●運命に抗う 一体どれ程の時間が過ぎたのだろうか。何故が閉じていたまぶたが開き、微動だにしなかった指先が震える。混濁していた意識は完全に元に戻る事はなかったけれど、何も感じていないわけではない。覚えている……胸が泡立つような激しい屈辱感。雲の高みから奈落へ転落していくような消失感。その全ては怒りへと昇華してゆく。体中の血が沸騰してゆくような憤怒だけが彼の全てを占めていた。 「許さない、許さないぞ、アーク! 許さないぞリベリスタの小僧っ子ども!」 かつて氷見と呼ばれたフィクサードの肉体は完全に生体反応を失っていた。それでも氷見の身体は動き、恨みの咆吼をあげてる。はだけられたボロボロのシャツの奥、土気色の胸に穿たれた大きな穴は児戯にも等しい針目でザクザクと縫い合わされ、その内側から淡く紅い光が漏れる。 「……ん?」 ふと、鈍い色の眼球が足下の携帯電話をとらえた。携帯電話には幾つかの着信と受信メールがあったことを示している。 「なるほど……三ツ池公園、そこへいけばいいのですね。わかりました、シンヤ様。今度こそこの氷見が力をご覧にいれましょう」 自分の身に起こった事をわかっているのかいないのか、氷見は生前よく浮かべた酷薄そうな冷笑をこわばってぎこちなくしか動かない頬に浮かべた。 ●運命の紅い夜 強化された万華鏡は否応なく多くの情報を『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)へと注ぎ込む。世界が崩界へと向かう血色の月が輝く夜、三ツ池公園に特異点が出現しこの世界に閉じる事のないホールが出現するのだ。三ツ池公園にはジャックや後宮シンヤに属するフィクサード達が集結し、バロックナイトを待ち望んでいる。 「でもまだ出来る事はある」 常人には見えないものを見るイヴの目には可能性が視えている。塔の魔女と呼ばれるアシュレイからの情報によれば、必要充分なだけの賢者の石を入手出来なかったジャックは儀式に集中する必要があり中断することも出来ない。傑出した戦力をリベリスタ達相手に発揮することは出来ないのだ。 「誰がどう動くにしても、三ツ池公園をこのままにしておくわけにはいかない。園内のフィクサード達を制圧して事態に対処出来るようにする必要があるの。だから……」 イヴは公園の見取り図に描かれている1点を示した。 「上の池に近い……休憩所に変なフィクサードがいる」 イヴによれば賢者の石争奪戦で戦って倒され、死亡した筈のフィクサードがそこにいる。それはかつて氷見と呼ばれたシンヤの配下であった。 「もう死んでいる……けど、胸の奥に強い力があって死んだ身体と心を動かしている。たぶん、賢者の石の小さな欠片」 動く死体となった氷見に大局の見る視野はなく、自分に屈辱を味あわせたリベリスタ達に復讐するためだけにここいる。氷見の前に姿を見せれば、直接対決し引導を渡したリベリスタ達ではなくても激しい攻撃対象となることは間違いない。 「氷見はアシュレイが創りだした水のエリューシオン・エレメントを3体従えている。1体は防御、2体は攻撃。水は鋭い剣にも堅固な盾にもなるから厄介だけど、どうしても氷見を倒して……死体は死体らしくが一番だから」 イヴは真剣な様子で言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月21日(水)23:54 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●禍月下の死人 血色の月が天と地を染める夜。世界に崩壊の危機が迫る。だが、そんな事は死人となった氷見には関係のない事だった。鼓動を止めた体には血潮の代わりに怨嗟がめぐり、やや考えすぎる傾向はあったものの思慮深い思考の代わりに殺戮の衝動だけが残っている。赤い欠片が創りだしたいびつなる造形はリベリスタを求めてあてもなく三ツ池公園をさまよい、南門と正門の間ぐらいにある休憩所へとさしかかった。そこは水辺にもほど近く、エリューションを率いる氷見は無意識に自分に有利な場所に足を向けていたのかも知れない。