●赤い月の夜に いつもは静まり返っている池の水面は海のように波打ち、うねりを帯びていた。 本来なら北から渡ってきた水鳥たちが羽を休めるその場所には、巨大な何かが半身を水上に現わし蠢いている。 それに気づく者、目を留める者はいたが……彼らは、彼女らはそれを気にも留めなかった。 彼らは、彼女らは、知っている。 それはバロックナイツの一員たる塔の魔女が生みだした……リベリスタたちと戦うための怪物の1体だということを。 ●lightning war 「バロックナイツの儀式実行の現場が判明しました」 そう言ってマルガレーテ・マクスウェル(nBNE000216)は端末を操作し、ブリーフィングルームのディスプレイに地図を表示させた。 「敵が陣地を構えているのは神奈川県横浜市にある三ツ池公園という大きめの公園です」 最近の崩界の加速は、この公園に生まれる『特異点』の前兆であったらしい。 「万華鏡は儀式の当日に大きな穴がひらく事、バロックナイトが起きる様子を観測しました」 バロックナイトとは、大規模な崩界が起きる際に発現する血の色の月の夜を示す言葉である。 「これを見過ごす事はできません。アークとしては総力を挙げ、これを阻止することになりました」 リベリスタたちを見回すと、マルガレーテはコンソールを操作し公園の地図を拡大させた。 「三ツ池公園には既にジャック側の戦力が配置されています」 公園の各所ではリベリスタたちが既に何度か交戦を重ねたことのある精鋭たちに加え、バロックナイトに賛同するフィクサードたち、アシュレイの力で作り出されたエリューション等が防衛線を張っている。 「付近の住民を念のために避難させ封鎖の態勢は整えましたが、儀式を阻止するにはバロックナイツ勢力を撃破し、ジャックのいる中心部に進まなければなりません」 もちろん、敵はそれを阻止するために充分な戦力を整えている。 アークはこれを突破する為に総力戦を強いられることになるだろう。 正門周辺は事実上封鎖されており、そこからの突破は敵戦力の厚さを考えれば得策ではない。 「今回の戦いですが、蝮原さんの率いる部隊が協力を申し出てくださっているそうです」 裏の世界に名前の売れている彼等はセバスチャン等、アークの戦力と合わせて南門からの陽動を行う手筈となっている。 「それに呼応する形で別個に編成された強襲部隊的なチームの方々には、戦略司令室の提案したプランに従って西門と北門から園内に侵入してもらうことになります」 これらの戦力によって中心部に突入し、儀式を阻止することが今回の作戦の目的となる。 陽動が行われるとはいえ、激しい戦いが予想されている。 最大の問題はやはりバロックナイツだろう。 「アシュレイ、さん……『塔の魔女』の情報を信じるならば、『賢者の石』を予定通り確保できなかったジャックは儀式に集中を余儀なくされるため、一時的に弱体化するとのことです」 一度大規模儀式が始まってしまえばジャックがそれを中断するのは不可能なのだそうだ。 彼を撃破し儀式を中断させるのがアークの目的であり、最善手である。 「ですが、アシュレイさんは『儀式が制御者を失っても成立する』まではアークの味方をする心算は無いようです」 彼女は園内中央部に『無限回廊』なる特殊な陣地を設置している。これを即座に突破するのは難しい。 「『無限回廊』を越えるには彼女が任意で能力を解除するか、彼女を倒すかのどちらかが要求されます」 アシュレイへの対処をどうするにせよ、アークとしては園内に攻め入りジャックに味方する戦力を駆逐する必要がある。 戦線を押し上げておき、必要に応じて対処を取れる状況を作り上げておく必要があるからだ。 後宮派の戦意は高い。一部を除けば彼等の忠誠はジャックとシンヤに向いている。 また、シンヤはアシュレイを信じていないようで準備を万端に整えている。 「以上が今回の状況です」 マルガレーテはそう言って、一旦話を終わらせた。 ●『コンバート・サーペント』 「みなさんに向かってもらう戦線はこちらになります」 少し休憩をはさむと、マルガレーテはそう言って公園の地図を更に拡大させた。 中の池と名付けられた大きめの池の西岸側がディスプレイに表示される。 「この池内に塔の魔女によって作られたE・ビーストが存在します」 言葉に合わせるようにして、蛇のように長い胴体を持つ何かが画面に表示された。 