●レイアの日常 脱ぎ捨てられた派手なキャミソール、布の部分が少ない下着。 スナック菓子が床に散らかり、脂が凝固したインスタントラーメンのスープはいつのものか。 狭いワンルームに満ちる淀み腐った匂いに甘ったるい声が絡みつくように響く。 「えー、うん、行く行くゥ♪」 下品なデコレーションを施したパールピンクのケータイを手に、ミキはタバコの煙を吐きながら下品な笑い声をたてた。 「……ママぁ」 「オール? おっけーに決ってるジャン」 部屋の隅で膝を抱える娘のレイアがやってきて腕を掴んだ。ミキは鬱陶しげに乱暴に振り払い男との会話を続ける。 「……え? バーカ、男なんていねーよ、ぎゃははは!」 「ママ、お腹……空いたよぉ」 蚊の鳴くような声を消すようにミキは殊更大きくケータイに媚びを売る。 「え、誰もいないってばッ? ちょっと大地ぃ?!」 ぶつん! 耳元で切れる通話に歯がみしイライラと投げ捨てた。 「このバカ、電話切られちまっただろ?!」 バシィ! 平手打ちされたレイアの体はチェストにぶつかり、柔らかな人形の様にくったりと倒れた。 「ご、ごめんな……さい、ごめんなさい」 頭を抱えて必死に詫びる娘に、容赦のない蹴る殴るの暴行を加える母親。 「母親の幸せぶっ壊して足引っ張るなんて……クズ! ビール取ってこい!!」 これがレイアの日常。 ――この日常が一変する日がやってきた。 ミキがエリューションになったから。 いや、変わりはしないか。 だって、ミキがレイアを殴るのなんて日常茶飯事だったから。ただ、レイアがうっかり死んでしまう可能性が跳ね上がっただけで。 ●ブリーフィングルームにて 「お母さん」 母を亡くした娘『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、そう言ったっきりしばし瞳と唇を閉ざした。 アーク中枢、作戦司令本部ブリーフィングルームに重たい沈黙が満ちる。 「やっかいなエリューションが現われた、倒して」 だが、碧と紅の瞳を開いたイヴはいつもの未来告げの虚静な少女だった。 「エリューション化したのは、生田ミキ21歳。ある安アパートの一室に娘のレイアと、暮らしてる」 レイアは4歳。派手派手しい服で家を出て行く母とは違い、痩せてボロ布に等しい服を申し訳程度に来た憐れな娘。外に出ることも殆どなかった、何故なら外に出るとミキに殴られるからだ。 「虐待が、ばれるからね」 だが薄い壁を通して伝わる怒号はとっくの昔に住民の知るところになっている、だが皆こんな低レベルな女に関わりたくないから無視をする。 「ミキは、フェイズ2。能力はこんな感じよ」 キーボードに華奢な指を滑らせば、モニタに睫バサバサ厚化粧の『いかにも』な遊び好き女が現われる。 キーを叩くと異形の姿を露わにしたミキに変わった。 盛った髪から零れる黒き手には無数の棘。肥大した肩から胸のラインから腕力も相当な物だと推察出来る。 左腕には小さな青痣だらけの少女・レイアを抱きしめている。愛のない抱擁は苛烈で、放置すればレイアは人としての命を亡くすだろう。 「髪からの黒手は一面に広がりダメージと感電とショックの効果を与えるコトが確認されている。あとは、近くにいる者を渾身の力で殴りつけるわ。運が悪くなくても致命的なダメージが予想される」 レイアの救出を諦めて近づかずに闘えば痛手を負わずに倒せるのだろうか? 「レイアが死ぬ……だけですめばいいんだけどね」 イヴはぞっとするような事を口にする。 「エリューションはエリューションを増やす習性があるって、知ってる?」 つまりそれは……? 白の娘は首を揺らすとフラットに続けた。 「レイアが革醒してエリューション化する可能性が、ある。革醒したての少女は、フェイズ1。行動特性は『ミキを庇う』……お母さんだから、ね」 どんなに殴られても、どんなに邪険にされても、ミキはレイアのただひとりの母親。 大好き。 大好きだから、護りたい。 「あとはひとりの傷を癒すコトとひとりに殴りかかるコトが出来る。そしてミキの命令に、従順」 ミキが命じた通りに動く。