● ずっと考えていた。どうしてあんな事になったのか。 どうしてひーだけじゃなくて、ふーまで死んじゃっだのか。どうして。 難しくて難しくて。ようやく分かったのは、あの時、あの間、自分達は足手まといだったのだろうと言う事。 悔しかった。 悲しかった。 てっきは全部自分のせいだと言ったけど、それはてっきが優しいから。 あたしたちは、てっきの役に立ちたかったのに。 だから、お願い。 「……大人に、なっちゃったんですね」 まじょの声はほんの少しだけ、いつもと違って聞こえた気がした。 ● ん? 来たか。 いいか、今日はよーくリスントゥミーだ。 お前たちも聞いたかな。 塔の魔女から、パーティーのお誘いがあったってことは。 もっとも、会場はこちらで探せとのお達しでね――無作法なレディだと思わないか? まあともかく。 俺たちだって『賢者の石』を手に入れたんだ。カレイドシステムの強化も順調。 万華鏡の目は俺(ワンダリングキャット)に戦場(ダンスホール)を教えてくれたよ。 ……そんなに急くなよ。俺だって好きで焦らしてるわけじゃあないのさ。 場所は、神奈川、横浜。三ツ池公園。この地に、特異点が現れる。 崩界の加速(アクセルが踏み込まれたの)は、こいつのせいみたいだな。 奴らはここで、儀式を行うつもりらしい――洒落にならない光景(シーン)だぜ。 とんでもなく大きな穴が開く様子と、赤い月が浮かぶ様を、この俺の目(キャッツアイ)がしかと見た。 大規模な崩界(カタストロフ)が起きる時に空に浮かぶ、血の色の月(ブラッディムーン)、赤い夜。 ――そうだ。こいつが『バロックナイト』だ。 この公園だが、残念ながら既にジャック側の戦力が配置されている。 何度か顔を合わせたことのあるあっちの精鋭たち、バロックナイトに賛同する他のフィクサード、魔女の作り出したエリューション……ま、そんなところだな。 公園近辺の住民は念の為避難させたし、封鎖態勢も整えたんだが――見てくれ、この地図。 真ん中に橋があるだろ? この橋を挟んで南北に、ジャックたちがいる。 さらにはこの真南の正門は、敵戦力の厚さから言って事実上封鎖状態。 迎撃態勢(パトリオット)は万全(パーフェクト)ってわけだ、向こうからすればね。 さて、順番に行こう。 敵は堅牢、だが儀式阻止のためにはタイム・イズ・マネー。 この事態に、こっちが取るべき手段は何か? ――陽動と奇襲だ。 まずは陽動。 これについてはアークの戦力以外にも、蝮原たちが協力を申し出てくれたそうだよ。 セバスチャンもそっちに行くって言ってたかな。 そこで騒ぎを起こしている隙に、この他の門から潜入(スニーキング)してもらうことになる。 ……しかし、やっぱり最大のプロブレムはバロックナイツだな。 アークとしての最善は当然、ジャックを撃破して、儀式をブレイク。穴を開けさせないことだ。 なんせあのジャックといえども、こっちがゲットした分の賢者の石の影響は大きいらしいじゃないか。 儀式への集中が必要なせいで弱体化するって話だしな――塔の魔女の話を信じるなら、だが。 まったく無茶な話だよ。 やつを倒せ、だが奴が倒れても儀式が成立するようになるまでは、こっちに手を貸す心算はない。 それが魔女の言い分だってんだから。 何って言ったっけ? ああ、『無限回廊』か。 空間をおかしな形に歪める特殊な陣地……時間を掛ければ攻略法を見つける事もできるかも知れないが、あまり現実的な話じゃないな。魔女に解除させるか、それとも、倒してでも押し通るか……。 ん? ああ、すまない。今はそっちの話じゃなかったな。 どういう方法を取るにしても、重要なことがある。 それは攻め込む(アタックする)ことだ。 敵戦力を削って戦線を押し上げていかないと、最悪、敵軍の中で孤立するなんてこともあり得る。 後宮派の戦意は高いし、そいつらのほとんどはジャックとシンヤに忠実だ。 その上シンヤはアシュレイを疑っているようだな。準備は万端、オールグリーン。 ……まったく、不利な戦いだよ。 だが、勝ってくれ。 お前たちなら、無茶な話じゃないはずさ。そうだろ? リベリスタ。 ● 鉄の鬼と呼ばれた男がいた。 赤い月が照らす園内で、その男と、リベリスタは今まさに対峙していた。 