●猿の園 都会に屹立するビルの群れは、時折「コンクリートジャングル」と揶揄されることがある。 意味は単純明快。ごく狭い土地を奪い合うようにひしめくビル群は、その癖構造物が複雑に絡み合い、お互いの密度をいや増して、太陽の光を遮りながら拡がるからだ。成程、自らの成長で光を追いやるのは、密林も都会も変わらない。 であれば、その二つを分かつのは野生の動物の有無――それさえ、この夜に於いては例外だったわけだが。 闇の中からずいと伸びる、毛に覆われた細い腕。大振りなその軌道とはまた別に、指先の動きは繊細だ。 野生の中に、喜色を交えた咆哮が響く。ぎし、ぎしとビルの間をつたうパイプを自在に舞うその姿は、見えない羽根でもあるかのように活き活きとしている。眼下、夜の街で僅かに煌く「それ」目掛け、思い切りよく腕を伸ばす。 腕に狙われた女性が得た感覚は二つ。 僅かな月明かりに照らされた、「猿」と思しきそのフォルムと。 その指によって奪われた聴覚が最後に捉えた、生々しい肉の音だった。 ●鋼の密林 「ここ数日、何者かに跳ね飛ばされて転倒する事件が報告されている。被害者は何れも女性で、身体には鞭に打たれた様な痣があったらしい。 道路に放り出される程だったそうだけど、車が通ってないのが幸いして何とか無事だったけど……実際のところ、放っておけば、事故も起きるし、それより酷い結末も有りうる」 アーク本部・ブリーフィングルームに集まったベリスタ達に向き直り、『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)は、観測した未来と共に静かに告げた。 「随分と変わった奴だが……確かに、放っておいたら危険だな。詳細は?」 リベリスタの言葉に小さく頷くと、イヴは端末を操作する。 「敵の種別はエリューションビースト。フェーズは1。原型は猿。 知能はそれほど高くはないけど、女性の装飾品に興味を示して、それを奪おうとしてるみたい。 今の映像は、手の使い方を学習した結果……個体としては未熟だけど、放置しておくと取り返しがつかないことになる」 「それで、こいつの居場所は?」 「郊外で建築途中のまま放置されたビルみたいだけど……鉄骨がところどころ剥き出しになっている分、相手に有利かもしれない。気をつけてね」 イヴの言葉に、リベリスタは強く頷きを返した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年04月17日(日)02:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●猿舞う廃墟へ 四月某日、二十二時二十五分。月も半ば以上顔を覗かせ、事態の行く末を見守らんと眼下の世界を淡く照らし出していた。そこに影を落とすするのは、建築途中で放置され、荒廃した建物と、その入口に立ち、今正に事を起こそうとしている世界の守り手――リベリスタ、その数八名。 今回の戦いに於いて、それぞれが胸に抱く思いは様々であろう。 「元の姿の時は何処に居たのだろう」、という純粋な疑問を抱く『ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)や、十字架を握り決意を滲ませる『鉄心の救済者』不動峰 杏樹(BNE000062)、モルぐるみの中からも感じる鋭い視線を向ける焦燥院 フツ(BNE001054)といった、好奇心の中にも元の姿に思いを馳せ、慈悲を覗かせる者。 「アクセサリーだって、お気に入りとか思い出の品とか、超大事なものかもしれないのにぃ……」と、奪われたそれらに思いを馳せ、憤りに合わせて尻尾をぱたつかせる『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)の様に、純粋に義憤に駆られる者。 同様のケースを知りつつも、方向が彼方へ(おもにひったくり犯へ)飛んでいく『サイバー団地妻』深町・由利子(BNE000103)のような者。 「ゲームはリセットできますが、命のリセットは出来ません。でも……、いや、だからこそ面白いと思いませんか?」 そう言って怪しく笑う、『バトルマニアクス』松永 凪(BNE000260)や、ギターを構え、気合を全面に押し出した『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)のような、純粋に戦闘へ思惟を振り、戦いに身を預ける者…… 「ねえねえ、真独楽ちゃん? まこにゃんって呼ばせてもらってもいいかしら?」 「ん……大丈夫だぞっ!」 ……そう言って瞳を輝かせる杏と、一瞬きょとんとしつつ、快く請け負う真独楽。訂正しよう、この場合は「戦いの中に自分なりの喜びを見出す者」、と分類されるだろうか。尤も、戦いに於いて深い絆を形成することは、のちの連携に大きな意味をもたらすと考えれば、素晴らしい意義があるといえるだろう。 「結界を張る。少し下がってくれ」 そして、もう一人。