敵を指示する。 仲間たちがソードミラージュに集中攻撃を加えるが、さすがというべきか攻撃の半分は直撃を避けられてしまう。アーリィの気糸も直撃はしていなかった。 影人形を伴った当麻恭平が、気糸でアナスタシアを縛り上げる。 ツァインがフィクサードへ接近して十字の加護を仲間たちに与え、理央が放った光が縛った気糸を消し飛ばした。 煙の中からばら撒かれた弾丸と、達哉が放つ追尾する糸がそれぞれの体力を削り取っていく。 「来るョ!」 颯が警告する。 血の匂いが近づいてきた。 魔獣の足音。 いかに広いとはいえ、しょせんは公園内の一区画である。たどり着くまでの時間の余裕はわずかなものだったようだ。 仲間たちが新たな敵に対応すべく移動し始める。 「まず1人、減らしておくよ!」 アーリィが気糸を放つ。集中攻撃で傷ついていた敵は、糸に弱点を貫かれてようやく倒れていた。 地野海衝吾の姿は見えなかった。 けれど、大砲のような魔力が一直線に戦場を貫く。 「あれが地野海か……なるべく早く倒しておきたいよねー」 ルカだけでは回復が足りないかもしれない。一撃で数人に大打撃を与えたマグメイガスの攻撃に、アーリィは目をみはった。 颯はもう片方のソードミラージュへと接近する。 「四条! こいつは任せたぜ!」 「ああ、抑えておくだけならなんとかなるよ」 当麻との戦いを理央に任せ、ツァインが魔獣へとその剣を振り下ろす。 気糸でツァインを縛ろうとした当麻だったが、その目論見は果たせなかった。 アーリィと2人がかりでの攻撃。 その間にも、林からの魔力の砲撃はリベリスタたちの体力を確実に削っている。 「しかしま、不気味な爺様ダネ」 木々の間から垣間見える老人の姿。 さっさと目の前の敵を倒さなければまずいことになる。 スピードを乗せたよどみない連続攻撃。ソードミラージュの回避能力は颯も知っている。だが、彼女には同じだけの速度がある。 切り裂きながら敵の横を駆け抜け、さらにとって返して連続で切り裂く。 敵はその2回攻撃に耐えることはできなかった。 「疾風の如く、駆け抜け切り伏せしんぜヨウ」 颯はそのまま、林へと駆ける。 真名は倒れたソードミラージュには目もくれず、林へ入った。 アナスタシアはすでに前進して老人に肉薄していた。 「久し振り、元気……にはしていなかったようだねぃ、その様子だと」 「おや、先日はお世話になりました。借りを返しに来ましたよ、お約束どおり」 風を切る蹴りが地野海をかすめている。 その間に、頭上から血の雨が降り注いでリベリスタたちの体力を奪い去っている。 「あら血の匂い、お洒落で素敵ね」 真名はそばにいる魔獣から漂う血臭に鼻を鳴らす。 けれども、鮮やかさが足りない。老人の血は黒ずんでいるからだ。 「画竜点睛を欠く、折角の作品があっても貴方が青白いんじゃ台無しだわ」 「ふむ。それではお嬢さんの血で補うことにしましょう」 魔力の砲撃が、アナスタシアと真名を貫いた。 白い衣が朱に染まる。 けれど、真名は倒れない。 「貴方のそれ、血が足りないわ、残りも搾り出しなさいな?」 金属の爪が空を切り裂いて疾風の刃が地野海へと迫る。 刃は老人の体を断った。 血が流れ出る。止まらない出血に、地野海の顔がさらに青白くなった。 魔獣と地野海の攻撃力は、高かった。 フィクサードたちにしたところで侮れる戦闘能力ではない。 ルカはひたすら福音を鳴らして仲間たちを補助する。 金色の右目はメタルフレームの証。無限機関の助けを借りて、彼は歌を奏でる。 ただ、敵に接近戦を挑む者も回復できて、かつ敵の遠距離攻撃の射程に入らない、などという都合のいい位置はさすがに存在しない。 地野海の体から流れる血が鎖へと変わったことにルカは気づく。 