彼の背後では、数人の男が構えたり、背後に下がったりしている。 ブリーフィングの最後に『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が付け足した言葉を思い出す。 『気をつけてくれ。シンヤの部下も引き連れているし、そいつらもそこそこ強い。 それと、武装している以外、鉄鬼には何も変わったことはないが――問題は、少女だ』 以前は何も手にしていなかった男は、巨大な斧を片手に提げ、もう片手には盾を手にしている。 その腕にひしと抱きついている青いドレスの少女は――少女と呼ぶには、些か大きい。 『以前よりもはるかに強い。 回復を中心としてくるのは間違い無いだろうが――速さを武器に、斬りつけてくることもできる』 ああ、確かに。 あの細腕に構えているのは、レイピアだろう。 『だが、そんなことより、もっと大事なことがひとつある』 ――目の前には5人、正しくは4人と一体の敵。 娘は、リベリスタの目に気が付き――自分の特徴をしっているのだと、理解したのだろう。 『自爆、特攻。そんな技だ。 自分が足手まといになるくらいなら――その行動に、鉄鬼の得るものがあるのなら。 彼女は躊躇なく、その技を使うだろう。 まともに食らってしまえば――お前たちでも、生命が危ない』 驚くほど優しい表情で、にこり、と微笑んだ。 ● 鉄の鬼と呼ばれた男がいた。 彼の人生において、革醒はあまり良いことではなかった。 アスリートとして期待されていた、彼の人としての生はそこで終わったも同然だった。 己の代わり果てた姿に困惑し、生きるすべをなくし――そこからの転落劇に意味はないだろう。 今宵がどう動こうと、彼は後宮シンヤの下を離れるつもりでいる。 これ以上は、不要な情を持つだけだ――今のように。 『アークに来る気はありませんか? 私達と一緒に、貴方自身の為に生きてみませんか?』 以前に掛けられた言葉が脳裏を過り、口の端が歪む。 己のために生きられるほど器用であれば、恐らくあの時に対峙することもなかっただろう。 だが――これが終われば、他の生き方を考えてみるのも、悪くは、ない。 「鉄鬼、どうしかしたの?」 細剣を構えた少女が、傍らで笑う。 何が起きたのか、数日前より、随分と手足が伸びた。 ――鉄鬼とて、エリューションと出会ったことがないわけではない。 急激な成長に不穏なものを感じはしたが、『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)に何かを頼んだと言う少女に、何も言うまいと決めた。 後宮に付けられた数人の部下たちもおそらく、この娘――否、魔女が何をしたかと警戒してのことだろう。 もしこの娘に背後から刺されるのであれば、それも一興。 できるものなら戦いの中で終わりたいと望みはするが、己の生に何が起ころうが今更何を驚くものか。 この不器用な生涯に、不恰好な生き様に。 最期があるというのなら、おそらくそれは今、この時だ。 「さあ来い、リベリスタども! ここは通さぬ!」 鉄鬼と呼ばれた男は、そう、吼えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月19日(月)23:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 赤い月が照らす木々の下。薄暗闇の中に轟音が鳴り響く。 バッテリー式の大型ランプを照り返しながら振り下ろされたそれは、持ち手の異形にあわせたか片手斧には到底見えぬほどに大きい。 狙いを大きく外したそれは、無関係な大地に冗談の様に深い穴を穿った。 「ほっほ、剣呑剣呑。主らも不運よの?」 白髪の老人は嫌らしく笑い、自分と相対する男に揶揄を篭めた言葉を投げかける。 「ほっ?」 だが、『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)はそんな老人など無視するかのように、出し抜けに跳躍し、懐中電灯の光を頼りに木々とその枝を次々と渡る。 