そしてミキは的確に目の前の敵を排除するためにレイアを『使う』だろう。例えレイアが潰れようがかまわずに。 「レイアが革醒したら……やっかいね」 では革醒させないためには? 「ミキがレイアを殺す前に引きはがせば、いい。簡単じゃないけどね」 ミキががっちり締めているのもさる事ながら、レイアは引きはがされようとすると渾身の力で抵抗する。 ……だってママが抱っこしてくれてるから。 どんよりと沈む彼らに視線を視線を向けてイヴは小さな溜息と共に吐き出した。 「でも、万華鏡は伝えた。だからあなた達はやらなければ、ならない」 と。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:一縷野望 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月09日(月)22:54 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● ピンで留めてもなお落ちてくる前髪を払い『市役所の人』須賀 義衛郎(BNE000465)はチャチな作りの2階建てアパートを見上げ薄い唇を下げた。 一度堕ちればそうそう抜けられぬ吹き溜まり。同僚が対応に苦慮する者たちの、巣。 (「救うのが良い事とは限らんのだが、今更言うまいて」) 『働けこの粗大ゴミィ!』 『客も取れねぇババアなんざバラすぞゴルァ!』 方々からの怒号、続けての食器の割れる鋭角的な音に『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)思わず身を竦める。 ただ軋む階段の音も隠しそうな騒々しさは、潜入する身としては幸いであろう。 翡翠が見つめるのは2階の真ん中、やり直せる道を投げ捨てた女の住む部屋。 「拙者にも娘が一人いるでござる」 エリューションに親を殺され引き取った娘は齢六歳。『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)は、隻眼の強面にやりきれなさを刻む。 「同じ境遇の子が生まれるのはもう沢山でござるよ」 「そうだね。だからレイアを助ける」 四条・理央(BNE000319)は眼鏡越しの怜悧な瞳をすっと細めた。 レイアはフェイトが得られないと確定している、だから革醒は到達してはならぬ未来。 「今考えるのはそれだけだよ」 眼鏡から指を離した途端、目に見えぬ人阻みの結界が効力を発揮。 これで部屋の中争う屑どもは、いつも以上に自分達しか気にならなくなる。だからほら、騒音に子の泣き声が混じっても何一つ変わらない。 『ママ、ごめんなさい……ママァ』 「あのような下種でもレイアさんには母親」 涼やかな『八幡神の弓巫女』夜刀神 真弓(BNE002064)の声、だが台詞は痛烈だった。 「討つところを見せるわけにはいけませんわね」 しとやかな物腰は崩さずに「殺す」と、眼帯の巫女は笑み告げた。 ――タイミングが取りづらい。 『トリレーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)は硝子のように交じりけない瞳で左右を窺い、またすぐにサングラスをかけ隠す。 事前に力を身に帯びていたくとも、継続はたったの2分。 リベリスタはその2分で恐るべき敵を下すことはままある、が。別働隊と連携し踏みこむ、その手順は一般人とそう変わらない、故に意識せねば2分はすぐだ。 あるいは。 救出時のみの有効でよいなら厳密に時間管理すれば適ったかもしれないが、そこまで言うものはいなかった。 「母親が居るだけでも……なんて、とても言えたものではないですね」 見通した壁の向こうげらげら笑いながら泣き叫ぶ娘の髪を引っ張る鬼母の姿に、『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)は悲痛な面持ちでこめかみを押さえる。 ――ごっめーんレイア、髪の毛ゆってやんよぉ。きな。 ――ママァ。 