この作戦に於いて要となる「強結界」を操る、『緋猿』葉沼 雪継(BNE001744)。獣としての本分を失った敵への思いは、己の容姿に似た猿――尤も、彼は猩々であるが――ということもあり、殊更強いものがあるのだろう。建物が描かれた薄布へ、自らの血と墨を合わせて印を描くその猿面の奥には、鬼気迫るものさえ感じられた。 「影より隠とし神隠れと為す」 静かに告げられた言葉に合わせるように薄布は燃え上がり、結界が建物、そして彼らを包み込む。準備はいいか、と視線で問いかける雪継に、杏樹は十字架を模したペーパーナイフを振りかざし、咲いた空間から流れる挙動でヘビーボウガンを取り出し、由利子は右腕と一体化したパイルバンカーを駆動させることで応えた。ガムテープで補強を入れたフツは勿論のこと、懐中電灯を持つ面々はそれを構え、足を踏み出した。 各々の気合いと武装、準備は万全。後は、応える相手と、気合いと実力を比べるのみだ。 ●跳び駆け砕き、穿つ信念 屋内へと足を踏み入れたメンバーを迎え入れたのは、不規則に軋む鉄筋の音と、まだ幼さすら感じさせる猿の鳴き声であった。「それ」がここを根城とした根拠は、理屈抜きに己の遊興の為――それを感じ取った数名は僅かに顔を曇らせるが、油断が即ち不利を与えることも、また理解しているはずだ。 「問題は奴がどこから襲ってくるのか分からん事だな……」 「先手打たれるワケにもいかねえな。ここは任せてもらうぜ!」 警戒を緩めない雪継の脇から一歩踏み出し、フツが懐の経典を紐解き、守護結界を張り巡らせる。全員がその感触を確かめ、息を呑む気配が感じられる。或いは警戒、或いは歓喜か。 「いっぱい暴れられるなっ!」 いち早くメンバーから飛び出した真独楽は、左腕を軽く閃かせ、ブレスレットの存在を主張する。窓から漏れた月明かり、或いは懐中電灯の明かりが反射したそれに、闇の中から狂喜する鳴き声が響く。奥に居たのか、死角に巧妙に隠れているのか。各々の放つ光の間隙を縫って、移動する音が反響していく。 「……っ、と、足には自信があるからなっ!」 ぐん、と真独楽の肩口を狙って放たれた腕は、かわされたと見るや、素早くその姿を闇に隠す。だが、一度光に身を晒してしまえば、暗視能力を持つ忍術少女の前には、その策もその場凌ぎでしかないのは明白だった。 「そっち、に行った」 ぽつりと口にし、重力を無視するかのように、天乃は壁を疾駆する。垂直に壁を駆け抜ければ、目の毒になりそうな事態が起きそうなものだが……タイトなスカートを選択した彼女に限っては、その心配はあるまい。 地上の真独楽、壁面の天乃。腕を駆使して飛び回る猿ではあったが、後方の面々とて手をこまねいているわけではない。 「試させてもらうわ」 空へと身を躍らせ、ギターをかき鳴らし炎を操る杏。廃墟内を貫いた炎が望み通りの結果を結果を出すことはかなわなかったものの、その黒茶びた毛に覆われた相手の全体像を映し出すには十分すぎた。異常発達した腕と、それに比して小さい顔は、まだ成体ほどには育たないままに革醒したものと見えた。 その姿を捉えた杏樹と凪も、真独楽達の誘導に沿うように前進し、確実に包囲網を狭めようと動く。 その中心を貫くように、移動の障害になる廃材を砕くのは由利子の放ったジャスティスキャノンに他ならない。穿った廃材でバリケードを組み上げる彼女の視線は、真っ先に真独楽を狙った敵へと向けられているが……如何せん、目が笑っていない。僅かに寒いものを感じつつ、バリケードに背を預けた雪継は懐から符を引き抜き、構える。 印を切った雪継に応えるように、符は鴉へと変じ、鋭く猿へと迫る。惜しくも避けられたものの、足場を崩すことで、その動きを停滞させることに成功する。 一瞬でも足が止まれば、リベリスタ達の優位が確実性を増すのは至極当然というべきか。「戦いは数ですよ」、とは凪の言葉であるが……無論、それだけではないのは確かである。 真独楽へと再び向けられる腕を、フツが放った鴉のくちばしが裂いて過ぎる。無論、先んじて距離を取った真独楽の姿を捉えることは叶わない。空中を駆け、壁を蹴り、猿の上を取る杏と天乃の前にはその長い腕も届かない。杏の魔力は傍目からも分かるほどに膨れ上がり、天乃は天乃で、猿にとっては油断ならない位置へと確実にその身を近づけつつあった。 更には、上部フロアからせり出す鉄骨へと腕を向ければ、狙いすました杏樹のボウガンの一撃が迸る。 げに恐ろしきはそれで留まらず、ボウガンから放たれた矢にぴたりと沿い、同時に猿の腕へ向けられた凪の一撃だ。 「自慢の腕さえ潰してしまえば、ただの猿にしかすぎませんよね?」 興奮を隠すことをせず、凪のオートマチックはぴたりと猿を照準し続ける。そこで怯んでしまったそれを、雪継の符が見逃すわけがない。彼女たちが穿った位置の更に根元へ向け、鴉のくちばしが直進する。 「ギキッ……っ!?」 流石に痛撃だったと見え、猿も大きく後退し、距離を取ろうと必死に駆ける。