狙いは少し離れた位置に居た短髪の青年――かと思えば、バスタードソードの強襲に仰け反る青年の前から見る間に戻り、老人の前に再び立ち塞がる 「主、もうちょっと他人に左右されて見たらどう何じゃ……」 懐中から呪符を取り出す老人の言葉には、今度は軽い呆れが篭っていた。 「僕が貴方の対応を。しかし攻撃は彼に。そうと決めましたので」 孝平の返事は素気無い。 だが、彼とて鉄の鬼と呼ばれたフィクサードに思う所が無い訳ではない。 (あの強力な力を正しく使う術を知らず、おびえ、そしてフィクサードとして生きることになってしまった) あるいは孝平自身にもそうなる可能性があったのだ。 だが現実にはフィクサードである彼に、リベリスタとなった孝平が立ち向かっている。 (運命とは中々にうまくいかないもの。天の計らいとは言え、残酷なものです) だが。否、だからこそ。 リベリスタ達はその天の計らいに逆らうつもりだった。 「私の言葉はたとえ僅かでも彼に届いていた……そう信じて!」 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)は小さく呟く。 カレイドシステムが映し出した、鉄鬼の迷い。 もう一歩手を伸ばせば、ひょっとしたら届くかも知れない――ならば説得を。話を。 その為には、シンヤの手勢が邪魔だ。 「ちぃっ!」 スキンヘッドの男を絡め取るべく展開される気糸のトラップ。 舌打ちをしながら拳銃を握った両手を振るい、すんでの所で抜け出す男に、レイチェルは歯噛みする。 向上させた伝達処理と、秀でた戦闘の勘から編み上げた罠でさえ、後一歩が中々及ばない。 「せめてもう少し明るければ……」 木々の間から垣間見える月をチラと恨めしげに見る。 戦場は森の中、ただでさえ遮られがちな月光は、普段のそれとは違う色。 ――照明に適しているとは、言い難かった。 地を穿った斧を引き上げ、鉄鬼はシンヤの配下に助力しようと足を向け、 「邪魔はさせない、あたしと戦ってくれるかしら?」 ――愛らしいワンピースで着飾った可憐な『男』が立ちはだかる。 手には刃紋煌く小太刀、持ち手を背面に付け替えたアタッシュケース。 『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は熱源による知覚が可能ゆえに、戦場の暗さに縛られる事がない。鉄鬼を見据え、全身のギアを上げたその体は今、高速で疾走する『脳の牢獄』。 彼は最初、気糸で鉄鬼を戒めようとした。それは木々に遮られうまく行かなかったが――背後から使用されては難儀だと考えたか、鉄鬼はおもむろに頷く。 「相手となろう」 リミットを外した『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)は、僅かに苦笑する。 「不器用な男だな。不器用な俺から見ても不器用だと感じるくらいに」 だが、そんな生き様に彼は悪感情は持たず――複雑な心境と裏腹に、背後に回りこむ。 その次の瞬間、一陣の旋風が駆け抜けた。邪精だ。 「やっぱりな……!」 無数の刺突に曝されながらも、ディートリッヒは不適に笑う。 彼の役目は邪精の抑え。鉄鬼の背後を狙ったのは彼女を誘う為だ。 傷は浅くなく、貫かれた体が痛みを訴える。だが獣戦車はうろたえない。 「アンタは自分の身を挺してまで鉄鬼に尽くそうって思ってるんだろ。だがそれだけではダメだ」 そう言いながらも鉄鬼の間合いに深く踏み込み、ナーゲルリングを打ち込む。 彼と同名の英雄にあやかった剣は、鉄鬼が鉄板の如く無骨な盾を挟むより早くその身体に命中した。 「鉄鬼!」 よろめく男の身から先ほど施した加護が消えた事に気づき、邪精が色めき立つ。 「アンタは自分が居なくなった時の鉄鬼のことをまったく考えちゃいねー」 ディートリッヒの言葉に、邪精の肩が僅かに跳ねる。 元々、鉄鬼の欠けた部分を補う為に作られた彼女達だ。 それは戦いの技術は勿論の事――おそらくはきっと、心に関しても。 邪精の得た新しい力、自らの命と引き換えのそれは確かに脅威だ。 だが脅威とは別の理由で、リベリスタ達はその力を使わせまいと考えていた。 邪精の表情に少し考える様な色が混ざる――森の中に連続した銃声が、その思考を遮るまで。 リベリスタ達を襲う蜂の群の如き数の銃弾。