が、その人影が鈍く濁った死者の瞳に映ると氷見は足を止め、ゆっくりと向き直る。表情は怒りから激怒へと変わり、激しい変貌にパラパラと顔の皮膚が剥がれてゆく。 「がああっ」 死者の恨み言はもはや言葉にさえならない。 「信じたくはなかったけど、やっぱりあの時の氷見さんなんだね」 「死に損なって迷い出た挙句に同じ相手に倒される、か。運のなさには同情しておく」 少し哀しげに顔を曇らせた『寝る寝る寝るね』内薙・智夫(BNE001581)と『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)の姿に氷見は激昂した。潮騒が潮の香りが猛然と甦り、ドロリとした血の匂いと身体をボコボコに殴打された記憶がフラッシュバックした。頭を抱えて身を丸めた氷見は次の瞬間猛然と智夫と鉅に向かって走り出した。 「先に行け! 東だ」 「わかった」 すぐに智夫と鉅はきびすを返し水辺から離れるようにと走り出す。それを追う氷見とコポコポと水音をたてて移動するエリューションエレメント。だが、それはリベリスタ達の作戦通りであった。 「ここは遠慮無く手柄を横取りさせていただきますわ」 その人のやり残した仕事を果たす……などと知ればきっと怒るだろう。だから智夫と鉅に合流した『鉄拳令嬢』大御堂 彩花(BNE000609)はあえて冷たく思い切る。 その時、氷見の背後で衝撃が走った。振り返れば水のエリューションエレメンタルが攻撃を受け、水辺とは真逆の方向に吹き飛んでいた。そして、無骨な武器を両手に持った黒髪の少女が陶酔するようにうっとりと笑う。 「こんばんは、私罪姫さん。今宵貴方を……あ、もう死んでるんだったん。もう一度、殺してバラして片付けに来たの」 場違いなほどの『積木崩し』館霧 罪姫(BNE003007)の微笑みに一瞬氷見の注意が逸れたが、それは『硝子色の幻想』アイリ・クレンス(BNE003000)にとって好機であった。針の穴さえも貫き通す精密な攻撃が氷見の胸を撃つ。 「ぐあっ!」 鈍い悲鳴をあげて氷見がよろめいた。アイリの攻撃は確かにその死人の胸に命中しているが、小さな赤い石を砕くには至らない。 「無人島の洞窟で命を落としたのではなかったか? どうやってここまでたどり着いた?」 よく通るアイリの声が氷見を糾弾するように響く。 「その胸の穴は、縫い後は何だ。自分でやったわけではあるまい。そなたの身に何が起きたか理解してみよ」 その言葉を理解しているのかいないのか……それでも氷見は遠い記憶を思い出そうとするかのように虚空を見つめ動きが止まる。だが、リベリスタ達の動きは止まらない。『世界を記述するもの』樹 都(BNE003151)は手にした書を開きなにやら書き記すと、都から伸びた気糸が氷見の頭部を攻撃する。 「荒れ狂う氷見。死人の彼の最も弱き部分は生前彼が最も頼みとしていた明晰なる頭脳、その器たる頭蓋となっていた。なんという運命の皮肉なのであろうか……と」 行動は次々に記述となって都の手の書に刻まれていく。 「早く眠りに就くために……先ずはあなたのご友人から処理させていただきますよ」 こんな夜だから死人が恨みで肉体を動かし徘徊するなどおかしくないのかもしれないが、大切な人達のために『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)が望み欲するのは当たり前で平凡な、そして平穏な世界と日常。そのためならこのとんでもない状況でも自分を見失わずに立ち向かう事が出来る。今も幾重にも展開させた呪印が氷見を守るエリューションエレメンタルの1つをガッチリと拘束している。 「これ以上、奴らの好きにはさせたくねえっ!!」 放置すれば氷見は全てのリベリスタ達に襲いかかるだろう。ジャックやシンヤが関わる危険な夜にそんな不穏な存在を認めることは到底出来ない。 「凍って砕けろっ!!」 動けないエリューションエレメンタルへと『血に目覚めた者』陽渡・守夜(BNE001348)は凍てつく冷気を帯びた拳で殴りかかる。