ごつごつとした頭部、蜥蜴のようで魚のヒレの様にも見える前足と後足、胴体と区別がつきにくそうな長く太い尾。 「『コンバート・サーペント』と仮に命名されました。皆さんにはこのエリューションの撃破をお願いします」 端末が操作され、池の岸辺とエリューションについての詳しいデータが画面に表示されていく。 「このエリューションは、極めて強力な遠距離攻撃能力を持っています」 緊張した表情でマルガレーテは説明した。 20m内の全ての敵を作りだした水の棺に閉じ込めることで大きなダメージを与える……だけでなく、対象の戦闘力を減少させ、付与スキルの効果を打ち消し、更に窒息させる事で継続的にダメージを与えていく。 しかも敵は機敏な動きで攻撃を2回行うことが可能なようなのだ。 「その攻撃を連続で行われた場合……どれほど実力のあるリベリスタでも、長くは持たないと思われます」 ですが、と少女は説明を続けた。 エリューションは近距離での攻撃を優先する性質があると。 「もしも近距離攻撃が可能な状態だった場合、移動して近距離攻撃を行おうとするようです」 接近してくれば、岸辺から近距離攻撃を行うこともできる。 「こちらが敵の攻撃手段と、行動の優先順位になります」 少女はそう言ってデータを表示させた。 (1)多量の血を流している者への喰らいつき攻撃。 「これは威力は低めですが負傷が蓄積していきます。また、噛みつかれれば動きを封じられてしまう上、攻撃への防御が難しくなります」 (2)水で無数の刃を作り近距離の相手に攻撃する能力。 「精度が高く攻撃力も高めです。加えて、無数の刃の攻撃により裂傷を受け激しい失血状態に追い込まれる可能性があります」 (3)近距離の相手に対する尾による薙ぎ払い攻撃。 「威力は低めですが近距離を薙ぎ払うことで一度に複数の敵を攻撃できます。また、対象を吹き飛ばす効果もあるようです」 (4)巨大な柱のような水の槍を作りだし遠距離の敵を攻撃する能力。 「攻撃精度、破壊力ともに高いようで、直線状の複数の相手を狙えるようです。加えて、相手を吹き飛ばしショック状態にしたり、付与スキルの効果を打ち消す可能性もあるみたいです」 (1)の攻撃は出血している者が近距離にいる場合に行ってくる。 既に誰かに喰らいついている状態では行わない。 (2)は、近距離に出血していない敵がいた場合。 (3)は、近距離に敵が3体以上いた場合。 (4)は、2人以上の敵を狙える場合。 「それらのどの攻撃も行えないと判断した場合、敵は20m内の全ての敵に対する水棺の攻撃を行います」 また、行動不能になる攻撃を受けた場合も、その状態から回復した次の行動時に水棺による攻撃を優先して使用するようだ。 「とにかく、敵の最も強力な攻撃を避け続けられれば勝機はあると思います」 そう言ってからマルガレーテは、それ以外の敵の特徴について説明した。 巨大な体躯のため高い耐久力を持つこと。 鱗はそれほど硬くはないらしく防御力は低めだが、水の膜のようなもので体を覆っておりそれで攻撃を受け流す為、回避力はかなり高めなこと。 行動速度の方もやや高め。 炎には弱いらしく、本来以上のダメージを受けること。 凍結等の効果は受けないが、それによって体を守る水の膜を一時的に失うので、ふたたび水の膜で体を覆うまでは回避能力が減少すること。 「……と、すみません。水の膜を失った場合は最優先で水を操り体を覆おうとするみたいです」 以上が敵の戦闘に関するデータになります。 そう言ってから、マルガレーテは少し迷うような表情をして付け加えた。 「……命がけで任務に当たる皆さんに……こんな事を言うのは失礼なのかもしれませんが……とにかく、どうか御無事で……」 お帰りなさいと言わせて下さい。 マルガレーテはそう言って、リベリスタたちを送りだした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:メロス | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月20日(火)23:49 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●魔女の造りしモノ 「総動員でお出迎え。