スキンヘッドの男の乱射だ。 広所であれば脅威だったろうが、木々の立ち並ぶここではその猛威は一歩劣る。 「流石に全員はよう当たらんけ、次ぁお前が……!?」 男は短髪の若者に追撃を頼もうとし――次の瞬間目を剥く。 気配を消し木々の上、枝を伝ってを渡り歩いて来た『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)の振るう黒いオーラが、短髪の後ろ頭を強かに殴り抜いていた。 「……」 アンジェリカは声を立てず、そのまま木の幹を地面の様に自在に歩き再び木々の上に身を隠そうとする。 だが敵も流石にそれを放置するわけがなく、老人が占術を媒介に撃った不吉の影がその身を覆う。 「やってくれるじゃねえか!」 そこに更に短髪の男が強打された頭を抑えながらもナイフを閃かせる。 ゴシックロリータを纏う身に死の刻印を刻み込れ、アンジェリカの顔に苦悶が浮かんだ。 「そこまでだぁっ!」 噴出す炎でガントレットを赤く染め、突撃してきたのは『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)。 水の如く流れる動きから放たれた業火の拳に、短髪の男は慌てて飛び退る。だが、 「その身で受けろ、我が全身全霊の一撃を――!」 突き込まれた激しい電撃を纏うランス。ディートリッヒ同様に己のリミットを取り除いた『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)の一撃は、早期撃破の意志を込め正に総力。彼の暗視の前ではこの戦場も昼と変わらない。 直撃に体勢を崩す男を尻目に、美散はチラリと邪精を見やる。 (俺は、少女の姉妹を殺している。あるいは狙って来るかとも思ったが……) それは杞憂だった様で、彼女は決して鉄鬼の傍を離れようとはしなかった。大人になり、強力な戦力となったかつての少女を見るにつけ、美散は心の何処かに無念の情を抱かずにはいられない。 (……如何やらお前さん達とは死合う事叶わぬ運命らしい) 戦闘狂である彼には、それがいささか残念なのだ。 「勿論、上手く行けばの話だが、な」 「そこは他の皆に上手くやって貰うとして、僕は僕の仕事をするとしよう」 美散がポツリと漏らした言葉に繋がったのは偶然か、少し離れた所で『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)がヘビーボウの弦の巻き上げを完了させた。 「にしても期待はずれだなあ。回避が得意なのかと期待してたんだけど」 狙いは、短髪の若者。感覚を研ぎ澄ませた彼の見る限り、身のこなしに置いては歯応えがなさそうだ。 「まあ、ちょうど良いかもね」 ただリィンの手持ちにも照明は無く、狙いにくさを加味すれば気を抜けるほどでもない。 少年の様な男は直ぐに切り替え集中すると、避ける事を許さない必殺の一矢を放つ。 「人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて何とやら――ってね」 君達にその気は無いのだろうけど。そう続けて笑うリィンは、直撃を受けた筈の男がしかし、よろめいただけなのを見て思わず眉根を寄せた。どうやら思いの他に丈夫らしい。 ──がぉん!! 戦場にまた轟音が鳴り響き、周囲の意識を半ば強制的に引き寄せる。 無理も無い、今度は地面が穿たれる掘削音ではなく硬い物がぶつかる音。 それはつまり、鉄鬼の一撃が『何か』に命中した証明。 「……あたしはエレオノーラだけど、貴方の名前は?」 肌を粟立たせる仲間の先、しかしエレオノーラは平然と鉄鬼に話しかけて見せた。 鉄の鬼が振るった生死を二分する威力の斧が命中したのはアタッシュケース。受け止めた僥倖と引き換えに表面は明らかに少し抉れており、それ越しに受けた衝撃は決して軽くあるまい。 「鉄鬼なんて、他人が貴方に勝手に与えたモノでしょう、『貴方』が知りたいのよ」 だというのに、美少女の相を持つ男は言葉を続ける。 鉄鬼の目が少し見開かれたのは、受け止めた強靭さにか、それともかけられた言葉にか。 ● リベリスタ達の大半は先ずナイトクリークである短髪の男に狙いを定めている。 