一瞬で水は凍りキラキラと公園の街灯に光り輝く。だが、エリューションエレメンタルの全身を覆うには至らない。 「許さ、ない……だれも、皆ゆ……るさナ、い」 殴りかかる氷見の声は既に通常の発声をなしえてない。同様に殴る掛かる拳の輪郭がぼやけているのはその肉体が崩れかかっているからだろう。それでも、死人である氷見は意に介すこともなく2体のエリューションエレメンタルが放つ礫と共に智夫へと肉薄する。 「氷見さん、ごめんね。でも……」 例え氷見との因縁があるとしても戦線維持の要である智夫が真っ先に倒されるわけにはいかない。恨みのままに攻撃を受けることも出来ない智夫は短く詫びの言葉をつぶやき、更に東へと後退する。追いすがる氷見……その拳を受けたのは鉅だった。死人ながらも渾身の攻撃だ。かなりの衝撃があった筈なのに、鉅の表情にはごく僅かな変化もない。 「どうした? しつこいだけで腕はその程度か」 僅かに口元をゆがめた片頬だけの笑みを刻む。それはまさしく挑発以外の何者でもない。 「行くよ!」 智夫がまばゆいばかりの浄化の光りを放ち、鉅は手の中の苦無を巧みに操り踊るように華麗な足取りで肉薄する氷見とその眷属を切り裂いていく。 「その役立たずな目にはわたくしたちが映らないのかしら? 無防備に背をさらすなど、死んだ事の教訓も生かされてはいないようですわね」 長い髪をなびかせ戦う彩花は彼女自身が一陣のつむじ風であるかのように、戦場となった公園の敷地内を駆け抜ける。目にも止まらぬ速度の蹴撃は真空の刃となり氷見を守るように付き従うエリューションエレメンタルを切り刻んでいく。そこに防御の空隙が出来た。そして好機を逃す罪姫ではない。軽やかに宙を舞い、まるで長く別れていた恋人の胸に飛び込むかのように頬を染め微笑みさえ浮かべて体当たりをした。 「がぁああ!」 背から地面に激突した氷見がくぐもった悲鳴をあげもがくのを押さえつけ、罪姫は生気のない身体に口づける。それでも猛然と暴れる氷見の剛力にとうとう罪姫が吹き飛ばされた。けれど、ふわりと着地をし満足げに唇を拭う。 「他人の愛した人を横から奪う趣味は無いけれど、今回だけは許してね」 「所詮かりそめ……すぐにその石の呪縛から解放してやろう」 再度アイリの攻撃が氷見の胸を撃つ。胸の中央にある大雑把だが的確な縫い目……小さな石を埋め込むには必要のない無駄に肋骨や胸骨を切除し、また元に戻して縫合したのだろう。アイリの攻撃をまともに食らった胸部からごっそりと肉片が地面に落ちていく。 「冷静さを欠いた者の末路はいうに及ばず……如何にして氷見であったもの、その胸に消えない怒りの炎を灯し続けるべきか。」 都の記述に従うように、再度気糸が氷見を狙う。だが、今回もエリューションエレメントが妨害しクリーンヒットとはならず、氷見に怒りを与える事が出来ない。 「まだしばらくの間、この戦記は続くようですね」 都は静かにページを繰る。 「こちらの攻撃の邪魔をしてもらっては困る。まだまだ夜は長いようですからね」 京一は2体目のエリューションエレメンタルを呪縛にかかる。攻撃と防御、3つのうち2つのエリューションを無効化すれば、それだけ決着が早くなり次の戦いへと力を温存出来る。自分達の目的は氷見の撃破ではなく、大切な人達が暮らす世界を崩壊から守る事なのだ。 「一度で砕けないなら、幾らでもかましてやるぜ。かちんこちんに凍って粉々にしてやるから覚悟しな!」 気合いと共に守夜が敵に躍りかかった。守りたい人がいる。自分よりもずっと強いかもしれないけれど、今度は必ず守ると決めていた。だから、絶対に目の前の敵を倒す。先ほどよりもずっと強い闘気が凍える拳となってエリューションエレメントを覆っていく。だがやはり全部を覆い尽くす程の効力はない。 「どけぇ。貴様ではない。私の獲物はあれだ!」 罪姫を振りほどき立ち上がった氷見は野獣の様に四肢を使って走る。見た目ほどその死人の身体は保たないと本能的に悟っているのか、接地の衝撃を分散させ智夫に……そして隣にいる鉅に躍りかかる。同時に呪縛から解き放たれたエリューションエレメント達も水の礫を2人に注ぐ。 