それはもっとも警戒すべき攻撃だった。 とっさに後方に下がる。前衛に押さえられたている野海は前進できないはずだ。もっとも、最後方にいるルカまで注意を払っていたかどうかはわからないが。 仲間たちが、鎖の奔流に飲み込まれる。 アーリィや達哉、颯の姿が見えない。 奔流が過ぎ去った。 膝をついている者もいたが、鎖で縛られた不自由な体で立ち上がる。 「まぁアレダ、死ぬ気で頑張るってヤツだョ、うん」 落ちそうになった煙草を、颯は器用にくわえなおした。 輝きが漆黒の鎖の一部を吹き飛ばす。ツァインだ。 鋼の鎧に身を包んだ青年は、背に生やした小さな翼でぎりぎり呪縛されるのは避けていたのだ。 「如月さん、大丈夫ですか?」 「いいや。だが、多少の無茶をしなければ戦いには勝てんさ!」 「では、回復を手伝ってください」 サングラスの青年とは共に傷を押しての参戦だ。 達哉がギターを奏でると戦場に福音が響く。ルカはそれを聞きながら、前進してツァインに癒しの風を吹かせた。 血の鎖を生み出した反動は、地野海にとっても重いものだったようだ。 アナスタシアは拳を握り、血の気を失った老人を見やる。 捨て身で挑んでくる敵は苦手だった。 呼吸法で天地の気を自らのうちに取り入れる。 だが、血の縛鎖による傷をふさぐにはそれでも足りなかった。 老人が作り出した魔法陣から、魔力の砲撃がアナスタシアの体力を容赦なく奪う。 くじけそうになる足に力を入れる。 「まだやる事は沢山残ってる……寝てられない、よぅ!」 ルカや達哉の歌が立ち上がった彼女を癒してくれる。 真名や颯の斬撃が遠近から地野海を切り裂いた。 錆びた刃を鎖でつないだフレイルを、雪崩のごとくに振り下ろす。巻き付けた有刺鉄線が肉をえぐり、老人に残った最後の血を絞り取った。 「今回も邪魔させてもらうよぅ、恨まないでねぃ。……まあ無理な話、だろうケド!」 木に寄りかかった地野海が今にも途切れそうな声を出す。 「……無理ですね……悪意と狂気が私の絵の源泉……。ただ……この想いを描く力が……残っていないのが……残念です」 彼の手が震えた。絵筆を取り出そうとしたのか。 しかし、地野海の手はもう動かなかった。 血の雨が降る。魔獣の雨に体力を吸収され、さらに弾雨までもがアナスタシアを撃つ。 「絵筆は……左の内ポケットに……」 透視で確認しておいた絵筆の位置を仲間に告げながら、彼女は倒れていた。 ●魔獣殲滅 颯はアナスタシアが告げた内ポケットを探る。 果たして、そこに絵筆はあった。 放り投げてクローで切り裂く。 「さて、どうなるカネ」 振り向いた彼女の色違いの瞳に、いまだ動いている魔獣が映る。 注意してみればその輪郭が揺らいでいるのがわかった。 いずれ姿を維持できなくなるだろう。脆くなっているのが目に見えてわかる。 だが、すぐではない。公園で暴れまわる程度の時間はかかりそうだ。 ガードレールの向こうでは、理央が当麻を呪印で縛ろうとしていたが、実力で勝る敵にはなかなか当てられないようだ。 ルカのみならず、達哉やアーリィも回復で手一杯だった。 「癒し手をまず狙え!」 指示を下しながら、当麻が道化のカードをアーリィに投げる。 影と重ねたカードに、銀髪の少女が倒れた。 「小生は地道に目の前を攻めるのに集中ダヨ。疾風の如く、駆け抜け切り伏せしんぜヨウ」 絵筆を壊して無力化できなかった以上、腹をくくって殴り倒すしかない。 魔獣との距離を詰め、颯はツァインと並んだ。 ツァインは魔獣と激戦を繰り広げていた。 血の雨はなんとかなる。ただ、彼を飲み込もうと降り注いでくる血の奔流は、不沈艦の彼をして戦慄させるほどの威力があった。 「あぁやべぇ……本当にバケモンだなコイツ……」 地野海衝吾。