孝平の多角的な強襲とリィンの魔弾が着実に追い詰め、猛と美散の猛攻が追い立てる。 そしてアンジェリカが木々の上に逃げ込み身を隠してからの奇襲。有効とは言い難いが、それでも戦場の状況や敵味方の数もあり、全くの無意味ではない。 対する短髪の男は踊り舞う様にナイフを振り回し、対するリベリスタをまとめて切り刻む。 射手であるスキンヘッドの男はレイチェルの仕掛ける気糸の縛めに封じられはしたものの、それでも振りほどく事が叶う度、その拳銃から魔弾を放った。猛と美散に呪いの弾を、そして短髪の男を囲う三人に星の瞬きの如き光弾を。 老人は、呪いの浸透した二人に不吉の占呪を仕込んだ後は、他の男たちの治癒に専念した。 リベリスタ側唯一の癒し手であるレイチェルの福音は、多数を一度に癒せる反面各々の深手は癒しきれない。攻撃を集中された猛と美散、アンジェリカの傷は、着実に深くなっていた。 エレオノーラと鉄鬼の戦いは比較的安定しているように見える。 回避に秀でるエレオノーラは、翼を使い地や木々を足場にさながら妖精の如く戦場を駆け回り鉄鬼の猛撃の直撃を避け、幻惑の武技で振るう小太刀は鉄鬼を着実に傷つけていく。 ディートリッヒが振るう強打は邪精の祈りも打ち消すが、邪精は鉄鬼の治癒にほぼ専念している。 ――薄氷の上の均衡。 「邪魔なんだよ、お前らぁっ──! ぶっ飛びやがれえええっ!!」 流れが変わったのは、アンジェリカの一撃にふらついた短髪の男の鳩尾に猛の一撃が深く食い込んだ時だ。焼け抉れた腹部を押さえゆっくりと倒れる男にリベリスタ達は小さく拳を握り、今度はインヤンマスターの老人の方を一斉に向く。 「こりゃいかん。ええ、ちぃちぃのぱっぱ、と」 突撃しようとする敵に老人はこの戦いで始めて見せる青い符を取り出し、適当な呪文らしき呟きを漏らす。 そして森に雨が降る。全てを凍らせる、魔雨。 「ぐ、くそ」 「寒い……」 猛が、アンジェリカが、美散がその身体を傾けて行く。3人とも、もう限界だったのだ。 「今は、やるべき事がある。倒れるわけにはいかん!」 しかし運命を燃やし踏みとどまる美散の、霜を割り凍り付いた身体を鞭打ってランスを構える眼光に老人の顔が引きつった。 リベリスタは二人倒れた。だが、倒れた一人はシンヤの配下3人の内唯一の前衛。 「おえんのう」 スキンヘッドの男の口から漏れるのは、弱りきった呟きだ。 彼はレイチェルの気糸に縛られており、邪精は鉄鬼にかかりきり。 「君も射手だろ。では、僕のこの弓と君の銃、どちらが優れているか試してみよう」 そっちの爺さんの次に、ね。と、リィンの言葉が追い討ちの様に届く。 ──ごぉん!! それは20に1あるかないかの大失態。 斧に跳ね上げられ、冷え切った大木の幹に叩きつけられ、衝撃で大木が鈍い音を立てて折れた。 「……まだよ」 だがエレオノーラは倒れない。全ての苦痛を己が運命と引き換えに押さえ込み、倒れる事を拒否する。 「……鉄の鬼。ああ、勝手につけられたあだ名だ」 その姿に何を思ったのか、鉄鬼が口を開く。 エレオノーラは一瞬怪訝な顔をしたものの、すぐに気づく。 先ほど自分が聞いた言葉への返答なのだと。 「だが今はもう、その名で繋いだ手がある。だから俺は『鉄鬼』だ。それで良い」 鉄面の奥のその視線が傍らの邪精をチラと見た事に気づき、エレオノーラは満身創痍にも関わらず、ふと笑みを零した。 ● 「御伽噺の魔女は、願いをかなえる代償に大事なものを奪うのよ」 エレオノーラの言葉が、斧を振り上げ様とした鉄鬼の手を止めた。 「万華鏡が教えてくれた彼女の新たな力について、少し話を聞いていただけませんか?」 続くレイチェルの言葉は静かで、到底戦いの意志がある様には思えない。 既にシンヤ配下の3人は斃れた。 老人は最後までスキンヘッドの男を援護し、射手は魔弾を撃ち続けた。だが、誰も彼も運命を捧げその力を保った。それは攻勢に転化した邪精の剣で、一度は胸を貫かれたディートリッヒも同様。 リベリスタ達はあれ以降一人の戦力も欠かす事無く立っているものの、同時に一人残らず満身創痍。 ――戦いを続ければ勝つのは自分達だと、鉄鬼は考える。 だからリベリスタ達の態度を何かの奇策かと、警戒した。 