ゆるり、 浮かぶ頬笑みに怯えは滲めど、すり寄る姿は母を慕う娘に他ならない。それが一層哀れだった。 断ち切るように幻影から意識を離し、悠月は仲間達へ状況を伝播させた。もちろん裏側に回り込もうとしている『血まみれ姫』立花・花子(BNE002215)達にも。 「成程……入ってすぐがキッチン、部屋まで扉はないんですね?」 先鋒を務める義衛郎の確認に悠月は首を揺らす。 「はい。4.5畳の部屋が縦に連なっている感じでしょうか。間のふすまは脇に捨ててありました」 近接攻撃を避けるには入ってすぐの壁に張り付く感じになると、改めて立ち位置を反芻する。 「であれば――」 『コンダクター』七星 卯月(BNE002313)しばし黙った後に、仮面越しにレイアの死角の可能性を告げる。フィジカルに精度をあげる、少しでも。 「壊れた『モノ』は壊す」 『未姫先生』未姫・ラートリィ(BNE001993)に腰を抱かれ、ふわり、レースが街灯を吸いまぁるい影を、描いた。 天使が降り立つ先はベランダとは名ばかりのゴミ溜め、隠れるにはちょうど良い。 「レイアちゃんは救うよ」 ――それが娘育みし母の矜持。 ● ママはいつもレイアをたたく、レイアがわるいこだって。 ほんとうのママはやさしいよ。 リボンやかみをくるくる、おひめさまにしてくれるんだ。 ママ。 ずっとずっと、いっしょ、だよ。 「市役所の方からきましたぁ!」 市民の皆様に分かりやすく明瞭に、そんな妙に朗々とした声で義衛郎はドアを蹴破る。 そして相手が反応する前に土足のまま床を駆りミキの元へ。レイアを抱く左側に一瞬姿を見せるも、裂けたのは、右腕。 「!!」 舞い散る紅に、レイアのつぶらな瞳がありありとひらかれた。 これは、血。 いたいときにどくどく出るの。 「ママ、いたいの?」 「当たり前だよッバカッ」 八当たるように首がしまりむせかえるレイアの耳に、冷静な声が流し込まれた。 「我々にとって優先順位が一番高いのはあなたの命です」 ――だが四歳児に難しすぎる単語は、真意を伝えること叶わず。 過剰に計算速度をあげ熱帯びた身体にて陽炎を呼びながら、彩歌の脳裏はどこまでも怜悧に、女の動きをつぶさにインプットする。 「これ以上その娘を苦しめるのはやめるでござるよ!」 彩歌の隣を抜け、着流しの袂を靡かせた虎鐵はミキの前でぎゅっと目を閉じる。何時が手を伸ばす時かを見極める! 「ちょっとォ、ふほーしんにゅーなんですけどー?!」 ミキはギッと目を剥くと赤黒い血を流し続ける腕を振り上げた。 瞬間。 爆ぜる直前の風船のように膨れ上がった拳は、しかしそんな脆さを一切感じさせずに義衛郎と虎鐵を巻き込み熱で伸びた硝子のように形を変じて、撓る。 「くっ」 「がっ」 噛みしめた唇から堪らず苦が漏れた。 痺れ盛りを喰らえばレイア救出の可能性が落ちる、だから出させたくはなかった。その意味では彼らの筋書き通りなのだろう。 「ちゃっちー、よわーい、しんじらんなーあい」 阿呆のようにけたけた笑う下種な女、だがその実力は折り紙つきだとたったの一撃で知らしめた。 癒し手のカルナと悠月は、膝を折り背を震わせる前衛に顔色を失った。被害既に甚大。まさかここまでとは……。 次手を惑うも、予定通り自身の魔力を身体の芯から引き出すことを選択する2人。 真弓は部屋中ほどまで踏み込み胸に手をあてた。ここだと先ほどの攻撃が届いてしまうだろうか? 不安も感じつつ立ち位置を決める。 卯月はレイア側に回り込んだ。 「全身全霊をもって救う」 嘯く仮面越しの瞳が見据えるのはレイアを戒める左腕。 同じく身体をねじ込んででもとの気概で立ったのは理央。靡くおさげの間近を剣が掠め舞い踊る。 「くらえ……」 倒れた2人からターゲットを自分に書き換えるように、『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)は渾身の力でもってミキの顔面をぶん殴った。 「ふぎゃっ」 「こっち側がお留守だぜ?」 『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)も仲間をかばう所存で義衛郎に並び、渾身の力で剣をねじ込んだ。 