アーク愛されてるね」 戦いの始まった公園を駆けながら『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)は口にした。 「んじゃま、ここで一発どかんと倒してアシュレイたちに一泡吹かせてやんねぇとな」 よくわかんねえ穴開けられるのをゆっくり待つほどお人好しじゃないんだ。 その言葉に『半人前』飛鳥 零児(BNE003014)が同意を示す。 「今夜はこんなとこで油売ってる場合じゃないからな」 そんな言葉を交わしながら中の池の西岸の近くまでたどり着いた所で、リベリスタたちは池の中に敵の姿を発見した。 「なかなか複雑な敵のようだが、逆に付け入る隙も大きいだろうさ」 (パターンさえわかれば勝てない勝負じゃない) フォーチュナから聞いた情報を思い返しながら零児は呟く。 遠目から、外灯から離れた薄暗がりの中でもハッキリと確認できるほどの巨大な姿。 (こんなところで、足止めを食らってる場合じゃ、ないけど……) 決戦の前の……露払い。 「確実に、潰しておかないと、ね」 『ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)も岸からやや離れた場所にいるエリューションを眺めながら口にした。 (戦うには面白そう、な相手、でもあるし……) 皆が巨大なサーペントの姿を確認しつつ距離を詰める。 「ふむ、塔の魔女特性のエリューションか……なかなか厄介な怪物を生み出したものじゃのぅ」 岸辺へと歩を進めながら『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)は今回の戦いについても思考を進めた。 (魔女の企みは扨置き……王手飛車取りを狙う以上、先ずは“歩”を進めねばならぬ。足止めは喰らえん) 「皆、OKかぇ?」 仲間たちと認識をすり合わせ戦闘態勢を整えると、瑠琵は術具、天元・七星公主を構えた。 「立ち塞がる者あらば捌いて干物にしてくれるのじゃ!」 小鳥遊・茉莉(BNE002647)も、ゆっくりと翼を羽ばたかせ地面から足を離す。 高くは飛ばない。敵からある程度離れ自身の射程を活かせるように、低空に位置を取る。 岸へと近付きながらリベリスタたちは、戦闘準備を整える。 巨大なエリューションは少しして、接近するリベリスタたちを確認したらしかった。 蛇のような長い身体をくねらせ、水面を波立たせながら岸へと近づいてくる。 長い時間では無かったが、その時間によって事前にスキルを使用して戦闘準備を行っていた者はスキルを使用し直した。 それが、この戦いにどのような結果を与えるのか……現時点で知る者はいない。 「あのアシュレイさんが作っただけあって、すごーい」 『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)は接近してきたサーペントを見上げながら、そんなどこかのんびりとした感想を口にし……表情を少し引き締めた。 「……とまあ、感心してるばやいじゃなくて、アークのお仕事はじめます」 「前哨戦……というには些か侮れない相手だが、いかに強力な攻撃手段があろうとルーチン通りの動きなら攻略可能のはず」 そこを突く。 『生き人形』アシュレイ・セルマ・オールストレーム(BNE002429)は敵の様子、事前に与えられた情報を頭の中で再確認しながら感情を交えぬ声で冷静に口にする。 そんな皆の様子をちらりと見回してから夏栖斗は視線をサーペントへと戻した。 士気は上々。 (OK。なら目の前の障害を叩き潰すことだ) 手を打ち鳴らし、気合を入れる。 「こいつは立派な化物だ。さすが長生きの魔女は違うな」 『背任者』駒井・淳(BNE002912)も仲間たちと同じように巨大なE・ビーストを見上げると、臆せず不敵に言い放った。 「どれ、味見させてもらおう。なに、噛み付くのはお互い様だ。構うまい?」 ●水蛇の牙 (私は非力で、攻撃の精度と回避力が売りだ) 淳は躊躇うことなく、自身の腕に吸血鬼たる己が牙を突き立てた。 (それを最大限に活かしつつ、囮の大役をつとめ上げて見せようじゃないか) 流れ出る血に、鉄の香りに、巨大な蛇のような姿をしたエリューションが反応を示す。 夏栖斗はいつでも動ける体勢を取りながら、牙を剥くサーペントに油断なく目を向けた。 