だが、その行く手に突き出した足場は由利子のジャスティスキャノンの前に粉砕され、その優位を崩されつつあった。 だが、やられるばかりで終わる相手なわけがない。逃げ回るだけで終わらないと判断するや、地面をえぐるように振り上げた腕で、コンクリートを掴み、投げる。大雑把ではあれど、その一撃は上空から狙いをつける杏を捉えるには十分すぎた。羽根を強かに打ち据えられ、行動が遅れる杏。何の因果か、その事態は、そんな間隙を縫うようにして起きたのである。 「こっちこっち、遅いぞっ!」 迫るコンクリートをクローで打ち払い、クローから漆黒のオーラを解き放つ真独楽。 「……落ち、て」 壁を蹴り、必中の位置から気糸を放つ天乃。 「ィィィィイイィィ!」 ……そして、激昂に身を任せ、潰れた腕を、アイロニックスローによる強振が生んだ加速で回転させる、猿。 三者三様の一撃が放たれた結果、猿の全力の一撃は二人に掠め、或いは打ち据えて抜け、二人の放った一撃もまた、猿へ痛撃を与えることに一応の成功を見たのだった。 ●怒略(いか りゃく) 「まこにゃぁぁぁぁん!?」 猿に打ち据えられたその姿に、杏が悲痛ともいえる叫びを上げる。ギターがそれに応じるように音を張り、一瞬を埋める密度でマジックミサイルを立て続けに放っていく。由利子はバリケードを越えて駆け、真独楽をかばうように立ちはだかった。 真独楽に対して保護欲を大なり小なり抱く由利子と杏ならではの反応ではある。 追撃を狙い、ブレスレットを奪おうとした猿だったが、マジックミサイルと、フツと雪継の鴉に行く手を阻まれ、大きく後退を余儀なくされる。が、それを狙いすましたようにその移動先を穿つのが、杏樹のスターライトシュートだ。 「そっちは、行き止まり」 「まだ、やりますか?」 態勢を崩しつつ、尚も建材を放とうとする猿の手の甲を、今度こそ凪の1$シュートが確実に穿つ。指先を動かすことでさえ激痛がはしるだろうそれを押して、猿は力を振り絞って逃げようとするが……自らが応戦した二人を一蹴した、という認識は、リベリスタ各人に対しての冒涜にも等しかった。 「今度こそ、逃がさ、ない」 「痛かったんだ、もぉ謝っても遅いんだからなっ!」 往生際悪く伸び上がったその腕は、天乃の放った気糸にがんじがらめにされ、真独楽の漆黒の一撃は容赦なくその顔を打ち据える。 「まこちゃんに怪我をさせたのだから、分かってるものね?」 「この猿野郎アタシのまこにゃんに手ぇ出しくさりよって!」 由利子のパイルバンカーが轟音を上げ、杏のマジックミサイルが火を噴く。 式符によって現れた鴉達が動きを止めるほど鬼気迫ったそれらの一撃が、決定打となったのは言うまでもない。 「すまんな、俺もこいつらも、簡単にやられる訳には行かないからな……」 静かに告げる雪継を視界に収め、僅かに腕を伸ばした姿勢のまま……その猿は、崩れ落ちた。 ●次の世の為に 「やれやれ、皆、お疲れさん」 戦闘を終え、安堵の息を吐くメンバーへと真っ先にねぎらいの言葉をかけたのは、他でもない雪継であった。凪は、初めての戦闘の興奮と、自らの役目を十全に果たせた事への喜びに。天乃は、いろいろな意味で無事に戦闘を終えられたことへの安堵に。それぞれ感じ入るものを見出しつつ、頷きを返していた。 十字架を振るい、ヘビーボウガンから救急箱へとその得物を変えた杏樹は、特に激しい戦いに身を投じた前衛を中心に、献身な応急処置を行っている。 「これで大丈夫だと思うけど、無理はしないでね」 「ん、カンシャ、だぞっ」 「ふう、疲れちゃった……まこちゃん、一緒にお風呂入る?」 「うんっ、ゆりこさんがいいなら、だけどっ」 杏樹の確認に、真独楽は心底感謝するように軽快に頷きを返していた。無論のこと、由利子の提案にも、だ。……その様子に鼻血を一筋流し、慌てて拭う杏の姿があったのだが、それはそれである。 全員の応急処置をひと通り済ませると、杏樹は静かに、猿の遺骸へと歩みを進める。激戦の跡をありありと残し、無残と言うほかない姿になったそれ。元は、どこかで幸せな時間を過ごしたであろうそれ。 これからも同じ葛藤を抱えるのだろうが、それでも安らかに、と願うことは悪いことではないだろう。 十字を切り、ペーパーナイフを握って静かに祈る。今はそれが精一杯である。 「もしこの猿が生まれ変わったら」 祈りを捧げる杏樹から数歩距離を置きつつ、独白のようにフツは口にする。その手には、守護結界を行使したときと同様に、しかし全く違う意味合いを内包して、経典が握られていた。 「その時はこんな鉄骨とコンクリートのジャングルじゃなくて、本物のジャングルで遊べるといいねえ」 余談であるが、のちにアークが回収した貴金属の中には、ひったくりで奪われた品も含まれていたとか、居ないとか。何とも因果な話である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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