窓の外、花子は身体のネジを巻くように己の速度をネジあげる。世界が止まる感覚に身を委ねる少女に未姫が「次でしょうか」と確認する。 『集中』は間に合わない……頷こうとした花子はガラス向こうの異変に軽く瞠目した。 ● 「うがぁああああ!」 「卯月さん?!」 悠月が吐息を施そうとするが、とてもとても間に合わない。 一瞬の出来事だった。 レイナを抱いた腕が締まる刹那を見切り、卯月が上半身をねじ込んだのだ。背を膨らまし腕を踏ん張ってレイアに暴力が至らぬよう懸命に庇う。 「うっぜぇえんだよおっ」 レイアは弄ぶつもりだった、いつものように壊れぬ程度に。しかしこんな知らぬ奴、殺しても構わないと言わんばかりにミキは容赦なく締めあげた。 みしり。 骨の砕ける嫌な音。 こぽり。 おびただしい吐血。 そして卯月のしなやかな体はずるりと床に倒れ込み動かなくなる。 「やるね~」 瞠目の乙女は歪めた唇から牙を見せ、無邪気に嗤った。 レイアの命がつながった、少なくとも10秒延びた。なれば確実にと集中を重ねる。 「……」 義衛郎が確実に切りつける背後で、彩歌はさらに演算を繰り返しながら、レイアに手を伸ばすチャンスをうかがう。 「レイア……」 痛みを押さえこむように大きく息を吸い、虎鐵は狂乱状態に傾きつつある娘に不器用な笑みを浮かべて見せた。 「嫌だろうけど……拙者達を信じるでござる」 握ろうと伸ばした指はミキの手で弾かれる、続けざまに風切り音。 「このロリコンがぁ! ゆーかいはんでぇーす」 ぶぅんッ。 再び膨れた腕は、至近距離にいる全てを巻きこみ回る。 スプリンクラーが壊れ方々に水を撒くように、カビ臭い畳が夥しい血に染まった。 「ッ、すまねぇ」 かろうじてアウラールが庇えたのはすぐそばの義衛郎が精一杯、2人は無理だ。結果虎鐵が地に伏すこととなる。 「ッ……いってぇよ……」 「ママだいじょうぶ?」 「なわけねぇだろ?! こんな血ィ出てんだよッ」 抉られ紫に変色した肉を見せつける母親にレイアは怯えるも、すぐに指で傷をなぞり「いたいのいたいのとんでけー」とおまじないを囁きだした。 「……」 カルナは大きなため息をつくと、命を張る仲間たちへ喉震わせ癒しを届けた。 剥がすように塞がる傷を前に、翡翠の娘の心は別のことに囚われる。 ――レイアさんという何があっても味方をしてくれる存在がいて、やり直しが効いたはずのミキさん。 けれど運命は赦さなかった。 残酷すぎる結末を与えた。 せめて救いあるモノとするために為すべきことはまだ、ある。 「レイアさん」 真弓は音もなく踏みこみ近づくと、おまじないを続ける子供に穏やかな瞳を合わせ、微笑みかける。 「目を閉じていて下さいな。怖いものを見ないように」 ね? 見せたくはない、一貫して抱いていた気持ちを真弓は唇に乗せたが、レイアはふるふると首を振る。 大きな抵抗はないものの、母慕う娘を連れ出すことは叶わなかった。 回復のチャンスを捨て駆け込んだ悠月の手も届かない。やはり引くこと前提の救出は難しいか。だが倒れるわけにはいかないと、唇を噛みしめて。 踏みこんだ彩歌は、サングラスをはずし静かに呼びかける。 「痛いなら、そう叫べばいいの。きっと声は届くから」 「……いたくないよ、ママが抱きしめてくれているも」 娘の声は続かなかった。 ぎげげげげげげげ! 彩歌の伸ばした腕を嘲笑うような擬音をたてて、ミキは両腕で娘を抱きしめた。 「レイアちゃあん、レイアはママの『モノ』だよねー」 だから。 玩具にしても、殴っても、可愛がっても、飾っても、蹴っても、罵声を浴びせても、愛しても、イイんだよねー。 「イイ子イイ子、ぎゅってしてあげるねぇー」 「させるもんかッ」 卯月の二の舞かと一瞬ためらうも、閉まり始めた腕に理央は両腕を突っ込んでこじ開けようとあがく。 「離せ、レイアを離せ」 「あんた、人んちの家庭ジジョーに首突っ込まないでよねぇー」 ますます閉まる肉を退けようとあがく理央が咳き込み、飛沫に紅を混ぜ始めた、刹那――。 