天乃が素早く、冷気の篭められたスローイングダガーを投射する。 短刀は水の膜によって狙いを歪められながらも大蛇を傷つけたが、その防御を崩すことはできなかった。 サーペントは威嚇するような鳴き声を発すると、牙の生えた口を更に大きく開く。 高速で迫るそれを淳は機敏な動きで回避したが、サーペントは諦めることなく巨体をくねらせ襲いかかる。 連続で繰り出された噛みつきを避けきれず、淳の体を牙が捕えた。 茉莉が淳に注意しつつ魔の炎を召喚し炸裂させるが、これも水の膜によって逸らされてしまう。 ダメージを確実に与えてはいるが、本来の破壊力は発揮できていない。 瑠琵が呪力によって降らせた雨も、水の膜を凍りつかせ砕くことまではできない。 アシュレイは攻撃の精度を高めるために脳の伝達速度を向上させ、零児も戦気を全身に滾らせた。 小梢は自身を光のオーラで覆うことによって防御力を強化する。 待機していた夏栖斗は高速の蹴りで真空波を斬撃に変えて放つ。 一方で淳はサーペントの牙から逃れようとするものの、敵わず動きを封じられてしまう。 夏栖斗が前衛へと飛びだし拳に冷気を纏わせ叩きつけるが、これも水膜の守りを打ち抜くことは叶わなかった。 淳へと喰らいついた巨大な水蛇は、そのまま淳を傷つけながら水の刃を作りだす。 狙われたのは夏栖斗だった。 それでも彼は機敏な動きで無数の刃を回避し、負傷を最低限に留めることに成功する。 瑠琵の展開していた守護結界の力も大きかった。 もっとも、危険な状態であることに変わりはない。 一撃ならばともかく、数撃受ければ夏栖斗といえども耐え切ることは難しい強力な攻撃。 直撃し刃によって血を失うことになれば、耐えきれる時間はさらに短くなる。 対して敵の防御態勢は堅固なものだった。 アシュレイの放ったスローイングダガーが水の膜で弾かれたのを確認した茉莉は、的確な攻撃を行うためにと敵の動きに集中し、零児も消耗したエネルギーを無限機関で補給しつつ機会をうかがい続けた。 (俺のやることは、とにかく敵に対してどでかい一撃をお見舞いすることだ) 瑠琵が再び氷雨を放つが、これもダメージを与えることはできても水の膜を剥ぎ取ることができない。 自分は仲間のようには器用に動けない。 とにかく火力として貢献するしかない。 零児はサーペントへと距離を詰めると、バスタードソードを振りかぶった。 自身のオーラを雷気へと変換し、刃に纏わせ叩きつける。 強力な雷を纏ったその一撃もしかし、水の膜によって狙いを逸らされ、雷を放電され、本来の威力を発揮できない。 それでも、サーペントを傷つけることには成功した。 もがいていた淳は何とか牙の束縛を振りほどく。 そして……自身の傷口の血が止まったのを確認すると、ふたたび牙を自分の腕へと突き立てた。 それが自分の役割であり、彼が自身に課したものなのだ。 サーペントは彼の身から流れる血に反応し、ふたたび血に塗れた牙を剥く。 対して淳はサーペントの攻撃をかわしながら、符術によって小さな鬼を作りだして自分を援護させた。 小鬼たちは主の補佐をするように動きまわり、巨大な蛇の意識を、攻撃を何とか主から逸らそうとする。 その甲斐もあって淳は数度に渡る攻撃を、鋭い牙の洗礼を何とか、からくも、避け続けた。 その間に他の者たちも懸命に攻撃を行い続ける。 茉莉と零児は敵の動きをある程度観察しての攻撃を繰り返し、天乃とアシュレイも敵の動きを読みながら交互に攻撃を行い続けた。 だが、幾度目かの攻撃で、ふたたび淳が捕えられる。 喰らいつくことに成功したサーペントは、再び無数の水の刃を作りだした。 今度狙われたのは零児だった。 舞い踊るような無数の刃の直撃を受けた零児は身体を切り裂かれ、そこから迸るように血が噴き出す。 それでも怯むことなく零児は自身の武器へとふたたび闘気を篭めた。 戦いの天秤は……エリューションの側へと傾きかけている。 それでも、一行は揺るぎもしなかった。 ●天秤は……揺らぎ、傾く 瑠琵は消えかけた鬼人を作り直し守護結界を再構築する。 小梢は邪気を退ける光を放ったのち、夏栖斗や零児、牙から逃れた淳……傷ついた前衛たちに次々と癒しの力を付与していく。 夏栖斗はとにかく手数を出して前衛として敵を阻み、天乃とアシュレイは敵の動きに集中しつつ交互に投擲用のダガーで攻撃を行い続けた。 天乃は攻撃を行いつつ敵の負傷の具合を確認し、攻撃の種類を選択する。 