「ぐっ……」 「おどきなさい!」 「鉅さん! 彩花さん!」 智夫をかばって前に出た鉅と、智夫を押しのけた彩花へと無数の水が襲いかかり、氷見の拳が乱舞する。 死人の氷見は防御を捨て攻撃に特化していたが、付き従うエリューションエレメントへの配慮は全く見せず、1体、また1体とリベリスタ達に倒されていった。その間、智夫と鉅、そして智夫を守る彩花は執拗な攻撃に晒されていたが、癒しの力で疲弊した智夫へと都が力を分け与える。 「内薙は次々に味方をいやして行くが……守護の魔法は精神に負担が大きい。しかし、だ。今は、力がわき上がり続けていた。この素晴らしい仲間と、ずっと戦える。癒せる。そう確信していた」 羽ペンが記す言葉通りに智夫の力が復活する。 「残ったのは氷見さん、あなただけですよ」 京一の呪縛がとうとう氷見を捉えて放さない。 「うがあああ!」 力任せに暴れてみても、ドロドロに崩れかかった身体の一部が飛沫となるだけだ。 「火葬して成仏しろ、南無阿弥陀仏っ!!」 業火をまとった守夜の拳が氷見の腹を深くえぐる。 「あとちょっとだよ!」 智夫の詠唱は清らかななる存在へと救済を求め、それに応じて福音が響く。途端に皆の身体に刻まれた傷が癒されていく。 「やっと相手をしてやれるぜ」 「こちらもですわ。覚悟なさいませ!」 鉅の苦無が縦横無尽に刃の軌跡を描き、彩花が鋭すぎる蹴撃で氷見の身体を文字通り削っていく。獣の様な悲鳴をあげてのたうつ氷見。そこへ罪姫が優しく襲いかかりアイリの狙い澄ました攻撃が今度こそ赤い石ごと氷見の胸を穿つ。 「元凶ごと倒す!」 だが、氷見の断末魔の悲鳴は罪姫の指がそっと唇が塞いでしまう。 「全て罪姫さんに任せて安心してね」 その無邪気な微笑みを氷見の瞳は映しただろうか。胸の中央から急速に氷見の身体がしぼみ、それが全身に波及していく。雨後かく無かった氷見の胸にはまった石からは禍々しい輝きが消え、同時に肉体は死人としての時間が戻り一気に崩壊していく。 「気骨のない。この罪姫さんがキチンと肉の一片まで始末してやろうと思っていたのに……崩れてしまうとは」 心底悲しそうな顔で罪姫は原型を留められなくなり、変形してゆく氷見の肉体を切なげに見守っている。無理な力でゆがめられて動いていた肉体はその反動かのように消滅していくのだ。 「……動く死者氷見はかくの如くあれり」 土に還っていく氷見を見つめ都はそれを書き留める。全てを記述すること……それこそが都の戦いであり、存在意義であり力であり、生きる全てだった。 「出来ることならもう2度と憎しみに囚われることなく、永遠の眠りに就けるように……」 例えフィクサードであったとしても動く死人であったとしても、京一は故人の冥福を祈らずにはいられない。 「大丈夫か?」 ぎこちない様子で守夜は彩花を気遣う。それに小さくうなずく彩花。 「生者が死者に出来る手向けは葬る事だけですわ」 夜風になびく髪を払い彩花が言う。冷たく青い瞳が見下ろすなか、倒れてもう動かなくなった氷見の身体は原型を失っていく。 「2回もごめんね。先に地獄で待っててくれる?」 複雑な表情を浮かべ、まるで旧知の友へ語りかけるように智夫が言う。胸から取り出そうとした石は触れただけで脆くも砕け、砂のように風に乗って消えていく。 「やれやれだ。ようやくこれで本戦に挑めるってもんだな」 鉅は夜空に浮かぶ赤い月を見上げ、すぐに視線を戻す。ジャックの儀式はまだ続いていて事態は一向に好転していないのだ。 「その通りだ。氷見を倒しても、閉幕には早い。ジャック、シンヤ、アシュレイ……まだ倒さねばならん敵がいる。ゆくか」 アイリは皆を見渡して言う。 倒れた敵は消え、倒したリベリスタ達は次の戦場へと向かう。彼らの夜はまだ長く、安らかで希望に満ちた夜明けはまだ迎えられそうにはなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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