理解はできないが……それでも、認めざるを得ない。 「アンタの芸術は確かにすげぇんだろうな。でも、俺はもっとすごいもんを知っている……」 歌が聞こえる。 達哉のキーボードが、ルカのグリモワールが奏でる歌。痛打を受けたのに気づいて、理央も回復に加わっていた。 挫けそうになる足を支えてくれる。 「この『歌』が聞こえてくる限り、倒れる訳にはいかねぇんだッ!」 ブロードソードを振り上げ、全身の力をこめて振り下ろす。 颯が加速し、魔獣を切り裂いた。 「気をつけろよ、葛葉!」 「気をつけて何とかなるならいいのダガネ」 動きを麻痺させるソードミラージュの連撃も、実体のない魔獣は縛れない。 「うふふ……」 薄笑いを浮かべた真名の斬撃も魔獣を切り裂く。 輪郭の揺らぎが大きくなっていく。弱っているのだ。 新手を狙ったか、魔獣が颯へと降り注ぐ。 次いで、戦場に降り注いだ銃弾に、颯の口からタバコが落ちる。彼女の体は、それを追うように倒れていた。 「それ以上はやらせねぇぜ、バケモノ!」 溜め込んだ力を爆発させて、刃にこめる。 その剣は魔獣を切り裂き、ただの血の塊へと戻していた。 魔獣が消え去ってもフィクサードたちは退く様子を見せなかった。 達哉は胸をなでおろす。 そろそろ天使の歌を奏でるのも限界が近かったからだ。 「……相変わらず燃費が悪いな」 魔力を活性化させている分、ルカはまだ余裕があるようだった。 「くっ……せめて、数を減らすぞ! 後ろの男を狙え!」 当麻の指示に答えて、スターサジタリーが弾雨を放つ。 さらに当麻自身も攻撃しようとしたが、彼の周囲を呪印が囲んだ。 「君たちを自由にしないのがボクの役目なんでね」 確実に縛れるように時間をかけて狙いをつけ、理央が呪印を放ったのだ。 「悪いが、弱いほうから片付けさせてもらうぜ」 インディーズバンド時代から愛用しているショルキーの鍵盤に指を走らせる。 音が気の糸へと変わり、スターサジタリーを貫いていた。 理央はにらみつけてくる当麻の目線をまっすぐに受け止める。 「……てめえはもっと早めに狙っておくべきだったぜ」 「ボクを狙ったところで状況は変わらないよ。いろいろできるだけで、決定力はないからね」 むしろ、狙われたほうが都合がよかったかもしれない。四神の守護を得た理央の鉄壁ぶりは、クロスイージスであるツァインに並ぶほどだ。 もっとも、ツァインにはさらに守りを固める技があるので、最終的には彼ほどではないが。 呪印で動きの取れない当麻に、ツァインや真名の攻撃が直撃する。 敵は気力だけで立っている。 最後まで諦める気のないフィクサードに、理央は式符の鴉を作り出した。 「悪いけど、美味しいところを持っていかせてもらうよ」 身をよじって回避する当麻をかすめただけで鴉は消える。 ただ、かすめただけでも止めを刺すには十分だった。 ●戦いは終わらない 三ッ池公園の中心部方面では、ジャック・ザ・リッパーや後宮シンヤとの激戦がまだ続いているはずだった。 「さて、本番はこれからだ。あっちもしっかり片付けないとね」 理央の言葉に、決戦の場へと向かう仲間たちがうなづく。 倒した敵の後始末をゆっくりしている暇はない。 傷の手当をすると、リベリスタたちは移動を始めた。 ツァインは走り出す前に、木にもたれかかるようにして倒れる老人に視線を送る。 「爺さん、一つ訂正させてくれ。アンタの作品もやり方も反吐が出るが……アンタは本物だ」 それだけ告げて、彼は走り出した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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