幾度目かの攻撃で茉莉の放ったフレアバーストがサーペントを直撃し、大蛇の体を炎が包み込んだ。 そして、天乃の放った短刀がついにサーペントを包み込む水の膜の一部を凍りつかせた。 「ただの飛び道具、だと思わない方が、いい」 水の膜を失ったことに苛立つように吼えたサーペントに向かって、天乃が静かに呟く。 「いかに個体性能が高かろうと、動きがプログラム通りならやりようもある」 もっとも、事前の情報が無かったら……アシュレイは少しだけ背筋が冷たくなるのを感じつつも冷静に敵の動きを観察し、狙いを定めた。 戦いは膠着状態に陥ったかに見えた。 しかしそれは、危険な状態から持ち直しての膠着状態だった。 敵の回避能力は想定以上だったものの、リベリスタたちは当初の計画通りに戦況を整えつつあった。 敵への攻撃が直撃するのは数撃の内の一打のみである。 だが、それ以外のダメージも確実に蓄積されていく。 茉莉はしばし敵の動きを読んでからフレアバーストを放つという攻撃を繰り返した。 直撃は与えられないが、手数の減り過ぎは逆に危険と判断してのことである。 実際、手数さえ出していればそれらが直撃する可能性は常にあった。 すべての攻防は似ているようで、実際は同じものなどひとつとして存在しないのだ。 もっとも、それは敵とて同じである。 付与された癒しの力と吸血を利用して消耗を減らしていた淳も、幾度目かの攻撃によってふたたび牙の洗礼を受けた。 サーペントはさらに水刃によって零児も狙おうとする。 それを、身を挺して小梢が庇う。 自分が攻撃を行うより攻撃力の高い者を庇う事こそが、この戦闘での貢献と信じて。 直撃を受けたものの、彼女の負傷は高い防御力と耐久力によって危険なものとはならなかった。 それでも、受けた傷から血がとめどなく流れ彼女の体力を奪っていく。 瑠琵は殆んど回復に専念する形となっていたが、それでも仲間たちの傷を癒しきることは難しかった。 一撃一撃が大き過ぎるのだ。 囮の淳によって一撃と一撃の間にある程度の時が存在してくれている事が救いだった。 もっとも、淳が攻撃を避ける確率は高いが、喰らいつかれた際の脱出には多くの時が掛かってしまう。 しかもサーペントは淳に喰らいついたまま、前衛の夏栖斗や零児を無数の水の刃で攻撃し続ける。 「代わる……下がって」 水刃によって危険な状態に陥った夏栖斗にそれだけ言って、天乃が代わるように前に出た。 水の膜を貫くように手を伸ばし、オーラで作成した爆弾を炸裂させる。 「……爆ぜろ」 爆発に続いてアシュレイの放った短刀が直撃し、水膜の一部が凍りつき、砕け散る。 ここぞとばかりに茉莉が召喚した魔の炎を炸裂させ、零児が雷をほとばしらせる破斬剣を叩き込んだ。 先程までの困難が嘘であるのように直撃した炎はサーペントへと燃え移り、斬撃が水蛇を抉り、雷気がその身を打ち据える。 瑠琵の癒しを受けながら、夏栖斗も高速の蹴りによって斬撃のような衝撃波を放った。 生みだされたカマイタチは初戦に放ったものとは比べものにならぬほど容易く直撃し、サーペントの体表を裂き血を流させる。 何とか大蛇の顎から脱出した淳は即座に動いたサーペントの水刃によって危険な状態となり、一時的に後退した。 張りつめ膠着しているかのように見えた状勢は、一気に動いた。 それは、戦いが終盤に向かい始めた証かもしれなかった。 ●決着の時 天乃の作りだした死の爆弾も直撃し、サーペントは大きなダメージを受けた。 水の膜を張り直したサーペントが反撃とばかりに放った水刃が、天乃に次々と襲い掛かる。 瑠琵は回復に奔走し、他の者たちは敵の動きに集中しふたたび慎重に機をうかがう。 小梢の放った光は出血を止めるには至らず、サーペントは天乃に喰らいつき、零児に水の刃を放った。 舞い踊る水刃が零児を傷つけ、傷口から血を奪っていく。 「こんな面倒くさい敵を残したら洒落にもなんねえよ!」 最低限の治癒を受けた夏栖斗はふたたび前衛へと飛びだし、拳を振るった。 冷気を帯びた拳がサーペントを直撃し、凍りついた水の衣が音を立てて砕け散る。 「エネルギー補給だ。まだやれるな?」 その様子を、戦況を確認していたアシュレイは、夏栖斗に意識を同調させると自身の力を分け与えた。 敵の防御態勢が崩れたことを確認した茉莉がフレアバーストで攻勢に転じ、零児もギガクラッシュでたたみかける。 