「はーい花子だよ~レイアちゃんとお友達になりにきたんだ~よろしくねっ」 硝子窓をぶち壊し、お人形さんのようなお友達天使様が現れた。 ● レイア、おともだち、ほしいな。 おそとで、あそびたいな。 だめ? ちゃんと、ママのそばにいるから、すこしだけ、だめ? 未姫に抱えられ背後から飛び込んできた花子に、ミキは瞬時に反応することが出来なかった。 「――!」 花子が伸ばす腕にレイアの海老茶の瞳が釘付けになっている。 初めてだった、この少女が他に関心を示したのは。 そう言えば殆どが助けることに必死で、彼女に優しい言葉を作り投げかけていなかった。である以上、闖入者は母親を苛める怖い人達でしかないわけで……。 「レイアちゃん」 腕が緩んだ隙を見極め彩歌が「今!」と叫ぶ。 糸を針穴に通すように理央が引きだしたレイアの手首に花子は指を絡め、 レイアの躯を母の妄執から連れ出した――。 「未姫ちゃん」 ぶぅんっ! 勢いのままに投げ出されたレイアを未姫が受け止めると、そっと前髪を撫でた後、すぐさま窓の外を目指し羽ばたく。 「レイアを返せよぉおおお!」 「させませんよッ」 たたき落とそうと腕を振り回すのをとっさに庇う真弓。背の激痛にもんどり打ちながらも倒れはしないと踏ん張り、未姫が逃げやすいようにと残る硝子を叩いて崩す。 しかし理央を庇い朱子が倒れ大きな傷を被る者も多い現状、戦況が芳しくないのもまた事実。 ……最初から前に出る人数が多すぎたのかもしれない。ミキの腕は近くにいるもの全てに苛烈な痛みを与えることは、最初からわかっていたのだから。 「バラバラで済むと思うナヨ?」 先ほどまでの人好きのする笑みを消し、花子は禍々しい嗤いを付け替える。 「あの子が未練一つ残らないよう脳髄一片残らず壊してヤル」 ● 茨の道と理解した上で、レイアの命を躊躇わずに選びとった。 その上でこの腹立たしいエリューションの討伐を望むなら、1人1人が最良の行動を取らねばならなかった。 「……ッ」 無数の棘になぶられてしびれた腕を伝う液体が妙に生温かい。そろそろ霞む視界が保てなくなりつつあるカルナは、急にミキが倒れたのに唇の端を持ち上げる。 倒せた。 『ぎゃはっはッ、マジ弱いんですけどぉー』 違う。 真弓がつぶした右目を掻き毟りながら、ミキは相変わらず髪で仲間達を蹂躙している。 『レイア迎えに行かなきゃいけないしぃー』 レイア。 ――渡しては、ダメ! そう脳裏に文字のような感情が浮かんだ刹那、ネジを巻いた人形が歩き出すようにカルナはごく自然に立ち上がっていた。 腕の肉がほつれ足も引き裂かれもう無理と体中悲鳴をあげているけれど、カルナは最期の歌を喉震わせて引きだした。 ――これが運命を『削る』というコト。 恐らくは勝つことは出来ないだろう。 だから今、我らがすべきことはアークが寄こすであろう援軍が辿りつくまで持ちこたえること。さらに最悪は、レイアと未姫を連れ撤退すること。 「お願いします! お願い、耐えて」 カルナの歌に応えるように――彩歌が花子がアウラールが、そして既に癒しを枯渇させた悠月が、塞がれた傷を頼りに窓に回り込みミキの道をふさぐ。 折角守った命、みすみす奪わせてなるものか! 「ママとおなじ天使さん、ママのびょうきは治らないの?」 不安げな瞳に未姫はゆるく首を振る。 「病気のママが、レイアを傷つけたくないって言ってたの」 答えになっていない内容に興味を失ったか、少女は街灯の光をつかもうとふらり手を伸ばし。 「また会えるかな? お友達の花子ちゃん」 あとね、とレイアは頬を緩める。 「おじさんやお姉さんお兄さんたちにも『ありがとう』って言いたいな」 狂乱から抜けた幼子の胸に、今ようやく彼らへの理解が満ちる。 だが。 彼らがレイアと再会するには、傷癒えるまでしばしの日を待つことになる――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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