だが反面、魔女に何かを頼み成長した邪精の変化と、そして態度に不安な物を感じていた事も事実。 鉄鬼は少し迷うように邪精の方を向く。 男の視線に邪精は一瞬躊躇した後、意を決してレイピアを構え、 「彼だけ知らないのはフェアじゃないでしょう?」 その動きに注意していたレイチェルの一言に制された。 「想うだけでは何も伝わらん。言葉にして伝えたからこそ、その力を得たのだろう? ――ならば何故、その男には伝えようとしない?」 お前も鉄鬼と同じに不器用すぎる。そう諭したのは美散だ。 以前の邂逅での彼からは思いもよらぬ言葉に少なからず驚いた顔を見せる鉄鬼達。 「単刀直入に言います……自らの命を代償にした、強力な一撃です」 その間に振り下ろされた、レイチェルの暴露。 目を見開き唇を噛んだ邪精とは裏腹に、しかし鉄鬼の反応は静かなものだった。 心の何処かで薄々気づいていたのかも知れない。 「その子は貴方の力になりたいのよ。その為に、命だって投げ出す。 その覚悟は素晴らしいものだけれど、同時にあたしは悲しい」 だって、貴方をまた1人にしてしまうのだもの。 そう結ぶエレオノーラの顔を鉄鬼は言葉も無く見つめる。 「使用すれば私達も彼女も命は無い……それを踏まえて提案です。 彼女と共に、この場から立ち去っていただけませんか?」 邪精が、鉄鬼が沈黙する。 鉄鬼の鉄面の下の目を見据えて語るレイチェルの提案を、詐術だと突っぱねる事が、出来ない。 戦えば勝つのは自分だと思ってはいる。 今度こそ邪精を滅ぼさせはしない心算もある。 だが――先刻倒れた木が、視界に入り、鉄鬼は躊躇した。 勝負は水物。何が起きる、何が起こらぬと誰が断じられるだろう。 勝利と引換に邪精が自らの命を投げ出す可能性は――ないとは、決して言えないのだ。 「……どうして?」 沈黙を割ったのは、顔色を白くして俯いていた筈の邪精だった。 「どうして、まるで私を生かそうとしてるみたいな事を言うの?」 ひーとふーは、殺したのに。 その言葉はすんでの所で喉の奥で止まったが、それを察せないリベリスタ達でも無い。 だがそれでも、伝えたい事がある。 「君は、それでいいの? 死んで、もう鉄鬼の為に何かを出来なくなる事が怖くないの?」 地に伏していたアンジェリカが、深手を負った身体を酷使し、切々と言葉を紡ぐ。自分ならば命が惜しいと。愛する誰かの為に何かをする事が出来なくなるのが怖いと。 「それに君は、君を失う鉄鬼の事は考えないの? 君が生きている事が鉄鬼の幸せのはずだよ」 そう言われて、邪精の肩が叱られた子供のように跳ねる。 「自分の為に犠牲になって、喜ぶ人なんていないわ」 エレオノーラの言葉は厳しく、それ以上に優しい。 「死んだら全てが終わりです。 半分は自分の為に、もう半分を彼女の為に……彼女と共に生きてみる事はできないでしょうか」 レイチェルは鉄鬼に対しそう結び、それから邪精の目を真っ直ぐ見て続ける。 「ねえ、貴女はどうしたい?」 白刃が舞った。 「貴女が……貴女がそれを言うの!?」 警戒を怠らなかった美散が割り込まなければ、邪精のレイピアはレイチェルに迫っていた筈だ。 「鉄鬼をアークに誘ったのは貴女なのに! 私が居たから、鉄鬼は断ったのに! 私が! フェイトを、持ってないから!!」 血を吐く様な叫び声。レイチェルの顔が見る間に青くなる。 『私達と一緒に、貴方自身の為に生きてみませんか?』 その言葉を聞いたのは鉄鬼だけではない。届いたのは彼の心にだけではない。 鉄鬼が勝利を得るならそれで良い。だが敗北が待っていたとすれば――鉄鬼はともかく、少女は。 「貴方達リベリスタは! 私を殺すのが『役目』でしょ!?」 否定できるわけが無い。 昨日まで善良な一般人であったとしても、革醒しフェイトを得なければ殺す。 それがリベリスタの使命なのだから。ずっと、続けてきた事なのだから。 万が一、アークに投降することがあっても、邪精を殺せば鉄鬼はそれを許すまい。 ――彼女自身が、自分の意志で死を選びでもしない限り。 そのための能力でもあったのだ。 子供に帰ったかの様に泣き喚く邪精を前に、リベリスタも鉄鬼も、何も言えない。 いや。 「それでも、ボクに似てる君を殺したくないんだ……」 もう意識を保つのも苦痛だろうに、それでも言葉を続けたのはアンジェリカだ。 