瑠琵の傷癒符で治療を受けた淳も、再び前線へと復帰した。 万全には遠いが、前衛たちの状況は緊迫している。 だが、敵にも既に余裕はないとエリューションの動きを観察していたアシュレイは推測していた。 「もう少しだ……あと少しで倒せる。このまま仕留めるぞ」 皆を励ますように、奮い立たせるように、口にする。 勿論、リベリスタたちの側にも余裕などない。 付与を維持できているのは回復の合間を縫って符を打ち結界を張っている瑠琵のみである。 もっとも、無理に維持し続けようとしていればアシュレイの援護が間に合わず力の限界を迎えていたかもしれない。 夏栖斗の炎を纏った拳の一撃を受けながらもサーペントは水の膜を新たに作り直し、牙に力を籠めた。 負傷が、過度の失血が……天乃の意識を奪おうとする。 「こんな所、で……ふふっ、でも、寄り道も、楽しい、ね」 それを彼女は、強引に打ち消した。 限界を迎えた身体を無理矢理に動かし、サーペントの束縛をふりほどく。 ふらつきながらも、膝は決して折れることなく。 夏栖斗と代わるように彼女は中衛へと移動した。 代わるように淳が囮となるが、サーペントから受けた傷からの流血により彼の消耗は著しかった。 攻撃は行われるものの直撃はなく、大蛇は執拗に淳を狙い続ける。 そしてついに……淳の身をサーペントの牙が捕獲した。 喰らいついた淳を傷つけながら、大蛇は水の刃で前衛たちを襲う。 それに耐えながら前衛たち……夏栖斗と零児が戦い、小梢が出血を止める為のブレイクフィアーの合間を縫うようにしてカバーする。 だが、サーペントの傷で多くの血を失っていた淳の身体は……逃れる前に、限界を迎えた。 力を失い、公園の……池の岸辺の地面へと崩れ落ちる。 新たな獲物を探すサーペントは、今度は零児を庇って傷ついた小梢を標的に定めると牙を剥き出し喰らいついた。 直後、天乃の放ったダガーが水の膜を凍りつかせ、回避力を低下させる。 戦いは、総力戦……互いの死力を尽くした削り合いへと移行した。 茉莉の炎と零児の斬撃が叩き込まれ、炎や雷がサーペントの生命力を削っていく。 失血により意識を失いかけた小梢は運命の加護を受け大蛇の顎を抉じ開け、力を使い続け消耗した彼女にアシュレイが自身の力を送りこむ。 夏栖斗が業炎撃を叩き込み、サーペントは水の膜を再生すると零児に水の刃を飛ばす。 ギリギリのところで踏みとどまった零児を瑠琵が符で癒し、小梢が流血を止める。 そして……決着の時が訪れた。 夏栖斗の攻撃を耐え切ったサーペントが、夏栖斗に幾度目かになる水の刃を放つ。 限界を迎えた身体に力を篭め、流れ出る血を止め、夏栖斗は前衛として立ち塞がった。 零児にも水の刃が放たれる。 直撃を受け倒れかけた零児も、強引に……運命を手繰り寄せると、崩れ落ちかける体に力を篭め、踏み出した。 雷気を篭められたバスタードソードがサーペントの身体を捕え、その巨体を引き裂き生命力を奪い取る。 サーペントは絶叫してもがき、のたうち回り……そして、動きを止めた。 糸が切れでもしたかのように傾き、その速度を増し、水飛沫をあげながら池の中へと倒れこむ。 その姿はゆっくりと……溶けるように失われていった。 それを見て、ようやく……リベリスタたちの内に。 勝利の実感が湧きあがり始めた。 「まったくアークは人使いが荒くてこまるね」 みなの負傷具合を確認しつつ夏栖斗がわざとらしく呟く。 もっとも、彼自身充分に理解してのことだろう。 信じているからこそ戦略司令室は彼らに、彼女らに……ムチャを頼むのだ。 「んじゃま、もう一勝負いきますか」 だからこそ、彼が続いて口にしたのはそんな一言だった。 「戦いはまだまだ続くので、こんなところばかりに構っていられません」 (次なる戦場で待つ人たちが居ますから) 茉莉も忽然と口にする。 (立ち止まってる暇は、無いしね……) 「次の戦いが……呼んでる」 天乃もそう口にして、次の戦場を探すように視線を動かした。 激しい戦いだったが、これは序章。前哨戦に過ぎないのである。 これから始まる死闘の。 ひとつの戦いを終えたリベリスタたちは、ふたたび移動を開始した。 より激しい戦いの待つであろう、次の戦場を目指して。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|