「自分勝手に思いを押し付けて死んで、それで助かっても、彼は君にどう恩を返せばいい? 返しようのない恩は呪いと同じだよ。鉄鬼を一生縛り続ける、そんな身勝手な思いをボクは愛だなんて認めない!」 激情は、時に激情を駆逐する。怒りすら滲んだアンジェリカの叫びに、邪精の泣き声が止まった。 「俺としちゃ、2人にはこの場からいなくなるならその後は関知しないつもりだ」 ディートリッヒもまた、邪精を見逃す事を明言する。 「後は鉄鬼次第、ですね」 邪精が沈静化したのを見て取った孝平がそう言い、全員の視線が巨漢に集まった。 「俺は……戦う事しか知らん。友を得ても、守る事が出来なかった」 ぽつりと、男が言葉を紡ぐ。 100m先のゴールテープを失ったあの日から、男にはもう戦い以外の全てが無かった。 その末に魔女の介添えでようやく握った3つの手も、今は1つ。 それは、2度目の挫折だ。だから。 「ならばせめて与えられた役割を。それすら果たせず、何を守れる道理も無い!」 斧が振り下ろされた。 ランスの腹で受け止めた美散の腕が、みしりと鈍い音を立てる。 「考えは分かるが――それは全て男の身勝手だ」 鉄鬼の側頭にリィンの放った矢が突き刺さり、次々とリベリスタ達の攻撃が叩きこまれる。 「死ぬ気は無い。だが、戦いの中で死ねば義理は通る!」 そうすれば残された邪精も、フィクサードの中で無碍に扱われないだろうと。 鉄鬼もまた、そう考えていた。 邪精の癒しを受け、倒れる予兆も見せない鉄鬼は言葉と共に再び得物を叩き付ける。 「鉄鬼よ。 女の考えを男の尺度で測るものでは無いぞ。お前さんの死を彼女が願ったとでも思っているのか?」 「……!」 肩から腹部にかけての肉をごっそりと抉られながら、美散は寧ろお返しとばかりに痛烈な言葉を投げる。 鉄鬼の肥大化した両腕がびくりと跳ね、止まる。 地に伏しながら最後に美散は邪精の方を睨んだ。 先ほど倒れる事を拒否した時とはまた違う形に運命が歪む事を祈るが――しかし何も変わらない。 何かが起こり得たこの赤い夜に、だだ世界がそれを受け容れようとしない。 「お前達は互いを理解しているようで何も理解していない」 ままならぬ現実に軽く嘆息し、しかし彼は最後まで言葉を紡いだ。 「相手を思いやり、相手の思いも汲み取るようにしなければ、意味無いぜ。 思いを向けるだけじゃなくて、想いを受けることを考えなきゃ」 意識を失った美散の言葉を引き継いだのはディートリッヒだ。 「義理も解る、お前が躊躇すんのも理解は出来るさ! けどよ、お前にとっての大切ってのは……そんなに小さい物なんかよ!」 傷だらけの猛が吼える。 「そのヘタれた精神! 叩き直してやるっ!!」 気合だけで膝立ちまで起き上がろうともがくも、既に限界を超えている身体は動かず、それでも言葉は、心は折れていない。力を持たなかった頃、大切な人達を守れず何も出来なかった無念が、鉄鬼への憤懣を伴い猛の意識を支えていた。 鉄鬼は無言でその姿を見やる、そして倒れ伏し浅い呼吸をする美散に視線を動かす。 「……すまない」 長い沈黙の後。鉄鬼が零したのは、いつかと同じ言葉。 「――貴様らは『鉄鬼』を追い詰めた。だが――哀れな男を見逃した。そう報告するといい。」 男は武器を投げ捨てる。 それは、敗北宣言だった。 ● 「さようなら、二度と会わない事を願って……」 森を後にする鉄鬼達の背にレイチェルがかけた言葉は、リベリスタとしてのケジメだ。 彼らがこれからどうするのか、それはリベリスタ達には分からないし、聞こうと言う気にもならなかった。 彼らは彼らなりに、お互いの為に最善を尽くすのだろう。今度こそ。本当の意味で。 「幸せを望むなら、お互いが隣にいるくらいの理想を持ちなさい」 後方部隊へ取り急ぎの報告を入れながら、エレオノーラが呟く。 二人がこれからどうするにせよ。どうなるにせよ。 そこに、後悔はあるまい。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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